ベル君が生き倒れを拾ってきたのは間違いだっただろうか 作:ウンニーニョ
黒いゴライアスを倒し、歓喜の声を上げる冒険者達の前に現れた見たこともないモンスター。
そのモンスターはゴライアスの魔石に取り付き、歓喜を絶望へと変える。
冒険者達は疲弊し、ゴライアスを倒した一撃を放ったベルはリリに支えながら立っているのがやっとの状態。支えているリリもベルに寄りかかる様に支えていることからもう限界だろう。
ヴェルフは腰を地面におろし、鎧を纏った黒いゴライアスを絶望の眼差しで見上げている。
もう、打つ手が無い。
冒険者達に絶望を与えるこの状況、しかし打破出来る冒険者が1人だけいる。
爪を隠していたわけでは無い。
それを使うには大切な思い出を対価として支払わなければならないからだ。
できれば使いたくは無い。しかし彼は、大切な
(ごめん、みんな。対価にどれだけの記憶を、思い出を持っていかれるか分からない。みんなの事を忘れてしまうかも知れない。でも僕はもう家族を失いたく無いから。また笑って地上で騒いだりダンジョンを冒険したりしたいから。だから……)
彼は、クロは心の中で謝りながら詠唱する。
『時計の針は逆巻き回り』
☆★☆★
明らかに強化されて再生した黒いゴライアスを前にベルは希望を諦めかけた。
その時、隣からヘスティアの叫ぶ声が聞こえた。
「止めるんだクロ君! それは使っちゃいけないって言ったじゃないか! キミのその魔法は_____」
ヘスティアの声にヴェルフやリリもクロに目を向ける。
こちらに向けて微笑みかけたクロのその目には諦めや恐怖は一切無く、誰かをいとおしむ様なそんな雰囲気を漂わせていた。
『全ての鎖を解き放つ。我が名はクロノス・ヴァレスティ! 神殺しの英雄なり』
クロの詠唱が終わるとクロを中心に魔法陣が描かれ、クロに巻ついた鎖が可視化される。
ガチャリと音を立てて一本の鎖が外れた。
それと同時に背中に描かれた
何かが変わったのはベルやヴェルフ、リリにも分かる。しかしどう変わったのかは
クロを見るヘスティアの目に写る感情は悲しみ。
自分の子が選んだ選択から目を離すまいと何も言わずに見つめる。
次々と鎖が外れ3から4へ、4から5へ。
そして6本目の鎖が外れた。しかし
ヘスティアはスキルか何かが加わったのだろうかと目を凝らすと確かにスキルと魔法が追加されているが、レベルアップの為なのか今回の鎖の為かは分からない。
考えているうちに次の鎖が外れた。
それと共にヘスティアの顔が驚愕に染まる。
【ロキ・ファミリア】の上級冒険者に物怖じしていないことからLv.5あるいはLv.6位はあるのでは無いかと予測していた。
しかしこのオラリオに1人しかいない最強のLv.7まで行くとは予想もしていなかった。
次の瞬間、次の鎖が外れた時にはそんな考えさえ甘かったのだと知る事になった。
7から8、9と10本の鎖が外れた状態でLv.9と言う前代未聞の高レベル。
そして残りの2本が同時に外れ、クロの嫌うスキルと力が顕現する。
それはベル達にも視認することができた。
黒いゴライアスが現れる前のいざこざの時にヘスティアが見せた物と同じ力《神威》。
ヘスティアは悟った。クロは冒険者の
冒険者はレベルが上がるたびに己の器を神へと近ずける。
ならばその終着点とは神と同等の存在になると言う事なのだろう。
しかし神になるための
ヘスティアが考えている間にも変化は続いている。
ヘスティアの与えた彼の為の武器。
ヘスティアによって
ヘファイストスと椿によって造られたその洗練された綺麗な曲線は歪に、そして禍々しく変化しその姿を神器へと変化させた。
変化が終わるとクロは大鎌を鎧を纏った黒いゴライアスへ向けて一薙ぎ振るう。
ゴライアスはまるでクロのその力、その姿を見たかったと言わんばかりに抵抗せず、その一撃を受け入れた。
振るわれた空間が捻れ、ゴライアスを真っ二つへ魔石ごと切り裂くとゴライアスは鎧と共に灰へと変わっていった。
戦闘が終わるとクロの体には何処から現れたのか鎖が再び纏わりつき、南京錠の様な鍵ががチャリと閉まる。
ベルやヘスティア達が駆け寄ってくるのを確認するとクロはゴライアスがいた方向を見上げる。
もう目を背けてはいられないだろう。
ずっと気づかないフリをして来た。
なぜ18階層に安全地帯が有るのか、自分の知る神々は何処へ行ったのか、なぜ自分の名前を名乗るのはマズイのか。
もしあの時、自分がいない歴史が進んだとしたら誰が
殺せるものが居なかったのなら歴史はどう進んだのだろうか。
父さんから聞いた過去に天界で起こった戦争の話が再現されたのではないか?
自分を探していたであろう黒いゴライアスの強化体。
「ダンジョンの下にいるのは父さんなのか?」
クロが誰もいない場所にそう呟いた時、駆け寄ってきたベル達が勢いよくクロに飛びかかり、ベルの上着をクロにかぶせる。
「クロ君、急いで背中を隠すんだ!」
丸見えの背中を隠し、周りを見回すと自然と笑みがこぼれる。
ボロボロだがみんな五体満足なのだから。
☆★☆★
ベル達は地上へ戻る準備もある事だしリベリアの街へ向かう事にした道中、クロはふと考える。
自分は何の記憶を失ったのだろう? レナスの事もミリィの事もスヴェンの事も、家族や仲間の事は昨日の事のように思い出せる。
もし忘れてしまった事が些細な事ならみんなは許してくれるだろうか?
あの時。ゴン爺がクエストの事をを忘れた時もみんなであのハゲた頭をグーで殴って終わりにしたくらいだ。
許してくれるだろう。きっと。
「_____様、クロ様!」
リリの声にクロが視線を前に向けるとリリが笑顔で怒っている。
「クロ様! 聞いてましたか? 地上へ戻ったらお祝いをしましょう。あの化け物を倒したお祝いにクロ様のレベルアップ。あとそれからクロ様には聞きたい事が山ほどあります! ベル様のレベルアップの時のように豊饒の女主人で盛大にやりましょう!」
リリの言葉にクロは冷水をかけられたかの様だった。
ベルのレベルアップのお祝いになんてしらない。
いや、これが無くした記憶?
自分の大切な記憶は
そして圧倒的に少ない記憶。
今回の力を解放した時間は1分程度。もしも長時間戦い続けてヘスティア・ファミリアでの記憶を全て失ってしまったら、僕は家族でいられるのだろうか?
そう考えた時、クロに今まで感じた事のない恐怖が襲う。
それを隠す様にリリへと返事を返しクロは仲間達との帰路を歩んだ。