アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい 作:天城黒猫
”諸天は主の光栄に。大空は御手の業に”
”昼は言葉を伝え、夜は知識を告げる”
”話すことも語ることもなく、声すらも聞こえないのに”
”暖かな光りは遍く全地に、果ての果てまで届いて”
”天の果てから上って、天の果てまで巡る”
”我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる”
”我が終わりは此処に、我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に”
”我が生は無に等しく、影のように彷徨い歩く”
”我が弓は頼めず、我が剣もまた主を救えず”
”残された唯一の物を以て、彼女の歩みを守らせ給え”
”主よ、この身を委ねます─────”
(レティシア)と聖女と呼ばれた少女は、彼女の後ろでへたり込んでいる少女の名前を心の中で呼んだ。レティシアに、そうした彼女の言葉なき呼びかけに気づくような事はなく、ジャンヌ・ダルクの姿を見て涙を流していた。
というのも、ジャンヌ・ダルクは鞘から剣を抜き、その剣の刃を握りながら手を合わせた。その刃に触れた手のひらから血が流れるが、彼女は痛みを感じるような素振りは一切見せなかった。
ところで、彼女の剣の先端部分には花の蕾を思わせるような装飾があり、その花びらが開いたと思うとそこから炎が現れ、その炎は彼女の肉体を取り巻いていき、かつて火刑に処されたときと同じように彼女の肉体を燃やしていった。
レティシアはそうした彼女の様子を見て叫ぼうとしたが、その声は喉元で止まっていた。なぜならば、炎に包まれるジャンヌ・ダルクの姿はとても美しく感じられ、レティシアにとって、ジャンヌ・ダルクはさながら一人の天使、一人の神が舞い降りたかのような光を放っているかのように見えたのだった。
(レティシア、貴女は本来ならばこの場にいていい人間では無かった。しかし、何の因果か、何の偶然か、私が召喚されるにあたって貴女の肉体が、私という存在を憑依させるのに最適なものであったため、大聖杯に選ばれ、貴女はそれを受け入れた。貴女は私のように神からの啓示を受けたわけでもなく、優れた戦士というわけでもなく、知略に長けているわけでもない。何かしらの飛び抜けた才能があるわけでもない、至って平凡な村娘、そう、主より愛され、守られるべき存在なのです。
ですが、貴女は覚悟を背負い、争いの渦の中に自ら飛び込もうとしている。それは私の望むところではありませんが……レティシア、貴女は今更私が何を言おうとも、その覚悟を曲げるような事はないでしょう。ああ、全く本当に私が憑依するに相応しい肉体だと聖杯に選ばれただけありますね。私は、貴女の旅立ちを祝福しましょう!)
ジャンヌ・ダルクは、
「炎よ! この悪霊たちを、この地獄を、この精神によって築き上げられた世界を燃やし尽くしなさい!」
と叫び、自らの身を燃やす炎をその世界にばらまいた。美しいヴェールのような白色と、赤色とが混じり合った炎が悪霊たちにわずかでも触れると、悪霊たちはたちまちの内に浄化され、この現世、レティシアの精神の中から消滅していった。
残った悪霊たちはその光景を見ると、アリの子を散らすかのように、各々あらゆる方向へと逃げ出した。しかし、聖女を燃やす炎はそれらを見逃さず、次々と子どもたちを燃やし尽くしていった。
「たすけて……」とすっかり弱りきった声で、子供の一人が言った。「わたしたちはもう何もしないから……いやだ、やだよう。この世界から消えるのはやだよう」
「いいえ、その願いを叶えることはできません」と聖女は言った。「なぜならば、すでに死に、魂のみとなった存在は全て天へと昇ってゆくのですから。私達のようにサーヴァントとして召喚された死者も、本当ならばここにいてはいけないのでしょう。この現在において、人知を超えた力というのは、それだけで災厄となるでしょう。そのカタチがどうあれ……」
「忌々しい言葉ですね」と悪霊たちが逃げまどう中、暗闇の向こうから現れたアヴェンジャーは言った。「その言葉は全くの真実なのでしょう。だからこそ忌々しい! 正論を叫び、正義のために戦い、神の宣告という名の洗脳によって狂った魔女! 戦いには勝利し続けた! そのたびに数多の人々は賞賛の言葉を送った! 戦って勝利し、戦って勝利する……それを繰り返した果てには、炎の処刑! なぜ! なぜ! なぜなのでしょう。なぜ、正義のために戦い、神の名の元に戦い、正しさを貫いたのに、なぜ悪辣なる司祭の手によって処刑されなければいけ
ないのでしょうか?」
「アヴェンジャー」とジャンヌ・ダルクは言った。「在り方を歪められた子どもたちの悪霊を核とし、人々の思いによって作り出された架空の
ジャンヌ・ダルクは手に持つ剣を振るった。白と赤とが入り混じった炎は、まっすぐにアヴェンジャーへと向かっていった。
「何……!」とアヴェンジャーは叫んだ。「『一度も憎んだことはない』だと? 莫迦な! そんなことは無いはずだ、人間ならば、生きているのならば、憎しみを抱くのが当然でしょうに!」
「いいえ、繰り返します。アヴェンジャー。私は、私を処刑した人物、そして、それに関わった人物達のことを、一度切りも、一瞬たりとも憎んだことはありません」
「ふざけるな……!」とアヴェンジャーは、歯を食いしばりながら震える声を発した。
復讐者である彼女にとって、聖女の言葉は決定的な一撃であった。というのも、アヴェンジャーが復讐者として存在している理由は、彼女を処刑した人物、そして、彼女を見放した世界に対しての憎しみを、ジャンヌ・ダルクが抱いているという仮定によるものであった。しかし、アヴェンジャーを構成する存在、すなわちジャンヌ・ダルク本人によって、彼女が存在する理由が否定されたのだった。
聖女・ジャンヌ・ダルクの発した言葉によって、魔女・ジャンヌ・ダルク・オルタナティブの存在理由は一瞬で奪われていった。
「……私が、消えて行く……この世界から! 感じる、私をこの世界に結び付ける楔が、今、この瞬間砕け散り、私という存在の崩壊が始まっているのが! ……消えて行く、消えて行く! この私が、復讐の魔女であるこの私が!」
と、罅が入った自分の手のひらを見つめながら叫ぶ彼女の、表皮や、鎧、禍々しい文様が描かれた旗に罅が入り、ほんの少しだけの衝撃、それこそ人差し指で触れるだけの衝撃で彼女の肉体はたちまちのうちに崩れ散るという有様であった。
「さらばです。創り出された偽りの
と聖女は炎による一撃を、魔女に加えた。
アヴェンジャーは、断末魔の叫びを上げながら、たちまちのうちに崩れ落ちていった。やがて、黒い、禍々しい瘴気といったようなものが立ち上った。それを最後に、アヴェンジャーという存在は完全に消え去ったのだった。
それとともに、この悪霊たちが作り出した、ロンドンの街もたちまち崩壊していった。
「聖女様!」とレティシアは叫んだ。その叫びに、聖女はただ、笑顔を浮かべながら、レティシアへと振り向くだけであった。
レティシアの視界は、全くの暗闇に包まれた。それも一瞬のことであり、彼女が目を開くと、目の前にライダーの戦車が迫っていた。
彼女はそれを認めると、本能のうちに手に持っていた旗を前に突き出した。
ライダーは、敵対している相手の姿が、一瞬で変化したのを見つめ、手綱を通じて、戦車を牽引する馬に止まるように命じた。というのも、先程までのジャンヌ・ダルクの姿は、全身を黒い鎧で纏っており、禍々しい文様が描かれた旗を手にしていたが、今のジャンヌ・ダルクの姿は、一切の穢が感じられない、純白の鎧を纏い、旗はあらゆる穢れを弾く、神聖なものとなっていたから。
しかし、それでも戦車の勢いは、僅かに無くなった程度であり、完全には止まらなかった。しかし、彼女が思わず突き出した旗は、戦車の突撃による衝撃を幾らばかりか防いだのだった。それにより、レティシアは数歩ばかり後退するのみであった。
「あの!」とレティシアは、戦車に乗っているライダーを見上げながら言った。「私は貴方と戦うつもりはありません! 先程まで貴方と戦っていたであろう人物と、私は全く違う存在なんです……」
ライダーはそうしたレティシアの様子を、隅々まで観察した。
「へえ?」とライダーは言った。「なるほどな、確かにさっきのお前とは、全く違っているな。こう、外見も違げえし、かといって、あのルーラーともちょっとだけ違うな。殺気も感じられねえ。何より、お前さんの目は、怯えながらも、これから何か大きなことをしようとしている目だ。とりあえず、敵じゃあねえんだよな?」
「はい」
「そうか、ならいい。で、お前は誰だ? あのルーラーか? それともアヴェンジャーか? いいや、どれも違うな。説明してもらおうか」
そうしたライダーの問いかけに、レティシアはすべてを正直に答えた。
自分がルーラーが召喚するにあたって肉体を貸したこと、”黒”のアサシンにルーラーが敗北し、別の場所に転移し、ここまで来たということ、先程までの、悪霊たちが作り出した精神世界でのことを子細に、かつ素早く話した。
「それで、私はこの戦いの結末を見届けたいんです。そうしなければいけない使命感を、私自身なぜだかわかりませんが不思議と抱いているんです」
「そうか、じゃあ俺から一つ言わせてもらうぜ。抑止力は知っているか? いいや、知らなくてもいい。ともかく、世界が滅ぼうとしているらしい」
「それは本当ですか!」とレティシアは叫んだ。それほどまでに、ライダーによってもたらされた、滅びの予告は衝撃的であった。
「さあな」とライダーは肩を竦めた。「コイツはあくまでも、俺のマスターによる予想だ。世界が滅びる原因のうち一つは、俺のマスターによる願い。もう一つは、アーチャーのマスターによる願いのどちらかによるものだそうだ。まあ、どっちにしろ世界が滅ぶ、あるいは滅茶苦茶になるだろうがな。
それに、何よりも俺は英霊だ。英霊の本能が言っている。『世界が危機に瀕している』とな。で、だ。俺はその一人の英雄として、その原因になるものを見つけ出し、ソイツを殺そうとしている」
「お願いします!」とレティシアは叫んだ。「私を今すぐ、あの地面に落ちた、巨大な城に連れて行ってください! 分かるんです。なんだか、感覚が強化されていて……聖女様と一緒にいた時間があるからこそ分かるんです! 今の私には、ルーラーとしての、聖女・ジャンヌ・ダルクとしての力が宿っていると……あそこに、他のサーヴァントが全員集まっているんです!」
「何だと!」とライダーは叫んだ。「畜生! まんまと逃げられたか! よし、今すぐ向かうぞ、お前さんも乗るといい」
とライダーは手を差し伸べて、レティシアが戦車に乗るのを手伝ってやった。
「ありがとうございます」とレティシアは言った。
「何」とライダーは答えた。「美人さんとお近づきになれるんだ。このぐらい、どうってことはねえさ。さあ、向かうぞ!」
アキレウスは、馬の手綱を思いっ切り引っ張った。戦車は嘶きを上げる馬によって、音速にも等しい速度で庭園へと向かっていった。
「ねえ、セイバー。モードレッド!」と泉は叫んだ。「そっちの道には行かないほうが良いよ!」
「ああ?」とセイバーは低い、その声を聞いた人は、竦み上がるような、唸り声にも近い声で言った。
「なんでだよ。というか、テメエはオレのマスターじゃねえんだ。一応、マスターとサーヴァントで分断されちまったから、また合流するまではテメエを守ってやるけどな、細かい命令までは聞かねえ。
よって、オレがどの道を行こうにも自由だろうが」
こうした会話は、2つの分かれ道の前で行われていた。泉は、右の道を行こうと提案したが、セイバーは左の道を選択したことによって、こうした言葉のやり取りが行われていたのだった。
「へえ? そんなことを言っていいのかな?」と泉は、令呪が刻まれている右手を差し出しながら言った。
「例えば、僕がアーチャーに、『君のマスターを殺害せよ』という命令を行うことも可能なんだよ?」
「そうかよ。ところでだ。オレの剣はいつでもテメエの首をぶった斬ることができるんだぜ?」
こうした会話を交わした二人は、暫くの間、睨みつけ合っていた。彼らの目は、尋常ではないほどの殺気が篭っていた。
こうした状態が暫く続くと、
「はあ、やってらんねえな」とセイバーはため息をついて警戒を解いた。「いつまでこうしていてもバカらしい。ここでお前を殺すのは簡単だが、それだと魔力供給が切れたことにアーチャーが気付くだろうな。で、単独行動を持つアーチャーは、オレのマスターを殺すぐらいの余裕は十分にある。そうなると、オレは魔力供給が無いから消えちまう。
いいか? オレにとって、お前がここで死ぬと不都合しかないわけだ。だから、ここはオレの直感スキルを信じろ。左だ。左に行くぞ」
セイバーは、泉の体を肩に抱えた。
「何をする!」と泉は叫びながら、暴れてそれに抵抗したが、セイバーに対して、そうした行為は全くの無意味であった。
「いいから行くぞ!」とセイバーは左側の道を歩き出した。
「ええい、クソが!」と獅子劫は、足元に転がる魔獣の頭を踏み砕きながら叫んだ。
彼とアーチャーは、半径50メートルはある円形の広場、あるいは闘技場といったような場所にいた。そして、その広場の出入り口は、全て鋼鉄製の、何かしらの魔術が施されたことによって、この庭園の主の許可なしには出入り、あるいは破壊することのできない檻によって塞がれていた。
その広場の、石製の床の上には、蛇っや虎、獅子、その他にも様々な種類、様々な形をした獣、あるいは魔獣の死骸が大量に転がっていた。それらは、全てが、獅子劫の銃弾や手榴弾、あるいはアーチャーの攻撃や宝具によって殺されていた。
「これで終わりか?」と獅子劫は言った。「数は100を超えたあたりから数えていねえが……これ以上来るというのなら、俺はキレるぞ。流石に。大体、この獣やら魔獣やら全部が毒を持っているとか可笑しいだろ。少しでも爪や牙にカスったら死ぬとか無えだろうが」
「ふん」とアーチャーは言った。「そう言う割には、汝は全ての攻撃を回避、あるいは防御して、確実にとどめを刺していたな」
「ああ、そりゃあ当然だろうが、俺だって死にたくねえんだよ」
「そうか」とアーチャーは言った。「だが、まだ先はあるようだぞ」
と彼女は、幾つかある出入り口を塞ぐ、檻の一つが持ち上げられたのを見て言った。その出入り口から、獅子やヤギ、蛇といった幾つかの生物の部位を繋ぎ合わせた生物が、この闘技場へと入ってきた。
「キメラかよ! 畜生!」と獅子劫は叫んだ。「しかも見た感じ、魔術協会の魔術師が造るキメラよりも、遥かに強いぞ。アレは。それに加えて、どうせ毒持ちなんだろうな……」
「だろうな。だが、あの程度ならば狩るのは容易い」
アーチャーは、矢をキメラめがけて素早く射った。放たれた矢は、キメラの頭を貫いた。
獣はおぼつかない足取りで、2、3歩ほど歩くと、大きな音を立てて倒れた。
キメラは絶命していた。
「お見事」と獅子劫は口笛を吹きながら言った。「流石はアーチャー、この程度なら容易いか」
「ああ、どうということはない。それよりも、今ので全て出尽くしたようだ。扉も全てが開いたぞ」
とアーチャーは周りを見回しながら言った。なるほど、キメラが倒れた瞬間、扉を塞いでいた鉄格子は、全てが上げられており、どの出入り口からでもこの闘技場から出ることが可能となっていた。
「どうする?」と獅子劫は言った。「扉は全部で20ほど。そのうちどれを選ぶ? 俺は今みたいなモンスターハウスのような場所に、また入るのは嫌だぞ」
「私も、すべての扉の先がどうなっているのかは分からない。ここは汝に任せよう」
「そうか」と獅子劫は頭を掻き、一つの扉を指差した。「それじゃあ、あの扉を開くとしようか。ちなみに、選んだ理由は適当だ」
「別に構わないだろう。ここは森程ではないが、森とは別の意味で入り組んでいるのだ。探知などの魔術が使えないのならば、適当な道を選ぶしかあるまい」
獅子劫とアーチャーは、周りにたいして、用心しながら一つの道へと入り、そこを進んでいった。