俺の通う高校は、都内で中堅くらいのレベルの平凡な公立校である。
部活動などは誘われはしたが入部には至らなかった。
面倒というのあったが、先輩後輩といった上下関係が嫌だったのが主な理由だ。
「おはよーっす」
教室に入りながら、小声で軽く挨拶をして自分の席へとつく。
すでにホームルームが終わって一限目の準備をしているクラスメイトがちらほらいる。
俺が遅れてきたことを気にするクラスメイトはそんなに多くない。
入学して数ヶ月。友人関係を築くのに出遅れた感があるのは否めない。
俺の席は窓側の一番後ろというベストポジションである。
俺は今日もまたのんびりと校庭の風景を眺めながら一日を過ごすことになりそうだ。
チャイムの音が昼休みを告げている。
教壇に立っていた教師が号令を促し、授業を終えた。
同時にクラスメイトがおのおの机を動かしたり、駈け出したりと、とたん騒がしくなる。昼休みは学校で一番騒がしい時間と言っても過言ではない。
この高校では一時間という一コマより長い時間を昼休みに割いている。昼食を食べるだけでは消化しきれない時間だ。
その時間を遊びに使ったり、勉強に使ったり、部活に当てる者もいる。
好き勝手に出来る時間が多いのはいいことだが、俺のように学校で何をするでもないような暇人にはなかなか憂鬱な時間であった。
俺は鞄から巾着袋を取り出し、教室をあとにする。
ちょっと前までは優雅に昼寝をしていたんだが。……今はそれも出来なくなってしまった。
俺は屋上に向かった。
誰にも邪魔されず、静かに過ごしたい。
ここ数日は妹以外まともに口も聞いていない気がする。
屋上へは昇降口横の階段を四階まで上れば出入り口があるのだが、基本的に一般生徒には解放されていない。もちろん俺も一般生徒だから鍵なんて持っていない。
ただ、屋上への出入りは実に簡単だ。
その四階(といっても踊り場くらいの広さしかない)には窓がひとつある。鍵は内鍵であり、もちろん簡単に開く。
ちょっと高低差はあるが、なんなく往復出来る程度のものであり、これでは出入り口に鍵をかけている意味がないだろう。
俺はそこからいつも屋上に出入りしていた。
「屋上で自殺者がでれば学校の責任問題だろうな」
「それ以前に自殺者がでるだけで大問題ですよ。今は自殺大流行時代だからマスコミとかも大喜びでしょうね。そうなれば激しいバッシングなんかもあってあのくそうるさい禿げ校長の平身低頭謝罪会見が拝めるのでしょうか、それはそれで楽しそうです。ぜひ、死んでくれませんか、先輩」
つい独り言を言ってしまったのだが、普通に返事が返ってきた。それも饒舌に。
俺は今出てきた窓を覗き込む。
そこには良く見知った顔があった。
「いや、なんで禿げ校長の平身低頭謝罪会見を見るために俺、死なないといけないのさ。というか、俺死んだらそれ見れないからね」
「あ、先輩もちょっと見たいと思ってたんですね!」
「俺もあの偉そうな校長は嫌いだからね」
「好きな人なんていませんよ。だって『頭が高い』って素で言っちゃうような人ですよ。お前はどこの大名だよって突っ込まずにはいられません!」
「そういや俺も言われたな。擦れ違った時、生徒の分際で校長より頭が高いとは何事かって」
「そうなんですよ。あのちび禿げ校長、自分より背が高い人間を敵視してますからね。私なんてこの間、『目上の人間を見下ろすとは何事か!』って怒られたんです」
「もうめちゃくちゃだね」
「だから腹が立ったので、しゃがんで上目遣いで見てやったんですよ」
「しゃがまないと上目遣いすらできない校長の身長に問題があるよなぁ」
「そしたら何て言ったと思いますか!」
「『ウホッ、いい女。ヤらないか』ですよ! 気持ちが悪かったです」
「いやもうそれセクハラだよね」
「あ、そーですね。良く考えればセクハラに該当しますね。不純異性交遊ですよ! 裁判したら私勝てますか!」
「警察に言った方が早いと思うな」
「それは駄目です。パパが悲しみます」
「あ、お父さん○暴だっけ」
「うっ、先輩……警察さんでしたか」
「あー、業界用語か。違う違うテレビで見て知った言葉使っただけだよ」
「そうですか、よかったです。警察は嫌いです」
数少ない軽口を言い合えるような仲。
田縣芽衣。自称後輩で俺のもう一人の妹みたいなものだ。
知り合ったのは高校に入ってからだったが、この数ヶ月で先輩と慕われるようになっていた。ちなみに、あくまで自称なので実際のところクラスは違うがただの同級生である。
「そういえば、久しぶりだな」
「そうですね。最近は教室に行ってもいないのでどこにいるのかと探していました」
芽衣は見た目、まだ中学生という雰囲気を持つ少女だ。おかっぱの髪形は元気そうな芽衣に良く似合っていて可愛いらしい。
「そりゃすまんな。最近はここで食べてるんだ」
もともと出入り禁止の屋上だ。ベンチなんてものは端からないのでフェンスの縁に芽衣と並んで座る。
「ここ出てよかったんですか?」
「さあな。見つかったらまず間違いなく怒られるだろうけど」
「そーですかー」
「そういやなんでこんなとこにいるんだ?」
「階段で先輩を見かけたので付いてきたんですよ。最近、会えてませんでしたから」
なるほどね。
あの夢以降、若干情緒不安定だった俺は人との接触を可能な限り避けてきたが、どうやらそれは間違っていたらしい。
久しぶりこれだけ喋ると逆に色々なこと忘れられて気持ちが軽くなっていく。
俺は巾着袋から弁当箱を取り出した。話してばっかりだといくら長い昼休みとはいえ食べる時間がなくなってしまう。
もちろん、弁当は悠里のお手製である。
朝食であの凝りようだから、弁当の味は保証されている。
「お、おう。相変わらずおいしそうだね」
「まあ妹が作ってるからな」
「いいなぁ」
三食ご飯に始まり、豚肉炒め、卵焼き、ベーコンサラダ。カボチャコロッケにほうれん草のお浸し。全て手作りだ。
俺はのんびりと青い空を眺めながらそれらを味わっていく。
「そいいや、芽衣はなにも食べないのか?」
「今日はもう食べてきたから。これ以上食べれないよ」
「あ、そうなんだ」
昼休み入ってすぐここに来たはずだから、そんなに時間たってないんだけどな。
何時食べたんだろ? 早弁でもしたのだろうか。
「それじゃ、……あ」
もしかしたらダイエットとかか。
「うん? なーにー?」
「いやなんでもない」
それなら聞くのも失礼だな。俺はカボチャコロッケを箸で摘まみ、芽衣に差し出した。
「まぁ、じゃあお裾分けだ。これでも食え」
「あ、うん。ありがと。あー美味しー」
いやまあ俺がカボチャ嫌いなだけなんだけどな。うまそうでなによりだ。
こうして何事もない日常がまた一日と過ぎていく。
今日はちょっと楽しかった。人と話せること、一人じゃないってこと。
俺は夢が怖いのか。孤独が怖いのか。
それとも、こうやって続く日常が壊れていくことが怖いのか。
それを知るのはもうちょっと先のような気がした。
夢の少女、アリスはまだ現れない。