リリカルオリヴィエSacred   作:ころに

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―――物語が進む間もその裏で動いている人達は居るものです。

【前回のあらすじ】なのは決意する。なのは戦う。なのは既成事実を作らんとする。


Memory.08:それまでの舞台裏

 時は少年が少女と運命的な出会いから桃色空間に突入した時刻より数時間前へと遡る。

 

 

  ●

 

 

 私――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは現在、デパートの隅に存在するとあるお店を訪れていました。

 店舗名は"世紀末ペットショップ海鳴"。

 他の大きな店舗に隠れる様にしてひっそりと存在している小さなペットショップでした。

 店内に居るモヒカンヘアをした筋肉モリモリマッチョマンな店員さん達の姿が特徴的なお店です。

 

……面白い方々がいっぱい居るんですね、デパートという所には。

 

 うんうん、と私は感慨深く頷きます。

 ちなみに現在私が腰を下ろすのは、そんな世紀末的ペットショップの中央空間に設けられた人工の芝生の上。

 柵で円状に囲む様にして外界と区切られた大体5メートル程度の直径を持つ円の中心。

 そこで私は至福の時を過ごしていました。

 目線をやや下げながら周囲を見渡せば、幸せの源である白い幼子達が居ます。

 私を取り囲む様にして体を丸めているのは、柔らかな毛並を持った小兎さん達です。

 彼等は私を中心にまるで暖を取る様にして密集体勢を取っていました。

 伸ばした手に与えられる触感はとてもモフモフです。

 適当に腕を伸ばしても必ず当たる程の密集具合。モフモフです。

 モフモフし放題なのです。

 まさに此処はそう、楽園でした。

 

「はぁぁ……幸せですねぇ……」

「ぶー」

 

 私の頭の天辺で1匹の小兎さんが可愛らしく満足げな鳴き声を零します。

 視線を動かしても頭頂部に居るので姿は見えません。

 彼はこの人工芝生空間に足を踏み入れた際、真っ先に私に飛び付いて来て懐いてくれた子です。

 出会った直後に突撃をぶちかまされ、いきなり私の体をよじ登り始めた彼だったのですが、

 

……高いところが好きなんですかね?

 

 どうやら私の頭の上は居心地が良いらしく彼が降りてくる気配はありません。

 ですが私はそれも苦とは感じません。

 むしろご褒美だとすら思えます。というかご褒美です。断言出来ます。

 頭の天辺から感じられる重量が幸福感を与えてくれます。

 

……はわぁ。癒されますねぇ……。

 

 幸せさに両手を頬を当てながら、外界との境界線である柵の向こうへと目をやります。

 現在、柵を隔てた向こう側からは店員さんや他のお客さん達の目が私と兎さん達に向けられていました。

 奇異の視線は混じってますが、概ね皆好意的な感情を含んだ表情で私を見ていてくれています。

 されども、その人数はかなり多く、2桁近くは居ると思われます。

 やはり悪目立ちし過ぎでしょうか?

 

『撮影だ!とにかく撮影するんだ!』

『ヒャッハー!小動物と戯れる美少女は情け容赦なく撮影だァ――ッ!』

『この店員、容赦せんッッッ!』

『ホァァァ!海鳴撮影神拳――!』

 

 何やら筋肉を膨張させて内側から制服を爆発四散させる店員さんとか居ました。

 私は目を逸らしました。

 見なかった事にしておきましょう。

 直視するとSAN値が減ってしまいそうです。

 ともあれ動くにしてもまずは気持ち良さそうに私に身を寄せる兎さん達を引き剥がさねばなりません。

 しかしながら、

 

……無理矢理動かすのも可哀想ですし……。

 

 片手を顎に、片手を頭の天辺に鎮座する兎さんへと向かわせながら目を伏せて思案します。

 困りました。どうしたものでしょうか。

 

「……なにやってるんだ、オリヴィエ?」

「あ。クラウス」

 

 悩みながら頭の上に乗った兎さんを撫でていると、ふと真後ろから声をかけられました。

 肩越しにゆるりと振り向けば視線の先、柵の向こう側に立つのは碧銀の髪を持つ少年――クラウスでした。

 

『彼氏持ちだとォ!?』

『美少年と美少女のコンビだとォ!?』

『新刊のネタが降りてきただとォ!?』

『写真撮影の神が我等に好機を与えてくれただとォ!?』

 

 違います。まだ彼氏ではありません。

 故に私は世紀末店員さん達へとその感情を乗せた半目を向けました。

 ご褒美です!と声が返ってきました。末期ですね。

 騒ぐ店員さん達の魂の咆哮を無視しながら、気持ちを切り替える為にコホンとわざとらしく咳払いを1つ。

 後ろでカメラのフラッシュが連発される音が響く中、私は気にせずクラウスに向かって口を開きます。

 表情は浅く眉尻を下げた苦笑を浮かべたもので、

 

「あはは、"兎さんと戯れよう"というコーナーがあったのでつい……」

「戯れるのは良いけど占拠してどうするんだ……?ほら、目的の品も買えたし、そろそろ行くぞ」

 

 彼は可愛らしくデフォルメされた兎さんとモヒカンさんが中央に描かれた紙袋を掲げます。

 どう考えてもモヒカンさんいらないですよね。ヒャッハー!とか台詞付いてますし。

 ともあれ、あの中にこの店へと訪れた目的の品物が入っているようです。

 これでこのお店に留まる理由はなくなりましたね。

 兎さん達には申し訳ありませんが、そろそろ引き剥がしてお暇させていただきましょうか。

 って、ん?あれ?

 

「あや……?」

 

 立ち上がろうとした瞬間に下へ引っ張られる感覚。

 何事かと視線を下ろせば数匹の兎さんが私のスカートの上で丸まっていました。

 彼等は瞼を落とし、寝息を漏らし、幸せそうに夢の世界へと旅立っていました。

 あわわ、これでは動けません。

 

「えと、クラウス、ちょっと待って貰えますか?スカートの上で何匹か寝てしまったようで……」

「あぁ。それなら俺もどかすのを手伝おうか?」

「あ、助かります」

 

 言いながら彼は柵の一部をスライドさせる様にして開け、芝生の上に足を踏み入れます。

 途端に変化は起きました。

 

『ぶっ!?』

「あや?」

「ん?」

 

 私の周りの兎さん達が一斉に両目を見開き、顔を上げたのです。

 爛々と輝いた瞳がクラウスへと向けられ、固定されます。

 瞬間、私の履いたスカートの上から重量が消えました。

 視界の中を幾つもの白い弾丸が飛んで行きます。

 

「あ」

「えぇ!?ってギャ―――!?」

『ぶ―――っ!』

 

 白い弾丸が彼にぶち当たり、そのまま彼を飲み込みました。

 弾丸は私の周りを囲んでいた兎さん達であり、彼らは鼻を鳴らしながら彼へと殺到していきます。

 どうやら彼は兎さん達に一目惚れされたようでした。

 ちょっと羨ましいほどの懐かれっぷりです。

 

「クラウス……モテモテですね?」

「こんなモテモテ嬉しくないわ――!?ていうか、助けてくれもごごっ!?」

『ぶーぶー!』

 

 あ。クラウスの顔が白い毛玉の海に沈みました。

 

 

  ●

 

 

 私とクラウスはペットショップから出た後デパートの通路を並んで歩いていました。

 向かう先は家主である水橋さんが待つ1階の食品売り場。

 今まで居たペットショップは2階に在る為、少しばかり歩く事となります。

 隣を見れば、げんなりとした顔で肩を落とすクラウスが居ました。

 彼は口から白いもやを漏らしながら、疲れの滲み出た深い溜息を吐き、

 

「ひ、酷い目にあった……」

「あはは……お疲れ様です、クラウス」

 

 歩みを止めずに私は労いの意思を籠めてクラウスの頭を撫でます。

 柔らかな碧銀の髪の感触が手の平を伝わり返って来ました。気持ち良いです。

 されど撫でられている側の彼はそうでもない様で、恨みがましげな半目を私へと向けて来ました。

 

「そう言うんならもっと早く助けてくれよ……」

「いえ、兎さん達がとても幸せそうだったので、引き離すのが悪い気がしてしまいまして」

 

 本当に幸せそうでした、と兎さん達の表情を思い出します。

 ちなみにその中心ではクラウスが死にそうな顔をしていました。呼吸困難でした。

 

「まぁ、確かにあれだけ懐かれると俺も悪い気はしなかったけどなぁ……死にかけたけど」

「えぇ。店長さんも歓迎するって言ってくれてましたし、是非また一緒に行きましょう」

「今度は俺は見てるだけにするけどな……死にかけたし」

「なんとそれは勿体ない。折角ですし、今度は一緒に白い毛玉に抱かれて至福に溺れませんか?」

 

 きっと気持ち良いですよ?と私は彼の顔を覗き込みます。彼は死んだ魚の目をしていました。

 

「喜々として溺死覚悟で津波に飛び込む人間は居ないだろ……ていうか、今度こそ死ぬ」

「モフモフな津波じゃないですか?気持ち良いですよ?」

「圧倒的な物量の前には触感は関係ないんだよ……というか、圧死する」

「むしろそれで散っても本望では!?」

「なんで歴戦の戦士の顔で語ってるのこの子!?」

 

 幾ら言ったとて彼の心には届かず。これは強敵です。

 

「むむむ……」

「唸っても断るものは断るからな」

 

 彼は私の懇願に顔を背け、拒絶の意を示しました。

 余程さっきの兎さん達の一斉突撃は恐ろしいものだったのでしょうか?

 兎さん達には私以上に懐かれていましたし、加減さえ守って貰えればきっと楽しめると思うのですが。

 

……うーん。なんとかクラウスを引き込む策は無いものでしょうか……って、む?

 

 顎に手を当てて考えを巡らせていると、不意にクラウスの持つ紙袋が風に揺られて乾いた音を立てました。

 突然響いた音に意識がそちらに集中します。そして思います。

 

……そういえばクラウスは何を買いにあそこまで行ったんでしょうか?

 

 何となしについて行ったは良いのですが、彼の目的を聞いていませんでした。

 その事を思い出すと、連なる様にして紙袋の中身に興味を惹かれた私は彼に向けて首を傾げていました。

 

「あの、クラウス。その袋の中身って何なんです?」

「あぁ。話してなかったっけか?ちょっと水橋さんに無理言ってお金貸して貰って、これをな……」

 

 彼は紙袋を開いて中から透明な袋を取り出しました。

 防菌された袋でパッケージされた汚れ一つ付いていない白い布を取り出しました。

 それは、

 

「包帯、ですか……」

「そう。ペット用のヤツだな」

「ペット用の包帯なんて何に使うんですか?まさかクラウス、それを右腕に巻いて、クッ、今宵も俺の右手が疼くぜ子猫ちゃんベイベー……!とかやるんですか?」

「リアル異能力者がそれやると洒落にならんな……ていうか何か色々混じってないか?」

「大体あってると思うのですが。むしろ実行していただきたいです、私に」

「君の願望かよ!?」

 

 叫んだ彼は再び包帯を紙袋にしまいながら、

 

「まぁ中二病とか君の願望云々はさておき、これはユーノを見つけたら治療を、と思って用意したんだ」

「ユーノさん、ですか?」

「あれ?彼については話してなかったか?」

「恐らくは聞いてないかと」

 

 私が頭の上に浮かべた疑問符に彼は歩みを止めず、ユーノさんについての説明を始めました。

 曰く、真面目で責任感の強い子だとか。

 曰く、件の魔法少女さんの最初の相棒となる存在だとか。

 曰く、段々影が薄くなって行く様な気がする……だとか。

 曰く、今彼は怪我をしているだろうし、探し出して治療くらいはしてやりたいだとか。

 そこまで聞いて私は成程、と頷きます。

 

「優しいのですね、クラウスは」

「いや、流石に怪我しっぱなしはきついだろうしな……」

 

 微笑を向けると彼は赤面しながら顔を逸らしました。

 可愛らしい、と思います。そんな事を言ったら彼は怒るでしょうが。

 故に私は言葉の代わりとして小さく笑い、それ以上は追究せずに彼の顔を覗き込む様に身体を傾けました。

 

「ではこの後は彼の捜索をするつもりなんですか?」

「あぁ、荷物を水橋さんの家に運んだらそうするつもりだ。ジュエルシードも探して回りたいしな」

「それは確かに」

 

 ジュエルシードの探索もまた私達の享け賜った使命。この世界に産み落とされた理由の1つです。

 こうして買い物を続け平穏な日々を享受するのも楽しいですが、そればかりに感けるわけにもいきません。

 何と言ってもこの世界の命運は私達の双肩に託されているのですから。

 うん、と頷き、私は眉を立てながら両の拳を握り締めます。

 

「燃えてるな。どうしたんだ、急に?」

「えぇ、頑張りましょうね、クラウス」

「あぁ、勿論。ってそうだ。今朝聞きそびれていた事を思い出したんだけど」

「?」

「オリヴィエ。君、ベルカっていう言葉に聞き覚えは?」

 

 言葉を聞いた瞬間、小さく私の鼓動が跳ねます。

 小さく、されど確かに。

 ですが、跳ね上がった心臓はすぐに落ち着きを取り戻しました。

 平時通りの状態を取り戻すのに数秒。それから私は腕を組み、頭を捻ります。

 探索の手を伸ばすのは記憶の奥底です。

 

「うーん、あるような、無いような……」

 

 今の体の反応からすると恐らくはあるのでしょう。

 が、肝心の単語を思い出す事が出来ません。

 

「昨日寝る前に思い切り言ってたんだけど、覚えてるか?」

「無意識に言葉に出していたので何とも……」

 

 恐らくは私のベースとなった"私"の知識に存在している単語なのでしょう。

 が、残念な事に私にはその知識を引き出す事は出来ませんでした。

 何か制限でもあるのでしょうか?

 

「そっか……確か既に滅んだ戦乱続きの別世界の名前だったと思ったんだが」

「あれ?クラウスは知ってるんですか?」

「原作知識ってヤツでな」

「あぁ、成程。便利ですね。私も欲しいです、その知識」

 

 己の頭を人差し指で小突くクラウスの姿を見て、不公平だなぁ、と私は頬を膨らませます。

 何故私達を創った曙光の魔導書は彼にだけこの世界の未来知識を与えたのでしょうか?

 効率を考えれば生み出した全員に与えた方が良いと思うのですが。

 

「ま、良い事ばかりでもないさ。これから起こる事件とかについても先入観とか持ちがちだしな」

「む。成程」

 

 先入観を持たずに行動できるように知識を与えなかった、という考え方も出来ますか。

 確かにこれから発生する事件が全て解っていれば事前に対処も出来ます。

 しかしながらその知識に胡坐をかいていれば、予期せぬ事態が起きた時に何も出来なくなってしまう。

 そういう事態を曙光の魔導書は懸念した為、私に知識を与えなかったのかもしれませんね。

 つまりは、

 

「油断は禁物というわけですね」

「そういう事だな。俺達が居る時点でもはや何が起こるかだなんて解らな――」

 

 

「フハハハハハ!駆けよトロンベ!その名の如くゥ―――!」

「ギャ――!?王様止まって、止まってぇ!?止まってぇなぁああああああああ!?」

 

 

 横切るのは周囲の物が巻き込まれそうになる程の速度で爆走する2人の少女。

 彼女達は私達の目の前を通って通路の奥へと直進。

 そのまま疾風となってドリフトで角を曲がり、どこかへと消えて行きました。

 

「クラウス、何か今車椅子が有り得ない速度で……」

「これは俺にも予想外だった……ていうか、今の子、どこかで見たような……」

 

 突然の出来事に私達は呆然としながら顔を見合わせるのでした。

 

 

  ●

 

 

 疾風がデパート内の通路を縦横無尽に駆け抜ける。

 行先は1階食品売り場。そこにある至宝を求めて、彼女は一陣の風となっていた。

 

「フハハハハ!もはや我を止める事など何人たりとも出来ぬわァ―――!」

「王様、落ちる!私落ちてまう!?買い物に来ただけなのに命の危機ってなんなんやー!?」

 

 車椅子の取っ手を全力で握り振り落とされぬよう耐える少女に王は叫ぶ。

 

「知らぬ!存ぜぬ!気になどせぬ!更に加速するぞ!しっかり掴まっておれ、小鴉ゥ――!」

「にょわ――!?」

 

 食品コーナーの特売には間に合ったそうです。

 

 

  ●

 

 

 時刻はそろそろ小さな子ども達が帰路へと着く頃。

 水橋さんの家へとデパートで買った品を持ち帰った後、私達は街へと繰り出していました。

 足元を見れば、そこにあるのは舗装された硬質的なアスファルトの道路。

 隣を見れば、相変わらず私と並んで歩く碧銀の髪の男の子――クラウスの姿がありました。

 ちなみに水橋さんは私達の予定を聞くと、

 

『夕飯の準備してるから適当に帰ってきなさいな。遅くなるなら連絡入れる事。はい、これ家の電話番号』

 

 という感じで私達を送り出してくれたので、此処には居ません。

 デパートに引き続きクラウスと2人っきりです。

 その事実を改めて確認してから私は両手を後ろで組み、彼へと視線を向けました。

 

「それなりに大きな森がある公園はこの先でしたよね?」

「あぁ、水橋さんが言うには塾通いの学生が良く利用する近道らしい……多分、そこだ」

「ユーノさんが居る場所、ですか」

「そういう事。そろそろ小学校だったら終わる時間だし、少し急ごうか」

「ですね。彼女と遭遇してしまうとその分だけ、今後の展開が読めなくなるでしょうし」

 

 クラウスの持つ原作知識を過信するわけにもいきませんが、使えるならば使わない手はありません。

 特に魔法少女となる子とユーノさんが出会わなかった場合、本当にどうなるか予想も出来ませんしね。

 故に私達は走るとまではいきませんが、少しばかり歩きのテンポを上げます。

 靴音が連続する中、隣を歩く彼は、そういえば、と前置きをし、

 

「曙光の魔導書について、あれから何か解った事ってあるか?」

「ん。そうですね……幾つかありますよ。余暇がある時に中身を見てましたので」

 

 私は眼前で手を振り、空中に白と黒の表紙を持つ古本を顕現させます。

 道端に居た猫さんが顎を外さんばかりに口を開いて驚いてましたが、私は気にせず言葉を続けました。

 

「まずこの曙光の魔導書がこの世界を訪れたのは、今から4年前だそうです」

「4年前か、つい最近なんだな」

 

 えぇ、と頷きながら曙光の魔導書を開きました。

 その表紙裏に刻まれた文字を人差し指でなぞりながら、

 

「書の内部に納められた魂は実体を持たぬ故、思念体としてしか外界に出れない、という話はしましたよね?」

「あぁ、そいつらがジュエルシードに触れると実体を持つんだよな。今の俺達みたいに」

 

 とんでもない話しだよな、とクラウスは苦笑いを浮かべます。

 私は同意の頷きを彼に返し、

 

「実体を持つ為にはその手順が必要です――が、実体を持たずとも他者に干渉する手段もあるそうです」

「あれ?あるのか?オリヴィエの話じゃ、書自体には外部干渉能力はないんじゃないのか?」

「正しくはほぼ皆無ですね……ただ、その干渉方法では対象者への効果は薄いようです」

「ふぅん。それで、その干渉方法、っていうのは?」

「夢です」

「夢?」

 

 首を傾げて浮かべる疑問符に対して私は魔導書の表紙裏を彼へと向け、そこに刻まれた文字列を見せます。

 

「どうやら思念体には触れた相手の夢を少しばかり操作する事が出来るようです」

「……それって結構やばい能力なんじゃないか?精神操作みたいな感じで」

「精神的に近しい……少なくとも親族などでもないと、影響は極小になってしまうらしいですよ?」

「あー、それは確かに使い勝手は悪いな……」

 

 条件が限定され過ぎている為に外界に影響を与えるのも一苦労、とは表紙裏に刻まれた言です。

 というか今更ですが、次から次へと表紙裏に刻まれている文字が変わっているのに気づきました。

 もしかしてこの書自体にも自我の様なものがあるのでしょうか?

 ふと気になりましたが、今はクラウスへの説明の方が優先です。

 だから私は書を両手で挟むようにして閉じ、

 

「曙光の魔導書は数多の次元を漂流した果てにこの地に辿り着いて、目覚めてからはその能力を使ってこの世界にジュエルシードが降って来るまでの間も、使命を果たさんとしていたようです」

 

 今も幾つかの白い魂が世界中を飛び交って悲劇を減らさんと奔走しているそうです。

 なお、この海鳴の地に住む桃色極太ビームをぶちかます魔法少女候補さんにも、数年前からとある白い魂がくっついていたらしいなのですが、この時点の私にはそれを知る由もありませんでした。

 

「使命っていうと世界中で起きている悲劇を少しでも減らす、だったか……まったく、大層な使命だな」

「立派な事ですよ?」

「無謀でもあるけどな」

「あ、意地悪言っちゃだめですよ?魔導書さんが泣いてしまいますから」

「うわ、なんかめっちゃプルプル震えてる!?わ、悪かった、俺が悪かったよ」

「ふふっ、許してあげますか?」

『―――』

 

 クラウスが謝罪の言葉を述べると私が両手で抱いている魔導書が振動を止めました。

 どうやら許してくれたようです。

 

「はぁ……って、なんか自我があるっぽいなぁ、コイツ」

「そうみたいですね。今度名前でもつけてあげましょうか?」

「そうだなぁ。例えば、可愛らしく、曙光……曙……あけぼの……ぼのぼのとか?」

「なんか陸を練り歩く青いラッコをみたいな名前ですね」

「妙に具体的な例えが……!?」

 

 降って沸いた電波です。細かい事は気にしないでください、と私は笑顔で彼のツッコミをスルーしました。

 そんなやりとりを続けていると、何時の間にか目の前には目的の公園がありました。

 クラウスもそれに気づいたようで、

 

「さて、雑談はこれくらいにしてユーノを探しますか」

「ですね」

 

 私達が踏み込んだ公園はかなりの面積を持っているように見受けられます。

 この中に居るユーノさんを探し出すのは少々骨が折れそうです。

 怪我をしている為、動けない様なのでまだマシなのですが……。

 これで動き回られてたら、探せる気がしません。

 

「確か森の方に倒れていた筈だ。えぇっと此処から森の中に向かうにはどうすればいいんだ?」

「地図によると少し真直ぐ進んでから右へ、ですね」

 

 私は入り口付近に立てられていた看板に刻まれた地図を指差しながら告げます。

 するとクラウスは、ありがとう、とお礼を1つし、私の前に出ました。

 

「んじゃ、行こうか」

「はいっ」

 

 向かうのは森の中、傷つき倒れた1人の少年の下。

 少女と少年が出会う魔導の物語の始まりの地へ。

 

 

  ●

 

 

 聖と覇の王を模した者達が始まりの地へ赴いている頃、

 

「ぬぅぅぅ―――!?」

 

 海鳴の地に存在するもう1人の王は悲痛な叫び声を上げていた。

 

「な、なんたる事だ……この我がこの様な失敗をするとは……!?」

 

 ベッドという名の王座に座する王は目を見開き、顔を片手で覆いながら己を叱咤する。

 果たしてその原因はなんなのか?

 己の足が理不尽にも動かなくなった事への怒り?

 否、そんなもの今朝の段階で、まぁいいか、で済ませている。

 ではデパートの食品コーナーの特売で目当ての商品をゲット出来なかったから?

 否、はやてミサイルを用いる事で目当ての特売品は並み居る猛者(奥様方)から見事奪い取って見せた。

 なれば原因はなんなのか?

 それを問いかける為にやってきた者の足音は既に部屋の扉の前まで迫ってた。

 足音の主である少女は駆け足の勢いのまま部屋の扉を開いた。

 

「ど、どないしたん、王様!?」

「おお、小鴉か……これを見よ。コイツをどう思う」

「凄く……夜天の書です……」

 

 王の掲げる物の状態に少女は思わず息を呑み、指差しながら王より教えて貰った書の名を漏らす。

 対する王は、うむ、と頷いた後に目を伏せながら、

 

「夜天の書が強情にも開かぬから無理矢理こじ開けようとしていたのだが……」

「おおお、王様、まさか……!?」

 

 あぁ、と王は頷きを返しながら至極真面目な表情で、

 

「力を入れたら真っ二つに割れた」

「なにしとんねん、王様ァ――――ッ!?」

 

 家主の絶叫が八神はやて宅に鳴り響いたのでした。

 

 

  ●

 

 

 時は飛び、時刻は夜。

 人々が夕ご飯を食べ終えた頃、私――オリヴィエはまたも街へと繰り出していました。

 目指すのは私が両手で広げているこの街の地図上のバツ印が描かれた場所。

 名を槙原動物病院と言うそうです。

 地図から顔を上げ、隣を見ればやはり私と同様に走るクラウスの姿がありました。

 彼は口を真一文字に閉じて、額に汗を見せながらも目を真っ直ぐと進行方向へ向けています。

 その凛々しい表情を見て、自身も気を引き締めながら前方へと目をやります。

 

……このバッテンの場所にあの女の子――なのはさんとユーノさんが居るんですよね。

 

 走りながら思い返すのは、もはや沈み切った太陽がまだ中天にあった頃の記憶でした。

 結果として、私達がユーノさんを治療する事は出来ませんでした。

 あの後、私達は幾度の苦難を乗り越えた捜索の果て、なんとか彼を遠目に発見する事が出来たのですが、

 

……あの子があんなところから現れるとは思いませんでしたね。

 

 脳裏に浮かべるのは栗色の髪を持った女の子が突如草むらから腕をクロスさせて飛び出して来るシーンです。

 アクション映画さながらの勢いで飛び出したツーサイドアップの似合う彼女は空中で三回転し、華麗に着地。

 彼女はまるで近づく者は許さないと言わんばかりのプレッシャーを放つ眼光を振りまきながらフェレット姿のユーノさんを確保すると友人と共に彼を連れ去って行ってしまいました。

 その際、鉢合わせは拙いと私達は近くの草むらに潜んでいたのですが、

 

……あの時のクラウスの背中から放たれる哀愁は半端なものではありませんでした。

 

 どうやら折角購入した包帯が無駄になった事が余程のショックだったようです。

 まぁ、その後水橋さんの手料理を食べて即座に復活したのですが。

 歓迎の意味を籠めて、と振る舞われたステーキはとても美味しいものだったとここに述べておきます。

 本当に水橋さんには感謝してもしきれません。

 ともあれ、それらの経緯を経て今に至るのですが、

 

「どこだ此処……!?」

「解りません……!」

 

 共に大地に向かって崩れ落ちます。

 そう。私達は絶賛迷子中なのでした。

 地図を広げても、逆さにしても、黄金の回転を加えてみてもそれは変わりません。

 

「えぇっと、ここがこうで、これが、えっと、ど、どこですか、此処!?」

「ぐぬぬ、仕方がない。地図だ!まずはこの辺りの地図を探そう!」

「私が持っているこれじゃダメですか!?」

「駄目だ、まず現在地が解らん!看板でもなんでもいいから、現在地が解る物を……!」

 

 私達はどうやら揃って極度の方向音痴のようでした。

 昨日この地に降り立ったばかりの頃は普通に森から抜け出せていた筈なのですが……。

 

……ですが、ユーノさん探索時にも公園内を随分と彷徨う事になってしまっていましたし……。

 

 方向音痴である事は確かな事実です。

 事実はしかと受け止めなければなりません。

 故に今も迷子なのも現実ッ……これは現実なのですッ……!

 

「せめて方角さえわかれば向かっていけるのですが……」

 

 何故私達が急いでいるのか、それは私達の使命を果たす為です。

 私達の使命は黒い魂の封印。

 こうしている間にもジュエルシードを狙った黒い魂が彼女達へと迫っているかもしれないのです。

 黒い魂達の目的はジュエルシードを得る事。

 では何故それを目的とした黒い魂が彼女達に迫るのか。

 それは黒い魂達も彼女達が主役となり紡ぐ物語を知るが故です。

 ジュエルシードを探す場合、時間がかかる事を厭わぬならばとても簡単な捜索方法が存在します。

 普段、ジュエルシードは発動せず封印状態を保っている為、例え足元にあっても発見する事が困難なのですが、

 

……物語の主人公であるなのはさん達を追って行けば自然とジュエルシードは現れます。

 

 恐らく黒い魂は彼女達の前に現れたジュエルシードを狙うつもりでしょう。

 地道に探すよりはそちらの方が確実なのですから。

 そうなれば、その時目の前に居るなのはさん達がどんな目に合うか解ったものではありません。

 だから私達はこうして急いでいるのですが、

 

「まさか2人とも方向音痴とは予想外過ぎました……」

「あぁ、俺もだ。オリヴィエは大丈夫だと思ってたんだが……」

「私もクラウスなら大丈夫だと思っていました。油断していましたね……」

 

 2人して沈痛な面持ちで俯きます。

 しかして救いの神はまだ私達を見捨ててはいませんでした。

 

「わっ!?」

「なっ!?」

 

 瞬間、私達の進路方向の先に立ち上ったのは1本の桜色の光柱でした。

 

「これは……!」

「えぇ、恐らくは……!」

 

 圧倒的な力の塊が天を貫いていました。

 そんな光景に驚愕の声を上げると同時、私達は再び駆け始めていました。

 

……あれは多分、クラウスの言っていたなのはさんの魔力光の色……!

 

 目的地は解りました。

 地面を踏みしめ、蹴る足先に既に先程の迷いはありません。最初から全速力です。

 生み出されるのは風を切る速度。

 そんな中、並走するクラウスは唐突に目を細めました。

 

「ユーノの霊圧が……消えた……!?」

「クラウス、どうしたんですか?」

「あ、いや、ちょっと嫌な予感がしてな……急ごう」

 

 確かに。もしかしたら既に黒い魂は彼らの下に居るかもしれません。

 もはや一刻の猶予も無い可能性は大いに有り得ます。

 故に私は手を伸ばしながら、彼の言葉に頷きました。

 

「はい!漸く見つけられたんですし、急ぎましょう!」

「……何故俺の手を握る?」

「飛んで行った方が速いですよね?」

「あ、ちょっ、飛ぶって何、待っ」

 

 すいませんと心の中で謝りながら、彼の制止を無視して私は地面を蹴ります。

 全身に力を巡らせ、虹色の光を全身に纏い、闇を切り裂き、更に宙に蹴りを放ち――飛翔を開始しました。

 




ここまで読んでいただいた方々には最大限の感謝を。

なんで投稿する度に文字数増えてるんでしょうね。(白目)
6000文字くらいで綺麗にまとめたい……。

何気に今回は難産でした……。
途中体調を崩してしまったり、親知らずと激闘を繰り広げていたせいというのもありますが。
ともあれ、今回は舞台裏回でした。
何やら主人公組のキャラクターが安定していないですね。むむむ。
まぁ、大人なのはさんの出所等は書けたので、それなりには満足を得る事が出来たのですが。
ただ急ぎで書きたいところだけ書いてしまったので、多少雑に……。

それと今まで書いた話を幾つか加筆修正致しました。
もしよろしければ、暇がある時にでも再度読んで返していただければ幸いです。

次回こそ毛玉決着編。
ご感想、ご要望等がありましたらお願い致します。

それではまた次回。
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