千冬さんはラスボスか   作:もけ

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甘いです。
えぇ、桃まんですから。


酢豚と桃まん

※補足説明①

 ISはコア同士でネットワークを作っている。

 それを介することで、オープンチャンネルとプライベートチャンネルという2種類の通信ができる。

 プライベートチャンネルは任意の相手に対する秘匿通信で、他に聞かれる心配がない。

 ちなみに学園は無断でのIS使用を禁止しているので、専用機持ちといえども無断で通信を行ってはならない。

 見つかった場合は、お説教or反省文or千冬の鉄拳制裁などのお仕置きが待っている。

 

※補足説明②

 大雑把に、IS学園には

 1クラス30名 × 1学年8クラス × 3学年 = 720名

 これだけの生徒がいる。

 そして強制でもないのに、みな何某(なにがし)かのクラブに属している。

 一夏のような帰宅部は稀(まれ)らしい。

 つまり結構な数の部活が存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の教室に一人。

 

 廊下に教師がいないことを確認してから、鈴とのプライベートチャンネルを開く。

 

「鈴、鈴」

「一夏?」

「うん、今話しても平気かな?」

「いいけど、どうしたの? あんた補習は?」

「そのはずだったんだけど、山田先生が急に用事入っちゃってキャンセルになったんだよ。それで何してるかな~~と思ってさ」

「ふ~~ん、それはツイてなかったわね。ところで、この事もう誰かに話した?」

「ううん、鈴が最初」

「そっか……アタシが最初か……」

「鈴?」

「ううん、何でもないわ」

「それで、鈴は今何してるの?」

「あーー、ま、いっか。アタシは今、料理部って所に顔出してるのよ」

「へぇ、そんな部活があるんだ」

「うん、それで酢豚の研究を、ね?」

「それって……」

「うん、一昨日あんたが食べたいって言ったから」

「……」

「ちょ、ちょっと、黙ってないで何とか言いなさいよ」

「あ、あぁ、うん。あの、あ、ありがと。楽しみにしてる」

「そ、そう。じゃあ、夕飯の時に作って持って行ってあげるから食堂に20時に来なさい」

「ん、分かった」

「絶対に一人で来るのよ。いい?」

「うん。それじゃあ、夜にまた」

 

 回線を閉じる。

 

 ちょっとドキドキしてるな。

 

 やっぱり鈴が酢豚を作ってくれると思うと嬉しい。

 

 それに加えて恥ずかしさと、ワクワクする様なこそばゆい気もしてちょっと落ち着かなくなる。

 

 鈴の気持ちは嬉しい。

 

 僕だって鈴が好きだ。

 

 でもこの気持ちは僕の中で真ん中にはなっていない。

 

 だから友達以上ではあるけど、その先の関係には進めない。

 

 僕の中心は姉さんだ。

 

 今までいっぱい負担をかけてきた姉さんに恩返しがしたい。

 

 強くなって姉さんを守れるようになりたい。

 

 世界でたった一人の家族である姉さんに幸せになって欲しい。

 

 義務感とかじゃなくて、それが僕の幸せ。

 

 僕自身の幸せのために、姉さんを幸せにしたい。

 

 でも姉さんの幸せは姉さんが決めるもの。

 

 だからその役に立てる自分になりたい。

 

 そうなって初めて僕は――――――。

 

    「ほら、そんなとこ突っ立ってないでこっち来なさい」

    「傘忘れちゃった。入れてってよ」

    「稽古お疲れ~~、はい、スポーツドリンク」

    「いらっしゃい。今日は何食べる?」

    「やっぱり夏はプールよね。どう、この水着?」

    「頭キーーンってきた、キーーンって」

    「あーーーー全然終わんないっ!! ちょっとあんたの宿題見せなさいよ」

    「へへ~~ん、今回のテストはアタシの勝ちね」

    「えいっ、あははは、さぁ雪合戦するわよ」

    「具合どう? 今、お粥作るから待ってなさい」

    「ちょっと、一夏」

    「ほら、一夏」

    「ねぇ、一夏」

    「一夏」

 

 僕も鈴に何かしたいな。

 

 鈴が僕に酢豚を作ってくれる様に、僕も鈴を喜ばせたい。

 

 そうだな。

 

 鈴も女の子らしく甘いもの好きだし、お菓子でも作ったら喜んでくれるかな?

 

 でもどうせならクッキーとか在り来たりな物じゃなくて……。

 

 やっぱり中華っぽいもの?

 

 そう、例えば月餅とか。

 

 他には、カステラ、ゴマ団子、杏仁豆腐……。

 

 いや、ここは見た目も可愛いし『桃まん』にしよう。

 

 じゃあレシピは携帯で調べてっと……。

 

 よし、まずは材料調達のために職員室で外出許可もらおう。

 

 あ、でも、その前に食堂に行って都合してもらえるものがあるかお願いしてみよっかな。

 

 着色料とかあると嬉しいんだけど。

 

 少ししか使わないのに買うのはもったいないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと、無事食材は調達できた。

 

 最初に寄った食堂で、親切なオバちゃんたちが「うちのなら好きに使っていいよ」と言ってくれたのだ。

 

 有り難や有り難や。

 

 でも食堂が混む時間にお邪魔するのはさすがに忍びなかったから、早い時間帯に仕込みだけして後は蒸すだけの状態にしておいた。

 

 そして現在18時。

 

 後2時間か……どうしようかな。

 

 とりあえず知り合いには極力会いたくない。

 

 だから部屋にはいられない。

 

 できれば寮からも離れたい。

 

 校舎……かな。

 

 とりあえず特に仲の良い子たちには縁の遠そうな図書室に足を向ける。

 

 上級生がパラパラといるのがタイの色から見て取れる人口密度の薄い図書室で、せっかくなので来週のクラス対抗戦に向けてISの機動技術やその練習法について調べる。

 

 ワイヤーブレードや爆弾があるとは言ってもやはり僕の基本スタイルは近接が主軸となるので、そこから考えると瞬間加速(イグニッションブースト)というのが有効そうだと目星をつける。

 

 イグニッションブーストとは、スラスターから放出したエネルギーと一旦取り込み、圧縮。

 

 それを一気に噴射することで0(ゼロ)からMAXに急加速する技術だ。

 

 これが出来れば相手の間合いの中に入り込みやすくなる。

 

 と言うか、ドリル突き出して突撃できる。

 

 クラス対抗戦まで一週間しかないけど、付け焼刃でもやるだけやってみよう。

 

 参考資料を探して視聴コーナーで解説映像なんかを見ていると、ポケットの中で振動する携帯のアラームが時間を知らせる。

 

 お腹も空いたし、いい頃合いだな。

 

 20時5分前、食堂に入る。

 

 この時間だとほとんど人がいない。

 

 僕が入ってきたことに気が付いて、奥の席の鈴が手を振る。

 

「お待たせ、鈴。でも、ちょとだけ待っててくれる?」

「いいけど、何よ?」

 

 それには曖昧な笑みで誤魔化して席を離れ、おばちゃんに断って厨房に入り蒸し器に火を入れる。

 

 タイマーをセットして、席に戻る。

 

「何だったの?」

「後のお楽しみ」

「まっ、いいけどね」

 

 それで切り替えたのか、鈴がタッパーを取り出す。

 

「さぁ、一夏。アタシのあ、愛情いっぱいの特製酢豚よ。有り難く食べなさい」

 

 照れるくらいなら言わなければいいのに……嬉しいけど。

 

「ありがとう、鈴。いただきます」

 

 と言っても箸がないな。

 

 カウンターに取りに――――――と思ったら、

 

「あら、箸が一つしかないわね。仕方ないから食べさせてあげるわ」

 

 鈴が箸でお肉をつまみ、こちらに向けていた。

 

「あ~~ん」

「えっと」

「ほら、早く。やってる方も恥ずかしいんだから」

 

 鈴は顔を赤くしているが、やめるつもりはないらしい。

 

 鈴さん、棒読みだったし、時間にしても箸にしても計画的ですね?

 

「あ~~ん」

「そ、それじゃ、あ、あ~~ん」

 

 押し切られる形で食べさせてもらう。

 

 口の中に甘酸っぱいタレの味が広がり、弾力ある豚肉の歯ごたえを楽しむ。

 

「あ、美味しい」

「でしょ♪」

 

 僕の素の反応に満足顔の鈴。

 

「この香りは黒酢?」

「そう、こういうのも良いでしょ?」

「うん、凄く美味しいよ」

 

 ガッツポーズの鈴。

 

「あぁ、そういえば酢豚だけじゃ足りないわね。ちょっと買ってくるから待ってなさい」

「いいよ。自分で」

「ダメよ。それも含めてアタシに準備させて」

「分かった。ありがと、鈴」

 

 鈴が買ってきてくれたご飯・漬物・お味噌汁と一緒に酢豚を食べる。

 

 この味はもう店で出せるレベルなんじゃないかな?

 

 そう言うと「まだまだよ」と自己評価が厳しい鈴。

 

 まぁ、親父さんの料理美味しかったからな。

 

 と思いながら舌鼓を打っていると、タイマーのベルが聞こえた。

 

「ちょっと、ごめん」

 

 一言断ってから厨房へ向かう。

 

 蒸し器から桃まんを取り出し、席に戻る。

 

「鈴」

「ん?」

 

 自分の分のワンタン麺を食べ終わった鈴の前に

 

「これは酢豚のお礼」

 

 お皿に載った桃まんを置く。

 

「こ、これ?」

 

 鈴は僕と桃まんの間で視線を行ったり来たりさせる。

 

 状況が上手く飲み込めないみたいだ。

 

「鈴のために作ったんだ」

「っ!?」

 

 目を真ん丸にして言葉をなくしている。

 

 驚き過ぎじゃないかな?

 

「上手く出来てるといいんだけど、食べてみてくれる?」

「う、うん」

 

 蒸したての熱々を火傷しない様にハフハフしながら食べる姿が可愛らしい。

 

「どう?」

「美味しい……」

「良かった」

 

 まぁ、レシピ通り作っただけだから少し申し訳ないけど。

 

「なんで?」

 

 ぽつりと呟く様な小さな声が鈴の口からこぼれる。

 

「僕も鈴のために何かしたくてさ」

「そう、なんだ」

 

 それだけ言うと俯いてしまった。

 

「鈴?」

 

 心配になって声をかけると、ゆっくりと顔が上げられ

 

「ありがと、一夏。凄く嬉しい」

 

 ちょっと涙目だった。

 

 でも、喜ばせるのには成功したみたいで良かった。

 

 これまで姉さんと二人きりだったからあんまりお菓子は作って来なかったけど、これからは挑戦するのもいいかもしれない。




他のヒロインズと比べて、鈴ちゃんには一夏と積み上げてきた歴史の重さがあるのですよっ!!
しかし、それを言うなら千冬さんが一番なわけで……。
この優先順位を変えるのは至難の業でしょうw

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