Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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八話

「織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

朝。教室に入って席につくなり、そう話題を振られた。

 

前までは遠巻きに俺を見ているだけだった女子たちも、今ではこうして普通に話しかけてきてくれる。一時はずっとあのままだったらどうしようとか真剣に悩んだこともあったけど、杞憂に変わったようだ。よかった。

 

それにしても。

 

「転校生? 今の時期に? まだ四月だぞ」

 

入学式が四月の三日。そこからまだ二週間ちょっとしか経っていないというのに転校生とは。何か事情があったのだろうか。ん? 待てよ、思い当たる可能性としては一つだけあるな。

 

「もしかして、その転校生って代表候補生だったりするのか?」

 

「あれ? なんで知ってるの? もしかして誰かに聞いた?」

 

「いや、何となくだけど」

 

勘で言ってみたがどうやら当たっていたらしい。

 

にしても、代表候補生ってことはセシリアレベルの実力があるってことだろ? で、IS学園に編入してくるくらいだからその中でも相当強くて、もしかしたらまた専用機持ちだったり……。

 

「なんでも中国の代表候補生なんだってさ」

 

「ほー、中国か……」

 

「まあ、どちらにせよ透夜さんには勝てないでしょうけれど」

 

腰に手を当てながら言うのは、イギリスの代表候補生であるセシリア。つーか、『わたくしには勝てない』じゃなくて『鈴科には勝てない』かよ。いやまあ確かに鈴科はメチャクチャ強いけどさ。同じ代表候補生として何か思うところはないのか。

 

「とはいえ、このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどの事でもあるまい」

 

噂に敏感なのは女子特有とでも言うべきか、さっき席に行ったはずの箒がいつの間にか混ざっていた。

 

「そうだけどさ。やっぱり気になるだろ? だって代表候補生っていうからには強いんだし、もしかしたらクラス対抗戦で当たるかもしれないわけだし」

 

「……」

 

何故か箒が不機嫌そうな顔をする。なんでだ?

 

昨日寝る前のテンションは何処に行ったんだ。情緒不安定なのか? あれか、思春期というやつか? いやでも箒にそんなものがあるとは思えない。

 

「一夏。いま何か失礼なことを考えなかったか?」

 

あるとしたらエスパーの才能だと俺は思う。

 

「まあいい。クラス対抗戦に向けて放課後にみっちりとしごいてやる。ありがたく思え」

 

「あ、そのことなんだけどさ。訓練するとき、鈴科にもお願いして指導してもらおうかと思ってるんだけど」

 

「なっ……!?」

 

なぜ箒がそんなに驚く? そんなに驚く程のことか? もしかして『お前が鈴科に教えられても理解できるはずないだろう!』とか考えてるのか? 否定しきれないのが悔しいところだけど。

 

「わ、私の指導では不服だというのか!」

 

「いやいや、なんでそうなるんだよ。箒も知ってるだろ? 鈴科の実力。近くにあんなすげぇやつがいるのに教えてもらわないなんて勿体無いだろ」

 

「そ、それは……そもそも、お前が鈴科に教えられても理解できるはずないだろう!」

 

箒に教えられても鈴科に教えられてもあんまり変わらねぇよ。擬音的な意味で。

 

「とりあえず、ものは試しに頼み込んでみようぜ。俺だって負けたくないからさ」

 

「お待ちなさい!」

 

バンッ、と俺の机を叩いて制止の声をかけたのはセシリアだった。このイギリス代表候補生、言葉や態度はツンツンしているが何気に仲は良かったりする。未だに姓名で呼ばれてるけど。

 

ていうか、どっから出てきた。今まで自分の机に座ってなかったか?

 

「わたくしの許可無く透夜さんに指導を受けようなど言語道断ですわ!」

 

「なんで鈴科から指導を受けるのにセシリアの許可がいるんだよ……。別にいいだろ? 減るもんじゃないし」

 

「透夜さんの時間が減るのですわ! そもそもあなたと透夜さんではレベルが違います! まずは基本的なことが一通り出来るようになってから私のところに来て、そして私に勝つことができたら透夜さんに掛け合うのを認めて差し上げますわ!」

 

「保護者か!」

 

思わず突っ込んじまった……。ていうか、お前そんなキャラだったっけ? 盛大にブレてる気がするんだが。最初の頃の高貴なオーラは何処へやった。いや無くてもいいけど。

 

ふと、今まで黙っていた箒が口を開いた。

 

「そういえば、その鈴科はまだ来てないのか」

 

「そう言われれば……。いつもならもう教室にいてもおかしくない時間ですのに」

 

「食堂でも見かけなかったな。あれだけ目立つんだから気付かないはずはないんだけど……」

 

ぐるりと教室を見渡すも、あの白髪は見当たらなかった。寝過ごしたりでもしたのだろうか? 珍しいこともあるもんだ。

 

なんて事を考えていると、女子たちが嬉々として俺に激励の言葉をかけてきた。

 

「織斑くん、がんばってね!」

 

「勝てばフリーパスだよ~」

 

「ちょっと待てそれが目的かおまえら」

 

そう、クラス対抗戦で見事優勝すると、景品として学食デザートの半年フリーパスが配られるのだ。しかし、デザート……つまり甘いものを多くとりすぎるのは体にとって非常によろしくない。

 

勿論適度に糖分を補給するのは問題ないが、運動をせずに甘味、甘味を食べて寝る、等の行為は女性の天敵である脂肪と肥満を呼び込むもとだ。そもそも学園の食堂のデザートだってそう種類があるわけでもない。毎日毎日大量に食べていたら飽きも回ってくると思うんだけどなぁ。

 

「大体、女子は元々主食が少ないのに甘味だけを多く摂取したらすぐに太―――痛っ!? 何すんだよ箒!」

 

「なに、貴様が女子にとって有害だったのでな。つい手を出してしまった」

 

「人を害虫か公害みたく言うな」

 

ちらりと周りを見ると、お腹に手を当てて瞳から光を消した女子たちが何やら呪詛のようなものを呟いていた。怖っ。

 

「フリーパスはまあどうでもいいのですが。……透夜さんを差し置いてクラス代表に就いたのですから、無様に負けたりしたら承知しませんわよ……?」

 

こっちもこっちで瞳から光を消したセシリアがぼそっと呟いていた。怖い。超怖い。千冬姉の怖いとはまたベクトルの違う怖さだよこれ。なんだ、俺の味方は居ないのか。居ないんだな。

 

と、そこで俺の頭に電流が走った。

 

そうだよ。ここにもいるじゃないか、指導してもらうのにうってつけの人材が。

 

「じゃあ、セシリアが俺の指導してくれないか?」

 

「なんだと!?」

 

ガタンッ!と先程よりも過敏に反応する箒。いやだからどうした? そんなに驚く程のことか? もしかして『お前がセシリアに教えられて以下略。

 

とりあえず、俺に体裁やらうんぬんを気にしている余裕はないのだ。負けっぱなしは性に合わないしな。

 

「わたくしに訓練の指導をしてほしいと?」

 

「ああ。だって、セシリアは代表候補生なんだろ? 普通の生徒より知識も経験も豊富だから、指導してくれればこれほど心強いことはないしさ。ダメか?」

 

「……はぁ」

 

「な、なんだよそのため息は」

 

俺のお願いに、『何を言ってるんだこいつは』みたいな顔をしてため息をつくセシリア。なにか変なこと言ったか俺?

 

何が何やら理解出来ていない俺に、セシリアが腰に手を当てて説明をしてくれる。

 

「……いいですか織斑さん。ISには武装によってそれぞれ得意とする間合いがあります。私のブルー・ティアーズは射撃メインの武装構成なので中・遠距離。では、あなたの白式の得意とする間合いは?」

 

「そりゃあ超近距離だろ。雪片弐型しか武装ないし。それが何か関係あんのか?」

 

「大有りですわ。例えば最前線でずっと接近戦ばかりだった人間が、突然後方での射撃支援に回れと言われたらどうなると思います?」

 

「……あ」

 

なるほど。セシリアの言いたいことがわかったぞ。

 

「つまり、そういうことですわ。わたくしとあなたでは戦闘法(メソッド)が違います。近接戦闘型のあなたが中距離射撃型であるわたくしの動きを参考にしてもあまり意味はないのですわ。立ち回りからして異なりますし、第一白式は射撃装備が搭載されていませんのでしょう?」

 

そうか、セシリアは元々射撃型だから近接戦闘型の俺を教えるのには相性が悪いのか。……それに、俺に銃を渡されてもまともに当たるとは思えないしな。

 

「ぬぁあ……セシリアが駄目だとなるとやっぱ鈴科か? いやでもアイツも射撃してるところしか見たことないし、やっぱ射撃型なのか?」

 

「だ、だから私が教えてやると言っているだろう。それに、クラス代表の専用機持ちはお前含め二人だけだ。力をつければそうそう負けることはあるまい」

 

と、箒がそう言ったときだった。

 

 

 

 

「―――その情報、古いよ」

 

 

 

教室の入り口から、懐かしい声が聞こえてきた。昔に比べて少しだけ大人っぽくなっているけど、この聞き慣れた高いソプラノボイスは―――

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 

「鈴……? お前、鈴か?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

ふっと小さく笑みを漏らすと、トレードマークのツインテールが軽く左右に揺れた。

 

「何格好つけてるんだ? すげえ似合わないぞ」

 

「んなっ!? 言うに事欠いてなんてこと言うのよアンタは!」

 

おお、戻った戻った。一瞬誰だお前とか言いそうになったじゃないか、まったく。

 

「オイ」

 

「なによ!? ……ってなんだ、アンタこのクラスだったのね」

 

後ろから響いた声に反応して振り向く鈴。そこには気だるそうな鈴科が立っていた。というか、二人とも知り合いだったのか? 接点なんてないように思えるんだが。

 

「おっす」

 

「おはようございます、透夜さん」

 

「おはよう」

 

「……、おう」

 

スタスタと自分の席に向かい、腰をおろした。そのまま腕を組んで目を閉じる。きっとあのままSHRが始まるまで寝ているんだろう。朝が苦手だと言っていた鈴科は、休み時間も大抵寝ている。一年一組のいつもの光景だった。

 

「おい」

 

「今度はなによ!?」

 

バシンッ! 再度かけられた声に鈴が反応すると、出席簿が叩き込まれた。―――鬼教官登場である。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」

 

「す、すみません……」

 

先程の元気はどこへやら、借りてきた猫のように大人しく言うことを聞く鈴。千冬姉が苦手なのも相変わらずなんだな。理由は知らんが。

 

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

 

「さっさと戻れ」

 

「は、はいっ!」

 

脱兎のごとく二組へと駆けていく鈴を眺めつつ、世間は案外狭いものだと改めて思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。

 

一方通行は屋上で昼食を摂っていた。

 

最初の頃は食堂で食事をしていたのだが、あのざわざわとした雰囲気に加え女子たちの目線が少々鬱陶しかったので、専ら人気のない中庭や屋上で摂ることにしたらしい。

 

とはいえ、屋上にテーブルや台があるはずはないので必然的にメニューはおにぎりやサンドイッチ、ハンバーガーなどといったものになるが、彼からすればさして問題ではなかった。

 

とにかく静かであればいいのだ。

 

手早く昼食を胃袋に収めた一方通行は、食後の缶コーヒーを傾けながらぼんやりと空を眺めていた。心地のよい潮風が彼の白髪を靡かせる。

 

 

 

―――空は晴天、雲はなし。気温も適度な春の午後。

 

 

 

(寝るか)

 

何も迷うことはなかった。こんな絶好の昼寝日和に、教室に籠って授業なんて受けていたら損だ。このまま午後の授業もボイコットしてごろ寝と洒落こもうではないか。それに今朝の夢のせいもあって若干寝不足気味だった。ちょうどいいだろう。

 

ぐっ、と背中を伸ばし、筋肉を弛緩させる。腕を枕に、足も組んで仰向けになって寝転がる一方通行。このままいけばあっという間に眠れるだろう。

 

穏やかな春の陽気に包まれて、彼の意識はどんどんと引き込まれ―――

 

 

 

「お昼寝? 気持ち良さそうね」

 

 

 

聞こえてきたその声で一気に覚醒した。

 

目を開き声の方向へ視線を向けると、そこには楯無が扇子を開いて立っていた。一方通行は体を起こすと、頭に手をやってため息を吐いた。

 

「……何か用か」

 

「あら、別に用事はないわよ? 『なんとなく』屋上に来てみたら『たまたま』透夜くんがいただけなんだから」

 

「帰れ」

 

あーんひどーい、とわざとらしく身をくねらせる楯無。暫し無言でそれを眺めていたが、やがて再び横になった。どうやら楯無を居ないものとして扱うことにしたようだ。

 

「んん? あれ、透夜くーん?」

 

「……」

 

「おーい、聞こえてるでしょ?」

 

「……」

 

「……ふう、やれやれ。おねーさんをそういう風に扱っちゃうのかー、そうかそうかー」

 

「……」

 

 

 

 

「―――よろしい、ならば戦争よ」

 

 

 

 

 

その一言に、凄まじい悪寒を感じて目を開く。

 

だが時すでに遅し。目を開いた彼の眼前には、『奇襲』の扇子を広げた楯無がダイブしてきているところだった。あまりの出来事に反応する暇もなく―――一方通行の腹に、楯無が勢いよく飛び込んだ。

 

「―――ッ!?」

 

ドンッ!! という衝撃に息が詰まる。しかも飛び込んだ際に彼女の肘が鳩尾に直撃、激痛が体を駆け巡った。思わず電気信号を弄り、痛覚を遮断。えづく呼吸を整えながら、とんでもない所業を実行した下手人の頭を能力で強化したアイアンクローで締め上げる。

 

「っゲホ! ッハー……ァ、ゴホッ! ふゥー……。―――ぶっ殺されてェのかテメェ!? 」

 

「あだだだだだだだっ!? 痛い痛い痛い! ちょ、割れる! 私の頭割れちゃう! どっからこんな力出してって痛い痛い痛い痛い痛すぎ!」

 

ミシミシミシミシ……と万力のような力で楯無の頭蓋骨を圧迫する一方通行。そのせいで彼女の顔が女性として見せられないようなものに変わり果ててしまっているが、取り敢えず楯無の両腕がぶらりと垂れ下がるまで力を込め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「透夜くん容赦ないわね~……骨格変わっちゃったらどうしてくれるのよぅ」

 

気絶して数分で復活し、何事もなかったように振る舞っている楯無を見て心底呆れる一方通行。この女の体は一体何で出来ているのか気になるところではあるが、今はこちらが優先だ。

 

楯無がなんの意図もなく接触してくるとは思えない。事実今まで一人の時は何度もあったし、まして学園内で接触してくることは一度も無かったのだ。だから、こうして何気ない様子を装っていても恐らくは何か目的を持って屋上へと来たのだろう。

 

「で、本題はなンだ。サッサと話せ」

 

「……なーんだ。やっぱりばれちゃってたのね」

 

たはは、と笑う楯無。

 

扇子をパチンと閉じると、一方通行の隣に腰をおろした。そして口を開く。

 

「透夜くん。キミは―――私たちの敵? それとも味方?」

 

「……ハ、面白ェコト訊くな、オマエ」

 

敵か、味方か。言葉で表すのは簡単だ。

 

しかし、その言葉はいとも簡単にひっくり返って牙を剥く。それを一番よくわかっているのは彼自身だった。味方だと思っていた相手は、些細な出来事であっという間に敵に転じる。

 

ぬくぬくとした光の世界で生きている奴等は、今日の友達がいつまでもずっと友達でいられるなどとお目出度い事を考えているのだろうが、それは間違っている。昨日の敵は今日の友。ならば今日の友は明日の敵。こんなことは裏社会で日常茶飯事だ。

 

楯無もそれはわかっているはず。だから、そんな問いかけをした彼女を彼は面白いと思った。

 

「オマエも分かってンだろォが。自分にとって有害なら敵、自分にとって有益なら味方。そしてその関係も絶対じゃねェ。敵ながら有益な奴もいりゃあ味方でも有害な奴もいる」

 

「……じゃあ、キミは?」

 

そんな楯無の問い。

 

「……敵、っつったらどォする?」

 

「殺すわ」

 

ゾッとするほどの冷たい声音だが、一方通行は微塵も動じない。「でもね」と楯無は付け加える。

 

「透夜くんは、敵じゃないって思うんだ」

 

「何を根拠にそォ言える? 」

 

「わからないわ。ただ、なんとなくそう思うのよ。私はこれでも人を見る目はあるつもり。だから、透夜くんは私たちの敵じゃないって、そう言えるのよ」

 

「……止めとけ。無条件の信頼なンざ、一瞬で崩れる。信じて損するぐらいなら、最初から疑っといた方が身のためだ」

 

「ほら、ね? 私たちの敵である人が、私たちの心配をするはずがないもの」

 

そう言ってウインクをする楯無。対照的に一方通行は舌打ちをする。やはりこの女は苦手だ。

 

そんな一方通行を見てくすりと笑い、埃を払い扉へと向かう。その姿が扉の向こうに消えていく直前、振り返ってこう言った。

 

 

 

「透夜くんが私たちの味方だって、信じてるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……調子狂うンだよ、クソが)

 

眠りに落ちていく意識の中。

 

彼は小さくそう毒づいた。

 

 




オリジナルストーリーって考えるの難しいですね。



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