夏の水着グラ最高でした。秋の浴衣グラも最高ですね。
やっぱり駆逐艦を……最高やな!
「な、何なのこれー!?」
朧の普段出さないような絶叫が、工廠内に響き渡る。作業をしていた夕張さん、明石さんが驚いてこちらを見るが、そんなことを気にしていられるほどの余裕が、今の朧には存在しなかった。
こちらを見てからさらに驚愕しているようだったが、誰よりも驚いているのは朧自身である。
驚く朧たちに妖精さんがむふぅ、と渾身のドヤ顔を見せてきて、現在の状況が誰であろう、この小さくて摩訶不思議な存在、妖精さんが原因であることを察するにはあまりにも容易かった。
明日は演習ということもあり、艤装をチェックすることにしたのはいいのだけれど、途中までは何も問題なく進んでいた。艤装の掃除、装備スロットの確認、蟹さんがどこかに入り込んでいないかの確認まで済ませて、最終確認、実際に装備する段階、艤装とのリンク段階でーー不思議が生じた。
まず、リンクした途端に身体が光りだした。
まるで艦娘のプロパガンダアニメで改、或いは改二練度まで達したときのような、全身が淡い光に包まれる感じ。もちろん実際に改装する際に光るなんてことがあるはずもないのだけれど、それは演出的な問題だったのだろうーーいやどうでもいいけど。
とにかく、光ったのだ、全身が蛍の光のように。
それだけでもう理解を超えているのだけども、そこからさらに不思議が起こる。
着ていた服がーー粒子になって消えた。
もちろん身を包む洋服が無くなったことで全裸になってしまっているのだが、このときはそんなことよりも突然に起きた怪奇現象に驚くのみで、気が付かなかった。
まあ、男性なんてこの鎮守府には提督ぐらいしかいない(いや、妖精さんには男性らしき子もいるけれど)からそのあたりは、あまり気にしなくてもいいかもしれないけれど。その唯一の男性である提督もこの工廠には今はいないわけだし。
そして、空中に溶けた粒子はそのまま朧の周囲にまとわりつき、まるで漣が見ているような魔法少女アニメのように、朧を変身させたーー水着姿に!
なんで!? どうして!?
艤装をつけただけで、水着姿にさせられた朧の気持ちはもう、そんな驚きしかなかったし、冒頭の絶叫に繋がるわけだった。
「ねえ、妖精さん……これ、戻しておいてくれないかな?」
「といわれましても、こちらはだいほんえーからのごたっしですゆえ」
「何それ意味わかんない!」
「きせつげんてーのかんむすさんのすがたに、てーとくさんもおおよろこびです?」
「わあすっげー頭悪そうー!」
あまりの頭の悪さに思わずキャラ崩壊してた。
「しんぱいなされるな、ぼうぎょりょくはふだんとかわりませぬゆえ」
「そんなこと心配してない……」
いや、確かにそれはそれで安心はできるけど……こんな格好で出撃させられること自体がイヤだ。
「いがいにもほかのちんじゅふのかんむすさんにはこーひょーです?」
「ええ……好評なんだ……」
世界は広い。いや、そんな言葉で片付けられるんだろうか。朧には理解できません。
「しんぱいなされるな、おにあいですゆえ」
そういう問題じゃないんだけど、とは思うがもうこれ以上言ってもどうしようもないんだろうな、と半ば諦めの気持ちになっていた。
改めて朧の姿を確認する。ライトグリーンの水着に、何故か変身前にも着ていたものが半端に残った制服風のスカートを穿いている。
肉付きの薄い身体が頼りない。
人様に見せるような身体じゃないよね、と思いつつ、そもそも見せたいわけでもないとも思う。
「なつのたたかい、いよいよです?」
「さっさと秋になればいいと思う」
季節限定なら秋になればこんな格好も終わるんだろう、という推測からの適当な発言だった。
ちなみに朧自身は夏は好きだったりする。
こんな形じゃなくて、普通に海水浴や川で水着を着て遊んだりしたいと思ってはいる。
そういえば提督に水着をもらってたなあ……朧が夏を好きなことを知っていたから、姉妹艦たちと一緒に遊んでこい、ということだったんだろうか。
今となっては水着は艤装をつけるだけでお手軽に着替えられるものになってしまっていることを、まさか提督は知っていないだろうけれど。
「……明日、これで演習に出ないといけないのか」
はぁ、溜め息を零して、見上げた。
灰色の天井だけが朧を見ていた。うん、夕張さんと明石さんも見ているけれど。
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「アイキャッチなのです!」
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「今日発覚した朧ちゃんの限定艤装について」
早速吹雪が、例の水着艤装のことを話題として切り出してきた。
情報が早いのは狭い、閉ざされた環境においてはありがちなことであり、鎮守府というまさに閉ざされた、たとえると学校のような環境においては本当に出回るのが早いようで、朧が工廠から戻ってきて間宮食堂へとやってくる間には情報は広がっていたらしい。
ちなみに情報源は青葉さんらしい……青葉ワレェ!
「朧先輩なら、たとえどんな格好で出撃していようとも格好良いので問題ないですね!」
注文のお茶を持ってきた秋月が、目を輝かせている。朧の勇姿を想像しているのだろうか。水着姿での勇姿を。……想像してみるが、浮かばない。浮かぶのは勇姿というよりも、むしろ滑稽な様である。
秋月が無条件に朧のことを持ち上げてくれるのは今に始まったことではないけれど(甘言褒舌などという、実際にありもしない造語を迂闊にも使いたくなるほどに)、しかしさすがに水着で出撃する姿を格好良いと評するのは些か以上に無理があると思う。
どう足掻いてもお気楽気分にしか見えない。
海水浴か。夏の海を満喫でもするのか。
いや、確かに海水を浴びることにはなるんだろうけれども、しかし泳ぐのではなくどちらかと言えば海面を滑るのだから、海水浴ではなくて水上スキーならぬ水上スケートかもしれない。
「まあまあ、実際の使用感は普段と変わらないのなら見た目なんかなんでもいいんじゃないかな」
「じゃあ吹雪が水着で出ればいいじゃない」
「残念ながらわたしの艤装は今回は選ばれてないみたいだから。残念ながら」
何故二回言った。まさか着たかったのか、水着。
「実際のところ水着で出撃なんてしてみたところで誰も気にしないよ。潜水艦の娘たちなんて、常時スクール水着なんだし」
「潜水艦と駆逐艦は違う……」
潜水艦は文字通り潜水をするのだから、水上を進む他の艦娘とは違い、水着を着ていることに違和感はない。必然とも言える。潜行するということはつまり、生身で泳ぐことを意味するのだから。
まあ、だからと言ってスクール水着である必要性は無いような気はするが、そこを言い出せば駆逐艦の大半が女学生のようなセーラー服であることにも言及しないと不平等なので、沈黙しておく。
一応、セーラー服は海軍の制服ではあるけれど。
「そうだ、水着と言えば今度海水浴に行こうよ。それから夜はそのままお祭り行こう。来週にあったはずなんだ、このあいだ近所のヲ婆ちゃんがくれたチラシに書いてあったけど」
ぐるっと話しが円盤投げされて変わった。と言っても特別引っ張り続けたい話題だというわけでもないし、というか何ならもうこの話題は終了したほうがありがたかったので特に反応せずにすませる。
来週かぁ、と思案を巡らせてみる。特別誰かと何かの約束を入れていたつもりはないので、そういう意味では予定はないのだけれど、そもそも朧たちは艦娘であり、外見的年齢がいくら中学生であったとしても、艦娘としての仕事はあるかもしれない。
「うーん、行けるなら行きたいけれど、どうだったかな、非番だったっけ」
スケジュール帳は部屋に置いてきている。
朧や吹雪と言った練度の高い艦娘は、大きな出撃がない限りは待機していることのほうが多い。簡単な出撃であれば、中堅練度の艦娘が淡々とこなしてくることのほうが多い。練度上げは艦娘としては重要なことだから、高練度の艦娘よりも、その次を優先させることは仕方ないことかもしれない。
まあ、先に頑張ったぶんの休みとも言える。
さて、とは言え完全な休みというわけではない。
緊急時に備えて、出撃待機はしておかないといけない。
……まあ、緊急時に備えての出撃待機なんて言っても、出掛けられない、出撃するための艤装準備などをしておかないといけない、制服着用などのいくつかの決まりを守っていればたいがいは非番のようなものである。よっぽどのことがない限りは。
こうして間宮に来ているような状況では、わざわざスケジュール帳なんて持ち歩いてなんかいない。
まあ、かと言って邪魔になるものでもないのだから、逆説的に言えば持ち歩いてもいいんだけど。
無駄に持ち歩いて落とすのも嫌だし、と一応適当に理由をつけておく。
「大丈夫、朧ちゃんはその日非番だよ。あはは、そうじゃないと最初から誘ってないって」
「だよね。うん、それなら行こうかな」
「ふふふ、可愛い水着姿や浴衣姿を司令官にも見せないと」
「いや、それこそ提督は司令室から離れられないと思うけど……」
「大丈夫、いざって時のために無線と、あと空母の皆さんに艦載機を用意してもらうから」
「艦載機……って、なんで?」
「すぐに鎮守府に戻れるように。浜辺もお祭りの会場も鎮守府のすぐそこだから、艦載機に紐を括りつけて司令官と結べば司令室まですぐ運べるよ!」
「やめたげてよぉ!?」
それはもうただの恐怖体験だ。絶叫アトラクション、ただし命の保証はしません、みたいな。
「あはは、楽しみ。朧ちゃんは?」
なんて、笑って言ってくるから提督にとって驚愕と恐怖の提案をしていることをまるで理解していないんだろうなと思いながら、まさか本気で実行するつもりもないだろうからいいかと流しておく。
そもそも引っ張るような話題でもない。
「もちろん、朧も楽しみだよ。海の家で焼きそばやカレーを食べて、お祭りでりんご飴にチョコバナナに綿飴、それにイカ焼きもいいなぁ」
「ええー、食べてばっかり。おねえちゃんと遊べることを楽しみに思いなさーい」
「はいはい、吹雪と遊べるのは楽しみだなー」
「すっごい適当だよ!?」
「気のせいじゃない?」
「絶対気のせいじゃないー!」
「面倒くさい姉だなあ」
「面倒くさい!? うう、朧ちゃんが思春期を拗らせて反抗期だよー!」
そもそもそれはセットなのではないだろうか。いや別に、思春期を拗らせてしまっているわけでもなければ、反抗期になったわけでもないけれど。
「いいもん、朧ちゃんが反抗期だから潮ちゃん……いや、曙ちゃんに甘えてくるもん」
「蹴られるだけだと思うけどなぁ」
潮を回避したのは先日のトラウマだろうか。というか、おとなしく叢雲あたりにいけばいいのに。
何だかんだで吹雪に甘いし、叢雲。
吹雪と叢雲ではどちらが姉なのかわからなくなるが、まあそれは大体の特型駆逐艦娘に言えることなのだが。暁ぐらいじゃないだろうか、本当に吹雪のほうが姉らしく見えてくるのは。
その暁も暁型という括りで言えば長女で、下のほうがしっかりしているというタイプで、案外と似た物同士なのかもしれないけれど。ちなみに朧は綾波型ではあるけれど、特ⅡA型という括りにすれば朧型とも呼ばれたりして、長女扱いする場合もある。
まあ、全部ひっくるめて自分が特型駆逐艦、吹雪型の長女だと言うのが吹雪の主張であるし、朧自身は別に長女だの妹だのに拘りはないので、特別気にしているわけではないが。
「朧先輩、デラックス間宮カレー甘口、おまたせしました。秋月から一口かつのサービスつきです」
「わ、やった。ありがとう、秋月」
「朧先輩に喜んでいただけたなら何よりです。ところで吹雪さんはどうしたんですか?」
「聞いてよ秋月ちゃん、朧ちゃんが反抗期なの!」
「朧先輩が反抗期……それは、『おねえちゃんとはもうお風呂入らないもん!』みたいな、いわゆるそういう反抗期でしょうか?」
「そうそう。『おねえちゃんのことなんて、別に好きじゃないんだからね!?』みたいな反抗期」
「なるほど。ところで朧先輩におねえちゃんと言われたいですね。ついつい甘やかしてしまいそうですけど……先輩におやつを食べさせてあげたいだけの艦娘生だった」
「朧ちゃんの食べてる姿、可愛いもんねー」
「はい! それはもう、凄くーー!」
………………。
秋月と吹雪による朧トークを聞こえないように情報をシャットアウトしながら、カレーを食べるだけだった。
カレーは中辛でもう食べられないです