アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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サブタイトルはこれでいいのかと悩みますが、とりあえずこれで。
この話で完結となります。また、この話を投稿した直後にマテリアルを投稿しますので、連続投稿となります。


そして誰もいなくなった

 アタランテはおぼつかない足取りで、大聖杯のある部屋へとたどり着いた。彼女はその部屋の様子を観察した。

 天井や床、壁はあちこちが粉々に砕け散っており、がれきしかないというありさまであった。いくつものがれきの内の、一つに泉は、血をたくさん流して倒れていた。彼の数メートル前には、大聖杯があった。しかし、それにはいくつものヒビが入っており、今もそのヒビは広がっていた。アーチャーは手を大聖杯へと差し伸ばしたと同時に、大聖杯は強烈な光を放って消滅した。

 彼女は膝をついた。

 

「大聖杯が消滅しただと……! これでは、私の願いは叶えることはできない……」

「ああ、その通りだね」と泉は言った。その声はかすかなものであった。彼は地面に伏せながらも、アーチャーを見つめていた。

 

「終わりさ……ああ、チクショウ……あともう少しだったのに……大聖杯は無くなってしまった……僕も心臓を貫かれているし、もう少しで死ぬ……ダーニックの不意打ちによって……アーチャーも……令呪がないし、現界するための魔力もないでしょう……? 終わりさ……もう……全部……終わりなんだ……僕の願いも……君の願いも……誰の願いもかなえられることはなく……この聖杯大戦は終わりを迎えるのさ……」

「そうか……」とアーチャーは立ち上がり、泉の元へと歩いて行った。彼女は弓に矢をつがえると、鏃を泉の体へと向けた。

 

「汝の願望は、この世界を滅ぼす邪悪なものであった。しかし、汝はマスターとしては、とりわけ良い人物だったぞ。汝の作戦は、未来を見通すが如くのものであり、敵のサーヴァントの真名を易々と看破した……世が世ならば、軍師としても名を馳せたであろう。しかし、結末は大聖杯の消滅。願いは叶えられずに、このまま誰もがいなくなる。私は、最後に汝を射殺して、汝の願いを阻み、私だけが願いを叶えるつもりであった。しかし、大聖杯がなくては、それすらもできないではないか! まったくもって、腹立たしい……!」

「その矢を僕に射るつもりかい?」

「そうだ」

「そうか。それは良かった。ああ──本当に。アタランテ、君は美しいな。その姿も、在り方も。子を想うその信念は、とても美しいものだ。だからこそ、僕は君を召喚しようとしていたのだろうか……本当ならば、アーサーでもよかったというのに。でも、それは出来なかった。そうか、死ぬ直前となって分ったよ。僕は、生前に君の姿を見て──こんどは実際に出会って──惚れたんだろうね。アタランテ、君の事が好きだったんだろうね。いいよ、さっさと矢を射ってほしい。できれば、苦しまないで死ねるようにしてほしい。それこそが、僕に対する第二の救いだ……」

 

 と泉は目を閉じた。彼は身じろぎ一つすることはなかった。

 アーチャーは手から矢を放した。その矢は、泉の頭のすぐ横へと放たれ、床に突き刺さった。泉は目を開けて、驚いたように目を見開いた。彼は言った。

 

「どうしたんだい? アタランテ。君ともあろうものが、この距離で矢を外すなんて、らしくないよ……」

「ああ、そうだな」と彼女は屈んで、泉の体に触れた。

 

「そうだな、本当にらしくない。だが、これは私の本能でもある。

 ──夢を見た。汝の記憶に関する夢だ。汝のこの世界に対する見え方の夢だ。私はその夢を見て、汝の事をおぞましいと思っていた。おぞましい人間だと思っていた。汝のような人間は、この世界にあってはならないと。しかし、先程のお前の様子を見て、私は考え方を少しばかり改めた。一つ質問だ。我がマスターよ。汝はこの世界をどう思っている?」

「そうだね……虚無さ、偽りの世界さ。僕にとって、この世界は全てが混沌と絶望とによって創り上げられている。吐き気をもおよすような世界さ。この世界は地獄でしかない」

「そうか、確かにそれは本当なのだろうな。ああ、理解したぞ。私は理解したぞ。汝は、この美しい世界に生まれながらにして、この世界を美しいと感じられず。汝は、慈愛に満ち溢れた両親の愛を受けながらも、両親の愛を感じることはできず。汝もまた──救われなかったのだな」

「へえ、それはどういうことかな? 同情かい? アーチャー」

「いいや、そうではない。あるいはそうなのかもしれないな。私の願いはただ一つ。ありふれた願いだ。『すべての子が、愛を与えられる世界になるように』それだけはどうあっても変わらん。そう、すべてだ。私はすべての子供を救わなければならない。そういう使命感を持って戦っていた。そうだ、それはどのような状況であろうと変わらん。なあ、マスター。汝は──」

「そこから先は言うな……言わなくてもいいさ」と泉はアタランテの言葉を止めた。

 

「僕はこの世界を破壊しようとした。すなわち、全ての人類を殺そうとした殺人者だ。それはどうあっても、変わりはしない事実だ。すでに、この世界はもはや剪定されかけている。情報の送信、挿入が収まろうとも、すでにほぼ終わりに向かう可能性が高いんだ……君が守るべき子供たちすらも、破壊しようとしていたんだ。ねえ、アタランテ。君はまさしく英雄だ……僕が憧れた英雄だ……

 僕の命はもうそろそろ終わるだろう……気が遠くなってきた……アタランテ、アーチャー、ごめんね。僕は、君の願いを叶えさせる気はすこしもなかったんだ……僕は、君を、僕自身のために利用していた……ただの道具としてしか扱わなかったんだろうね……ああ、マスターとしては失格だね……」

「確かにその通りだ。汝は、悪人だ。汝は、世界中のあらゆる人類の生活、願い、思いあらゆる総てを否定し、粉々に砕こうとした悪人だ。それは赦されざる行いだろう。だが、汝は裁きをとっくに受けている。汝と同じく、願いを叶えようとした者の手によって。裁きはすでに終わったのだ。願いを叶えることは能わず、汝はすでに絶望の底に沈み、死という究極的な牢獄に召喚されるのだ。裁きを終えた罪人の罪は、すでに無いも同然だとも。私はこう考えている」

「それは、なかなかに惨い事を言うね……確かに、僕は絶望のどん底だ。そして、死が迫っている……ああ、やめろ、やめてくれ。アタランテ……僕は、もはや全てを失ったんだ……唯一の希望は消滅し、希望を失ったのならば、残るは絶望のみだ……生きる気力すらも……希望を再び抱くという気力すらもない……僕は、死という絞首台になんの抵抗もせずに、進むだけなんだ……やめてくれないか、そんなことを言うのは。希望は持たせないでくれ……もう死ぬんだ……もう何もできないんだ……せめて、絶望のみを背負ったままで死なせてくれ……希望はいらない……未練が残ってしまう……未練というのは……死の際に得ると、絶望しかないんだ……」

 

 アーチャーは首を振り、言った。

 

「汝は、救われなかった。この世界から愛され──なお、救われなかった」

「やめてくれ……!」と泉は苦し気な顔をしながら言った。

「汝は、奇異なる命運の元に生まれたのだ。この世界を愛することができなかった。そうだ。親は子を愛し、子はその愛情に応える。そうした当然の事を成り立たせることができなかったのだ。……それは悲しいことだ。それは苦しいことだ。

 そうだ。汝もまた、救われぬ子だったのだ。汝はすでに罰を受けている。しかし、救いは無い。それでは報われぬではないか。傲慢であろうが、偽善であろうが、せめて私は汝を慈しもう。この世界は美しく、かつ醜い。どちらか一つということはないのだ。せめて、私は汝にとっての救いにはなれぬだろうか?」

 

 泉はアタランテを見つめるその目から、涙を流した。彼は微笑んだ。

 

「ああ、チクショウ。反則だ……アーチャー、僕が召喚したサーヴァント。僕が恋したヒト──ああ、アタランテ。君はまさしくアタランテそのものだ。全ての子に愛を。その願いは聖杯でもなければ叶わない。決して叶うことのない願いを抱き、全ての子を救おうとする英雄だ。ああ、君はこの僕すらも救おうというのか。それは、見境がないね……けれども、そうだね。確かに君の言った通りだ。世界は醜い──この世界は泥にまみれ、腐臭に溢れ、呪いの霧に包まれている。けれども、世界(きみ)は美しい──君は美しい、森を駆け、獣を仕留め、子をに愛を与える英雄。君の美しさ(しんねん)は損なわれることなく、永遠のものだろう。君のその想いは陽光のごとく温かい。

 ああ、ああ……チクショウ。こんな死の淵に立って、僕はようやく救われるというのか……! そうか、僕は君に自然と救いを求めていたんだ。それに気づくことは無かったんだ……だというのに、こんな土壇場で気づくというのか……ああ、そうだね……確かに受け取ったよ。君の想いは。僕は世界を嫌い、世界に嫌われ、ようやく君に愛され、僕は君を唯一の救いとするのか……うん、なんだかそれも悪くはない。そろそろ本格的に気が遠のいてきたけれども……そうだね。この美しい新天地で滅びるのも悪くはない。ありがとう、アタランテ。

 ……さて! いざそうなるとなったら、なんだか気が楽になってきたぞ! よし、こういうしんみりしたのは、僕には似合わない! どうせなら、笑って盛大に死のうじゃないか! さあ! 死ぬのだったら、こんなことも許されるだろう!」

 

 と泉は最後の力を振り絞って、アタランテの体に飛びつき、彼女を抱きしめた。彼女は驚いた様子だったが、それを押しのけるようなことはしなかった。泉は大笑いし、言った。

 

「そうそう! このケモ耳、触ってみたかったんだよ! あはははは! いい感触だ! ようし! さようなら! 満足だ!」

「そろそろやめんか……! 私は純潔の誓いを持っている。それ以上は許さんぞ。全く! ああ、そうだったな! 夢で見た汝の過去はそういう調子だったな!」

 

 やがて、泉は動かなくなり、アタランテの体は金色の粒子となって消滅した。空中庭園は完全に崩壊し、今や巨大ながれきの山となっていた。夜が終わり、太陽が昇ると、一筋の光ががれきを照らした。そのがれきの頂上には、一つの花が咲いていた。その花こそは、彼が魔術によって庭園に振りまいたもののうちの一つであった。きっと、この花はこれから種を残し、周りに種をばらまき、戦いによって破壊された周囲をやがて彩るであろう。

 

 

【聖杯大戦についての簡易的な報告】

 

 今回、ユグドミレニア一族の離反によって始まった聖杯大戦に参加したマスターは、フィーンド・ヴォル・センベルン、ジーン・ラム、ペンテル兄弟を除いた全てが死亡。生存者たちに聴取を行うも、彼らにはサーヴァントを召喚した後の記憶が非常にあやふななものとなっていた。魔術的な検査の結果、彼らは毒や催眠によって意思を奪われていた可能性が高し。

 消滅した大聖杯の行方はいまだ知れず。その原因も不明であり、調査を続行するものである。

 死亡したマスターたちのうち、シロウ・コトミネおよび川雪泉は、降霊魔術を行うも一向に召喚される様子は無い。これについては、降霊科が引き続き降霊の儀式を行うものとする。

 時計塔にある、川雪泉の工房に手がかりがないかと、ロード・エルメドイⅡ世が立ち入ろうとしたものの、内部は仕込まれていた爆弾によって全てが粉々になっており、魔術的な再生も期待できず。

 また、今回の聖杯大戦の影響によって、発生したであろう世界のあちこちで文明や植物の荒廃については、現在時計塔の魔術師たちの手によって順次修復が行われており、この調子でいけばあと数年で荒廃した場所は元通りの様子を取り戻すとみられている。

 今回の聖杯大戦は、ユグドミレニア一族のマスターはすべて死亡し、時計塔側が派遣したマスターが生き残っていることにより、勝者は”赤”の陣営。すなわち時計塔である。各地に散らばっている離反者の一族には、いずれしかるべき罰が与えられる。

 今回の聖杯大戦には、不明な点が多し。引き続き、調査を行うものとする。

 

 

 

 花畑があった。

 中心には山があり、その山にもあらゆる色の花が咲き乱れ、もちろん平地にもたくさんの花が咲き乱れる花畑だった。その花畑に、フードを被った少女はいた。彼女は、ゲーム機やアタランテに関する伝承が書かれた本をその花畑に置いた。

 

「……拙は我が師より、これを供えろという命を受け、ここに来ました。貴方がどのような思いを抱え、どのような願いを抱え、あの大戦に参加したのかはわかりませんが、きっとどうしても叶えたい願いがあったのでしょう。師も、それは認めています。……拙は墓守として、この花畑が永遠に残るように祈ります。この美しい墓地がこの先ずっと残るように……」

 

 

 

 

 

 ──END──

 

 





これで、この話は完結です。
次話はマテリアルです。

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