アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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疑惑と儀式

 泉が起きて、最初にしたことは、髪に指を突っ込んで、頭を振る事であった。そうする事によって、夢の内容、とりわけ最後の部分を自分の頭の中から追い出そうとしているのだった。

 その目論見は、成功するはずもなかったが、いくらかは気を紛らわす事ができた。そして、ベッドから飛び降りて、壁に掛けてある時計を見、現在の時間を確認した。彼が寝ていた時間というのは、1時間にも満たなかったが、肉体的なものはともかく、精神的な疲れを回復させるには十分な時間であった。

 彼はリュックの中を確認した。

 中には、銃やそれの弾、他には手榴弾や閃光弾といった、魔術的な加工がかけられた火器、様々な魔術を行使する為の礼装といった、彼にとっての武器が入っていた。それらを、念入りに確認した。

 それが済むと、部屋を出て工房へと向かった。

 その工房には、つい先刻までは部屋の中心にベッドが置かれていた。しかし、今はそのベッドは端に寄せられており、その代わりに、魔術的な祭壇とでもいったものが設置されていた。

 その祭壇というのは、泉が”黒”のキャスターの宝具であるゴーレムの破片、そして、”赤”のアサシンが空中庭園を建築するのに使った時にできた素材の余り、(これはこっそりと泉が回収していたのだった)そして、その他にも神秘が篭った鉄の棒や木の棒、更には魔道書の破片といったものが、組み込まれ、さながらあのカーミラが使ったという、アイアンメイデンにも似た形、すなわち、中心に人を包み込む事ができるような形になっていた。

 そして、その中心、いわゆる内部には、あのホムンクルスが拘束されていた。しかし、彼は泉の魔術によって意識を無くしていた。

 それが置かれている床には、サーヴァントを召喚するための術式を、泉の手によって改造した召喚術式が描かれていた。

 

「さあて!」と泉は手を叩いた。「今のところ、まだ”黒”のアサシンは倒されていないけれども、あともう少しもしたら、倒されるだろう。その前に、さっさと仕事に取り掛かるとしますか!」

「それは少し待ってもらおうか」と”赤”のアーチャーは工房の扉を開けながら言った。「少し、汝と話をしたい」

 

 泉は振り向いて、こうした彼女の言葉に驚いた様子を見せながら言った。

 

「うん、いいよ。でも、なるべく手短にね。この儀式は時間をかけるものだから。そして、今は一刻を争うんだ」

「そうなのか。確かに、随分と大層なモノを作っているようだな」と彼女は胡乱な目で祭壇を眺めた。

「まあね。これをうまく使えるかどうかで、この聖杯大戦の勝敗を左右するといっても、過言じゃないかな。ああ、そういえば、コレがどういうものなのか説明していなかったね」

「確かに、この装置について細かい説明は聞いていないな。だが、そんな事はどうでもいい。私は魔術の云々は不得手だからな」

「そう?ま、一言で済ませるなら、『勝つには手段を選ばない装置』とでもいったところかな。事前の実験とかは、やったこと無いから無事成功するかどうかはわからないけれども」

「そうか。まあ、私が願いを叶えられるのならば、何でもいいさ。汝が何を企んでいようともな」

「理解のあるサーヴァントで嬉しいよ」と泉は微笑んだ。「話が逸れたね。そろそろ本題に入ろうか。用件って何かな?」

 

 ”赤”のアーチャーは、しばらく考え、こう言った。

 

「夢を見た。それも、汝の過去についてだ」

「へぇ?」と泉は目を細めた。それは、”赤”のアーチャーを警戒してのことだった。それとは別に、激しく動揺した事を隠すための行為でもあった。「どんな夢だったのかな?」

「汝がまだ幼い頃、両親から魔術を教えられた所から、時計塔とやらに入るまでの所だ」

「そっか、それ以外は?」

「特に何もない」

 

 泉は内心で安堵の息を吐いた。というのも、生前、すなわちこの世界に転生する以前の記憶が彼女に見られるといった、彼が最も恐れていたことの一つが起こらなかったからだ。

 彼は彼女に話を続けるように促した。

 

「なぜ、汝はそういった目で人を見ることができる?」とアタランテはある種の警戒や恐怖にも似た感情を孕ませた様子で言った。彼女の手は何があっても、それこそ泉が攻撃するような意思を見せた瞬間に、弓を手元に召喚し、素早く矢の先端を彼の額の先端に向けるように準備がなされていた。

 

「汝の夢というのは、汝の目線から見た世界だった。それを見て、私は初めて、汝に対する違和感の原因を発見することができた。答えてもらおう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「どういうことかな?」と泉は首を傾げた。

 

 そういった彼の反応に対して、彼女は泉という人間が持つ異常を改めて認識し直した。

 

(この人間は)と”赤”のアーチャーは心の中でつぶやいた。(この人間から見るこの世界は、本当に総てがどうでもいいのだ。夢で見た泉という人間の視線は、灰色どころか深い暗闇そのものだった。どんなに美しい景色だろうが、どんなに醜い景色だろうが、どんなに聡明な人間であろうが、どんなに阿呆な人間であろうが、彼にとってはそのことごとくがすべてどうでもいいのだ。

 青空を見上げようとも、彼の目には夜ともまた違った黒い空、頭上に広がる深淵といったものが見える。それは、海や大地を見ても同じことだ。天も海も地も、彼にとってはすべてが奈落の底の世界のように見える。そして、そういった世界の中で活動する人間たちに対しても同じことが言える。性別や年齢といったものはどうでもよく、ただ歩き、言葉を発するだけの存在としか映っていない。それは、彼が人間の事を、だだの物、いいや、人間だけではない。この世界のすべてをただの物だと認識しているのだ。

 しかし、真に恐るべきはそこではない。その事を、先ほどの返答で理解した。

 それはまさしく狂気そのものだろう。しかし、彼はそのことを狂気であると認識していない。そう、自分がそういった世界にいるという事が普通だと認識している。それこそが、真の狂気だろう。

 しかし、最も恐ろしい点はそこではない。

 だが、この世に産まれた時、あるいは幼いころから、世界に対してこうした認識を持っているのならば、本当に総てがどうでもいいはずだ。空を見上げようとは思わず、海を眺めようとも思わず、地を歩こうとも思わない。人間に対してもそうだ。どうでもいいのならば、人間に対する接し方、人間の話し方といったものは学ぼうとせず、理解もしようとはしない。しかし、彼はそういった事を知っている。空の青さ、海の広さ、大地の偉大さ、そういった物が持つ色や音なども知っている。

 しかし、それでもどうでもいいと思っている。この世界のあらゆることを知っていながらも、そのすべてを暗闇、深淵と認めている。それが、この人間の恐ろしいところだ)

 

「いいや、何でもない」と彼女は答えた。「先ほどの発言は忘れてくれていい。他人の記憶というものを見て、少し混乱していただけだ。それよりも、私がすることはあるか?」

「特に何もないね。ま、強いて言うならば戦いの準備をしてくれればいいよ。武器とかはもちろん、精神的な意味でもね」

「そうか、わかった」と”赤”のアーチャーは答えた。それから、先ほどの思考を切り捨て、ほかの”赤”のサーヴァントたちと戦うにあたって、どのような行動が最善か、それと、マスターが聖杯に何を願うのかを警戒し始めた。この警戒というのは、いわゆるサーヴァントの本能によるものであった。

 彼女は部屋から出て行った。そして、家の屋根に上り、空中庭園を見上げながら次のような事を考えた。

 

(どうにも不吉な予感がする。今ここで、彼を殺すべきだったかもしれない。しかし、そうなると私が現界するための魔力、宝具を使うための魔力がなくなってしまう。いくら自立行動のスキルがあるとはいっても、これからの戦闘の事を考えると、それだけではとても不十分だろう。代わりのマスターを見つけようにも、ある程度の時間がかかる。それに、彼の魔力量は、普通の魔術師よりも多い。ゆえに、私は最高の戦いができるのだ。

 もしも、何かあったら、それこそ令呪で私にとって不都合なことを命じようとした途端に、私は矢で頭を射抜けばいいだけだ)

 

 こうした覚悟を胸に刻みつけた彼女は、泉のいう儀式が完了するまで、戦いに備えて精神から余分なものをそぎ落としていった。こうして完成するのは、アタランテというギリシャ随一の女狩人であり、獣であった。

 

「さて、それじゃあ始めますか」と泉は、彼女のそういった心情などは知らずに、儀式を開始した。

 

 彼はアイアンメイデンの上部にある、四角いくぼみに、蛇の化石がくっついた石板を設置した。その石板、蛇の化石というのは、まさに、あの英雄王ギルガメッシュを召喚するための触媒であった。そして、その上に黄金の杯を設置した。その杯というのは、彼が過去の亜種聖杯戦争で得た聖杯であった。それは大量のホムンクルスたちの魔力と魂とで、あふれんばかりの光を放っていた。

 

「これでよし。すべての準備は整った。あとは、鬼が出るか蛇が出るか、それとも英雄王が出るかだね。まあ、出てほしいのは、鬼でも蛇でもなく、英雄王でもない。ただの戦闘人形だ。

 僕は、この術式を5年にわたる年月で研究してきた。それは、夢幻召喚(インストール)やデミ・サーヴァント。そしてこの世界の正史に登場する、竜告令呪(デッドカウント・シェイプシフター)といった現象を僕が知っているからこそ、始めることができた研究だ。なんのためにそれを行ったのか、それは単なる興味に過ぎない。というのも、僕は聖杯戦争に参加する予定なんて、初めは無かった。でも、この聖杯ならば、僕の究極的な願いを叶えることができるかもしれない。

 その可能性を知っていたから、僕は入念に下準備を進めてきた。亜種聖杯による3つの触媒の確保、この魔術の研究、そして僕の根源を使いこなすための鍛錬。これらが、とうとう今晩! 今晩に実を結ぶんだ! さあ! 勝利しようじゃないか! 強力、最強の一角のサーヴァントの力を用いて!」

 

 泉は、数歩下がって、魔術の詠唱を開始した。

 

満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)満たせ(とじよ)。繰り返すつどに5度。満たされるは刻と空間。閉じるは幻想。現れるは、偽りの魂。

 ───告げよう。汝の魂と肉体は不可。ただ一つ必要なのは、汝の証明。聖杯の寄るべに従え、汝の証明を寄越せ。誓いを此処に。我は常世総てを滅ぼすものなり。我は常世総てを転生するものなり。我は常世総てを識るものなり。

 汝三大の霊言を纏う七天。抑止の輪より、手繰り寄せよ! 天秤の守り手よ───!」

 

 こうした詠唱を唱え終えると、聖杯から、太陽の光にも勝るほどの、黄金の光が放たれ、部屋中を激しく照らした。こうした強烈な光の中で、ホムンクルスは、拘束された体を小さく跳ねあがらせたり、奮わせたりしていた。その現象は、彼が目覚めて、拘束から脱出する為に発生したものではなく、聖杯からの膨大な魔力、そして英雄の魂が彼の肉体の中に流れ込んでいる為であった。

 しかし、泉は術式の不完全さを感じた。というのも、これより呼び出す英雄が、この現世に現れようとしているからであった。

 

「クソ! やっぱりこうなったか。相手はあのギルガメッシュなんだ。彼の財宝と蔵のみをこのホムンクルスに与えようとしているんだから、渡そうとするどころか、蔵を奪おうとする者に対して、粛清を与えようとするべく、無理やり現界しようとしている!

 でも、そうはさせないよ。英雄王ギルガメッシュ」

 

 と泉は言いながら、今回の召喚で新たに、腕に刻まれた令呪をかざして、こう言った。

 

「令呪3画を用いて命じる! ”ギルガメッシュよ、引っ込め! 大人しく宝具をよこせ!”」

 

 こうした令呪の使用の効果は、まさに抜群であった。ギルガメッシュは、召喚されることなく座へと帰っていった。

 聖杯の光が収まった。

 拘束されたホムンクルスの姿は、すっかり変わっていた。白い髪は、黄金の髪になっていた。元々赤かった目は、更に赤く、それでいて鋭くなっていた。それと、身長もいくつか伸びていた。つまり、今の彼の肉体は、あのギルガメッシュと全く同じ姿形をしていたのだった。

 その、英雄王の姿をしたホムンクルスは、こう言った。その言葉こそは、激しい怒りが籠っており、それでいて冷酷なものであった。

 

「まさか、この世にこの(オレ)の財を奪おうとする、愚かなネズミがいるとはな。その罪は、この世界において最も重い罪の一つだ」

 

 こうした言葉、こうした不遜な態度こそは、まさに英雄王ギルガメッシュそのものであった。

 そして、それを証明するかのように、彼の背後に黄金の光が広がり、無数の波紋を描きながら、4、5艇程の剣や槍、斧といった武器が出現した。そうした武器こそは、この世界のあらゆる武器の原典と呼べるものであった。

 そして、泉めがけてその武器が、音速を超える速度で、射出された。

 その一つ一つの武器の先端が、何かしらに触れるたびに、轟音と破壊とをもたらした。この部屋どころか、建物そのものが崩れ落ちた。激しい粉塵が舞い上がるなか、泉は傷一つなく立っていた。それどころか、拘束具を砕き自由の身となったホムンクルスを睨みつけていた。

 しかし、それっきりであり、そのホムンクルスは何も言うことはなく、少しも動くことはなかった。

 泉は安堵のため息を吐いた。

 

「どうやら、今のはギルガメッシュの悪あがきだったみたいだね。流石と言うべきかな? でもまあ、これで儀式は無事終了し成功した」

 

 彼はホムンクルスの前で、口の端を吊り上げて笑った。それから、アーチャーを呼んだ。

 彼女は、英雄王の気配がした瞬間、本能的な危険を感じてこの場所から離れていた。彼の呼び声で、彼女は元の場所へと戻った。

 

「これは、一体どういう事だ?」と彼女は崩れ落ちた家を見ながら言った。「儀式とやらは失敗したのか?」

「いいや、成功だよ。英霊の証を憑依させる。つまり宝具のみを使用する事ができる人形という、強力な道具を手に入れる事ができた!

 それじゃあ、もう”黒”のアサシンも倒された事だしこっちの準備も整ったし、始めようか。───正しい聖杯大戦を!」

 

 


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