【前回のあらすじ】金髪の子<うおォン、俺はまるで人間虹色発光体だ。
そして時は金の髪を持つ少女が化物に対し、ダイナミックはじめましてをぶちかました頃へと至る。
●
闇を掻き分けるようにして、歩幅を出来る限り大きくして前進する。
呼吸はそれなりに荒くなるが、疲れたという程でもない。
故に風を切る速度を以って大地を連続して踏みしめる。
「ハッ、ハッ……」
オッス、皆。俺、名無しの権兵衛。元気にしてっか?
現在森の中を全力疾走している俺はちょっとお茶目な普通の男の子。
強いて普通じゃないところを挙げるとすれば記憶喪失ってとこかな。
名前は思い出せない。
いや、冗談ではなく本当に自分自身に関する事が思い出せないのだ。
所謂自身に関する知識だけが抜け落ちる記憶喪失という漫画等によくある状況の最中に俺は居た。
まあ、漫画等ではよくあるといってもなった当人にとっては堪ったものではない。
されど俺は困惑に足を止めず、今、夜の暗闇に満ちた森の中を少々の恐い思いをしながらも駆け抜けていた。
「しかしどこまで行ったんだ、あの子?」
愚痴を漏らすと同時に脳裏に浮かぶのは先程出会ったばかりの可憐な容姿の少女の姿だった。
どうして俺がこんな森の中を走っているのかというと、原因は思考の向く先に居る少女にある。
脳裏に浮かび上がるのは、出会った時、胸に痛みが走りながらも思わず見惚れてしまった可愛らしい少女だ。
理由は解らないが彼女はいきなり走り出したと思ったら、虹色の光を纏って更に加速。
そのまま公園の森の奥へと消えて行ってしまった。
俺は今その消えた少女の跡を追っている。
眼前に彼女の姿はなく、俺には足跡を追う様な技術も無い。
しかしながら、そんな俺でも彼女を追う事は容易だった。
何故ならば、
「こんだけ痕跡が残ってると解りやすいな――っと!」
俺が行く道には何か鋭利過ぎる巨大な刃物で抉られた様な断面の穴が無数にあったからだ。
眼前に開いていた少しばかり大きな穴を飛び越えて、着地。
着地の勢いを消さずに、縮めていた足の筋肉を一気に伸ばして再度走行を始める。
……ううむ。しかし、一体あの子は何をやったんだ?
首を動かし、周囲の様子を観察する。
ちなみに穴が存在しているのは、俺が走る道の上だけじゃない。
途中でその刃物の様なものが引っかかったのか、木々や草むらにもそれらの痕跡は残されていた。
それらの視覚的情報を集め終ると同時に俺は再び視線を前方に戻した。
それから思う。この惨状を生み出したのは恐らく先程会ったばかりの女の子だろう、と。
だってあの子の姿が見えなくなった直後、走って行った方向ですげぇ音が鳴ってたし。
なんかガオンガオンとか空間を削る様な音だったと思う。
……本当に魔法の在るリリカルな世界に来ちゃったのかなぁ、俺。
うーむ、と何とも言い難い微妙な表情を浮かべながらも足は止めない。
唐突だが俺には前世の記憶がある。
前世の記憶と言っても俺自身に関する記憶は前述した通り、綺麗さっぱり消えている。
ただ前世の俺の知識の偏り方を見ると、俺はかなりの創作物好きだったらしい。
アニメ、ドラマや小説、二次創作等、あらゆるジャンルへと手を伸ばしていたようだ。
我の事ながらここまで多彩なジャンルに手を出しているとは節操無しだなぁ、という感想を抱く。
さて、そんな俺の頭にある前世の知識はこう言っている。
今の状況は所謂"転生モノ"と呼ばれるジャンルの二次創作のシチュエーションと酷似している、と。
でも俺の常識的な部分は冷ややかな思考にてこうも言っている。
そんなわきゃねーだろ、と。
……でもあの子の普通じゃない容姿とか、ファンタジーの住民だよなぁ。
赤に碧のオッドアイと思わず触りたくなる様なサラサラの金髪を持った子だった。
あまりに現実離れした容姿にあの子の周りだけが異世界の様にも見えてしまう程だ。
少なくとも前世の知識の中に彼女の様に幻想的な姿をした人間は居なかった。
それこそ創作の世界の中でもない限り。
……それにこんな惨状、魔法でもないと作れないだろ。
時間と手間を惜しまずかければ出来るかもしれないが、記憶喪失の俺を驚かせる為だけにこんな光景を作り出した人物が居たのだとしたらそれは相当な変人だろう。
……ん?
そんな風に道に開いた穴を見ながら思っていたら、ふとある疑問が沸いて来た。
勿論その間も蜂の巣状態になっている道を道標として、走り続ける。
……というか、あの子に出来たっていうなら、俺も何か出来るんじゃないか?
そうだ。彼女がそんな力を持っているんだとしたら、
……彼女と似た境遇の俺も同じ様に不思議な力を持っていてもおかしくはないよな。
おお。そう考えるとなんだか急にテンションが上がってきた。
やはり男の子ならパワフルなファンタジックなパワーに憧れるものだろう。
俺だってその例に漏れない。むしろ前世の知識もあり、その憧憬の感情はかなり強い方だと思う。
よし、今なら周りに誰も居ない。
これならば誰かに視られて恥ずかしい思いで悶絶する事もないし、ちょっとだけやってみよう。
……よぉし、目覚めろ俺の中に眠りし何か凄い力……!
少し先に存在している道の面積半分を占める穴へと減速する事なく向かっていく。
頭の中を駆け抜けるのは、自分の両足に不思議な力が集束するイメージ。
鼓動が速まる。全身の血流が勢いを増す。
そして体内を駆け巡るエネルギーの加速が最大に達する。
その瞬間、俺は目を見開き、
「アイッ!」
叫ぶ。
同時に揺るがさんばかりに強く大地を踏みしめた。
踏み込みの力を受けた地面が砕ける。
「キャン!」
いける!と俺は己の体に漲る力の存在を確信した。
上体を仰け反らせ、出来るだけ高く遠くへ飛べるように。
そして穴の直前で俺は大地を蹴る様にして、
「フラァ―――イッ!」
飛翔した。
瞬間、空気の壁が弾け、俺は天を逆走する流れ星となった。
あらやだ。夜空が綺麗。
でもこれちょっと勢いが付き過ぎじゃ――、
「って、ぬわ―――――――――――――――ッッッ!?」
あ。やばいやばい。
これ本当に空気抵抗で潰れる潰れヒギィ。
●
「?」
何処かから最近聞き覚えのある声が私の耳に届いた気がしました。
しかも悲鳴とか断末魔等の類の響きだったような。
……気のせいでしょうか?
絶叫の残滓に袖を引かれつつも、とりあえず声については保留としました。
視線を前方の地面の方へと戻します。
そこには黒い髪を腰元まで伸ばした女性が倒れていました。
恐らくは先程私の脳内に直接響いた救いを求める声の主でしょう。
何故かは知らないけれどそう確信する事が出来ました。
声に導かれる様にしてここまで辿り着いただけなので女性が誰なのかは解りません。
つまりは赤の他人。全く見知らぬ人です。
されど救いを求められたならば、手を差し伸べなければならない。
声を聞いた瞬間、そんな考えが私の思考の大半を占め、気づいたら私を動いていました。
それから毛玉さんを突き飛ばし、女性を助け、今に至るというわけです。
己自身の事でありながら、どうしてそんな事になったのか理解不能です。
一歩間違えば自分も襲われていたかもしれないのに、私の突撃には躊躇がありませんでした。
記憶喪失前の私は一体どんな人物だったのでしょうか?
……いえ、今はそんな事はどうでもいいですね。
思考の海に沈没していきそうな意識を現実に引き戻します。
今は目の前で気を失った女性をどうにかする方が先決です。
……突き飛ばした毛玉さんが帰ってくる前にここから離れないと。
先程は不意打ちで突き飛ばす事が出来ましたが、真正面から来られたらどうなるか解りません。
……出来ればこのまま倒れていてくれると助かるのですが……。
仰向けに倒れた状態の女性の背中と膝裏に両腕を通して持ち上げます。
所謂お姫様抱っこという体勢ですね。
「んっしょ、っと」
「ぐ、うぅ……」
女性が僅かながら苦しそうな声を上げます。
そんな様子を見て申し訳ないとは思いましたが私はそのまま歩き始めました。
彼女には少しだけ我慢して貰いましょう。
まずは一刻も早く移動しなければなりません。
「軽い、ですね……」
歩みを進めながら己の腕の中にある女性を見ます。
少なくとも今の私よりは大きいと思われるのに殆ど重量を感じません。
「さっきも不思議な光が私の体から出ていましたし……」
これがこの世界の魔法と呼ばれる力なのでしょうか?
いきなり使えた事にはビックリですが、今はその力に感謝するばかりです。
あの力が無ければ腕の中の女性を助ける事も出来なかったのですから。
「とりあえず……あっちですかね」
足に力を入れて毛玉さんを突き飛ばした方向とは逆に走ります。
女性を抱えた状態でも走る事に支障はなく、苦すら感じません。
これも魔法の力による恩恵なのでしょうか?
どうやら私は何時の間にか魔法少女になってしまったようです。
全く予期せぬ事態です。
……でも。
魔法のおかげでこうして人を救う事が出来ましたし万々歳じゃないでしょうか。
こう考えると魔法少女になったという事に対して、悪い気はしません。
まぁ、毛玉さんを追い払うのに用いた手段は魔法というにはあまりに泥臭い体当たり攻撃だったのですが。
「よし、普通の道に出ましたね……毛玉さんも追って来ていない様ですし……」
どうやら逃走には成功したようです。
ふう、と安堵の溜息を1つ。
女性を近場のベンチにゆっくりと起こさない様にしながら寝かせます。
改めて顔を覗き込むとかなり綺麗な容貌をしているのが解りました。
可愛いというよりは凛々しいと表現出来る顔立ち。
腰まで伸びているのは、触り心地の良い艶やかな日本人らしい黒髪です。
スーツ姿もとても似合っており、働く女性代表といった感じでした。
……起こした方が良いのでしょうか?
何時また襲撃があるか解らないですし、彼女には悪いですが起きていただきましょう。
そう決めると同時に彼女の体を揺すろうと手を伸ばした――瞬間でした。
「ぐわ―――――――――――――――ッッッ!?」
「!?」
私達の背後にある草むらに、何かが草木を圧し折り蹴散らす派手な音を立てて落下しました。
すわ天変地異か何事かと振り向きます。
「うぉぉぉ……俺、生きてる、ぞぉ……」
「あ、貴方は……?」
先程別れたばかりの男の子がお尻から草むらに突っ込んで目を回している姿が在りました。
しかしながら彼の姿は私が会った時とは少々異なっていました。
彼は何故かまるで何者かと戦った後であるかのように傷だらけだったのです。
戦いの壮絶さを表すように服が所々破けたり、焦げたりもしています。
そんな彼の様子を見た私は急いで彼の下へと駆け寄りました。
「だ、大丈夫ですか!?」
「フ、フフフ、なぁに。ちょっと油断しただけさ……問題、ない……」
手を差し伸べようとする私を彼は手の平を突き出して制しました。
それからフラフラとしながらも草むらから這い出る彼の姿は無理をしているように見えます。
誰かが支えて上げないと今にも倒れてしまいそうです。
「せめて肩を貸させてください」
「あ、あぁ。すまん……」
肩を貸しながら、彼をしっかりと立ち上がらせます。
というか、やっぱり足が震えているじゃないですか。
相当意地を張っていたのでしょう。彼は本当に何時倒れてもおかしくない状態でした。
そんな状態なのに無理をしていた彼に心配と憤りの感情を籠めたジト目を向けようとします。
すると、ふと至近距離で紺と青の瞳と目が合いました。
やはり何度見ても吸い込まれそうな綺麗な瞳です。
思わずその場で固まりそうになってしまいます。
「って、いけないいけない」
「?」
雑念退散。
今は見惚れている場合じゃありませんでした。
肩を貸した状態で移動し、彼をベンチに座らせます。
これで彼は少し休めるでしょう。
ホッと一安心しますが、これで私の仕事が終わったわけではありません。
故に私は続けて体の向きを変え、隣のベンチに寝ている女性へと向かいました。
そしてベンチの目の前に到着すると、彼女を目覚めさせる為に体を両手で揺すります。
「あの、すいません。起きてください……」
「ん、ぁ……あと5分……」
「そんな典型的な……」
彼女はお決まりの寝言を漏らして体を丸めてしまいました。
そんな様子に私は思わず呆然とした声を零してしまいます。
先程あんな化物に襲われたばかりなのに、既にグッスリ夢の中だったようです。
凄い胆力の持ち主だと感心せざるを得ません。
ですが、今は起きて貰わないと困ります。時は金なりとも言うのです。
仕方がありません。遂に社会人を起こす為の秘密兵器を使用する時が来たようですね。
「会社に遅刻しちゃいますよ、起きてください」
「え!?マジ!?」
あ。本当に起きました。
私の持つ知識の中でも特に有効度が高そうな手段でしたが、効果は抜群だったようですね。
彼女は上体を勢い良く跳ね上げると周囲をキョロキョロと見回し始めました。
「何よぉまだ暗いじゃない――って、あれ?私、なんでこんな公園のベンチで寝て……」
女性の寝ぼけ眼が私に向き、固定されました。
「あっ」
彼女は切れ長の目を見開き、小さく声を漏らします。
どうやら私の存在に気づいてくれたようです。
この世界に来て初めての大人との対面に私は思わず緊張に眉を立てて、身を正してしまいます。
さて、起こしたは良いですが、まずはどう話を切り出すべきでしょうか?
迂闊に毛玉の事を言うと彼女を怖がらせてしまうかもしれません。
「アナタ、さっきの天使さん……?という事は夢じゃなかったんだ……」
「はい?て、天使、ですか?」
私を指差しながら唖然とした顔で女性が告げた呼称に思わず首を傾げてしまいます。
というか私、何時の間に魔法少女から天使にクラスチェンジしたのでしょうか?
「あ、いや、ごめん。こっちの話――って、やっぱり日本語喋れるのね」
「え?あ。はい。一応、そうみたいです」
「そうみたい……?」
「あ。はい……実は私、記憶喪失というものらしくて……あ、あと彼もです」
隣のベンチで真っ白に燃え尽きている男の子も一緒に紹介します。
心成し口から霊体が出ている様に見えますが、恐らく気のせいでしょう。
「うわ。あっちも凄い変わった容姿してるわね……将来美形になりそうだけど」
「はぁ……えと、そうですね。なると思います。それも凄い美形に」
少し前に見た大人の彼と私の光景を思い出しながら、私は彼女の言葉に相槌を打ちます。
それから彼女は改めて私を観察する様に目を細めて見て来ました。
何故でしょうか?その瞳には僅かに怯えの色が含まれている様にも見えます。
「ねぇ、君。なんかさっき、虹色の光出してなかった?」
「え?あ。はい」
頷きながら私は少しの安心を得ます。
恐らく彼女はその事が気になって訝しげな表情をしていたのですね。
別に隠すものでもないですし、と私は彼女の疑問に答える事にしました。
「出せますよ。こんな感じで」
えいやっと両手を握り拳を作りながら全身に力を入れると私を覆う様にして虹色の光が生まれました。
うん。私の魔法少女としてのレベルも順調にアップしているようです。
もうこれくらいなら自由自在に出し入れする事が出来るようになりました。
「うわ、本当に出てるすっごいファンタジーね……」
女性は恐る恐るといった様子で私が纏う光に触れました。
彼女が触れると、押し込まれるように光も変形します。
自分で出しておいてなんですが、この光はまるで生きているようです。
そんな風に思いながら、自分の生み出した光を操作してみます。
相対する女性はそんな私の様子を見ながら、顎に手を当てて言います。
「じゃ、さっき毛玉に追われてたのもやっぱ現実よねぇ……」
「……あっ、そうでした!?」
いけません。話が脱線してそのまま忘れてしまっていました。
毛玉の件も彼女から切り出してくれましたし、それ程怖がっている様子もありません。
ここは一気に事情とこれからすべき事を説明してしまいましょう。
「えと、早く此処を離れてください!まだ毛玉さんも追ってくるかもしれないので!」
「え?君が倒したんじゃないの?」
「恐らく、弾き飛ばしただけかと、多分ですが倒せてません……」
「うわ、マジかー……」
私の言葉に女性は片手で顔を覆いながら天を仰ぎます。
「よし、急ごう。今すぐ逃げよう」
そう言ってからの彼女の行動は素早く行われました。
寝ていたベンチから置いてあった鞄を引っ手繰って立ち上がり、歩き出します。
私はそれを手を振りながら見送り、それから未だ燃え尽きてる男の子の隣に座って背を撫で始めました。
「大丈夫ですか……?」
「へへっ、燃え尽きたぜ……真っ白によ……」
嗚呼、これなら大丈夫そうですね。
って、あれ?なんでしょうか?何やら服を引っ張られる感覚が。
「いや、なんでベンチに座ってのんびりしてるの、君達」
「え?いや、私はこの人を看病しないと……」
「家に着いてからで良いでしょう。いいから行くわよ?」
ぐいっと腕を捕まれ、女性に急かされます。
えっと、どういう事なのでしょうか?
「何訳の分からないって感じの顔してるのよ?お礼もしたいし一緒に来て」
「で、でも私達、得体の知れない魔法少女と真っ白に燃え尽きたジョーですよ……?」
「魔法少女とボクサーって凄い組み合わせね……」
「冗談でもないんですけど……でも本当に面倒くさそうな記憶喪失2人組ですよ?」
「やたら念を押すわね……」
しどろもどろに自分の現状を述べる私でしたが、
「良いの。自分を助けてくれた子どもを放っておく程、私は薄情じゃないのよ」
「あ……ぅ、ん……」
彼女はそんな私を止めるようにいきなり手を乗せ、撫でてくれました。
人の体温が凄く暖かいです。
そういえばこの世界に来てから初めて人と触れ合った気がします。
初めての感覚に思わず表情筋が緩んでしまうのが解ります。にへへ。
「うわ。可愛い……っといけない」
コホンと女性は咳払いを1つしました。
「兎も角、解ったわね?解ったならついて来なさい」
「あ。は、はいっ!」
「それでよし」
私の返事に女性は頷くと背を向けて歩き出しました。
私は急いでベンチに座ったままだった男の子を抱え上げて、女性を追いかけます。
「……え?なんで自然に俺の事お姫様抱っこしてるの、君?」
「え?あ。いえ、まだ体痛いんですよね?」
「そりゃあ、まぁそうだけど……なんだろう。男としての矜持が秒単位で削れていってる気が……」
遠い目で力を抜いて大人しくしてくれている彼の言動に私は首を傾げます。
何か悪い事をしてしまったでしょうか?
まぁ。彼も嫌そうではありませんし、今はそれよりも彼女に追いつかないといけません。
男の子を抱えたまま駆け出して、すぐに女性の隣に並びます。
それを視線だけで確認した彼女はふと私に疑問を投げかけて来ました。
「そういえばさ……君、記憶喪失って言ってたけど、名前も解らないの?」
「え?名前……ですか?」
「そう。思い出せない?」
名前ですか。
それらしき情報は記憶の何処にも――、
『ねぇ、■■■■』
『どうしたんですか――■■■■■?』
あ。そうだ。
「えと、多分なんですけど……」
脳裏を過ぎったのは男の子と出会った時に見た光景の中に居た男女の姿でした。
そうです。私は自分の名を知っていました。
「それなら思い出したかもしれません」
「お。マジ?」
公園の出口と思われる場所まで辿り着くと、女性が驚いた顔で振り向きます。
腕の中で男の子も私の発言にキョトンとした顔をしていました。
「はいっ。まぁ、確信は持てないんですけど……」
「ま。呼ぶ名前がないと不便だろうしね。それでも構わないわ」
スーツ姿の女性は僅かに前屈みになると私と男の子を見てから笑顔を浮かべました。
「私は
「何故王子様でこの子を見て、お姫様で俺を見るんですか」
「自分の姿を客観的に見てから反論しなさい」
「ぐぬぬ……」
「あはは……」
悔しそうに顔を歪める男の子をからかう女性――水橋花楓さんは実に楽しそうでした。
その様子を見て私も思わず笑みを零してしまいます。
そんなやりとりに緊張の解けた私へと水橋さんは再度小首を傾げながら、
「で、返答は?」
「はい」
私は息を整え、再度問いかけてくる水橋さんと視線を合わせました。
「私の名前は――オリヴィエ」
己の口から発せられる名前1文字1文字を噛み締めるようにして、1度言葉を区切ります。
それから再度息を大きく吸って肺に空気を取り込み、出来る限りはっきりと、
「オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと申します」
水橋さんへと向けて微笑みを浮かべながら、己の名を告げました。
●
「ちなみにこっちの男の子はクラウスって言います」
「えっ」
「ですよね、クラウス?」
オリヴィエと名乗った女の子の眩いばかりの笑顔が彼女に抱かれた状態の俺に向けられる。
「えっ、あの、俺、特に思い出してな――」
「ですよね?」
「アッハイ」
満面の笑顔ってこんなに怖いんだ……という事をこの世界を訪れて初日で思い知る俺であった。
というわけで何とか2話目投下です。
まずはここまで見てくださった方々に最大限の感謝を。
そんなこんなで短いですが、タイトル通りの名前交換回でした。
原作キャラがまだ毛玉さんしか出ていない悲劇を早く終わらせねばなりません。
あと早く他の要素、逆行とか色々やりたいですし、なのは黒Verとか出したいです……。
それでは、また皆さん次回。