アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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ジャンヌ・ダルク

 ”黒”のアサシンに敗北され、肉体を解体されたジャンヌ・ダルクが憑依していた肉体は、ルーラーとしての機能を発揮し、街の郊外まで自動的に転移された。

 レティシアは辺りを見回し、自分が転移されたということを確認した。その次に、自分の肉体の無事を確認し、聖女の敗北を、涙を流して悲しんだ。

 しばらくし、泣き止んだ彼女は街の向こうにある平原を睨みつけた。その平原には、巨大な空中庭園が横たわっており、それが天に手をのばす巨人のように見えたのだった。

 その巨人は暗闇に包まれており、何か不吉な象徴のように思えた。それを見ていると、彼女は、

 

 ──『この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう』

 

 という泉の言葉を思い出さずにはいられなかった。実際、彼の言葉は一種の呪いのように、時折彼女の中に浮かび上がっては消え去っていくということを繰り返していた。

 彼女は頭を振り、

 

「聖女様、聖女様は今から私があの落下した庭園の元へ行き、この戦いの行く末を見届けたいと言ったら反対なさるでしょう。ですが、私は見たいのです。なぜならば、彼の言った『……この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう』という言葉が頭からこびりついて離れないのです。

 これは私のくだらない好奇心に過ぎないのでしょう。あの戦いを見るために、あの庭園に入り込むというのは、愚かな行為だと理解しています。ですが、私はなぜだか見なければ行けない気がするのです……この戦いの結末を」

 

 彼女は庭園を目指し、その手前にある街へと向かってあるき出した。

 普通、夜の街にはごろつきが堂々とうろついており、女性が一人で出歩くならばあっという間に無法者たちによって悲惨な目に合わされてしまうのだが、今のルーマニアの街をうろつくような人物はいなかった。というのも、彼ら一般人は聖杯大戦のことは知らずとも、異常な空気をそれとなく感じ取っていたのだった。

 そうした訳で、レティシアは暴漢に襲われるようなこともなく、街中を遠慮なしに移動することができたのだった。

 しかし、彼女は足を止めた。なぜならば、彼女の前には、黒い、人の形をした、もやのようなものが、何か訳の分からない言葉を洩らしながら浮かんでおり、彼女はそのもやが危険であるということを、直感ないし本能によって感じ取っていたのだった。

 そのもやはレティシアを見つけるなり、素早く彼女の元まで移動した。彼女はたちまちのうちに黒いもやに包まれた。

 レティシアの意識は一回途切れ、再び覚醒した。

 

「ここは」と彼女は辺りを見回した。

 辺りは白い霧と黒い煤とが混ざり合い、灰色になった深い霧に包まれ、太陽の光りはいくつにも重なった灰色の雨雲によって遮られており、昼間であっても夜のように陰気な様子を見せていた。

 家の石壁には、浮浪者や娼婦や捨てられた子どもたちが虚ろな目をしながらもたれ掛かり、彼らの前に人が通るたびにちょっとした芸とか、女は自分の体をちらつかせたりして、食物や金を恵んでもらおうとしている様子が見られた。そして、路地裏に目をやれば、若い女性がならず者たちに襲われているのが見られた。

 道を歩く人々の様子は様々で、薄汚れた靴に、薄汚れた服をまとっている貧乏人が歩いていたり、それとは反対に、手入れの行き届いた馬車に、いくらでも駆けてみせるといった名馬を5、5頭もくくりつけ、身なりの良い召使に引かせている貴族も見られた。

 そして、彼女は流れている川をふと見かけた。

 その川には、腐った野菜とか、肉とか、いらないゴミと、工場の薬品とかが大量に捨てられており、水は真っ黒になっていた。そうしたものたちの中に混じって、赤ん坊の死体が大量に流されていた。彼女はそれをみて吐き気を覚え、手に口をやった。

 

此処は地獄(This is hell)───」

 

 こうした文字が、彼女の前にある石壁に、血液で書かれていた。

 その文字の下には、大量の赤ん坊の死体が積まれていた。その中には、医者によって、傷一つなく摘出された娼婦の赤ん坊や、望まぬ妊娠をし、素人の手によって手荒く取り出され、へその緒によって首を締め付けられた貴族の赤ん坊とか、ならず者たちの遊びによって殺され、体のあちこちを切り裂かれ、臓器を露出させた赤ん坊とか、あらゆる状態の赤ん坊の死体が積まれていた。

 レティシアはこれらを見て、地面に汚物を吐き出した。

 

そして(And)…………───」

 

 地面に吐き出した彼女の汚物の横に、こうした文字が血液によって書かれた。

 彼女は恐怖を隠さずに、顔を持ち上げた。

 たくさんの幼児たちがいた。レティシアは周りを見回し、自身が幼児に取り囲まれているということを理解した。

 彼ら幼児は、カビの生えたシャツを着ているものもいれば、何も着ていないものもいた。こうした様子から、彼らが貧困という魔物に取り憑かれていることが目に見て取れた。

 彼らは一斉に口を揃え、こう言った。

 

わたしたちは地獄よりやってきた(We came to flom hell)───」

 

「ねえ」と一人の少年が言った。「ぼくたちのおかあさんを知らない?」

「知りません」とレティシアは気力を引き絞り、それでいながらも震える声で答えた。

「そっか、それは残念……じゃあ、()()()()()()()()()?」

 

 そうした少年の言葉を合図に、幼児たちは一斉にレティシアへと手を伸ばし、彼女の体を掴んだり、引っ張ったりしながら、

 

「たすけて……」「かわいそうなわたしたち(ジャック)をたすけて」「くるしいんだ」「すくって」「たすけて」「ねえ、おねがい───……」

 

 レティシアは改めて幼児たちの姿を見た。

 彼らの目は、暗闇のような、暗黒と絶望との光りに飲み込まれ、すっかり黒くなっていた。その体は腐っており、湧き出た腐臭に蝿や蛆がたかっていた。体を少しでも動かすたびに肉が崩れおち、骨を露出させていたりした。

 こうした様子から、レティシアにたかっている子どもたちは、死体であることが見て取れた。

 レティシアは恐怖によって、その意識を失いかけたが、

 

「だめ、ここで意識を失ってはいけない! もしも失ったら、私はこの子供達に喰われる!」

 

 と激しく言い聞かせ、なんとか気絶しないようにしていた。

 レティシアは手を振り回し、幼児達を追い払う素振りを見せた。そのかいがあったのか、幼児達はいつの間にかいなくなっていた。

 レティシアは息を途切らせながら膝をつき、四つん這いになった。

 足音が聞こえた。彼女はすぐさま頭を上げた。

 一人の少女が、レティシアの前に立っていた。

 

「世界はみにくいんだよ」とその少女は言った。「ロンドン(濃霧の地獄)は常に血肉と麻薬と煤にまみれていて、ひとびとは希望をみいだすことはできないまま、ただぜつぼうか、きょむを味わいながら、少しずつそのいのちをおわらせていった───世界は、とってもみにくいんだよ」

「いいえ……そんなことはありません!」とレティシアは立ち上がって言った。「確かに、先ほどの光景はまるで地獄のように思えました。でも、それでも、私が知っている世界は美しい! 聖女様と一緒にいた時に、私は聖女様と語り合いました。

 野菜が取れる畑のこと、干し草の上で寝転がると気持ちいいこと、勉強が楽しいこと、草原を駆け回るのが楽しいこと、他にもいっぱいの事を話しました!」

「ほんとうに?」と少女は言った。「()()()()()()()()()?」

 

 こうした少女の言葉には、黒く、冷たいものを感じ取ることができた。

 

「だって、わたしたちは知っているんだもの。この世界はみにくいっていうことを」

 

 少女の言葉の様子に、レティシアの心は粉々に打ち砕かれた。

 というのも、少女の言葉は、レティシアの言葉よりも気持ちと体感とが込められており、田舎でのんびりと育った少女が今までに味わった世界を、黒く、塗りつぶすかのようなものであったからだ。

 地獄で生まれ、地獄でそだった少女たちの言葉は、田舎の少女をたやすくうち負かせたのだった。

 

此処は地獄(From to hell)───わたしたちは地獄で生まれた(We are born in hell)────わたしたちは切り裂きジャック(We are Jack the Ripper)───」

 

 こうして、レティシアはジャック・ザ・リッパーの残りの意思、亡霊とでもいうかのような存在に取り込まれたのだった。

 レティシアは残った理性で、頭を激しく掻き毟り、足元もおぼつかない様子を見せながら、泉が言った言葉を思い出していたのだった。──『この先、あるのは戦争だ。それはとても残酷で、とても恐ろしい物だ。それこそ、常人が耐え切れるものではない光景が繰り広げられるだろう』

 

(なるほど、確かにこの言葉は本当の事だった! 私は地獄を知ってしまった! 残酷さを知ってしまった! こんなもの、英霊ではない私には耐えきれるものではなかったんだ! ああ、ああ、申し訳ありません、聖女様! おとなしく、この街から逃げ出すべきでした! ああ、ごめんなさい、ごめんなさい……!)

 

 こうした懺悔を最後に、レティシアの意識は途切れてしまった。

 彼女の足元には、白い線によって描かれた英霊召喚のための魔法陣があった。

 悶え苦しむレティシアの様子を観察しながら、白い髪、赤い目をした少年は言った。

 

「亡霊寄せの細工を施した英霊召喚の魔法陣。それに誰か人間が引っかかればいい、そうでなくともどこかから攫って、魔法陣に設置し、ジャック・ザ・リッパーの亡霊を取り込ませればいいと思っていたが、まさか、まさか! あのジャンヌ・ダルクの憑依体がのうのうと引っかかるとは! ハハ、ハハハ! 私はツイているぞ! 

 さあ、さあ! 始めようではないか! この街には”赤”のライダーもうろついているから、手早く始めるとしようではないか! 前回の聖杯戦争にて、忌まわしきアインツベルンは、ルーラーかアヴェンジャーのどちらかを召喚するか選び、ルーラーを召喚したという!

 反則による、イレギュラーなサーヴァントの召喚、すなわち、ジャック・ザ・リッパーの亡霊を使い、そして、私が時計塔で培った降霊術の技術を持ち合わせ、アヴェンジャーの召喚を行うのだ!

 さあ、さあ、召喚するアヴェンジャー、それは、かつてジャンヌ・ダルクが憑依していたという少女が触媒なのだから、それにピッタリな英霊を召喚しようではないか! すなわち、聖女としてではなく、魔女としてのジャンヌ・ダルク!

 神の言葉という幻聴によって、周りを騙し、平原を蹂躙した気狂いの魔女、ジャンヌ・ダルク! 本来ならば、存在しない英霊なのだろう。しかし、英霊というのは人々の信仰によってどうとでも変質する。ヴラドの宝具がいい例だ。少なくとも、あのシェイクスピアはジャンヌ・ダルクを魔女として書いていた。ナポレオンがジャンヌ・ダルクを政治に利用する前には、魔女として扱われていた。ならば、可能だ。私の実力、そしてジャック・ザ・リッパーの亡霊、そしてジャンヌ・ダルクが憑依していた少女! 可能だ! 無辜の怪物として召喚することは容易い!」

 

 白い髪の少年は、英霊を召喚するための呪文を唱え始めた。

 しかし、その呪文は通常のものとはいくらか違っており、アヴェンジャーというサーヴァントを召喚するために、アレンジしたものであった。

 そして、魔法陣が光り輝き、その光りが収まると、魔法陣の中心には、灰色の髪に、黒い鎧を纏い、禍々しい紋章が描かれた旗を持った女性が立っていた。

 その女性というのは、ルーラー・ジャンヌ・ダルクと、黒色に変化している部分を除けば、全く同じ姿をしていた。

 

「成功だ!」と赤い目をした少年は言った。「アヴェンジャー、ジャンヌ・ダルクの召喚……! 私はやり遂げたぞ! だが、令呪は存在しないか」

 

 と彼は自身の腕をなでて言った。そこには令呪と観られるような紋章は無かった。

 

「だが、パスは繋がっている。そして、あのジャンヌ・ダルクは他のサーヴァントを悉く打ちのめすだろう!」

 

 実際、アヴェンジャー・ジャンヌ・ダルクは戦うべき敵を素早く見つけた。

 その敵というのは、魔力を感じて駆けつけたライダーだった。

 

「オイオイ、どうなってんだ。こりゃあ」とライダーは言った。「何体目だ? 1……、18体目のサーヴァントだと? まあいい、とりあえず敵であることは、その殺気を見れば分かるぜ。さあ、やるとしようじゃねえか!」

 

 白い髪の少年は、素早く身を隠しながら、その場から逃げ去った。

 しばらくして、少年の後方で二騎の英霊が戦う衝撃と音とが感じ取られた。

 






最初はエドモンを召喚する予定だったんですよ……こう、苦しむレティシアが助けを呼んで、「俺を呼んだな!」って言って、フハハする展開だったんですよ……でも、レティシアならジャンヌオルタのほうがまだ可能性があるだろうなあ……って。
理論上色々とおかしい? そこはまあ、ご都合主義のタグがあるから勘弁です。

……完結まであともう少しだ。たぶん……

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