それで結局、俺は死んだのか?
暗転した視界の中で、胃液と血液がミックスされたような血生臭い汚物が俺の喉を逆流して吐き出されたのがわかった。
意識はある。
どうやら俺は、もとは家の一部だった粉塵の中に倒れたようだ。
「はぁあ~」
溜息を漏らし歩み寄ってくる少女。屋根上に立つ、少女の歩みを阻むものはなにもない。
木片と化した家の残骸が散らばっているだけ。
ただ俺が気付いたのは少女の目線が這いつくばる俺より遥か上にあることだった。
何か、俺の後ろを見ている。
俺は抉られた腹を押さえ、息を殺す。
俺は自分が生きていたことより不思議な現象に疑問を抱いていた。
俺は腹を押さえた。
そこにべっとりする血の感触があるからだ。
色彩のないこの空間で血の痕跡はその感触でしか判別できない。まるでそこに闇があるようにただただ黒で満ちている。
不気味だった。それはこの世界の異常性をより引き立てているのだから。
異常? ……まさか、俺が色覚を失っているだけなのか……。
ふと、俺の脳裏にある光景が浮かぶ。
――いや、色彩はあった。
そうだ、あの少女は色を失っていなかった。
栗毛の髪、白い肌。そして謎の黒い線……。疑問は尽きない。
ただ、俺の血はただただ黒いまま。
血が身体から流れる感触。べっとりと衣服を汚す気持ち悪さ。触れることも躊躇うほどはっきりと空いた穴。……しかし、呼吸は乱れない。意識は保たれている。
どういうことだ。
どうなってるんだ?
痛みをまったく感じないなんておかしいだろ? 腹に穴のあいた人間がどうしてこんな平静を保っていられるんだ? 俺はもう死んでいる?
なら、どうしてさっき顔を抓った時、痛みを感じたんだ?
これは夢だから……、俺はすでに死んでいるから……、違う。
考えてみれば、じゃあなんで俺はたったいま殺されようとしているんだ?
思考の行き止まり。
いくらでも仮説は立てられるだろう。ただそれは辻褄合わせの仮説止まりだ。
わからない。
ただ、このまま何もしなければ、あの少女に間違いなく消される。
余りにも突飛ないことが続く中で俺はまず生き抜くことを優先すべきだ。
もしこのまま、消されてしまったら。
『これは夢でした』
なんてオチが用意されているなんて上手い話があるわけがない!
僅かな時間の中で俺は最善の答えを導くことは出来なかった。それでも、これが夢であろうとなかろうと、俺はこのまま全てを受け入れてはいけないと思った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は力の限りを振り絞り、立ち上がった。
抉られ腹に力が入らない。こんな場所で腹筋の大事さに気付かされるとは思わなかった。
「あらら、立っちゃったら」
「殺されに行くようなものでしょうに」
ツインテールの少女とは別に、後ろから女の子の声がした。
一瞬、血の気が引く。
俺は震える足で後ろを振り返った。
「こんにちわ。う~ん、どちらかというと初めましてかな」
ツインテールの少女と違い、その女の子は気さくに挨拶を求めて来た。
「は、はじめまして」
その少女にも色彩があった。
腰まで伸びた白髪。色彩のないこの世界では太陽の光のように眩しく感じられた白いワンピースを纏った、どこかの令嬢かと思うくらい清楚な佇まいの少女だった。
「お元気だったかしら、正義のヒーローさん?」
白髪の少女は俺をそう呼んだ。