「ただいま~」
ガチャ。あれ、誰か来てるのかな?
「蒸し返すようで申し訳ないのですが!」
芽衣が唐突にそんなことを言い出したのは、夢の一件を話してから小一時間くらい経ってからのことだった。ちょうど暇つぶしに始めた格闘ゲームが一段落した時である。
「夢のことか?」
「いえす!」
とても流暢とは言えない英語である。
「実は私もそんな経験があるんです。でも今思い返すとあれは単なる悪夢だったのかな」
「どうしてそれをもっと早く言わないんだ」
俺は自分の置かれている状況に一縷の光が点った気がした。……俺は誰かに言って欲しかったんだ。「それはただの悪い夢」だと。
「それでその夢はどんなだった?」
俺は詰め寄る。ゲーム機のコントローラーなんか放り出して。芽衣にすがるように。
「おぉ、先輩っ!? そ、そんなまだ私たちには早いですよぉ」
「そんなこといいから、教えてくれ。それはどんな夢だったんだ!」
もう一歩。すでに距離はほとんどない。
「あう」
芽衣は驚いたのか上体から後ろに倒れた。押し倒したわけではないのだが、結果そのような形になってしまう。
「あいたたた」
「大丈夫か? すまん、本気で困ってたから気が動転しちまった」
ちょっと無理に迫り過ぎたかも知れない。いくら夢のことだとはいっても相手は芽衣だ有益な情報である可能性の方が低い。それなのにこんな正気を失ったように詰め寄ってしまったのはやはり俺が精神的にそれほど追い詰められていたからだろう。
「もう襲われちゃうかと思ったよ」
「悪かったって」
「でもやっぱり夢のこと、先輩がそんなになるくらい……なんだね」
芽衣がまた悲しげな表情を見せた。
また気持ちが暗くなる。
そんな俺の変化を察したのか、芽衣はおどけるように言う。
「せんぱーい、そこどいてくれませんか? 起きれません。そ・れ・と・も、このまま私は食べられちゃうのでしょうか」
俺ははっとした。今この状況はどうみても俺が芽衣を押し倒しているようにしか見えない。俺は慌てて上体を起こし、芽衣に手を差し伸べた。
「そんな訳ないだろ。色々と悪かったな気を使わせて」
ガチャ。
「いえいえそんなぁ。嬉しいです先輩!」
「えっ!?」
芽衣は俺の差し出した手を引いて、俺を巻き込みながら再び後ろに倒れたのだ。
俺は芽衣に蔽い被さるように倒れたことになる。
「お兄ちゃん、誰か来てるの? ……あ、あう、しつれいしあましてぇたあぁ」
「今、誰かいたよな」
俺は芽衣に被さったまま聞く。
「たぶん、ご家族の方だと思いますよ、先輩♪」
「お前、絶対わざとやっただろ!」
「あうあう、そ、そんな近くで大きな声出さないで下さいよ。息がかかってこそばいです」
芽衣に反省の色はない。というより今のこの状況を面白がっていやがる。
たぶん、さっきの声は悠里だろう。確実に勘違いしたことは去り際の慌てようでわかる。呂律がまわっていなかったからな。
「どうしてくれるんだ、これ」
「もう芽衣がお嫁さんになってあげますよ。それで無問題です!」
「じゃあここで抱いても問題ないな」
「ひゃあ、せ、先輩!」
俺は丁度よく手元にあった、そこそこ大きな脂肪の塊を揉んでやる。ふにふに。
「にゃぁああああああああああああ!!」
「案外大きいのな、お前」
さて、冗談はここまでにして。悠里にはどう説明するかな。
この家で悠里を敵に回すと食生活が急激にレトルト頼りになるからな。とりあえず俺は芽衣へのセクハラを止め、解決策を探すべく思案に暮れた。
ちなみに芽衣は俺のベットに身を埋め、しくしく泣いていた。「もうお嫁にいけない」とか言っていたが俺には関係のないことだ。
しかし、俺が最後にしたセクハラの仕返しは思わぬ結果を呼ぶことになった。
芽衣の悲鳴を聞いた悠里が包丁を持って俺の部屋に駆け込んできたのだ。
悠里の奴は俺が中学生を連れ込んで、いやらしいことを無理矢理しようとしていると勘違いしたそうである。
芽衣が中学生くらいに見えるのは仕方ないとして、俺は妹にそんな風に見られていたということが非常にショックであった。
「お兄ちゃんはロリコンだから仕方ないよね」
「先輩はロリコンだから仕方ないです」
こうして俺は一連の修羅場を経験したあと、悠里と芽衣には不思議な友情「ロリコン同盟」が結ばれ、俺はロリコンの二つ名を頂戴したのであった。
こうして嵐の元凶、芽衣は悠里に見送られ帰っていった。
どうして家に来たのか分からずじまいであった。
「そういや夢の話、聞きそびれたな」
俺は深いため息を吐いた。
「お兄ちゃん、ご飯出来たよー」
気が付けばもう日は傾いていた。夕飯は悠里の手作りだ。おいしそうな匂いを嗅ぎながら俺は一時でも夢のことを忘れていられた芽衣の気遣いに感謝したのだった。