千冬さんはラスボスか   作:もけ

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セシリアとの試合前日の日曜日の出来事です。


日曜日、姉さんと二人で

 試合を明日に控えた日曜日。

 

 今日は疲労を残さないために訓練と座学はお休み。

 

 ということになっていたけど、今いるのは道場。

 

 午前中の澄んだ空気の中、ゆっくりと一つ一つの動きを確認するように演武をしている。

 

 頭の中で仮想の相手を作り上げ、その攻撃を躱し、いなし、投げる。

 

 箒ちゃんや剣道部の人達の影も出てくる。

 

 精神が統一され、感覚が研ぎ澄まされていく。

 

 だから入り口に近づいてくる人の気配にもすぐに気付いた。

 

 それが誰かも……。

 

 入り口が開く。

 

「おはよう、姉さん。どうしたの?」

「おはよう、一夏。邪魔したか?」

 

 スーツでもジャージでもない、青いジーンズに白いシャツ、中は黒のタンクトップという格好の姉さん。

 

 こういう格好はスタイルいい人しか似合わないんだよね。

 

 もちろん姉さんは似合ってる。

 

「大丈夫だよ。それより何処か出かけるの?」

「あぁ、外出許可を取った。一夏、家に帰るぞ」

 

 決定事項みたいだ。

 

「うん、いいよ。掃除もしたいしね」

 

 二つ返事で応じる。

 

「よし、ではシャワーを浴びて来い。三十分後に校門に集合だ」

「了解」

 

 学園だとなかなか姉さんと二人きりになれないから、今日はいいリフレッシュになりそうだ。

 

 食事は、昼と夜だけ手作りにするのは材料が余って勿体ないから、外食に決定。

 

 帰宅前に駅前のイタリアレストランでランチにする。

 

 姉さんはペスカトーレ、僕はカルボナーラ、そしてマルゲリータピッツァを頼んだ。

 

 パスタも取り皿で分け、ピザも合わせて仲良く半分こ。

 

 二人だと色んな味が楽しめていいよね。

 

 コンビニで飲み物とかを買い込んでから一週間ぶりの帰宅。

 

 窓を全部開けて空気を入れ替え、簡単な掃除をしてからお風呂を入れる。

 

 家に帰った時くらい湯船に浸かりたい。

 

 お風呂は日本人の心だよ。

 

「姉さん、一段落したから入っていいよ」

「あぁ」

 

 およそ家事に向かない姉さんには庭に出ててもらったのだ。

 

「それじゃあ、何すればいいの?」

「ふっ、やはり分かっていたか」

「そりゃあね」

 

 こういうことだ。

 

 明日は格上の相手との試合である。

 

 準備はして、し過ぎるという事はない。

 

 しかし、まだ自分のISは来ていない。

 

 肉体的トレーニングなら道場でいい。

 

 座学なら寮でいい。

 

 つまり外出許可まで取ってわざわざ帰って来たということは、家でなければてきないことがあるということだ。

 

「これを見る」

 

 姉さんが鞄から何枚かの記録メディアを取り出した。

 

「それは?」

「まず、機密レベルではない通常の手段で入手できるオルコットの乗る機体名ブルーティアーズの戦闘映像。後は遠距離射撃型に対して、近・中・遠距離型がどう戦うかの基本的な映像教材だな。これは2・3年が使うやつから持ってきた」

 

 姉さんの発言に、ちょっと呆気に取られる。

 

 ここまで教師が一生徒に肩入れするのは問題だろう。

 

 だから学園から出て家でか……。

 

「姉さん……」

 

 嬉しさでちょっと目頭が熱くなる。

 

「ホントに姉さんは過保護なんだから」

「ふん、弟の心配をするのは姉の特権だ」

 

 少し照れくさそうにする姉さん。

 

 それに対して僕はありったけの愛情と感謝をこめて、自分から姉さんを抱きしめる。

 

「ありがとう、姉さん」

「そう思うなら、結果で示せよ」

 

 姉さんは僕にすごく甘いけど、甘いだけじゃない。

 

「うん、勝つよ」

「しかし、無理して怪我はするなよ」

 

 あれ? 甘いかも?

 

「それは、難しいかも」

「馬鹿者。お前だってただ見ているだけの辛さは分かっているはずだろう?」

 

 もちろん分かっている。

 

 姉さんの試合はいつも怪我しないか心配しながら見ていた。

 

「だから私はいつでも完勝していたのだ。少しでもお前に心配させないためにな」

 

 言葉がすぐに出てこない。

 

 そんな気持ちでいてくれただなんて……。

 

 ホント敵わないな。

 

 姉さんの背中は大き過ぎる。

 

 見えてるつもりでも、まだほんの一部なんだろうな。

 

 でもそれを教えてくれたってことは僕にも出来ると思ってくれているんだ。

 

 それなら……。

 

 抱きしめている腕に力をこめる。

 

「やるよ、姉さん。姉さんに心配はかけない」

「ふふ、期待しているぞ」

 

 五分経過

 

 十分経過

 

「ね、姉さん?」

「なんだ?」

「そろそろ離して欲しいかな、なんて……」

 

 体勢としては僕が姉さんを抱きしめている形だけど、下から回された姉さんの手がガッチリ僕の腰をホールドしている。

 

「ダメだ」

「ほら、映像見ないと……」

「一夏分を吸収中だ。もうしばらく待て」

「なぜか激しくデジャヴを感じる」

「いい匂いだ」

「ちょっ!? 恥ずかしいよっ!!」

 

 姉さんが顔を僕の首筋に摺り寄せてくる。

 

「ふふ、何を恥ずかしがる? 姉弟ではないか」

「説明になってないからっ!?」

「なんなら一夏も嗅いでいいのだぞ?」

「えっ……」

「嫌なのか?」

「そんなこと、ない、です」

「私は一夏の匂いが好きだぞ」

 

 姉さんの息がかかり首筋がゾクゾクする。

 

「うぅぅぅぅ……」

「ん?」

 

 観念して僕も姉さんの首筋に顔を埋める。

 

「僕も、大好き」

「よし♪」

 

 今、絶対顔から火出てるよ。

 

 誰か消防車呼んで、消防車っ!!

 

 これは僕のせいじゃない……そう、放火なんだっ!!

 

 つまり、犯人は姉さんだっ!!

 

 って、ははは、我ながらアホなこと考えてるなぁ。

 

 ていうか、そうでもしないと色々やり過ごせない。

 

 うぅ、ホント勘弁してください。

 

 その後は、映像を見ながら姉さんのアドバイスを聞き”努めて真面目に”試合の対策を考えて過ごした。

 

 僕の機体のスペックが分からない以上、なるべく多くのパターンを想定しなくちゃいけなくて骨が折れたけどやりがいがあった。

 

 姉さん曰く、仮に自分とは違った戦い方でも見るべき所はあるし、相手が何をしたいかや、タッグ戦の参考になるので見れば見ただけ有用なんだそうだ。

 

 夕飯は豪勢に出前でお寿司をとった。

 

 姉さんはトロやイクラにウニみたいな高いネタが好きだけど、僕は玉子、サバ、貝類が好みでかぶらない。

 

 甘い玉子焼きは人類の宝だよ。

 

 そして、くつろぎのお風呂タイム。

 

 いや、ちゃんと一人で入ったから変な想像はしないように。

 

 こんな感じで、姉さんのおかげで、実践的な知識と精神の充実が図れた凄く有意義な休日でした。

 

 これには明日の勝利で報いてみせる。

 

 これが姉さんに近づく一歩になるように……。

 

 

 

 

 

――――――――――おまけ――――――――――

 

「そろそろ花見の季節も終わりか……」

 

 春の陽気に独り呟く。

 

 今、後ろでは一夏がせっせと部屋の掃除をしている。

 

 「姉さんは庭で日向ぼっこでもして寛いでてよ」と、やんわりと戦力外通告されてしまい、庭で時間を潰している。

 

 まぁ、確かに私は家事が苦手だ。

 

 その方面ではあいつが小学生の時分から頼りっぱなしである。

 

 私が外で稼ぎ、一夏が家の事をする。

 

 親のいない私たちに選択肢がなかったこともあるが、私は存外この関係が気に入っていた。

 

 一夏を守っている実感があったし、帰れば一夏のぬくもりに包まれて安らぎを感じていた。

 

 一夏は自分のことを過小評価しているようだが、一夏は私が私であるための支えだ。

 

 帰るべき場所なのだ。

 

 それを傷つけようとするものは容赦しない。

 

 しかし、一夏は力を手に入れてしまった。

 

 分かりやすい力。

 

 武力。

 

 ISだ。

 

 理由などはこの際どうでもいい。

 

 問題は、男で世界唯一という希少性ゆえに発生する危険だ。

 

 本人も分かってはいるだろうが、実感が伴わないせいかまだ認識が甘い。

 

 だから近い未来、危険に直面したとき正しい対処ができるよう鍛えておかなければならない。

 

 それが姉として、教師として私がしなければならないことだ。

 

 そのために癪だが束にも力を借りた。

 

 ルームメイトも生徒会との連携を考慮して決めた。

 

 クラスも寮も私の目の届く範囲にし、いい刺激になればと代表候補生を、訓練の足しになればと篠ノ之を近くに置いた。

 

 出し惜しみなく、打てる手は打っておく。

 

 明日の試合もいい訓練になるだろう。

 

 一夏は自分で自分を守れるようにならなければならない。

 

 そのためなら私は何でもしよう。

 

 愛する一夏のために……。

 




千冬さんからの愛が溢れてますw

次回はセシリアとのバトルなんで、オリジナルISの登場です。

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