俺が夢に落ちてどれだけの時間がたっただろうか。
だんだんと頭が覚めていく。
「んっ……、ふぁ~」
大きな欠伸をかきながら目を覚ます。
俺の体の動きに、ベッドのスプリングが大げさな音を立てて軋む。
俺は、最初に飛び込んだ視界に我が目を疑った。
「何だよ……ここ」
ここは自分の部屋だ。間違いない。
しかし違うのだ。
目に映る家具の並びや、部屋の間取り。それは、数ヶ月前に大掃除して以来変わらぬ俺の部屋である。
しかし、視界に移る物という物は灰色がかった無機物な色をしていた。
いや違う。
これらは、色が無いのだ。
色が無い灰色の世界。俺の中にある残る中二病の残滓が生み出してしまった奇天烈な夢なのだろうか。
はたまた俺の目が色覚異常を起してしまったのか。
いや、後者は違うだろう。これは夢に違いない。
根拠の無い自信に確証を得るべく、試しに顔を抓ってみた。
「痛ってぇぇぇっ!!」
痛い。痛いよ! 強く抓りすぎてしまったか?
いや、夢なら程度の問題など関係ないはずだ。
なぜ、夢の世界で顔が痛いのか。
漫画やアニメに由来する王道的な展開なら夢の世界で痛みなど感じないはずだ。
想像上の空虚な情報ではあるが、逆に夢の中で痛みを感じるというのもおかしい。夢はあくまで意識の内でしかなく肉体に痛覚など存在しえないからだ。
しかし、目が覚めないのは困るな。
覚めないと飯を食いっぱぐれてしまう。
前に夕飯前に寝てしまったときは、ものの見事に全て片付けられていた。
俺に用意されていた夕食は何処へ行ってしまったのか? 多少疑問の残る出来事だったのでよく覚えている。悠里がそんなに食べている姿など余り見たこともないのだが。
どちらにせよ、このよくわからない夢から早く目を覚まさなければ、俺の食事が大変なことになることは確かだ。
しかし……、こんな夢の中でまで食事の心配をしてしまう俺はちょっと滑稽だな。
され、どうやって目を覚ましたものか。そんなことを考えていた時だった。
「ねー、キミも参加者かなぁ?」
どこからか聞こえてきた声のほうに顔を向ける。
俺の視界に、ツインテールの栗毛をした目付き尖った女の子が目に映った。
その姿は、小柄で世間一般で言うところの幼児体型というやつだ。
見た目だけならば小学生に見えなくもない少女は、窓一枚を隔てた、我が家の屋根の上に立っていた。
「誰だ? ここは俺の夢じゃないのか」
見知らぬ少女。それはここが夢でない可能性を示唆している。……いやまだ、そう決めつけるのは早計だが、『俺』の夢に出てくる登場人物にしてはその少女は異質だった。
俺の身体は間違いなく震えている。恐怖……に近い衝動。
少女は特徴的なツインテールを左右に揺らしながらクスッと笑う。
「何にも知らないんだ。教えても良いけど、どうせ意味ないよね」
その子は、にっこりと笑みを浮かべた。
「だって、ここで死ぬんだから」
その言葉の意味を俺の脳が理解するより先に、少女の影から無数の黒い線が平面から立体へと形を変え、俺の視界を埋め尽くし、俺を捉えていた。
逃げる。そんなの不可能だ。
避ける。そんなの不可能だ。
戦う。そんなの無理だ。
力が抜ける。まるで俺はここで死ぬみたいじゃないか。
これは夢だったんじゃないのか。
黒い線が無数に降り注ぎ、ありとあらゆるものを破壊し、ここは俺の部屋だったと認識できないほど壁からなにまでずたずたに引き裂かれた。
まるで爆撃でもされたように。
見る影も無く崩れ去った部屋の中、俺はなぜかそれを見ていることしかできない。
このまま俺は死ぬしかないのか?
そもそも俺は生きているのかすらわからない。これが夢なら覚めるだけ。あの黒い線に貫かれたとき、それが分かる気がする。
きっと、悠里が夕食を作って待っているはずなんだ。
ズグゥ。
俺の腹をその黒い線が抉っていくのが見えた。