アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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最初の方は、少しばかり時系列が下がります。ご承知くださいませ。




ホムンクルスの脱走

 頭髪と肌はまるで産まれたての赤子のように真白でありながら、その双眸は、力強く流れる血液の様に、決して燃え尽きることのない意思の炎の様に赤い。彼はまだ産まれて(製造されて)間もないホムンクルスだ。

 アインツベルンの、未知に等しい高等な技術を流用して製造された為か、同じ方法で、同じ水槽で、同じ時期に造られたホムンクルスとは比較にならないほどの、それこそ一流の魔術師と同等の魔術回路を所持して、彼は産まれた。それはまるで神が気まぐれで生み出したかのような傑物だった。

 それ故か、そのホムンクルスには、他のホムンクルスと比べて、極めて自我が濃かった。自我が濃いということは、感情が濃厚だと言うことだ。そのホムンクルスは、他のホムンクルスの様に、サーヴァントを戦わせる為の魔力電池として、死亡するのを良しとせずに、水槽を内側から破壊して逃げ出したのだ。

 だが、いくら特別な体とはいえ、いくら青年の肉体とはいえど、実質的な身体機能は産まれたての赤子と何一つ遜色ない。違う点を挙げるとすれば、精々が、物事を論理的に考え、自分の意思で行動する事ができるぐらいのものだ。

 ”黒”のキャスター(アヴィケブロン)は水槽に異常が起こった事を感知し、それとなく急いで、彼の元にやって来る。もちろん、体が思うように動かない彼にとって、キャスターが来るということは、死神がやって来るのと何ら相違なかった。

 だが、死神がいれば天使がいるのだろう。偶然か、それとも必然か、ともかく、”黒”のライダー(アストルフォ)が先に彼の元にやってきた。そして彼は、ただ一言だけ、「生きたい」とライダーに願い、気を失った。

 その自分にとってはただの電池に過ぎないホムンクルス。ライダーはあろうことか彼の願いを叶える事にした。キャスター含む他のサーヴァントや、マスターの目の届かない場所、つまりは”黒”のアーチャー(ケイローン)の部屋へと匿った。わざわざ自分の部屋ではなく、アーチャーの部屋を選択したのは、アーチャーは医学について詳しかったからだ。ライダーの狙い通りに、アーチャーはホムンクルスを歩けるまで回復させた。

 

「そう。それがここまでのあらましだった」

 

 ホムンクルスは、アーチャーの部屋に置かれたベッドの上に腰掛けて、己の記憶を探る。だが、今はアーチャーはもちろん、ライダーもこの部屋にはいない。それどころか、ホムンクルスを隠す為に、召使として運用されている他のホムンクルスに、わざわざアーチャーは自分の部屋に入るどころか、近づくことすら無いように、指示を与えている。

 そのため、この部屋はホムンクルスの少年以外、誰もおらず、その部屋の周囲にも誰もいない。偶に黒のマスターの気配がするぐらいで、他のサーヴァントの気配は一切感じられない。いるとしても、キャスターぐらいだった。そして、時折聞こえてくる轟音や爆音、それらに交えて悲鳴やうめき声がホムンクルスの聴覚を刺激した。そういった事から、ホムンクルスは城の外、しかもすぐ近くで聖杯戦争が行われていると判断した。

 それは間違っておらず、丁度この時泉率いる”赤”のアーチャー(アタランテ)と、”赤”のバーサーカー(スパルタクス)”赤”のライダー(アキレウス)が”黒”の陣営のサーヴァントと交戦していた。

 この混乱に乗じて逃亡しようかと思ったが、ホムンクルスは賢明な判断をし、大人しく部屋の中で留まる事を選択した。

 そして、しばらくしていると轟音といったような物音は一切鳴り止んだ。そして、またしばらくしていると、部屋のドアのノブが動いた。ホムンクルスは身構える。果たしてドアを開けて入ってきたのは、アーチャーだった。それにホムンクルスは安堵の息を吐く。だが、アーチャーの表情はどこか浮かないものだった。

 

「ライダーが戦死しました」

 

 アーチャーはただその一言だけを、冷淡に告げた。その短い一言は、ホムンクルスにとって、全身を雷に打たれたかと思う程に、衝撃的で、いささか絶望的な知らせだった。

 

「私も後から聞いたに過ぎませんが、彼は”赤”のアーチャー相手に、勇敢に戦い、相手に幾ばくかの傷を負わせました。ですが、あと一歩というところで敗北したそうです」

「そうか……」

 

 ホムンクルスは、ベッドに力無く、崩れ落ちるように座った。

 

「それで」

 

 アーチャーは、ホムンクルスに問いかける。

 

「貴方はこれからどうするつもりですか?」

「どう、とは?」

「文字通りです。貴方はライダーの手によって、自由を得ました。故に、貴方には、自分の意思で自分のこれからを選択する権利が与えられます。

 また水槽に戻って、魔力電池になるもいいですし、この城から逃げ出して、残りの、ほぼ3ヶ月にも満たない短い自由を送るか、それともまた別の選択をする事もできます」

「選択、か」

 

 と、ホムンクルスは、暫く黙りながら思案にくれる。

 

「そうだな。俺は自由になりたい。彼のように、何事にも縛られず、それでいて強くありたい」

「そうですか」

 

 と、アーチャーは頷いた。

 

「それではこの城から逃げ出す事を選びますか?」

「ああ、その通りだ。俺はこの城、聖杯大戦という鎖から解き放たれて、二つの翼を持つ鳥のように、自由に外の世界に行きたい」

「わかりました。……そうですね、それでは早速明朝にでも脱出しましょう。

 それまでは、私が貴方に外の世界を過ごす為に必要な事を教えましょう。幸い現代知識は聖杯から授かっておりますし、その他の知識についても、凡そ基本的な事は貴方の頭の中にあるようですしね」

「いいのか? 俺などが貴方のような、数々の英雄を育て上げた、素晴らしい教師に教わるなんて」

「何を躊躇するのですか? 私が貴方に教える事は構いません。

 ついでに一つ申し上げましょう。貴方はライダーに「生きたい」と願った。そして、理性が蒸発した彼は、例え己が処罰される可能性があるというのに、そういったものを度外視して、貴方を助ける事にしたのです。ならば、貴方はライダーに報いなければならない。

 彼は消滅する間際に、私に『君の事をよろしく』と念話で伝えました。ならば、私は命を賭して戦った彼の願いを叶えなければなりません。でなければ、私は彼の気持ちを裏切る事となり、彼も報われません」

「そうか」

 

 と、ホムンクルスは頷いた。

 

「わかった。だったら、ご教授願おう。貴方の教える全てを、俺は我が物にしてみよう」

「そうですか。それはいい覚悟です。では、私もまた、貴方に教えられる全てを、徹底的に、この短時間で貴方の身体に、魂に刻ませます」

 

 そう言うアーチャーの言葉には、どこか恐ろしい気配が感じられた。ホムンクルスは、口の端が引きつるのを自覚しながら言う。

 

「お手柔らかに頼むぞ……」

 

 太陽が山の向こうから顔を出して、ルーマニアの陰気な闇を吹きばす頃あいになり、ホムンクルスは城の外に出ていた。物陰に隠れて周囲を見回すと、あちらこちらに見張りのホムンクルスやゴーレム、使い魔などが、異常はないか目を光らせていた。

 ホムンクルスは、そういったものたちを見ながら、アーチャーの言葉を思い出す。

『良いですか?確かにこの城の警備はまさに鉄壁というにも等しいでしょう。外からは勿論、中からもネズミ一匹すら逃さないという意思が見て取れます。

 ですが、結局は人間が作ったものです。どんなに頭が良かろうと、どんなに優れた魔術師だろうが、完璧などというものを作り出すことはできません。何事にも穴はあります。

 それは勿論、この城の警備もそうです。ですが、縫い針の穴に糸を通す程に、神経を使い、慎重に行動しなければなりません』

 ホムンクルスは、アーチャーに指示された場所を通り、指示された行動を寸分違わず行う。その様はまさに、縫い針の穴に、すんなりと糸を通すのと同じだった。

 ホムンクルスは息を殺して、足音をなるべく立てないようにして、足跡を残さないようにして移動する。あまりの緊張に、額に一筋の汗が流れ、自分の心臓が爆音を奏でているような錯覚すら覚えた。

 そういった緊迫に満ちた状況の中で、ホムンクルスは焦りながらも、それでいて冷静だった。一度見つかったら、すぐさま捕獲され、元どおりにあの水槽に戻って、死ぬまで魔力を供給するだけの装置と化すかもしれない。だが、一度逃げ切れば、怯える事もなく、まさに生前のライダーのように自由に、外界を過ごすことができる。後者の想いによって、矛盾した二つの感情を成立させていた。

 そして、どのくらいの時間が経過しただろうか。少なくとも、1時間ぐらいしか経っていなかったが、ホムンクルスにとっては、10年ぐらいの時間を過ごした感覚だった。

 だが、そういった感覚の中で、無事ホムンクルスは見つかる事なく、無事逃げ果せたのだった。街の中で、その目立つ髪型と目の色を隠す為に、ローブを着て道行く人々の隙間を縫いながら、ホムンクルスは振り返って、まだすぐ近くにある城を眺める。その城は、まるで一度入ったら、二度と脱出不能な牢獄の様に思えた。体を震わせたホムンクルスは、再び振り返り、フードを深めにかぶり直して、また歩き出した。

 

 

 

 

 泉は一通り荷物を纏めた後、極めて簡素な卜占により、自分のスタイルにあった工房にあたりを付けた。そして、その魔術師の隠れ家の場所まで移動した。今、泉の前にある建物の外見は他の家となんら変わりないが、その中はまさに魔境と言うに相応しい、魔術師の工房らしくなっているのだろう。

 泉はドアをノックして、施錠されている鍵を無理矢理、魔術によって破壊して建物の中に入る。侵入者にたいする迎撃の魔術が、泉を攻撃する。だが、泉はそれらをなんら苦労する様子も見せずに、ある時は拳で振り払い、ある時は魔術で迎え撃ったりして対処していく。どうやら、この建物の主である魔術師は、奥の方に潜んでいるようだった。泉はそれとなく察して、襲いかかる光弾や炎を蹴散らしながら、奥の方へと向かっていく。

 そして案の定、一番奥の、厳重な場所に魔術師は居た。魔術師は、泉が部屋に姿を現した瞬間、自分の使える一番強力な攻撃魔術で、泉に襲いかかる。だが、哀れながらも、その魔術師の攻撃は通じなかった。呆然としながらも、焦って汗だくになっている魔術師に、泉は言う。

 

「やぁ、君がこの工房の主人かな? この工房さ、少しの間借りるよ」

 

 その言に、魔術師は反論したが、いつの間にか自分の首が宙を舞い、首無しとなって倒れる自分の体を見たのを最後に、魔術師の意識は途切れた。

 首から噴水のように血を吹き出す魔術師の体を背景に、泉は一通り工房を見て回った。やはり泉の求めていた理想の工房だけあり、不足している施設や道具は一通り揃っていた。満足した泉は、散らかっている器具や資料を一通り片付けて、改めて自分に合った工房へと改装していく。

 そして、一通り終わった時に時間を確認すると、獅子劫との約束の時間までには、まだ充分にあった。そこで泉は、かつて、この工房の主だった魔術師の亡骸を加工していく。それが終わって、再び時間があるのを確認すると、今度は財布を持って、約束の時間まで適当に散歩する事にした。

 

 

 

 ”赤”のアーチャー(アタランテ)は、道行く人々を眺めながら、それとなくこれからの事について考えていた。というのも、己の願望を叶える為に召喚に応じたのだから、この先本当に勝利できるかどうか、という事だ。

 今のマスターは、知識も、戦闘にも、なんら文句はない。それどころか絶賛してもいいだろう。だが、そういった事すら、霞ませるほどの得体のしれなさが、アーチャーに疑問を持たせていた。アーチャーは覚悟をする。己のマスターを見極め、裏切るか、そのまま仕えるべきかを。

 それとは別に、路地の端に並んでいる店を一通り眺めて回る。実に様々な店があった。そういった店に、人々は品物を求めて出入りする。その光景は実に賑やかだった。アーチャーが生きていた時代に無い物が多く、聖杯から知識を授かっているとはいえど、実に新鮮な光景であった。

 アーチャーは、とりあえず与えられた金で、何かを買おうとして、しばらく周囲を見回す。その中に、アーチャーと同じように、顔を隠すかのようにローブのフードを深めに被った人物がいた。その姿は、もちろん、アーチャーにも同じ事が言えるが、いささか目立つものであった。

 そして、アーチャーの、狩人の鋭い観察眼は、時折フードからわずかに露出する顔の一部を、見逃さなかった。その顔の特徴は、泉から教えられていたホムンクルスのそれと、全く同じだった。

 アーチャーはどうするべきか一瞬、逡巡して、とりあえずは、彼を尾行することにした。場所が森から町に移ろうが、、獣に発見されないように、森の中にその存在を溶け込ますのと同じように、町の中を行き交う人々の中に、完全に身を隠した。

 

 




細かいところは、土日に修正します。
次回の更新は未定です。というか、イベント始まったら、どうしても投稿が遅くなる……
ともかく、次回予告!
『泉VSホムンクルス』
『アタランテVSモードレッド&獅子劫』
『念には念を入れよ!』

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