白式の日(インフィニット・ストラトス×ガンダムUC) 作:スターゲイザー
レーダーやソナーの探知を阻害するジャマーを発しながら逃げたオータムとMは、都心から少し離れた太平洋近海に飛んできた。もしもその場を目撃していた者がいれば目を疑っただろう。直進していた2機の姿が忽然と空中で消えたのだから。
消えたはずの2機は機械仕掛けの巨大なクジラの腹の中と思える場所にいた。科学技術が発達した現代であっても空間転移などの技術は、まだ開発されていないのだから彼女らはまだ太平洋近海にいる。
PICのお蔭でヘリのように逆噴射等をして速度を落とす必要はなく、実に穏やかに機体をデッキに着陸させる。
MとオータムがISを待機状態にすることなく決められた場所に機体を固定して下りると、規定事項のように整備員がISに取り付いていく。整備員がISに取り付く前に渡してくれたボトルで水分補給して、オータムは疲れたように息を吐いた。
「毎度のことながら生き物の腹の中に自分から飛びこむようなことは慣れないな」
外からは機械クジラの腹の中にいることで姿が見えないとしても、空間に穴が開いてそこに自分から飛びこむ気分は決してよろしくない。
機械クジラの中といっても、現実は空飛ぶ船という様相である。ISの台頭によって、この十年で科学の分野においてブレイクスルーが起こり、様々な分野で影響を受けた。オータムが乗っている船が空を飛んでいるのもその一つである。
船体にエンジンとは別にISコアを使い、PICを使うことで船と呼べる大きさを空に浮かばせて航行する技術は、まだオータムのいる組織でも実験段階の域を超えていない。ISコアの役割はただ船体を浮かすだけでなく、船体をレーダー類などでの感知や目視出来なくなるように周りの風景に同化させる特殊な粒子が覆っており、ほぼ完璧な迷彩が施されている。あくまで迷彩が施されているのは船体だけだから、デッキが開けば中の光景が映る。その光景がまるで空間が口を開けているような錯覚を覚えさせるのだ。
巨大な生物に呑み込まれるような感覚に小娘のように悲鳴を上げたりするような感性は最早欠片もないが、生物としての忌避感はどうしても拭えない。
数回も繰り返せば、ただの作業となってやがて忌避感も麻痺していく。事実、オータムも前回には何も感じていなかった。なのに、今回に限って忌避感が再燃し、普段ならば他人の前で決して口にしない弱音を漏らしたのは。
壊れた機体の整備を行なっている整備員達は決して実働部隊の話を聞かない。例え聞こえたとしても聞こえない振りをする。この場でオータムの弱音に反応するとしたらたった一人しかいない。
「怖いか、奴が」
組織内で『M』と呼ばれる少女が、オータムと同じように整備員から受け取った簡易的な治療道具であるスプレーで額の傷の治療を行ないながら平坦な声で告げる。
一瞬で感情の沸点を超えるが、睨み付けるようにMを見たオータムの中から怒りは消え去った。
「ああ、恐ろしかったね。あれほどの相手は今までいなかった。それはお前もだろ、M?」
「何っ……!?」
「手、震えてるぞ」
握り潰してしまったボトルをそこら辺に投げ捨てて指摘すると、Mもようやく自覚して持っていたスプレーを落としてしまう。
どうせそのまま捨て置いても後で整備員が片づけるのだが、なんと気なしにオータムは自分の足下に転がって来たスプレーを拾い上げる。別に後の掃除が面倒そうだとか、自分でやらないことをオータムが気にするはずもない。
「落したぞ」
茶化す意図もなく純粋な気持ちでスプレーを差し出す。
オータムからすれば珍しい親切心であったが、Mは気に入らなかったようだ。織斑千冬と良く似た眼差しをギラリと尖らせ、獰猛な表情なまま背を向ける。
「おい、勝手に行くのはいいがスコールが報告を待ってるんだぞ」
受け取らなかったスプレーを手の中で弄びながら、歩き出そうとしたMを呼び止めて伝える。
スコール、と言った名前に自分でも分かるほど熱が籠るのを感じながら、Mとはまだ短い付き合いながらも大体の性格が掴めているので答える返答は予想できる。それでも聞いたのはオータムの望みに対して大義名分が欲しかったから。
「わざわざ二人で報告しに行く必要はない。お前が一人で行けばいいだろ」
「そうかい。なら、仕方ない。そうさせてもらう」
もう自分が言うことはないと止めていた足を進めてデッキから出て行く。
「恐れを認められねぇとはガキだねぇ………………って、まだ二桁にもならないガキだったか」
クツクツ、と笑いながらそこらに適当にスプレーを放り投げたオータムもデッキから出て行く。報告の為、直属の上司であるスコールの下へと向かうのだ。
寝物語に聞いたMの出生と育ちを思い出したオータムは、失礼な態度を取られても寛容でいられた。大の大人が小さな子供と変わらぬ年の人間の行動に目くじらを立てるのは情けなく、同じ恐怖を味わった同士でもあるのだから一度ぐらいは見逃すのが大人の対応なのだとこの時のオータムは考えた。
始めて会った時からどうにも合わず、お互いに殺し合い一歩手前の空気を纏うような関係だったが、次から少しは優しくしてやろうかという気持ちにもなる…………スコールに会える高揚感に包まれたこの時だけは。
作戦遂行中ならスコールはブリッジにいるはずと、当たりをつけたオータムの勘は正しかった。
飛ぶように早歩きで辿り着いたオータムがブリッジに繋がる扉を前にして高揚から乱れていた息を整え、意を決して扉に手を当てて開くと待ち人がそこにいた。
「お帰りなさい、オータム」
ブリッジの艦長席に当たる席の横に立つ黄金がオータムを出迎えてくれた。
オータムにとって遥か尊き黄金が見つめ、言葉をかけてくれる。ただそれだけ魂が天へと昇るが如きの昂揚に苛まれながら、黄金の髪と宝石のような紅い眼や女性の黄金比とでも呼ぶべき人体と何よりも全身から発せられる威圧とでも呼ぶべき空気に陶酔する。
これこそが実働部隊最強にして、他に並ぶ者なしのスコール・ミューゼル。オータムはスコールよりも美しく、そして強い人間を知らない。例え織斑千冬と戦っても必ず勝つと確信するほどである。
数時間も離れていないのに何年も会っていなかった飢餓感が急速に襲って来て、オータムは止めていた足を進めて走り出した。
「スコールゥっ!」
「あら、どうしたのオータム? 急に飛びついて来て」
名を呼びながら子供のように飛びついても、スコールは少し驚いたように表情を変えただけで自身と大して体格の変わらないオータムの体重を受け止めてもビクともしない。
実戦部隊の将でありながらこれから舞踏会に参加するようなドレスを身に纏っているスコールの柔らかさを全身で感じながら、オータムは深く身の裡に刻み込まれた白銀のIS――――そういえば事前の情報では白式というのではなかったか――――の恐怖が消えていくのを感じた。ずっと前からそうだった。スコールの傍に、その体温に触れていればこの世に恐れるモノは何もない。この時もそうだった。
懸案が払拭されたことで自分達が任務に失敗したのだと実感が湧いてくる。
「…………ゴメン、スコール。任務に失敗した」
任務失敗を怒るだろうか、無様に逃げて来たことに呆れるだろうか。オータムから与えられるのならどちらでも喜んで受けるが、嫌われることだけは駄目だ。スコールに嫌われたらオータムは生きていられない。
オータムにとってスコールは神であり世界そのものであるから、嫌われるぐらいならこの場で死を選ぶ。
「ええ、見てたわ。良く頑張ったわね」
「え?」
「あれほどの戦力が敵に残っているとは私も予想していなかった。任務が失敗したのは私の読みが甘かったのよ。あなた達――――オータムは良くやってくれたわ」
スコールの返事はオータムが想定していたどれでもなかった。寧ろ褒めて、優しく頭を撫でてくれる。しかし、これでは任務失敗の責任の全てがスコールにあることになってしまう。それはとても認められない。
「違う! スコールの作戦は完璧だった。敵ISが2機いることも、目標が敵に回る可能性があることも十分に考慮していた」
「でも、目標の強さを読み違えていた。でしょ?」
「あんなの誰も予想できるものか! スコールは悪くない……っ!」
「ふふ、ありがとう。オータムは優しいわね」
オータムが絶対に引かぬと強弁すると、オータムは仕方なさげに意見を受け入れてくれたが、頭を撫でていた手が離れてしまったことが寂しくて埋めていた胸の谷間から顔を上げる。
見上げた先の顔は穏やかなもので、慈しむように伸びたスコールの手がオータムの頬に伸びて、目尻に浮かんでいた滴を拭う。
「私の可愛いオータム、泣かないで。あなたが泣くと私も悲しくなるわ。でも」
そう言って拭った滴を口元に運んで、蠱惑的な舌をチロりと伸ばして舐め取る。
「こんなにも涙が美味しいと、また泣かせてみたくなってしまうわね」
あぁ、と全身を震わせながら口の中で声なき声を上げて、人を誑かして骨までしゃぶり尽くす悪魔のような笑みを浮かべるスコールにオータムは絶頂を迎えた。自身の体液がスコールの口から入ってその一部になるのだと想像しただけで、精神がイッてしまったのだ。
「ふふ、本当に可愛い子」
「スコールぅ……」
「ゴメンなさいね。今直ぐにでも可愛がってあげたいところだけど、片づけないといけない仕事がまだ残っているから後でね」
イッてしまって立っていることすら出来なくなっているオータムを近くの席に座らせる。
座った椅子は少し温かい。温もりが残っているのは少し前までスコールが座っていたからだと想像すると再びの絶頂を迎える。甘露のような温もりと脳に響く声に抗うことはとても出来ない。
頂点を極めた波が下がって来る。その時を冷静すぎるほどに穏やかな瞳で見据えたスコールは、オータムが現れた時に微笑んでから全く変わらない笑みで口を開く。
「織斑千冬の死亡は確認したわ。その近くで篠ノ之箒の存在もあった。じゃあ、誰があのISを動かしたのかしら?」
答えはここにあるとばかりに、先程まで何もなかった手に手品のように写真が出現して、スコールは手にしていた写真をピンと指先で弾いて寄越した。
綺麗に回転して自身に向かってくる写真を受け止めたオータムが見れば、不鮮明な画像にながらも交戦した敵ISの傍に人の形をした地に仰向けになったIS――――白式がフルフェイス型の頭部だけが存在しない、つまりは操縦者の素顔が映っていた。
「――男っ?!」
女にしては短い髪と初見ならではの第一印象が写真に映る人物を男と思わせた。だが、それはありえない。ISに乗れるのは女だけなのだから。
「それは衛星をジャックして撮った映像をプリントアウトしたものよ。画像補正は行っているから実物とそう大差はないはず。これは世界初の男性操縦者の誕生かしらね」
「ISは女にしか反応しないはずじゃ!?」
「事実としてあの白式とかいうISは動いたわ。認めたくなくとも、これは変えようのない事実よ」
オータムの言葉を否定するでもなく楽しげに肯定したスコールの言葉を引き継ぐように、ブリッジのモニターに学生証らしい画像が表示される。
ブリッジにいるのはなにもスコールとオータムだけではない。船体を動かす操縦士といったブリッジ要因が詰めており、各々が自分の仕事をこなしている。モニターに表示されたのは映像から人物を識別し、似た人物を近くのデータから検索させていたのだ。
次々と該当したのか、データが表示されていく。
「織斑一夏、男性。私立藍越学園に通う高校一年生。両親は既に亡く、姉が一人…………織斑千冬。苗字からもしやと思ったけど、まさかブリュンヒルデの弟なのか?」
「そうみたいね。まさか組織が前回のモンド・グロッソの時に誘拐しようとした子が私達の前に立ち塞がるとは、人生とは分からないものだわ」
ISの世界大会となれば賭けの対象と十分であり、モンド・グロッソでは賭博が行われていた。だが、織斑千冬が圧倒的に強すぎたから胴元としては順当すぎては面白くない。別の選手を優勝させる為に八百長を仕掛けるにしても、千冬がそういうことをする性格ではないと一般レベルで認知されていたからこそ、彼女らの組織へと依頼されたのが身内を誘拐して決勝戦を辞退させようというものだった。
別働隊の任務だったのでスコールもオータムも関わっていないが、如何なる方法でか誘拐されるはずだった一夏が自身に迫る危機に気づいて逃げ出した。その別働隊が逃げる織斑一夏を追い、騒ぎに便乗した別組織やギャングが暴れるのを収める為に出動した地元警察も巻き込んでの大騒動に発展した。
相当な大混乱に陥ったが、スタジアムの外のことだと主催者である国際IS委員会は決勝戦を行わせようとするも誰かが一夏のことを千冬に伝え、彼女が決勝を放棄してドイツ軍の力を借りて一夏を救出して事態は収まった。
結果的に目的は果たした賭博組織はドイツ軍によって捕まえられた。これらは世間には公表されていない事実だがスコール達の組織は面子を潰された形になる。
「世界最強の弟が世界初の男性操縦者とは、元から適性があったのかは分からないけど、このタイミングとなると作為的な可能性があるわ。死しても私達の邪魔をしてくるとは、流石はブリュンヒルデと言ったところかしら」
「死人は死人らしく、大人しく死んでいればいいものを」
明らかになった事実でMが殺したはずの織斑千冬の身内となれば、まるで運命に踊らされているような気持ち悪さが胸を突く。
「あの白式とかいうISも事前の情報では、あそこまでの性能はなかったはずだ。性能だけじゃない。上手くは説明できないけど、アイツはなにか変だった」
実際に戦った身からすれば悪夢とすら思えるほどの恐ろしさだった。
蛇のように狡猾に、狩りをする狼の如く慎重に、獲物に飛び掛かる百獣の王のように大胆に、生まれたばかりの絶対的強者が圧倒的弱者で遊んだような異質感を思い出し、オータムは身を震わせる。
「捨て置けないわね」
ポツリと漏れたように零した呟きを耳にして、顔を上げたオータムの視線の先では常と変わらないスコールの穏やかな表情がある。
「あの機体も男性操縦者も頂きましょうか」
確認ではなく断定の響きを以て下した裁定にオータムは我が耳を疑った。
利用価値を認めて頂くというなら両方共生きたまま確保するということ。認めたくはないが、Mとオータムの2機が掛かりで圧倒された相手なのだ。とてもではないが生きたまま確保するなど出来るとは思えない。オータムらが戦ったのはIS学園の生徒だという話なので移送されていることだろう。そこへ襲撃をかけるとなれば、Mとオータムだけでは捕まりに行くようなものだ。
「大丈夫よ、今度は私も――――このスコール・ミューゼルとゴールデン・ドーンが出るわ。博士のゴーレムも使うから丁度良い実戦訓練になるでしょう。ふふ、きっと世界はもっともっと楽しくなるわよ」
オータムの心情を表情から容易く読み取ったスコールが始めて彼女の前で表情を変える。その時、スコールが浮かべた残酷なまでの表情を見たオータムは再び絶頂した。
前方の大型モニターが発する灯りだけに照らされた暗い部屋で山田真耶は人生で最も厳しい直面に晒されていた。
「――――彼の様子は?」
自分でも驚くほどに感情が込められていない低い声が口から出た。
暗い部屋にいるのは真耶だけではなく、もう二人。大型モニターの前で浮かび上がっている空中投影キーボードを打っていた、眼鏡をかけた少女が後ろを振り返ることなく肩をピクリと動かした。
「医務室にてまだ意識が戻っておりませんが、バイタル安定・脳波等にも異常は認められません。医療班からも体の内部にダメージがあるものの気を失っているだけなので、長くとも数時間の内に目を覚ますと」
「そう、よかった」
生徒会所属の布仏虚もまた固い声で返すと、真耶は危急を催す事態には至っていないと分かり止めていた息を吐き出す。
事態は緊急を要する物ではなくなったが、何時爆発するか分からない危険物を抱えているような気分は消えはしない。メロン級と噂される胸の下で腕を組みながら、深く吸いこんだ息を長く吐き出しながら考えを纏めようとする。
「住宅地での無許可のIS戦闘、戦闘の被害、初の男性操縦者等々…………考えることが山程ありますね」
とてもではないが山田真耶の抱えられる案件ではない。IS学園、日本では織斑千冬の右腕と称されようとも、事態を調整する能力はあっても収める能力のない真耶の限界である。土台、№2にはなれても人の上に立つ器がないことを露呈する。
「自衛隊及び、警察より再三の通話が入っています。恐らく内容は全て同じかと」
「どこもかしこも織斑一夏君を引き渡せ、ですよね。対策を考えていますので、もう暫くの時間稼ぎを」
一夏の存在は自衛隊のIS部隊に露見している。彼の身を案じた鈴が金をかけられただけあって十分な施設と人員が配置されているIS学園に自衛隊の制止を振り切って連れて来たことを真耶も咎めはしないが、厄介事を抱え込む羽目になったことは否定できない。、
自衛隊経由で警察までこの件に介入してきており、代表候補生になったことのある真耶では通信越しであっても抑えきれない。こういう時にこそ織斑千冬の出番だというのに、彼女が真耶の前で大きな背中を見せてくれることは二度とない。
(千冬先輩……)
凰鈴音とセシリア・オルコットに織斑一夏と共に連れて来られた姿のまま、ここIS学園の地下で今も眠る二度と物言わぬ亡骸となった織斑千冬を想う。
ブリュンヒルデとIS学園の顔という面を持つ千冬の死は簡単に公表できるものではない。唯一の身内である織斑一夏がいることを理由にIS学園に安置してあるが、その先を真耶は考えることが出来ない。
事態は真耶が抱えられる領域を遥かに超えている。任せられるものなら誰かに放り投げたいぐらいだが、今のIS学園は真耶以上に能力と立場を持っている者がいない。
(或いは、学園長も生徒会長もいないこのタイミングを狙っての襲撃を?)
学園長と実質の運営者は日本で行われているIS委員会の会議に、生徒会長はロシアに自身の専用機の受領に向かっている。このタイミングを狙ったかのように日本政府から篠ノ之箒の代表候補生と専用機の授受だが、彼女の存在は利用すれども謀略には引き込まないことが政府の中では暗黙の了解であったはずなのだ。彼女の両親共々、篠ノ之束の機嫌を万が一でも損ねない為の飼い殺し状態。幾ら希少なランクのIS適性と優れた操縦技術があっても代表候補生に選ばれたのには疑問を覚えていた。
(今回の件に篠ノ之博士が一枚噛んでる? それを見越して先輩は同行したの?)
不自然なタイミングでの箒の代表候補生就任と専用機授受、狙ったかのように起こった襲撃。その全てを束が裏から手を引いていたとしたら、同行し中国とイギリスに借りを作ってでも護衛を頼んだ千冬の行動に説明がつく。
襲撃時に箒が白式に乗り込むことを想定していたのならば、実際に披露された機体性能を考えれば撃退も可能ではない。なにしろ素人が乗って出来たことだ。仮にも代表候補生級の技術を持っていたのなら、もっとうまくやれたかもしれない。
全ては篠ノ之束が裏か手を回して妹の活躍の場を作る為の舞台を作り上げた、と考えるなら色んな疑問が解決する。
(証拠は何もないけれど……)
仮説は証拠がなければ意味がなく、白式に乗り込んだのは篠ノ之箒ではなく織斑一夏であるならば今は全て真耶の推測の域を出ない。
「やっぱり駄目みたいです。生体認証解除できません」
虚の隣で同じように空間投影キーボードを触っていた布仏本音が独特の間延びした口調で報告してきて、真耶は夢から醒めたように大型モニターを見上げた。
そこに映るのは医務室で今も眠る織斑一夏の姿。正確にはその首に着けられている白い首輪を注視していた。
「外れませんか?」
その機体性能を考えても、どうしても厄介事の種にしかならないと分かる白式の待機形態である首輪は手動で外すことが出来ず、こうして外部から本音がアクセスしていたのだが結果は芳しくなさそうだ。
「機体側からロックがかけられてます。外すには首チョンパしないと無理みたいです」
「ひっ!?」
「冗談でもそう言うのは止めなさい、本音」
「は~い」
本音が軽く言うが、モニターに本人が映っているのでリアルに想像してしまった真耶の口から引き攣った声が出た。反対に虚は落ち着いたもので、隣に座る本音の頭を軽く叩いて諌めている。
冗談を言い合い慣れている関係を前にして心臓がバクバクしているが一応の平静を取り戻した真耶は、改めて未だに意識を取り戻さない一夏を見る。きっとその場には一夏と幼い頃の知り合いだと言っていた篠ノ之箒がいるだろう。もしかしたら中国に行くまで同じ中学に通っていたという凰鈴音がいるかもしれないが、流石にまだ機体の整備と本国への報告をしているかもしれない。セシリア・オルコットも似たような状態だろう。
あの場にいた民間人は今頃、警察署で保護されているはず。真耶が考えるべきは一夏も含めてこれからのこと。
(どうして千冬先輩は織斑君に……)
白式を託したのか、どうして男がISに乗れるのか、疑問は絶えない。が、そうしていても現実は変わらない。
「外れないなら仕方ありません。人命を最優先する以上は別の手を考えなければなりませんが」
問題は別にあるから真耶は苦い表情を浮かべてしまう。
「山田先生、通信が入っています」
そら来たことか、と今までなかったことが不思議なくらいだった厄介事が訪れる。
自衛隊、警察からの通信は最初に出た時に時間稼ぎの文言を使って切った後は別回線を用いて放置している。その二つ以外からの通信であることを意味する虚からの報告に息を詰めながら、努めて平静に見えるように呼吸を再開しながら渇いてきた唇を舌で湿らせながら口を開く。
「相手は?」
「IS委員会日本支部からです」
「…………分かりました。繋いで下さい」
考えられる限りで最悪の相手からだと分かり、眉がヒクヒクと動くのを感じながら表情を引き締めて胸の下で組んでいた腕を下ろす。
どこか心配そうに眼鏡を奥の目を細めた虚だが、通信相手が相手なので仕方なく繋ぐ。
繋いだ通信の相手は直ぐに大型モニターに現れた。
通信の相手は、化粧気のない五十代前ぐらいの女性だった。華美にならず、しかし周りに埋没しない間ぐらいの女性用のスーツに身を包んだ女性は、厳しい表情の中でその瞳だけは嗜虐の感情を僅かに覗かせながら真耶を見据える。
『お久しぶりね、山田候補生。元気そうで嬉しいわ』
「今はもう代表候補生ではありません、猪瀬理事」
自らが上位者であると欠片も疑っていない態度と声で告げる女性――――日本IS委員会の理事を務める猪瀬の言葉を、真耶は決して負けてはなるものかと訂正する。
『あら、ごめんなさい。あなたが候補生の頃と変わらない可愛らしい容姿のままだから、当時の気持ちが蘇ってしまったの』
申し訳なさそうなのは言葉だけで、上辺だけ取り繕おうとも真耶が自分よりも下の位置にいることを自明の理としている口調であった。
あの頃と何も変わっていない、と真耶は三年前のモンド・グロッソ当時、国家代表の管理官であった猪瀬の厚顔無恥な顔を睨み付ける。
『話は聞いたわ。織斑先生が亡くなったそうね。世界に冠するブリュンヒルデの死に、お悔やみを申し上げるわ』
「いえ……」
白々しいと感じながらも、表面上の言葉であっても相応の態度で受けねばならないのが大人の辛いところである。
この猪瀬という女は、確かに優れた能力を持っていることは事実だが、あまりにも尊大であり、かつ権力欲を隠す気がなさすぎる。当時は代表候補生として国家代表であった千冬のフォローを行なっていた真耶とは面識があるが、どうやっても合わないタイプだった。
何よりも決定的だったのは、優勝確実と言われた第二回モンド・グロッソ決勝を千冬が棄権したことを公然と批判し、その原因を作った一夏を面前で罵倒したのだ。その理由が自分の名誉やらなのだから救いようがない。
自分が管理していた国家代表が優勝すれば色んな面で猪瀬は評価されただろうが、お釈迦にされたとなっては怒りはあるだろう。だが、一夏はあくまで巻き込まれたのであって決して怒りを向けていいはずがない。その場にいた全員が猪瀬に一言ならずの想いを抱いたが、それこそ栄誉や名誉よりも家族を取った千冬の怒り様は凄まじかった。手を出しはしなかったが、一生のトラウマになるほどの殺気を向けられて無様に失禁して失神した姿に誰もが溜飲を下げたものだ。
その後、一夏救出の手助けの恩もあって千冬がドイツ軍に一年間教導に向かい、公式試合から引退を表明したのはこれ以上、管理官であった猪瀬の管理下にいたくないのだと周りの人間に思わせた。
この件もあって猪瀬の評価はダダ下がりしたと後で真耶は聞いたが、しぶとくもこの数年の間にIS委員会日本支部の理事に上り詰めていたと聞けばゴキブリのようなしぶとさだと思いたくもなる。
千冬が日本へ戻って来てからは不自然なほどに大人しかったが、死んだと分かれば掌を返したこの対応。真耶でなくとも怒りを覚える。
『こちらも暇ではないから世間話はここまでにするとして…………単刀直入に言うのだけれど白式とその操縦者を引き渡してもらえるかしら?』
予想通りの要求であった。だからこそ、真耶が告げる言葉を決まっている。
「お断りします」
『…………白式は我が国の専用機よ。それを引き渡さないとは、国に喧嘩を売っていると考えてもいいのかしら』
「違います。操縦者は現在意識不明です。回復の兆しが見えず、意識が戻らない理由も分からないので迂闊に動かすことは危険です」
『道理ではあるけれど、こちらの報告では怪我等はないと聞いているわ。ただ気を失っているだけなら移送してもなんら問題ないはずよ』
先程の返答に若干の間が空いたのは真耶の返答が予想外だったのか。
喧嘩を売っているのはそっちの方だろうとは言えぬ我が身の立場を顧みて、毅然と顔を上げて画面の向こうの相手の目を見て話すも情報が筒抜けになっていることに会話から気づき、後で情報の徹底をしなければならないと心にメモしておく。
『それとも操縦者が篠ノ之候補生でないから渡せないと?』
画面の向こうの女傑がお前の全てを見通してるんだとばかりに笑いながら告げてくる。
猪瀬は一夏の状態まで知っているのならば、初の男性操縦者の存在を利用しないはずがないだろう。自らが上に立つ人間であると疑いもしない人間であるから、一夏を利用して更に上の権力を手に入れようとする行為になんら不自然はない。
「代表候補生は国の命令に対する拒否権は可能な限り許されていませんが、白式を動かした織斑君は違います。白式は待機状態となって操縦者から外せない状態になっています。あらゆる方法を試していますが、ISから拒否されていて外せる目途は立っていません。ISを外せるようになるか、本人の意思が確認できるまでは引き渡しを認めることは出来ません」
頭を働かせて論理を組み立て、口を回して言葉を紡げ。今、織斑一夏を守れるのは山田真耶しかいない。彼を守ることが今まで千冬に守られてきた真耶の責務であった。
『だとしても、彼は本事件の重要な参考人よ。その身柄をこちらで預かるのは当然のことだと思うのだけれど』
「今すぐである必要はないはずです。織斑君は巻き込まれた一般人で、大切なご家族も亡くされたんです。目を覚まし、事態を呑み込むだけの時間が必要です」
『個人の感情に拘う暇なんてないのよ。一般人だと言うのなら、猶更専用機を持たせるわけにはいかないわ。ISを外せないというのなら然るべき場所に送致すべきよ」
一度も男性操縦者のことをおくびにも出さず、正論で以てこちらを潰そうとしてくる猪瀬に対して真耶は未熟であるから感情論が大勢を締めてしまう。考えろ、考えて一時的にでもいいからどうやっても手が出せないような決定的な論理の壁を築かなければ。
「一般人であっても織斑君は私の生徒を助けてくれました。彼ならば間違った使い方をしないと信じています」
『言葉ではなんとでも言えるわ』
「現在の白式は彼の専用機となっています。いくら専用機が国の所有物だとしても織斑君が目を覚まし、その意志を確認するまでは引き渡すことは、一人の大人として教師として出来ません。第一、白式が国の所有物と言うなら日本の首相や大臣クラスを呼んでください。IS委員会日本支部の理事でしかないあなたに織斑君のことや今回のことであれこれと指図される理由はありません。これは」
代表候補生を動かすのには国の上層部の許可がいる。
今回の事件が起こった周辺にいる日本の代表候補生を招集したのは内閣からの通達を受けた自衛隊上層部だという話だ。生徒会長の妹も代表候補生だから招集がかかり、急いで出て行ったと同室だった本音が教えてくれた。
本来、IS委員会に専用機も代表候補生もどうにかする権限はない。その点を真耶は突いた。
『…………よくぞ小娘如きが言うわね。分かったわ。そこまで言うなら首相から許可を頂きましょう。それまで首を洗って待っていなさい』
自身よりも遥かに小さな小動物を戯れに遊んでいたら手を噛まれたような不快な顔をして、猪瀬の忌々しそうな顔がモニターから消えた。
「おお~」
「流石です、山田先生」
ホッと肩の力を抜いたところで布仏姉妹から賞賛の声をかけられ、少しは千冬に近づけただろうかと微かに面映ゆそうな笑みを浮かべたが直ぐに表情を引き締めて震える膝を伸ばす。
「虚さん、学園長に至急連絡し、日本政府への根回しと織斑君をIS学園に入学させる旨を伝えて下さい。政府への根回しは時間稼ぎにしかならないでしょうが、織斑君をIS学園の生徒にしてしまえばIS委員会からの干渉を防げるはずです」
「特記事項二十一を適用するわけですね。分かりました」
流石は虚は生徒会会計で学年でも主席だけあって、真耶の指示から意図を察したようだ。
「お姉ちゃん、特記事項二十一ってなんだっけ?」
相変わらずの間延びした口調の本音は姉ほどの知識はなかったようで、一夏のモニターと白式のロックの解除を行ないながら通信を繋げている姉に尋ねていた。
「特記事項二十一、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする、よ。本音、あなたも生徒会に入ったのだからしっかりと覚えておきなさい」
「そんな細かいところまで覚えられないよ」
クスリと暫く振りに笑い、真耶は布仏姉妹とは別の席に座って学園長の承諾を得る前に一夏の入学準備を進めることにした真耶は時間との勝負が始まる。
「ドイツとフランスの生徒の受け入れ態勢を整えている中に織斑君も入れれば」
数日中に転入予定の生徒と共に一夏をIS学園に入れられるように目の前の作業に没頭する。そうしなければ千冬が死んだ実感が全身を押し潰して何も出来なくなるのは目に見えていた。
没頭しようとした真耶の視線の先で通信のシグナルが点滅した。
『どうもIS学園さん。御宅のブリュンヒルデを殺した亡国機業の者よ』
その通信に出た真耶はまだ何も終わっていないことを突きつけられるのだった。