男は、俺のいる方向に顔を向けていた。男の視線は俺の姿を捉えたようだ。振り返って、様子をうかがってた俺と目が合った気がした。
『みぃーつけたぁーっ!!』
男の狂気的な叫びが聞こえた。ヘルメットを被っていて表情は分からないのが余計に恐怖を加速させる。
残り数歩で終わるブロック塀を早歩きはじめた。
俺が振り返ってみると、男はおそらく背中に背負っていたであろうショットガンらしき銃を構えていた。
それと同時に、路地まで来た俺は塀から飛び降りる。その瞬間だった。
ドォーン!! ドゴーン!!
巨大な銃声とともに頭のすぐ真上で民家の壁が破砕していた。ギリギリ俺に当たることはなかったが、俺はその光景に恐怖と焦りしかなかった。
すぐに路地を駆け出す俺。
「早く……もっと早く走れ!!」
俺は、自分にそう言い聞かせながら走っていた。路地を抜けると、離れた所からバイクの爆音と奇声が聞こえる。
『HYAAHAAA!! 俺の愛車《ナイト=アロー》から逃げられないぜぇ! 仔ウサギちゃーん!』
バイクの男は、中二病全開のバイクの名前を叫びながらどんどん近づいていた。
俺は、すぐ近くの裏道へ飛び込んだ。
運がいいことに、俺の住んでいる地域は住宅が密集していて路地などが多い。ここを駆使して逃げればなんとか追いつかれないかも。
俺は、ひたすら走り続けた。
どれくらい走っただろう。今、俺は工場にいる。ここは、住宅地から抜けた所にある鉄工所跡だ。今はもう使われていない。
どうやら、住宅地の中の細い路地を走り続けてまくことが出来たようだ。バイク一台もまともに通れないような道ばかり選んだからな。
俺は、肩で息をしながら工場の入り口にもたれるように座り込む。ちょうどいい。ここなら中は広そうだ。どこかいい隠れ場所があるかもしれない。そこでただひたすら目がさめるのを待っていよう。
その矢先のことだ。
『そこのいるには分かってるぜ。気配でな。出て来いよ。なに、すぐに殺す様なつまらないことはしないからよ』
男の声とバイクの音。男は、すぐそこまで迫っていた。奴は本当に俺がここにいる事に気づいているのか?
いや、おそらくあの自信たっぷりな声色から察するに、おそらく本当に気づいているだろう。どうやら後はバッチリ追われていたようだ。しょせんは、逃げ切れるなど浅知恵だったということか。
男は、殺さないと言っているものの信用など出来るはずもない。俺は、気配を出来る限り殺しながら様子をうかがう。
『出てこないつもりか? まぁそれでもいいがな。ただ、ひとつ覚えておけ。でてこなければ命の保証はないし、殺すのに造作などないことを』
男は、クックックと喉を鳴らす。おそらく笑っているのだろう。このまま隠れていたとしても、俺はどの道殺されてしまう。なら仕方がないか。
俺は、両手を上げて男の前に出る。
「お、おいでてきたぞ。約束通り殺すなよ」
男は、俺の姿を確認するとヘルメットを外す。
イケメン風のチャラついた金髪で、両耳にいくつものピアスをしていた。鋭い目つきをしており、不敵な笑みを浮かべていた。
「いい判断だ。始めましてだな、仔ウサギちゃん?」
バイクに跨ったまま、俺を見下ろしながら突然語りだす。
言い得て妙だ。俺の姿はまさに恐怖に震えるウサギみたいなものだろうからな。
「なんで、俺を追いかけた?」
「今更な質問だな。まさか、この状況で俺が味方だなんて都合のいいヌルいこと考えてるわけねぇよな?」
「当たり前だろ」
「なら、一つしかないでしょう? 俺とお前がヤりあう理由なんてよ」
俺はどこかで否定したかったのかもしれない。この世界に居る時点で、味方なんていなかったんだ。
――参加者。
この三文字が俺の頭の中をよぎる。
「お前が《参加者》なら、俺を殺すのか?」
「まぁ、勿論そうなるわけだが……。それにしては、あまりにもお前がお粗末なもんだったからな。そもそも戦ったこととかあるわけ?」
「……ない」
「へぇ! なるほどね。それなら納得がいくわ。このまま殺すのもつまらねぇ。俺が特別に教えてやるよ、ゲームのルールって奴をな」
ずいぶん親切なことだ。俺のことを単にナメているだけか。どちらにしても隙は見せられない。腹くくらないと。
「ルール? 相手を殺せばいいんじゃないのか? 能力とやらを使って」
「そうだ。だけどな、能力といっても多種多様。殺傷能力のない能力を持つ能力者はどうやって殺しをやるつもりだ?」
言われてみればその通りだ。俺にいたっては未だ能力があるのかさえわからない始末。そんな奴がどうやって戦うというのか?
男は続ける。
「この世界に来たとき、能力者には能力とは別に《特典》を与えられる。そいつは、ランダムで与えられる為誰にどんな《特典》が与えられるかはわからないがな。というかこの世界に来た時説明を受けたはずだぜ?」
まさかそんな重要なルールが会っただなんて……。アリスもペニスちゃんもそんな事一切言ってなかったが。忘れていただけなのか。否、あえて言わなかったのか。
「俺の能力は、《暴走輪》ストーム=ライダー。バイクを自在に操る能力。そして《特典》がこの銃だ」
「なるほど……。でも何故俺にそのことを教えた? 教えずにさっさと殺したほうがアンタ的にはいいんじゃないのか?」
男は、腹を抱えて急に笑い出す。
「HYAAHAAAA! こんなド素人以下の奴に勝っても俺の汚点になるだけでちっとも面白く無いからなぁ。狩り甲斐があるように肥えさせているだけさ」
完全に俺を見下す態度。分かってはいたが俺を舐めきっている。
「さて、お話はここまでだ。最後にお前に教えてやる。お前を殺すこの俺の名を。この俺こそバイクで校舎を乗り回し、喧嘩最強を欲しいままにした最強の男・八坂のタクだ!! フーッハッハッハ」
妙な高笑いを上げながら、八坂とやらはいきなり自己紹介をした。
というか、バイクで校舎乗り回しってなんだよ。喧嘩最強をほしいままとか言ってるし。コイツは関わり合いになったらダメな人だ。
死に対する恐怖心よりも、もっと別の恐怖を抱いてしまいそうだ。薄気味悪い奴。
「さて、そろそろおっぱじめようぜ。と言いたい所だが、ハンデをくれてやる。仕方ないから一分待ってやるよ。さぁ走れ! 存分に俺を楽しませな」
俺は奴の言葉に、恐怖しかない。だってそうだろ? 八坂は、いつでも俺を殺せると言っているようなものだ。
「おいおい。ゲームなんだぜ。もっと気楽にやろうや。早くしないと一分が来るぜ」
「俺は、お前のようにゲーム感覚で殺しなんてできない!」
とにかく、今は逃げるのが先決だ。
バイクで来れないようなところに行くのが無難だろうな。
俺は、工場の内部の方に走っていった。奥に行けばバイクではさすがにこれまい。
時間は無情にもすぎる。一分はすぐに来てしまった。
「一分だ。そろそろ行くぜぇ! 狩りの時間だ! IT’S SHOU TIME!!」
八坂の声が聞こえ、エンジンの爆音が響き渡る。とうとう動き出すようだ。
今ここに、俺の最初の戦いが始まるのだった。