「ようこそ、いらっしゃいました。―-ナイアガラの楽園へ」
薄ぼんやりとした視界。
声の主はさておき、ここは夢だ。
今度は容易に理解できる。
眠りに落ちるまでの思考が、継続的に今に続いているからだ。
それにアリスの言葉もある。アリスは俺と再び会うことを規定事項のように語っていた。それは俺には避けようのないことだろう。
俺はまだこの夢がなんなのか理解できない。だから眠りとともに訪れる夢を避ける術は・・・・・・、寝ないこと以外に思いつかない。
それにはまず、起きなければいけないんだが。
―ーそう、ここはすでに夢の中だから。
「さぁ、早く早く起きるのです! 現実から目覚めるのです! 現実から目を逸らして今ある夢を受け入れましょう。そうすれば楽園が、ナイアガラが見えてくるの!」
「・・・・・・」
ばんやりした視界が、なんかえらく後ろ向きな発言で晴れ晴れとひらけてしまった。
あと、思考が一時停止した。
「無言はよくないの。起きてるなら起きてるって言って欲しい。恥ずかしいから」
どアップの顔が俺の視界を埋める。
どこかで見たことのある顔・・・・・・。うぐっ。
腹のあたりがやけに圧迫され少し苦しい。どうやら仰向けで寝ている俺の腹の上にこの少女が跨っているみたいだ。
「おい、誰だお前! 重いからどいてくれ!」
「やです」
少女は綺麗な黒髪を揺らしながら俺の腹の上で跳ねている。
「女の子に重いとか失礼です。それに憶えてくれていないとかショックなのです!」
跳ねる跳ねる。そりゃもうぴょんぴょんと。
おかげで胃酸が俺の食道を逆流して喉が痛い。肺も圧迫されているのか呼吸がまともにできない。このままじゃ・・・・・・。
「ぐぶ、ぐび・・・・・・、ま待って死ぬ、死ぬ!!」
「死なないです、夢だから。さっきも死ななかったはずですよ?」
「えっ」
さっき?
前の夢で確かに俺は首を落とされた、普通なら即死だ。じゃあ死ななかったのは・・・・・・、あれが夢だったから。
でもそれを知っているのはアリスだけじゃ? いや、まだそれは断言できない。アリスだって俺のことを知っているようだった。他に知っている者だっている可能性はあるはずだ。
それにこの少女は『憶えてくれていない』と言ったのだ。俺の知る人物・・・・・・。
「お前は誰だ」
俺は問いを繰り返す。
でも、たぶん俺は答えに気付いてしまっていた。
「ペニスです」
「やっぱり、アリスだったのか、っ!?」
ペ、ペニスと言ったか?
「いえ、ペニスです」
「な、ななな・・・・・・っ」
「そこで照れないでもらいたいのです。このピュアボーイ」
俺はもう苦しいのと恥ずかしいので顔面真っ赤であった。なんともはや、こんなことで意識が遠のくとは・・・・・・。
「と、ということで・・・・・・ペ、ペニスちゃんはアリスの双子みたいなものでいいのかな?」
「いちいち噛まないで欲しいです。まあ認識はそんなものでいいの」
意識が戻った俺は対面するように座り、ペニスちゃんに説明を受けていた。
余り踏み込んだ説明ははぐらかされたが、アリスの部分的意思伝達回路であるというペニスちゃんはこの夢という世界の構造を掻い摘んで説明してくれた。
まず今居るこの夢は、本当にただの夢。
非現実的夢世界。
この世界には色覚があり風景がある。起こりえる事象と風景はその夢を見ている本人の心理的要因で変化するらしい。
ちなみに今はペニスちゃんの夢の中ということで一面のアジサイ畑になっている。
そして、あの色彩の失われた現実のような夢。
夢幻世界。
アリスが行っている遊戯《アリスゲーム》とペニスちゃんは言った。その舞台。
現実をモチーフにした仮想世界で夢であって夢でないもの。
夢幻世界には《参加者》しか踏み入ることが出来ないらしい。
アリスはどうやら俺をそのゲームに参加させることが目的らしい。
「だいたいわかったよ。ありがとう」
「いいの、これもアリスにお願いされたことだから」
ペニスちゃんは黒髪を揺らして微笑んだ。その容姿はアリスそのものだった。
双子と言ったが、髪の色が違うだけで本人じゃないかと俺は思っている。
部分的意思伝達回路というわけの分からない説明と変な名称。ただ、わかるのはさっきまで感じていた殺伐とした気持ちが多少落ち着いていたことだった。
そういや、最初に言ってた『ナイアガラの楽園』てなんだろう?