「また逢いましたね」
「……」
家の壁から上半身を生やしている男は冬夂(とうち)リョウ。
そして、その様を流石に唖然とした表情で見ているのが自称花の妖怪だ。
「……何してるのかしら?」
「せっかくお嬢さんに挨拶していただいたのに非力な僕じゃ受け止めきれなかったから、そのまま慣性に従って飛んでたらこの家に突き刺さったんだよ。助けにきてくれたんですか?」
「死にたいの?」
「死後の世界に興味はあるけど、だからといって死に急ぎたい訳じゃないんだよ。所で、助けてくれないんですか?」
「何で私があなたを助けてあげなきゃいけないのかしら?」
「善意なんて微塵も無いんですか?」
「……」
花の妖怪は、何も言わずに掴んだ如雨露で水を撒く。
リョウに。
「ありがとうございます、丁度のどが渇いてたんだ」
それを何の躊躇いもなくゴクゴクと音を立てて飲むリョウ。
しばらく白けたような目で見ていた花の妖怪だったが――
「バカらしい。別に水をやったからって花を咲かせる訳でも無し。見逃してあげるからさっさと消えなさい」
――そう言って追い払うように手を振った。
「いや、わからないよ。竹だって花を咲かせるんだ。僕が花を咲かせないと決めるのは少し早計じゃないですか?」
「殺さないから消えろって言ったの」
「ちょっと頑張っても抜けそうにないんですけど、どうしたらいい?」
「……じゃあ好きなだけそうしてなさい」
「思った通り、優しい人だ」
にやけた表情を張り付かせながら、リョウは言う。
怒るのもバカらしくなった妖怪は如雨露を持って水やりに出た。
「ここは素敵な女性(ひと)がいっぱいいるなぁ」
その隠す気が無さ過ぎる呟きは、しかし誰の耳にも入らなかった。
「何かしら、あのバカ」
彼女は、今頃壁から抜け出して逃げ帰っているであろう神の事を考え、また無条件で会いもした事のない自分を信頼していた事を思い出し、少しバツの悪い気分になっていた。
とは言っても、知らない間から信用されるのも気味が悪い話だったので、ある意味これで良かったとも思える。
「でも、いくら手加減してたからって、あの程度で済むはずじゃ……」
実際、壁に埋まった彼はかなり間抜けだったが、驚く事に、痛がる素振りも無ければ外傷も全く見当たらなかった。
「ま、腐っても神か。さて、水やりも終わったし……
壁の修理なんかしなきゃいけないのよね……はぁ……」
と、肩を落としながら帰ると、まだ居た。何故か新聞片手に埋まっていた。
「ああ、おかえり。さっき文ちゃんに叩きつけられたから新聞を読んでた所さ。しかし、ここの新聞は随分薄いんですね」
「……何で居るのよ?」
「だって花の妖怪さんが好きなだけそうしてなさいって言ったんじゃないか」
「……はぁ」
大きくため息をついてリョウの頭をつかみ引っこ抜く。
そのまま地面に降ろしたらリョウは何も言わずに正座して妖怪を見上げた。
「やさしくして」
「帰りなさい」
妖怪は家に入っていった。
「つれないなぁ」
「何なのよあのバ……カ……」
「こんにちは。あなたのお名前何ですか?」
開いた穴から妖怪の家を覗いているリョウが居た。
というか、さっきまでとは逆方向に埋まっていた。
要するに、今は足が外に出ている。
「はっ!」
「うわ。危ないなぁ」
妖怪の平手がリョウの顔にヒットする。
パァン!と、小気味いい音が響いたが、リョウは頬も腫らさずににやけ顔で喋っている。
「何なのよアンタ!」
また平手を打つ。
今回は普通の妖怪くらいだと死ぬほどの力で。
「冬の妖怪、RYOです」
「な、何で……」
「ああ、お嬢さんに興味を持って。強気な子が好みなんだ。だから名前くらいは教えてくださいよ」
「死になさいっ!!」
次は拳。
それをリョウの顔の中心に打ち付ける。
穴から飛び出して吹っ飛ぶリョウ。
「何よ!何なのよアイツは!!」
飛んでいくリョウを、見たくも無いのか後ろに振り返る妖怪。
しかし、背後でまたガゴッと音がした。
恐る恐る振り返ると、流石ににやけた顔を、少し苦笑に傾けた表情にしたリョウが同じ穴にはまっていたのだ。
「これ以上やったら警察に捕まっちゃうかもしれない。ストーカーとかで。でも不可抗力なんです。だって、あなたに吹っ飛ばされて空を飛んでたらこれまた空を飛んでた普通っぽい魔法使いに弾き返されたんだもん」
「なによ!何なのよアンタは!!消えなさいよ!消えろ!消えろぉ!!」
声を張り上げて傘で叩きまくる。しかし、動じた風も無く、バシ、バシと受ける顔はいまだににやけたままだ。
「僕もさすがにそこまで言われたのは初めてです。悲しくなってきた。所で、丈夫な傘だね。どこで買ったの?
いや、冗談冗談。また出直します」
「もう来るなぁ!!」
手を振るリョウに傘を振り下ろす。
しかし、とうとう傘は折れてしまった。
「あー、お断りします。だって僕、あなたのこと結構好きになっちゃったから。じゃあまたね。
あ……すいません、もう一回抜いてもらっていい?ちょっと出れない。冬ならもう少し力が出るんだけど……ね?」
「死ねぇ!!!」
「さよーならーーー……」
またもや拳がリョウを刺し、吹き飛ばす。
肩で息をする妖怪の目じりには、少し涙が浮かんでた。
「けっこう減速してきたなぁ。そろそろ落ちるかも」
「うわ!また会ったな」
「ああ、普通っぽい魔法使いの人。またそのうちあいましょー……」
「おいおい、待てよ」
跨った箒で落下するリョウを追いかける、白黒の服を着た魔法使い。
しかし、その努力も虚しく地面に叩きつけられるリョウ。
2、30メートルほど転がり、生えていた木にぶつかってようやく止まった。
「おーい!大丈夫かー?私もグロ死体なんか見たくないから返事がなければ見なかった事にするぜー!」
「また会いましたね。大丈夫さ。この服、結構丈夫なんですよ」
声を聞いた魔法使いは、リョウのすぐそばに降りる。
「誰かと思ったら、やっぱり最近入ってきた神様か。神様ともなると、流石に丈夫なんだな。一応祈っとくか」
「やめろ」
「え?」
リョウを知らない普通の魔法使いは、何で神様なのに信仰されたがらないのかと、少し不思議に思った。
「僕が丈夫なのは神様だからじゃないよ。単に殴られなれてただけですよ。だから、僕なんかを信仰しても得られるご利益なんて、せいぜい寒さに弱くなる程度さ。でも暑さにも弱くなるから、そうとうマゾヒストじゃない限りはオススメしないかな」
「そ、そうなのか?」
「そうなんだ。だから、君はもっと素敵な神様を信仰するべきですよ」
「なんか悪いな、親切にしてもらって」
「いやいや、流石に自分の信者が自分のせいで不幸になるのなんか、どの神様でも見たくないはずだよ。でも、心配してくれたお礼に何かあったときは綿棒から綿とったやつくらいなら力になれるかもしれませんね」
無意味に大げさな身振り手振りを加えて話すリョウ。
それを楽しそうに見る魔理沙は、やっぱりけっこう楽しそうだった。
雛さんと結婚したい