「冬の神様、そんな所で寝てたら風邪ひくわよ」
「そんな所だなんて、ひどいなぁ。これでも、ここは僕の家らしいよ」
寝ていたはずの男は唐突に声をかけられたにも関わらず、体を起こし張り付いたようににやけた笑顔で返事をする。
「そうなんですか。住居が決まって良かったですね」
「これで、僕も足を洗ってまっとうな人間としての生を送れるよ。まあ、僕人間じゃないんだけどね」
「ああ、そうそう。天魔様が歓迎するって仰ってたわよ」
「わざわざありがとう。一度、挨拶に伺った方がいいのかな」
「さあ、好きにしたらいいんじゃない?」
「じゃあ今度行くよ」
「ええ。じゃあ、私は私でやる事があるから」
「もう行っちゃうのかい?」
「名残惜しいですか?」
「まあね。好みじゃないけど、無いなりに君の事は好きになれそうだからさ」
「そう?それは背筋の凍るような怪談ね。でもまだ行く訳じゃないのよ」
そう言いながら、ポケットからメモ帳を出す文。
メモ帳を開きながら
「こう見えても私、新聞記者なんですよ」
と言った。
「それはすごいね。OLってやつかな」
「何です、それ?」
「外の世界の話さ。主に上司にセクハラされながらお茶を汲む職業らしいよ」
男は肩を竦めながら言う。
「不思議な仕事もあったんですね。ともあれ、これからあなたには私の取材を受けてもらいます」
「だから急に敬語になったんですか?」
「そうなんですよ。取材対象ですからね」
「じゃあ何でも聞いてくれ。答えられる事なら答えますよ。趣味は積み木に覗き、好きなものは正義とヒーローと女の子のパンツ、嫌いなものは冬かな」
「お名前は?」
「大鬼熊瓦之丸権三郎左衛門(おおおにぐまがわらのまるごんざぶろうざえもん)」
「……お名前は?」
「寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の 水行末雲来末風来末 食う寝る処に住む処 やぶら小路の藪柑子 パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの 長久命の長助」
「……幻想郷に来た理由は?」
「ええ、僕はかの有名な幻想卿と知り合いでね。幻想卿に幻想郷に来ないか聞かれたんだ。で、はじめはそんなに来る気は無かったんだけど。結局熱意に押されて来ちゃった」
「……叩きますよ」
「そんな事をしてみろ。僕は今すぐ人里に下りて、手当たり次第に「射命丸文ちゃんになぐってもらったんだ!」と自慢しなきゃいけなくなるじゃない」
「いいですか、私は記者なんですよ。真実を伝える義務があるんです!」
「それは……凄いね」
「バカにしてるんですか?」
「まさか。僕は純粋に感動してるのさ。だって、外の世界の新聞は、それはひどいものだったんだよ。政府の抑圧を受けて、都合のいい話しか書かないその紙切れは、最早新聞と呼べる代物じゃなかった。それに、政府だけじゃなくって、スポンサーからの圧力もあって、耳障りの良い話と若者を糾弾する記事しか書かない、ファンタジーノベルみたいなもんだったからね。真実なんて、大昔に捨てたみたいだ。その点、文ちゃんは真面目に新聞を書く気がある。真実を伝えようとしている。だから僕は君を尊敬します」
「あややや、そんな……」
「どうも句点を挟みすぎたかな。不自然な息継ぎをしてなかったかい?恥ずかしいからそれは書かないでほしいかな」
「で、結局、本名は何なんですか?」
「冬夂(とうち)リョウ。冬と、クとヌを足したような文字でとうち」
「本名ですか?」
「通名かな。本名は『リョウ』だけだよ」
「そちらはどんな字を?」
「良しでもいいし寮生活の寮でもいいし、そこから『ウ冠』を取って尞でもいいし、『しんにょう』を足して遼でもいいね。要するに、特にコレといって字も無いんだ」
と、昨日倒した丸太に石でけがきながら言う。
「あやや。じゃあ相当古い神様なんですね」
「何で?」
「だって、姓は無く、名に文字も無いなんて、相当昔の話ですよ」
「いや、それはどうだろうね。僕は永遠の16歳だから、そうとう若いよ」
「で、今はお幾つなんですか?」
「10から先は数えて無いなぁ。まあ10歳越してからも結構冬が経つし……うーん、いくつなんだろうね?」
「それはさすがに私にもわかりませんが……。まあ、そんだけ歳なんでしょ
ところで、冬夂という姓は?」
「さて、何でだったかな?僕も覚えて無いんですよ」
「はぁ。で、ここに来た理由は?」
今の質問にも実はさほど興味が無かったのか、軽く流して次の質問に移る。
「幻想卿という古くからの……」
「それはもういいです」
「そうだなぁ。冬が暖かくなったからかな」
「冬が?別に暖かくはなってないと思いますが」
「いや、人間は家を建て、暖炉を使う。冬を畏れる事が減ってしまったね」
「祟り神なんですか?」
「まさか。僕は誰よりも、人間に冬を暖かく過ごしてほしいと願ってるし、誰よりも冬が嫌いだよ」
「何で冬の神であるあなたが冬を嫌うんですか?」
「初めに冬は嫌いだって言ったんだけど、人間にだって人間嫌いな奴は居るだろ?そんな感じですよ」
「そんなもんですか。じゃあ最後に」
「もう最後かい?君の新聞はそうとう薄いんだね」
「別にあなた1人の記事で一部を刷りきるつもりなんてありませんが、とにかく、この幻想郷に来た感想か、幻想郷の住民に対するメッセージをどうぞ」
「うーん……みんな、苛めないでね」
「はいはい。あ、写真頂きますよ」
「セイ、チース☆」
元々細目のリョウは、さらに目を細めて指でピースを作り、カメラから左を向いて写真に写る。
「ありがとうございました」
「良いってことよ」
「じゃ、私はこれで」
「気をつけて帰ってね」
「どうも」
また、かなりの速度ですっ飛んで行った文を見送りながら、木工工具を手にするリョウ。
「さて、頑張って家を作るか。何たって僕は世界一の大工方だからね」
「何で1人で喋ってんの?」
「ああ、秋山良子さん」
「誰よ。私は秋静葉」
「いえね、家を建てようと思ってるんですけど、どうにもこの樫の木は硬くてね」
そう言いながら、昨日切り倒した杉の木を叩く。
「自分で家を建てる神様ってのも珍しい話よね」
「でしょ?ところで、欅(けやき)の木は見て無い?」
「欅ならそっちの方にあったと思うけど、切ってもすぐに使えるって訳じゃないわよ?」
「そりゃそうでしょうね。でも大丈夫。太陽さんにお願いして一生懸命乾かしてもらうから」
「へぇ。所で、何で欅なの?」
「僕は大工方だからね。憧れの花形さ」
「そう。ま、頑張ってね」
「はい。昨日は素敵な土地を教えてくれてありがとうございました」
「いえいえ、それじゃ」
「はい。じゃ、作るか」
リョウは鋸を握りなおした。
そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ! そりゃ!