PHASE11 夢を忘れられる時間①
あんなことがあっても日常は変わりなく過ぎていく。
「お兄ちゃーん。早く起きないと学校遅れるよ」
悠里の声で目を覚ました。
俺は寝起き眼を擦りながらベッドから這い出す。
「また眠ってたのか」
それが普通とわかっていても、俺はあの鮮明な夢の現実を忘れられない。
眠るたびにいつ捕らわれるのかいつ殺されるのか、恐怖に侵される。お陰で気持ちいい寝起きの朝なんてないに等しい毎日を送ることになった。
パジャマを脱ぎ捨て、制服に着替える。
あのことがあってから、毎朝アリスのことを思い出す日々が続いている。
一週間なんの音沙汰もないというのに。俺はあれをただの夢と片付けられないでいた。
――あの日、俺はアリスに手を貸す約束をした。
それは俺の望んだことではない。
ただ俺の命と天秤に掛けられただけ。拒絶することなど出来はしない。
それにアリスの隙を突くためのその場しのぎの嘘。……という側面もあった。
決死の策もなんの成果も得なかったが。
いや、……あったのかな。
指で唇をなぞる。柔らかな感触は今でも鮮明に思い出せた。
あの時アリスに、『正義のヒーローとは言えないくらい悪役がハマってる』って言われたっけ。
どうして昔はあんなに正義のヒーローに固執していたんだろうな。
餓鬼だったから? そんなものかな。
今は悪役でもいいと思っている。
それは大人になったから。いや違うな、別になりたいわけじゃない。自分の命が惜しいのは誰だって同じだ。それに殺し合いなんて馬鹿なことを正気でやりたい奴なんてそうそういないだろ。
アリスを騙し討ちするような形で押し倒したのも対等な関係なら拒絶できると思ったから……。
拒絶。というのは、無理なんだろうな。アリスからの手紙には『参加拒否はできません。あしからず』とあった。
おそらく俺の意見なんて、初めから関係無いのだろう。
夢から逃れる方法なんて「眠らない」以外にないんだ。
ペニスちゃんは、夢幻世界には《参加者》しか踏み入ることができないと言っていた。
もし次があるなら俺はそこに《参加者》として放り込まれるのだ。
そして殺し合うことになる。
俺が誰かを殺し、俺は誰かに殺される。
「お兄ちゃーんまだなの? 遅刻だよ、遅刻!」
そういえば朝だったな。
俺は支度をした後、リビングへ向かう。
リビングでは全ての支度を終えた悠里が朝食を並べて待っていた。本当に出来た妹だ。
感心したものの、心なしか悠里は不機嫌そうだった。
「お兄ちゃん遅いよ! 学校遅刻しちゃう可能性が微増したよ」
「わざわざ待ってなくてよかったのに」
「いいじゃない別に、さぁ早く食べようよ」
遅刻遅刻と騒ぐわりには毎日手の込んだ朝食を作る悠里。サラダやトマトスープ、オムレツにミートボール。ベーコンのソテー。今日も食卓は華やかだ。
「このミートボールうまいな」
「えへへ、ありがと。なんてたって手作りだからね」
ミートボールって手作りするもんなのか? 料理下手の俺には分からなかったが、褒めてやると悠里の機嫌が良くなるので俺は口々に絶賛してやる。
この時ばかりは、あの夢を忘れることが出来た。俺はいつも笑顔を向けてくれる悠里に感謝しつつ朝食を噛み締めたのだった。
ちなみに褒めすぎが原因で調子に乗った悠里がデザートまで用意していたので、それが仇となって兄妹ともども遅刻する羽目になったのは別のお話。