アタランテが咬ませ犬的ポジジョンなのが納得がいかない!というよりペロペロしたい   作:天城黒猫

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投影魔術

 木々が群生する森特有の蜜のような匂いの中に、極めて場違いな香り──機械油(オイル)のような香りが僅かに泉の鼻腔をくすぐる。その香りの主は今現在泉が対峙しているサーヴァント、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の物であった。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の尋常ならざる腕力によって振るわれる戦鎚(メイス)の風圧によって、森の木々の梢が揺れる。その戦鎚(メイス)に僅かでも掠れば、泉の体は見るも無残な肉塊に忽ち姿を変えてしまうだろう。

 だが泉は、それを理解しながらも余裕ぶって、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)を挑発するかのように紙一重で振るわれる戦鎚(メイス)を回避しながら、何度目かの詠唱を口にする。

 

投影開始(trace on)

 

 泉の魔力回路が、詠唱に反応して物質を投影すべく魔力が奔流する。

 だが、パキリ、とガラスが割れるような音が鳴り響くだけで、投影されたと思わしき物質はどこにもない。

 

「ああ、また失敗!」

 

 泉はそう言いながらも、なおも振るわれる黒のバーサーカーの戦鎚(メイス)を回避し続ける。

 

投影開始(trace on)

 

 そしてまたもや何度目かも知れない詠唱を紡ぐ。

“妙だ”

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は泉の繰り返される詠唱を耳にしてそう思う。全力で振るわれる戦鎚(メイス)が中々当たらないのはイラつくが、だからといって思考を放棄してはいけない。──狂化ランクが低いせいか、それとも彼女が天才的な怪物(フランケンシュタイン)なのだからか、バーサーカーとは思えない思考をする。

 投影魔術という魔術は極めて普遍的で基本的な魔術のはずだ。黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は生前にほんの僅かに魔術を齧っていた為、それを知っている。

 儀式の時に足りない触媒を補うために、魔力をもって物質を実体化……投影させる。それが投影魔術の使い方である。

 決してこのような戦闘時に使うような魔術ではない。

 例え武器の類いを投影したといえど、投影魔術にて投影された物質は総じて脆い。決して実践時に剣などを投影しても、あっという間に砕け散ってしまうのがオチだ。

 だからこそ、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は疑問に思う。

“何を投影しようとしている?”

 幾度も投影しようとしても、その度に失敗している。目の前にいる敵の魔術の実力は、それほどまでに稚拙なものなのだろうか? ……いや、それは決して無いだろう。この聖杯大戦にサーヴァントを召喚して参戦している時点で、魔術の実力はそれなりのものと喧伝するような物だ。

 ならば一体何を企んでいる……?

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は思考するが、頭を振って思考を放置する。それは彼女のクラスが狂戦士(バーサーカー)だからだろうか。どれだけ考えようが、最終的には「敵を殺せば良い」という結論になるのだから。

 

「ウ゛ゥ゛ゥ゛ィ!」

 

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は唸りながら、会心の一撃を泉の頭上に振り下ろす。泉は迫り来る戦鎚(メイス)を呆然と眺めているだけで、回避する様子は見せない。

 ──否、()()()()()()()()()のだ。

 何故ならば既に泉の投影魔術は既に成功しているのだから。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は眼前の光景を疑った。フランケンシュタインの怪物は、生前に武勇を立てた様な逸話もなく、何かしらの技術を収めたと言う様な逸話もない。──有り体に言えば、フランケンシュタインという英霊は、戦闘経験がなく、決して戦闘向けのサーヴァントとは言えないのだ。

 それでも狂戦士(バーサーカー)として召喚されているために、ステータスの上昇がなされている為、他のサーヴァントと戦闘することができるのだ。

 ──だとしても、有り得ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが現に、泉は黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)戦鎚(メイス)を右手の人差し指一本で受け止めていた。その指先はまるで、空気の詰まった風船を突くかのように重さを感じさせていない。

 

「──ッ!?」

 

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は背中に薄ら寒い感覚を覚え、思わず背後に後退した。

 泉の雰囲気は、人をからかうような先程のそれとは打って変わり、得体の知れないおぞましい怪物を相手にしているかのようなモノだった。

 

「どう? 凄いでしょう?」

 

 泉は口角を釣り上げながら無邪気に嗤いながらそう言った。その様はまるで、己のとっておきの玩具を自慢する子供のようなものだった。

 

「これこそが僕が編み出した究極とも言える魔術。名を『偽・────』

 最強とも言えるだろうけど、今は聖杯大戦の最中だ。強者が慢心して弱者に討ち取られても可笑しくはない状況……だからこそ、全力でいかせてもらうよ」

 

 泉はそう言いながら、心の中で付け加える。

“ま、制限時間はウルトラマンの変身時間よりも短いんだけどね”

 だがそれをまかり知らぬ黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は、自然と戦鎚(メイス)を握る手に力が入る。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)のありもしないはずの直感が囁いていた。“危険”だと。

 

「さぁ、やろうか」

「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛─────ッ!!」

 

 泉が挑発するかのように構えるとともに、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は絶叫する。その絶叫を耳にしたものは、常人ならば忽ち泡を吹いて倒れてしまうだろう。だが、泉は強風を受け流す柳の葉の如し、微塵たりとも怯んだ様子を見せなかった。

 だが、その咆哮は開戦の合図としては十分なものであった。

 泉と黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)はお互い敵に攻撃を加えるべく接近する。

 

 

 

 時間は泉と黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)が戦うよりも多少巻き戻り、槍が振るわれれば、その余波で森の木々がへし折れ、弓矢が射られれば、槍によって弾かれ、弾かれた矢が木に命中するに留まらずに、何本か木々を貫通する。

 ──それはまさしく激戦と呼ぶに相応しい状況だった。

 何も知らぬ者がその光景を見れば、天災の一種か何かとも思うだろう。だが、その天災は人間……正確には英霊(サーヴァント)の戦いによって巻き起こされていた。

 それがサーヴァント、英霊と呼ぶに相応しい存在の実力なのだ。

 しかも今回は、世界中の名だたる英霊の中でも遥かに有名な存在──アキレウス。

 そしてそのアキレウスを英雄として教育し、育てたケンタロスの賢者であるケイローン。

 数々の英雄が活躍するギリシャ神話を代表するといっても差し支えないほどの知名度を持ち、強力な力を持つ二騎であった。

 

「シッ!」

 

 赤のライダー(アキレウス)は馬上槍を振るう。だがその穂先は果たして黒のアーチャー(ケイローン)の体を捉える事は叶わずに、虚しく空を斬るだけであった。

 それも仕方の無い事であろう。赤のライダー(アキレウス)が所持するその槍を元々所持していたのは、ほかならぬ黒のアーチャー(ケイローン)自身なのだから。更に言えば、赤のライダー(アキレウス)自身に槍の振るい型を教えたのも、黒のアーチャー(ケイローン)である。

 故に、黒のアーチャー(ケイローン)赤のライダー(アキレウス)の体の使い方、癖などを把握している。

 そういった理由で、赤のライダー(アキレウス)は攻めあぐねていた。最も、攻めあぐねている理由はそれだけではないだろう。

 赤のライダー(アキレウス)は情に厚い男だ。敵と認めた者に対しては、どこまでも容赦無く苛烈に攻撃を加えるが、一度味方だと認めた者に対しては、どこまでも甘い。先程敵として認めたとは言えど、心のどこかで迷っているのだろう。

 黒のアーチャー(ケイローン)もそれを見透かしていた。だからといって黒のアーチャー(ケイローン)は攻撃に加減を加えることは一切合切しない。

 ──これは聖杯大戦なのだ。お互い赤と黒の陣営として召喚され、敵対している。それが例え生前に師と教え子の関係であったとしても。それが聖杯戦争、聖杯大戦の宿命なのだ。

 

「ハッ!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)は弓を番え、凄まじい速度で矢を穿つ。それは一本射っただけで終わらずに、さながらマシンガンのように、次々に矢を番えて射る。

 次々と飛来する矢を赤のライダー(アキレウス)は時には回避し、時には槍で弾く。赤のライダー(アキレウス)は己の体で受け止める事はできない。

 確かに赤のライダー(アキレウス)には不死の肉体を持つという伝承が存在するが、神性を帯びた者からの攻撃は防御する事が叶わない。

 黒のアーチャー(ケイローン)は神性を所持している為に、その攻撃が赤のライダー(アキレウス)の肉体にダメージを与えることを可能としている。

 だからといって、何かが変わる事は無い。

 確かに生前は不死の肉体を持って猛威を振るっていたが、現在不死の肉体に甘えるような事はしない。──要は、何時もと変わらない戦いだ。

 

「オラァッ!」

 

 赤のライダー(アキレウス)は放たれる矢の隙間を縫って、黒のアーチャー(ケイローン)へと急接近する。凄まじい速度で突き出された槍は、やはり黒のアーチャー(ケイローン)の肉体に当たることは叶わずに回避される。 

 だが、回避されただけでは済まなかった。

 

「ゥぐッ!?」

 

 赤のライダー(アキレウス)は肺から空気を漏らす。黒のアーチャー(ケイローン)は何も矢を射るしか能が無い訳ではない。

 全ての力(パンクラチオン)。それは黒のアーチャー(ケイローン)が習得している世界最古の格闘技である。その格闘技(パンクラチオン)を持ってして赤のライダー(アキレウス)に攻撃を加える。

 続いて二撃目が放たれようとするが、そう易々と追撃を許すような赤のライダー(アキレウス)ではない。

 

「……ラァッ!」

「グッ!?」

 

 迫り来る腕を回避し、槍による一撃を加える。

 流石に近距離であったため、回避する事は叶わずに、黒のアーチャー(ケイローン)は一撃を貰い受けてしまう。

“……浅い”

 だが、黒のアーチャー(ケイローン)は事前に体を捻らせていた為、槍は黒のアーチャー(ケイローン)の脇をほんの僅かに掠めるだけだった。

 お互い体制を取り直すために、後方に跳躍して距離を取る。

 赤のライダー(アキレウス)は僅かに歓喜の感情があった。──確かに、己の師を敵として認めているといえど、まだ僅かに複雑な感情が赤のライダー(アキレウス)の胸中にあった。

 だが、そんな感情の中にそれとは全く違う感情──歓喜があった。それは何に対する歓喜なのだろうか? 

 己の師(ケイローン)に巡り会えた事の喜び? それとも強敵(ケイローン)と戦える事の喜び? 成る程、どれもが当てはまるものだろう。だが、やはり最大の理由は──

 

「油断している暇は無いぞ?」

「ああ! 当然だ!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)は神業によって矢を次々と放つ。赤のライダー(アキレウス)は笑いながらも矢を回避する。

 師弟である両者の戦いは森の木々をなぎ倒しながら移動し、より一層加速していく。

 

 

 

 その様子を一言で表すのならば、“一方的”であった。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は受けたダメージによって、満身創痍となっていた。だが、それに対峙する泉は逆に何のダメージも受けておらずに、無傷の状態であった。

 木々は粉砕され、大地が抉れている様子を見れば、その戦いがどれだけ激しいモノであったかは予想できるだろう。だが、その“激しい戦い”というのは黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)にとっての物だけであり、泉にとっては幼児と戯れているかのような感覚だった。

 

「……ゥゥウ……」

 

 だがなおも黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)は戦意を喪失しておらずに、殺意の篭った目で泉を睨めつける。

 その目線を泉は軽く受け流しながら黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)に背を向けた。

 

「あぁ。今日はここまでだね。これ以上ここにいたら、ボクたちも巻き込まれちゃうから」

 

 泉はそう言いながら、森の木々の中に消えていく。後を追おうとした黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)の聴覚が、ふと激しい戦いの音を捉えた。

 その音は少しずつだが、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)がいる場所に凄まじい速度で接近しており、木々をへし折りながら現れたのは、黒のアーチャー(ケイローン)赤のライダー(アキレウス)の姿であった。

 両者は黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)を視界に捉えてはいたが、なおも気にした様子はなく、目の前の敵に打ち勝つべく凄まじい攻防を繰り広げていた。

 成る程、確かにここにずっといれば泉も黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)も両者の戦いに巻き込まれていただろう。

 黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)黒のアーチャー(ケイローン)に加勢すべきかどうか迷っていたが、己のマスターであるカウレス自身の命によって退避する道を選択した。

 サーヴァントですらない人間一人に負けた自身の弱さに歯噛みしながら。“果たしてマスターは己の弱い姿を見て何と思うだろうか”

 

 

 赤のライダー(アキレウス)もまたシロウ・コトミネ神父から撤退の命を受けていた。

 確かに今は黒のアーチャー(ケイローン)に押されていたし、このまま押され続けていれば敗北するのは赤のライダー(アキレウス)であろう。戦略としては妥当な判断だ。

 故に赤のライダー(アキレウス)も納得するしかなく、舌打ちをしながら撤退をするべく僅かに作り出された隙を狙って、己の宝具(戦車)である『疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・ドラゴーイディア)』を出現させ、凄まじい速度で空を駆けていく。

 

「ケイローン……黒のアーチャーよ! 無念だが、今日は持ち越しだ! 貴様の首級()はいずれこの俺が手にする!!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)は弓矢を構えて、空を飛ぶ戦車を狙うが、ため息をつきながら矢を下ろす。戦車はもう既に遥か向こうへと飛び立っていた。

 

「ああ……楽しみに待っているぞ!」

 

 黒のアーチャー(ケイローン)の声が届いたかどうかは定かではないが、黒のアーチャー(ケイローン)は踵を返して己のマスターの元へと向かう。

 

 

 泉は森から出た瞬間、仰向けになって倒れる。

 

「あぁ……キッツい……」

 

 その声は追先程まで黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)を追い詰めていたそれとは違い、弱りに弱りきった声だった。

 何も、余裕というわけではなかった。実質、黒のバーサーカー(フランケンシュタイン)と交戦している最中に()()()()はギリギリ切れており、あそこで黒のアーチャー(ケイローン)赤のライダー(アキレウス)が来ていなければ、敗北していたのは自分だったかもしれない。

 泉は悲鳴を上げてボロボロになっている魔術回路の検分をして、内何本かが完全に破壊されているのを確認する。

 ──それも仕方がないだろう。泉が投影した物は、彼がこの世界の外の転生者であり、他の世界を知っている事と、彼の“起源”を使用して無理矢理表面だけをなぞらえただけのものなのだから。

 それでも、この有様だ。アレに繋ぐ事は完全にはできない。

“まぁ良いか! 別にボクは興味ないし”

 泉はよろよろと立ち上がり、先ずは己のサーヴァント(アタランテ)と合流すべく移動する。結局アダムを得ることは出来なかったが、別に良いだろう。 

 チャンスはまだあるし、()()()もまだある。

 

 




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