リリカルオリヴィエSacred   作:ころに

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―――この始まりはいつから決まっていたのでしょうか。

【前回のあらすじ】『立て!立つんだ!闇王!』『魔法少女リリカルクラウス始まりません』
※今回は原作主人公回、前編です。


Memory.06:既視感との出会い

 夢を――夢を見ていました。

 それは私が数年前から時折見る夢でした。

 夢を見ている最中だというのに、これは夢なんだと理解する事が出来る夢。

 明晰夢、というものなのでしょうか。

 宙に浮かびながら世界を見下ろしているかのような感じです。

 見下ろす世界の中で繰り広げられるのは、もう1人私が主人公として活躍する魔法と現実が交差する物語。

 私はそれを微睡みの中を揺蕩いながら、眺め続けていました。

 

……今日は大人の私の夢なんだね。

 

 夢の中の私は強く優しく、そして何があっても絶対に挫けない強い心を持つ大人の女性になっていました。

 弱きを助け、強き悪を挫く正義の味方――それが夢の中の私でした。

 そんな夢の中の私の姿はまさに理想の私と言える存在でした。

 彼女には笑いあえる友達が居ました。

 彼女には支えあえる家族が居ました。

 彼女が皆と進む道は私が見る限りでは順風満帆と呼んでも差し支えのない人生でした。

 彼女の歩む道の途中には沢山の戦いがありました。

 どんな戦いにも彼女はその不屈の心を持って立ち向かいました。

 時には倒れ伏しそうになるけども、それでも彼女は諦めませんでした。

 最後には立ち上がり、仲間と困難を乗り越えて行きます。

 勿論、道の途中には多くの出会いがあって、その分だけの別れもありました。

 だけどそれらも含めて、夢の中の私は胸を張って言えるくらい幸せでした。

 

……凄い……私じゃ、ないみたい……。

 

 実際に違うのでしょう。

 才能も乏しい私では、こんな風に物語を紡ぐ事なんて出来る筈ないんですから。

 憧憬の眼差しを向けながら、私はそれからも幾つもの物語が流れて行くのを見送り続けます。

 一体何年分の物語を見たのでしょうか?

 それすらも解らなくなってきた頃――不意に場面が切り替わりました。

 

……えっと……?

 

 今までとは異なる様子に私は目を白黒させながらも周囲の様子を窺います。

 切り替わった先に広がっている光景は桜並木の道。

 その道を夢の中の私は歩いていました。

 

……此処、見覚えがある。

 

 その景色に私は見覚えがありました。

 此処は恐らく両親の経営する喫茶店の近くを通る道でしょう。

 納得すると私は夢の中への私へと視線を戻しました。

 暫く私は夢の中の私がただ歩くだけの姿を目で追います。

 ただゆったりと暖かい春風を堪能するように歩く夢の中の私。

 しかし何時までもただその光景が続くわけではありませんでした。

 

……ん?誰、なのかな?

 

 不意に彼女の後ろにとっても格好の良い人が現れました。

 腰の辺りまで伸ばした金髪を首の後ろで纏めた端整な顔立ちの男の人です。

 

『なのは。今、君は幸せかい?』

 

 男の人にしては可愛らしい声が唐突に私――高町なのはの名前を呼んで問いかけます。

 夢の中の私は驚き顔で振り向くと彼に向けて年甲斐もなく無邪気な笑みを見せました。

 彼を見ると同時に夢の中の私の胸が暖かい気持ちに満たされていくのが解りました。

 きっと"そういう"関係なんだろうな。

 その事を察するのに時間は殆ど必要ありませんでした。

 

『うん。勿論だよ』

 

 花が咲くように明るくて幸せそうな表情の私は彼に近づいて手を取ります。

 それから夢の中の私は小首を傾げて、彼に問いを返しました。

 

『■■■君は、今幸せ?』

 

 何故か途中でノイズの走った私の問いに彼は苦笑しつつも私の手を握り返して応えます。

 

『幸せだよ――というかね。君が幸せならそれが僕の幸せなんだ』

 

 親が子を慈しむような優しい雰囲気を纏いながら、彼は恥ずかしげもなく宣言しました。

 その歯に衣着せぬ発言は私達の顔を真っ赤に染め上げるには十分過ぎるほどの破壊力を秘めていました。

 というか傍観している筈の私ですら顔を真っ赤にしてしまう有様です。

 直接言われた夢の中の私なんてライフポイントが残っているかすら怪しいです。

 

『もうっ、■■■君ったら……恥ずかしい台詞は禁止だよ!』

『あはは、ごめん。でも今のは僕の嘘偽りない本心だよ』

『……ありがとう、■■■君。でも私が今こうして幸せなのも■■■君のおかげなんだよ?』

『僕の?』

 

 うん、と夢の中の私は迷いなく両手で拳を作りながら頷きました。

 

『■■■君のおかげで、魔法に出会って』

 

 ひらりひらりと舞い落ちて来た桜の花びらを私は手の平に受け止めます。

 その手は淡く桃色の光を帯びていました。

 

『■■■■ちゃんや■■■ちゃんと出会って』

 

 ノイズが激しくなりますが、たぶん親しい人の名前を呼んだのでしょう。

 

『今じゃ■■■■■のお母さん』

 

 噛み締めるように言葉を紡ぎ、目を細めながら、夢の中の私は桜の花びらを宙に放ちます。

 

『それもこれも皆、始まりは■■■君と出会ったおかげなんだから』

 

 だからと私はもう一度彼の手を握りました。

 

『もう1回聞くよ?■■■君は幸せ?』

『そうだね……僕は……』

『幸せじゃないでしょ?』

『えっ?』

 

 何故か夢の中の私は断言すると、彼の鼻に人差し指を突きつけて言葉を止めさせます。

 私も唐突な否定に彼と同じように首を傾げてしまいました。

 そんな我々に対して、夢の中の私は宣戦布告するように堂々とした態度で胸に手を当てて笑います。

 

『幸せじゃないなら、私が幸せにしてあげようか?』

『いや、僕は十分に……』

『いーの。これからもっと幸せになるんだから、ね?』

 

 彼の放とうとした遠慮の言葉に夢の中の私は自分の言葉を被せて封殺します。

 でも、それをやられた方である彼の表情に暗い感情の色は一切ありませんでした。

 仕方ないな、と彼は笑うと夢の中の私の頭を撫でます。

 あ。あれ、いいなぁ……。

 

『……いつだってこうと信じた道を貫き通す。変わらないね、君は』

『我侭かな?』

『そんな君が良いよ』

 

 夢の中の私と彼は笑い合いながら、見つめ合い――そのまま影を重ね合いました。

 あわわわ、コレは子どもの私が見ても良い光景なのでしょうか?

 多分よろしくないです。

 

 

 慌てて目を覆うと同時に場面が切り替わります。

 

 

『ママ!』

『■■■■■、おかえり』

『■■■さんは?』

『今日は無限書庫から出て来れるって、楽しみだね』

『うん!』

 

 本当に幸せそうな家族団欒の風景。

 可愛らしい娘を抱き留めるのはエプロン姿の大人の私。

 

 

 更に場面が切り替わります。

 

 

『なのは。今日は■■■■■も一緒に食事でもどうかな?』

『うん、良いね。■■■や■■■も誘う?』

 

 ノイズだらけの言葉を掛け合いながら最高の友達と笑いあう私。

 

 

 すぐに場面が切り替わります。

 

 

『クロノ君』

『?――どうしたんだ、なのは?』

『ううん、呼んでみただけ』

『ん。そうか』

 

 縁側で湯呑みを持って微笑みあう2人の夫婦の姿が見えました。

 って、これは違う世界なの。

 

 

 今度は自らの意思で切り替えます。

 

 

『あかーん!あかんて、なのはちゃん!?それ以上やったらドクターがもげてまう!?』

『大丈夫、■■■ちゃん、この人ならもうちょっと行けるって!』

『いや!無理やから!ドクターそのままやとフライアウェイしてまうから!あっちの世界に!』

『いかんあぶないあぶないあぶない』

『■■■■ちゃん、現実逃避しとる場合かああああ!?誰かこの鬼教官止めてェ――!?』

『ヒギィ』

『あ』

『あって何!?あって!?ってあ゙――ッ!?メディイイイイイイイイイック!?』

 

 紫色の髪の人が泡吹いてる姿は見なかった事にしました。

 というかドンドン変な方向に世界がズレてる気がするのは気のせいでしょうか。

 

 

 切り替わります。

 

 

 移り変わった場面は薄ぐら闇の中でした。

 そこに私は居り――、

 

『■■■君……』

『なのは……』

 

 生まれたままの姿で金髪の彼と抱き合っていまし――。

 って、に゙ゃああああああああああああああああああああああああああああ!!?

 そそそそ、それはまだ私には早すぎるのー!?

 

 

 

  ●

 

 

「あぶぶぶ、カカカ、カメラさん!?止めて止め――あ、あれ?」

 

 ぱちりと目を開けると、そこには見覚えのある天井がありました。

 さっきまで見てたなんだか薄く桃色に染まった天井ではありません。

 違うのです。全然違うのです。

 

「えっと……?」

 

 もそりと身を包んでいた布団から起き上がります。

 周囲を見渡せばそこにあるのは自分の部屋。

 手の平を目の前に持って来てみるとそこにあるのは何時も通りの小さな私の手でした。

 うん。大人のものにはなってません。

 

「夢……?」

 

 つまり今の衝撃的過ぎる急展開は夢だったのです。

 それを理解すると同時に私の顔に凄い勢いで昇って来るのが解りました。

 

「わわわ、私なんてものをぉぉぉ……!」

 

 茶色いセミロングの髪を持った頭を両手で押さえながら、私は悶絶してしまいます。

 あんなえっちな夢を見てしまうだなんて、私は悪い子なのでしょうか?

 

「うう……変な夢、見ちゃったの……」

 

 がくりと項垂れながら、横目で窓の外を見ると雀が可愛くチュンと鳴きました。

 同時に携帯電話に目覚ましとしてセットされた曲が流れ始めます。

 それを聞きながら、何故かはっきりと思い出せる夢の内容を脳内でリピート。悶絶再び。

 このままじゃ悶死しちゃいます。

 呼吸を整えて、何度も深呼吸。

 よ、よし、なんとか復活しました。

 大丈夫、私はまだ戦える、と拳を握りしめます。

 寝起き前から凄いものを見てしまいましたが、私――高町なのはは元気です。

 こうして私の1日は幕を開けるのでした。

 

 私の運命を変えてしまう、1日の幕が。

 

 

  ●

 

 

 時刻は昼時。

 私は現在、私立聖祥大学付属小学校の屋上で親友達と共にランチタイムと洒落込んでいました。

 昼ご飯中に彼女達と話す話題は今日の授業の最後に先生から言われた"将来の希望"についてです。

 

「将来、かぁ……」

 

 タコさんウィンナーを刺したつまようじをくるりと指で回します。

 うーん。なかなか難しい題材ですよね。

 ですが、私の親友達にとってはそうでもなかったようで――、

 

「私はお父さん達の仕事を継がないといけないし」

「私は機械系が好きだから、工学系方面に進もうかなって」

「はぁー、皆、大人なのです……」

 

 ウィンナーを口に入れながら、隣に並ぶ大人な親友達へと感嘆の視線を贈ります。

 視線の先に居る親友の内の1人は太陽の光に煌めく金髪を頭の両サイドで小さく括った髪型が特徴的な女の子。

 名前はアリサ・バニングスちゃん。

 私のとっても仲良しな親友の勝気で、すっごく頭が良くて、天才って言葉がぴったりな可愛い子です。

 そして、もう1人の親友は羨ましいくらいの艶やかなで綺麗な黒髪に白いヘアバンドを乗せた女の子です。

 彼女は月村すずかちゃん。

 ちょっと引っ込み思案だけど、運動神経抜群でスポーツ万能だったりする子です。

 どちらも私の大切な自慢の親友達。

 そんな彼女達は今、私へ視線を集めていました。

 次は私の番だ、って事でしょうか?

 

「うーん……私は……」

「うんうん。なのはちゃんは?」

「やっぱり翠屋の2代目?」

 

 すずかちゃんはちょっとだけ前のめりに身を乗り出し、瞳を輝かせながら楽しげに問いかけて来て、

 アリサちゃんは腕を組んで口元に笑みを浮かべながら問いかけて来ます。

 私はそんなアリサちゃんの言葉にうーん、と再び唸ります。

 

「それも確かにあり、だよね……」

 

 翠屋というのは私の家族が営む駅前の喫茶店の事です。

 お父さんがマスターとして、お母さんがパティシエとして働いている主に女性に大人気のお店。

 そんな凄いお店を果たして私が継げるのかな……?

 

「でもなぁ……私これといった才能もないし……」

「……あんた」

「なのはちゃん……」

 

 空を見上げながら呟くと、アリサちゃんが飛びかかって来そうになってるのが視界の隅に見えました。

 あわわわ、危ない。このままじゃ口をびろーんって引っ張られちゃう気がする。

 何とか話を逸らさないと。

 

「それに……」

「「?」」

 

 別の話題を探そうと脳内を巡る電流を加速させます。

 そしてふと今朝見た夢を思い返してしまいました。

 

『■■■君……』

『なのは……』

 

 顔が一気に熱くなります。

 多分傍から見たら今の私の顔は真っ赤になっている事でしょう。

 

「え?どうしたの、なのは?いきなり顔真っ赤にして?」

「ど、どうかしたの、なのはちゃん?どこか具合悪いの?」

「な、なんでもないの!」

 

 そ、そうだよ。あれは夢なんだから。ただの夢なんだから。

 でもそうだなぁ、と私は空を仰ぎ見ます。

 いつも見る夢、あれが現実になったとしたら――。

 

「将来……うん」

「お。何か決まったのね?」

「そうなの?なのはちゃん?」

「うん。まぁ、まだ曖昧なんだけど……」

 

 今まで見た数々の夢を思い出しながら、私は口を開きました。

 

「将来というか、今年からなんだけど国家レベルの色んな人を助けれる機関に勤めて、数年後には教導員として自分の培ったノウハウを教えながら忙しい日々を可愛い赤毛の副官ちゃんと一緒に過ごして、休日には親友の子達と遊んだり1人娘と親睦を深めたり、あと書庫に行って気になる男の子とちょっとだけ大人な話をしてその内ゴールインする為の布石を10年単位の計画で設置して32歳くらいで告白を――」

 

 私が語り始めると、ひぃっと親友2人が後退りました。

 なんでだろう?なんですずかちゃんの瞳に映る私はそんな薄暗い目をしているんだろう?

 解らない。解らないです。ふふふ、ですが、今の私はとっても饒舌です。

 止め処なく未来計画が頭に浮かんで来るのです。語らずにはいられません。

 

「おおおお、落ち着いて、なのはちゃん!?」

「わ、私が悪かったから、なのは、帰ってきて!?」

 

 ふふふ、まだ途中だよ、すずかちゃん。アリサちゃん?

 それから、それからね――。

 

 

   ●

 

 

 数十分後。

 そろそろ昼休みも終わりの時間となりました。

 

「はぁなんだかスッキリしたの」

「嗚呼!管理局に!管理局に!?」

「冒涜的な砲撃か何かが!?」

 

 結局昼休みが終わるまで老後に至るまでのスケジュールを彼女達に話した私だったのでした。

 でもなぜでしょうか。自分が話した内容は殆ど覚えてなかったりします。

 不思議な事もあるものなのです。

 ところで何ですずかちゃん達はいあいあ!とか言ってるのかな。

 

 

  ●

 

 

 放課後になりました。

 私と親友の2人は学校の帰り道、そのまま最近通い始めた塾へと向かっていました。

 雑談したり、途中で犬に吼えられたり、その犬にアリサちゃんが逆に吼え返して追い払ったり。

 何時も通り私とすずかちゃん、アリサちゃんは楽しくやりとりをしながら道を歩いていました。

 そう。これは――これが何時も通りの日常。

 何時もと変わらずに過ごしていく平和な日々の一幕。

 そして、私達が塾への近道をする為に林道へと足を踏み入れて暫く経った頃、それはやってきました。

 

『助けて』

 

 声が――声が聞こえたのです。

 

「!?」

 

 思わず私は聞こえた声にその場に立ち止まってしまいます。

 それは懐かしくて、胸の奥が震えてしまうような声でした。

 どこかで聞いた事があるような気がする響きでした。

 確かにそれは私の頭へと直接届きました。

 

「なのは?」

「なのはちゃん、どうしたの?」

「聞こえた」

「「え?」」

 

 僅かに先を歩いていたすずかちゃんとアリサちゃんが振り返ります。

 でも今は2人の疑問の眼差しに応える余裕が私にはありませんでした。

 目を閉じて集中力を高めます。

 すると今度は、

 

『誰か、助けて……!!!』

 

 はっきりと聞こえた声が私の心を震わせます。

 

……声の聞こえる方向は多分――。

 

 気づけば私は躊躇いもなく走り出していました。

 

「こっち!」

「なのはちゃん!?」

「ちょ、どこ行くのなのは、って速!!?」

 

 親友2人が手を伸ばして制止してくるにも関わらず迷わず森の中へ。

 草むらを掻き分けてながら走ります。

 

……私、知ってる。あの声を……!

 

 逸る鼓動を抑えながら足を止めずに動かし続けます。

 

……あれは、確か、夢の中で聞いた事がある……!

 

 行く道を遮る木の枝を避け、時にはへし折りながらも進み続けます。

 

……待ってて。今すぐ行くから!

 

 心の中で言葉を放つと同時に草むらを飛び出し、大きめの道に出ました。

 その道の中央には――、

 

「居た!」

 

 クリーム色の毛に身を包んだ小さな生命がそこにはありました。

 体を丸めて微動だにしない姿に一瞬死んでいるのかと疑ってしまいます。

 だけど私には解りました。"彼"はまだ死んでいない事が。

 

「なのはー!!!」

「なのはちゃーん!!!」

「あ、ってしまった!?ア、アリサちゃん、すずかちゃん、こっちだよー!!!」

 

 私が叫ぶと同時に地響きがしました。

 恐らくアリサちゃん達がこっちに向かっているんでしょう。

 しかもこの声音と勢いからして、

 

……あわ……これは怒ってるっぽい、よね……?

 

 にゃはは、これは後でお叱りは覚悟しないといけないかなぁ。

 そんな風に思っていると草むらを派手に蹴散らしてアリサちゃんとすずかちゃんが現れました。

 アリサちゃんの頭には怒りを表すようにバッテンマークが付いています。

 

「アンタ、いきなり走り出した上、こんな森突っ切って何考えて、って……!?」

「わ。ど、どうしたの、その子?……け、怪我をしてるの……?」

「うん……」

 

 "彼"を抱き上げながら私はすずかちゃんの言葉に首肯を返します。

 弱々しくも確かな鼓動を腕に感じながら、その小さな命――フェレットの体を撫でました。

 

「とにかくこの子を病院に連れて行かなきゃ……」

「そうね、アンタがなんでこの子を見つけられたかは後で聞くとして……」

「うん。まずは獣医さんだね……この辺りにあったかな。ちょっと家に電話してみるね」

 

 そう言ってすずかちゃんは携帯電話を取り出します。

 沢山の猫を飼っている彼女の家の人に聞いたなら、動物病院の場所なんてすぐ解るでしょう。

 後は"彼"をその動物病院まで連れて行くだけです。

 ほう、と私は安堵の溜息を吐きながら、目の前で慌てる女の子達に小さく頭を下げました。

 彼女達を置いて駆け出した事、こうして面倒をかけてしまっている事に対する謝罪の意を籠めて。

 

「ごめんね。アリサちゃん、すずかちゃん。あとでちゃんと説明するから、今はこの子を――」

 

 助けて――と言う間もなく、彼女達は頷いてくれました。

 まるで何も言わなくても解る、と言わんばかりに。

 思わず嬉しくなって笑みを浮かべてしまいます。

 やっぱり2人は私の1番の親友達です。

 

 

  ●

 

 

 結論から言うと私達は無事"彼"を動物病院へと連れて行く事が出来ました。

 怪我も大したものではないそうで、とっても安心しました。

 私達は先生からそれらの診断結果を聞きながら、件のフェレットと向かい合っていました。

 診療台の上に"彼"は居ました。

 

……綺麗。

 

 潤んだ瞳が私を見つめて来ていました。

 吸い込まれそうな緑色の瞳。

 なんでだろう。この瞳に見つめられていると胸の奥がぽかぽかとするんです。

 何故か懐かしいような、やっぱり何処かで出会った事があるような視線を外すに外せない魅力を持った瞳。

 鼻先は黒くて、その周りにはちょっとだけ白い毛が生えているのが可愛らしいです。

 視線を少し動かせば、全身を覆うクリーム色の毛は夕日の光を浴びて輝いていました。

 とっても綺麗な色合いです。

 "彼"の体を撫でるとまるで金色の草原が風に吹かれたようにさらさらと毛が靡きました。

 

「……」

「……」

 

 無言で見つめ合い、どれくらいが経ったのでしょうか。

 正直、そんな事はどうでも良い事でした。

 そんな事よりもっとこうしていたいと思ってしまいます。

 どうしようもなく"彼"から手を離したくない。なんだかおかしい気分でした。

 暖かいような。寂しいような。

 

「えと……なのはちゃん?」

「なのは、何時まで独り占めしてるの?」

「ひゃい!?」

 

 はわっと唐突に現実に引き戻され、思わず声を上げてしまいます。

 親友2人の声に振り向くと、彼女達はそれぞれ違った訝しげな表情を浮かべて私を見ていました。

 そんな2人を見ながら、私は頭を片手で掻いて弁解します。

 

「にゃ、にゃはは、ご、ごめん、この子が可愛くて、思わず……」

 

 ツーサイドアップした髪型のテール部分に手が当たって、テールがぴこぴこと揺れるのが解ります。

 

「ああもう。私達が止めなきゃ何時までやってた事やら……」

「なのはちゃんがそんな風になるなんて珍しいね……その子の事が気に入ったの?」

「あ。うん……なんかこの子を撫でてると、ぽかぽか暖かくなってきて……」

 

 視線を改めて、"彼"へと向けました。

 瞬間、トクンと鼓動が跳ね上がります。

 

「うん……やっぱりあったかい」

「キュッ」

 

 "彼"はぐったりとしながらも何故か他の2人ではなく、私を見つめ続けて小さく鳴き声を漏らしました。

 それはまるで私に対してお礼を言っているみたいでした。

 なんだか良く解らないけれど、凄く嬉しくなって舞い上がりそうになってしまいます。

 わ、私、どうしてしまったのでしょうか。

 自分で制御出来ない感情に思わず赤面してしまいます。

 

「ふふ、貴女の方はこの子にかなり気に入られちゃったみたいね?」

 

 声に顔を上げると桃色のヘアバンドを付けた白衣姿の女性が優しげな眼を私に向けていました。

 この人はこの槙原動物病院の院長先生。

 とっても美人さんで、おまけに腕も凄く良いみたいです。

 あっという間にフェレット君の怪我も治してくれましたし。

 

「とりあえずだいぶ弱ってるみたいだし……とりあえず明日まではウチで預かっておくわね?」

 

 院長先生がフェレット君の体を撫でました。

 フェレット君が気持ちよさそうに目を細めました。

 むむ。なんだか今度はチクチクします。

 

「なに1人で百面相してるのよ、なのは……」

「きっと懐いてた子が院長先生に取られて悔しかったんだよ」

「ああ、解るわ……私も小さい頃から一緒だった犬が他のお客さんに懐くとムッとしちゃうし」

「ち、違うよ!?」

 

 うん。違うよ。

 多分、違うんだもん。

 

「もうアリサちゃんもすずかちゃんもからかわないでよぉ」

「ふふ、ごめんなさいね。なのはの反応、可愛いんだもの」

「そうそう。真っ赤になってるなのはちゃん、可愛いよ?」

「もーっ!」

 

 私が怒って声を上げても2人とも暖簾に腕押しといった感じに怒気を躱していきます。

 むむぅ。まるで私が子ども扱いなのです。

 確かにちょっと悔しい感じはしたけど、そういうのじゃないもん。

 

「ふふ、良かったらこの子が気持ち良くなる撫で方教えてあげましょうか?」

「是非――あっ」

 

 思わず振り向いて声に出していました。

 いけないと思う暇すらありませんでした。

 

「……」

「ふーん……」

「ふふっ」

 

 きりきりとゼンマイ仕掛けの玩具みたいに振り向くとそこには楽しげに微笑む親友達の姿がありました。

 

「これは引き取り手はなのはに決まりね」

「そうだね」

「う、うちは食べ物を取り扱ってるし、無理かもしれないし、でも……」

 

 ちらりとフェレット君の方を見ます。

 弱々しくだが、"彼"は私をずっと見ていました。

 胸の奥を鷲掴みにするような感覚に、うぅ、と呻き声を上げながら私は若干後退ります。

 

「と、とりあえず塾の時間中、考えてみる!」

「って、やば!?もうそんな時間!?」

「はわっ、お、遅れちゃうよぉ!」

 

 診療室の壁にかかった壁を見てみれば塾の開始時間が迫ってきていました。

 今から走っても間に合うかどうか、と言った感じです。

 

「い、院長先生!すいませんけど、その子をよろしくお願いします!」

「ごめんなさい、また明日にでも様子を見に来るので!」

「はい、解ったわ。でも急ぐのは良いけど、こけないようにね?」

 

 アリサちゃんとすずかちゃんがバタバタと用意をしながら部屋から飛び出て行きました。

 院長先生も2人を見送りに部屋の外へ出て行きました。

 私もそれを追ってちょっとだけ駆け足で部屋の出口へ向かいました。

 

「……あ」

 

 挨拶を、忘れていました。

 振り向き、もう1回だけ"彼"と視線を合わせます。

 彼も辛いだろうに、体を起こして私と向き合うように体勢を整えてくれていました。

 それが何故だか解らないけど嬉しくて、思わず微笑を浮かべてしまいます。

 

「それじゃあね――"ユーノ君"」

 

 知らない筈の名前が口から出ていました。

 なんで出たかも解らない名前。

 それを呼ぶと"彼"はその小さな目を見開きました。

 合っていた、のかな?

 

「なのはー!置いていくわよー!?」

「なのはちゃん、急いでー!?」

「に゙ゃっ!?」

 

 あ、いけない!?急がなくちゃ!?

 私は急いで部屋の外へと飛び出て院長先生に挨拶してから、親友達の後を追います。

 それから合流すると、あまりよろしくない運動神経をフル稼働させて塾へと向かって行くのでした。

 

 急に頭に浮かんできた"彼"の名前を不思議とすら思わずに。

 

 

  ●

 

 

 夜。塾が終わり、帰宅した後。

 私――高町なのはは家族団欒の場でとある話をしていました。

 

「というわけでそのフェレット君を家で預かりたくて……」

「ふむ……」

 

 夕飯の準備をする中、テーブルを囲むのはお父さんにお兄ちゃん、そしてお姉ちゃんと私です。

 お父さんこと高町士郎さんは腕を組みながら、私の言葉に相槌を打ちました。

 どうするか、真剣に考えてくれているようです。

 視線だけを左にやると、そこにはお兄ちゃんこと高町恭也さんとお姉ちゃんの高町美由希さんが居ました。

 どちらも私が緊張しないよう、柔らかい表情で聞いていてくれています。

 ちなみにお父さんにお願いしているのは、夕方に出会ったフェレット君の飼育の許可についてです。

 何故そんな話をしているのかというと、理由は簡単。

 塾の途中、親友達と審議を重ねた結果、満場一致で私が家族に飼えないか相談する事になったからです。

 なお、その時のやりとりはこんな感じでした。

 

『なのはとあの子、両想いっぽいもんね~?』

『アリサちゃん、ダメだよからかっちゃ……でもあの子もなのはちゃんに凄い懐いてたよね』

『そうよ!おのれ、あのフェレットめ、私を差し置いてなのはにばっかり……』

『あはは……ずーっと2人の世界だったもんね』

 

 苦笑する2人の親友の姿が脳裏に浮かびます。

 ちなみになんで"彼"を見つけられたかの理由を聞かれた際、夢の中で会った事がある気が……、

 とか言ったら保健室に連れて行かれそうになりました。むむむ。

 ともあれ、確かに私も"彼"の事は気になるし、放っておけない気がするのも確かです。

 だから、なんとかならないかとテーブルを挟んで向かい側に座るお父さんに身を乗り出しながら言います。

 

「ちゃんと結婚を前提にしたお付き合いを……!」

「!?」

「!?」

「……フェレットの話だよね、なのは?」

 

 あれ?なんか変な言葉が勝手に……。

 というかお父さん、お兄ちゃん、その小太刀何処から出したの?

 

「あ。いや、あわ、違くて……その、ちゃ、ちゃんとお世話するからっ!」

「そこまでなのはが言うなら良いんじゃないかしら……?」

「あ。お母さん」

 

 私が慌てて訂正した上で熱意を伝えようとしていたらお父さんの後ろを1人の女性が通りました。

 それはキッチンで食事の準備をしていたお母さん――高町桃子さんです。

 お母さんはゆっくりと微笑みながらお父さんの隣に座りました。

 その手に持ったトレイの上には人数分の野菜のクリーム煮があります。

 わぁ、ほかほか湯気が上がってて美味しそう。

 

「んー、まぁ。桃子もこう言ってるしな……俺は良いと思うんだが、恭也、美由紀。お前らはどうだ?」

「俺は異存なし、かな」

「私もオッケー。というかなのはのハートを射止めた子を見てみたいし」

「お、お姉ちゃん!!?」

 

 にししと意地悪そうに笑うお姉ちゃん。

 もう。人をからかうのが好きなんだから。

 

「……フェレットってなんだ。人なのか、恭也?」

「父さん、人じゃない。安心してくれ。多分」

「はいはい。2人とも刀を研ぐのは後にして」

 

 お母さんが促すとお父さん達は渋々と刀をしまいました。

 それからお母さんは私に向けてとっても優しい笑みを向けてくれると、

 

「じゃあ、明日、お母さん達にもその子を紹介してね?」

「うん!ありがとう!お母さん、お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

 

 私がお礼を言うと、皆が笑顔で頷いてくれました。

 うん。やっぱり私の家族は、最高の家族です。

 

「それじゃあ、まずはご飯にしましょうか」

「はいっ!」

 

 お母さんの号令と共に皆で一緒に手を合わせて――、

 

「「「「「いただきますっ」」」」」

 




まずはここまで見てくださった方々に最大限の感謝を。

なのユーは基本。(真顔)
盛大に原作ブレイクしつつありますね。(清々しい笑顔)

というわけで、このなのはさんは夢という形でですが、未来を見て来てます。
なんで?というのは、まぁ、本編主人公組が関係してくるのですが、それはまた後程。

あと何か思うところがあれば、ご感想やご指摘などいただけたら幸いです。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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