白式の日(インフィニット・ストラトス×ガンダムUC)   作:スターゲイザー

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第6話 紅い黄金(下)

 

 更識簪は自分がどうしてこうなっているのかと深いため意を吐いた。本当ならば寮の自室で倉持技研から専用機の製作を預けられたので自分でシステムを構築しているはずなのに、自衛隊の基地で量産型のISを身に纏うことになるとは。

 代表候補生ともなれば様々な特権が得られるが、同時にこのような事態で国に使われるデメリットもある。覚悟していたことはいえ、現実にその時が来ると憂鬱な簪だった。

 ISを身に纏っているのは簪一人ではない。首都圏近郊に住む代表候補生2人と自衛隊のIS部隊5人もいる。だが、簪と同い年は一人もおらず、全員を合わせても8人だがみんな二十歳を超えているのでどうにも簪は気後れしていた。

 

『あーあー、聞こえるかね? うん、聞こえているようだな』

 

 通信回線が開き、簪や代表候補生を招集し、自衛隊のIS部隊を動かした張本人であるお偉いさんの声が聞こえて来た。

 

『テレビやらで知っているかもしれないが今日の夕方に市街地でIS同士の戦闘があったのは周知のことと思う。捜索中だが襲撃者達は現在を以ても捕まってはいない。代表候補生の諸君らにも集まってもらったのは万が一を考えて事だ』

 

 自衛隊IS部隊の追跡を振り切ったと言う話だから、万が一を考えてのことで代表候補生である簪も呼ばれたわけでまさか実戦の舞台がやってくるとは正直夢にも思っていなかった。恐らくそれは他の代表候補生も同じのようで一応に強張った表情を浮かべている。

 

『今回、諸君らに出撃体勢に入ってもらったのは迎撃態勢を整えておく為だ。テロリストの考えることなど理解出来んからな。何をやらかすか分からん』

 

 簪はどうにもこの声の主のことが好きになれなかった。こうして集めたのも非常事態を警戒したためではなく、緊急事態があったのだから対策を取っていないと後で非難されるという裏を隠しもしない点だ。

 上辺だけを取り繕っていても底が露呈しているというか、ある意味で正直な人なのだろうが好ける人ではない。

 

『が、つい先程事情が変わった』

 

 通信回線の向こうからピリッとした緊張が伝わってくるようで、違うことを考えていた簪の頭がクリアになって話を聞く体勢を作る。

 

『IS学園に先のテロリストから都市部に対する無差別テロの予告があったのことだ。時刻はもう間もなく。諸君らの任務はテロの阻止とテロリストの捕縛である』

『そのテロリストの戦力は?』

 

 違う声が通信に混じった。確か自衛隊IS部隊の隊長のはずだ。

 オープン回線なので相互のやり取りが出来るが、お偉いさんは話が長いことで有名なのでテロが行われるまで時間がないのなら話を進めたいのだろう。簪も同感だった。

 

『…………確認されている敵ISは2機。夕方ので損傷を受けているようだが、修復している可能性は十分にある。またこの2機だけとも限らん』

 

 明らかに気分を害したと分かる口調に、この人が纏め役で本当に大丈夫なのかと簪の脳裏に不安が過るが、この中で一番下っ端である自分が考えることではないだろうと蓋をしてこの後のことに集中する。

 

『また、IS学園より中国とイギリスの代表候補生の専用機、及びテロリストの標的と目される日本の専用機が現地に向かっている。他の隊は出せん以上、諸君らは彼らと協力し、ことに当たれ』

 

 繋がったままの通信回線が騒めいてた。

 都市部の防衛に他国の戦力である代表候補生が出てくるなどありえない。しかもテロリストの標的まで一緒などとは、簪などは何の冗談だと思ったぐらいだ。

 IS部隊の隊長らが何かを言いかけたが、その前に通信回線は閉じられた。向こうは話をする気が無いらしい。

 

『怪しいところ満載だけど、各自任務に励むように。準備が出来次第に順に出発します』

 

 事務屋の謀り事を気にしても仕方ないと代表候補生やIS部隊が順に飛び立っていく。簪も最後尾について、飛び立った。目指すは、東京スカイツリー。

 東京に近い基地から発進したからISならば目的地までそう時間はかからない。簪達が到着した時、既に戦端は開かれていた。 

 

『データに該当、中国機とイギリス機が2つ? あとアメリカ機のようね。日本の機体は見当たらないようだけど、各自散開して接敵せよ。更識候補生は日本の専用機の捜索を……』

 

 攻撃を仕掛けてくるアメリカ機とイギリス機から、損傷の大きい中国機をイギリス機が庇いながら戦っている。

 チームリーダーであるIS部隊隊長が指示を出している途中で衝撃が部隊の真ん中を貫いた。最後尾を進んでいた簪には、横から何かが光って貫いていったのがハッキリと見えた。

 

『散開! 横から別の機体の攻撃が……』

 

 1機が光の直撃を受けて落ちて行くのを助けずに散開を指示したリーダーに向けて再びの閃光。これは明らかに砲撃だった。しかも一撃でISのシールドエネルギーをゼロにして絶対防御を発動させるほどの威力を持つ。

 砲撃の直撃を受けたリーダーが成す術もなく落とされた。これで先の砲撃で落とされた者と合わせると2機が脱落したことになる。

 

『ロメオ02が指揮を引き継ぐ! ロメオ04、06、07は砲撃してくる敵を落とせ! 最悪でも我らに砲撃を向けるなよ!』

『『『了解!』』』

『ロメオ05は私と向こうの代表候補生の救援に向かう』

『了解!』

 

 次々と砲撃を放ってくる敵に向かってロメオ04・06・07が機首を返して飛んで行く。ロメオ02と05が他国の代表候補生の救援に向かうなら、ロメオ08の簪はどうすればいいのか。

 

「あ、あの私は……?」

『貴様は日本の専用機を探せ。テロリストの目標なら最優先で保護しなければならん…………無理はするな』

 

 これは簪が戦線から遠ざけられたと見るべきか、信頼されているとみるべきか。どっちの道、本当の戦場に恐れをなしている簪にしては有難い命令だった。

 簪は後のこの時の自分の思考を後悔する。もっと自分がちゃんと考えていればこの後の未来は変わったかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコール・ミューゼルは久しぶりに感じるスリルに唇を歪めた。

 

「ふふ、予想以上にやるわね!」

 

 予感に従って機体を捻じらせると、その横を雷光のように一瞬で通り過ぎた影がアスファルトをバターのように切り裂いていった。

 

「まさか市街地をISでチェイス出来る日が来るとは思わなかったわ!」

 

 寸瞬、スコールのゴールデン・ドーンの真上を取った白赤のISが腕部から機関砲を放った。その狙いは正確であったがスコールは弾丸の微かな隙間を通り過ぎていく。

 置き去りにした白赤のIS――――白式が赤い燐光を撒き散らしながら背後から爆走してくる気配を感じながら、スコールは笑いが止まらない。街中で始まったIS戦闘に人々が悲鳴と恐怖の壺に嵌っているのだと思うと猶更。

 情報にはあったが、本当に装甲を剥離して機体性能が増すとは。その動きはスコールをして油断させない領域のもので、気を抜けばやられるのは自分だという危機感がスコールを楽しくさせる。

 

「くく、あははははははっ!!」

 

 何があったかも理解していない人々の上空を通過し、走っている車の間まで高度を下げることで白式を牽制しながらも笑いが止まらない。

 殺意をビンビンに発しているのに関係ない者を巻き込むまいとしているその偽善、矛盾した存在にスコールはこれほど心惹かれている。

 単純な速度では白式の方が勝っているが、ゴールデン・ドーンには単一使用能力『炎熱世界』がある。

 炎を発する、または干渉することが出来る能力で、自らの機体に限ってのことでいえば前へと進む慣性も燃やし尽くすことで、まるで過程を抜き取ったかのように止まれる。逆にスラスターに干渉して速度を大幅に上げることも出来るし、急激な方向転換や急停止・急加速も全く負担がない。

 この能力があれば直進の速度であれば負けることはないし、このまま速度勝負を続けるのも楽しいかもしれない。

 

「でも、ダンス相手のあなたは面白くないわよね!」

 

 工事中で閉鎖している高速道路に侵入して程なく単一使用能力で慣性を燃やし尽くして急停止し、尾を背後に向ける。尾には炎を纏わせているから、白式が突っ込めば大ダメージは必死。

 だというのに、ゴールデン・ドーンに劣らずに急激に方向転換して尾を躱した白式が光る剣を抜いて斬りかかって来る。

 

「あなたならそう来ると信じていたわ!」

 

 予想していたスコールは炎の剣を作り出して迎え撃つ。

 バチバチと強力過ぎる二つの剣はスパークを生み出し、道路に落ちてアスファルトに幾つもの穴を開ける。

 威力が強いのは白式の光る剣だが、スコールの炎の剣はやられる端から再構成しているので、このままではどちらにも天秤は傾かない。ならば、状況を動かすのは自分に決まっているとばかりに尾を回して背後から白式を狙う。

 が、まるで最初から分かっているかのように、もう片方の手で同じ光る剣を取り出すと防御される。それだけでは留まらない。捻った体勢を利用してゴールデン・ドーンに蹴りを放ってきたのだ。

 

「ぐっ!?」

 

 まるで全てが既定の事項のように道路と並行に吹っ飛ばされたゴールデン・ドーンの直上に現れた白式がその腹の上に蹴りを叩きこむ――――が、ボッとその姿が炎に解けて爆発した。本物のスコールは空に浮かんでいた。

 爆発と白式の蹴りによって高速道路が崩れ落ちていく。

 しかし、光の線が幾つも乱舞し、崩落に巻き込まれたと思われた白式が現れる。その手には強力無比なビームマグナムが握られていた。

 

「おっと」

 

 間一髪のところで避けたゴールデン・ドーンの横をビームが通り過ぎ、満月に照らされた雲に大きな穴を開けて見えなくなる。

 

「流石にそれに当たっちゃ、私も一ころだわ」

 

 三十六計逃げるに如かず 、とばかりに逃げの一手。地上に向けて撃てば威力が強すぎるから封じられていたが、地上を取られてしまっては防ぐことも出来ない一撃の前に出来るのは逃げることだけ。

 二射目、三射目と避けるが余裕はない。まるでモンド・グロッソの射撃部門の優勝者のような精密な射撃にスコールといえど何時までも避けることは叶わない。

 

「あそこね……!」

 

 逃げる方向に建設途中のビル街が見えて、壁を破壊して躊躇なく飛びこむ。ビルに隠れて姿が見えなくなってもお構いしないに白式はビームマグナムを撃ってきた。

 建設途中の壁を貫いていくが、姿が見えなくなったことで狙いは荒くなっている。今度はこちらの番だと、超高熱火球『ソリッド・フレア』を数十作って白式を狙う。

 先程とは真逆の攻防に今度は白式が逃げる。

 間を与えず、サイズを小さくした火球を作ってバルカンのように放って白式を追い込み、その間に反対の手で止めを刺す圧縮した火球を作る。

 

「今――っ!」

 

 火球のバルカンを遠隔操作して、白式の先回りをして回避しようのないタイミングで圧縮した火球を放った。避けようのないタイミングで放った火球は、いくら盾を掲げても諸共に粉砕する。

 が、必勝を確信したスコールの視線の先で勝利が覆される。

 

「エネルギーが吸い取られるっていうの!?」

 

 火球は盾を砕けず、まるでエネルギーを吸い取られるように盾の中心部に消えていく。

 火球が消えた直後の盾の中心部が外側にスライドして、見えない力場を周囲に展開して受け止めた火球のエネルギーを根こそぎ奪い取ったかのようだった。

 滞留している熱によって白式の姿が蜻蛉のように歪む。

 

「まるで悪魔じゃない……っ!」

 

 これは食い甲斐があるとスコールの本能が叫ぶが、理性は作戦の目的である捕獲は獰猛すぎてこちらの手を食い破ると判断した。本能と理性が拮抗し、スコールの判断が一瞬鈍る。白式にはその一瞬で十分だった。

 

「!?」

 

 一瞬で接近した白式が光る剣を振りかぶっている。この戦いで初めてのスコールの心の底からの驚愕。しかし、絶えず移動を続けていたことで二人の間をビルが遮る。

 助かった、とスコールが思う暇もあればこそ。白式の光る剣がビルの壁を突き破って現れ、ゴールデン・ドーンへと壁を焼き切りながら近づいてくる。スコールは直ぐにゴールデン・ドーンを動かしてビルの影から退避させた直後、真っ二つに切り裂かれたビルが崩れ落ちる。

 死神の鎌を避けれたと安堵する暇もなく、左足を掴まれた感覚。ゾッとした瞬間にスコールは自らの左足に向かって炎の剣を振っていた。

 

「ちっ」

 

 もぎ取られるよりも早く、左足の根元を切って痛みをカットする。どうせ作り物なのだから替えは幾らでも効く。

 やられた借りとばかりに尾のクローを叩き込んだが、時間稼ぎにしかなるまい。吹っ飛ばされた白式を見つつ、思考を加速させる。

 

「さて、どうするか……」

 

 と、考えていたところでハイパーセンサーに反応。引っ掛かる反応を確認して悪辣に哂った。

 

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

 手強い相手を仕留めきれないことに頭を沸騰させながら一夏は、白式の体勢を立て直させた。

 急速な姿勢制御と同時に急加速を行ない、専用のISスーツが大きすぎる操縦者の負担を軽減しようと無痛の針を打ち込んで薬を注入する。

 

「アンタだけは、墜とす!!」

 

 黄金を破ることだけが今の一夏の精神を支配し、システムに翻弄されて限界を訴える肉体のサインを無視して動かす。

 性懲りもなくビルの影に隠れた黄金のISを炙りだすためにビームマグナムを連射する。途中でエネルギーカートリッジを交換して、平行に撃っているから建設中のビル街を穴だらけにして敵を見つけ出す。

 

「逃げるな!」

 

 ビル街を抜け出して海へと逃げる黄金のISを猛追する。

 ビームマグナムの残弾は最後のカートリッジを使ったので、現在装填している分の4発のみ。もう悪戯に撃つわけにはいかないと普通なら思うはずだが。

 

「ここで仕留める!」

 

 ヴャルキリー・トレース・デストロイヤー・システムは、黄金のISには余力がなく今この時に仕留めることを推奨していたから一夏も何ら迷うことなく引き金を引く。

 一発目、避けられたが進行方向の海面に着弾して進路を制限する。

 二発目、これも避けられるが織り込み済み。制限した進路を更に狭め、逃げる方向を一方向へと誘導する。

 三発目、誘導した一方向の前方に着弾させ、進路を完全に妨害する。

 幾らISといえども音速近い速度で水の壁に突っ込めば、銃弾ですら時に変形するというのに更に速いISはシールドがあっても無傷では済まない。普通なら躊躇うだろうし、躊躇わずに突っ込んでも無傷ではすまない。目論み通り、黄金のISは水の壁で止まった――――不自然に。

 

「終わりだ……!」

 

 平時なら黄金のISを操っていた強者が明らかに誘導に従ったのはおかしいと感じ、不自然だと断じたが敵を斃すことに特化したシステムの限界で勝機を確信してビームマグナムを構える一夏。

 放たれるビームの奔流。直進し、水の壁の前で止まった黄金のISを着弾し――――擬態していた炎を通過して水の壁を撃ち抜いた。

 

「あ」

 

 一夏の口から阿呆のような声が漏れた。黄金のISが高速道路でも使ったハイパーセンサーすら誤認させる炎の身代わりだと気づき、本体を探そうとハイパーセンサーの感度を上げて違う機体の存在を感じ取ったのだ。ビームを直撃したこともまた。

 ハイパーセンサーで強化された一夏の眼は、ビームに撃ち抜かれたセミロングの内側に向いた癖毛をした眼鏡をかけた少女の姿をハッキリと捉えていた。ビームマグナムによってシールドエネルギーが枯渇し、絶対防御が発動するのもまた。

 恐らく黄金のISは一夏よりも早く眼鏡の少女のISに気づき、この場所に誘導したのだろう。追い込まれたように思えて誘導されたのは一夏の方だったのだ。当然、その理由は一夏に隙を作る為。

 

『あぐっ』

 

 コア・ネットワークを介して少女の悲鳴が聞こえた。黄金のISは、絶対防御を上回る炎の剣で一夏への意趣返しのように少女の左足を切り裂いた。

 クルクルと宙を飛んで向かってくる足を受け止めようとする一夏。理由はない。受け取ってどうしようという考えもなかった。ただ、受け止めなければという思考だけが働いてシステムを上回る。

 VT-Dシステムが解除され、量子化していた装甲が装着された瞬間だった。

 

「ぐあっ!?」

 

 巨大な火球が一夏を打ち据え、近くの岸まで吹き飛ばした。

 半身を海に浸しながら一夏は守った少女の左足を抱え込む。守らなければ、守らなければ、と左足を切り裂かれて海に落ちた少女を見ながら呟き続けた。

 

「呆気ない幕切れね。つまらないわ」

 

 トドメの超巨大な火球を作り上げながら拍子抜けしたとばかりに呟いた黄金のISの動きが止まる。

 止まったのではない。動けなくなった。動きを止められたのだ。

 

「こ、れは……!」

「去れ、テロリスト。今宵の貴様の演目は既に終了している」

 

 何時の間にか黒いISが一夏の傍に浮かんでいて、銀髪で左眼に眼帯をかけた少女は異常丈に告げた。

 

「ドイツIS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ。何故、あなたが日本にいるのかしら?」

「何、私は元々IS学園に入学予定だったのでな。任務で遅れていたのだが、IS学園長に頼まれて急いで来たというわけだ」

 

 ラウラと呼ばれた少女は、言いながら88mmの大口径リボルバーカノンを黄金のISに向ける。

 黄金のISの操縦者は、何かを確認するように僅かに首を動かした。

 

「落としたISを人質に使えるとは思わないことだ。私は一人で来たわけではないぞ」

 

 機先を制するようにラウラが声を発した直後、海から少女を抱えたISが浮き上がって来る。

 

「もう、ラウラ。僕にばっかりこんな役目をさせて」

 

 左足の欠けた少女を抱えるのは、金髪に紫の瞳を持つ中性的な顔立ちの美少女だった。髪を首の後ろで束ねており一見ショートカットに見える髪を水に滴らせ、少し不満そうにラウラを見ている。

 

「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ…………フランスのデュノア社のテストパイロットであるシャルロット・デュノアか。国家代表クラスと噂される特殊部隊隊長に、代表候補生クラスと言われているテストパイロット。ふっ、流石に分が悪そうね」

 

 冷静に戦力を計算した黄金のISが肩から力を抜いた。

 

「亡国企業、スコール・ミューゼル。貴様には聞きたいことが山ほどある。大人しく掴まれ」

「冗談じゃない。ここは大人しく退かせてもらうわ」

「させると思うか……!」

 

 ラウラがリボルバーカノンの引き金を引くが、弾が出て着弾する前に間に別のISが割り込んで、白式と同じ全身装甲ながら巨体で80mmの弾丸全てを受け止める。

 

「じゃあね、バイバイ。また会いましょう」

 

 人を食ったような言葉と共に現れた謎の巨大ISが自爆する。

 一夏などはその衝撃に堪えるのが精一杯で、ラウラはリボルバーカノンを撃ったようだが、爆発の影響が晴れた後には何も残っていなかった。

 

「逃げられたか。引き際の良い敵だ」

 

 飛んできた粉々に砕け散った巨体のISの破片を振り払い、ラウラがそんなこと言葉を漏らして「守らなくちゃ」と呟き続ける一夏を一度だけ見下ろしてシャルロットに視線を向ける。

 

「デュノア、そっちはどうだ?」

「…………センサーに反応なし。目視でも確認できないし、留まっても向こうの目的を達成できるとは思えないから逃げたと思うよ」

「では、早急にその女を病院に運べ。急げばまだ繋げることが出来るかもしれん」

 

 シャルロットが抱えている痛みで意識を失っている少女の左足の根元が焼き切られているのを傷ましげに見た。その姿に僅かに目を細めたラウラは、未だに壊れたように同じ言葉を呟き続ける一夏の傍に降りて屈む。

 

「それを渡せ」

 

 直接的な表現はせずに彼女にしては柔らかい言い方をしたが、一夏には届いていないのだろう。目立った反応を見せない一夏に、ラウラは躊躇いなく腕を振るった。

 白式の頭部が衝撃で吹き飛び、顔を襲った痛みで一夏も瞳に理性の光を取り戻す。

 

「なにを…っ!?」

 

 文句を言いかけた言葉は再び振るわれた手によって遮られる。

 シールドバリアーのお蔭で怪我ないが、ISの手で殴られた衝撃は一夏の意識を一瞬飛ばさせた。奇しくもそのお蔭で目の前の現実へと注視される。

 

「それを渡せ」

「あ、ああ……」

 

 同じ言葉であったが今度は否と言うことを許させない苛烈さに一夏は従うことしか出来ない。

 人の温もりを手放し、ラウラが受け取ると自らの罪の重さがズシリと圧し掛かる。

 ラウラがシャルロットに左足を投げ渡し、まさか投げるなど予想していなかったシャルロットが慌てた様子でなんとか落とすことなく掴むことが出来たのを視界に留めながらも、一夏にとっては全てに現実感を感じなくなっていた。

 シャルロットと少女が飛んでいなくなるのを目で追い、その姿が見えなくなると直ぐ近くにラウラ・ボーデヴィッヒが一夏の傍にいた。

 

「確か織斑一夏といったか……」

 

 その瞳を激烈に輝かせ、ラウラが一夏を見下ろす。

 

「所詮は戦いのなんたるかも知らぬ子供が戦場に出て来たのが間違いなのだ。子供は子供らしく引っ込んで大人しく守られていればいい」

「俺は、子供なんかじゃない……っ!? 千冬姉と約束したんだ、みんなを守るって!」

「守る? そんな様の貴様が何を、誰を守るのだというのだ?」

 

 『守られていればいい』というラウラの言葉に反応した激昂した一夏だったが、未だに半身を海につけている有様を突きつけられて羞恥に顔を真っ赤にさせた。

 立ち上がるが、受けたダメージで頭がフラつき膝をついてしまう。それでもラウラの言うことは認められないと睨み付ける。

 

「今度はもっと上手くやってみせる! 白式には、その力があるっ!」

「そうだ。力があるのはそのISであって、貴様ではない。貴様のそれは思い上がりでしかない」

 

 叫んだ先に静かに断定されて、その通りであると一夏の中の冷静な部分が認めてしまって言葉を失った。

 ISが無ければ一夏も戦おうとしなかっただろうし、戦おうとしたって何も出来なかったに違いない。そう、ここまで戦えたのも、戦いに同行することを許されたのも白式のお蔭に他ならない。白式がなければ一夏はどうしようもなく無力だ。

 

「力に溺れた子供に戦場を引っ掻き回されても周りに迷惑を与えるだけだ。教官の、織斑千冬の名前に泥を塗りたくなければ大人しく引っ込んでいろ」

 

 引っ掻き回した代償として見知らぬ少女が左足を斬られた現実を前にした一夏には、僅かに語尾を柔らかくしたラウラの本当の気持ちは届かない。ただの一度とてラウラは少女の左足の件には触れなかったのだと、一夏は最後まで気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界のどこか。きっと誰も知らないような奥地か、それとも実は誰もが知っている場所なのか。どうでもいいし、きっとその場にいる者はそう思っている。何故ならその場の主は怒り狂っていたから。

 

「なんでだっ!」

 

 音が鳴るぐらいに強く奥歯を噛み締め、喉から声を絞り出も掠れる。喉がひり上がって、やたらとつっかえる。ゴクリと唾を飲み込んむ、乾いた喉に張り付いた唾液の感触がぎこちない。

 

「なんで! なんで! なんで! なんで!」

 

 ぶるっ、と全身が震えて、堪えきれずに喉の奥から引き裂くようにして獣が抜け出したような、呻き声が主の口から漏れ出ている。血走った目がモニターの映されている呆然自失した織斑一夏の姿を捉えていた。

 

「箒ちゃんが乗っているはずの機体で! なんで!」

 

 言葉に意味はない。本人も分かった上で口走っているわけではないのだ。ただ、感情のままに叫んでも答える者は誰もいない。

 この場には、正確にはラボにはもう一人住人がいるが、主の狂乱に恐れをなして自室に引き籠っている。

 

「こんなはずじゃなかった。箒ちゃんの、箒ちゃんの為だけの最強のISが主演の舞台が始まるはずだったのに、その為に亡国機業なんてテロリストにゴーレムも与えて演出したのに」

 

 叩き壊した機器を踏み潰し、壁に叩きつけ、もはや元が何であるか分からなくなったラボの中でただ一人立ち尽くし、両手で目元を覆い隠す。

 

「なんでっ、ちーちゃんが死んでるんだよ!!」

 

 企んだのは彼女だ。舞台を作り上げたのも彼女だ。テロリストも選んで、戦力も提供したのも彼女だ。

 どこで間違えたのか、どこから間違えたのか、天才の彼女であっても解答が分からない。ただ一つ分かっているのは。こんな結末は望んでいなかった。こんなつもりじゃなかった。こんな結末は、ありえてはならない。 

 認めない。認めない。こんな結末を絶対に認めない。

 

「いらない」

 

 彼女にとって、世界は小さな物だった。自分の興味のないことには冷酷なまでに無関心になる性格で、それは人間の場合も例外ではなく、身内と認識している者以外の人間には本当に興味がない。逆に身内にはただ甘になる性格で、その世界の主柱が「ちーちゃん」であったのに。

 幼い頃から「ちーちゃん」だけが自分と同じ領域に立つことが出来た。過去現れなかったのから、これからも現れないだろうし、現れても認めるつもりはない。

 

「こんな世界……」

 

 「ちーちゃん」が彼女の世界の大部分だった。それを、主柱を失ってしまった。

 

「ちーちゃんのいない世界なんて…………いらない」

 

 呪うように、憎むように、全て壊れてしまえとばかりに怨嗟の感情を込めて。

 

「こんな世界なんていらない!!」

 

 彼女――――篠ノ之束は世界に絶望し、ドロドロに濁った憎悪を抱く世界最高の頭脳、ISの産みの親が世界に極大の呪いを吐き散らして、世界は決定的にずれていく。

 




前回に続いて配役
 ・スコール・ミューゼル……フル・フロンタル
 ・オータム……アンジェロ・ザウパー
 ・篝火ヒカルノ……アルベルト
 ・山田麻耶……オットー・ミタス
 ・更識簪……ギルボア・サント
 ・布仏虚、布仏本音、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノア、篠ノ之束……特に配役なし

独自設定
・一夏と箒が別れたのは8年前
・織斑家、両親について
・自衛隊にはIS部隊がある
・亡国機業に空を飛ぶ船があり、透明になる機能を持っている
・一夏は誘拐されていないが、それ以外は変わっていない。
・IS委員会日本支部の理事とその関連(オリジナルキャラ)
・白式の待機形態は首輪
・スコール・ミューゼルのゴールデン・ドーンの単一使用能力はオリジナル
・スコールの体の殆どは機械
・篝火ヒカルノの人物・性格設定
・代表候補生は国の有事に命令に従わなければならない。テロなどに備え、招集され出撃することがある
・ラウラは国家代表クラス、シャルロットは代表候補生クラスの実力がある
・シャルロットの男装はない
・大体、篠ノ之束の所為(妹の為に白式を開発して舞台を整え、情報を亡国機業に流してゴーレムまで与えた)
・千冬が死んだのは束の自業自得だけどぷっつんしっちゃった模様

もしも、次も続くとしたらタイトルは「ブリュンヒルデの亡霊」になります。感想くれたら頑張るかも。

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