リリカルオリヴィエSacred   作:ころに

8 / 14
―――知らない事だらけの扉が開いてしまいました。

【前回のあらすじ】なのはさん無双。未来(?)を夢で知る彼女の行く手には何が待つのか。


Memory.07:魔法少女、はじめます!

 私は今、自室のベッドの上で天井を見上げていました。

 もう横になってから数十分くらいは経ったでしょうか?

 何時もだったらそろそろ眠くなってくる頃合いです。

 ですが眠気は一向に訪れる気配がありません。

 ゴロゴロとベッドの上で布団を抱いて転がっても結果は変わりません。

 私は顔を顰めながらもう1度天井を見ました。

 

……なんだろう。まだ寝ちゃいけないような気がする、のかな。

 

 そう思う理由は不明瞭でハッキリとしません。

 でも自室に入ってからというもの、妙に気持ちがそわそわとして落ち着かないのです。

 

……何かが起きる予感がするのに、何も起きないのがもどかしいというか。

 

 気持ちが落ち着くまで暇潰しでもしていようかな、と目を閉じて思案します。

 ちなみに親友達へのフェレット君を飼えるようになったという旨のメールは送信済みです。

 あと私が出来る事といえば、

 

……勉強するくらいかなぁ。

 

 しかしながらあまり夜更かしするとお父さん達に怒られちゃうかもしれません。

 勉強なんてしていて短時間で気持ちを落ち着ける事が果たして出来るのでしょうか?

 多分無理です。

 笑顔で諦めの境地に至るまで数秒もかかりませんでした。

 

……うぅ、でも何かしていないと落ち着かないの……。

 

 もどがしげな表情のままベッドの上で横倒れの姿勢をとります。

 それから他にやる事も思い付かないので、とりあえずとばかりに部屋の中へと視線を走らせました。

 視界の中に映るのは住み慣れた私の部屋です。

 私の部屋には大きな窓が2つあり、1つはベッドの真横、もう1つは入り口の真正面にある壁に付いています。

 そしてベッドとは反対側の壁には服を入れる為の箪笥と勉強机が配置されていました。

 入り口付近にはお母さんの趣味で青々とした葉っぱを持った観葉植物が置いてあります。

 これ、結構見ていて癒されるのです。

 で、あとは今部屋の中央には白い人型さんが佇んで居りまして――。

 

「……?」

 

 ごろりとベッドの上に転がりながら首を傾げます。

 んっと、今何か変なものが見えたような?

 もう1度転がって向きを反転。部屋の中の様子を確認します。

 窓があります。ベッドがあります。箪笥があります。勉強机があります。

 白い人型が居ます。えぇ。部屋の中央に居ます。

 まるで人のような形をした白い影が、そこには居ました。

 ああ、と私は納得します。

 違和感の正体はこの影が居たせいだったんですね。

 うん。疑問も解けたし、胸のつかえが取れてスッキリしました。

 私は白い人型さんに清々しいまでの笑顔を投げかけます。

 すると白い人型さんも笑い返してくれたような気がしました。良い人です。

 私はそれに満足して息を大きく吸うと――、

 

「オオオ、オバケ――――――――――――!!!?」

『えぇ!?』

 

 全力で叫びました。

 突然過ぎる緊急事態に私は飛びあがり、全速力で後退り、背中を壁に張り付かせます。

 って何やってるの、私!?これじゃ逃げ場がないよ!?

 ととと、というか、なんでいきなり私の部屋にお化けが出て来るの!?

 お父さん、お兄ちゃん、助けて――ッ!!?

 

『あ……落ち着いて、ね?部屋には結界を張ってるから外に声は漏れないよ?』

「そ、それは『お前の声は誰にも届かないから覚悟を決めるんだな』的な意図の発言ですか!?」

『いや、違うからね。ともかく私の話を――』

 

 涙目で慌てる私を逃がさないように白い人型さんは隙を見せずにじりじりと距離を詰めてきます。

 私はベッドの隅まで後退るけれどもすぐに壁際まで追い詰められ、

 

……はう!?逃走経路無しッ!?

 

 最後の逃げ場を失ってしまいました。

 まさに絶対絶命の危機的状況。

 嗚呼。将来の夢なんて語っていたけども、私の生涯はここで幕を閉じてしまうようです。

 うう。まだまだやりたい事もあったのになぁ。折角ならもっと皆に甘えておけばよかったよぅ……。

 

『あの、私の話――』

 

 両手を組み合わせた体勢でその場で正座。涙を目尻から流し、天井を見上げます。

 そして祈ります。

 嗚呼、神様。せめて私の家族には眼前の白い人型さんの魔手が伸びぬよう私を最後の犠牲に――、

 

『……少し頭冷やそうか』

「してくださ――って、あいたぁ――――!!?」

 

 パコーンっと白い人型さんが放った桃色の光球が私の頭に当たり、跳ね上げさせました。

 

……い、痛ひ……って、あれ?

 

 痛みに明滅する視界の中に浮かぶ桃色の光球。

 それを見て私は目をパチクリとさせてしまいます。

 私はその物体に見覚えがありました。

 

……えぇっと、これって確か。

 

 そう。これは確か夢の世界で私が使っていた異世界の技術――魔法。

 リンカーコアと呼ばれる器官に蓄積した魔力を使用する事で顕現される現象。

 今まで私の夢の世界にしか存在しなかった筈の非現実的な現象。

 それが今、眼前に確かに存在していました。

 

……え?え?

 

 桃色の光球は私の周囲をくるくると楽しげに回ります。

 なんだか可愛いです。

 ですが、そんな和む光景とは裏腹の非常識過ぎる現実に私は頭は痛むばかりです。

 

「ゆ、夢……?」

『あ。漸く現実に帰って来たね……ううん。これは夢じゃない。現実だよ?』

「ひぅっ!?」

 

 白い人型さんが屈み込んで私と視線の高さを合わせます。

 同時に私は小首を傾げてしまいます。

 白い靄に覆われていてハッキリとは解りませんが、この人の顔をどこかで見た事あるような?

 

『ふふっ。やっと私の事をちゃんと認識してくれたかな?』

 

 白い人型さんが小さく笑いました。

 次の瞬間、"彼女"を包んでいた白い靄が霧散していきました。

 そうして靄が晴れた後に見えた白い人型さんの姿は――、

 

「えぇ!?わ、私……!?」

『うん、そう……私は貴女だよ』

 

 そう。白い人型さんの姿は、夢の中に出て来た大人になった私そのものだったのです。

 伸ばした栗色の髪をサイドテールの形に白いリボンで結った髪型。

 和やか表情はまるでお母さんみたいに綺麗です。

 年齢はたぶん20代の真ん中くらいかな。

 本当に夢の中で見た姿そのままです。

 勿論衣装は白と青を基調としたバリアジャケット――バリアジャケット?

 あれ?バリアジャケットってなんだろう?

 

『漸くこうして話し合えたね?』

「……あ、え、あの、えーっと?」

 

 唐突過ぎる状況やいきなり浮かんできた言葉に私が困惑していると、彼女は不意に私の頭を撫でました。

 

『ごめんね。いきなり過ぎて訳が解らないよね……でも私はこうして会える時をずっと待ってたんだよ?』

「ふえ!?ず、ずっと、ですか?」

 

 私の疑問に1度だけ頷きを返すと、彼女は撫でる手を止めて、私の両肩へと乗せ直しました。

 

『出来ればゆっくり話したいんだけど……』

「ぁ……」

『今は時間がないの。今から私が話す内容をただ信じて欲しい』

 

 信じて、と言葉を放った大人の私の表情はとても真剣なものでした。

 表情に遊びはなく、嘘を言っているようにも見えません。

 そう信じる事が出来ます。

 自分自身の言葉、だからでしょうか?

 いずれにしても私は彼女の真摯な眼差しを見て、彼女の言葉を信じる事を決めました。

 そして意を伝える為に眉を立てた顔で強く頷きを返します。

 

「……はいっ」

『うん……ありがとう』

 

 一瞬だけ表情を緩めた大人の私でしたが、すぐに彼女は表情を戻しました。

 それから私と視線を交差させたまま、

 

『実は今、この町には本当に危険な魔法の爆弾みたいなものが落ちて来てるんだ』

「ば、爆弾!?」

 

 いきなり知らされた海鳴市の危機に私は悲鳴にも似た声を上げてしまいます。

 

『落ち着いて。すぐに爆発するようなものじゃないから』

「で、でも……それならすぐに大人の人に知らせないと!」

 

 私の言葉に彼女は苦虫を噛み潰したような表情で顔を左右に振ります。

 

『大人の人じゃ対処出来ない……というよりもこの世界の人にはどうにも出来ないんだ』

「えっと、じゃあどうすれば、良いんですか……?」

 

 この世界の人という言葉に違和感を覚えつつも私は1度深呼吸をしてから大人の私へと問いかけました。

 すると彼女はまっすぐと私の瞳を強い意志の宿った瞳で射抜き、

 

『これは貴女にしか出来ない事』

「え?」

『貴女が、その危険物――ジュエルシードを止めるの』

「ふぇえ!?」

 

 呼吸を整えて落ち着いたばかりだというのに、またも叫んでしまいます。

 対する大人の私は少しだけ俯くと同時に小さな溜息を1つ吐きました。

 

『本当ならちょっと前に助けを呼ぶ声が聞こえた筈なんだけど……ユーノ君ったら強情なんだから……』

「え?ユーノ君……?」

 

 彼女の口から零れ落ちた名前に私は反応してしまいます。

 その名前は確か、今日私が助けた"彼"の名前だったような。

 なんで私がその名前を知っていたのかは、私自身にも解らないのですけども。

 兎にも角にもその疑念はどうやら正解だったようです。

 

『そう。ユーノ君。あの人は今、たった1人でジュエルシードと戦おうとしてるんだ』

「!?」

 

 あの子が、1人で?

 脳裏に浮かぶのはフェレットの姿ではなく、見た事もない少年の後姿。

 必死過ぎて何事も1人で背負い込もうとしてしまう男の子の背中。

 瞬間、自然に声は出ていました。

 

「助けないと!!!」

 

 大人の私へと詰め寄りながら焦りの感情を籠めて言うと、彼女は首肯を返してくれました。

 

『うん。助けなきゃいけない。だからお願い』

「?」

 

 私の両手が彼女の大きな両手に包まれました。

 女性の手にしてはちょっと皮膚の硬くなった手。でも暖かい手です。

 

『遠い世界の小さな私……力を貸してくれないかな?』

 

 そうお願いをしてくる彼女の表情はどこか弱々しいものでした。

 もしかしたら私は怖くて断るかもしれない。そんな不安に駆られているのかもしれません。

 でもそんなに不安がる必要はありません。

 だって私の答えはもう決まっているのですから。

 

「お父さんが言ってました」

『お父さん?』

「はい。『困っている人が居て、助けてあげられる力が自分にあるならその時は迷っちゃいけない』って」

『……ッ!』

「助けます。いえ、助けさせてください!」

 

 決心を言葉に出すと共に大人の私の両手を握り返します。

 

『……良い顔だね。うん、時間があれば私が鍛えてあげたいくらい』

「き、鍛える?私、運動音痴だからあんまり運動とかは……」

『にゃはは、大丈夫。あなたは運動音痴なんかじゃないよ』

「えぇっ、ってわふっ!?」

 

 大人の私は私を抱きしめてその大きな胸に埋めながら、頭を撫でながら言います。

 しかしぐりぐりと動かされる手は軽く、まるで羽毛のようです。

 先程と全く違う感触に大人の私の様子見てみると――、

 

「ふぇ!?足が!?」

 

 彼女の足から先が光の粒子となって消えつつありました。

 またも発生した緊急事態に私は目を見開いて慌ててしまいます。

 

「はわわわわっ!?消えて!?と、止めなきゃ!?」

『ああ、大丈夫。これは時間が来ただけだから』

 

 彼女は苦笑しながらも私の頭を撫でるのを止めません。

 既に光の粒子は彼女の腰までを覆っています。

 

『動物病院に急いで』

 

 大人の私の胸の下までが光の粒子に飲み込まれます。

 それでも彼女の表情は何時も見るお母さんのような優しい微笑でした。

 

『そこで貴女の相棒と大切な人は待ってる』

 

 言葉を残し、彼女は完全に白い粒子に飲まれ、宙に消えてしまいました。

 室内に残るのは僅かな光の粒、そして彼女へと手を伸ばした体勢の私と静寂だけです。

 

「……うん」

 

 夢じゃない。

 握り締める拳の感触は確かに在ります。

 今起きた事は、確かな現実。

 ならば、彼女の願いを聞き遂げなければなりません。

 そう思い、私は成すべき事を成さんと箪笥から服を取り出す為に立ち上がり、

 

「あいたぁ―――――!!?」

 

 まだ残ってた桃色の光球に頭を勢いよくぶつけるのでした。

 って、この子なんでまだ残ってるの!?

 

 

  ●

 

 

 夜空に浮かぶ雲が月を覆い隠して生まれた暗闇の下、その異変は起きていた。

 異変の発生場所は槙原動物病院と呼ばれるこの世界の動物を診るための病院だ。

 病院の周囲の空気は重く、まるでそこだけ外界から切り離されたような錯覚をその場に居る者に与える。

 恐らく人払いの結界のようなものだろう。

 現実と切り離せていないぐらい構成が中途半端な分、余計に性質が悪い。

 これでは何時誰がこの動物病院へと近づいて来てもおかしくはない。

 急がなければ、と緊張に喉が鳴る。

 そんな重圧の中心で僕――ユーノ・スクライアは現在、その異変の元凶と対峙していた。

 

「――ッ!!!」

 

 小さな足で地を蹴り、体ごと投げ出すようにして右に跳ぶ。

 瞬間、僕が今まで居た場所を異変の現況――巨大な毛玉が抉った。

 その勢いと破壊力たるや突撃の進路上にあった樹を体当たりによって圧し折ってしまう程だ。

 あんなもの、まともに喰らったら一溜りもない。

 僕は目の前で起きた破壊に冷や汗を流しながら、剥き出しの地面へと着地する。

 同時に覚悟を決める。

 

「魔力は全く回復してないけど、やるしかないか……!」

 

 体力、魔力共に全く足りてはいない。

 でも、と己を救ってくれた少女達の姿を思い浮かべる。

 仮初の姿に向かってとはいえ皆が一様に、早く元気になってね、と僕を励ます言葉をかけてくれた。

 純粋で、優しい言葉を。

 僕が目の前の化物を生み出すような危険物をこの世界へと放ってしまった元凶だとは知らずに。

 

……だから。

 

 獣の足で地面を踏み締める。

 

……僕が守らなきゃいけないんだ……ッ!

 

 気力だけは十二分過ぎる程ある。

 あんな優しい人達が居る世界をコイツらの好きにさせるわけにはいかない。

 体に巻かれた包帯を噛み切って解き、全身に力を満たすと同時に変身魔法を解除する。

 淡い碧の光が僕の身を包み、人間の姿へと戻る。

 身を包むのは僅かに血に塗れたスクライア一族の民族衣装。

 既に助けを求める念話は飛ばした。

 だけどこの世界の住人はリンカーコアを持つ人間が少ないようだ。

 あくまで気休め程度に考えた方が良い。

 

『それじゃあね――ユーノ君』

 

 脳裏に一瞬、僕の名前を呼んだ栗色の髪を持った少女の微笑みが浮かぶ。

 聞き間違えかもしれないが、教えていない筈の僕の名を呼んだ少女。

 可愛くて、つい見惚れてしまった少女。

 撫でて貰うと何故かは解らないけどとても安心出来る少女。

 思考がずれた。

 余計な事を考えたタスクを切り離す。

 ともあれ、この世界の住人の殆どはリンカーコアを持っていない。それは確かな事だ。

 だけど僕を助けてくれたあの少女には恐らくだがリンカーコアがある。

 僕の念話に応えて助けに来てくれたのがその証拠だ。

 知る限りでは、この辺りでリンカーコアを持つ人間は彼女だけ。

 

 だから僕は――彼女を"念話の対象"から除外した。

 

 故に彼女が此処に来る事はない。

 何故僕の名前を知っていたのかは解らない。

 だけど、これだけは言える。

 

……彼女はこんな戦いに巻き込まれるべき人間じゃない!

 

 あんな幼くて優しい少女を目の前の化物のような異形との戦いに巻き込む事なんて出来ない。

 僕の念話を受け取った戦闘の出来る人が駆けつけるなんて漫画のような出来事が起きる確率は極小。

 ならばやはり――僕がやるしかない。

 

「来い!」

「グォォ……!」

 

 自らの突進で砕いた樹を頭に乗せた毛玉がコチラへと向き直る。

 その赤い双眸に宿る光はまさに獲物を狙う捕食者そのものだ。

 

「今度こそは逃がさない!」

「ガァアアアア!!!」

 

 毛玉が突進の為に身を縮めて咆哮すると同時に僕も叫び、両手を突き出す。

 両手の先に形成されるのは円形の魔法陣。

 色は碧。僕の魔力の色だ。

 魔法陣が完成すると同時に、毛玉は突撃を敢行した。やはり速い。

 

「レイジングハート!」

『Round Shield』

 

 僕の指先に浮いた赤い宝石――レイジングハートが女性的な声を響かせた。

 次の瞬間、魔法陣の表面を魔力が駆け抜けて防御の形を取る。

 それは薄いながらも鉄壁の守り。

 僕の今現在出せる力の限りを篭めた最強の魔法の盾。

 

「ギゴォ!!?」

「っぅ……!」

 

 毛玉が勢いのままに盾へと激突し、その威力の余波を衝撃波として周囲に撒き散らす。

 僕はそれに吹き飛ばされないように踏ん張り、耐える。

 ひたすらに耐える。

 ただ、耐える。

 盾の表面を火花にも似た光が幾つも走り、それでも砕けぬよう僕は両手を使ってそれを支える。

 数秒もかかってはいない攻防だというのに、既に僕の全身は吹き出た汗によってびしょ濡れだ。

 でも限界まで力を出し切ったかいはあった。

 歯を食いしばり耐え続けた成果は目の前にあった。

 そう。化物の突撃を、受け止め切ったんだ――!

 

「今だ!レイジングハート!頼む!」

『了解しました――Binding Shield』

「ゴォッ!?」

 

 更に魔力によって構成された盾へと魔力を供給し、形状を変化させる。

 望む形は鎖。敵を封じ、大切な人達を守る為の鎖。

 盾より現れ出でた無数の鎖が毛玉を盾の表面へと縫い付ける。

 

「これ、で……!」

 

 息が荒くなる。

 過度の魔力行使による疲労が一気に僕の体力と精神力を削っていくのが解る。

 だけどここまで来て倒れるわけにはいかない。

 よろめきながらも僕は詠唱を開始した。

 忌まわしき存在を封印する為の詠唱を。

 

「妙なる響き、光となれ……」

 

 視界がぼやける。

 左腕がもう持ちあがらない。

 でもなんとか右腕だけは気力で持ち上げて毛玉へと向け続ける。

 

「赦されざる者を、封印の輪に……!」

 

 肺に残った空気を吐き出すようにして言葉を紡ぎ続ける。

 そして目を見開き、最後の一節を、

 

「ジュエルシード!封い――んがッ!!?」

 

 唱えようとした瞬間――とんでもない衝撃を腹部に感じ、吹き飛ばされた。

 

……な、ぁっ!?

 

 回転する視界の中、見れば宙に浮いた盾に鎖で縛りつけられた毛玉はその体から1対の触手を伸ばしていた。

 その内1本が今まで僕が立っていた場所で揺らめている。

 迂闊。油断していた。奴の攻撃手段は体当たりだけじゃなかったんだ。

 

「がふっ!!!」

 

 地面に叩きつけられ、今度こそ肺の中の空気が全て吐き出される。

 吹き飛ばされた勢いで地面を転がる。

 塀に激突して横倒れの状態で止まるが――もう体が殆ど動かない。

 拙い。

 

「グォオオオオオオオオオ!!!」

「ぅぁ……」

 

 凄まじい咆哮と共に毛玉が僕の張った盾――バインディングシールドを粉微塵に砕く。

 最後の希望が、潰えてしまった。

 

……でも、諦めるわけには……!

 

 口の中に溜まった血を吐き出しながら、腕の力だけで体を持ち上げる。

 されどもそこが限界。それ以上動く事もままならない。

 絶体絶命な状況の中、諦めないという心だけはまだある。それだけは砕けない。

 でも、

 

……気持ちだけじゃ、どうにもならないのか……!

 

 毛玉が僕へとその身を引きずるようにして近づいて来る。

 僕を見る赤い双眸がまるで嘲笑っているように見えて酷く不快だった。

 毛玉が迫る。

 もう距離は殆ど無い。

 僕は毛玉を睨み付ける事しか出来ない。

 そして毛玉は僕に近づくと、その巨大な口を開き――、

 

「リリカルマジカル!行って!!」

「ガッ――ォオオオオオオオオオオン!!?」

「!?」

 

 僕を喰らおうとした瞬間に毛玉が桃色の光球に横っ腹を殴られて盛大に吹き飛んだ。

 そのまま錐揉み回転して僕がお世話になっていた動物病院を取り囲む塀を木端微塵にする。

 なんか「またかー!?」みたいな絶叫が聞こえた気がするけど気のせいだろう。

 というかそんな事よりも、

 

……すいません、院長先生。被害がまた増えてしまいました……!

 

 僕は心の中で治療してくれた撫でるのが上手い先生へと土下座しながら謝罪の意を示した。

 

「大丈夫、ユーノ君!?」

「あっ、は、はい!?」

 

 いきなり呼ばれた名に現実逃避気味だった意識を戻し、声の聞こえた方向へと視線を向ける。

 声の主は動物病院の入り口からこちらに向かって走って来ていた。

 限界まで酷使したせいで体は動かないが、視界だけはまだかろうじて生きている。

 だから見えてしまった。

 声の主――僕を助けてくれた女の子の姿が。

 

「君は……な、なんで此処に!?」

 

 視線の先に居るのは栗色の髪を白いリボンでツーサイドアップにした少女だった。

 僕がこの世界で初めて出会い、命を助けてくれた可愛らしい女の子。

 確か彼女の友達には、なのは、と呼ばれていただろうか。

 

……どうして!?

 

 僕が戦う理由は2つあった。

 1つは自分の失敗によってばらまかれたジュエルシードによる脅威を取り除く為。

 もう1つは目の前の少女とその友達が住む世界を守りたいが為。

 その為に僕はさっきまで無理を押して戦っていたのだ。

 結果は無残なものであったが、それでも一心不乱に難敵へと立ち向かっていた。

 なのに守るべき対象である女の子は目の前に現れた。現れてしまった。

 全くもって訳が解らない状況だ。

 いやそんな事はどうでもいい。

 それよりも優先しなければならない事がある。

 僕が命を賭しても護りたかった存在――なのはさんの安全だ。

 

「は、速く逃げて!向こうに化物が居て、ここは危険なんだ!」

 

 なけなしの体力を振り絞り、なのはさんへと退避を促す。

 だけど彼女は何故か僕の言葉に対して微笑み、顔を左右に振った。

 

「大丈夫」

「え?」

 

 疑問と共に僕は首を傾げてしまう。

 何が大丈夫だというのだろうか?

 

「私は戦う為に来たの」

「なっ!?」

 

 予想外な言葉。

 僕は驚愕に目を見開くしかなかった。

 

「あなたは私が守るから」

「な、なにを……あっ」

 

 なのはさんは僕のすぐ傍にしゃがみ込んだ。

 何を、と思う暇もない。

 彼女が僕の体を仰向けにしたと思うと、そのまま抱き締めて僕の手に自分の指を絡め始めた。

 言うなれば、足を抱えないお姫様抱っこをされているような姿勢だった。

 しかも手をがっしりと絡めるというオマケ付きだ。

 

……って、え?ええっ!?あわわわわ、いいい、一体何をしてるんだ、この子は!?

 

 一瞬呆けてしまったが、すぐに焦りと恥じらいと困惑が混じった感情が沸いてくる。

 されど僕の抗議の声が上がる事はなかった。

 何故なら――、

 

「我、使命を受けし者なり」

「え?」

 

 彼女が発した言葉により呼吸を止められてしまったからだ。

 

「契約の下、その力を解き放て」

「これって……まさか!?」

 

 驚愕する僕へと彼女は小さく笑いかけるだけだった。

 詠唱は続く。

 

「風は空に、星は天に」

 

 淀みのないそれはまるで歌のようでもあった。

 間違いない。これは――、

 

「レイジングハートの起動呪文……!?」

 

 誰にも教えた事のない。僕とレイジングハートだけしか知らない筈の起動呪文。

 だけどそれをさも当然のように彼女は唱えている。

 

……この子は一体……!?

 

 急展開ばかりで混乱し過ぎて疑念を声に出す事は出来ない。

 だが状況は待ってくれない。

 

「そして、不屈の心はこの胸に」

 

 彼女が僕と指を絡めた手を目の前に持ってくる。

 そこから溢れて来るのは暖かい桃色の光。

 手の平から伝わる感触は僕と彼女の手の間にレイジングハートが存在する事を教えてくれた。

 彼女は何も喋らない。

 ただ僕の反応を待っていた。

 

『マスター……?』

 

 レイジングハートが困惑したように問いかけて来る。

 恐らくは突然唱えられた起動呪文に応えて良いものか判断しかねているのだろう。

 

「あぁ……」

 

 思わず嘆きの感情を含んだ声を漏らしてしまう。

 解っている。解っているさ。

 ここまで来たら目の前の少女に全てを託すしかない事くらい。

 だけどそれで良いのか?と僕の良心はそれを願う事を踏み止まらせる。

 なんでレイジングハートの起動呪文を知っていたのかは解らない。

 なんで僕の名前を知っていて、こんなに優しく微笑みかけてくれるのかは解らない。

 彼女に関しては解らない事だらけだ。

 でも彼女は僕の恩人だ。

 そんな人を僕の犯した失態の後始末に巻き込んでも良いのか?

 

「大丈夫」

 

 僕を抱き締めた時と同じ言葉を彼女は繰り返す。

 されど彼女の表情は先程とは違うものだった。

 先程までの彼女の表情はまるで母親に抱き留められているかのような安心感を与える微笑だった。

 が、しかし今の彼女が浮かべるのは、眉を立てた強い決意が宿った笑みだ。

 

「私を信じて――ユーノ君」

「……」

 

 指が絡み合った手が強く握られた。

 溢れ出る光が強さを増す。

 暖かい。それは彼女の瞳に宿る光のようだった。

 疑念を投げかける余地なんて全く存在しないまっすぐで純粋な光だった。

 僕は瞳を1度閉じて、呼吸を整える。

 その上で、言った。

 

「レイジングハート、応えてくれ」

『……よろしいのですね?』

「ああ」

 

 僕は覚悟を籠めて頷く。

 

「彼女を信じる」

「……!」

 

 ぱぁっとなのはさんの表情が花が咲いたような笑顔に変化した。

 うわ。可愛い。

 

『了解しました。では最後の一節を』

「お願い、なのはさん」

「うん、ユーノ君!」

 

 手を握り合ったまま、僕達は目を閉じて言葉を放つ。

 赤き宝石の本来の姿を解き放つ言葉を。

 

「「魔法をこの手に」」

 

 手の平から溢れ出る桃色の光が限界までその勢いを強める。

 続くのは、最後の解放の言霊。

 僕となのはさんは同時に目を見開き、叫ぶ。

 

「「レイジングハート――セット・アップ!!!」」

 

 瞬間、僕達の視界を桃色の極光が埋め尽くした。

 

 

  ●

 

 

 最後の起動呪文と共に空に向かって立ち上がるのは桃色の光の柱。

 その中心に私――高町なのはは居ました。

 桃色の光が体に触れる度に、様々な知識が脳裏に浮かんで来る。

 それは数年前から見ていた夢で学んだ魔法の技術の数々。

 どうしてそんな知識が沸いて来るのかは解りません。

 でも確かに言える事が1つだけありました。

 

「私、ちょこっとだけだけど思い出したの」

 

 手を繋いだまま、膨大な魔力量に驚く金髪の男の子をまっすぐ見ます。

 彼の緑色の瞳が揺れました。

 私の発言に困惑した彼は何も言えずにただ私を見返していました。

 

「ずっと、あなたと――ユーノ君と会える日を待っていた事を」

 

 彼へと微笑みかけてから私は目を閉じる。

 魔法の知識と一緒に流入して来たのは朧げな――別の世界の物語。

 夢の中で私が時折見ていた空想だった筈の世界のお話。

 思い浮かべるのは、物語の中で違う出会いをしていた私達の姿。

 そして、空を駆ける私の姿。

 それを参考として、私は最高の相棒と身を守る為の衣装の形を頭の中に強く描く。

 数秒の間を置いて、私は瞼を開きました。

 それから未だ呆然とする可愛らしい彼へ一言。

 

「改めまして、はじめましてだね、ユーノ君」

 

 重ねた手を強く握り締めます。

 

「私の名前は、高町なのは」

 

 空いた手は胸元に当て、名乗ります。

 言葉には強く意志と私に未来を与えてくれた出会いに出来る限りの感謝を籠めて。

 

「魔法少女――はじめます!」

 

 瞬間、私の体を包む服が弾け飛びました。

 

 

  ●

 

 

 ちょっ、なのはさん!変身するは良いけど、近い!近いですってば!?

 服が弾け――え?見せてるの?な、何を言ってるんですかこの人は!?

 あ、なっ、だ、抱き締めないでうわっ、うわぁ―――!!?

 

 

  ●

 

 

 真夜中の路地を走る1組の少年少女の姿がありました。

 彼等は凄まじい速度で視線の先、桃色の光柱が立ち上る場所へと向かいます。

 風を切る速度の中、ふと少年が目を細めました。

 

「ユーノの霊圧が……消えた……!?」

「クラウス、どうしたんですか?」

「あ、いや、ちょっと嫌な予感がしてな……急ごう」

「はい!漸く見つけられたんですし、急ぎましょう!」

「……何故俺の手を握る?」

「飛んで行った方が速いですよね?」

「あ、ちょっ、飛ぶって何、待っ」

 

 ってええええええええええええ!という伸びる残響を残して少年少女の姿が路地から消えます。

 同時に虹色の光が海鳴市の上空を駆け抜けました。




ユーノは犠牲になったのだ……ユーノェ……。

まずはここまで見てくださった方々には最大限の感謝を。

前回、今回にかけてはなのは無双でした。
次回はちょっと舞台裏で影になってたオリヴィエ達が今まで何をやっていたのか、
そして大人ななのは(Forceくらいの年齢)がどうして現在のなのはの前に現れたのか、
というか彼女は何者なのか、その辺りをやってから毛玉が爆発四散します。慈悲は無い。
若干ネタバレ気味ですね。
ともあれ、最後にはなのはと因縁深いあの子も現れて――等々を構想しております。

あと文字数が多くなり過ぎてるからもう少し削りたいなぁ。
読者さん達にとっては、現状の長さ等はどうなのでしょうか?
意見を聞かせていただければ幸いです。

あと作品へのご感想、ご指摘等がありましたら、ドンドンいただけると嬉しいですっ。

それでは、また次回も頑張ります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。