千冬さんはラスボスか   作:もけ

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やっとシャルロット登場です。
彼女のバックグラウンドをほんの少しだけ救われる方向に変えてあります。
まぁ、概ねそのままなんですけどね。





フランスからの転校生

「確認するぞ、兄様」

「うん」

 

 今、僕らがいるのは第3アリーナ。

 

 時刻は8時半になろうとしている。

 

「対象のISはラファール・リヴァイヴのカスタム機。学園に提出されているデータを見ると、通常の2倍近くある拡張領域に追加された武装は20にも及ぶ。しかも転入試験の模擬戦を見る限り、対象は武装を瞬時に切り替える高等技術『高速切替(ラピッドスイッチ)』の使い手だ。これは近中遠、どの距離、どの場面でも最適なパフォーマンスを取れるということだ」

 

 ここで僕らは転校生であるシャルル・デュノアと模擬戦を行い、相手のISを無力化すると同時にその身柄を拘束しようとしている。

 

 それにしても高速切替か……それって、

 

「例えば、遠距離からのライフルを掻い潜って近付いてもショットガンやブレードに切り替えられてカウンターを取られるって事だよね?」

「そうだ」

「やり辛そうーー」

 

 僕なんかキュクロープスの武装でも苦労してるって言うのに20って……まず状況に合った武装を選ぶだけで大変じゃないか。

 

 もちろん高速で武装を切り替える事も凄いけど、その状況判断の速さこそがシャルル・デュノア個人の能力の高さを示しているんだと思う。

 

 尊敬ものだけど、その分余計に警戒もする。

 

「いいか、兄様。こういう相手に弱点はない。しかし逆に言えば脅威になるのはその対応力だけだ。相手はあくまでも第2世代型。ビット兵器や衝撃砲、AICのような特殊兵装はない。下手な対策など考えずに、我々は我々のスタイルで押し切る」

「了解」

 

 会話が一区切り付いたところで、タイミングよく姉さんからプライベートチャンネルが開かれる。

 

「一夏、ラウラ、シャルル・デュノアがピット入りした。もうすぐ出てくる」

 

 その一言で戦闘への緊張感が高まるけど、それよりもまず僕には確認しなければいけない事がある。

 

「姉さん、それで……」

「予想通りだったよ」

「そう、やっぱり女の子だったの……」

 

 もしかしたらって、ちょっと期待してたんだけど、やっぱりか……。

 

 ちなみにどうやって分かったかと言うと、姉さんは骨格を見ればそれが男か女か分かるんだそうだ。

 

 ISスーツじゃ体形は隠せないからね。

 

「一夏、気落ちしてる暇はないぞ。奴が女だということは、我々の予想でいけば危険性が増したということだからな」

「うん、分かってる」

 

 姉さんの言う通りだ。

 

 自分の意思にしろ、そうじゃないにしろ、テロ行為をしようとしている”かもしれない”相手なのだ。

 

 油断は禁物。

 

 シールドエネルギーがなくなり絶対防御が効かなくなった状態で銃にでも撃たれたら、そこに待ってるのは死。

 

 いくら模擬戦とは言っても、相手がその気になればそこは戦場になる。

 

 昨日、ラウラに嫌ってほど叩きこまれた。

 

 具体的には、シールドエネルギーが切れた状態でAICで動きを封じられ目の前でレールカノンを連射された。

 

 さすがに当てられてはいないけど、顔の横を銃弾が通り過ぎていくあの感覚はトラウマになりそうなほど怖かった。

 

 アレはもうスパルタとか軍隊式とかそんなレベルじゃ収まらないと思う。

 

 ラウラ、布団の中じゃあんなに可愛いのに……いや、変な意味じゃないよ?

 

 着ぐるみパジャマに天使の様な寝顔のラウラは、ついつい携帯で写真撮って待ち受けにしちゃったほど可愛かった。

 

「どうした兄様?」

 

 おっと、無意識にラウラを見て頬が緩んでいたみたいだ。

 

「ううん、なんでもない。ラウラの寝てる姿を思い出して緊張を解いてただけだよ」

「兄様は任務というものが初めてで緊張するのも分かるが、過度の緊張は体を強張らせ、咄嗟の判断能力を阻害する。かと言って、あまり緊張感がないのもいただけないぞ?」

 

 お説教されてしまった。

 

「了解」

「だが、安心はしていい。新兵の兄様は上官である私が守ってやるからな」

「頼りにしてます。上官殿」

 

 不敵な笑みを浮かべる僕の義妹に苦笑を返していると、ピットからオレンジ色の機体が飛んで来るのが見えた。

 

「来たぞ、兄様」

「うん」

 

 プライベートチャンネルを閉じて、オープンチャンネルを開く。

 

「はじめまして、織斑一夏です。IS学園へようこそ」

「はじめまして、フランスから来たシャルル・デュノアです。転校早々織斑君と模擬戦が出来るなんて驚いたけど嬉しい誤算です」

「どこの国の人もこの機体に興味があるみたいだからね。これは学園側からのサービスみたいなものらしいよ? 学園の訓練機の一つが君の会社の機体だからかもしれないけど」

「いつもご贔屓(ひいき)に……で、当ってるのかな?」

「うん。この学園に来る人は日本語が堪能で助かるよ」

「ISに携わる以上、日本語は必修だからね」

 

 IS開発者の束さんが頑(かたく)なに日本語しか使わなかったせいで、そういう事になっている。

 

 僕にしてみれば大助かりだ。

 

 英語はできなくはないけど、お世辞にも得意とは言えない。

 

 もしIS学園の授業が英語だったらと思うと冷や汗どころの話じゃない。

 

 まぁそれはさておき、和やかに当たり障りない世間話をしながら目の前の人物を観察する。

 

 デュノア君は中性的な顔立ちとスレンダーなスタイル、髪は濃いめのブロンドを伸ばし後ろで一つにまとめている。

 

 その人当り良さそうな笑顔は可愛い王子様といった感じだ。

 

 でも本当の性別を知ってしまっているせいか僕には女性にしか見えないけど。

 

「それで、えっと……」

 

 デュノア君の視線が、僕の横で自分の事を無言で睨みつけているラウラに向けられる。

 

「ラウラ」

 

 放っておいたらこのままだろうと挨拶を促すが、

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 相変わらず簡潔な自己紹介で。

 

 お義兄ちゃんとしては、その愛想の無さが少し心配です。

 

 仕方ないので、笑顔が若干引きつってしまった彼女に補足を加える。

 

「IS関係者なら話くらいは知ってると思うけど、ラウラには僕の護衛をしてもらってるんだ。だから悪いんだけど、この模擬戦も2対1でやらせてもらうよ。実を言うと、こっちの連携のデータ収集も兼ねてるんだ」

 

 嘘をつくなら具体的に。

 

「うん、それは織斑先生からも聞いてるから大丈夫。こっちとしてもドイツの第3世代機と戦えるのは大歓迎だからね」

 

 代表候補生として違和感のない感想を口にするデュノア君。

 

 面と向かって話をしてると悪い子には見えないんだけど、IS学園に性別を偽って入って来るぐらいだから僕の観察眼じゃ見破れない面もあるんだろう。

 

 そう思い直していると、姉さんから通信が入る。

 

「織斑、ボーデヴィッヒ、デュノア、挨拶は済んだか? そろそろ始めるぞ」

「了解です。姉様」

「僕もいけます」

 

 即答する二人をよそに、一度大きく深呼吸してゆっくりと思考を切り替える。

 

「やれるよ。姉さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう視界してるんだよ」

 

 開始のブザーから数分、ディノアさんの弾幕を掻い潜り何とか接近戦に持ち込もうとしているけど、いい様にあしらわれてしまっている。

 

 射程・威力・連射性の違う銃で緩急をつけながらも途切れることのない弾幕。

 

 しかも自分の動きに加え、こちらの回避を誘導して僕とラウラに挟撃されない様な位置取りを常にしている。

 

 いくら360度の視界を持つISのハイパーセンサーと言っても使用している人間の意識はそういう風には出来ていない。

 

 だと言うのに、こちらを向きもしないで後ろ手でピンポイントで撃ってくるとか、泣き言も言いたくなるというものだ。

 

 まさかマルチタスクとか使える人なのか?

 

「兄様、やはりこのままでは近付けない。次のプランに移るぞ」

「了解」

 

 2対1で、あちらは射撃型。

 

 ここまでのレベルは想定外だったけど、弾幕を張られる事くらいは織り込み済みだ。

 

 だから挟撃しての接近戦はあくまでも1番甘い見通しのプランでしかない。

 

 まぁ、無理をすればこのまま被弾覚悟で突っ込んで初見ではまず避けられないAICで絡め取っても構わないんだけど、相手がテロを企んでいる相手の場合、後で何が起こるか分からない。

 

 だから用心のために、なるべくなら余計なダメージは避けておきたい。

 

 それに打算的な考えだけど、この戦闘が後で問題視された時の事を考えて、デュノアさんに言った建前が通る様な戦闘内容にしておきたいというのもある。

 

 つまり、相手の捕獲というこちらの目的を悟られない様な『お互いのデータを引き出し合う戦い方をする』というわけで、次はこっちの番だな。

 

「そろそろ反撃させてもらうよ」

「いいよ。簡単にはやられないんだから」

 

 ラウラと示し合せて高度を上げ、デュノアさんの上を取る。

 

「兄様っ!!」

「おうっ!!」

 

 ラウラは6本、僕は4本のワイヤーブレードを同時に射出。

 

 プログラム頼りのキュクロープスのワイヤーブレードは変則的な機動を描きながらも基本的に真っ直ぐディノアさんを追い立て、自分で操作できるラウラはシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードをアリーナを広く使うように展開してデュノアさんの行く手を阻む。

 

 それに対してデュノアさんは回避運動を取りながら両手にショットガンをコール、的が小さく、かつ高速で接近してくるため迎撃しにくいワイヤーブレードをその面制圧力で抑え込む。

 

 だけど、それも予想通り。

 

「ぐあっ」

 

 前後からのワイヤーブレードの対処で僅かに逃げ足が止まった所をラウラは見逃さず、シュヴァルツェア・レーゲンの右肩に装備されている大型のレールカノンが火を噴き、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの左肩の装甲がはじけ飛ぶ。

 

 さらにバランスを崩した所に、

 

「Lock,Fire」

 

 今度はキュクロープスの両手からドリルをロケットパンチの要領で撃ち出す。

 

 デュノアさんはバランスを崩しながらもとっさに右手のショットガンの引き金を引くが、迫るドリルの足は止まらない。

 

 それに一瞬目を見開くデュノアさんだけど、次の瞬間その手には機体と同じオレンジ色の物理シールドが握られている。

 

 一瞬で行われる状況判断と武装のチョイス、そして高速展開。

 

 『高速切替(ラピッド・スイッチ)』

 

 機体の性能に頼らない彼女だけ力。

 

 シールドとドリルが接触し、火花が舞う。

 

 敵を穿つまで止まらないと言わんばかりの推進力を発揮しながら回転し続けるドリルと、どんなに削られようと守り切ろうとするシールドのせめぎ合い。

 

 でも、健闘もここまで。

 

 完全に足の止まったオレンジ色の機体を黒い糸が絡め取る。

 

「くっ」

 

 デュノアさんは首と両手両足をワイヤーで締め上げられ、十字架に磔にされた様な恰好でアリーナのシールドに叩きつけられる。

 

「ぐはっ」

 

 背中への衝撃で肺から強制的に空気を吐き出される。

 

 そしてダメ押しとばかりに接近したラウラがAICを展開。

 

「こ、これはドイツのAICっ」

 

 瞬時に何をされたか理解したみたいだけど、抗う術はない。

 

 僕は視界が相手の顔で埋まるほど近寄り、こちらに意識を向けたデュノアさんと目が合ってから、

 

「痛いかもしれないけど我慢してね」

「えっ」

 

 右手にパイルバンカー(杭打機)をコール、それを無防備な腹部にあてがい零距離で打つ。

 

 鈍い打撃音と短い苦悶の声が5回繰り返された所で、

 

「勝者、ラウラ・ボーデヴィッヒ、織斑一夏」

 

 無機質な音声がアリーナに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合形式で行われるIS戦闘はシールドエネルギーをゼロにした方が勝者だけど、実際はリミッターが付いていて完全にエネルギーがゼロになるわけではなく、装甲は維持しされ、操縦者を守る絶対防御が切れる事はない。

 

 よって、試合が終了した直後の現在は3人が揃ってISを纏った状態でアリーナに立っている。

 

「ごめんね。大丈夫だった?」

「う、うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

 お腹をさすっていた手を後ろに引っ込め笑顔を向けてくれるディノアさんは、

 

「僕の負けだね。うん、やっぱり第3世代機2人を相手にするのは無謀だったかな」

 

 そう言ってISを解除して地面に降り立つ――――――が、

 

「え?」

 

 再度ラウラのAICによって拘束され、目の前にレールカノンを突き付けられる。

 

「えっと、どういう」

「質問に答えろ」

 

 ラウラの厳しい声が相手の言葉を遮る。

 

「貴様の目的はなんだ」

 

 単刀直入に切りこまれた質問に対しデュノアさんは、

 

「何の事かな」

 

 今までの柔和な雰囲気から一転、棘のある攻撃的な表情を浮かべる。

 

 が、そんな事で怯むラウラではない。

 

「とぼけても無駄だ。貴様が男装している事は既にバレている」

 

 続くラウラの言葉に凍りつく。

 

 そして畳み掛ける様に、

 

「もう1度聞く。貴様の目的はなんだ」

 

 ラウラが質問を繰り返すが、それはデュノアさんの耳には届いていない様だった。

 

「黙秘か。いいだろう。特殊部隊で鍛えた私の尋問は甘くないぞ」

「ストップ、ラウラ」

 

 いきなり物騒なことを言い出したラウラを止める。

 

「なんだ、兄様」

「尋問の前に僕に話をさせてくれないかな」

「構わないが、拘束は解かないぞ」

「うん、それはむしろお願い」

 

 もしテロを企んでるならISがなくても相当な腕前かもしれないからね。

 

 油断は禁物だ。

 

「デュノアさん」

「……」

「デュノアさーーん」

「……」

「返事がない。ただの屍の様だ」

 

 ていうか、本当に目が死んでるな。

 

 しょうがない。

 

 先に姉さんの方の結果を聞こう。

 

 管制室にいる姉さんに通信を繋ぐ。

 

「姉さん」

「なんだ」

「荷物の方はどうだった?」

「黒兎部隊の報告では、爆発物や通信機といった物はなかったそうだ。あえて言うなら男装用の特殊なコルセットがあったくらいか」

「コルセット?」

「男装するために胸を潰しているんだろう」

「あぁ、胸があったら一発でバレちゃうもんね」

「そういうことだ」

「じゃあ、テロ目的じゃないってことでいいのかな?」

「そうとも言い切れないが……とりあえず、おまえが聞き出してみろ。それが出来なかったら」

「あぁ、言わないで。何とかやってみるから」

「任せたぞ」

「了解」

 

 目の前の子が尋問という名の拷問に遭うのも可哀想だけど、それよりも姉さんやラウラにそんな事をさせたくない。

 

 だから僕が聞き出さないとな。

 

 改めてデュノアさんに目を向けるが、屍継続中。

 

 仕方ないので、ある事をラウラに耳打ちする。

 

「触ればいいのか、兄様」

「揉んでもいいよ」

「分かった」

 

 快く了承してくれたラウラはデュノアさんに近付き、AICを発動させている手とは反対の手の装甲を消してから、躊躇なくデュノアさんのISスーツの下に手を滑り込ませる。

 

 ちなみにデュノアさんのISスーツはお腹が出てて上下に分かれてるタイプだ。

 

 あぁ、もちろんラウラは上に手を入れましたよ。

 

「…………え」

 

 そして屍だったデュノアさんの口から声が漏れる。

 

 それに気を良くしたラウラは、そのまま指を動かして――――――

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「っ!?」

 

 デュノアさんのいきなりの悲鳴。

 

 驚いたラウラはうっかりAICを解いてしまうが、デュノアさんはショックで地べたに女の子座り。

 

 両手で胸を隠している。

 

「な、な、ななななんで、なんで」

 

 うん、いい感じに混乱してるな。

 

 もう1度AICをかけようとするラウラを手で制し、デュノアさんの前にしゃがみ込み目線を合わせる。

 

「女の子だってはっきりしたから、ここからはデュノアさんって呼ばせてもらうね」

 

 そう切り出すと現状を思い出したのか、混乱して上がったテンションが一気に落ちる。

 

「ねぇ、デュノアさん。いくつか聞きたい事があるんだけど、お互いのためにも素直に答えてくれないかな」

「お互いの……ため?」

 

 おっ、反応が返ってきたよ。

 

 良かった。

 

 とりあえず一歩前進だな。

 

「うん、このままだと君はかなり厳しい尋問に遭う。それは嫌でしょ? そして僕も僕の大切な人にそんな事はさせたくない。だから質問に答えて欲しんだ」

「……」

 

 顔を下げられちゃったけど、とりあえず質問を開始する。

 

「デュノアさんがここに来た理由は、テロみたいな破壊工作をするため?」

「え?」

「ん?」

 

 俯きから一転、鳩が豆鉄砲くらった様な反応を返された。

 

 これ、素の反応じゃないか?

 

「例えば、デュノア社がどこかのテロ組織に脅迫されてて、仕方なく君を送り込んだとか」

「何を……言ってるの?」

 

 うん、この呆然とした表情は嘘じゃないだろう。

 

「うん、分かりやすく言うと、僕たちは君が破壊工作のために来たと思ってる」

「そんなっ!? 違うよっ!! 僕はただ実家から君とキュクロープスのデータを盗んで来いって言われててっ…………あっ」

 

 今『あっ』て言ったよ『あっ』て。

 

 もう決まりでいいよね?

 

「デュノアさん」

「はい」

 

 こっちも観念したみたいだし。

 

「僕は君の事を信じるよ」

 

 笑顔で手を差し伸べる。

 

「え、あの、だから、僕は君のデータを盗みに……」

 

 困惑している姿が、ちょっと可愛い。

 

「そのくらいなら気にしないよ」

 

 機密って言われてるから見せないけど、別に僕が隠したいわけじゃないしね。

 

「あ、あの、でも、えっと」

 

 もう一押しかな。

 

「ほら、まずは僕の手を取って」

 

 デュノアさんはしばらく迷う素振りを見せてから、

 

「うん」

 

 と言って手を取ってくれた。

 

 立ち上がったデュノアさんに、先日ラウラと姉さんと3人で話し合った内容を説明する。

 

「というわけでね。データを盗むために男装するっていうのは無理があるんだよ」

「確かにそう言われると、僕が破壊工作しに来たって方が説得力あるね」

「でしょ? でも、それは君が否定してるし、僕もそれを信じてる。だから考えられるのは2つ目のケースで、君を学園に入れること自体が目的の場合だ。何か思い当たる事はないかな?」

 

 さっきの話だと、データ盗って来いとしか言われてないみたいだけど。

 

「僕はね、織斑君。デュノア社社長、その隠し子なんだ」

 

 そういえばラウラがそんな事言っていたっけ。

 

「僕は生まれた時からお母さんと二人暮らしでね。でも、僕はお母さんが大好きだったから、二人でもとっても幸せだったんだ」

 

 母の面影を思い出したのか一瞬幸せそうな表情を浮かべるが、それはすぐに掻き消える。

 

「それが2年前、お母さんが急病で死んじゃってね。僕はどうしたらいいか分からなくて。近所の人に手伝ってもらってお葬式して、お墓を立てて……」

 

 目に涙がたまってくるが、手で拭いとり先を続ける。

 

「その後にね、父の使いの人っていう黒服の人たちが家に来て、その時初めて父の事、自分がその人の隠し子だって知らされたんだ。それでそのまま会社に連れて行かれて初めてお父さんに会った。最初は、養子にすること、別邸で住むこと、各種検査を受けること、淡々と指示されるだけで、やっぱり僕は認めてもらえない隠し子なんだなって、きっとお母さんともどうせ遊びだったんだろうなって思ったよ。でも、このままじゃお母さんが可哀想だから、昔お父さんからプレゼントされたって大事にしてたペンダントを見せたんだ。そしたら無表情だったお父さんが『アイシャ』てお母さんの名前を呟いて涙を流してくれたんだ。その涙で僕は二人の間に確かに愛があったんだって確信できた。何で結婚できなかったのか、どうして会いに来れなかったのかは聞けなかったけど、僕にはそれで十分だった。だから指示に従って受けた検査で高いIS適正が出た時も、抵抗なく非公式のテストパイロットになったんだ。他にしたい事もなかったしね。お母さんの愛した人がどんな人か見ていようって思ったんだ。それから2年間、特に会話らしい会話もなかったけど、たまに僕の訓練を見に来てくれてたのは知ってた。オペレータの人が気のいい人でね。こっそり教えてくれてたんだ」

 

 ラウラの報告からもっと酷いものを想像してたけど、そうでもなかったんだな。

 

「でも、またここで問題が起きてね。会社が経営難になったんだ」

 

 それも聞いた。

 

「第3世代機の開発の難航と、国からの援助打ち切り話だね?」

「やっぱり知ってるんだね。うん、そう。そこでお父さんに、男装してIS学園に転入して織斑君とその機体のデータを盗んで来いって言われたんだ。機体のデータはすぐ役に立つし、もし男性がISを動かせる理論を解明したらその利益は第3世代機なんて目じゃないものになるからって」

 

 ここで少し考えるように言葉を切る。

 

「言われた時は特に違和感なかったけど、織斑君が説明してくれた通り、改めて考えると変な事ばっかりなんだね」

「うん。それで話は戻るんだけど、何か思い付く事はある?」

 

 今度はたっぷり時間をかけて考える。

 

 そして、

 

「まさか……でも……そんな……」

 

 何かしら思い当たるものがあったらしい。

 

「当ててあげようか?」

 

 昨日の寝る前に考え付いた答えがあるんだ。

 

「え?」

「君を守るため」

「っ!?」

 

 その表情は図星みたいだね。

 

「会社が潰れたり、他に吸収された場合、社長の養子であり隠し子である君にも責任が及ぶかもしれない。しかも君は非公式ながらテストパイロットを任される程の実力者だ。どんな様に利用されるか分かったもんじゃない。だから一時の避難場所としてIS学園に転入させた。ここは治外法権の施設。しかも本人の意思さえあれば外部からのいかなる干渉も受けないで済む場所だ。そうだね、僕みたいな扱いに困るイレギュラーが唯一平穏に日常を送れる場所って言えば分かり易いかな」

 

 ちょっと最後は冗談めかしてみる。

 

「もちろんただの推測だけどね。でも僕には他に考え付かないかな」

 

 後はデュノアさんが何を信じるか。

 

 そう思い反応を待つと、

 

「お父さん……」

 

 小さな呟きが漏れ、胸の前で組まれた手は震えていて、頬を伝う涙は地面に点々と跡(あと)を作り出す。

 

「うん、そうだね。大好きなお母さんが愛した人だもんね」

 

 口にしなくても彼女の中の答えが分かった。

 

 そして僕は彼女を優しく抱きしめる。

 

 ここにいない人の代わりに。

 

「お父さん、お父さん、お父さん、」

 

 彼女が落ち着くまでそうしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。もう、大丈夫だよ」

 

 僕の胸からそっと離れた彼女は、泣きはらした赤い目だけど笑顔を向けてくれた。

 

 それを見てしみじみ思う。

 

「やっぱり無理がある」

「え、何が?」

「そんなに可愛いのに、男装とか無理があるよ」

「えっ!? ぼぼぼ僕がか、可愛いっ!?」

 

 何をそんなに驚く事があるんだろう?

 

 鏡見ないんだろうか?

 

「うん、凄く可愛いと思うよ」

「そ、そう、なんだ。僕が可愛い……あ、ありがとう……」

 

 照れてるのか、真っ赤になってもじもじしてるのもまた可愛い。

 

 なんて目の保養をしていると、

 

「兄様」

 

 引っ張られた袖に振り返ると、ふてくされた顔のラウラ。

 

 なんだ、この可愛い生き物は。

 

「ラウラも可愛いよ。自慢の義妹だ」

 

 素直に褒め、頭を撫でてあげると、満足そうな笑みを浮かべた。

 

 それを見て僕も笑顔になるが、

 

「何をしている、馬鹿者どもが」

 

 いつの間にか背後に来ていた姉さんの声に引き戻される。

 

「ふん、とりあえず事態は最悪のケースではなかったが、後処理の手を抜くわけにはいかん」

 

 ラウラ、そしてデュノアさんと意思を確認する様にアイコンタクトを取ってから頷きあう。

 

「デュノア、おまえの身柄はこのまま一旦預かる」

「は、はい」

「姉さん……」

「心配するな。こいつの入学は既に認められている。その点は安心しろ」

「うん」

「その上で、デュノア社には情報の不備としておまえの性別を訂正してもらう。フランス政府とデュノア社の間でどういう密約が交わされてるかは分からんが、フランス政府もこれに追従するしかないだろう」

「姉様、その際に先ほどの戦闘データを添えれば彼女がここにいる有用性を示せ、事がよりスムーズに進むと思われます」

「そうだな。そうしよう」

 

 さすが姉さんだ。事前に事後処理の方法まで考えていたんだね。

 

 じゃあ、僕は最後の確認をしておこう。

 

「デュノアさん」

「はい、あ、えっと、なに?」

「ここに残る。それでいいのかな?」

 

 答えの代わりに、

 

「お、織斑君は僕がここにいても、その、迷惑じゃ……ない?」

 

 質問が返ってきたが、

 

「もちろんだよ」

 

 即答する。

 

 学園を避難所にしたり、その間に身の振り方を決めなきゃいけなかったり、そういう似たような境遇の人がいてくれるのは連帯感があってちょっと安心する。

 

 ISの操縦にしたって学ぶ所ばかりで、ぜひまた模擬戦に付き合って欲しいし、それに、その、可愛いしね。

 

「そっか……うん」

 

 正面から目が合う。

 

「僕はここに残るよ。この学園で頑張ってみようと思う」

 

 その顔にはしっかりとした決意が見て取れた。

 

「それで……なんだけど」

 

 でもそれ勢いも急に失速。

 

 どうしたんだろうと思っていると、

 

「良かったら、僕と友達になってくれる?」

 

 そこでウルウルな上目使い。

 

 そんな反則技使わなくったって、君みたいな可愛い子のお願いを断る理由がない。

 

「うん、大歓迎だよ。よろしく、デュノアさん」

 

 彼女は差し出された手を握り返しながら、

 

「シャルロットって呼んで欲しいな」

「それが本当の名前?」

「うん」

「分かった。じゃあ改めて」

 

 一旦言葉を切ってから、自分に出来る最高の笑顔を贈る。

 

「ようこそIS学園へ、シャルロット」

 




これにてストック分終了です。
この後は更新が遅くなりますが、学年別個人トーナメント、臨海学校、夏休みですね。
原作ではサラッと流される夏休みですが、本作ではちょっと違う流れを予定しています。
具体的には、ラウラと黒兎部隊を見受けする際にIS委員会に対して飴を提示するというフラグをこっそり立てておいたのでその回収です。
回れて4か国だけど、どこ行こうかな。
順当に考えれば、アメリカ、中国、イギリス、ロシアなんだけど……。
まぁ、そこを書くのは当分先なので、とりあえず目先の事からちょくちょくと書いて行こうと思います。

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