アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい 作:天城黒猫
ニーベルゲンから手に入れた、漆黒の大剣、それを人々はバルムンクと呼んだ。その剣がもつ力は、成る程、数々の英雄が手にしただけあり、かなり強力なものだ。
しかし、その剣の切っ先が向けられている相手の名はカルナ。あのアルジュナと、数々の呪いを持ちながらも渡り合った、インドにおいて、強力な力を持つ英雄だ。
カルナを強力たらしめる物といえば、第一に鎧だろう。彼の持つ鎧は、あの神々すら疎ましく思い、策を練って奪い取った事すらある。……しかし、彼には鎧がなくとも、もうひとつ強力な武器がある。その武器こそが、彼をランサーたりえる槍だ。その槍は、かの英雄王の蔵にも収まっていない程の物であり、カルナの鎧を奪い取ろうとした神が与えた槍であり、神殺しの槍である。
”黒”のセイバーは沈黙する。というのも、彼は
”赤”のランサーは、”黒”のセイバーが放った光線を、その槍にて斬り裂き、傷一つ負う事はなかった。その代わりに、彼の全身を包んでいた黄金の鎧は無くなり、その変わりに、先ほど光線を斬り裂いた槍が、新たにその姿を見せていた。
「”黒”のセイバーよ」と”赤”のランサーは言う。「どうやら、お互い本気で戦えるのは、今晩が最後だとオレの勘が告げている」
「ああ」と”黒”のセイバーは言う。「俺もその通りだと感じている。この聖杯大戦、思ったよりも早く決着がつくだろう。……その勝者がどちらかは判らないが。……ともかく、お前と本気で戦えるのは、今回で最後だと理解している」
「ならば、”黒”のセイバーよ、一つ頼みがある。オレと、全力で戦ってくれないだろうか」
「望むところだ……むしろ、それは俺から頼みたい所だ」
”赤”のランサーと”黒”のセイバーの両者は、お互いに、距離を取り、武器を構える。両者は、正しく戦士としてこの場にいた。
「与えられた座は
「与えられた座は、
そして、両者はほぼ一瞬で接近し、その凄まじい膂力と、技術によって、武器が振るわれる。お互いの武器の刃がぶつかり合えば、凄まじい火花と衝撃波が発生し、或いは空を切れば、風圧によって、草原の草が揺れる。
戦いの余波によって、草原の表面はめくれ、大地は削られ、空気が振動する。
”黒”のセイバーは、かつて、悪しき竜と戦った時と同じ様な、一瞬たりとも油断できない、少しでも選択肢を誤れば死が待っている、あの極限の状態を味わっていた。
”赤”のランサーもまた同じく、あのアルジュナと戦った時と同じ、無数の選択肢の中から、最善の行動を探し、選択する、さながら無数の針の穴を潜り抜けるかのような、感覚を覚えていた。
”黒”のセイバーは、剣を大きく振り、”赤”のランサーを遠ざける。
「”赤”のランサー」と”黒”のセイバーは言う。「いや、こう言うべきだろうか。太陽の子、カルナよ。お前は、早々に鎧を捨て、変わりに槍を手にした。──俺ごときをそこまでの相手だと思ってくれるのならば、光栄だ」
「いいや」と”赤”のランサーはかぶりを振る。「そう下卑するな、竜殺しの英雄、ジークフリートよ。オレはお前に対して、全てを出し切って戦うべき相手だと思っただけだ」
「そうか。ならば、俺も本気を出さねば失礼だろう」
”黒”のセイバーはそう言い、漆黒の大剣を、ちょうどシュバリエがフェシングを構えるのと同じ様に、垂直に立てて構えた。
”赤”のランサーもまた同じく、槍の力と、自分が持つ力全てを出し切れる体制をとる。
「”黒”のセイバーよ」と”赤”のランサーは言う。「一つ願いがある」
「なんだ?」
「あの空中庭園には、オレの本来のマスターがいる。が、彼は”赤”のアサシンの毒によって思考力と肉体の自由を奪われ、ただの傀儡となっている。……もしも、お前がオレに勝利したのならば、そのマスターの命を助けてくれないだろうか」
「ああ、承知した」と”黒”のセイバーは言う。「だが、自分が負けようなどと考えてくれるなよ」
”赤”のランサーは頷く。
そして、”黒”のセイバーは剣を一層強く握り、その剣の真名を解放しようとする。が、彼の武器の攻撃は強力極まりないだろう。それでも、あの”赤”のランサーがもつ、神殺しの槍にかかれば、こちらの攻撃など、いとも容易く切り裂かれるだろう。現に、”赤”のランサーが初めてその槍を手にした時がそうだった。
(ならば)と”黒”のセイバーは決心する。(俺に出来ることは、本当に俺の持つ全力で、”赤”のランサーを倒すだけだ……!)
”黒”のセイバーは、咆哮する。
それと同時に、彼の剣が激しく振動し、柄の先端に埋め込まれている結晶が、周囲のエーテルを大量に取り込み、光を激しく放つ。
漆黒の剣の刀身は、大量の魔力を取り込んだことにより、黒を塗りつぶす程の、曙の光を放つ。──それは、剣が取り込めるよりも多くの魔力を取り込み、悲鳴を上げている証だった。
「バルムンクよ、耐えて貰うぞ……!」
と”黒”のセイバーは、剣を振り被りながら言う。
やおら己のマスターである、ゴルドの顔が、彼の脳裏をよぎった。
(すまないな、マスター。俺はサーヴァント失格だ)
そして、剣の刀身にはひびが入り始め、そのひびからは、高熱の魔力が漏れ出、柄を握る”黒”のセイバーの手を焼く。が、それでも”黒”のセイバーは、柄を握る力を緩めるどころか、ますます強く握り締めた。
「待たせたな」と”黒”のセイバーは言う。「これこそが、我が全力……!いざ、勝負!」
「ああ」と”赤”のランサーは言う。「オレも、お前と同じく、全力で迎え撃とう」
そして、両者は宝具の真名を解放する。
「神々の王の慈悲を知れ──インドラよ、刮目しろ。絶滅とは是、この一刺──!」
「邪悪なる竜は失墜する。全てが果つる光と影に──世界は今、洛陽に至る──!」
「焼き尽くせ──『
「撃ち落とす──『
その槍に、全てを討ち滅ぼす炎を纏わせて突撃する、”赤”のランサーを迎え撃つのは、強大なる力を持つ悪竜をも斃した、黄昏の光線。
ふたつの凄まじいエネルギーがぶつかり合った瞬間、宇宙の創世の時に発生した、ビッグバンを連想させる程の、激しい衝撃と、激しい光線が発生し、地面と空の区別なく、全てを吹き飛ばす。それは僅かの間であり、衝撃と光とが収まり、土煙が止むと、剣は無残に砕け散りながらも、確かにそこに立っている”黒”のセイバーがいた。
しかし、彼は剣を無くそうが、その警戒を解くことはなかった。同じく土煙の中から現れたのは、槍を持った”赤”のランサーであった。しかし、鎧が消失したためか、彼の肉体には、幾らばかりかのダメージを受けており、体の所々に、切り傷や火傷を負っていた。
”黒”のセイバーは、それを確認しても、なお戦意を落とすことなく、むしろ、彼の戦意はますます上がっていった。
「何をしておる!」とゴルドが念話を通じて言う。それは”黒”のセイバーの脳に直接、鐘でも打ったかのように強く響いいた。「よりにもよって、剣を自ら暴走させ、破壊するとは! しかも、肝心の”赤”のランサーを討ててはいないではないか!」
”黒”のセイバーは、謝罪の言葉を言おうとしたが、
「と、いつもの私ならば、貴様を心の行くまで罵倒していただろうな」とゴルドは言う。その声は、先ほどのような、激しく怒鳴り立てるようなものではなく、波一つない、泉のように静かなものであった。しかも、それは掠れた声であり、いつものような、野太い声ではなかった。その他にも、大きく、細かいこきゅうをしていることから、”黒”のセイバーは、ゴルドの身に何が起こったのかを、全て見て取った。
「マスター……!」と”黒”のセイバーは言い、思わずゴルドがいるであろう城の方を振り向く。
「儂は」とゴルドは言う。「儂はもうすぐ死ぬぞ! 城に、まんまと侵入してきた魔術師に、なすすべなく、儂の腹を裂かれた。何とか生き延びようとし、手を尽くしたが、手遅れだ。もう助からん。儂はもうすぐ死ぬ! ああ、全く、マスターすら守れないとは、最低のサーヴァントだ!」
「マスター」と”黒”のセイバーは悲痛な声で呟く。
「が、いいさ。少し前までならば、儂は生きる為に、無様に床をはいずりまわりながら、回復魔術を己にかけていた。だが、いざ死に直面するとなると、全てがどうでもよくなる。心残りは幾つもある。息子も妻も居るし、アインツベルンの技術にも届く事はできなかった。……が、どうでもいい。元々は、ダーニックの命により、強制的に参加させられた聖杯大戦だ。その時点で、儂はこうなる運命だったのだろう。……儂だけではない。フィオレも、カウレスも、セレニケも、ロシェも、そして、あのダーニックすらも死んだ。よしんば、他の誰かが生きていても、儂と同じように、その命は長くは無いだろう。儂だけではない。我らユグドミレニアは、何もせずとも、いずれ滅びる運命だったのだ。ダーニックは、そうはさせまいと、色々と抵抗したようだが……確か、日本だか、インドだかに、こういった言葉があったな。『諸行無常』それと同じだ。儂も、ユグドミレニアも、今日でおしまいだ! ……”黒”のアサシンがいるかもしれないが、それもいずれは討たれるだろう。さぁ、セイバーよ! ここからが重要だ!
……儂が、令呪を使い、”赤”のライダー相手に宝具を使わせた、あの日を覚えているか? あの後、儂は貴様を、怒りに任せて、思う存分罵倒した。そうするうちで、真名はもう秘匿する必要はないのだから、自由に発言する許可を与えたな。そして、貴様は『”赤”のランサーと戦いたい』と言ったな? ならば、勝手にしろ! 儂が死ぬ時は、貴様も消滅するのだ! さぁ、勝手にしろ!最後の令呪だ!『全力を出せ!』」
その命令により、”黒”のセイバーの肉体、霊核はより確かなものとなり、彼の額からは、捩れた、漆黒の、竜の角が生え、背中からは、これまた同じく、漆黒の翼が広がる。
彼の肉体の奥から、力が溢れ出、今ならば、あの悪竜すらも、余裕で屠れそうな程の、確かな自信を持った。
「すまない」と”黒”のセイバーは言う。「そして、待たせたようだ。”赤”のランサー」
「いや」と”赤”のランサーは言う。「いい。戦士の誇りがそうさせただけだ」
と、”赤”のランサーは言いながら、その槍を消失させる。
”黒”のセイバーは、眉をひそめ、
「俺に合わせたつもりか?」
「いいや。これもまた、戦士としての誇りによるものだ。……それに、舐めてくれるなよ?”黒”のセイバー」
「そうか」と”黒”のセイバーは頷く。「さて、俺には時間がない。その間に、お前を討たせてもらうぞ!」
と”黒”のセイバーは言い、大地を強く蹴り、一気に”赤”のランサーへと接近する。セイバーの象徴たりえる剣は、既に砕け散ったが、彼にはまだ、その肉体という、剣にも勝るとも劣らない、最終的であり、究極的な武器がある。
「だが」と”赤”のランサーは言う。「例え、武器が無くとも、お互い全力で戦うという事だ。でなければ、お前にも失礼だろうし、何よりもオレ自身の誇りがそうさせる」
”赤”のランサーの全身から、炎が湧き上がる。それは彼の魔力放出によるものだった。彼は、炎を”黒”のセイバーへと向かって、打ち出す。
しかし、”黒”のセイバーの強靭なるその
”黒”のセイバーは咆哮する。それは、まさに竜の咆哮とでも言うべき、激しい咆哮だった。そして、彼は拳を振り被る。
”赤”のランサーも同じように、己の拳を握り、振り被る。
そこから先は、お互いの技量や、防御力、攻撃力を最大限に発揮する戦いなどでは無く、意思の力とでも言うべき、激しく燃え盛る魂とでも言うような、言わば、根性の根競べだった。
”黒”のセイバーの攻撃によって、”赤”のランサーが倒れるのが先か、それとも、”黒”のセイバーが消滅するのが先かの戦いだ。無論、”赤”のランサーには、逃げ出し、”黒”のセイバーが一人消滅するのを待つという方法もあるが、それは彼の、
両者は、ただただ全力で拳を振るうだけだった。振るわれた拳は、お互いの顔面や、胸、腹、あるいは、拳へといった、じつに様々な場所を攻撃する。
やおら、”黒”のセイバーの体から、金色に光り輝く、粒子が浮かび上がる。それは、彼の消滅が近いという証だった。しかし、彼らはそれでも、拳を振るうのを止めず、それどころか、ますます加速していった。
そして、”黒”のセイバーの下半身が消滅し始め、彼らは最後の、そして最大の攻撃を行うべく、拳を握る手の力をいっそう強くし、大きく振りかぶる。そして──
「さらばだ」と”黒”のセイバーは言う。「満足の行くまで戦えた。……これは、何という贅沢な事だろうか」
彼の表情は、安らかな、全てをやりきったというような、満足のいったものだった。
”黒”のセイバー、その真名はジークフリート。彼の人生は、願望器さながらのものだった。あれが欲しい。これが欲しい。それが欲しい。あの美女が欲しい。あの財宝が欲しい。……そういった、人間たちの、限りのない欲望を彼は聞き届け、実際に叶えた。その有り様は、彼を頼った人々からしたら、その名の通り、勝利と正義そのものだったのだろう。
しかし、とうの彼からすれば、それは虚無にも等しい生き方であったに違いない。ありとあらゆる人々の、ありとあらゆる願いを聞き届け、勝利をもたらし続けるために戦い続けた。そこに、彼の意志とよべるものはおおよそ無く、機械のように、与えられた命令を遂行するために動くだけだった。しかし、此度の聖杯大戦においては違った。”赤”のランサーという好敵手を見つけ、また、”赤”のランサーもまた、”黒”のセイバーという好敵手を見つけ、戦った。それだけで、”黒”のセイバーにとっては、満足足りえるものだった。一応、ゴルドの事を守れなかったのは、悔いていたが、それも含めて、座に存在する己の本体に、今回の記憶を持ち帰ることを決めた。
「さらばだ」と”赤”のランサーは、その全身に、切り傷や打ち身を残して言う。「”黒”のセイバーよ」
そして、”黒”のセイバーの肉体は、とうとう完全に消滅した。
「フン」と、その様子を、偶々近くに放っていた使い魔の目を使い、見ていたゴルドは、鼻を強く鳴らし、その生命を終えた。
残ったのは、この場の勝者である”赤”のランサーのみであった。