アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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”黒”のアサシン

 誰しもが夜中の殺人と霧とを恐れ、外を出歩くことのない路地を、”赤”のセイバーと獅子劫は、”黒”のアサシンの奇襲をいつでも対処できるように。警戒心を最大限まで高めながら歩いていた。

 そうしてしばらくの間歩くと、彼らの周囲に霧が立ち込めた。

 その霧というのは、紛れもなく”黒”のアサシンの宝具によるものであった。獅子劫は魔獣の皮をなめして作られたジャケットを脱ぎ、それを口に当てた。そして、彼らはその霧から脱出しようと、その場を全力で駆け出した。しかし、”赤”のセイバーの直感が、その霧の中から脱出するのはほぼ不可能だと囁いていた。

 彼女は足を止めて振り返った。そして剣を構え、

 

「マスター、下がってろ!」と言った。彼女の警戒心は今やこれまでにないほどになっており、あたりの空気の揺らぎや、嗅覚、視覚といったものなど、ありとあらゆる感覚を研ぎ澄まし、”黒”のアサシンの姿を見出そうとしていた。「オレの直感が囁いている! ここで決着を付けた方がいいとな!」

「わかった!」と獅子劫は体を伏せて言った。「セイバー、早めに決着をつけろよ!」

「おうともよ! ……いるんだろう? 出てこいよ! ”黒”のアサシン!」

「いやだよ」と”黒”のアサシンの、幼い声があたりに響く。「わたしたちが姿を現したら、そのおっきな剣でわたしたちをバラバラにするんでしょう?」

「ああ、その通りだ! しかし……」と”赤”のセイバーはあたりに立ち込めた霧を観察した。その霧の濃度というのは、最初に彼女が”黒”のアサシンと戦った時よりも密度が濃く、それでいて毒性や魔力といったものも濃くなっていた。「お前、前よりも力が上がっていねえか?」

「うん! ルーラー? っていうのを食べたんだよ。でも、肉体の方はばらばらにしちゃったら、どこかに消えちゃった」

「そうかよ」と”赤”のセイバーは頷いた。その声こそは冷静そのものであった。しかし、その兜の下には紛れもない憤怒と、侮蔑の感情が見て取れた。

 

 彼女は剣に赤雷を纏わせ、辺りを見回す。

 霧の中に紛れたアサシンというのは、姿はもちろんその気配すらも消してのけるのだった。そういった相手の姿を探すのは、”赤”のセイバーの直感を持ってしても困難を極めた。

 

「クソ!」と彼女は軽く舌打ちをしながら言った。「どこにいやがる? 声は聞こえるが、姿は見えねえ。全く! これだから暗殺者というのはよ! コソコソとしやがって!」

「セイバー!」と獅子劫は右手を見せながら言った。「令呪、いるか? どうせ、”黒”はこれで最後なんだから一角ぐらい使っちまうか?」

「おうよ!」と”赤”のセイバーは言った。「頼むぜ! マスター!」

「そうはさせない……!」そういったやりとりに”黒”のアサシンは素早く反応し、令呪の発動を妨害しようとした。しかし、それが行われるより先に、獅子劫は令呪を発動させた。

 

「令呪を持って命じる! ”赤”のセイバーよ、”黒”のアサシンを倒せ!」

 

 その直後に、霧と闇との向こうから飛来したメスが、獅子劫の手を的確に貫いた。

 

「マスター!」と”赤”のセイバーは叫んだ。

「今更傷のひとつや二つぐらい増えても、どうということはねえよ! とっととやっちまいな!」

「おう!」と”赤”のセイバーは咆哮した。

 

 こうして、令呪のバックアップを存分に受けた彼女は、”黒”のアサシンの位置を正確に見つけ出した。

 ”黒”のアサシンはメスを何本か投擲するが、それらは剣の一振りによって全て弾き飛ばされた。その直後、”赤”のセイバーは一気に”黒”のアサシンが隠れていた屋根の上まで移動し、赤雷を纏わせた剣を一閃する。”黒”のアサシンは、その剣をナイフで迎え撃ったが、そういった斬り合いは僅か2、3回で決着が付いた。すなわち、”赤”のセイバーの剣が、”黒”のアサシンの腕を切り裂いた。

 ”黒”のアサシンはうめき声を立てながら、よろけた。”赤”のセイバーはその、決定的な瞬間を狙い、剣を振り上げた。

 

「じゃあな。”黒”のアサシン」

 

 しかし、”黒”のアサシンのマスターによる、令呪の転移によって”黒”のアサシンはその場から離脱した。

 ”赤”のセイバーの剣の切っ先は、空を切断するだけだった。

 

「畜生! 逃したか」と彼女は忌々しげに言った。「オイ、マスター! すぐに探すぞ!」

 

 獅子劫は頷き、”赤”のセイバーとともに駆け出した。

 霧は既に晴れ、周囲を探索したが、”黒”のアサシンの気配はもちろん、そのマスターの気配も感じ取る事はできなかった。

 

「クソ、マスター。アサシンとか、そのマスターがいる場所に、どこか心当たりは無いのか?」

「いいや、この辺は広いからな。色々な場所がある。つまり、隠れることができるような場所は沢山あるってことだ。むしろ、お前の直感には何か反応が無いのか?」

「いいや、全くだ。……いや、待てよ。これは……そうか! マスター、とっとと行くぞ!」

 

 と”赤”のセイバーは言い、駆け出した。

 

「おい! 唐突にどうしたんだよ?」と獅子劫は彼女の後を追いかけながら問いかけた。

「マスター。お前はさっき、オレに『”黒”のアサシンを倒せ』と令呪で命じただろう? それだよ! それで、直感が強化されているんだ! つまり、大体の場所は、勘でわかる! と思うぜ!」

「思うだけかよ! まあいい。お前に全て任せた!

「任されたぜ!」

 

 こうして、彼らは”赤”のセイバーの直感に頼り、夜の街を駆け出した。

 

 

 

 ”黒”のアサシンのマスターである六道玲霞は、獅子劫と”赤”のセイバーが、”黒”のアサシンと戦っているところを、路地裏から観察しており、己のサーヴァントが追い詰められた瞬間、咄嗟に令呪を発動し、”黒”のアサシンを別の場所に転移させ、その直後に自分もその場から素早く逃げ出したのだった。

 こうした行いは、彼女にとって非常に危険なものではあったが、この聖杯大戦にて召喚されているサーヴァント及びそのマスター全てに勝利するのだから、こうした、運試しにも等しい賭けを行うにはなんら迷いはなかった。そして、彼女は見事”赤”のセイバーと獅子劫に発見されず、その場から逃走するという賭けに勝利したのだった。

 そして、彼女はしばらく移動したあと、”黒”のアサシンと合流し、今の隠れ家へと潜んだ。

 ”黒”のアサシンは、腕に受けた切り傷の痛みによって、辛い表情をしていた。

 

「あら、まあ」と玲霞はそういった状態の”黒”のアサシンを見て、そう呟いた。「大丈夫?」

「うん!」と彼女は頷いた。「でも、少し痛い……」

「それは大変ね。自分で回復はできる?」

「うん。大丈夫だよ」

「そう。じゃあ、少し休もうかしら。ハンバーグもまだ冷蔵庫の中にあるし、食べる?」

「うん! 食べる!」と”黒”のアサシンは微笑みながら言った。

「それじゃあ、少し待っててね……」と玲霞は言い、冷蔵庫から取り出した魔術師の心臓をレンジで温め、”黒”のアサシンの前へと差し出した。それを、彼女は無邪気な様子で食べ始めた。彼女は、それと同時にスキルを使って自分の傷を治療していた。

 

「ねえ。ジャック」と玲霞は言った。「これを食べ終わったら、別の場所へ移動しましょう」

「どうして?」

「さっき、サーヴァントと戦ったでしょう? 明らかに、あの人たちは私たちを探しに来たのよ。つまり、今も探しているに違いないわ。そうなると、この場所もいずれは見つかってしまう」

 

 ”黒”のアサシンは玲霞の言葉を理解し、頷いた。

 

「良い子ね。それじゃあ、行きましょうか。ジャック」と玲霞は立ち上がり、家の外に出た。”黒”のアサシンもそのあとに続いた。

「よう」と”赤”のセイバーは、そんな彼女たちの正面で待ち構えていた。直感に頼った捜索は、果たして功を奏し、彼女は”黒”のアサシンとそのマスターがいる家の正面で、できるだけ気配を消しながら待ち構えていたのだった。「いい夜だな。それはそうと、とっとと死ね!」

「いやだよ」と”黒”のアサシンは言った。

「ねえ、ジャック」と玲霞は相手に聞こえないような、小さな声で問いかけた。「私たちが逃げに徹したら、逃げ切れるかしら?」

「……多分、むりだと思う」と”黒”のアサシンは答えた。

「そう……」と玲華は頷き、どのようにしてこの場を切り抜けるかを、高速で思考した。

 

 ”ジャックがあのサーヴァントと戦ったら、負けるのはジャックでしょうね。だったら、同盟、それか手下になるように交渉する? いいえ。それもまず不可能でしょうね。なぜならば、この戦争では”赤”と”黒”に分かれて戦っている。そして、相手は”赤”のサーヴァント。つまり、相手にとって私たちは殲滅する対象なのだから。

 ……さっきの戦闘で、先制攻撃をしなかったのが痛かったわね……”

 

 ”赤”のセイバーは、”黒”のアサシンを両断すべく剣を振るった。”黒”のアサシンはナイフをもって応戦する。しかし、やはり”黒”のアサシンが劣勢なのは変わりなかった。

 こうして、武器をぶつけ合っているうちに、”黒”のアサシンの肉体に傷が少しずつ増えていった。

 こうした絶望的な状況下において、玲霞はいたって冷静そのものであり、辺りを見回して”赤”のセイバーのマスターがいないかを探していた。だが、獅子劫の姿は見当たらなかった。というのも、彼はサーヴァント同士の戦闘に巻き込まれないように、ないし”黒”のアサシンに狙われないように姿を隠していたのだった。

 

「しょうがないわね」と玲霞は呟いた。そして、祈りを込めて令呪を使用した。しかし、それは獅子劫の狙撃によって妨害された。

 彼は物陰に隠れながらも、玲霞の様子を観察しており、仕留めるタイミングというのを伺っていたのだった。そして、手持ちの銃による中距離の狙撃によって放たれた弾丸は、玲霞の右手を正確に貫いた。

 

「俺の手の仕返しだ」と彼は、銃口から登る煙を息で吹き飛ばしながら言った。

 

 こうした出来事によって、”黒”のアサシンは激しく動揺し、それが致命的なものとなった。すなわち、”赤”のセイバーの一閃によって、その体を切り裂かれた。この攻撃は致命傷であり、霊核を破壊するまでには至らなかったものの、肉体そのものに多大なダメージを与えた。

 

「ジャック……!」と玲霞は呟きながらも、懐に潜ませていた拳銃を取り出した。その銃口は、先程の狙撃によって、隠れている場所を把握した、獅子劫が潜んでいる場所へと向けられていた。

「やめとけ、やめとけ」と”赤”のセイバーは、剣に付いた血液を払いながら言った。「そんな小さな銃じゃあ、オレのマスターがいる場所まで届かねえよ」

「ま、そういうこった。おとなしく諦めるんだな!」と獅子劫は叫んだ。

マスター(おかあさん)……! マスター(おかあさん)!」と”黒”のアサシンは立ち上がった。彼女の肉体の限界はとうに来ていたが、気力によって”赤”のセイバーの前に立ちはだかった。

「邪魔だ。アサシン。お前は、もうすぐに消滅する」

「うるさい……!」と”黒”のアサシンは言いながら、”赤”のセイバーへと襲いかかるが、その行動に力は入っていなかった。

「ジャック、そこまでよ」と玲霞は”黒”のアサシンを宥める様に言った。「私たちはもう助からない。それは、貴女もわかっているでしょう?」

おかあさん(マスター)……」

「ねえ。貴女は私たちをどうするつもりかしら?」と彼女は”赤”のセイバーへと問いかけた。

「あ? 決まっているだろう。殺す。ただそれだけだ」

「そう。だったら、ここまでね。ジャック、ごめんなさい」

「何で、何で」と”黒”のアサシンは倒れながらも、マスターへとはい寄りながらそう言った。「なんであやまるの……? ねえ、いやだよぉ……」”黒”のアサシンはその言葉を最後に、涙を流しながら、それでいてマスターに抱かれながら消えていった。そうして、1人残された玲霞は、銃の引き金に指をかけた。

 彼女は銃口を頭に当て、引き金を引いた。こうした自殺を遂げながらも、彼女、聖母マリアの如き微笑みを浮かべていた。

 

 こうして”黒”のアサシンそのマスターは、聖杯大戦から脱落した。

 獅子劫は事が終わったのを確認し、物陰から出てきた。

 

「何はともあれ、”黒”のアサシンの討伐、お疲れ様だ」と彼は言い、その後玲霞の死体を見ながら、「しかし、まさか自害するとはな……」と呟いた。「まあ、偶にあることだ。この女にとって、”黒”のアサシンは子供だったんだろう。それでいて、それ以外はどうでも良かったんだろうな」

「どういう事だ?」

「あー、なんて言うべきなんだろうな……」と獅子劫は頭を掻きながら言った。「そう……多分だが、この女は何も持たなかったんじゃあないのか? いや、難しいな……」

「いいや、いい」と”赤”のセイバーは頷いた。「大体わかった」

「そうか。さて、これから忙しくなるぞ……何せ、これで”黒”は全滅したんだからな」

 

 

 


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