アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

14 / 49
街中での戦い

 泉は道端にある古びたベンチに座り、売店で買ったひまわりの種を齧りながら、道行く人々を見つめる。この地域に元々住んでいる人も居れば、海外からの旅行者もいる。だが、その中には時折尋常ではない気配を放っている人物がいる。

 隠れながら、時にはさり気なく道を歩きながら、彼らは泉の事を監視している。泉もまた、それに気付いており、あえて放置している。彼らは時計塔の魔術師だったり、ユグドミレニア一族に連なる魔術師だったり、元々地元を拠点としている魔術師だったりした。

 殆どの魔術師は、マスターである泉の動向を監視しているが、時折、聖杯大戦に参加するために、泉の令呪を横から掠め取ろうと、企む魔術師もいた。もっとも、そういった浅はかな思考を持ち、既に泉に襲いかかった魔術師は、人目のつかない路地裏で、物言わぬ肉塊と化している。

 

「まったく、わざわざご苦労様だねぇ」

 

 と、泉はそんな彼らを小馬鹿にしたように眺める。だが、その最中で、何かを思いついたのか、やおら頭の中でこれからの計画を新たに描き始める。

 その中でこれからの計画に、相応しくない考えは廃棄し、相応しい考えを取り入れて、計画をより厳密に、確実なものにしていく。

 いつの間にか、大量にあった袋の中のひまわりの種は、一粒たりとも残っていなかった。だが、丁度最後の一粒を口に放り込んだ時に、泉の計画は完成した。その計画というのは、泉にとっては余りにも完璧と呼べるものであった。

 

 

 

 ”赤”のアーチャーは、人混みの中に紛れて、自分と同じような姿格好をしたホムンクルスの後を尾行する。

 ホムンクルスは時折立ち止まり、誰かが付けて来ていないかと、周りを警戒しながら見回す。だが、狩人たるアーチャーの隠蔽術の前に、その警戒は無力であった。ホムンクルスはとうとうアーチャーの姿を見つける事も出来ずに、一息吐いて大通りを歩き始める。

 アーチャーはそんなホムンクルスの後を、引き続き尾行する。しばらくの間観察していると、アーチャーは狩人特有の観察眼により、ホムンクルスは、何かしらから逃げており、それでいてしっかりと目的地が定まっている事を見抜いた。怪訝に思ったアーチャーは、泉から授かった知識と、現在の状況を合わせて、これから先ホムンクルスがどこに行くのかを推理する。

 元々、あのホムンクルスは突然変異によって、異常な魔術回路を持ったという。故に“黒”のキャスターの宝具の炉心として使用されるつもりだった。だが、ホムンクルスの意思と、“黒”のライダーの優しさにより、ホムンクルスはキャスターを筆頭に、アーチャー除く他のサーヴァント及びマスターか匿われたという。だが、彼を匿った張本人であるライダーは、既にアーチャーが打ち取った。

 ならば恐らく、“黒”のアーチャーの手によって、あの城から逃がされたのだろう。とアーチャーは推測する。そして次にどこを目指しているのかを見当付ける。だが、それはすぐに判明した。恐らく彼はこの街の外に出ようとしているのだ。そもそも、彼は“黒”の陣営から逃亡しているのだ。ならば、真っ先にユグドミレニアの管轄外にある街の外を目指すのは、当然のことだった。

 それを理解したアーチャーは、ローブの下に弓を実体化させる。泉があのホムンクルスを欲しがっていた事を思い出したからだ。泉が何をするつもりかは、アーチャーには分からないが、それでも一種の信頼と言えるものを抱いていた。故に、アーチャーはホムンクルスを泉がどう使うのかを知らないが、彼を泉に渡せば聖杯大戦にて有利になると判断した。

 アーチャーは今までよりも、なるべくその存在を隠して、ホムンクルスが人気のない場所に移動するまで、あるいは移動するように誘導して、手に持った弓に矢を番える機会を狙う。

 

 

 

「さてさて! それじゃ、まずはそう。君! そこの君だよ!」

 

 と、泉は自分を監視する魔術師の内一人を指差す。突然のことに戸惑う魔術師をよそに、泉はその魔術師を強引に、人目のつかない路地裏まで無理やり引っ張っていく。勿論魔術師も抵抗したが、その小柄な肉体とは不釣り合いな、予想外の腕力に為すすべもなく路地裏へと引っ張りこまれていく。

 路地裏へと魔術師を引っ張り込んだ泉は、念の為に簡易的な結界を貼る。そして先ほどの戸惑った様な様子から一転し、戦闘態勢へと入った魔術師に微笑みかける。

 

「僕はさ、面倒くさいのは嫌いだから、ストレートに、素早く行くよ。君さ、ユグドミレニアの魔術師でしょ? で、君に一つ聞きたいことがあるんだけれど」

「断る! 断る! 貴様などに答える口など、持ち合わせていない!」

 

 と、魔術師は、己よりもはるかに、強大な力を持った者の前に立つ恐怖により、体を細かく振動させながらも、声を張り上げる。

 

「そう? でもさ、さっさと喋った方がいいよ? 内容は至って簡単なことだし、君はイエスかノーで答えれば済むだけ。さっきも言ったけれども、僕は面倒くさい事が嫌いだから、ホラ、拷問とかは趣味じゃないし、殺しても、脳や魂に直接聞く魔術を行使するのも、面倒くさいんだ。だからさ、さっさと喋った方が身の為だよ?」

「……何だ。何が聞きたい」

「うんうん。そう、それが一番賢明だよ。至って簡単なことさ。この辺の店について聞きたいんだ。この辺にさ、美味しい果物を売っている果物屋さんってあるかい? あ、それとペットショップもこの辺にあるなら、場所を教えてほしいな」

 

 その質問に答えた魔術師は、あまりの緊張から開放されたことによって失神する。それはつまり、サーヴァントと肉弾戦を行い、しかも一方的にサーヴァントを蹂躙する実力をもった怪物から逃れられたという事だ。魔術師にとって、泉と対話することは、処刑台に縛られた罪人と同じ気持ちだったのだろう。

 泉はそんな彼の事などお構いなしに、早速計画を実行に移そうとしたその瞬間、付近にアーチャーがいるのを感じ取った。これは魔術的なモノではなく、恋する人を持つ者の、恋人へ対する特有の感覚によるものだ。

 早速、泉はアーチャーがいる場所へと移動する。

 そして、泉はアーチャーを発見した。それと同時に、泉のお目当てのホムンクルスも見つけた。そして、様子を見るからに、アーチャーはホムンクルスを尾行しているのだろう。泉はその状況を見て、素早く作戦を思いつく。そして、腕時計を見る。時計は約束の時間の少し前を差していた。

 

「よし! ちょうどいいかな?」

 

 と、泉は言い、アーチャーへと念話で呼びかける。

 

『アーチャー、突然で悪いんだけれども、そろそろ約束の時間なんだ。僕はちょっと遅れそうになるから、アーチャーだけ先に行ってってくれないかな? 僕は少しやることができたんだ。あ、店の場所はわかるよね?』

『大丈夫だ。しかし、本当に突然だな。だが、確かにそろそろ時間だ』

『うん。そういう訳でさ、少し急いで欲しいんだ。遅れるとなったら、申し訳ないからアーチャーだけなるべく急いで欲しいんだ』

『……ああ、了解した』

 

 アーチャーは少しばかり逡巡した様子を見せながらも、ホムンクルスの尾行は諦めて、獅子劫と“赤”のセイバーとの待ち合わせ場所まで移動を始める。アーチャーは、また何かを企んでいるのだろう。と、路地の裏からこちらを伺っている泉を、横目に見ながら嘆息する。

 

 “まあ良いだろう。恐らく目的はあのホムンクルスだ。汝自身で狩るというのならば、私は何も言わん”

 

 アーチャーが移動した事を確認した泉は、ローブを着たホムンクルスの肩に手をかける。ホムンクルスは、突然の事に驚き、肩を一瞬跳ね上げさせて、その場から飛び退く。

 

「やぁ、こんにちは。ジーク君……ああいや、ジークフリートはまだ生きているし、違うかな? 君に名前はあるのかな? ま、どっちでもいいさ」

「……お前は」

「ああ、そう警戒しなくてもいいよ。何、ほんのちょっとだけ、君が欲しいんだ」

 

 と、泉は言うと同時に、ホムンクルスへと掌底を叩き込む。その鋭く、素早く、激しい掌底を受けたホムンクルスは、為すすべもなく背後にあった家屋の壁へと叩きつけられる。続いて、ホムンクルスが壁から跳ね返る前に、泉は再び掌底を叩き込む。

 ホムンクルスの内臓や骨は粉砕され、同時に彼の背後の壁もまた崩壊する。家の中に叩き込まれたホムンクルスは、痛む体を抑えて、よろめきながら起き上がる。

 

「僕としては生きていたほうがなるべくやり易いんだ。実力差は明確でしょう? だから、僕に大人しく捕獲されなよ」

 “ふざけるな” 

 

 と、ホムンクルスは突然やってきた理不尽に、心の中で毒づく。激痛が迸る体を何とか立ち上がらせる。

 

「馬鹿を言うなよ……!」

「へぇ? じゃ、仕方がないね。少しばかり痛い目にあってもらおうか」

 

 と、泉は三度ホムンクルスへと攻撃を仕掛ける。果たしてその攻撃はホムンクルスへと届くことはなかった。その代わりに、泉のみぞおちに、ホムンクルスの拳が深々と刺さっていた。

 泉は咳き込み、よろめきながら後退する。そして、ホムンクルスが取っている構えを見て理解する。その構えは中国拳法を少しばかりかじっている泉でも理解できるほどに、とても洗練されており、とても美しかった。

 

「パンクラチオンか……!」

「その通りだ。“黒”のアーチャーからこの技を授かった。オレが生きれるようにとな」

 

 用心深く構えるホムンクルスに対抗するように、泉もまた八極拳の構えを取る。どちらもお互いの隙を探り合い、お互いのからだの隅々を眺める。

 泉は内心舌打ちをする。というのも、ホムンクルスの構えや、先ほどの一撃から、彼のパンクラチオンは達人のレベルそのものだったからだ。

“本来ならば、私のスキルにより色々と教えたかったのですが……一晩あれば、達人級の一歩手前までは仕込めるでしょう”

というのは、ケイローンの言だ。対する泉の八極拳を筆頭とする中国拳法は、その殆どが我流であり、達人と呼ばれる領域まで達していない。こうした事実から、泉は不利な状況に陥っていた。

 だが、ホムンクルスもまた下手に動くことは出来なかった。というのも、相手はサーヴァントを圧倒する程の実力を持っているというのだから。それに、ホムンクルスにとってこれが始めての実践であり、極度の緊張により中々攻め出す事ができなかった。

 

 “あ、そうだ”

 

 と、泉は拮抗した状況の中で考える。

 

 “別に格闘戦じゃないんだから、魔術使ってもいいよね!”

 

 手のひらを突き出すような構えから、ガンドを放つ。ホムンクルスはその放たれたガンドを回避する。標的を失った弾丸は、そのまままっすぐ飛んでゆき、部屋の壁に爆弾が爆ぜたような音を立てて命中する。それにホムンクルスは肝を冷やす。

 

「さぁ! 僕のガンドは拳銃並みだぜ? 避けてみろ!」

 

 続いて、マシンガンのごとく放たれるガンドを、ホムンクルスはまさに達人の動きで回避し続け、泉へと接近する。そして拳を放とうとしたが、その腕は宙を舞う。遅れてやってきた激痛に、ホムンクルスは呻き声を上げて、よろめく。忌々しげな目で、ホムンクルスは泉を睨めつける。彼の手には、黒鍵が握られていた。その収納式の武器を持って、ホムンクルスの腕を切断したのだった。

 

「さて、そろそろ終わりにしようか!」

 

 と、泉は魔術の呪文を唱える。ホムンクルスはさせまいと、泉に躍りかかる。

 

「遅い! 光よ! 炎よ! 照らして燃やし尽くせ!(Light! Flame! Leave no stone unturned, light)

 

 閃光と炎が迸り、ホムンクルスはまるで白い空間にでも飛び込んだような錯覚を覚えた。それを最後に彼の意識は途絶えた。泉はホムンクルスの腕の断面に火をかけて止血をしてやり、ぐったりとしている彼を抱えて工房まで移動する。

 

 

 

 アーチャーは指定された場所に付いた。そこはこじゃれたカフェとでも言うべきところで、オースケトラをGBMに流すようなところだった。周りを見回してみると、獅子劫達は先に到着していたようで、ちょうどセイバーが食事を注文していた。

 アーチャーはセイバー達がいる席へと移動した。アーチャーがやってきたセイバーは、アーチャーに座るように言った。

 

「それで」

 

 と、セイバーは言う。

 

「お前のマスターはどこだ? 姿が見えないが」

「どうやら遅れるようだ。汝らに私からそう言うように、念話で指示があった」

「そうかい。どのくらい遅れるんだ?」

「解らん。それについては私も聞かされていないのでな」

「そうかい。全く、テメエからここを指定したってのに、遅れるとか、どう見てもナメられてんだろ。なぁ、マスター?」

「ま、そういう事もあるだろう。そうイラつくな」

 

 獅子劫は苛つくセイバーを嗜める様に言う。そして、コーヒーを一口飲む。

 

「ま、なんだ。せっかくだから、二人共親交を深めるために、何か話してみたらどうだ? ホラ、セイバーとアーチャー。近距離と遠距離。お互いの手の内までとはいかないだろうが、俺たちはこれから先、共闘するんだ。何かとお互いの事を少しでも知ると、戦いの中でもスムーズに連携が取れるんじゃないか?」

 

 その言葉にセイバーとアーチャーは、お互い顔を、一瞬だけだが、見合わせる。

 

「関係ねぇな。オレはただ剣で敵をぶった斬るだけだ」

「私としても、右に同じだ。確かに同じ陣営ではあるが、わざわざお互いの手を晒すこともあるまい。どうせ、“黒”の陣営を殲滅したあとは、汝らと戦う事になるのだろうしな」

 

 と、アーチャーは言いながら《尤も、汝らの情報は判明しているがな》と心の中で付け加えた。

 ちょうどその時、セイバーが注文した料理の内のいくつかがテーブルに運ばれた。セイバーはそれを頬張りながら、ふと思いついたように言う。

 

「そういや、お前の願いってなんだ? お前も召喚されているんなら、何かあるんだろう?」

「それを言ってどうする?」

「仮にだ」

 

 と、セイバーは食事を頬張るのをやめ、剣呑な雰囲気を醸し出しながら言う。

 

「お前の願いが『王になる』といった類のものだったら、オレはテメェを斬る事になる。王は二人も要らんからな」

「そうか。汝の願いは、玉座に着くことか」

「そうさ。ま、正確に言えば剣を引き抜くことだが……そんな事はどうでもいい。王になるつもりがあるのか、否か? オレにとってはそれが重要だ」

「ならば、汝は私に剣を向けることはないだろう」

「そうかい。ならいいさ。じゃあ、お前の願いはどんなものなんだ? ちょっと気になっただけだが」

 

 セイバーの言葉に、アーチャーは一瞬考える。

 

「……私の願いは、この世に存在する全ての子が愛される様な世界にする事だ」

 

 その言葉に、セイバーは僅かに眉をひそめる。

 

「全ての子に救いだ?」

「ああ、その通りだ」

「そうかい。……ま、悪くねぇんじゃねえの? 尤も、その願いが叶うことはないが」

「それはどうだろうな。聖杯を手にするのは、私だけだ」

「言ってろ。遠くから打つだけしか能のない弓兵野郎」

 

 剣呑な空気になる両者を見とがめて、獅子劫は慌てて仲裁に入る。そんな状況の最中、何も理解していないであろう呑気な声を出しながら、泉が3人の前に姿を現す。

 

「やぁ。二人共どうしたのかな? そんなに睨み合っちゃって。ま、争うのは構わないけれど、せめて魔術の隠蔽だけは考えてよ? 怒られるのは嫌なんだから。

 それはそうと、獅子劫さん、遅れてゴメンネ! 約束の物は持ってきているかい?」

「ああ。もちろんだ。ほら、この中にある。……分かっているだろうが、それでも念の為に言っておく。くれぐれも慎重に扱えよ? 毒が一滴だけでも肌に触れたら、たちまちお陀仏だからな?」

 

 獅子劫はそう言って、セラミック製のケースを泉に差し渡す。それを受け取った泉は、蓋を少しだけ開いて、中身を確認して頷く。中には、物理的にも、魔術的にも厳重に保管されたヒュドラの幼体の一部が確かにあった。

 

「うん。それじゃ、これで取引は成立かな? 尤も、コッチの対価はまだ支払っていないけれど、本当に後でいいの?」

「ああ、構わないさ」

「そう? それじゃ、僕もここで何か一品軽食したいところだけれど、どうやらここに僕達がいても、雰囲気が悪くなるだけのようだし、今日のところはこの辺で失礼するよ」

 

 と、泉は言いながら、もらったスーツケースをぶら下げて店から出る。アーチャーもまた、その後に追従する。

 

「あ、そうだ」

 

 と、泉は扉の所から、店の中を覗き込み、セイバーに言う。

 

「仮に君達と僕達が戦ったとして、勝つのは間違いなく僕だから。じゃあね、()()()()()()

 今度会うときは、戦場で。あ、そうそう。戦場といえば、獅子劫さん、今晩あたりお互いの本陣がぶつかり合うみたいだよ? その時に、どうなるかは、まぁ。神のみぞ知るってね!」

 

 真名をあっさりと見破られたセイバーは、思わず机に手を叩きつけて立ち上がる。その拍子に、机の上にあった幾つかの皿から、食材が皿の外に落ちる。

 セイバーは苛ついた様子で、椅子の上に乱暴に座る。

 

「なぁ、マスター」

「なんだ?」

「アイツ、本当に一体何なんだ? 斬りつけてやろうと思ったけれど、先にそれが気になっちまった」

「さあな。少なくとも、異状で、油断ならない相手だということは確かだな。俺達が、アイツと戦う、なんてことになったら、本気で、依頼のことも忘れて戦わなければならないだろうな」

「そうかい。だが、そんなモン関係ないか。敵は全てぶち殺せばいいだけだしな」

「ま、その通りだな」

 

 セイバーは、ナイフとフォークを持って、食事を再開した。獅子劫もまた、新たに運ばれてきた食事を口にする。

 2人の様子は、まるで最後の晩餐を食べる囚人のように、とても静かだった。だが、その目には、勝利の光が宿っていた。

 

 

 

 工房に到着した泉は、アーチャーを傍らに貰い受けたヒュドラをケースから取り出す。その様子はとても用心しており、とても慎重だった。無理もないだろう。例え幼体といえども、ヒュドラの毒は強力なことに変わりないのだ。

 

「さて、これからコレを加工するんだけれども、矢尻でいいかな? 毒の滴る矢尻……ヘラクレスがケイローンに射った矢みたいな感じで」

「構わん。そういえば、“黒”のアーチャーはケイローンだったか」

「うん。作れるのは、精々が2本分といったところ。その2本の毒矢をどのように使うかは、アーチャーの判断に任せるよ」

「承知した。“黒”のアーチャーとは、是非とももう一度勝負したかったのだ。私の矢を打ち落とすというのは、些か屈辱的だったのでな」

「あ、やっぱり? ま、これから加工するのに暫く時間がかかるから、アーチャーは自由に時間を潰していていいよ」

「承知した。そういえば」

 

 と、アーチャーは手術台の上に、意識を失って横わたっているホムンクルスを見やる。

 

「奴はどうるすのだ?」

「ああ、彼はちょっと手間がかかるし、時間もかかるから後でね。それでも何をするかは、本番でのお楽しみ……っていうのも、怪しいかな? 君は僕のサーヴァントだから、少しだけヒントをあげよう。ホラ、あの棚の上に置いてある石版をみてごらん」

 

 泉の指さしたところに置いてある石版を、アーチャーは手に取り観察する。どうやら、その石版は化石のようであり、表面には蛇の化石が埋もれていた。

 

「これは?」

「それは、世界で最初に脱皮した蛇の化石さ。とあるサーヴァントを召喚する触媒になる」

 

 アーチャーは、聖杯より授かった知識により、その化石で召喚されるサーヴァントというものに、見当をつけた。些か驚いた様子で、その召喚されるサーヴァントの名前を口にする。

 

「英雄王ギルガメッシュ……!」

「そうさ。クラスはアーチャー。戦い方は、生前に集めた大量の財宝を打ち出す。あと、エアと鎖もあるね。……あー、それと眼もあったけな?」

「……汝、何故英雄王を召喚しなかった。私よりもはるかに強力な力を持つことは明らかだぞ。例え時代が、場所が違えどそのぐらいは解る」

「だってさ、例え僕が英雄王を召喚したとしても、御しきれないもの。それに、例え召喚したとしても、慢心してやられる可能性が高いしね……ま、カルナあたりだとどうなるかはわからないけれど。

 それに、アーチャーに適性のあるサーヴァントは、アーラシュを筆頭にダビデや織田信長、ロビンフッドその他と、沢山いるけれども、その中で召喚するならば、君が一番だと判断しただけだよ」

 

 と、泉は言う。

 

「ああ、ちょっと話がズレたね。で、その触媒と、そのホムンクルスを使ってとある魔術を発動させるつもりなんだけれども、うまくいくかどうかは分からないから、詳細は内緒にしておくよ」

 

 と、言いながら泉は不敵な笑みを浮かべる。

 

「けど、仮に成功したとしたら、この聖杯大戦、勝利出来るのが確実になる。……まぁ、保険みたいなもので、実際は君だけで十分だけれどね。

 さ、今夜は文字通りお互いの陣営がぶつかり合う。それまでに、この加工を終わらせたいから、お話はこの辺にしておくかな。君も、夜までに調子を万全に整えておいてね」

「ああ、承知した」

 

 アーチャーはそう言って霊体化して、この部屋から外に出た。ひとり残された泉は、目の前にあるヒュドラの毒という、危険物を慎重に加工する。

 部屋の中には、泉が操る器具の音のみが鳴り響いていた。

 アーチャーはその音を壁越しに聞きながら、答えが帰ってくることのない問いかけを、小さく呟く。

 

「汝は、聖杯に何を願うのだ? 確実に勝利するのならば、やはり英雄王を召喚するべきではないのだろうか? 御しきれる自身がない、と言ってはいたが、汝ならば恐らく御しきれるのではないだろうか? そういった自信が、僅かに漏れ出ていたぞ」

 

 だが、やはり返答がある訳もなく、あるのはただ沈黙のみだった。




次回、
『念には念を入れよ』
『聖杯大戦』

……の前に、賛否両論ありそうだけれど、一回掲示板回をはさもうかと思います。上手くできるかどうかは分かりませんが、この小説は作者が練習のために書いている面が強く、色々と試したいのです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。