千冬さんはラスボスか   作:もけ

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学年別個人トーナメントまでの話、そのいち

「フランスから来ましたシャルロット・デュノアです。4月に代表候補生になったばかりですが、実家でテストパイロットをしていたので搭乗歴は2年程になります。専用機はみなさんも使っているラファール・リバイブのカスタム機ですので、アドバイス出来る事もあるかもしれません。良かったら気軽に声をかけてもらえると嬉しいです。スタートは遅れてしまいましたが、これから一年間よろしくお願いします」

 

 あの模擬戦から三日経った朝のHR、真耶先生の「またまた転校生が」と言う台詞に、先のラウラの件の影響で教室に変な緊張感が走ったけど、シャルロットの丁寧な挨拶と柔らかい雰囲気、何よりその人当たりの良い笑顔に場の空気はすぐに和んだ。

 

 人の印象の9割は第一印象で決まるって言うし、シャルロットの心配はいらなそうだね。

 

 まぁその理論で言うとラウラは大変な事になるんだけど、あんな事があったのに受け入れてくれたクラスメートの懐の広さに関心すると共に感謝している。

 

 さておき話をシャルロットに戻すと、姉さんからフランス政府とデュノア社に連絡を入れ、晴れて女性として転入する運びとなったわけだけど、専用機はデュノア社の物なので問題なく、代表候補生の肩書きもそのままになっている。デュノア社については「彼女が入学さえできれば良かった」で結論が出ているけど、果たしてフランス政府は彼女の男装、性別詐称を知っていたのだろうか。

 

 姉さんみたいに見ただけで骨格から性別が分かる様な人がそう何人もいるとは思えないけど、身体検査一つでバレる様な変装に国家政府が簡単に騙されると思うのは短慮と言うか浅慮と言うか無理がある気がする。

 

 世の中そんなに甘くないだろう。

 

 それに、もし騙されているだけならフランス政府にしても二番目の男性操縦者の情報を隠す必要がないわけで。

 

 じゃあ、どういう事なのか。

 

 考えられる可能性は2つ。

 

 一つは、性別詐称自体を知らなかったケース。

 

 フランス政府としてはデュノア社のテストパイロットであるシャルロットを正式な手続きで代表候補生にしていて、まさかIS学園に転入する段階で性別詐称するなんて夢にも思っていなかった。

 

 楽観的な見方なのは分かっているけど、でもこれが余計な波風が立たない理想的な形。

 

 もう一つは、性別詐称を気付いていたのに黙認したケース。

 

 これはさらにデュノア社と共謀しているケースとそうでないケースに分かれるけど、どちらにしても発覚した際は「自分達は騙されていた被害者で全責任はデュノア社にある」と押し付けて切り捨てるつもりだった事は想像に難くない。

 

 でもそれもまだ何もしていないうちに学園側から「情報の不備では」と指摘されてしまってはそれに乗っかる以外に選択肢はなかっただろう。

 

 わざわざ自分からまだしてもいない罪を自白するなんてのはナンセンスに過ぎる。

 

 そして一度代表候補生として転入を推薦してしまった以上、取り下げるには国の面子を傷付けないだけの理由が必要になってくる。

 

 書類上の不備だけではただの難癖にしかならない。

 

 しかもいくら次のイグニッションプランのトライアウトまでに第三世代機を形に出来なければ出資を打ち切るとしているとは言っても、曲がりなりにも現段階で自国最大のIS企業に対してだ。

 

 そんな事をしたら裏があると自分から言っている様なものだ。

 

 だからシャルロットの肩書きを取り下げる事はしなかった。

 

 いや、出来なかったと言った方が正しいか。

 

 このケースの方が裏があるだけに説得力がある。

 

 まぁ邪推とも言うけど。

 

 ちなみにこの企み「シャルロット・デュノアを男装させて織斑一夏と専用機のデータ盗んじゃおうぜ作戦」が今の状況の様に実行前に頓挫したとしても、フランス政府に明確なデメリットが発生するわけではない。

 

 強いて言えば代表候補生の席を一つ使ったくらいだけど、候補生の人数制限なんて有っても無くても一緒だろう。

 

 全員に専用機を用意しなきゃいけないわけじゃないだろうし、あくまでもただの候補生なんだから例えば10人くらいいたって国で10人なら希少価値を損なう事もない。

 

 そして僕個人として忘れちゃいけない大事な事が一つ。

 

 それは「データ盗んじゃおうぜ作戦」が失敗し、シャルロットが女の子として転入した事により発生したメリット。

 

 男性操縦者、まぁ僕なんだけど、それの引き抜きが可能になった。

 

 いわゆるハニートラップだ。

 

 僕の所属未定と言う宙ぶらりんの状態はIS学園に在籍していられる三年間だけの期間限定のもの。

 

 もし卒業後の進路に僕の意向が反映される余地があるとした場合、引き抜きたいと思っている勢力がアクションを起こすなら在学中、しかも学園内に限られると言ってもいい。

 

 なら、その工作員は三年間を共に出来る同じ16歳が望ましい。

 

 さらに言えば世界唯一と言うネームバリューに見劣りしない肩書きと実力、交流の足掛かりとして専用機があれば尚良い。

 

 つまり女の子としてのシャルロットにはうってつけと言う事になる。

 

 そして転入早々僕とコンタクトが取れた事はそういう方面で有用性を示せたんではないかと言う見方も出来る。

 

 入学してからこっち、僕の周りは幼なじみの箒ちゃん、ルームメイトだったのほほんさんを除くと、セシリア・鈴・ラウラと代表候補生で固められている。

 

 それに加えて先日鈴とのデートをフライデーされた事で焦る勢力もあるんじゃないだろうか。

 

 フランス政府にしてもダメ元でもあわよくばと言う欲が出ても不思議じゃない。

 

 デュノア社への援助を取り引き材料にすればシャルロットも本気にならざるを得ないだろうし。

 

 こういう考えは何もフランスだけに限った話じゃなくて、きっと代表候補生の三人も自国から大なり小なり指示を受けていると僕は考えている。

 

 せっかくのチャンスがあるなら当然だろう。

 

 でもラウラは最初あんなだったし、今や義妹だ。

 

 引き抜く所か、ミイラ取りがミイラになってしまっている。

 

 鈴については疑う気すらないので論外。

 

 もしアカデミー賞並みの演技力で騙されているとしても鈴相手なら本望だしね。

 

 でも中国が好きじゃないのが困った所。

 

 難癖つけて武力で脅す国境問題、大量の劣化粗悪品をばら撒く著作権問題、政府を批判も出来ない政治形態と活動家を拘束する人権問題、自分たちに不都合な事はすぐに弾圧する情報統制、賄賂が常習化された社会構造、国内製品に対する信用の無さから見て取れる自国民も否定する信用度の低い国民性、共産党員さえ良ければいいと言う貧富の差などなど挙げて行ったらキリがない。

 

 もしもの時は鈴に亡命してもらおうか真剣に悩むな。

 

 最後、じゃあセシリアは?

 

 セシリア個人に対しては尊敬もしているし友情も感じているけど、如何せん立場が違い過ぎていて正直半信半疑といった所。

 

 僕が姉さんを自分の中心に据えている様に、セシリアはきっと貴族としての自分を中心に置いていると思う。

 

 なら、頭首として守るべきモノのために必要な時に必要な事をするだろう。

 

 それに対して嫌悪感はない。

 

 自分よりも優先する事がある事に共感するし、守るべきモノの大きさとその責任感の強さに尊敬もする。

 

 ただそういう場面になった時に受け入れると言うか、誘いに乗るかは別問題。

 

 セシリアはお姫様みたいに綺麗で、姉さんとはまた違った意味で完璧なプロポーションをしている。

 

 内面も一本しっかりとした芯が通っている強さと美しさがあって、彼女の素であろうコロコロ変わる表情は可愛らしい。

 

 身嗜みも人一倍気を使っていて香水一つ取ってもセンスが良く、家事スキル以外の女子力はピカイチだ。

 

 もしそんな彼女に迫られる様な事があったら男として光栄の至りだけど、その理由が好意ではなく打算だとするなら、自分のためにも、彼女のためにも、僕に好意を寄せてくれている人達のためにも、間違ってもその誘いに乗る訳にはいかない。

 

 じゃあ、その好意が本物だったら?

 

 その時は……やっぱりお断りさせてもらう事になると思う。

 

 僕の中心にいる、家族として、そして一人の女性としても魅力的な姉さん。

 

 僕が悲しい時、苦しい時にその底抜けに明るい笑顔と温もりで支えてくれた束さん。

 

 同じ目線で同じ時を過ごし、想いを積み重ねてきた鈴。

 

 ただただ僕への想いを生きる支えにしてくれてきた箒ちゃん。

 

 16歳という多感な時期に男と同室になっても嫌な顔一つせず、逆に女の園にあってストレスを溜め込んでいる僕を癒やしてくれ、さらに僕の負担にならない様に初恋とファーストキスを捧げてくれたのほほんさん。

 

 彼女達を差し置いて選ぶ程の何かを僕はまだセシリアとの間に築けてはいない。

 

 まぁ現時点でこんな考えはただの自惚れ以外の何ものでもないのでサラッと流して話をハニートラップまで戻すと、国の意向がどうであれセシリアにしてもシャルロットにしても何かある前に先入観で警戒して壁を作るのも馬鹿らしいし、何より相手に対して失礼なので、二人には友達としてクラスメイトとして節度ある接し方をしようと思う。

 

 いざとなったらキュクロープスを発動して逃げればいい訳だし、さすがに姉さんも弟の貞操の危機なら形式以上には怒らないだろう。

 

 …………怒らないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、シャルロットがクラスメートに連行されて行くのを横目に見ながらラウラと購買に行きサンドイッチと飲み物を買って校舎の外、木陰にあるベンチに腰を下ろす。

 

 今日は珍しく二人きりだ。

 

 ランチは基本的に食堂で済ませる事が多く、外で食べる時でも屋上を使う。

 

 ではなぜ今日は違うのかと言うと、食堂を避けたのはシャルロット目当てで人が多そうだったからで、屋上じゃないのは今日みたいに天気の良い日はそろそろ直射が暑かったりするからだ。

 

 6月に入り、もうしばらくすれば日本は雨に濡れる紫陽花の季節。

 

 それが過ぎれば太陽に向かって咲く向日葵の季節がやってくる。

 

 そうなるとさすがに外で食事をするのは厳しくなってくるから、今日みたいな日は貴重と言う訳で、まぁつまる所、束の間のこの幸せを謳歌しようと言う趣向だ。

 

「兄様」

「ん?」

「来週からの学年別個人トーナメントについてなんだが」

「あぁ、うん」

 

 学年別個人トーナメントは夏休み前の期末テストの様なもので、6月の第2週から月末にかけて約3週間かけて行われる。

 

 その期間の長さに驚かれるかもしれないけど、IS学園の生徒数は、1クラス30人が8クラスで3学年分、計720人。

 

 単純に計算して一回戦だけで360試合、優勝するまでには8回も勝ち抜かなければならない。

 

 しかも場所もISの数も限られている上に試合後のメンテナンスまであるとあっては、日程が長期に及ぶのも納得してもらえるんじゃないだろうか。

 

 ちなみに専用機持ちは別枠で戦い、数の調整に訓練機の上位数名が入る形になる。

 

 その試合は来賓を呼んで盛大に行われ、自国の代表や代表候補生の成果を確かめたり、青田狩り、つまりスカウトの機会にもなっている。

 

 なので卒業後の進路でIS乗りを希望していて、しかし未だに所属の決まっていない三年生の先輩の意気込みと言ったら鬼気迫るものがある。

 

「私が転入して来る前に行われたクラス対抗戦で兄様の試合に乱入してきた黒い全身装甲のIS。学園側の発表では所属も目的も分からず終いだったために、あれが再度襲撃して来る可能性が考えられている」

「あぁ~~~~うん、そうだね」

 

 アレが束さんの仕業とはさすがに言えないな。

 

 しかも理由が「僕の華々しいデビューのため」だもんね。

 

 それにしてもアレが無人機だった事実をちゃんと秘匿できてる事が何かちょっと意外。

 

 スパイ衛星とかないのかな?

 

 それともラウラが知らされていなかっただけ、またはドイツが知らないだけって可能性もあるか。

 

 一応僕の護衛って事になってるんだから姉さんも教えてあげればいいのに。

 

 信用してない訳じゃないと思うんだけど、やっぱり知ってる人間は最小限に抑えておきたいのかな。

 

 でも、いざって時に相手が機械か人間かって大きく違うと思うんだよね。

 

 痛覚なかったり限界なかったり。絶対防御がないから壊れやすいのは逆に弱点だけど、その分エネルギー効率は高いわけで、そこは一長一短。

 

 でも最終手段で自爆とかあったら嫌だな。

 

「前回の教訓を生かし、教師陣と黒兎部隊が連携して警備に当たる事になっていてな。ついては私も兄様の護衛としてトーナメントには参加せずにいようと思っていたのだが、姉様に却下されてしまったのだ。いや、もちろん姉様の指示に不満があるわけではないのだが、私は生徒と言う形で在籍してはいてもその本来の任務は兄様の護衛。それを放棄する訳にはいかない。だから兄様からも姉様に何とか言ってもらえないだろうか」

 

 何となく頬が膨れている様に見えなくもないラウラの横顔を見て微笑ましい気持ちになりながら、どうしたものかと考える。

 

 姉さんは表向きは公私混同しないタイプだし、教師としての判断だと覆すのはほぼ無理と言っていい。

 

 護衛対象からの依頼と言う形でねじ込めば行けそうな気もするけど……。

 

「ラウラ、僕も姉さんと同意見だよ」

「しかし、それでは」

「どうどう、落ち着いて」

「う、うむ」

 

 頭を撫でてあげると、少しボルテージが下がる。

 

 うん、義妹は今日も可愛い。

 

「別に護衛任務を放棄して一般生徒として過ごせって言ってる訳じゃなくてね。参加者側からの視点で警備するのも重要じゃないかと思うんだ。警備って言うとついつい外側にしか目が行かないじゃない?」

「確かにそれは一理あるな……。さすが兄様だ」

 

 悩みが解決し、今日の天気みたいな晴れやかな笑顔になるラウラ。

 

 その邪気のない可愛さに当てられ、自然と頭に手が伸び、その綺麗な銀髪を撫でると、子猫の様に目を細める。

 

「ラウラ」

「なんだ、兄様」

「可愛いよ」

「なっ!?」

 

 飛び退いたりはしなかったが、目と口は丸く開き、陶器のような白い肌が赤く染まっていく。

 

「わ、私がかかか可愛いなどと、戯れ言が過ぎるぞ。兄様」

 

 動揺凄いな。

 

「どうどう」

「ぅぅぅぅ……」

 

 とりあえず撫でて勢いを止める。

 

「軍隊式のピッとした凛々しいラウラは姉さんの格好良さに通じるものがあるけど、ちゃんと女の子らしい可愛い所もあると兄としては思うんだけど」

「そ、そんなことは……」

 

 何かニョゴニョゴと言ってるけど聞こえません。

 

「ラウラはまだそんなに知らないだろうけど、姉さんだってオンオフ切り替えたら家族にしか見せない可愛い所がいっぱいあるんだよ? だからラウラもさっきみたいな素の表情を僕や姉さんにくらいもっと見せて欲しいな。家族なんだから」

「家族……家族か……そうだな。私はもう一人じゃないんだな」

 

 普段は力強いオーラを纏っているラウラが、この時ばかりは年相応の小柄な少女に見えた。

 

 その儚い笑顔に胸がギュッと締め付けられ、思わず抱き締めてしまう。

 

「に、兄様っ」

「ラウラは僕と姉さんの妹だよ。忘れない様にね」

「…………うん」

 

 小さく頷くと、優しい力加減で腰に手を回し抱き締め返してくれた。

 

 ちなみに二人で抱き合っているこのベンチだけど、人通りはなく、木陰と言う事で上の階からは死角になっているけど、別に隠れている訳でないので全く誰にも見られないと言う訳にはいかない。

 

 そのせいで放課後に話を聞きつけた鈴や箒ちゃん、のほほんさんに責められる事になったけど、兄として反省も後悔もしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS乗りと言う進路のために必死でアピールする者と、実技の関係ない進路を選んでいるテンションの低い者とがはっきりと分かれている三年生。

 

 選択科目が分かれ、実力の差が顕著になってきた二年生。

 

 まだ入学して二ヶ月しか経っておらずドングリの背比べな一年生。

 

 そんな学年ごとに違う雰囲気を醸しながら始まった学年別個人トーナメント。

 

 と言っても専用機持ちは月末までやる事がなく、それ所か学園内では訓練するスペースもないので、各々が自分のバックボーンである国や企業の施設に放課後移動して訓練する事になっているんだけど、ご存知の通り僕とラウラは今のところIS学園にしか所属していないために行く宛がない。

 

 かと言って変に他国に借りを作る訳にも行かないと言う事で、一応まだ僕が日本国籍と言う事と、真耶先生の代表候補生時代の友達を頼る形で海上自衛隊の横須賀基地にお邪魔させてもらえる事になった。

 

 学園でも訓練機として採用されている第二世代型IS『打鉄』を製造している倉持技研と言う企業の施設の方が近くて設備もいいらしいんだけど、そこは一年四組のクラス代表にして日本の代表候補生でもある更識簪さんがお世話になっているとの事なので、ライバルとしてはお願いする訳にはいかなかった。

 

 ちなみに更識さんの専用機は『打鉄弐式』と言うそうで、薙刀を振り回しながら荷電粒子砲を連射し、必殺技は6機かける8門のミサイルポットからミサイルの雨を降らす凶悪な機体だそうだ。

 

 何て言うか、打鉄の後継機なのに見る影もないね。

 

 正直、名称詐欺だと思います。

 

 あぁそれと名字から分かる通り、生徒会長の妹さんだ。

 

 姉妹で国家代表と代表候補生なんて凄いね。

 

 そしてとても重要な事だけど、彼女はのほほんさんの想い人でもある。

 

 言い方に誤解を招く要素があるかもしれないけど意味的には間違っていないので問題ない。

 

 更識家と布仏家は代々主従関係にあるそうで、のほほんさんは簪さん専属の付き人なんだとか。

 

 そうやって聞くと物々しい感じに聞こえるけど、実際は幼馴染で大好きだから何よりも優先したいって言ってた。

 

 その時ののほほんさんの表情は包み込む優しさと受け止める柔らかいさが合わさった、抱きしめてくれる時の姉さんの様な雰囲気があって、どれだけ彼女を大切に思っているのか伝わってきた。

 

 普段は甘えん坊でドジっ子で面倒くさがりで怠け者のマスコットキャラなのに、こういうギャップがズルいと思う。

 

 さておき、横須賀基地への移動だけど、てっきりモノレールかバスで行くもんだと思っていたら、

 

「さぁ、若。どうぞこちらへ」

「いや、ヴェローニカ。若は勘弁してよ」

「では、やはり殿とお呼びすれば?」

「違います。ヴェローニカ、ここは兄貴と呼ぶのが正解です」

「コルネリア、それも違う」

「お前たち、兄様を困らせるんじゃない」

 

 黒兎部隊が輸送用ヘリで送迎してくれる事になった。

 

 ちなみに送迎を担当してくれるヴェローニカとコルネリアは二人とも今年19歳で、姉さんが強権を発動させた「18歳以下は学生として在籍させる。これは決定事項だ。貴様等に拒否権はない。分かったら返事は「はい」か「Ja(ドイツ語のYES。発音は「ヤー」)」で答えろ」の範囲外であるため普段は学園の警備をしてくれている。

 

 年上の二人に普段なら絶対にしない俗に言うタメぐちをしているのは、お願いとしがらみのせいで、お願いの方は単純に隊長のラウラを呼び捨てにしている手前、他の隊員からも呼び捨てを希望されたからで、しがらみの方は対外的な力関係とでも言えばいいのか、彼女たち黒兎部隊の存続は僕の存在に依存しているので、僕としては運命共同体の様に解釈しているんだけど、彼女たちにしてみると今まで忠誠を誓っていたドイツが僕に取って代わった様に感じているらしく、ヴェローニカの呼び方じゃないけど、まさに殿様と臣下の関係なんだそうだ。

 

 ちなみに副隊長のクラリッサが最年長で、後はリーゼとエルナが年長組のメンバーとなっている。

 

 それにしても若とか兄貴とかお兄ちゃんとかご主人様とか旦那様とか呼び方が偏ってる人をどうにかして欲しい。

 

 みんな揃って親日家なのは嬉しいけど、何かが盛大に間違っていると思う。

 

 まぁ犯人は当然クラリッサな訳だけど。

 

 そのくせ自分は無難に姉キャラ、または後妻に入った若奥さんキャラで「一夏さん」なんて普通に呼ぶし。

 

 でも、その呼び方に妙な艶っぽさがあるのがちょっと気になったり……。

 

 それに何より最年少13歳のカレンに「お兄ちゃん」て呼ばせるのは反則だと思います。

 

 あ、この子、初対面の時にクラリッサに騙されて「わ、私たちハーレムにされちゃうんですよね」なんて涙目で言ってきた例の子です。

 

 そんなカレンは純真で真っ直ぐで頑張り屋さんで隊みんなの妹として可愛がられています。

 

 余談だけど、ヴェローニカは「姫」、コルネリアは「姉御」と姉さんを呼んで出席簿で叩かれていたっけ。

 

 最終的には隊長の上役だから「司令官」という事で落ち着いたみたいだけど。

 

 司令官……ちょっと響きが格好良いな。

 

 先頭に立って人を引っ張って行くカリスマ性に富んだ姉さんにはピッタリかも。

 

 ヘリに揺られながらそんな取り留めもない事を考えていると、ふいに操縦席がある前のスペースからヴェローニカが身を乗り出して振り返る。

 

「若、これから友軍の陣地に赴くわけですが、友軍だからといって油断なされぬよう。むしろ友軍だからこそ余計に気をお引き締めください」

「それは自衛隊を、日本を疑えってこと?」

「はい。他国が若を引き抜こうと画策するのと同様に、若の母国である日本もまた若を引き留めようと必死になるのは道理」

 

 それは……どうなんだろう?

 

 逆に厄介者扱いされているんじゃないかと思っているんだけど。

 

「それに加えて兄貴の命を狙う不逞の輩にしてみれば、学園を離れた今の状況は千載一遇の好機。何時仕掛けて来られても不思議ではありません」

 

 ヴェローニカの背後から、操縦桿を握ったままのコルネリアが話に加わる。

 

「ただ外敵に対してはそれ程警戒する必要はございません。私とヴェローニカもISを携帯して来ておりますので、兄貴と隊長に参戦していただければこちらの戦力は合わせてIS四機。下手な小国なぞすぐにでも攻め落とせるだけの戦力を有しております」

「なので、若に注意していただきたいのは我々が介入しにくい小手先の技や絡め手。分かり易い所でいくと、飲食に混入される毒や、個室や密閉空間でのガス、色香なので油断させて接近してからの不意打ちなどです。ただし手段を限定するのは対処において柔軟性に欠けますので、あくまでもおおよそそういったものと幅を持たせておいてください」

 

 こうやって真正面から真剣に心配されると、嫌でも自分が暗殺される危険のある立場にいるんだって事を実感させられる。

 

 正直、過去のトラウマが刺激されて胃が縮みあがる程ストレスを感じているけど、それでも負けずに姿勢を正していられるのは、守ってくれるみんなのおかげと、最終的な所で束さんに絶対の信頼を寄せているからだと思う。

 

 言ったら意味がないから内緒にしているけど、そういった暗殺や不意打ちを防ぐために、束さんがキュクロープスに自動防御機能を搭載してくれている。

 

 まぁ要は勝手に起動するだけなんだけど、絶対防御があれば大抵の事は心配ない。

 

 それにオートの探知機能で、付近に毒物があると勝手に検知してくれる。

 

 だからこの手の行為で命を落とす確率は限りなく低いと言っていい。

 

 それでも絶対はないし、用心してし過ぎると言う事はない。

 

「分かった。注意するよ。ありがとう。ヴェローニカ、コルネリア」

「勿体ないお言葉、恐縮です」

「兄貴あっての我々ですから」

 

 二人からの注意事項が終わると、隣りに座っていたラウラが立ち上がる。

 

 その顔からは人の上に立つ者の威厳が感じられた。

 

「作戦の確認だ。コルネリアは輸送機で待機。外敵に備えろ」

「Ja」

「ヴェローニカは我々に同行し、周囲への警戒と脱出経路の確保」

「Ja」

「私は兄様と常に行動を共にし、警護に当たる」

 

 三人の雰囲気が軍人のそれに変わり、ヘリ内の空気が引き締まる。

 

 そしてラウラから「最後に兄様からも一言」と視線で促され、少し考えた後に護衛対象としてはこんなこと言っちゃ駄目なんだろうけど、本心からの希望を口にする。

 

「何かあれば僕もラウラの指示に従ってキュクロープスで出るから、みんな無理はせず、一緒に学園に帰る事を最優先にしよう」

「若……」

「兄貴……」

「ふん、当然だ、兄様。我ら黒兎部隊、誰一人欠ける事なく今後とも兄様を守護し続けるのだからな。そうだろう、二人ともっ」

「「Ja」」

 

 そんな頼もしい言葉を聞きつつ、四人を乗せたヘリは横須賀基地に到着する。

 


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