【前回までのあらすじ】ヒャッハー!またも説明回ダァ――!!!
そして時は少年少女が己が紡ぐ物語へと足を踏み入れた頃に戻る。
●
宙に無数の花が咲いていました。
淡い輝きを放つ桜色のそれは私が生み出した光柱の残滓でした。
この手に与えられた魔法の力の欠片。
渦を巻く様にして宙で躍る花弁の中心で私は緩やかに目を開きました。
私が居る位置は地面から3メートル程離れた空中。
バランスを取る為に左右の靴の外側に1つずつ生えた小さな光翼を羽ばたかせると巻き起こった風により、
周囲を漂っていた花弁が吹き飛び、一掃され、視界が開きました。
開けた視界の中、眼下には毛玉の手により破壊されて痛ましい姿となった病院が在りました。
今さっき私が毛玉を吹き飛ばしたせいで出来た傷跡がやたら大きい気もしますが、きっと気のせいでしょう。
悪いのは毛玉です。故に私は悪くありません。
だから私は視線を病院から外し、手の平を眼前に持ってきて開閉しました。
そこに生まれるのは淡い桜色の光。周囲に存在する花弁と同色の光です。
私の意思によって生成されたそれは、
「これが魔法……」
「……」
妄想が現実になった様な驚きに目を少しばかり丸くしながら視線を下へ。
見れば私の服装は動物病院へ訪れた時に着ていた物とは異なっていました。
私の身を包むのは白を基調とした幾つかの青い線が入り、随所に赤い宝玉があしらわれた服装です。
大まかなデザインとしては私が通う私立聖祥大学付属小学校の制服と似た物となっていました。
それは、どことなく懐かしさを感じる衣装でした。
勿論、この感覚は錯覚なのでしょう。
それでも私が魔法を使う際の衣装と言えばやはり、
「うん、やっぱりこれだよね」
「……」
数年前から夢として見続けていた魔法が存在する世界の物語を思い返し、私は苦笑します。
あれは妄想や夢の類なんかじゃなくて、きっと未来のお話。
今まで見続けていた夢は予知夢の類だったのかもしれません。
事実として、この手に宿った魔法の力は、紛れもない本物。
私は高鳴る鼓動を抑える為に胸に手を置いて深呼吸を1つ。
今起きている非現実的な現実をしっかりと受け止め、落ち着きを取り戻すまでに数秒。
それから右手に握られた機械的なデザインの杖を2、3度程小さく振って重みを確かめると、
「はじめましてかな、レイジングハート」
杖の先端に付いた赤い宝石を眼前に持って来た状態で私は"相棒"の名前を呼びました。
『ええ、はじめまして――新たなマスター』
すると赤い宝石が点滅を繰り返し、応えてくれます。
その声はどことなく懐かしさを感じる女性的な音声でした。
有り得ない筈の懐旧の念が胸の内から溢れ出てきます。
故に私は杖が喋るという奇想天外な事態にも驚かず、自然と微笑みを浮かべてしまっていました。
「うん。これからよろしくね」
『こちらこそ』
「いっぱい撃ったり殴ったり壊したりすると思うけど、仲良くやろうね」
『え?……いえ、撃ったり殴ったりは望むところなのですが、壊さないでください、マスター』
「にゃはは、保証は出来ないなぁ……というか多分無理だと思う。うん、無理」
『前マスターカムバック……!』
「……」
知らなかったのか、高町家からは逃げられない。
「さて、冗談はこれくらいにしておいて、まずはあの毛玉をやっつけようか」
『先程まで本気の目だった気がしたのですが、気のせいですか?』
「まさかぁ」
『成程。安心しました。マスターは御茶目なのですね』
「勿論、冗談成分を1割は配合してるから安心だよね?」
『前マスターヘルプミー……!』
「……」
悲痛な叫びは無視しました。
それにしても、と私は片腕で抱き締めた状態の金髪の少年――ユーノ君に横目を向けます。
彼は白目を剥いて軟体生物めいてぐったりとしていました。実際瀕死です。
恐らくは毛玉との戦闘の緊張感から解放された結果、気絶してしまったのでしょう。
私は彼をこんな風になるまで追い込んだ毛玉に対して怒りを覚えました。
レイジングハートの柄を握る手にも力が入ってしまいます。ミシリと音がしました。
「ユーノ君、起きないね……許せないの、あの毛玉……!」
『魔力の渦の中で呼吸停止するまで滅茶苦茶な力で抱きしめていたのは誰だったのか……』
「許せないの、あの毛玉……!」
『あ、マスター、シャフトが折れます折れてしまいますそうですね毛玉が悪いです、おのれ毛玉……!』
同意も得られたところで口から白い靄を出すユーノ君を地に優しく下ろし、姿勢を正して視線を前へ。
破壊された動物病院の塀の瓦礫の中で蠢く涙目の黒い毛玉を睨みつけます。
『グォォォ!』
「威勢はまだまだ良いみたいだね」
『いかがしますか、マスター?』
瓦礫を吹き飛ばし、その全貌を表す毛玉。
それを見て私が呆れたように溜息を吐くと、レイジングハートが問いを投げかけて来ました。
勿論、答えは決まっています。私は覚悟を決めて、右足を前に。半身の姿勢になりながら、
「ぶちまけるの……!」
『あらやだこの子過激……!』
だがそれがいい、とレイジングハートは言ってくれました。
流石のマイベストパートナーでした。
毛玉は若干引いていました。何故かは解りませんが、その様に見えました。
私達の士気の高さに慄いているのでしょうか?
「でも逃がさないの」
『ヒャァ!逃げる毛玉は敵前逃亡の罪で処刑ダァ!逃げない毛玉はその場で蜂の巣ダァ!』
理不尽だけどその通りです。
というわけでレイジングハートの先端を毛玉に向け、桃色の魔力を収束させ始めます。
突拍子もなく魔力の集束を開始した私に毛玉は目を見開いて慌てますが、もう遅いです。
『グォ!?』
「悪いけど、あなたの相手をしている暇はないの」
私は目に強い意志を宿らせながら、毛玉を気迫で圧倒します。
私の体に漲る気力は既に限界突破済み。
ならばその勢いのままに早々に決着をつけるべきだ、と私は意思を決定しました。
何故急がねばならぬのか?その理由はただ1つです。
「この後ユーノ君を家に連れ込んで手厚く看病してフラグを立てるんだから……!」
あわよくば更に色々と云々してしまうのもありですよね。
風に掻き消えた言葉の後に、欲望に塗れ――もとい想いを乗せた桃色の閃光と毛玉の悲鳴が放たれました。
●
無事に動物病院へと辿り着いた俺達は現在、動物病院を囲む塀の入り口から顔を覗かせていた。
俺達の顔に浮かぶ表情は無。
あまりの予想外な事態に何らかの感情を表す事すら出来ていなかった。
「……あの、クラウス」
「……どうした、オリヴィエ」
俺のやや下で屈みながら、同じ様に塀の内側を覗く女の子ことオリヴィエの声に応える。
彼女は上に居る俺を困り顔で見上げて、
「助けた方が良いですかね、あの子……?」
「いや、今行くと巻き込まれるぞ、あれ絶対……」
「……とりあえず結界だけ張っておきますね」
「……頼む」
瞬間、彼女の持つ古本を起点として周囲の色が掻き消え、代わりとばかりにモノクロの世界が広がった。
俺は思わずその光景に、おぉ、と感嘆の声を漏らしてしまう。
「こんな機能もあったんだな、その魔導書」
「えぇ、他にも色々出来ますよ?」
「例えば?」
「武器に変形したりします。あと調理器具とかにも」
「お台所で大活躍しそうだな……濡れたらえらい事になりそうだが」
「ですねぇ……って、わっ!?」
塀の内側から先程から続いている中でも一際大きな爆発音が響きました。
会話を中断し、再度覗きこむとそこには、
「待つのー!」
『地獄のパレードの開幕じゃぁあああああ!』
『グォオオオオオオオオオオオン!?』
笑顔で涙目の毛玉を追う白い衣装に身を包んだ女の子と壊れた叫びを上げる杖の姿がありました。
どうしようこれ。
●
桃色の爆風が瓦礫を吹き飛ばしました。
「ふふふ、追い詰めたの」
『グォ!?』
『観念しなさい。逃げ場はありません。逃がす気もありません』
塀に身を張り付かせる毛玉を私は宙に浮かびながら見下ろします。
その目尻には涙が浮かんでいる様にも見えますが、この高町なのは容赦しません。
毛玉の周囲や動物病院に刻まれた破壊の跡から白煙が上がっていますが、私はそれを杖の一振りで吹き飛ばし、
「さぁ、クライマックスだよ!」
レイジングハートを天へと掲げます。
そして始まるのは杖の先端に浮かぶ光玉を中心として集中線を描く魔力の集束。
そう。これは夢の中の私が使っていた、得意技――はまだ使える気がしないから、その劣化版!
『集束開始――大変危険です。周辺住民は退避を開始してください。タイムリミットはあと5秒程度ですが』
『グォォォォ……!』
何やら動物病院の入り口辺りから全力で逃げ出す足音が聞こえた様な気がしましたが、空耳でしょう。
私は一切の迷いを捨てて、己の魔法の名を、
「プチ、スターライトォ……」
叫び、杖を振り下ろしました。
「ブレイカァ――――!!!」
動物病院が吹き飛びました。
●
私、八神はやてと相棒たる自称王様は道に迷っとりました。
理由は簡単です。
「うぅ……王様が飛ばしまくるからどこだか解らんとこに来てしまったやないの……」
「ぐーすぴー」
ちなみに車椅子を爆走させて見知らぬ地まで私を連れて来た王様は絶賛爆睡中である。
張り倒したろかこの王様、とか一瞬思ったけど幸せそうな寝顔が可愛くてそんな事出来そうもない。
ううむ、やっぱり可愛さは正義なんやな……。
ちなみに服装は私とお揃いのクリーム色の縦縞模様のセーターに黒いフレアスカートという格好。
うん。やっぱり似合っとるな、流石私そっくり。
……さて、現実逃避はこれくらいにしとこか。
光を失った目をしながらも、思考を正常な方向へと無理矢理戻す。
そして状況を把握する為にも疑問を私は言葉にした。
「しかし此処は一体どこなんやろか……」
「ぐぐぅー」
天を仰げば何か知らないけど広がるのはモノクロの世界。
唐突に世界が色素を投げ捨ててしまったようだ。
「oh...」
「ぐー……」
しかしはやては強い子元気な子。
この程度の不思議事態には既に慣れっこや。
「落ち着くんや……落ち着いて素数を数えるんや……1、2、3……」
「しぃ……」
「王様起きとるんちゃうか!?」
「ごぉー……」
返事が無い。ただ寝ているようだ。
「クッ、どないすれば……せめて王様だけでも守らんと!」
車椅子を押しながら、"私の病気を引き受けてくれた優しい王様"だけでも助けねばと歩を進める。
せめて誰か大人が見つかれば此処がどこなのか解るかもしれない。
それを頼りにまずは最寄りの民家を訪ねようと方向転換して、
「って、ぬわぁ―――!?」
「んにゃー……」
突然発生した突風に身を屈めてしまった。
何事や!?と後ろを見てみれば、
「うわぁ……」
「むにゃむにゃ……」
淡く光る桃色の馬鹿でかいドームが視線の先、少し向こうに出来上がっていたのでした。
なにあれ怖い。
●
何もかもが吹き飛び、更地となった視界前方を見ながら、私は一息吐きました。
「レイジングハート、結界は壊れてないよね?」
『はい。しかし、結界が張られた事に気づいていたのですね。流石です』
「にゃはは、じゃないとこんな無茶はしないよ」
本当でしょうか、とかレイジングハートが呟いたので曲げておきました。
「ユーノ君の様子は?」
『しっかりとマスターの残したディフェンサーが防御していたようです。かすり傷1つありません』
「うん。やっぱり頼りになるね、レイジングハートは」
『私は軽い制御しかしていませんがね』
「十分過ぎるくらいだよ」
謙虚な言葉に思わず私は苦笑してしまいます。
夢の中のレイジングハートとは若干性格が異なっている様に感じましたが、多分気のせいでしょう。
予知夢と言えども僅かな差異は避けられないようです。
「で……えぇっと、毛玉さんは倒したから、ジュエルシードを封印して、結界を張った人を探して終わりかな?」
私は首を傾げながら先程得たばかりの魔法や戦闘に関する知識を元にこれからの予定の構築を開始します。
すると意を察してくれたのか相槌を打つ様にしてレイジングハートの本体である赤い宝石が明滅し、
『そうですね。では毛玉がボロ雑巾の様になっていると思われる場所の検索を開始――』
「誰がボロ雑巾になっているというのかね?」
「!?」
『!?』
驚愕と反射的な動作が連動する。
私はレイジングハートを急ぎの動きで構え、唐突に空間を震わせた声の出所へと向き直りました。
そこには、
「誰がボロ雑巾のようだと、聞いているのだよ?」
「あなたは……!?」
瓦礫を掻き分けながら傷1つ無い身を現しつつある――毛玉の姿が在りました。
『なっ!?毛玉が喋るとは非現実的な……!?』
現在進行形で喋りまくっている杖が何を言っているのでしょうか?
半目を向けると、レイジングハートは沈黙しました。
そんなやりとりをしている間も私達の困惑を無視して毛玉は私達の近くまでずるずると近づいて来ます。
ちなみに接近して来た毛玉の顔は傷こそはありませんでしたが、
「フフフ、さあ、言葉を改めて貰おうか!?この私の美しい顔のどこがボロ雑巾だというのかね!?」
「うわぁ」
『うわぁ』
眼だけが少女漫画の様になっていました。
まつ毛の反り具合と輝くつぶらな瞳が素敵過ぎてなんとも言えません。
というか感想を述べたくありません。
ぶっちゃけて言うと、かなりのアンバランスさで気持ち悪いです。
「ふふふ、このジュエルシードを掌握するまでだいぶ時間がかかったが」
くるりと毛玉on少女漫画的な目はその場で1回転。
2本の体から伸びた触手を空へと掲げると、
「君の莫大な魔力を吸収する事でそれも完了した。感謝するよ、少女よ!」
「なんだかよく解らないけど、この気持ち悪い物体が生まれたのは一体誰のせいなの……!?」
『多分貴女のせいですよ、マスター』
レイジングハートが妙な事を呟いたので曲げておきました。悲鳴が上がりましたけど無視しました。
毛玉はその間も躍る様に回転しながら接近。こっちくんな。
「フフフ、逃げないとは良い戦士のようだね、君は」
毛玉は私から4メートル程離れた位置に来たところで停止。
迎撃の為に私が身構えると、毛玉は男性の声を響かせながらその身を左右に振るわせ、
「それでは君にはお礼をしなくてはいけないね!覚悟すると良いよ!?早急に!」
毛玉の少女漫画的な双眸が見開かれると同時に、毛玉の表面が真白に染まりました。
その変化は唐突。毛玉の体を覆う毛の根から先端に向かって色が変化するものでした。
「これは、何!?」
『変身……いえ、これは……!?毛玉内部の魔力増大!気を付けてください、マスター!』
「う、うん!」
ユーノ君の倒れている方へと前方を向いたまま、バックステップ。
ある程度毛玉と距離を取った、と思ったその瞬間でした。
「不意打ちアンドゥトルワァ――――!!!」
「え!?」
にゅるり、と生理的に嫌悪感を感じる動きで毛玉から生えた手から放たれた閃光が――、
「ぁ……!」
『マスター!?』
私を貫きました。
●
私、高町美由希は現在、自宅の周辺一帯を自慢の駿足を用いて街を駆けていた。
今の私の表情は、きっと必死という文字を体現したものとなっているだろう。
それ程までに私は焦っていた。何故ならば、
「なのは、どこ……!?」
そう。我が家の末妹である高町なのはが家出してしまったからだ。
理由は解らない。されど、私がお風呂上りになのはの部屋を覗きこんだ時には既にあの子の姿は無かった。
誰に聞いても、何処に行ったかは解らないとの事だ。
つまりこれは、
「家庭崩壊の危機……!」
ああどうしよう、と私は走りながら頭を抱える。
もしかしてこの前大人げなくショートケーキの苺を奪ってしまったのが悪かったのだろうか?
あの時は代わりに生クリームを全取りされてスポンジケーキだけ残されたからお相子だと思っていたのだが。
……ああもう。私の馬鹿馬鹿!
妹の悩みに気づいてあげられないとは姉失格だ。
ちなみに父と兄はただいま私よりも先行して町内を縦横無尽に駆け巡りながらなのはを捜索中である。
その目は血走っており、その身のこなしの素早さや暗い色の衣服も相俟って夜道で一般人が出会おうものなら、
ニンジャリアリティ・ショックめいた衝撃を受けてしまうのは確定的に明らかだ。実際こわい。
放っておけば家庭どころか町内が崩壊しかねない。住民の精神的に。
それに、
……嫌な予感がするんだ!
私は速度を上げながら、周囲を注視する。
ただ無事でいて、その願いを胸に、私も兄や父と同様に夜の闇の中へと身を投じた。
●
「覇王流」
ゆらりと視界の隅で碧銀の短髪が揺れました。
「流影の型」
短髪の持ち主はすらりと伸びた指先を眼前に突き出しながら私に対して背を見せていました。
「雲河」
凛と静まり返った世界に響く声。
その発生源は突然私の目の前に現れた1つの人影でした。
人影の正体は碧銀の髪を持った恐らくは私と同年齢くらいの男の子。
灰色のシャツと半ズボン姿の彼は煙の上がる両手を構えたまま、肩越しに私へと視線を向けました。
紺と青の瞳が闇の中から驚きに尻もちをついてしまった私を見据えます。
「大丈夫か?」
「ふぇ?え、えと、その、は、はい?」
私は応えながらも肩に開いた穴に手を伸ばします。
指先が肩に触れるとちょっとだけですが痛みが走りました。
が、どうやら服を貫通しただけで、体には掠っただけのようです。
どう見ても毛玉に生えた手から放たれた閃光は私の心臓へと直進して来ていた筈だったですが、
……この子、凄い。あの速さで迫ってきた光を"素手で逸らした"……!
結果としては掠っただけでしたが、あのまま真っ直ぐ光線が迫って来てたらどうなっていたか解りません。
何せ私を穿ったのはバリアジャケットをいとも簡単に貫通する程の威力を持った光線です。
直撃していたらと思うと背筋に悪寒が走りました。
私は目の前の男の子に命を救われたのです。
そんな事実を認識すると同時に、今更ながら全身から嫌な汗が噴き出て来ました。
というか、私は何をやってるのでしょうか?
さっきまで一方的だったから気づいていませんでしたが、私は今の今まで命のやりとりをしていたのです。
そう。ジュエルシードによって生み出された思念体相手とはいえ、殺し合いを、していたんです。
初めて魔法が使えた事によって浮かれた頭で。
ほんの軽い気持ちで。
……あ、ぅ。
ぶるり、と体が震えました。
夢の通りに魔法が使えたからと言ってはしゃいでいたのでしょうか?
漸くまともな思考が追いついたのか、一気に私の心の底からある感情が沸いてきます。
その感情は、
……怖い。
恐怖。
ただ怖い、という感情だけが私の頭を埋め尽くしました。
殺されかかったという事実を理解し、いけないと思った時には既に私の両腕は体を抱いていました。
全身が震えて、動けなくなってしまいます。
今はそんな場合ではない、というのに。
私の意思は体を無理矢理動かそうとしますが、立ち上がる事すら出来ません。
何をやっているんだ、と戦闘の知識を持った私が私の行動を叱責しました。
当然です。戦場で取るべき行動ではありません。
でも、動かないんです。
どうしよう、と強張った笑みを浮かべながら眼前に居る男の子の瞳を見返します。
頭の中では現在、争いとは無縁だった私の感情と戦闘のプロである私の理性が喧嘩を繰り広げていました。
相対するのは2人の私。
戦いに対して恐怖を感じる私。
どうでも良いからさっさとぶち抜こうぜ!とか言う私。
それぞれが私の中で体の主導権を奪い合い、争っているのです。
って、あ、駄目だ。後者は解放しちゃいけない様な気がする。理性が一切感じられません。
そんな風に私が混乱していると、
「大丈夫ですよ」
「!?」
不意に背後から両肩に手が乗せられました。
同鼓膜を振るわせるのは、聞いた者の心を落ち着かせるような優しい響きを持った声でした。
「あとは私達に任せてください」
「あ、あなたは……?」
振り向けば、そこには――、
「ふふ、正義の味方、といったところでしょうか?」
赤と碧の瞳を持った肩程まで金髪を伸ばした整った顔立ちの女の子が立っていました。
彼女は私に向かってウィンクを1つ。
私の肩から手を離すとそのまま私を庇う様にして前へと出て、碧銀の髪の男の子と並びます。
そして彼女も右足をやや前に出したファイティングポーズ取り、未だに変形を続ける毛玉を見据え、
「あなたはユーノさんと共に隠れていてください」
「なに、コイツを倒したらすぐに迎えに行くさ。先に行っていてくれ」
「クラウス、それは死亡フラグというものでは……?」
「ハッ……!?」
2人のやりとりに私は目を見開きます。
そう。恐怖に怯えるばかりで、私は大切な事を見失っていたのです。
……そうだ、ユーノ君は!?
ユーノ君は無事なんだろうか、と私は身を包む恐怖を片手で殴り飛ばすと彼の姿を探します。
彼は少しだけ離れた位置で横になっていました。
立ち上がり、走りだし、辿り着くまで1秒もかかりませんでした。
『Flash Move……って、あの、マスター……初めての戦いへの恐怖で動けなくなっていたのでは……?』
「そんな事よりユーノ君だよ!」
愛の力は偉大なのです。
戦いへの恐怖なんて彼への想いによって既に忘却の彼方です。もう何も怖くありません。
……といっても、私、まだユーノ君と会って1時間も経ってないんだよね……。
なんで私はこんなにも彼に気を惹かれているのだろうか、とふと疑問に思ってしまいます。
恐らくその理由は夢の中の"私"と"彼"の関係を見たせいなのでしょう。
彼を見ているだけで胸に沸いて来る愛おしさを止める事が出来なくなってしまいます。
これは本来の私の感情ではないのでしょう。
ですがこれは"私"の感情でもあります。
……それに、"私"が惹かれるのも解るかな。
覗き込む彼の顔はとても可愛らしく、将来美形になること間違い無し。
私を巻き込まない様に念話の対象から外した件についても持前の優しさから来るものでしょう。
自分の失敗を己の手で挽回せんとする程に責任感も強いし、性格も完璧です。
加えて、将来は無限書庫というトンデモ図書館の司書長を務める程の能力の高さまで秘めています。
こういう表現はあまり好きではないけど、超が付く程の"優良物件"だと思います。
……というか、なんで夢の中の私は32歳までユーノ君に手を出さなかったか不思議なくらいなの……!
彼に関する知識を頭の奥から引っ張り出す度に、より彼に対する好意的な感情が強くなって来ます。
その感情の強さといったら、
「あわよくばここで食べてしまいたいぐらいなの……」
『マスター、ステイ……!』
思わずうっとりとした表情で思わず頬に手を当てて惚けてしまう程です。
レイジングハートが何やら叫んで来ましたが、私もそこまで抑えの利かない娘ではありません。
だから頷き、
「解ってる。やっぱりメインディッシュは最後だよね、レイジングハート」
『躊躇ってくれたのは良いですが、結果は変わらないと思うのですが』
「昔のえらい人はこう言っているの……一度信念を持って走り出した想いはもう誰にも止められない……!」
『ドリル付き特攻兵器の突撃ばりの破壊力ですよね、その想い』
「あと、狙った獲物は逃がさない!」
『ホーミング能力付き!?』
加えて言うなら捕まえたら離さない能力も付いているの。
ともあれ、と私はユーノ君の顔色が悪くなっていない事を確認して安堵の息を吐きました。
そして、私の代わりに毛玉と対峙してくれている2人へと目を向けます。
視線の先には先程と変わらず硬直状態を保った毛玉と2人組が居り――、
「あ。ちょっと待ってくれたまえ、あと少しで変身が終わるから」
「いや、待てと言われて素直に待つ馬鹿がどこに居ると……」
「駄目ですよ、クラウス!私の中にある知識は言っています!変身中と必殺技名の宣言中は攻撃不可……!」
「敵側にも適用されるのか、それ!?」
白くなって一本だけ生えた手を振る毛玉と共に漫才を繰り広げていました。
『あ。マスターが死んだ魚の様な目に』
「……レイジングハート、今のうちにまとめて吹き飛ばすのはどうかな……?」
『いきなり過激な発言を!?』
言いながら私はレイジングハートを脇に挟み、ユーノ君を抱えると、毛玉と2人から僅かに距離を取ります。
流石に魔法行使に慣れない体でプチスターライトブレイカーを放った後に無理をする訳にもいきません。
「うん。吹き飛ばすにしてもあと少し回復してからだよね」
『マスター、恐ろしい事を考えてませんか?』
疑問符を付けた相棒の声は無視しました。
その間も白毛玉はその身を変形させていきます。
「ははは、待たせたね!変身!準備!完了!」
「どの様に変身するのでしょうか……?ド、ドキドキですね、クラウス!?」
「ソーデスネ」
化物と対峙しているというのに、あまりの彼女達の暢気さに顔の筋肉を引きつらせてしまいます。
まるでヒーローショーを見に行った時のヴィヴィオみたいだなぁ、と私は苦笑いを浮かべ――、
……はれ?ヴィヴィオ?
唐突に脳裏に浮かび上がる光景の中に現れたのは、赤と碧の瞳を輝かせる金髪の女の子。
今日の夢にも出て来た、私の大切な愛娘。
デパートの屋上で大人の"私"と戯れる■■■■■――いえ。ヴィヴィオの姿でした。
ちなみにその光景にはユーノ君は居ませんでした。
というか、ユーノ君に告白した時より"私"は若く見えました。
改めてヴィヴィオを見ます。
その金の頭髪はユーノ君そっくりで、なんとなく顔立ちもユーノ君そっくりで、心なしか声もそっくりでした。
……わ、私の要素が全く入ってないの……!?
ユーノ君の遺伝子強過ぎです。
ともあれ、容姿を見た限りではヴィヴィオはユーノ君と"私"の愛の結晶と見てほぼ間違いないでしょう。
なんだか今日の夢の中に出て来た"最高の友達"とユーノ君の娘が出来たとしたら丁度ヴィヴィオの様な子どもになりそうでしたが、そこは深く考えない事にしました。
ヴィヴィオはマイ愛娘です。それは確定的に明らかなのです。
つまりは、
……子どもは結婚より先に出来ていたの……!?
その事実に戦慄します。
同時に、こりゃしもうたわぃ!と己の認識を正しました。
"私"はユーノ君に対して告白するまで迫っていない訳ではなかったのです。
視覚的な情報だけですが、ヴィヴィオの姿を見る限りでは恐らく彼女は私と同年齢くらい。
すなわちヴィヴィオの年齢は10歳前後程度。
更に"私"の姿を見ます。見た感じでは20歳前半だと思われます。
……高校生くらいには既に子どもを……!?
"私"の肉食系女子っぷりに恐れすら感じます。
これは私も負けていられません……!
『マスター。急に瞳孔開いて如何したのですか?』
「ハッ!?いや、なんでもないよ!ちょっとユーノ君をどう食べようかと考えてただけだから!」
『なんでもあり過ぎますよ!?』
私の意識を現実に引き戻した相棒の叫びはとりあえず再び無視しておきました。
それにしても目の前で毛玉の変身をわくわくと心待ちにする女の子はヴィヴィオに良く似ています。
今のところヴィヴィオは自分の愛娘であるという情報しかない私に彼女の正体を推察する事は出来ません。
……でも、多分、関係はあるよね。
ここまで似ていて関係がないとは思えません。
もしかしたら彼女は未来から私を助けに来てくれた愛娘型ロボットとかなのでしょうか。
『それは無いと思いますが』
「思考を読まれた……!?レイジングハート、何時の間にそんな機能を!?」
『いえ、普通に声に出ていましたが――あ、そろそろ変身が終わるようですよ』
「あ、本当?」
視線を再び2人組の背へと向けます。
2人の間では毛玉がぷるぷると震えて――、
「変!身!」
縦に真っ二つに裂く様にしてその身を割った瞬間でした。
毛玉から周囲を覆い尽くさんばかりの莫大な量の光が溢れ出して来たのです。
「うおっまぶしっ!?」
「って、きゃあああ!?目がぁ―――!?」
「うわっ、なにこれ目が痛い!?」
『マスター警戒を!これは凄まじい量の魔力の放出です!Round Shield!』
顔を腕で覆う私達の目の前にレイジングハートが叫び、桃色の盾を顕現させてくれます。
すると、体に叩きつけられる痛みが僅かに軽減されました。
ですが、それでも勢いを衰えさせない光のせいでまともに前を見る事も出来ませんでした。
「ふふふ、待たせたね、少年少女達よ。これが私の真の姿――」
その光の放出元を背景として、1つの影が歩み出て来ます。
恐らく大人の男性でしょう。肩幅は広く、背も高いように見えます。
後光の様に差し込む魔力の嵐も相俟って、その姿はどこか神々しく見えました。
光のせいで細部の見えない影は、自らを覆う閃光の中で腰に手を当て、クイッと1度捻ると――、
「そう!古くは道教の最高神とまで崇められた存在!趙公――」
瞬間、上から降り注いだ真紅の壁に押し潰されてその姿を消しました。
まずはここまで見てくださった方々に最大限の感謝を。
真紅の壁の正体は次回。
ううむ。またも難産。
というか、もっと堅苦しくなく簡単描写でゴリゴリ書き進めた方が物語の進行も
スムーズに行える気がしてきましたな……。
次回辺りからグッと文字数を抑えてスピード重視にするかもしれません。
気に入らない描写があったら後で改訂と言う事で……!
あ、それとログインしてなくても感想書き込めるようにしておきました。
よければ遠慮なくご指摘、ご感想などいただけると感謝感激ですっ。
それでは、また次回。