アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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1日目の終幕・教師の苦悩

 生い茂る木々の枝は天を隠すかの様に、緑色の葉が着いた枝を広げる。その葉の隙間から降り注ぐ月光が、泉の顔をぼんやりと薄く照らす。

 その表情は、何時もの様に巫山戯(ふざけ)ているかの様な様子は見えずに、全身を痛みという剣で貫かれているかのように、苦悶(くもん)の表情を浮かべていた。女性の様に、柔らかく(つや)のある黒い髪からは、汗が(したた)り落ち、地面を(かす)かに湿らせる。

 息は全速力で走った後の様に、ひっきりなしに細かく呼吸をしている。その呼吸に合わせるかのように、心臓の鼓動も太鼓を打ち鳴らしているかのように激しく脈動(みゃくどう)している。地面を一歩一歩踏み締める足も、どこか覚束(おぼつか)なく杖を持たない老人の様に細かく痙攣(けいれん)している。

 これらは(ひとえ)に、”黒”のバーサーカー(フランケンシュタイン)と戦闘した時に使った魔術の代償によるものだ。衛宮の一族の血を持つものしか使えない、時を操る魔術。その代償は、本来の使い手である衛宮の者でも、体内の時間を操作するという無茶な行為のフィードバックによる苦痛が(ともな)うのだ。そんな魔術を、泉は()()()()血族だとか、魔術回路だとかそういったモノらを一切無視して使っているのだ。

 更に言えば、投影魔術によって投影したモノ。それによる代償の方が大きいだろう。お陰で魔術回路の数本が焼き切れ、使い物にならなくなった。魔術回路が焼き切れる時には、全身に凄まじい苦痛が走ると言うが、成る程確かにその通りだった。泉は精々が全身を針で貫かれたぐらいにしか思っていなかったが、とんでもない。それ以上の苦痛だ。

 

「……ま、それでも死ぬ時よりはマシなんだけどね」

 

 泉はそう呟きながら、目的の場所に辿り着いたのを確認する。

 彼の目の前には、周囲の木々よりも一段高く、太い一本の巨木が大地に根を張り、その太い幹に苔を生やしながら物言わずに存在していた。周囲の木々よりも、永い間そこに存在していることは明らかだった。その証拠に、ほんの僅かに木に神秘が宿っていた。……それでも、魔術の触媒に使えるかどうか、といった微々たるものだったが。

 それでも、周囲を見張る結界の基点とするには、泉にとっては充分であった。尤も、その結界も魔術を(かじ)っている者にとっては、容易(たやす)く破壊できるものだっったが。それでも、近くに魔術師がいる事を(しら)せるには充分なものだ。

 泉は結界に綻びが無いか確認して、その木の根本に崩れ落ちるかのようにして座る。幹に背を任せて空を見上げる。

 雲一つ無い夜空には、ぼんやりと光り輝く黄色い月が夜のルーマニアを照らしていた。

 

「ムーンセルとか、やっぱあるのかなぁ」

 

 その月を見た泉は、ふとそんな事を呟いた。この聖杯大戦が終わったら月に行くのも一興かもしれない。そんな事を思いながら、体を蝕む苦痛に歯をくいしばる。

 

「あー……ダサい……」

 

 泉は先程の戦い……これまでの己の行動を見返し、そう評した。

 

「なんなの……いかにもラスボスっぽい事とかしていたのに、このザマとか……馬鹿じゃないの」

 

 ……いや、そこはバカァ? かな。と笑いながら、自虐(じぎゃく)気味に苦笑する。そして遥か遠くの空に浮かぶ月を眺めながら、周囲を吹く風の音に耳を()ます。風の流れが乱れる。様子からして1人の人物がこちらに向かってきているかのようだった。

 結界にはその存在はかなり前から触れていた。そして泉が近くに来たのを認識して、此方に駆け寄ってきたのだろう。

 

「随分と苦戦した様だな。というか、汝はアレか? 馬鹿か? 現代の魔術師がサーヴァント相手に、戦い勝利できる訳が無いだろう」

「辛辣だねぇ」

 

 泉が使役するサーヴァントである、”赤”のアーチャー(アタランテ)は眉を(わず)かに(ひそ)めて泉に言う。

 ……それも仕方がないだろう。サーヴァントというのは、英霊……その(ことごと)くが人知(じんち)を超えた存在なのだ。そんな存在に、現代の魔術師が(かな)う訳が無いだろう。仮に勝利できると言うのならば、それは根源に辿り着いたのを存在か、魔術師の域を逸脱した”魔法使い”でしかあり得ない。

 例えどれだけ優秀であろうが、魔術師の域を出ない人間がサーヴァント相手に正面きって戦い、勝利できるわけがないのだ。

 幾ら”赤”のアーチャー(アタランテ)が獣に近い倫理観──弱肉強食の思念を持っていても、流石に泉のした事は矢張り無謀でしか無い。

 

「ま、確かにちょっと無茶だったかな」

 

 泉は”赤のアーチャー(アタランテ)の風に揺れる耳と、尾を悟られないように眺めながら言う。

 

「今日使った魔術って使うのこれで2回目だし、やっぱりリスクとリターンが見合ってないね。

 けど、大丈夫さ。だって、死ななきゃ大丈夫! 死んだら何も出来ないけれど、生きているんだったら如何(どう)にでもなるさ。──それこそ、何でもね」

 

 そう言った泉の目は、洞察力のある者ならば狂気が含まれているかのように見えただろう。それは無論、”赤”のアーチャー(アタランテ)も見破っていた。

 だが、それについて追求はしなかった。したところでのらりくらりと、はぐらかされるだけだろう。

 それに、己のマスターの異常性など、今更の事だ。敵のサーヴァントの真名や宝具といった、聖杯戦争において(かなめ)となる情報を、あっさりと見破るのだから。

 ……だが、どうあっても願いを叶えたい”赤”のアーチャー(アタランテ)にとって、それは厄介と言うよりは寧ろ有難い事だ。敵の事を一方的に知れるというのは、それだけで重大なアドバンテージなのだから。利用できるのならば、存分に利用せずにどうするものか。

 

「……まぁ、汝が良いのならば、私はとやかく言わん。だが、そう簡単に死んでくれるなよ?」

「死ぬ? 大丈夫さ! ボクはそう簡単に死にやしない。自分のユメを叶えるまでね。……あぁ。勿論叶えた後も存分に生きるけど!」

 

 泉はそう快活に言った後、”赤”のアーチャー(アタランテ)の姿を眺めながら言う。

 彼女の所々に擦り傷が出来ており、服も数カ所破れている。その姿は見ているだけで痛々しかった。

 

「……取り敢えず、今日は霊体化してくれないかな? お互い回復したいし」

「了解した。……最後に聞かせてもらえないか」

「ん? 何かな?」

 

 ”赤”のアーチャー(アタランテ)は泉をひとしきり眺めた後、(かぶり)を振る。

 

「……いや、矢張り後で良い」

「そう?じゃお休み。余り動かないでくれると嬉しいな。

 明日になると魔力もある程度回復するし、キミも回復させる事も出来る。……今すぐ回復させたい所なんだけど、今日は限界かも。ゴメンね……」

「問題無い。これは私の失態だ。舐めておけば治る」

 

 そんな彼女の発言に泉は”いやナニソレ。傷になりたい……というか、舐めている様子を眺めていたい……”と思いながらも、矢張り今日は限界であり、最早これ以上録に動く事も出来ない。使い魔を使用する事も出来ない。精々が結界を維持するだけだ。その事を悔やみながらも、目を閉じる。

 

 

 

「……寝たか」

 

 ”赤”のアーチャー(アタランテ)は、年齢の割に小柄な体を木に預け、規則正しく胸を上下させている己のマスターの様子を見る。

 その寝姿は、どう見ても何処にでもいるような、(ただ)の少年のそれであった。

 だが、”赤”のアーチャー(アタランテ)には如何しても気になる事があった。

 それは通常ならば気付く事も無い、彼の異常性についてだ。サーヴァントと正面きって戦い、ボロボロになりながらも生還しているという、その強さだけでも魔術師としては異常なのだが、そういった異常さではない。

 彼女が彼に召喚されてから、まだ片手で数える程の日数しか経過していないが、それでも泉の異常さを理解するには十分な時間だった。

 まるで恐怖心というような感情が存在しないかのように、正面きってサーヴァントと戦う。それだけならば、所謂(いわゆる)“頭のネジが外れた人物”という評価だけで済ますことができるだろう。だが、やはり()()なのだ。それは常人では気づかないような、微かな違和感でしかない。だが、やはり狩人である彼女の観察眼、そして獣の如き直感は、泉の異常さを感じ取っていた。それが具体的に何かと示すことは出来ないが、矢張(やは)り異常なのだ。

 

「汝は……」

 

 “赤のアーチャー(アタランテ)は眠る泉の耳に届くはずのない微かな声で呟く。

 

 

 

 仕事机にしては高級感溢れる上質な木材に、これまた腕利きの職人によって掘られた上質な彫刻が刻まれていた。その机の上には、魔術の教科書や、安物の魔術書、果てにはただの書類といった紙が乱雑(らんざつ)に積み上げられていた。

 ふと目を他所(よそ)にやれば、ガラスケースの開閉式の扉が付いた棚の中には、基本的な魔術道具が整然と整列されている。その魔術道具に混じって、この部屋の主の“妹君”の趣味であるティーセットや、ゲームソフトのパッケージといった物が並べられているのは、ご愛嬌(あいきょう)だろう。

 その部屋の主であるロード・エルメロイⅡ世は、薬を摂取(せっしゅ)しても(なお)、襲いかかる頭痛に(さいな)まれながらも己の教え子がやらかした()()に対処する為の作業をしていた。

 とはいえど、その作業も各方面の人物に関する手回しや、時計塔の派閥争いなどに影響が及ばない様にするだけのものであり、残りはほぼ形式的な文書を各方面に提出するだけのものだったが。

 だがそれでも、矢張り彼の頭痛が収まることはない。

 

「あの馬ッ鹿野郎が……! 帰ってきたら、どうしてやろうか!!」

 

 エルメロイは八つ当たりと言わんばかりに、彼の生徒の中でもフラットと並ぶ()問題児の泉の残した手紙を机の上に叩きつけるかの様に置く。

 その手紙の内容は、簡素に言えば『聖杯は必ず持ち帰るので、大丈夫ですよ』といった様な物であった。確かに彼の実力ならば、聖杯大戦を生き延びることも……油断さえしなければ確率は高いだろう。とはいえどだ、今回泉が参加した聖杯戦争は、そこらの贋作の聖杯による聖杯戦争とは訳が違う。

 ユグドミレニア一族が意図的に流出させた情報を元に造られた聖杯は、そのどれもが本物(オリジナル)に届かない贋作である。その贋作による聖杯戦争ならば、エルメロイの生徒が参加したとしても、こうして頭痛に悩まされる事はないだろう。

 だが、今回はわけが違う。泉が参加した聖杯大戦の聖杯は、オリジナルの聖杯だ。それに加え、戦う相手は時計塔に離反した一族。実力的な面から見ても、政治的な面から見ても、この大戦に泉という、時計塔ではエルメロイの一生徒である人物が参加するには、相応しくはないだろう。

 故に問題となり、エルメイロイは彼方(あちら)此方(こちら)を奔走した訳だが……

 

「何とかなったのは、やはりあのバカが過去の亜種聖杯戦争で勝利している、というのが大きいか……」

 

 エルメロイは椅子に腰を落ち着けながら、過去の記憶を思い返す。

 泉は過去に聖杯の贋作による聖杯戦争……所謂(いわゆる)“亜種聖杯戦争”に参加し、見事他のサーヴァントとマスターを退けて勝利したのだ。

 その際に泉が召喚したサーヴァントのクラスは、アサシンだという事は判明しているがそれ以外に細かいことは解らない。強いて言うならば、他のマスターが3流、4流の域を出ない魔術師であり、召喚されたサーヴァントも、それほど強い者ではなかったというのが大きいだろう。

 その際に泉が願った事は、“とある英霊の触媒”を泉の手のものにするというものだった。……最も、それらは泉の口から聞いた物であり、何一つ正しいと確証は持てない。

 そもそも、聖杯戦争に英霊の触媒を願う魔術師など居ない。願いを叶えるという事は、亜種とは言えど聖杯を使用する権利を勝ち取ったという事なのだから。それこそ、根源に達する事は不可能でも、魔術刻印の増幅や、高値の魔術書を入手する事だって出来る。態々(わざわざ)英霊の触媒を欲するというのは、理解できなかった。……いや、この亜種聖杯戦争が蔓延る中、強力な英霊の触媒を金額にするとかなりのモノになる。金が欲しい、という理由で触媒を願うとしても、それならば直接聖杯に金が欲しい、と願えばいいだけの話だ。

 だが、今ならばその英霊の触媒が、何の英霊の触媒だというのかは理解できる。そして、何故英霊の触媒を願ったというのも。

 そう。泉は最初から聖杯大戦に参加する為の下準備をしていたのだと……

 

「何を馬鹿な……」

 

 エルメロイは荒唐無稽な自分の考えを、鼻で笑うが矢張りそうとしか思えない。

 聖杯大戦の開催地であるルーマニアには、三流魔術師に令呪が発現しないように魔術師の入国規制が()かれていた。だが、泉はその入国規制の網をあっさりと通り抜け、ルーマニアに入国……もとい侵入した。その手口は実に周到で、(あらかじ)()()()の人物を用意していたという。

 そもそもの話、可笑しいのだ。泉に令呪が発現するという現象事態が。令呪は通常ならばサーヴァントを召喚した時に宿るか、聖杯によって選ばれて宿るかなのだ。だが、泉が聖杯に選ばれた、というのが理解できない。

 聖杯があるルーマニアとイギリスの距離はお世辞にも近いとは言えず、幾つかの国をまたいでいる。例え聖杯が選ぶマスターに距離の制限が無いとしても、泉に聖杯を求める程の大層な理由などエルメロイの知る限り──

 

「……いや、一つだけあったな」

 

 エルメロイはまたもや襲いかかる頭痛を鎮めるため、机の引き出しの取っ手に手をかける。開けた引き出しの中から一つの(びん)を取り出す。そのビンは泉が調合した頭痛薬であり、他の頭痛薬よりも気に食わないほどに効能が高いのだ。中から取り出した錠剤を二粒、口の中に放り込む。

 実に頭の痛い話である。頭痛をもたらす原因が作った頭痛薬で頭痛を(おさ)めるなどというのは。

 兎も角、エルメロイには一つだけ心当たりがあった。

 

『彼女の耳を! 尻尾を! というか全身をくまなくprprしたいです!』

 

 聖杯大戦に行く前に、彼が言い放った言葉を思い出す。彼が聖杯を──正確にはサーヴァントを──求める理由など、これぐらしか思い当たらなかった。

 ギリシャの女狩人として名を残したサーヴァントであるアタランテに出会うに、聖杯に参加して召喚するしかない。彼の欲望が令呪を招き寄せたというのか。

 

「ファック! 断じて認めんぞ!!」

 

 エルメロイはそう言いながら、(しわ)のよった眉間に指を当てる。

 だが、それは良い。最早そういう事について考えるだけ不毛だ。そもそも日本人(ジャパニーズ)のオタク共の欲望は計り知れないのだ。泉もその一種なのだろう。と強引に結論づけたエルメロイは、改めて思考する。

 

 果たして泉が聖杯に何を願うのかを。

 

 正直言って、エルメロイの観察眼を持ってしても、泉という人物どういう人物なのかが一向に理解できない。表面だけならば、おちゃらけた人物ではある。だが、その深淵に潜む感情。それが解らないのだ。

 始めて泉と出会った時もそうだった。まるでエルメロイの事を、モナ・リザといったような美しい絵画を鑑賞し、ゲームやアニメを眺めるかのような、どこか無機質な目線をしていた。それはほんの一瞬ではあるが、よく覚えている。そのほかの時にも、同じような目をしていた。

 まるで、遥か高みから脚本を知り尽くした人形劇を眺めるかのような目線で……

 あの様な、全てを知るかのような目をした人物は、エルメロイの人生において泉一人しか居なかった。

 あれではまるで、『  』に到達したかのような……

 

「何を馬鹿な」

 

 エルメロイはその思考を遮断する。そんな事は有り得ないだろう。泉の魔術の腕は平均以上と言えるが、それでもどちらかというと器用貧乏……とは言えないが、それでも一つ一つの魔術は、その道を極めんとする魔術師には敵わない。だが、矢張り気にはなる。泉が聖杯に何を願うのかが、教師としてでもなく、ロードとしてでもなく、ただの一個人として気になるのだ。

 エルメロイは背もたれに身を預けて、目を閉じる。これからやってくるであろう、更なる無益な会議や獅子劫の定期報告の為の体力と精神力を蓄える為に。最後に一つだけ呟いて……

 

 

 

「何故──▅▂▅▇▂▅▂▅?」


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