千冬さんはラスボスか 作:もけ
むしろ一夏の性格が悪どくなった気が……。
あ、ラウラ虐めるシーンがあるので苦手な人は途中飛ばしてください。
それでは、どうぞ。
血を洗い流すために入ったお風呂だったけど、出てみれば2時間近くが経過していた。
半分は頭を洗ってたせいだとしても後半は……姉さん、可愛くて綺麗でエッチかったな。
この事は一生忘れない。
と言うか、姉さんとの思い出は全部特別だから忘れるわけがない。
さておき、お風呂を出てからお互いの髪を乾かし合っていると学園長から電話があり「食事は手配するので極力寮長室から出ないように」と待機を言い渡されてしまった。
浮かれた頭もいつしか覚めるもので、事件がその後どう処理されたか気になったものの、待機を言い渡されてしまってはどうしようもないので、姉さんは部屋で出来る書類仕事を、僕は簡単な掃除やお茶を入れたりしてまったりと過ごした。
放課後になると鈴、箒ちゃん、のほほんさん、セシリアがお見舞いに来てくれたので中に入ってもらい、事件がどうなったかを聞く事が出来た。
一つ、日本政府がドイツに対して正式に抗議する事を表明した。
一つ、IS委員会がドイツに対して厳しい制裁措置を取る事を決定した。
一つ、ラウラ・ボーデヴィッヒの身柄はまだ学園内に拘束されたままである。
「あの転校生はどうなると思う?」
誰にともなく聞いてみる。
「そうですわね。他国のことですから想像でしかありませんが、悪くて死刑。良くて一生牢屋、ないし強制労働ですわね」
「そんなにっ!?」
さすがに死刑は言い過ぎなんじゃ……。
「仕方ないわよ。普通の民間人のケースなら傷害事件で済んだでしょうけど、今回は特殊部隊の人間が刃物出したんだから殺人未遂は確定。しかも相手があんただからね」
「だからって」
いくら世界唯一の男性操縦者だって言ってもさ。
「おりむぅはもうちょっと自分の価値を自覚するべきだと思うな~」
僕の発言に対して、いつもの口調に責める空気を滲ませるのほほんさん。
「ご、ごめんなさい」
その冷たいものを感じる迫力につい謝ってしまう。
「よしよし」
すぐにフォローで頭を撫でてくれる。
「一夏さんの扱いはIS関連で言えば最重要案件。うっかり戦争が起きるレベルでしてよ?」
「は?」
ごめん、冗談だよね?
「まぁ、その辺の事情はさておき、一夏を傷つけた時点でアタシ的に死刑確定だから」
「当然ですわ」
「むろんだ」
「うんうん」
その反応は凄く嬉しいけど、みんなちょっと怖いよ?
と言うか、さっきのを誰か否定してください。
そう思って一同を見回した所で、一人だけ会話に参加しないで難しい顔をしている姉さんが目に留まる。
「姉さん?」
余程集中しているのか反応が返って来ない。
「姉さんっ」
手の届く距離ではなかったため、仕方なしに少し大きな声を出す。
「ん? あぁ、何だ?」
心ここに非ずと言った感じだ。
この場面で姉さんがそれ程考え込む事と言えば……。
「彼女のことが気になるの?」
「あぁ……いや……」
姉さんにしては珍しく煮え切らない。
「彼女、姉さんのドイツでのお教え子さんなんだよね?」
「あぁ」
「動機からすると随分と慕われてるみたいだね?」
「そうだな。当時からあいつは私を妄信しているフシがあった」
「助けたい?」
「分からない」
「分からない?」
「そいつらと一緒で、お前を傷つける奴は許さない。殺そうとする奴がいたら何の躊躇もなく殺せる自信がある。事実、そうしそうになった。お前に止められたがな」
自嘲するかのように苦笑いを浮かべる。
「だが、気持ちが落ち着いて、原因の一端を私が担っていると思うと……」
「助けたい?」
「分からない」
「じゃあ、彼女が転校してきて、再会できて嬉しかった?」
「あぁ、それは嬉しかった」
「そう……」
じゃあ、僕にはやらなきゃいけない事が出来た。
立ち上がって部屋の電話から内線をかける。
「学園長、織斑一夏です。折り入ってお話があります。お時間をいただけませんか――――――えぇ、できれば今すぐに――――――分かりました。ありがとうございます」
「一夏?」
「一夏さん?」
電話を置いた僕に箒ちゃんとセシリアから疑問の声を上がる。
「ちょっと野暮用が出来たからいってくるよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。説明を」
言いかけた鈴をダボダボの袖が制する。
「一人で平気?」
のほほんさんが何しに行くか分かってるといった顔で確認を取ってくる。
「うん、今はまだ。でも後でみんなに協力してもらう事になるかもしれない」
「分かった。いってらっしゃい、おりむぅ。頑張ってね」
「ありがとう、のほほんさん。いってきます」
部屋を後にし、学園長室に向かう。
その途中で携帯電話からいつもいつの間にか変わっている番号にかける。
「あ、束さん?――――――えぇ、大丈夫です。傷も残らないって。――――――心配かけてごめんなさい。――――――あぁ、ちょっと待ってください。その事でお願いしたい事がありまして――――――」
根回しって大切だよね。
その頃、寮長室では。
「ちょっと、あんた。どういう事かキッチリ説明してくれるんでしょうねっ!!」
「うん、そうしないとみんなに協力してもらえないからね~」
全員の視線が本音に集まる。
「おりむぅはね~。転校生に会いに行ったんだと思うよ~」
これは想像の範疇だったのか、眉を寄せるくらいの反応しか返って来なかったが、
「それで、おりむぅは彼女を助けるつもりなんじゃないかな~」
続く言葉は看過されなかった。
「どうしてよっ!! 自分を殺そうとした相手よっ!!」
「そうだ」
「そうですわっ!!」
「分からないの?」
しかしその反応に本音は心底不思議だと言わんばかりに首を傾げ、一同言葉に詰まる。
「織斑先生は分かりますよね?」
離れた席に座る千冬にも話を振るも
「私は……」
分からないと言う代わりに首が横に振られる。
「そんなの織斑先生のために決まってるじゃないですか~」
一同、見落としていた物に気付いた様なハッとした表情を浮かべる。
「おりむぅはシスコンさんだからね~。大好きなお姉ちゃんのためなら自分が傷つくのなんか気にしないんだよ~」
千冬以外の3人が納得とばかりに頷く。
「私のために……」
千冬だけが動揺していた。
「わたしはおりむぅを傷つけたあの子を許せないし、許さないけど、おりむぅが望むなら協力するつもり。みんなは?」
沈黙がわずかに流れるが、それも一瞬のこと。
「私は一夏の味方だっ!!」
堂々と宣言する箒。
「一夏さんがそう望まれるのでしたら」
セシリアも同意する。
しかし、いつもなら続くはずのもう一人がいない。
「リンリンはどうするの?」
そんな鈴音に本音は水を向ける。
「アタシは一夏が大事。一夏を守るためなら何でもする。例え一夏の意思に反しようとも、一夏が危険に飛び込もうとするなら止める。でも、それが出来ないなら」
「出来ないなら?」
「隣りに立って、アタシが守るわっ!!」
「さすが、リンリン。カッコイイ~♪」
言い切った鈴音にポフポフと締まらない拍手を送る本音。
そして全員の同意が取れた所で話を進める。
「代表候補生のセッシーとリンリンには自国への根回しをお願いすることになると思うよ。おりむぅに貸しが作れるとか言っとけば多分オッケー。わたしは日本政府とロシア政府に直接じゃないけどツテがあるから。それでシノノンには篠ノ之束博士に連絡を取ってもらうんじゃないかな」
「姉さんに?」
「うん、博士はジョーカーみたいなもんだからね。わたし達が何もしなくても博士が動くだけで何とかなっちゃうくらいだよ」
「あぁ、そうだな……」
箒が複雑な表情を浮かべながら納得する。
「それで織斑先生には、ドイツに連絡してもらいます」
「決定事項なのだな」
「はい♪ ドイツにとって彼女は厄介者です。交換条件さえ良ければ問題なく譲ってもらると思いますよ」
本音は一同の瞳に理解とやる気の光りが灯ったのを確認してから、
「じゃあ、おりむぅが帰ってきたらミッションスタートだね♪」
いつもの緩い感じでそう締めた。
「なんか秘密基地って感じだな」
学園長にラウラ・ボーデヴィッヒとの面会をお願いした所、IS学園の地下施設に連れて来られた。
まぁ訓練機とは言え兵器であるISを多数所持しているんだから、基地としての顔があっても驚きはしても不思議じゃない。
と言うか、IS保有数だけで言ったら大国並みだもんね。
そんな事を考えながら歩いていると、取調室と書かれたプレートの掛かった部屋に通され、ようやくお目当ての彼女と対面する事ができた。
件の彼女は両手と両足を椅子の固定されながらも、僕が入ってくるとこちらを噛み殺す勢いで睨みつけてくる。
まぁ姉さんに殴られた頬が腫れていて、いまいち迫力に欠けるけど。
さて、始めようか。
「いきなりあんな事があったから自己紹介がまだだったよね。僕は織斑一夏。よろしくね」
もちろん返事なんて返って来ない。
「名前を教えてもらえないかな? 忘れちゃって」
別に返事は期待していない。
「じゃあ、適当に呼ばせてもらうね。そうだな、妖精さんにしよう。ねぇ、妖精さん。僕は君に聞きたい事があって来たんだ。君も僕に言いたい事があるんじゃないかな? どう?」
あくまでポーズだ。
「じゃあ、先に僕から話すね。まずは現在の状況を説明しておこうかな。妖精さんのせいでIS委員会はドイツに厳しい制裁措置をとることを決めたよ」
無視を決め込んでいた彼女が身を乗り出したことで椅子が音を鳴らす。
「さっき自覚が足りないって怒られちゃったんだけど、僕って超VIPらしくてさ。妥当な措置らしいよ?」
僕を睨む瞳に動揺が見て取れる。
「僕にはよく分からないんだけど、ねぇ妖精さん、軍人の君が自分の国に取り返しのつかない致命的とも言える損失を出した時ってどんな気分なのかな?」
睨んでいた視線が逸らされ、ギリッという音が聞こえるほど歯を食いしばっている。
「これでドイツはIS事業から撤退するしかなくなるかもしれないね。今の時代、ISを保有しない国は弱小国扱いだ。ねぇ妖精さん、自分のせいで国が傾いて、さぞ満足だろうね?」
再度殺意のこもっていそうな瞳で睨みつけてくるが、まだ言葉は発っせられない。
「(この方向じゃダメか。仕方ないな)」
そう胸中でゴチてから、攻める方向を変える。
「じゃあ、話を変えよう。ねぇ妖精さん、自分が姉さんの立場を悪くした事は理解してる?」
「なんだとっ!!」
おっ、やっと反応した。
やっぱりこっちの話題か。
姉さん愛されてるな~。
「その様子じゃ分かってなかったみたいだね。妖精さんの頭は相当お目出度く出来てるみたいだ。ちょっと考えれば分かることだよ。自分の元教え子が、自分の職場で、自分の弟を、自分のせいで殺されそうになったんだよ? 立場なんてあるわけないじゃないか。多分姉さんは表向きもうIS関連の仕事にはつけなくなるだろうね」
「そ、そんな……」
自分の行動のツケが姉さんに及んだと聞かされ、動揺し、顔から血の気が引いていく。
「それにこの事件は世界中にニュースとして流れてる。しかも運の悪いことに姉さんは誰もが知る有名人だ。想像してみてよ。姉さんが一歩家を出るたびに言われるんだ。自分のせいで弟さんが殺されかかったのによく平気でいられるわねって。服を買っても、食事をしても、どこに行っても、みんなが姉さんを蔑む。ねぇ妖精さん、姉さんのこれからの人生を滅茶苦茶にして満足かい?」
「な、なんで、そんなつもりじゃ……教官、私は……」
さっきまでの威勢は微塵もなく、生気のない瞳でうわ言のように弁解を口にする。
そのまま彼岸に旅立ってしまいそうな雰囲気だ。
何て言うか、ここまで効果あるとちょっと引くな。
だって、姉さんについては真っ赤な嘘なんだもん。
むしろ、ナイフを出した転入生を速やかに鎮圧した英雄扱いされてるよ。
「現役を引退しても、さすがブリュンヒルデだ」って。
ま、ここはこの勘違いを利用させてもらおう。
とりあえず、意識を戻してもらうために平手打ちで頬を張る。
もちろん、姉さんに殴られて腫れている方だ。
いや、そっちの方が痛いだろうけど、両方腫れるよりいいでしょ?
さっきのは嘘だけど、僕がもっと重症だったら本当になってかもしれない事だけに実は内心煮えくり返ってなんかしてないよ?
「ねぇ妖精さん、僕が憎いんでしょ? その理由を聞かせてよ」
「き、貴様が教官の栄光に泥を塗ったからだっ!! 貴様さえいなければ教官は第2回モンド・グロッソで優勝し、連覇を成し遂げたはずなのだ。それを貴様がっ!!」
「いや、まぁ、そうなんだけど、開催国である君のドイツがしっかり警備していればあんな事にはならなかった辺りはスルーですか?」
「うるさいっ!! 口答えするなっ!! 貴様がもっと強ければ防げたはずだっ!!」
「12歳の一般人の子供に何を期待してるんだよ。はぁ、まぁ、いいや。ところで、それって気に食わない原因の一つではあるだろうけど、憎んでる理由じゃないよね?」
「なっ!?」
「正直に言ってごらんよ」
「くっ……」
ここでまただんまりか。
自分の口から言わせたかったんだけどな。
仕方ないか。
「姉さんが君の下を去って、僕の所に帰ってきたのが許せないんだよね?」
言い当てられたのが余程驚いたのか目と口が目一杯開かれる。
そして隠す必要がなくなった途端、激情が溢れた。
「そうだっ!! その通りだっ!! なぜ、私ではなく貴様なんだっ!! 私のほうが強い。私の方が教官の役に立てる。教官は私のすべてだ。返せっ!! 私の教官を返せっ!!」
睨みつけ、怒鳴りつけ、怒りを、悲しみを、憎しみをぶつけてくる。
でもその姿は、僕には泣きじゃくる子供にしか見えなかった。
さて、やっと本音を引き出せたか。
ここまではお膳立てに過ぎない。
ここからが本題。
彼女は睨んだ目に涙をうるませ、息を荒くしている。
そんな彼女を正面から見つめ、
「姉さんを好きになってくれてありがとう」
お礼を言う。
彼女は何を言われたのか理解できないといった感じだ。
だから重ねる。
「こんな事件を起こすほど、姉さんを想ってくれてありがとう」
「バカにしてるのかっ!!」
まぁ当然の様に激昂するけど、想定通りの反応なので取り合ったりはしない。
「違うよ。妖精さんは姉さんの味方。そういう事だよね?」
「そうだ」
「姉さんのためなら何でもする」
「当然だ」
「姉さんが大好き」
「その通りだ」
「じゃあ、僕と一緒だね」
「なっ!?」
驚きから一転、
「一緒にするなっ!!」
もう本当に癇癪起こした子供にしか見えないよ。
何て言うか、メンタル弱過ぎるだろう。
いや、それほど姉さんに執心してるって事なのかな。
姉さん、僕の知らない所で何やってるんだよ。
いや、でも考えてみれば姉さんはカッコイイし、綺麗だし、スタイルもいいし、強い、優しいし、実は可愛い所もいっぱいあるし、魅力的で人を惹き付けるカリスマもあるんだから、こういう子が出てくるのは必然か。
じゃあ、その尻拭いをするのはやっぱり弟の僕の役目だよね。
うん、仕方ない仕方ない。
「妖精さんの方が詳しいだろうけど、このままだと妖精さんは死刑か一生牢屋行きなんだってね?」
視線を逸らしたって事は肯定だね。
「という事は、もう二度と姉さんには会えなくなるわけだ」
肩がビクッと跳ねる。
「姉さんの一生を滅茶苦茶にしたまま、何も出来ずに消える。姉さんに嫌われても当然だよね」
肩が小刻みに震え出す。
そのまま待っていると、
「う、うぅぅぅぅ、うぇ、」
耐えきれずに子供みたいな嗚咽が漏れ出した。
さて、鞭はここまで。
古典的で悪いけど、追い詰めといて飴で釣りますよ。
「ねぇ、妖精さん」
なるべく優しく呼びかける。
「僕と一緒に姉さんを助けるつもりはないかな」
「うぇっ?」
涙にグチャグチャになった顔が上がる。
「姉さんを守るために妖精さんの協力が必要なんだ」
「どういう……?」
「上手くいけば、妖精さんも姉さんの近くにいられるようになるかもしれない」
「近くに、教官の近くに……」
「うん、だから僕を信用して協力してくれないかな?」
彼女の目を真っ直ぐ見つめる。
すがる様な幼い表情。
「私は、何をすればいい」
よし、落ちた。
その答えで一段落したと一息ついて、ハンカチで顔を拭いてあげる。
「ありがとう、妖精さん」
「ラウラだ」
「ん?」
「私の名だ。これからはラウラと呼べ」
「分かった。じゃあ、僕の事は”兄様”と呼ぶように」
「は?」
さてと、これで本人の同意は得られた訳だから、後は外堀を埋めてから本丸攻略だな。
「ただいま」
ラウラと一旦別れて寮長室に戻ると、みんなの真剣な表情に迎えられ、その迫力に思わず一歩引きそうになる。
「おりむぅ、話は出来た?」
「う、うん」
「じゃあ、どうしたいか言って」
みんなの顔に、準備は出来てると書いてある。
その緊張感に僕も一度大きく息を吸って気持ちを切り替え、計画を伝える。
「僕はラウラを助けようと思う」
それに対して、みんなは疑問も挟まずに頷いてくれる。
けど、
「と言うか、彼女ごとドイツからIS部隊丸ごといただいちゃおうと思ってる」
続くこれには、さすがに予想外だったらしく「は?」とか「へ?」とか間の抜けた声が返って来た。
見ると姉さんまで鳩が豆鉄砲くらった様な顔をしている。
レアだな。
「お、おりむぅ?」
台無しにした雰囲気から最初に復帰したのはのほほんさん。
「なんだい、のほほんさん」
「いただくってIS部隊を? 丸ごと?」
「うん、黒兎部隊って名前だったと思うんだけど、部隊長が起こした不祥事はやっぱり連帯責任が基本だよね」
「だよねって、あんた……。自分が何言ってるか分かってんの?」
呆れた様な、胡散臭い物を見る様な表情の鈴。
「もちろんだよ。本人の同意はもらってるし、布石も打ってあるし」
同意については、ラウラ個人の事しか話してないけど問題ないよね。
「なによ。布石って」
「説明するより見た方が早いよ。ISでも携帯でもいいから誰か国際ニュース見てくれる?」
「はい、でしたらわたくしが」
セシリアがISの片腕だけを部分展開して通信ウインドウを開き情報を出す。
そこには原因不明の大規模停電で大混乱しているドイツのニュースが流れていた。
「一夏、おまえ……」
さすがに姉さんはすぐ分かったみたいだね。
「ラウラに会いに行く前に束さんに電話しておいたんだ」
「姉さんに?」
「うん。あ、でも勘違いしないでもらいたいんだけど、僕が何とか穏便にしてもらってこの状況だからね? もし止めてなかったらうっかりドイツって国がなくなってても不思議じゃなかったんだから。姉さんと箒ちゃんなら分かるでしょ?」
「あぁ、確かにな」
「姉さんならやりかねない」
鈴、セシリア、のほほんさんは僕らの反応に口元を引き攣らせている。
「まぁそんな訳でドイツはこのまま脅迫しちゃえばいいと思うんだけど、問題は他の国とIS委員会でね。そっちは僕から交渉材料出すし、束さんの力も借りるつもりではいるんだけど、なるべく穏便に話を進めたいからみんなにはその根回しを協力してもらいたいんだ」
そこで姿勢を正して頭を下げる。
「協力、お願いします」
想像してなかった展開にちょっと腰が引けてたみんなたけど、すぐに立ち直って、
「ふん、アタシとあんたの仲に、そんな他人行儀はいらないのよ」
「そうですわ。このセシリア・オルコットにお任せください」
「私はいつだって一夏の味方だ」
「おりむぅのお願いなら聞かない訳にはいかないよね~」
口々に賛同してくれる。
「みんな、ありがとう」
みんなの笑顔で部屋の雰囲気が明るく温かいものに変わる。
そんな中、
「姉さん」
「一夏……」
一人だけ思いつめた表情の姉さんに近寄る。
「姉さん。彼女を、ラウラを助けよう」
「そう、だな。分かった」
IS部隊はオマケとして、当初の目的はそれだからね。
上手く行くといいな。
そこからは怒涛の勢いだった。
まずは姉さんと僕が学園長に説明して了解を得る。
その間に鈴が中国に、セシリアがイギリスに、のほほんさんが生徒会経由で日本とロシアに根回しをしてくれた。
そして僕、箒ちゃん、姉さんの3人で改めて束さんに電話。
束さんがドイツの軍事施設にハッキングしてたのはこの際スルーしておいて、IS委員会への助力をお願いする。
その後、姉さんがドイツに連絡を取っている裏で、僕がIS委員会へ交渉を持ちかけた。
これには地下施設にある映画に出てくる様な大型のテレビ電話を使わせてもらい、議長の人と直接話すことになった。
ちなみにIS委員会の議長は、アメリカ、ロシア、中国、EU、アジア連合、太平洋連合、アフリカ連合の代表が持ち回りで就く事になっていて、現在の議長は太平洋連合の代表、オーストラリアのサラ・ギブソンさん。
彼女は自身も元IS乗りでありながら引退と同時に国政に出た傑物で、未来の大統領候補と有名なんだそうだ。
そんな彼女と前置きの軽い世間話を交わしていると、割り込む形で束さんからの脅迫と言う名の要望が届き、畳み掛ける様に僕の無茶な要望と交渉カードである飴を提示する。
別に彼女に決定権がある訳ではないので、そのまま緊急会議が召集される運びとなった。
自分で使わせてもらって実感したけど、テレビ電話って便利だよね。
別に実際に集まらなくても会議が出来るんだから。
もちろんセキュリティ的にはいくらか問題があるんだろうけど、別に国家機密とかってレベルの話じゃないから大丈夫。
その会議に出席すること1時間、事前の根回しもあり、無事に望んだ通りの結果が得られた。
その結果は以下の通り。
ラウラ・ボーデヴィッヒは軍籍及び国籍を剥奪された上で、無期限の強制労働。
ドイツは黒兎部隊を解散し、配備されていたIS5機全ての所有権を放棄。
ラウラ・ボーデヴィッヒの強制労働は織斑一夏の護衛任務とし、その所属は織斑一夏に帰属する。
つまり現状ではIS学園の所属となり、織斑千冬の指揮下に置かれる。
ただし、元黒兎部隊員の中で同行を希望する者は同措置を許可する。
この罰則に対してドイツ政府は受け入れる姿勢を示し、一件落着となった。
本来なら国防の要のISを手放すなんてありえない事だけど、それに固執して世界を、ううん、この場合は束さんを敵に回す事のリスクを天秤にかけた末の結論だったんだと思う。
交通と通信が麻痺してたら国自体が立ち行かないもんね。
さすが天才にして天災の束さん。
はっきり言ってバグキャラだよね。
さておき、必要な書類のやり取りや物資や人員の移動が慌ただしく進む中、事件から5日後のHR――――――
「今日は改めて転校生を紹介します。ラウラ・ボーデヴィッヒさんです」
真耶先生の明るい声にも関わらず、教室の温度が下がったのが肌で感じられた。
目の前でクラスメートを傷つけた相手なんだから敵意を持つのは仕方ないと思う。
でも、
「(ラウラ頑張れ)」
心の声が届くように目の前で姿勢良くたたずむ少女を見つめる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
教室中から向けられる厳しい視線にも動じず、前回と同じように名前を告げる。
でも今回はそれだけで終わらない。
「先日は迷惑をかけた。すまなかった」
謝罪を口にし、頭を下げた。
予想外の出来事だったのだろう。
教室の時間が止まる。
「これから私と黒兎部隊は姉様指揮の下、兄様の護衛に当たる。皆、思う所はあるだろうが、よろしく頼む」
堂々と胸を張って言い切ったラウラ。
しかし、みんなの顔にはクエッションマークが張り付いていた。
どうしようかと姉さんに視線を送ると、私は知らんと言わんばかりにそっぽを向いているので、しょうがないから自分で補足するために席を立つ。
「えっと、ラウラと黒兎部隊の人達はドイツでの軍籍どころか国籍すらなくして、僕の専属SPとしてIS学園に所属する事になりました。管理は織斑先生に任されてます。ちなみにラウラのポジションは僕の義妹です」
理解してくれたか、みんなの顔を見回す。
「軍隊育ちでちょっと変わってるけど、出来たら仲良くしてくれると嬉しいな」
みんなはまだ複雑そうな顔をしている。
ここで何かもうひと押し欲しい……。
「おりむぅはそれでいいの?」
そう思っていると、打ち合わせもしてないのにナイスなタイミングでのほほんさんが助け船を出してくれる。
さすがだ。
「うん、これはそもそも僕が言い出した事だからね」
教室が少しざわつく。
「流血沙汰になっちゃったけど、原因はちょっとしたすれ違いで、それはちゃんと解決したから」
みんなの反応を確認してから、
「だからラウラのこと、お願いします」
頭を下げる。
「兄様……」
ラウラが僕の袖を掴んできた。
「ほら、ラウラも」
隣りに立たせ、
「よ、よろしくお願いします」
一緒に頭を下げた。
ポフポフ。
最初はのほほんさんの気の抜けた拍手が。
そして、
パチパチパチパチ。
教室が拍手で包まれた。
ラウラと顔を合わせ微笑みかけると、照れたような顔をしていた。
こうして僕に心強い護衛と義妹が出来ました。
えぇ、義妹ですよ。
「血の繋がってない妹なんざ、萌えるだけだろうがぁぁぁぁ!!」と言う名台詞もある事ですし。
あ、ただしこの作品では「おに(いちゃん)愛」ではなく「おと(うと)愛」なんで、その辺はご了承ください。
ちなみにラウラと黒兎部隊の給料や諸経費は一夏の所属する団体、この場合はIS学園、つまりは日本から出る事になります。
ISの世界観では日本は超好景気なんで、そんなの蚊に刺された程度なので問題なしです。
そもそも弱腰外交でIS委員会には逆らえませんし。
作中で一夏がIS委員会に提示した飴は、夏休みに明らかになるのでお待ちください。