「おおぉ。ここが先輩の部屋ですか!」
「まぁな」
さて、俺の部屋へと無事来たわけだが。
「ちょっと家捜ししてきます」
「荒らしたら家から叩きだすぞ」
「了解です」
部屋についた彼女は、とことこと部屋の中を見て回っていた。
無言で食入いるようにしている芽衣。俺の部屋なんて、そんなに見る物なんてないと思うのだが。
やがて、今まで閉ざしていた口を開く。
「……普通、ですね」
感想としては至極まっとうな意見を呟く。
「他にもなにかイジれることないかなって思ったんですけど。ごめんなさい。なかったです」
芽衣は、申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
話のネタにもならないふっつーな部屋ですねと、遠回しに言われていた。
「そこまで言わなくてもいいじゃねーか!」
「すいません。ついつい本音が」
やれやれと呟きながら、俺はため息を付く。そもそも大掃除をして以来、物が増えていないのだから何もないのも当然だった。
「先輩おつかれですね。どうかしましたか?」
芽衣が心配そうな顔で近づいてくる。俺はそんなに疲れた顔でもしていたのだろうか。
「まぁ八割方はお前のせいなんだけどな。まぁそれを抜きにしても最近ちょっと色々あってさ」
「何かあったんですか? 良ければ話してください! ドーンと胸を貸しますよ!」
威勢よく胸を叩いて、上体をそらす。胸を貸すと言いたいのだろうが、貸せるほどのおっぱいではない(笑)
「そんな大して大きくもない胸を無理に張るな」
「なぜ人の親切を仇で返すような真似をしやがるのですか、先輩は」
芽衣は、頬をぷくーっと膨らませてこっちを見てくる。
「悪かった。本当のことでも言っていいことと悪いことがあるもんな」
お返しと言わんばかりに好き放題言う俺。
「先輩は、全く反省をしていません。変態です。デリカシーが無いです。変態です」
「何故に、変態を二回も言った?」
「彼女でもない可愛い後輩を、自室に連れ込む時点で十分に変態だと私は思うのです」
「そうですか、じゃあお帰り下さい」
「いえ、あのすいません先輩。私が悪かったです」
どうやらまだ帰るつもりはないらしい。……残念だ。
俺は「何も触るなよ」とだけ言い残し、二人分の茶菓子と飲み物をキッチンに取りに向かった。その時、確認したがまだ悠里は帰っていないようだった。
「あ、お帰りなさい」
「何もいじってないな?」
「いじってませんよ。先輩以外は」
俺はどうやら大人しくしていたらしい芽衣の前に茶菓子と飲み物を置く。芽衣は嬉しそうにそれを早速口に運んでいた。
それから俺はさっき言いかけた話を、夢の話を芽衣に聞かせてやることにした。
冗談だと笑い飛ばしてくれることを祈りながら。
「相談ってほどの事でもないんだけど、少し前におかしな夢を見てさ」
俺は、芽衣に夢であったことをかいつまんで話していく。
夢の世界があって、そこで殺し合いが行われていること。その殺し合いに次は俺自身が参加させられること、そしてそれを俺に伝えたアリスという少女の存在。
ペニスちゃんという誤解を招くような名前の女の子がいたこととアリスとキスしたことだけは伏せておく。話してもネタっぽくなるだけだし、女子に語るにはいささか恥ずかしい。
その話を聞いていた時の芽衣の顔は、いつものおちゃらけた雰囲気を感じさせない真面目な顔だった。ちゃんと親身に聞いてもらえているという実感、こんな非現実的な夢の話を笑い飛ばさない優しさを感じた。
「――そんな夢を見たんだ」
全てを語り終わった瞬間だった。まっすぐな眼差しだった芽衣が少し柔らかな表情を浮かべる。
――そして、それは突然だった。
突然、話を終えた俺の頬にすっと手が添えられる。
仄かな甘い香り。視界に映る細く華奢なその白い腕は儚い雰囲気を漂わせ、強く握ったら壊れてしまいそうで。芽衣はやっぱり女の子だと俺は意識せざる得ない。
目を逸らそうにも芽衣はそれを許さなかった。ずっと目を合わせていると、距離が少し近づいていることに気付いた。たぶん芽衣が身を乗り出しているのだろう。
普段の芽衣が見せたこともないような優しくも悲しげな表情だった。
その表情からはまだ確信を得られなかった。芽衣は俺の言葉を信じたのか、信じていないのか。鼓動が速くなる。
芽衣は身を乗り出すように俺との距離を詰めていた。今、俺と芽衣の顔の距離はわずか数センチしか離れていない。
俺は、恥ずかしくなって無理矢理顔をそらせようとしてしまう。
「逸らさないで」
俺は、何故か不思議と芽衣の言葉に逆らうことができなかった。
まるで、金縛りにあったように身体から力が抜ける。俺はもう抗う事も出来ない。
そういえばちょっと前にもこんなことがあった。――あれは夢の中、アリスとのキス。
またしてしまうのか。今度は芽衣と。
彼女の吐息が、俺の頬をくすぐる。芽衣と芽衣はお互いの瞳だけを見ているような状態だった。このまま、また俺はそれを受け入れることになる。
唇が触れ合うまでの間がすごく長く感じる。俺はいつ芽衣の唇を奪えるのだろう。それは男としての欲求なのか、この場の流れで生まれた欲求なのか。
俺は芽衣のことが好きだったのか。
彼女の瞳は、黒く澄んでいた。まるで深淵の様な深い黒。まるで、俺はその瞳に吸い込まれいてるようだ。
いや、本当に意識が吸い込まれいるのか? もちろん錯覚であって、そんなことは起こり得ない。だが、現実に今この状態を俺は何故か受け入れようとしている。
しかし、不思議な感覚は続いた。
まるで俺の中身をすべて見られているかのような。
俺は、ぼーっと見つめていた。本当にただ見つめているだけだった。
「おーい。早く戻ってきてくださーい」
ゴスッ。頭に鈍い音が響く。痛みはない。
はっと気がつくと、すでに顔を離した芽衣がこっちを見ていた。
キスはどうなったんだ?
「いつまでボーッとしているんですか? 少しアホみたいですよ」
「え、キスしたのか?」
した記憶がなかった。見つめ合って、見つめ合って。あれ、その後どうなったんだ?
「いやあの、何を言ってるんですか? 先輩はやっぱり私を襲う気でしたか。……いやまあ、その、キスしてと土下座でせがまれるのでしたら私もやぶさかではありませんよ? あ、でもその後は先輩がキス魔だということを学校中に触れまわることになるかもしれませんが」
「……」
「あのもしかして本当にキスして欲しいんですか?」
「はは、そんな訳ないだろ!」
記憶が抜け落ちている。……いや、違う。
キスなんて芽衣はしていない。俺はきっと何か一人で勘違いして盛りあがっていたいただけなんだ。見つめ合って、つい「こいつ俺に気があるんじゃ」みたいな勘違いをしてしまっただけなんだ。
「……?」
たぶん俺はいま十面相張りに表情がころころ変わっているのだろう。芽衣が不思議そうに俺を見ていた。
「すまん。ぼーっとしていたからびっくりしただけだ」
気が動転していたことを取り繕う。
「もう、しっかりしてください」
「ん。ごめん」
変な気を起こしていたことは誤魔化せただろうか。
「それでですね、どうでした?」
「なにが?」
「私が注入した精気です!」
なんかいかがわしい。と思ったら負けなのだろうか。
手でVサインを作りながらドヤ顔で言うので本人は全く気にも留めていないだろう。
どうやらあの見つめる行動は精気の注入現場だったようだ。
「精気はイマイチ実感ないが、少し話ししたら気が楽にはなったよ」
正直、見つめるだけの行動は誤解しか生まないと思うけどさ。あえて言わないことにしておく。