アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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”黒”のライダーの願い

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアの中には、焦り、苛立ち、焦燥……様々な感情が入り混じっていた。

 己のサーヴァントのクラスはセイバー、サーヴァントの7つのクラスの中でも、強力と言われている3騎士、ランサー、アーチャー、そしてセイバーと、強力なクラスの筈だ。

 しかも、ゴルドのセイバーの真名は、ジークフリート。

 聖剣バルムンクを持ち、竜の血を浴びた不死身の肉体を持ち、剣による攻撃はありとあらゆる敵を打ち払い、不死身の肉体は、ありとあらゆる攻撃をはねつける。

 ──そのはずだ。だが、現状はどうだろうか?

 黒のセイバー(ジークフリート)の不死身の肉体──悪竜の血鎧(アーマー・オブ・ファブニール)は、矢が刺さった部分は砕け散り、顕となった肉体に矢が突き刺さっている。

 黒のセイバーが交戦している敵は、赤のアーチャー(アタランテ)。彼女は、森の木々に気配を隠しながら、常に移動しながら矢を黒のセイバーへと射る。

 アタランテの持つ弓は、彼女の守護神アルテミスより授かった天穹の弓(タウロポロス)というものであり、ある力を持っている。

 その力とは、──弓を引き絞れば引き絞るほど、射られる矢の速度が、威力が上昇する、といったものである。

 そして、限界まで引き絞られた弓より撃たれた矢は、黒のセイバー(ジークフリート)の鎧を破壊する程までの威力を持つ。

 

「巫山戯るな!!」

 

 ゴルドは自身の机に、苛立たしげに拳を叩きつける。

 己のサーヴァントはセイバーなのだ! ジークフリートなのだ!! ──だというのに、だというのに、何故負けている!? 

 その抗いようもない事実に、ゴルドは激怒する。その怒りは何ゆえに? ──己のサーヴァントが、黒の陣営の敗北者一号になってしまうから? それとも、己のサーヴァントが負けているから? その通りだ。己の従える使い魔(サーヴァント)が敗北するなど、ゴルドのプライドが決して許すような事ではない。

 ふと、ゴルドの脳内に、唐突もなく一つの考えが浮かび上がる。

 

 ──あのサーヴァント(ジークフリート)偽物(ジークフリートではない)なのか?

 

 それは、どうしたらそのような結論にたどり着くのだろうか、という荒唐無稽な考え。あの血まみれの菩提樹の葉が偽物だった? それとも──。

 ゴルドはそんな事を考える。……それは一種の現実逃避に近いものであろう。だが、ゴルドという人間は、愚直で愚かな虚栄(プライド)に塗り固められていても、優秀な──()()()()という但し書きがつくが──魔術師である。その為、直ぐに思考を切り替えて、この状況からどうすればセイバーは勝利できるのかを、考え始める。

 

 時を同じくして、黒のセイバー(ジークフリート)もまた、どうすればこの状況から切り抜けられるのか、どうすれば(赤のアーチャー)を叩けるかを考えていた。

 赤のアーチャーは常に森の木々の隙間を、すり抜けるかのように移動し続けており、その素早さには黒のセイバーでは敵わないだろう。アーチャーの元へと接近しようにも、敵わずに距離は縮まない。

 それに、あちらはアーチャーなのだから、当然至極──弓という遠距離攻撃を持っている。

 対して、こちらはセイバー。その手に握るは、漆黒の大剣。剣を振るうしかできずに、遠距離の攻撃などは所持していない。

 ──否、たった一つだけ遠距離への攻撃方法は持っている。

 宝具。

 ジークフリートの象徴たる、悪龍ファブニールを屠った聖剣、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)による攻撃。

 膨大な魔力によって、発生する黄昏の光による攻撃。アレならもしくは──。

 ──それは悪手だ。

 黒のセイバーは頭を振って、自身の考えを否定する。

 そも、宝具を使う直前には、剣を振り上げるという動作により、大きな隙が出来てしまう。もしも、その隙を狙われてしまったら、どうしようもない。

 何とか、弱点たる背中と、サーヴァントの霊核がある頭と心臓だけは守っているが、それ以外の部位はそうも行かない。このままでは、じわりじわりと、黒のセイバーが嬲られ、消滅してしまうだけだ──。

 

 ──ゴルドは、己の手の甲にある令呪を見つめる。“コレを使えば──”どうする? 例え宝具を使わせても、ゴルドの脳裏には、赤のライダーに全く通じなかった光景が鮮明に映し出されていた。

 例え、宝具を放っても、あのアーチャーに効くかどうか……。そんな不安がゴルドの胸中を満たす。

 ならば、後は最早令呪に頼るしかないだろう。

 この膨大な魔力が宿る令呪さえ使えば、サーヴァントに強制的に命令を実行させることが可能だ。──それこそ、魔法の領域たる転移すらも可能だ。

 どうする? どのように使えばいい? 

 ゴルドの脳内に、どうしたらあのアーチャーを敗北させる事ができる? という思考しかない。──そんな思考の中に、──撤退。という一つの考えが浮かび上がる。

 巫山戯るな。と言いたいが、現状ではそれよりもいい策が思い浮かばない。真っ先に自身のサーヴァントが脱落──などという事態は、何としてでも避けたい。

 

「ぐ……ぅ」

 

 ゴルドは令呪を使い、黒のセイバーに命じた。“撤退せよ、我が元に来たれ”

 ──これは戦略的撤退だ。ゴルドはそう思いながら、セイバーを自身のもとへと転移させる。

 

「む、」

 

 赤のアーチャー(アタランテ)は、黒のセイバー(ジークフリート)の姿が突如消滅──令呪の効果により、転移した事を見届ける。

 周囲に敵の気配は居ないかを探り──居る!

 赤のアーチャーの鋭い視覚が、聴覚が、木々の向こうの存在を捉えていた。

 こちらに凄まじい速度で迫ってくるサーヴァントがいる。

 ──その正体は、黒のライダー(アストルフォ)だ。

 彼は途中まで徒歩で移動していたが、黒のセイバーと、黒のバーサーカーを乗せたピポグリフが来たため、それに乗って移動しているのだ。

 空を飛んでは、アーチャ-の格好の的であるため、大地を馬のように駆けさせ、森の木々の中を縫うように移動している。

 刹那──

 

「あぐぅッ!?」

 

 黒のライダーの肩に、一本の矢が突き刺さり、黒のライダーはもんどりを打ちながら、ピポグリフより落馬した。

 

「クッ、アーチャーか!」

 

 さもありなん、赤のアーチャー(アタランテ)は、第二射を射る為に弓に矢を番える。

 黒のライダーはヒポグリフに乗り、手綱を握って高らかに唱える。──自身の宝具の名を。

 

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)!」

「何──!?」

 

 瞬間、黒のライダーの姿は、赤のアーチャーの眼前より消え去った。

 

 ──この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)

 それは上半身はグリフォン、下半身は馬という、混合生物(キメラ)だ。──このような生物が存在するのは、一端に言えば「ありえない」のだ。

 ヒポグリフというのは、グリフォンと馬の混血生物(ハーフ)。本来ならば、それは成り立たない。

 グリフォンは、馬を捕食する生物である。故に、捕食者と被食者が交わり、子を成す。なとどいうことは、ありえない。

 ──だが、現に両者の成し子はここにいる。ヒポグリフという形で。

 だが、その存在は矛盾しており、ひどくあやふやな存在なのだ。──故に、ほんの一瞬だが、その身を次元の狭間におくことができる。

 ──つまりは、空間転移が可能なのだ。

 

 ──その話は、己のマスター()より聞かされていたことだ。驚くことはない。

 問題は、()()()()()()()()()? という事だ。転移といっても、あくまでも短距離間だけしか移動できないはず。──ならば、周囲を探せば見つかる。

 赤のアーチャーは、周囲の気配を探り、直ぐに黒のライダーの位置を突き止めた。

 

 ──真上!

 

 赤のアーチャーの頭上に、黒のライダーは転移していたのだ。ピポグリフの手綱を操り、赤のアーチャーへと突進──というよりは、落下に近い形で猛進している。

 ピポグリフの突進力に加え、重力に従いながら空を蹴る事による、加速落下。あれにぶつかれば、無事では済まないだろう。

 

「クッ!」

 

 赤のアーチャーはその場を咄嗟に飛びのく。アーチャーが立っていた地面に、黒のライダーのヒポグリフが激突──する直前に、体制を立て直して再び木々の中に入りこんだ。

 ヒポグリフは、森の木々の隙間を擦りぬけるような事は最早せずに、なぎ倒しながら移動する。アーチャーに見つかった今、隠密よりも移動速度を優先せざるを得ないのだから、当然の結果だろう。

 黒のライダーは、先程念話によってあのアーチャーにより、黒のセイバーが撤退に追い込まれた、という報告を得た。

 ──それはつまり、黒のセイバーよりもあの赤のアーチャーの方が、強いということだろうか? 例えそうだとしても、アストルフォは恐れない。

 相手が遥か巨大な体躯を持っていたとしても、自分よりも強くても、──恐ることはなく、愚直に突進する。

 ──それが、アストルフォ。理性が蒸発した英雄なのだ。

 

「やぁ!」

 

 黒のライダーは、飛んでくる矢を剣で叩き落とす。赤のアーチャーは矢を連射するが、それらは木々が盾となり、黒のライダーの身を守る。例え木に当たらなかったとしても、幾つかは体に突き刺さるか、掠るかだが、ほとんどは先ほどのように叩き落とされる。

 黒のライダーは、腰に下げていいた小さな笛を手に取る。

 瞬間、その笛はたちまち巨大化し、彼の体を取り囲むまでになった。

 

「よっし、いっくよぉー!」

 

 ──その笛は、槍、馬に連なる第三の宝具。

 かつてハルピュイアの群れを叩き落とすのに使われたという。

 

恐怖呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)!」

 

 黒のライダーは笛を口にくわえ、思いっきり息を吐く。

 その笛が奏でるのは、美しい音楽に類する様なものではない。その働きは拡声器に近しいものがあるだろう。巨大な音を奏で、音波と衝撃波によって、広範囲に渡っての攻撃を行うのだ。

 

「ぐ、ああァァァァァッッッ!?」

 

 その音は、衝撃は、大地を支える木々を容赦なく吹き飛ばし、赤のアーチャーも例外なく吹き飛ぶ。

 赤のアーチャーからしては、その音は溜まったものではない。常人より聴覚が発達している分、鼓膜に、脳にダメージを与えられるのだから。

 黒のライダーは笛をしまい、眼前の光景を見回す。木はなぎ倒される──というよりは吹き飛び、地面は耕されたようになっていた。

 ──赤のアーチャーは!?

 黒のライダーは、目を細めて赤のアーチャーの姿を探し──見つけた!

 

「ハッ!!」

 

 黒のライダーはヒポグリフを操り、赤のアーチャーの首を撥ねようと剣を手に持って、突進する。

 

 

「う……ぁぐッ……」

 

 赤のアーチャーは、節々が痛む体に鞭を打ち、揺れる脳に耐えながら、体を起き上がらせる。

 ──黒のライダーは……?

 まだ戦いは終わっていない。まだ勝利していない。

 霞む目で前を見ると、黒のライダーがこちらに突進してくるのが見える。

 

「クッ!」

 

 赤のアーチャーは本能によるものか、頭で考えるよりも早く、咄嗟に矢を二発連続して放った。

 

「ッぅ!」

 

 放たれた矢の内一発は、黒のライダーに突き刺さった。だが、それがどうした。今更この突進は止められない。この剣でお前の首を跳ねて終わりだ!

 

「ぐっ……」

 

 赤のアーチャーは、迫り来るヒポグリフから逃れようとするが、どうにも体がうまく動かない。このままでは、終わりだ……! そうはいくまい、と体を転がす。

 その行為は無駄だ、と黒のライダーは思う。もう、終わりだ。ボクの勝利で終わりだ。赤のアーチャーッ!

 黒のライダーの剣が赤のアーチャーの首元に振るわれる瞬間──

 

 ──突如、ヒポグリフの体が傾いた。

 

「なっ!?」

 

 剣の軌道は逸れ、アーチャーが咄嗟に掲げた弓を弾き飛ばし、首はとばなかった。

 

「ッ────うぅ!?」

 

 ピポグリフはそのまま赤のアーチャーとすれ違い、地面に転がった。

 ──原因は、赤のアーチャーが放った二発の矢の内の一発。一発は黒のライダーに刺さり、もう一発はヒポグリフの脳天に突き刺さったのだ。ヒポグリフはそのまま、消滅した。

 黒のライダーは落馬した事により、地面に叩きつけられ──しかも、黒のライダーの笛によって折られた木の枝が、体に突き刺さる。

 

「ぐうぅううぅ……ッ」

「あぐぅぅうう……ッ」

 

 黒のライダーも、赤のアーチャーも、最早満身創痍といっても差し支えない状態だ。

 それでも、両者は起き上がる。

 

 体が痛い。脳が揺れる。──だからどうした?

 体が痛い。血を少しばかり流しすぎた。──だからどうだって言うんだ?

 

 お互い、譲れないモノ(願い)があるのだ。その為ならば、泥を被ろうが、手足の一本や二本もげようが──!

 

 ──子供達の幸せの為に。

 ──名も無き少年(ホムンクルス)の未来の為に。

 

 お互い、人種も時代も性別も文化も思想も──ありとあらゆるものが違う。

 ──それでも、二人は共通した想い(信念)を持っていた。

 

 この戦いには、決して負ける訳にはいかないのだ──!!

 

「やああぁぁぁあああぁあぁッッッ!!」

 

 黒のライダーは剣を振るう。

 

「はあああァァァァあああぁッッッ!!」

 

 赤のアーチャーの手元には弓は無い。故に今は矢を振るう。

 

 お互いがそれぞれの手に、剣を、矢を持ち、ほぼ同じタイミングで振るう。剣は赤のアーチャーの肩に突き刺さり、倒れ伏す。──矢は──

 

「ああ……」

 

 黒のライダーは小さく呟いて倒れる。

 ──彼の胸には、矢が突き刺さっており、霊核を破壊された。──それはつまり、己が存在をこの現世(うつしよ)に維持させる事が出来なくなるという事──消滅。

 

 黒のライダー(アストルフォ)には、大した願いは無かった。強いて言うならば、受肉してこの現世を楽しみたい、──せいぜいがそれぐらいであり、自信より強く願うサーヴァントがいたら、そいつに願いを譲ろう。と思っていた。

 ──だが、この聖杯大戦の最中、とあるホムンクルスがいた。

 彼は黒の陣営の魔力の電池(バッテリー)として鋳造されたホムンクルスなのだ。だが、どうしたことが突然変異と言うべきなのか、彼には膨大な魔力が宿っていた。

 それを見定めた黒のキャスター(アヴィケブロン)が己の宝具の“炉心”にしようと画作していたところを逃亡し、黒のライダーによって匿われたのだ。

 黒のライダーは、彼を助ける事にした。それがこの聖杯大戦に参加する意義と見定めた。

 

 ──だが、自分は破れ、彼を助ける事は叶わないだろう。

 

 黒のライダーは想う、願う。

 

 ──アーチャー(ケイローン)、彼を頼んだよ……

 

 自分の他にも、彼を救うのに手伝ってくれた協力者に、届くはずのない思いを、願いを呟く。

 そして、眼前に広がるどこまでも青い空を見て、想う。

 

 ──ホムンクルス、逃げて、その一生を過ごせ……幸せに、普通に美味しいものを食べて、普通に恋をして……自由になってくれ……自由っていうものは本当に良いんだぜ……

 

 名も無き少年(ホムンクルス)の事を願い、彼がこの先どのように過ごすのだろうか。などと考えながら、青い空に手を伸ばし──

 

 ──そして、出来たら異次元の果て(ビヨンド)まで────

 

 途中で下ろされる。──それは贅沢というものだろう。

 黒のライダー(アストルフォ)は、理性の蒸発した英雄(アストルフォ)は、心優しき男(アストルフォ)は、ホムンクルスの事を想いながら、金色の粒子となって消滅した。

 

 


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