白式の日(インフィニット・ストラトス×ガンダムUC) 作:スターゲイザー
「はぁ~、ISに乗りてぇ」
高校からの帰り道、同級生にして中学からの親友である五反田弾の突然の呟きに、隣を歩いている織斑一夏は眉を顰めた。
「なんだよ、藪から棒に」
「男なら一度でも思うことを代弁してるんだよ、俺は」
「代弁じゃなくてお前の本音じゃないか」
呆れたように返す一夏に弾が持っている鞄を振りかぶる。
教科書類は全部机に入れているので薄っぺらく軽いが、それでも昼に食べて空になっている弁当やら同級生に借りたR18指定の本が入っているので当たれば普通に痛い。
一夏の後ろから放たれる完全な死角からの一撃。
当たると思われたそれはまるで始めから分かっていたかのように一夏が一歩大きく前へ進むと、目標だった後頭部に当たることなく空ぶる。
「避けんなよ、一夏」
「なんで俺が文句を言われなくちゃならないんだよ。普通は逆だろ」
「あっさり避けてる奴に文句を言われる筋はねぇよ」
「当たったら痛いだろが」
「だからって死角からの攻撃を避けんなよな。なんで分かるんだ?」
「知らないって。ただ、頭の後ろがビリッてしたから動いただけだから」
「やっぱエスパーか」
エスパーと言われることは今に始まったことではない。今まで散々に言われてきたので一夏もそれ以上は言い返さなかった。
死角だろうが少し離れた場所だろうが、 なんとなく人の気配や迫る危険を察知することが幼い時から出来た。気持ち悪いと言われたこともあるし、そのことで人に避けられたこともあるが、一夏にとって当たり前に出来ていることを無かったことには出来ない。
精々が勘が良いとか、そういうものに敏感だと伝えて納得してもらえなければ分かってもらうことを早々に諦める。科学的に、論理的に説明できる事象ではないのだと直感的に悟っていたからである。
姉である千冬が同じ能力を持っているので、織斑家に伝わる物なのかは分からないが救いではあった。
「さっきも後ろから飛んできたボールを見もせずにキャッチしてたじゃないか。男の俺でも格好いいって思ったぞ」
「俺が気づかなかったら今頃、弾は病院行きだけどな」
野球部に散々謝られたことを思い出して少しゲンナリとした一夏は、自分のことを少し人より勘が良いだけだと思っているので話題を変えようとする。
「で、なんでまたISに乗りたいって思うんだ?」
「は? 普通なら乗りたいって思うだろ」
「男は乗れない。ISは女の物、だろ」
IS――――正式名称『インフィニット・ストラストス』。
十年前に宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツで、開発当初は注目されなかったが『白騎士事件』によって従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能が世界中に知れ渡ることとなり、世界は一変した。
既存の兵器を遥かに凌駕する性能に注目が集まり、誰もが欲するようになったのは無理からぬことだった。だが、ISにも欠点があった。ISは女性にしか動かせなかったのだ。
理由は不明、原因も分からずじまい。十年経ってもそうなのだから、兵器の中軸を担うようになったISによって男尊女卑の社会は一変し、世界は十年の間に様変わりしても無理からぬことである。
最も顕著なのは教育の分野だろうか。
学ぶなら早い方が良いとISは教育の分野にも広がり、教育カリキュラムで男と女では違ってくるようになった。操縦者以外の分野では男の研究者なども存在するが、趣味で調べるか専攻科目となる高校生から大学進学後。適正検査を受けた時期にもよるが、早ければ小学生の内から学習を始める女と違って、技術畑に興味のない一夏のような男から見ればISは女の物と考えるのが当たり前となっている。
「関係ねぇよ。生身で空を飛びたいってのは男の本能だ。一夏が興味がなさすぎるんだよ」
「そうか?」
一夏からすれば、自分が乗れない物にそこまで執着出来る方がおかしいと思うのだが、弾の意見は違うようだ。
「やっぱ姉がブリュンヒルデだと違うのかね」
弾の言葉の直後、ジワリと心に広がる何かを押し留めるように苦笑を浮かべた。
織斑千冬――――一夏の実の姉にして、IS世界大会「モンド・グロッソ」で優勝し、更に公式戦での無敗記録も保持して世界最強のIS操縦者の称号であるブリュンヒルデの名を与えられた女傑である。
「あんまソレ、千冬姉の前では言わない方がいいぞ。ブリュンヒルデって呼ばれるの嫌いみたいだから」
「なんでだ? 恰好良いだろうに」
「ブリュンヒルデの伝説を知れば分かるよ」
ブリュンヒルデとは、北欧神話に登場する人物である。
愛した男は他者の計略があったとはいえ自分を忘れて他の女と結婚し、あまつさえ不実と不正によって別の男と結婚させられ、それを恨んで元旦那を殺して、全てが終わった後に他者の計略を知って自らの行いを悔やんで後を追ったという、華々しい経歴の割にあまりな最期を迎えた女性なのである。
質実剛健、弟の一夏から見ても下手な男よりも男らしい千冬であっても、ブリュンヒルデの経緯と末路を知ってしまったら良い顔は出来ない。
昨今、男尊女卑からIS台頭の反動から女尊男卑の世の中に変わってきている世の中で、未婚率も年々上がっている。結婚適齢期にも関わらず、男の影が全く見られないことに、弟してはそこはかとない不安を抱きはしてしまうが。
「じゃあ、なんでIS委員会は『ブリュンヒルデ』の称号にしたんだろうな」
「さあ?」
大会を主催した国際IS委員会が決めたことなのだから、それこそ一夏の知ったところではない。
「本当に一夏は興味ないよな、ISに」
事実であるからこそ、弾の言を一夏は否定できない。
「俺だって興味がないわけじゃないけど、千冬姉が良い顔しないんだわ」
理由はそれに尽きる。一夏だってISに多少の興味はあるが、千冬はISのことを知ろうとすると良い顔をしない。
不機嫌になるとか、不満だとかそんなものではない。ただ漠然と姉がISのことに触れてほしくないと雰囲気から感じ取れてしまい、可能な限り興味を持たないようにしている。勘が良いのも考え物であった。
大体、どこのテレビでもIS関連の情報を流しているからテレビを見ないようになったし、雑誌類も買わない。読んだり買ったりするのはIS関連以外の物になってしまう。パソコンがあるからクラスの流行に後れないで済むが、慣れてしまえばこれはこれで良いものだと思っている現代っ子らしくない一夏である。
「相変わらずのシスコン振りだな」
「唯一の家族を大切に思って何が悪い」
「悪いなんて言ってねぇよ。褒めてんだって」
からかうような口振りだったから一夏も怒りはしない。
シスコンと呼ばれること自体は、数年前に中国に行ってしまった女友達にも散々言われてきたことだから今更角が立つようなものでもない。家族を大切に思って、心配して何が悪いのだと想いが一夏の中にあるからだ。
まあ、もう直ぐ16歳にもなる男がシスコンでは恰好が悪いと認識はあったので、弾のような気心の知れた相手以外に知られたくはない。
「そんなだから鈴に罵倒されんだよ」
「あれは向こうが変なこと言うからだ」
俺は悪くない、と内心で思いつつも、空港で別れる時にビンタされてしまった苦い思い出を振り返って口に出すことはしなかった。その時の痛みが残っているように頬を撫でてしまう。
「『私が料理上手くなったら毎日酢豚を食べてくれる?』なんて言われても、毎日酢豚を食わされると思ったら普通は断るだろ」
「そこでどうして味噌汁の隠喩だと気づかないかねぇ」
「親友と思っている相手と別れる哀しさの中で気付けって方が無理に決まってる」
凰鈴音――――鈴とは小学五年生からの付き合いで、中学で知り合った弾と三人でつるむようになった。
弾は出会って直ぐに鈴が一夏に向ける好意に気づいたようだが、当の一夏は危険や人の気配には敏感なくせに反動とでもいうのか好意には鈍感すぎる。
両親が離婚することになって、母と中国で暮らすことになった鈴との別れの時に彼女が言った言葉をそのままま受け取ってしまう辺り、変なところで素直な面もある。結果、鈴を怒らせてビンタを食らうという、気を利かせて二人きりにして隠れて見ていた弾からすれば、どうしてこうなったと言いたくなるばかりの最悪の別れ方だった。
「次に会ったら謝るさ」
「好意は受けられないのに、またぶっ飛ばされるだけだと思うぞ」
弾に言われたような展開になるだろうな、と一夏も思ってしまったから二の句は告げなかった。
別れる前は毎日でも連絡すると言っていた鈴から一夏には一年以上も音沙汰がないことが、彼女の怒り具合を現している。
「鈴も割と可愛いと思うし、気立ても悪くない。付き合っても良いんじゃないか? 今の時代、貴重だぜ。 あれだけの好物件が好いてくれるのは」
「分かってはいるんだけどな……」
一夏としても好意を向けられていると知って悪い気はしない。鈴と付き合えば幸せになれるだろうし、幸せにしたいとも思う。ただそれでもやはり、千冬と天秤にかけたらどちらに傾くのか迷いはしない。
「惚れた腫れたは一人立ち出来るまではしないつもりなんだ。責任が持てそうにないから相手にも失礼だろ」
「お前、それって結婚を前提に付き合うって言っているようなもんだぞ」
「遊びで付き合うなんてそれこそありえない」
「お堅いねぇ。折角、モテるのに勿体ない」
この考えは硬派とでも言うのだろうか。なんだかんだ言いつつ、弾もこういう一夏の考えは歯痒く思っても嫌いではないから茶化す程度に留めている。
しっかりと一夏の考えは中国に渡った鈴にも伝えているので、次に会うことがあれば二人の関係はまた違う物になるだろう。弾の役割は二人の間を取り持ちつつ、自分が楽しめるようにすることだ。
「モテたって嬉しくない。それよりも俺は一人立ちしたい」
「藍越学園に入学したのもその一環だっけか。千冬さんに就職希望って進路調査で書いたのがバレてボコボコにされたからこっちにしたんだろ?」
「いや、ボコボコにされてはないけど、懇々と説教されたよ。世の中舐めるな、高校や大学に行かせるぐらいは稼いでいるってな」
ああ、と弾が納得したように頷く。
鈴の家の中華料理屋と弾の家の五反田食堂で簡単なバイトしかしたことのない一夏だから社会人の千冬に反論できるはずもない。説得された形で遅れながらも試験勉強を始め、学費が安くて就職率の高さが特徴の藍越学園に受かって今に至る訳である。
「でもよ、藍越学園の卒業生の殆どが学校法人の関連企業に入るんだぜ。IS関連の仕事ならもっと稼げて早く一人立ち出来るかも知れないぞ」
「俺からすれば弾がどうしてそこまでISに興味を持てるのかが分からない。興味を持ったって男には無用の長物だろ」
一夏にとって姉の想いを無碍に出来ないというのもあるが、やはりISは男には扱えないという事実が一夏の根底にあったから大した興味も抱けずに済んでいる。だから、世の男性達が切望している気持ちの一欠けらも一夏には理解できない。
「変なところに聡いのに、妙なところで鈍いような一夏は」
呆れたように笑った弾が一夏の背中をバンバンと叩く。
「痛いって」
気が置けない間柄特有の、遠慮の呵責もない行動に痛みの訴えはしても止めようとはしない一夏。
不器用な織斑姉弟と違って、直接的なやり取りで親愛を深める五反田一家の在り様は一夏にとって、とても新鮮で嬉しい物なのである。
「考えてもみろ。ライト兄弟の熱意がなければ飛行機だってなかったかもしれないんだぞ。当時は絶対に不可能とされていた飛行に何故彼らが挑み続けたか、分かるか一夏? そこに空があるからだ」
熱弁を振るうを弾に付き合う気のなかった一夏は、ふと人の気配を感じて視線をずらすと見覚えのある人物が近づいてくるのが見えて壇から距離を取る。
「願わなければ何も叶わない。俺が言いたいのは諦めた奴にあれこれ文句を言う資格はないってことだ。だからこそ、俺は声を大にして叫び続ける。ISに乗りたいってな」
足を止めてドヤ顔で熱弁を振るう弾の後ろに近づいた人影は、少し前の弾と同じように手に持つ鞄を振りかぶった。
やっぱりこの二人は兄妹なんだなと、鞄を振りかぶる人影――――弾の妹である五反田蘭を見ながら、蘭の中学がこの近くで通学路が重なっていたことを思い出した一夏は納得の面持ちで分かりきった結末を見届けることにした。
「なに公道で熱弁を振るってんのよ、この馬鹿兄貴!!」
「じぇろにも?!!!!!」
弾は夕空に輝く星となった。
汚い星だと思ったことは織斑一夏だけの秘密である。
篠ノ之箒にとって、人生とは流されるものである。
姉である篠ノ乃束が開発した『インフィニット・ストラストス』――――通称ISによって開発者の身内であるから政府の重要人物保護プログラムが適応されて、八年も日本中を転々とさせられてきた。
もう何年も両親の顔を見ていないし、声も聞いていない。
一年に数度、政府を通じて手紙のやり取りはしているが、中身が必ず検閲されていると思えば書く内容はどうしても無難なものになる。子供特有の見栄もあったから、自分は上手くやっているのだと嘘ばかりが達者になっていくことに嫌な気持ちになりもするが、もはや慣れたものだった。
篠ノ之の名を名乗らなくなって久しく、恐らく両親も別の名を使っているだろうことは誰に言われることなく分かっていた。
ずっと偽名を使っているから時折自分が誰なのか分からなくもなる。そのことを辛いとも思うし、束が失踪してからは執拗な監視と聴取が繰り返されており、毎日をうんざりするような気持ちを抱えて過ごさなければならない。
秘密を抱えているから友人が出来るはずもなく、転校ばかりを繰り返すから例え友人が出来ても直ぐに離れることになるから友人作りに積極的になることもない。やっとの思いで出来た友人が、姉の居場所を知りたい政府の回し者だったこともあって人間不信の気があるぐらいだ。
そんな箒だからIS操縦者育成用の特殊国立高等学校、通称『IS学園』に入学する経緯も政府の命令だったからと単純なものだった。
箒に政府に逆らうような気概はなかったし、逆らったところで何の意味もないと悟ることの出来る知性もある。反抗的な面は後になって厄介事を生むだけだけだから、唯々諾々と従うことが箒なりの処世術。
幸いにもIS学園に入学し、しかも本名を名乗って良くて卒業するまでの三年間はこの地に留まることは政府決定で決まっているので、暫くは平穏無事な毎日が続くのだろうと胸を撫で下ろしていた。
なによりもこうやって重要人物保護プログラムが適用される前の知り合いである織斑千冬と再会できたことは、ここ数年ない喜ばしいニュースである。
千冬は束の親友であり、実家が剣術道場をやっていた時の姉弟子でもある。
剣術道場といっても門下生が数人程度の小さな規模だったから箒も千冬と親交があり、その繋がりで彼女の弟の一夏とも仲が良かった。
千冬より遅れて門下生になった一夏とは、同年代ということもあって腕を競い合った中でもある。あっという間に抜かれて悔しい思いをしたことも今となっては良い思い出であろう。
なにはともあれ、千冬と再会できたことで箒の学園生活は思ったよりは有意義なものとなった。
一教師である千冬はその性格もあって特定の生徒を特別扱いすることはないが、学校という枠から離れると昔と同じような関係に戻れ、教師という役柄と彼女自身の立場から一級のトップシークレットである箒の事情を察してくれ、優しくしてくれることは嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。
千冬との再会で上向きになった気持でも、箒の学園生活の大元は何も変わらない。目立たず騒がず、大人しく時が過ぎるのを待つ。
だから、クラス代表になるなど以ての外。
伊達眼鏡をかけた成績も平凡な者がクラス代表になるとしたら立候補だが、目立たず騒がずを信条とする箒がするはずもなく、イギリスの代表候補生がその役を自ら引き受けたので言ううことなしである。
入試成績トップで、数少ない試験教官を倒して実力者の持ち主であり、しかも世界に600台強しかないオリジナルISコア――――専用機を持つ者の立候補の対抗出来る者はクラスにはいなかった。
これでクラス代表表対抗戦は勝ったものだと思っていたら、まさか隣のクラスにも専用機持ちがいることが判明したのだ。箒としてはどちらが勝っても、誰が勝っても気にしないのだが、問題はその二人に護衛されている現在の状況である。
「落ち着かんな、篠ノ之」
「…………この状況で織斑先生みたいに落ち着いていられませんよ」
ガタゴトと揺れるトラックの荷台の中で、視線があちこちを彷徨っていた自覚のある箒は斜め前で不動に立ち尽くす女傑に言葉を返す。
トラックの荷台に窓などなく、どこを走っているかは分からないが学校外であることは確か。学校外ではあっても千冬が苗字で呼んだということは、教師モードである証。教師モードの時に名前で呼ぶと出席簿で叩かれるので箒も学校にいるつもりで千冬と話すしかない。
その視線は千冬ではなく、トラックの荷台の大半を占拠している物に向けられていた。
「一年最強の二人とブリュンヒルデに護衛されていると考えるだけで落ち着きません」
「今のお前にはそれだけの価値があるのだ。慣れろ」
「価値があるのは私ではなく、あれでしょうに」
視線の先には待機状態のISが鎮座している。その正体は、秘密を教えられた箒が抱えられるものではない。
「どうして私だったんですか?」
「なにがだ?」
「誤魔化さないで下さい。所在不明とされている№001の白騎士のコアが使われた専用機『白式』がどうして私に与えられたんですか」
「分かっていることを聞くな」
インフィニット・ストラストスの存在を世界に刻み付けた始まりのIS『白騎士』。コアを初期化して解体し、企業などに技術提供の形で公開され、第1世代型の開発基盤となって研究所に提供されていたコアのみが行方不明になってしまったと、公開されている情報ではそうなっている。
クラス代表対抗戦の直前に箒に与えられることになった専用機『白式』のコアが、まさか始まりのISの物だとは誰も思うまい。話ではずっと日本政府が秘匿し続けて来たらしいが、どうして箒に専用機として与えられることになったのかが分からない。
真っ先に箒が連想することはただ一つ。
「私が、篠ノ之束の妹だからですか」
「同時に私と同じIS適性がSだからというのもある。今日から公開されているランクもBからSに変わるがな」
否定されず、更に理由が追加されて箒は黙り込んだ。
公式に公開されている箒の適性は「B」と、可もなく不可もなくのランクになっている。実際のランクは世界でもヴァルキリーやブリュンヒルデしかいない「S」。つまりは資質だけでいえば箒は世界の上位ランクに食い込めるだけの物を持っている。
この情報が秘匿され、二段も下のランクとして公開されているのは煩わしいことを嫌った箒自身の希望と、箒を千冬に続くブリュンヒルデにしようと目論んでいる政府の一派と適性の秘密を探ろうとしている一派の利害が一致しているに過ぎない。
実験や検査は日常茶飯事で、ISの訓練もさせられてきたから専用機持ちに劣らぬと言える自信を箒は確かに持っている。
それでも戦えば間違いなく箒は負けるだろう。それほどに専用機持ち、即ちオリジナルISコアによる専用機の性能は量産型を大きく上回っていて、むしろ天と地ほどの差がある。何十機もの量産型が、たった一機の専用機に負けたという逸話もあるぐらいなのだから。
コアの製法が公開されていようとも、やはり篠ノ之束がその手で生み出したオリジナルISコアの力は強大である。だから、束が作ったコアは選り優れた操縦者が扱う専用機となり、束以外が作った物は専用機以外に使われる。
コアを作ることは難しく、世界でも年に数十程度しか作れないと言われているのに、束は年に数個を個人であっという間に作る。姿を消しても世界をかく乱し続ける姉に箒は頭が痛くなる思いである。
「束が作ったオリジナルISの中でも№が1桁台のは強力だ。扱うには最低でもAランクでなければならん。ましてや白騎士のコアともなれば、Sランクでなければ乗ることすら不可能だ」
「噂は聞いていましたが、デマかと思っていました」
「事実だ。IS委員会は隠したがっているが、乗ろうとして拒絶されて再起不能となった者もいる」
ゾッとするような話だった。背中に氷柱が突き刺さったような寒気が全身を襲い、喚き出した心臓を抑えるように胸を抑える箒を見下ろして千冬が笑う。
「安心しろ。なにも怪我をしたとか死んだとかの話ではない。コアの深層には独自の意識があるとされていることは知っているな? 白騎士の場合はそれが著明でな、しかも好き嫌いが激しい」
だからなんだと思わくなくもないが、本題はこれからだと続く言葉を待つ。
「IS同士には繋がりがある。コア・ネットワークと呼ばれる物だ。これは今更、言うまでもないが、白騎士の厄介なところは白騎士から発せられた情報は全ISに伝達されるかもしれないといことだ」
それだけ聞けば箒にもことの繋がりが読めて来た。
「もしかして白騎士に拒絶されると全てのISに乗れなくなるんですか?」
否定してほしい思いで問いかけると、無情にも頷かれて肯定されてしまった。
つまり乗ろうとして拒絶されて再起不能となったのは、怪我とかではなくIS操縦者としてということか。ISに乗れなくなったら操縦者としてはやっていけないだろう。正に再起不能だ。
「逆に言えば、白騎士を制御できれば全ISを統制することも不可能ではないかもしれない、と上層部は考えている」
「でも、それなら日本政府が秘匿して調べればいいのでは? わざわざ私の専用機にした意味が分かりません」
「ISコアの深層に潜るには、誰かが搭乗していなければ出来ん。好き好んで出来るかも分からないことに希少なSランクを遣い潰す気にはならんのだろ」
「私は捨て石ですか?」
「これで捨てれるのなら望むところだろう?」
そう言われてしまえば箒に返せる言葉はない。捨て石扱いされることは剛腹だが、箒にとってISは家族を奪った憎き物でしかない。道具に八つ当たりしても仕方ないと思い込むことで抑え込んではいるが、IS適性など無ければ無い方が良いと考えている。
日本人でIS適性「S」はたった一人、目の前の世界最強のみ。
ブリュンヒルデとまで謳われている千冬を遣い潰す気は流石に日本政府も出来ず、偽情報が公開されている箒ならば損失は最小限で抑えられる。箒の考えを千冬が読んでいるのだとしたら、成程これほどに危険なコアの解析に適任な人選も他にない。
「私を使ってコアの研究をする。そういうことで良いんですか?」
「クラス代表対抗戦が延期されたのはこの為だ。今頃、学園では受け入れ準備がされているだろうよ」
「大事になりそうですね」
「もうなっている。専用機持ちは同時に国家代表候補生に選ばれる。本来なら順序は逆だがな。良かったな、栄転だぞ」
分かりきったことでも確認しなければ後で面倒事になると知っていた箒が聞くと、千冬は頷きつつちっとも喜ばしくない事実を明らかにする。
国家代表候補生になれば箒の信条である目立たず騒がずではいられない。さりとて政府の決定に逆らうことは箒には許されていないので従うしかない。
「面倒事ばかりで喜べません」
愚痴を言うぐらいは許されるだろうと口にするが、ふと視線を上げると千冬が口の端を上げており、明らかに楽しんでいる風情があった。
「代表候補生になれば大手を振って一夏に会いに行けるぞ」
「っ!?」
千冬を通して話は聞いていたが、実際に会いたいという思いは日に日に膨らむばかり。しかし、今まで秘匿されていた箒の立場では、どうやっても一夏に会いに行く口実を作ることが出来なかった。そもそも学園行事でもなければ重要人物扱いされている箒にIS学園から出る許可が下りるとも思えない。
だが、代表候補生ともなれば一定の権限が与えられる。昔の友人に会いに、生家に行きたいぐらいの願いは叶えられる。当然、護衛や監視は付けられるだろうが、それでも一夏に会いたいし、家に帰ってもみたい。
「ぐぬぬうううううううう」
唸る箒。代表候補生になれば面倒事は山ほど増えるだろうし、今までのようにはいかなくなる。反対に一夏にも会えるだろうし、ある程度の自由も手に入れられる。
メリットとデメリットを天秤にかけてフラフラと揺れる中で、やはり一夏に会いたいという欲求が振り切れかけたところで千冬の気配がハッキリと変わった。
「その前に望まれない客の相手をしないといけないがな」
空気が変わっていた。外国のエージェントに狙われたこともある箒には馴染みのある荒事の空気だった。
鋭い目つきで天井の向こうを見据えている千冬の視線の先には、白騎士のコアを狙っている何者かが迫っているのだろうと箒は誰に言われずとも理解して拳を強く握った。
凰鈴音ほど人生の転換期がハッキリとしている人間は少なくないだろう。誰でもなく、鈴自身こそが思っていることである。
中国人の母と日本人の父の間に生まれた鈴の現在の国籍は中国ということになっている。国籍をどちらか選ぶ年齢になる前に中国の代表候補生になったので、日本人でいることは不可能だった。
たった一年で代表候補生にまで上り詰めたその理由が、好いた男にフラれた反動だと聞いてどれだけの人間が信じるだろうか。
別にフラれて自棄になったわけではない。後日に弾から連絡があって、鈴がややこしい言い方をしたこと、一夏の考え方を聞いて成程と納得してしまった。織斑一夏は聡いようで鈍く、まあ普通とは違う人間だと分かっていたつもりの鈴のミスだった。
ならばと、逆に一夏を養ってやるから私の下へと来いという結論に達した鈴は、高校生にもならない少女が金を稼ぐ方法として手っ取り早かったISに目をつけた。
幸いにもIS適性は高かったし、当時は無駄にやる気にも満ち溢れていたものだから一年はあっという間に過ぎ去った。
何時の間にか、中国の代表候補生になって専用機を与えられる立場になっており、ようやくその頃になって冷静になった頭が遅かりし事実を突きつける。
鈴が専用機を与えられたのは、面子の中でIS学園に入学する年齢でそこその実力に達したから面子を保つために専用機をつけて送り出そうと魂胆が国の上層部にあったらしいが、遅かりし事実に気づいた鈴にはどうでもいいことであった。
一夏が望んでいるのは一人立ちであり、断じて誰かに養ってもらうことではない。そもそも一夏の姉である織斑千冬は元日本代表にしてブリュンヒルデ。その弟ともなれば、日本政府が他国の女と結婚を許すはずもない。その事実に一年も経ってから気づくのだから、一夏や弾に猪突猛進過ぎるところを直せと言われるのだ。
慌てて方針を転換しようにも、その後のことを何も考えていなかったことが裏目に出た。
取りあえず日本に帰れるのだからいいか、と開き直ったところで別れた時にビンタをしたことを思い出した。
別れにビンタしてしまった手前、一夏に会いに行くことも出来ない。そもそも、どこに人の眼があるか分からないから碌にIS学園から出ることも出来ない。入学してから気づいたのだから鈴の猪突猛進振りは全く変わらない。
まさか天敵である千冬がIS学園で教師をしているなんて思わなくて、仰天して腰を抜かしてしまったのは思い出したくない過去である。
千冬経由で一夏が私立藍越学園に通っていることも聞けたし、損得で言えばイーブンというところだろう。自分以外に一夏の幼馴染がいたことは驚きだったが。
「まさかその幼馴染が日本の代表候補生になるなんてねぇ」
まだ馴染みの薄い専用機『甲龍』を身に纏って空を飛びながらしみじみと呟く。
「あら、鈴さんは篠ノ之さんとお知り合いでしたの?」
鈴が漏らした呟きをプライベート・チャネルで繋がっているセシリア・オルコットが聞きとって訊ねて来る。
彼我の距離は一㎞以上離れている。二人の中心を進むトラックを護衛するように前後して空を飛んでいるセシリアからでは目視出来ないように見えるが、操縦者の知覚を補佐する役目を行うハイパーセンサーのお蔭で背後だろうが存在を認識できている。
本来は宇宙空間という数千~数万km単位の距離で使用するのが前提であるため、大気圏内ではリミッターが掛かっているというのだから開発者の篠ノ之束は間違いなく人類史に残る科学者なのだろう。
「直接的な面識は…………まあ、隣のクラスなんだから学園や寮のどこかですれ違ったぐらいはあったかもしれないけど、多分話したことはないわ。単純に知り合いの知り合いってだけよ」
「はぁ、知り合いの知り合いですか」
「そ。まあ、護衛なんてしてんだから変な縁があることは間違いないと思うわ」
目視では到底見つけることが出来ない距離にいる眼下のトラックは、タイミング良く信号に引っ掛からず――――道路交通安全システムによって赤信号で止まって時間をロスするルートが除外されている――――目的地であるIS学園への最短ルートを進んでいる。
そのトラックの中に織斑千冬と共にいる篠ノ之箒の姿を見ることは、目視できない遠距離や視覚野の外すらも近くできるハイパーセンサーであろうとも不可能'である。当然、縁なんて目に見えないものが見えるはずもない。
(そういえば、もう少ししたら一夏達の高校の近くだっけ)
護衛の依頼が来た時に地図を確認した際、弾から聞いていた一夏達が通っている高校が近くにあることを、つい確認してしまっている。
国を通しての依頼であるから、代表候補生といえど軍属と似たような立場の鈴達に拒否権はない。寄り道など出来るはずもないし、一目見ることも敵わないだろう。
分かっていたことだし、諦めていたことでもあるので納得はしていたのだが、好きな人が近くにいるのに姿を見に行くことも出来ないのは少し辛い。フラれた相手に会いに行けるような度胸が鈴にないとしてもだ。
「篠ノ之さんは大人しく物静かな人だと思っていましたが、実は篠ノ之博士の妹で代表候補生になられるとは驚きですわ」
「ん? あ、そうね」
どうやらセシリアは箒関連で話しかけていたようだが、考え事に没頭していた鈴は取りあえず話を合わせておいた。
殆ど聞いていなかったが、応じた対応で間違っていなかったと得心して多少は意識をセシリアにも向ける。
「代表候補生云々はともかくとして、篠ノ之なんて滅多にある苗字じゃないでしょ。IS開発者の身内かって思わなかったの?」
「日本の方は分かりませんが、わたくしは日本人の名前にそれほど詳しくはありませんもの。博士と同姓の方がいるなと思うぐらいでしたわ」
「まあ、普通は有名人の身内が身近にいるなんて思わないか」
「ええ。休憩時間は何時もお一人で本を読まれておりましたし、あまり人と話をしているところを見ないものでしたから。物静かな方でしたので博士の御身内の方ですかと聞いて違ったら不快にさせるのも悪いですし」
セシリアの言う通り、鈴だって言われなければ同じような感想を想うだけで納得してしまうだろう。日本人で篠ノ之って苗字なら誰もが篠ノ之束を連想するだろうが、不思議なことにISの開発者なのに写真の類は全く出回っていないから、これだけの情報だけで本人に確認を取るのは気が利かない無神経な人だけだろう。さして仲良くない相手に聞くには、篠ノ之って苗字だけで束の身内ではないかと邪推するのは簡単だから、きっと何度も聞かれて不快に思うだろうと躊躇する。
「ISに関してはどうなのよ。いきなり専用機を渡されるなんて相当のレベルなんじゃないの?」
入学試験の際に成績優秀者――――筆記と実機試験―――――試験成績はある程度公開されている。
IS学園は政治的なところが大きく、学園がある日本以外からの国の留学生も大量に受け入れている。鈴とセシリアもその口の一人で、成績優秀者はそれだけで一種のステータスにもなる。
留学生を送り出した国も、自分の国の人間はこれだけ凄いんだと、優れた教育の成果だと、一種の指標ともなるので優れた生徒を送り出してくる。
セシリアは筆記・実機試験共にトップで、次席は鈴である。鈴がISに関わって来た時間を聞いてセシリアは焦りを抱いていたりするが。
「まだ実習には入っていませんから、わたくしからはなんとも。ただ、そういう話や噂は聞いたことがありませんわ」
「そっか、あんたもか」
「と、いうと鈴さんも?」
頷きを返す。
国家代表がIS学園に通うのは、ロシア代表である現生徒会長を除いてありえることではない。その国のIS乗りのトップになるには、やはり長い時間と経験が必要になり、学園通っている間は良くても候補生止まり。現生徒会長が異常なのだ。
となれば、代表候補生がIS学園における国の代表といえるので、その立ち振る舞いや接する相手に注意が必要なのだと、鈴の担当である代表候補生管理官である楊麗々から懇々と言われている。
公開された成績優秀者の中に篠ノ之箒の名は鈴の知る限りではない。他国の成績優秀者は仮想敵になることから、こいつには気をつけろ、この国の人間には絶対に負けるなと、微に入り細を穿つと言わんばかりにあまりの量に泣きそうになりながら懇々と頭に詰め込めさせられたので間違いない。
「日本政府の切り札ってやつかしら」
「入学後のこの時期にですか?」
「やっぱ変よねぇ」
「切り札というなら逆に悪目立ちし過ぎでデメリットばかりです。仮に目立つことが目的だとしてもメリットになるとは、残念ですがとても思えませんわ」
今回の護衛の任務を受ける際、楊管理官も同様の感想を抱いていたから鈴としても首を捻ってしまう。
箒と同乗している千冬はその辺りの事情を詳しく知っていそうだが、付き合いがあったからか彼女が公私の区別をハッキリと付ける人だと知っているので問う行為自体が無駄だ。最悪、出席簿で頭を打ち抜かれて、残るのは痛みだけで割に合わないことこの上ない。
「今回のことはおかしなことが多すぎます。突然の代表候補生就任と専用機授受、開発元で
「まあ、ねぇ」
表向きの理由は、箒は篠ノ之束博士の身内として昔から日本政府にIS関連の協力をしており、操縦者としての経験も積んでいて、IS学園入学という環境の変化によって適性ランクが上がったことで、今回の代表候補生就任と専用機授受が決定したという話だが胡散臭すぎる。
操縦者が引き取りに行ったのならそこで
「逆に言えば、その無駄なことを私達の国に借りを作ってまでしなければならなかった理由があったのか、ね」
プライベートチャネルは会話ログが残ってしまうから敢えて口には出さないが、千冬が倉持技研を信用していないのではないかと鈴は推測する。
今回の一件は日本政府と箒の問題で千冬が関わる理由は殆どないはずである。
あのトラックはIS学園まで箒を迎えに来ている。ISはないが、日本政府独自の護衛もいるだろうし、千冬がわざわざ同乗する理由はない。鈴とセシリアが護衛につくのも千冬の発案だというのだから、きな臭い空気は当初からあった。
日本政府の不可思議な対応、効率を無視している千冬の行動、これらの理由が鈴達に疑念を抱かせている。
鈴達がこれほど怪しい護衛を引き受けたのは、秘められた真実から日本政府の、ブリュンヒルデの、IS学園の何かの弱みを見つけられたのなら政治的に有利に働く可能性があったからである。
「――――って、言っている間に来たか」
ピーピーとセンサーが甲高い接近警報を鳴らしてくる。
予想が現実になったというべきか、遠方より飛行機よりも速い物体が急速に近づいてくる。
「鳥、ではありませんわね」
「音速を突破できる鳥がいるなら見てみたいわよ」
減らず口を叩きながらも二人は武装をすぐさま整える。
この速度で、このタイミングで現れる何者かの正体はISに他ならず、そして敵であることは疑いようのない事実。
ハイパーセンサーの恩恵で数㎞まで接近してきている機影を二つ確認した二人が身構えた瞬間だった。敵ISの内の一体が何の宣告もなしに手に持っている大型ライフルからビームを発射する。
明確な敵対行動を取ってきたISを、先に敵と認定していたからこそ驚くこともなく回避行動に移った。
「いきなり撃ってきた……!?」
回避しなければ直撃していたビームから戦端が開かれた実感を感じ取った鈴は、ゴクリと唾を呑み込んで厳しい視線を敵へと向ける。
距離を詰めて来る敵ISは随分と対照的な機体であった。
一機は多脚型とでもいうのだろうか、二本の腕とは別にカクカクとした八本足を持った蛸よりも蜘蛛を連想させる異形のIS。
もう一機は逆にオーソドソックスな、どこかセシリアのブルー・ティアーズに似ている。色合いも似ているから姉妹機と教えられれば信じてしまいそうなほどにコンセプトデザインが酷似していた。
鈴は戦う前に敵の戦闘力を図るために後者のISについてセシリアが何か知っていないかと口を開こうとする。
「サイレント・ゼフィルス?! 本国で開発中の機体が何故ここに!?」
それよりも早くセシリアがありえない物を見たかのように叫びを上げた。
声に込められた驚きに鈴が気を取られるよりも早く、追撃の2射目が放たれた。
しかし、その2射目が放たれたのは、敵が持つ大型ライフルではない。機体から切り離されたビット――――セシリアの持つBT兵器『ブルー・ティアーズ』と似たような物――――からだった。
予想外のビームを間一髪のところで躱した鈴。驚愕を覚えつつもしっかりと回避動作を行ったセシリアだったが、避けた思った瞬間にビームが突如として曲がった。後少しで被弾というところで、セシリアが操作したのか、それともたただの偶然なのか、ビットに当たってセシリアへの被弾は免れる。
「偏向射撃ですって!? わたくしですらまだ出来ていないというのに……」
ビームを曲げる偏向射撃。未だにセシリアが行えない技術が目の前で簡単に成され、サイレント・ゼフィルスの衝撃と合わせてセシリアの意識に一瞬の隙が生まれる。鈴ですら気づけたその隙を敵がむざむざと見逃してくれるはずがない。
「隙だらけだよ、バーカ」
「きゃぁああああああああああっっ!?」
多脚を前方に集中させての突進は無防備だったセシリアに命中し、甲高い悲鳴を上げて遥か彼方へと吹き飛んでいく。
「セシ……くっ!?」
吹き飛ばされたセシリアを助けに行こうとして急停止した鈴の目前をビームが通過する。
上空を取ったサイレント・ゼフィルスが悠々と浮かび、大型ライフルをこちらに向けていた。バイザーによって覆われている顔の上半分はともかく、鼻から下は露出していてその唇は歪んだ形を取っているのがハッキリと見える。
イギリス国内で開発中であるらしいサイレント・ゼフィルスがこの場にいて、さっきのセシリアの行動が演技であるならば、この襲撃はイギリスの目論見なのかもしれないという推測が鈴の中にあった。だが、サイレント・ゼフィルスの操縦者の唇の歪み方が嘲笑を示しているのだと一瞬で理解して、一瞬でもイギリスが今回の一件に関わっているのではないかと考えた自分を恥じた。
悠長に考え事をしている暇はなかった。頭に血が上るよりも早く多脚型のISがセシリアを吹き飛ばした後に身を翻して攻撃を仕掛けてきた。
「テメェの相手はこっちだ!!」
「知ら……ないわよっ!!」
即座に双刀を引き出して迫ってきていた多脚を弾く。
開く距離。鈴のIS「甲龍」の武装の一つである龍砲を使える絶好の距離だったが、多脚を弾いた衝撃が予想以上に大きく鈴の体も流れてしまっている。サイレント・ゼフィルスがいるのだから無理して追撃をして隙を作ることは出来ようはずもない。
(セシリアはなにやってんのよ! ちっ、2対1は不利だってのに)
プライベートチャネルで吹き飛ばされたセシリアに連絡を取るもウンともスンとも言わない。何㎞か先に墜落したのは確認したが、もしかしたら墜落のショックで気絶してしまったのかもしれなかった。
敵ISは2機。対してこちらはセシリアが戦線離脱して鈴の1機のみで数の上では不利である。
「おらっ、ボゥっとしてんじゃねぇよ! このオータム様のアラクネの餌食になっちまいな!!」
馬鹿の一つ覚えのように多脚を集中させて突進してくる多脚型のIS――――操縦者はオータムで機体名はアラクネというらしい――――に対して鈴が出来るのは双刀を使って弾くことだけだった。
アラクネの多脚は接近戦にならば圧倒的に優位に立てる。なにせこちらの手は二つなのに向こうは八つもあるのだ。どうやっても手数で負けてしまう。手数の多さが勝敗を決めるとまでは言わないが、鈴の甲龍の1.5倍はありそうなアラクネに捕まれるのは多脚のことも考えれば避けるべき。
突進を避けようとしても無駄に動作が機敏な所為で追従されてしまう。結果、接近戦を嫌うなら弾くしかなく、弾くとどうしても体が泳いでしまうから立て直している間に次が来てしまう。厄介なのはオータムもそれが分かっていることだ。
「ちぃ、時間稼ぎのつもりっ!」
「嫌ならどうにかしてみな!」
挑発に乗ることはできない。龍砲を使えればいいのだが、まだ専用機を受領して一ヶ月と少しでは扱いに習熟していないので発射までに微妙な時間がかかってしまう。格下相手なら十分でもこの相手では致命的な隙となる。
時間稼ぎが目的なら下手な行動は命取りになることを鈴も知っていた。危ういバランスで成り立っている攻防は、いくらでも状況を動かせるオータムの方が有利なのである。そうまでして時間稼ぎをするのは何故か、鈴達が護衛をしていたのは何かを思い出せば直ぐに分かる。
「………………」
サイレント・ゼフィルスが踵を返す。
鈴がオータムの相手で動けなければサイレント・ゼフィルスの手が空く。襲撃者の目的を考えれば、この後の行動は直ぐに察しがつく。
「この……っ!」
「よそ見してる余裕があんのかコラァッ!」
向けられた無防備な背中目掛けて乾坤一擲とばかりに龍砲の狙いを定めるが、エネルギー・ワイヤーを放ってきたオータムに邪魔される。
敵機の存在を知ってスピードを上げIS学園に向かっているトラックへとサイレント・ゼフィルスが空を駆ける。鈴はその背中に何も出来なかった。