千冬さんはラスボスか   作:もけ

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ついに鈴ちゃんの登場です。
可愛く書けてるといいんですが……。


再会の鈴ちゃんなう

 訓練の後、男子の更衣室にはシャワーがないから一旦解散して寮の部屋に戻り、のんびりシャワーを浴びる。

 

 生徒会が忙しいのか、のほほんさんが僕より先に帰っていることはない。

 

 それにいつも大浴場のほうを使ってるから部屋のシャワーは僕の専用となっている。

 

 これには正直助かった。

 

 だって一緒に部屋にいる時にシャワーなんか浴びられたら、いくら出てくるのが着ぐるみだとしても意識してしまう。

 

 では逆の立場はどうかというと、これは問題ないみたいで、特にそういう素振りはない。

 

 たまに僕が動揺するのが面白いのか、くっついてきたり、意識させる様な事を言ってくるけど、あちらが動揺してるのは残念ながらまだお目にかかった事がない。

 

 まぁたまにご褒美、もとい動揺させられるけど、基本的には癒しのオアシスなのほほんさんですよ。

 

「一夏いるか」

 

 着替えが終わった所でタイミング良く、ノックと共に箒ちゃんの声がかかる。

 

 約束の時間まで後5分、5分前行動とはさすが箒ちゃん。

 

「どうぞ、開いてるよ」

 

 入ってきた箒ちゃんは、いつもと変わらぬ制服姿。

 

 箒ちゃんは寝る時以外、制服で通しているそうだ。

 

 あのマシュマロ、じゃなかった、プロポーションでみんなみたいなラフな格好されたら目のやり場に困ること確実だから助かってるけど、私服も気になる所だね。

 

 と思って箒ちゃんに目を向けていると、勘違いした箒ちゃんが体を捻り胸を隠した。

 

「また見ているな?」

「違うよっ!? 誤解だよ」

 

 今だけは違います。

 

「男子がそういうものだと分かってはいるが、一夏は少し見過ぎじゃないか?」

「そんなことないって」

 

 見てないとは言わない。

 

 このくらい普通だよ。

 

「違うのか?」

「違います」

「私の胸は見たくないか?」

 

 爆弾発言きたっ!?

 

「え、えっと~~」

 

 箒ちゃんが探るような目をしてくる。

 

「見たい、です」

「そうか♪」

 

 僕の答えに満足そうな顔になる。

 

 という事は、

 

「見てもい――――――」

「ダメだ」

 

 否定、早っ!!

 

「私はそんなに安い女ではないからな。それに時間だ」

 

 何か期待した分、余計に損した気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セシリア、準備できた?」

 

 一緒に夕食を取るため、箒ちゃんと連れ立ってセシリアを迎えに来た。

 

 セシリアは貴族のお嬢様、ではなく現当主様なので身だしなみには人一倍気を使っている。

 

 訓練の後も更衣室でシャワーを浴び、部屋に帰ってからもう一度ちゃんと浴びるのだと言っていた。

 

 大変なんだな。

 

「ちょっと、お待ちになってください」

「はぁ~~い」

 

 箒ちゃんと雑談しながら待つ。

 

「一夏、そういえば週末はどうするのだ?」

「対抗戦が来週だからね。練習するつもりだよ。もうアリーナの許可も取ってあるし」

「そ、そうか。あのだな、一夏。私も、その、一緒にいいか?」

「うん。もちろんだよ」

「そうか♪」

「わたくしも当然ご一緒しますわ」

 

 ドアが開くなり、宣言するセシリア。

 

 こちらは決定事項のようだ。

 

「なっ!? 貴様、邪魔する気かっ!!」

「何を言ってますの? 代表候補生のわたくしを倒してクラス代表になった一夏さんにはぜがひでも優勝していただかなければなりません。そのための訓練にクラスで”二人だけ”の専用機持ちであるわたくしが協力するのは当然ではないですか」

「ちっ」

「ふふん♪」

 

 何かいがみ合ってるけど、一緒に練習してくれるって事でいいのかな?

 

 二人が相手してくれるなら近接戦も遠距離戦も練習できて助かるな。

 

「とりあえず、ご飯に行こうよ。お腹空いちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人で移動していると食堂が見えてきた所で、向こうから小柄なツインテールの子が全力でダッシュしてきて、

 

「へっ?」

 

 そのまま抱きつかれた。

 

「「なっ!?」」

 

 隣の二人もビックリしている。

 

「ちょっ、ちょっと、な、なに?」

 

 状況が理解できない。

 

 女の子はこちらの反応を窺う様子もなく、ただただ僕の胸にぐいぐいと頭を押し付けてくる。

 

 あれ? この感触には覚えが……。

 

「ちょっと、鈴さん、あなた何をしてますのっ!?」

 

 セシリアが件の女の子を引き離そうとする。

 

 しかし僕にとって問題だったのは、その行為よりも呼ばれた名前の方だった。

 

「えっ? 鈴?」

 

 僕が名前を呟くと、女の子の勢い止まり、ゆっくりと顔を上げる。

 

「鈴っ、鈴じゃないかっ!!」

「いぢがぁぁぁぁぁぁ」

 

 なぜかマジ泣きの鈴。

 

 そっか、再会に感動してくれてるのか。

 

 僕もつられて目頭が少し熱くなる。

 

 年頃の女の子が泣いてる所をあまり他人には見せたくないだろうと二人には先に行ってもらい、なかなか泣き止まない鈴の手を引き人目を避け外へ出る。

 

「ぐす……ひっく……うぅ……」

「ほら、拭いてあげるから顔上げて」

「……うん」

 

 ハンカチを取り出し、涙でグシャグシャになった顔を拭いてあげる。

 

 なんか、幼児退行してるな。

 

 それにしても、弾(中学時代の悪友)に『男はいつでも女の涙を拭ける様に綺麗なハンカチを別に持っておくもんだ』と言われ続け習慣になってたのが初めて役に立ったな。

 

「落ち着いた?」

「……ありがと」

 

 落ち着いたら恥ずかしくなったのか、手を後ろに組んで俯き、つま先で地面をグリグリしだした。

 

 その姿がまた可愛く、

 

「鈴、久しぶり」

 

 自然とその小さな頭を撫でてしまう。

 

 載せられた手に驚いて顔を上げた鈴だけど、撫でられて落ち着いたのか、

 

「うん、1年振りだね。一夏」

 

 再会して初めての笑顔を見せてくれた。

 

 小柄な鈴は身長150cmくらいで、凹凸の少ないスレンダーな体型をしている。

 

 トレードマークは、黄色いリボンのツインテール。

 

 ぴょんぴょんと揺れ動く尻尾は、元気な鈴に良く似合っている。

 

 「変わってないな」と懐かしい気分に浸っていると、腰に手を回す形でまた抱きつかれた。

 

「えへへ~~♪ 一夏だ~~♪」

「ちょ、鈴っ」

 

 いくら寮の外に出たからって人目は気になる。

 

「いいじゃない。1年ぶりの再会なんだから。減るもんじゃなし」

「減るよっ!! 羞恥心でメンタルが削られてくっ」

「それくらい我慢しなさい」

「横暴だっ」

「ご褒美よ?」

「そう、だけどさ」

「むしろ足りないと?」

「いや、そんなこ――――――」

「えいっ♪」

 

     ちゅっ☆

 

 軽くジャンプした鈴。

 

 その直後に感じた、頬に振れた柔らかい感触。

 

 え、これって、キ、キスされた?

 

 その答えに行き着いた瞬間、衝撃で思考がフリーズする。

 

「えへへ♪」

 

 僕が立ち直るより早く、パッと体を離した鈴は、顔を真っ赤にしながらも悪戯に成功した子供の様な笑みを浮かべる。

 

「一夏、夕飯まだでしょ? 私、お腹空いちゃった。行こ♪」

「う、うん……」

 

 未だフリーズから抜け出せない僕は、鈴に腕を引かれるままに食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周りの目を気にしないでいい様に、奥の二人席に座って食事をする。

 

 鈴は好物のラーメン。

 

 僕は油淋鶏定食。

 

 鈴を見ていたら中華が食べたくなったのだ。

 

「それにしても鈴が学園にいたなんて知らなかったよ。メール送った時に教えてくれたらよかったのに」

「サプライズよ、サプライズ。せっかくの再会なんだからドラマチックな方がいいでしょ?」

「それで大泣き?」

「あれは忘れて。と言うか、実は一昨日転校してきたばっかりなのよ。転校生の噂聞いてないの?」

「うん。知らない」

 

 今日は休み時間ほとんど寝てたからね。

 

「あぁ、あんた教室で寝てたもんね」

「なぜ、知っているっ!?」

「教室まで会いに行ったからよ。時間なかったから声かけれなかったけどね」

 

 それは申し訳ない。

 

「しかもお昼に食堂で待ってても来ないし、放課後はすぐどっか行っちゃうし、ようやく探し当てたアリーナではもう帰っちゃってるし」

 

 おぅ、ここは地雷原だ。

 

「ご、ごめん」

「いいわ。今こうして一緒にご飯食べられてるんだし」

 

 この切り替えの早さは鈴の美点の一つだ。

 

「それに」

「それに?」

「さっきは優しくしてくれたし♪」

「ばっ!? な、何言って」

「ふふふ、照れちゃって、可愛いんだから♪」

 

 顔に熱が集まるのが分かる。

 

「あれは鈴が大泣きしてたから仕方なく」

「だからそれは忘れてって」

 

 それは無理ってもんだ。

 

「可愛かったよ?」

「そ、そういうこと言うの反則っ」

 

 照れて赤くなった鈴が可愛くて、自然と笑みがこぼれる。

 

「ははは♪」

 

 最初ムッとした顔をしたが、こちらの笑いにつられて、

 

「えへへ♪」

 

 鈴も笑顔になる。

 

 うん、二人でご飯食べて、笑い合って、やっと気持ちが落ち着いて、実感できた。

 

「鈴」

「なに?」

「おかえり」

「っ!? うん♪ ただいま」

 

 ひまわりのような笑顔にちょっと見蕩れたのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏っ!!」

「一夏さんっ!!」

 

 和んでいた所にいきなりの大音量でビックリする。

 

 そういえば鈴のキ、キスの衝撃のせいで二人の事をすっかり忘れてたよ。

 

「大変仲がよろしいようですが、鈴さんとはどういったご関係ですのっ!!」

「ま、まさか、つ、つつ付き合ってるのか?」

 

 勢いのまま詰め寄ってくる二人。

 

「べ、別に、私は……」

 

 鈴も動揺しているのか、答えにキレがない。

 

 これは僕が説明しないと。

 

「ううん、付き合って”は”いないよ。鈴とも幼馴染なんだ。箒ちゃんと入れ違いで転校してきて、小五から中二の終わりまで一緒だったんだよ。そうだね、セカンド幼馴染って感じかな」

 

 まぁ、それだけじゃないんだけど。

 

 隣に視線を送ると鈴が複雑そうな顔をしていた。

 

「セカンド幼馴染……」

「そうですの。幼馴染の方ですの……」

 

 二人は納得したのか、とりあえず矛を収めてくれた。

 

「鈴、セシリアとは面識があるみたいだから箒ちゃんを紹介するよ。こちら篠ノ之箒ちゃん。小一から小四まで学校でも剣道場でも付き合いのあった僕のファースト幼馴染」

「ファースト……」

 

 紹介がお気に召したのか、箒ちゃんの顔から険が取れた。

 

「ふ~~ん、そうなんだ。初めまして、これからよろしくね。アタシの事は鈴でいいわ。そっちのことも箒って呼ぶし」

「あぁ、それでいい。よろしく頼む」

 

 なんか火花が見える気がするけど、漫画でもあるまいし気のせいだよね。

 

「そういえば、あんた一組の代表になったんだって? 良かったら私が練習見てあげよっか?」

「ホントに? それは助かるよ。あっ、でもISはどうするの?」

「あぁ、あんた寝てたから聞いてなかったんだっけ。アタシは中国の代表候補生で専用機持ちよ」

「へっ? そうなの? す、凄いじゃないか、鈴っ!!」

 

 思わず、身を乗り出してしまう。

 

「キャッ!? ち、近いわよ。バカ」

「ご、ごめん」

 

 何となく二人してちょっと赤くなる。

 

「一夏っ!!」

 

 例の如く箒ちゃんが吠えた。

 

「あなたは二組でしょ。敵の施しは受けませんわっ!!」

 

 さらにセシリアも口を挿んでくる。

 

 あれ、僕の意見は?

 

「アタシは一夏と話してんの。関係ない人は引っ込んでてよ」

「わたくしは一夏さんの関係者ですわっ!!」

 

 確かに僕はもう友達のつもりでいるけど。

 

「ただのクラスメイトでしょ? どう関係してるっていうのよ」

 

 ”ただの”とか言うなよ。

 

 と言うか、鈴。

 

 ISに乗れる事は聞いてたけど、代表候補生になったなんて初耳だぞ?

 

 まだ他にもサプライズあったりするのか?

 

「お」

「お?」

「お姫様だっこされましたわっ!!」

「「なっ!?」」

 

 他の事に意識が行っていた所にセシリアのいきなりの暴露。

 

 何言い出してんのっ!?

 

「肩を抱き寄せられた写真だってありますわっ!!」

 

 ポケットから生徒手帳を取り出し、中の写真を見せつけてくる。

 

 昨日の今日でもう焼き増ししてもらってたのか……って、持ち歩いてるんですか?

 

「今日だって練習中に抱きしめられましたわっ!!」

 

 あれは完全に不可抗力です。

 

 箒ちゃん、証言して。

 

「だから、わたくしは一夏さんの立派な関係者ですわっ!!」

 

 セシリアは食堂中に聞こえるような大声で宣言する。

 

 その迫力に圧されて言葉が出なくなる僕たち。

 

 最初に復活したのは鈴。

 

「ちょっと一夏、どういうことよっ!?」

 

 しかしその矛先は僕。

 

 勢いのままに掴みかかられる。

 

「ちょっ、待っ、苦し、息が」

 

 タップ、タップ。

 

「お、落ち着け、鈴」

 

 見兼ねた箒ちゃんが止めてくれる。

 

「止めないで、箒っ!! これにはアタシの人生がかかってるのっ!!」

「だから、落ち着け。私が説明してやるから」

「えっ?」

「いいか? よく聞けよ?」

 

 咳き込む僕をよそに、説明がなされる。

 

 そして、

 

「な~~んだ。そうだったのね」

 

 全ての場面に居合わせている箒ちゃんの簡潔な説明に納得した、鈴。

 

 セシリアはその説明が不満そうだったけど、事実は事実なので文句は言わなかった。

 

「そんなことじゃないかと思ったわよ」

 

 裁判なしに死刑執行しようとした奴の台詞じゃないな。

 

 謝罪を要求する。

 

 僕がムッとしていると、

 

「ごめんて、一夏」

「ふんっ」

「そんなに怒らないでよ~~」

 

 実際はそんなに怒ってるわけじゃないけど、そうだな。

 

 どうせなら……。

 

「鈴が酢豚を作ってくれたら許す」

「え……それって……」

「上手くなった?」

「あ、当たり前よ。私を誰だと思ってるのよ」

 

 そう言った鈴の顔は真っ赤だ。

 

 バレバレの照れ隠しだな。

 

「あの、今のお話、何かありますの?」

「「あ……」」

 

 そんな質問がされると思っていなかった僕たちは、言葉に詰まって視線を合わせる。

 

「何かあるのか?」

 

 その態度に箒ちゃんが質問を重ねてくる。

 

「鈴?」

 

 どうする? と視線で聞く。

 

「い、一夏が話していいなら、構わないわ」

 

 許可を出しながらも、やっぱり恥ずかしいのか視線を泳がしている。

 

「一夏っ!!」

「一夏さんっ!!」

「分かったよ。小学校の時に鈴が言ってくれたんだ。『料理が上達したら毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』って」

「なっ!?」

「それって」

「プロポーズかっ!?」

「プロポーズですのっ!?」

「…………うん」

 

 真っ赤な顔で鈴が答えた瞬間、

 

「「「「「きゃーーーーーーっ!!」」」」」

 

 食堂中に嬉声が響いた。

 

 散々騒いでいた僕たちだ。

 

 注目されてることに気が付くべきだった。

 

「プロポーズだって」

「さすが織斑くんね」

「あの子、転校生の子でしょ」

「特ダネだわ♪ 号外、号外よ!!」

 

 食堂は一瞬にして蜂の巣をつついたような状態になる。

 

 てか、最後の絶対、黛先輩だよね。

 

 渦中の鈴に視線を向けると、

 

「あ、あ、あ、あ、」

 

 完璧にテンパっていた。

 

 名前を呼んでも反応がないので肩を叩くと、ビクッと体を跳ね上げてからゆっくりこっちを振り向き、

 

「大丈夫?」

「む」

「む?」

「むりぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 ダッシュで食堂から逃げ出した。

 

 その後ろ姿に呆気にとられていると、

 

「そ、それで一夏、こ、応えたのか?」

「そうですわ、一夏さんっ!! どうなんですのっ!!」

 

 衝撃から立ち直った二人が質問を再開する。

 

 僕もそれで我に返り、

 

「断った」

 

 簡潔に事実だけを答える。

 

「そ、そうか」

「そうですか。安心しましたわ」

「だからさっきのやり取りは二人のお約束のネタというか。そんな感じなんだ」

 

 嘘ではない。

 

 嘘ではないけど、正しくもない。

 

 その後の僕と鈴の関係をわざわざ説明する気はない。

 

 鈴からのプロポーズは、後日ちゃんと悩んだ末に断った。

 

 小学生も高学年になれば安易に結婚の約束なんかしないものだ。

 

 でも、それで仲が壊れることはなかった。

 

 むしろ、より仲良くなった。

 

 活動的な鈴が消極的な僕を連れまわし、僕も喜んで付いて行った。

 

 小学生の時はまだ恋愛感情というものが分からなかったけど、好きか嫌いで問われれば即答で好きだった。

 

 中学生になって周りが恋愛に敏感になるにつれ、僕たちは冷やかされる様になった。

 

 というか、もう学校公認でカップルのように扱われた。

 

 それは僕に鈴を一人の女の子として意識させるきっかけになったけど、でも付き合うことはなかった。

 

 理由は、僕の内面の問題。

 

 第二回モンド・グロッソでの誘拐事件。

 

 あの事件の後、僕は自分を鍛えることに多くの時間を使うようになった。

 

 たまに悪友とみんなで遊んだり、鈴が稽古場に来たり、僕が鈴の実家の中華料理屋に行ったりと交流は他の誰よりも多く持っていたけど、それでも「姉さんに守られているだけの弱い自分が恋愛なんて」と敬遠する気持ちが抜けなかった。

 

 そして中学三年に上がる前、鈴は両親の離婚で帰国してしまった。

 

 だから僕にとって鈴は”今までで一番意識していた女の子”というのが正しい。

 

 そんな相手にプロポーズの酢豚の話をするのは、ある意味で好意の確認だった。

 

 僕は鈴に「覚えてるよ」と伝え、鈴は「まだ好きなのよ」と作ってくれる。

 

 自分でもズルいなと思うけど、このぬるま湯のようでいてどこかくすぐったい関係は、実は鈴からの申し出に甘える形で始まった。

 

 あれは中学一年の僕の誕生日、鈴が酢豚を作ってくれた時のこと。

 

 小学生の時より格段に美味しくなった酢豚を食べて、僕は鈴が未だにあのプロポーズを守っていることを感じた。

 

 だからちゃんと説明したのだ。

 

 鈴の事は異性として意識してるけど今の自分に恋愛は有り得ないと。

 

 そうすると鈴は「アタシが勝手にあんたを惚れさせるだけだから気にしなくていいわ。でも、意識してくれてるなら酢豚は食べくれると嬉しいな」と笑ってくれた。

 

 だから酢豚は二人の約束なのだ。

 

 メールや電話はしていたけど、直接会うのは一年振り。

 

 久しぶりの鈴の酢豚。

 

 思いの外楽しみにしている自分に苦笑してしまう。




一夏がズルい?
いえいえ、鈴ちゃんが策士で積極的なだけです。
酢豚にしろ、プロポーズの暴露にしろ、ちゃんと理由があってのこと。
しかし策士策に溺れるタイプなのが鈴ちゃんクオリティ。
そこは残念ではなく、チャームポイントです。

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