Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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九話

「む、仕方ない……今日はここまでだな」

 

「ああ。早く他の人にも貸してやれよ」

 

「わかっている」

 

放課後の第三アリーナ。目につくISの機影は一夏の駆る白式、そして箒や他の生徒が乗っている訓練機体の計4機。更に、順番待ちのついでに一夏を観察している女子たちも含めアリーナ内部にかなりの人数がいた。

 

IS学園に配備されているISの数には限りがあり、それも多くはない。その内の幾つかは整備科や研究科の元へ回され、生徒が使える訓練機は30機。そして、一年生に割り振られているのはたったの10機のみ。だがそれも今こうして順番待ち状態である。

 

何故か。理由は簡単だ。

 

全生徒の記憶に新しい、クラス代表決定戦。その時に一方通行が行ったことといえば。第二世代の訓練機で、第三世代の専用機を持つイギリス代表候補生をたった一分で撃墜。

 

その出来事は、大半の生徒たちが持っていた『専用機持ちには敵わない』という考えを、『訓練機でも専用機に勝てる』というものに一新した。

 

更に、彼の圧勝は生徒の心を大いに刺激し、彼女たちの訓練意欲を沸き立てた。よって、最近では訓練機とアリーナ使用の申請が後を絶たずに教師を困らせていたりするのだ。

 

ただ―――仮に他の生徒が訓練機でセシリアに挑んだとしても、勝てる確率は5%もあれば御の字だ。今のところセシリアとの模擬戦で勝率100%を維持している一方通行の方が異常なのであり、彼の卓越したIS操縦技術を彼女たちが身に付けるのは至難の業であろう。

 

たまに訓練風景を見に来る千冬に言わせれば『鵜の真似をする烏』なのだが、意欲があるのは結構だということで何も言うことはしなかった。

 

決定戦以降も続けて一夏の特訓をしている箒といえど、一人で訓練機を長時間使い続けることはできない。ある程度まではクラスメイトに容認してもらっているが、その時間もあまり長いとは言えなかった。

 

「ふう……」

 

ピットに戻り、白式を待機状態にする。それと同時にISの操縦者補助機能が切れるため、今まで感じなかった疲労が体に響いてきた。

 

現在ピットにいるのは一夏のみ。がらんとした広いスペースを眺めながら、一夏はぼんやりと考えに耽る。

 

箒との訓練は確かに助かっている。何もわからない状態で一人訓練するより、他人がいてくれた方が効率も上がる。しかし、如何せん時間が足りない。

 

訓練機が使える時間が限られている以上、必然的に箒が一夏に教える時間も限られてくる。一夏としては一人でも自主的に訓練したかったりするのだが、何故か箒が『絶対に一人で訓練するんじゃないぞ。いいな、絶対だぞ』と鬼のような形相で進言してきたのでやむ無く箒との訓練だけで我慢している状態だ。

 

どれだけ危なっかしいと思われてるんだろう、と、箒の忠告に込められた彼女の意思を曲解している一夏。……危なっかしいというのは強ち間違いでもないのだが。

 

ともあれ、相手がいればいいというのなら箒が訓練機を使えない時間は、鈴科かセシリアに動きだけでも見てもらったほうがいいだろう。セシリアは自分の動きを参考にしても意味はないと言っていたが、基本的な制動や操作技術を指導してもらうことは可能なはず。

 

(……で、そのためには箒を説得しないといけないわけだが)

 

何故か箒は他人に教えてもらいたいと言うと不機嫌になる。理由のほどは全くわからないのだが、いつまでもこのままではまずいだろう。納得のいく説明をすればどうにかなるはずだ。

 

そんなことを思っているうちに、監督教師に報告を終えた箒がアリーナから一夏のいるピットに上がってきた。一夏は覚悟を決めて口を開く。

 

「なあ、箒。やっぱりセシリアにも訓練見てもらおうぜ。箒だけだと一緒に訓練できる時間も少ないしさ、もっと強くなるためには上手な奴に見てもらうのが一番だと思うんだ」

 

「わ、私が下手だと言いたいのか!」

 

「そうは言ってねぇだろ……。俺だってもっと訓練したいけど、箒が一人で訓練するなっつーだろ。だから、あいつらと一緒ならいいってことだろ?」

 

「……むぅ……」

 

腕を組み眉根を寄せてなにやら考え込む箒。このままだとまた断られるのではないか? と不安に駆られる一夏が死刑判決を下される前の被告人のような顔をして待っている。そして―――彼女が、口を開いた。

 

「…………いいだろう」

 

「本当か! そりゃよかっ「ただし!」……な、なんだよ? 何か条件でもあるのか?」

 

「訓練してもらう相手は鈴科だけだ。セシリアに教えてもらうのはだめだ。いいな?」

 

ずびし、と指を突きつけながら妙な条件を提示した箒。その条件の意図がわからない当然一夏は首を傾げる。しかし、箒の眼が有無を言わさぬ迫力を放っていたので半ば恐々としながら頷いた。世の中には首を突っ込んではならないものもあるのである。

 

「一夏っ!」

 

バシュッとスライドドアが開き、溌剌な声と共に少女―――鈴音が姿を見せた。その手にはタオルとスポーツドリンクが握られており、労いの言葉をかけつつそれらを一夏へと渡す。

 

その際に一瞬、隣に立つ箒へと視線を向けて僅かに誇らしげな顔―――所謂ドヤ顔というやつだ―――をしてみせる。それを見た箒の眉がぴくぴくとひきつったりしていたのだが、一夏はタオルで顔を拭いているため全く周囲の状況に気が付いていなかった。

 

「変わってないね、一夏。若いくせに体のことばっかり気にしてるとこ」

 

「あのなあ、若いうちから不摂生してたらいかんのだぞ? 癖になっちまうからな。あとで泣くのは自分と自分の家族だ」

 

「そのぶんだとアンタ、百こえてもおんなじようなこと言ってそうよね」

 

「う、うっせーな……」

 

身長差の関係から自然と鈴音が一夏を見上げるような形になるのだが、彼女の場合後ろ手に手を組み体を前に傾け、首をかしげながら見上げるという、俗に言う『上目遣い』の体勢になっていた。

 

これは勿論彼女が狙って行っているものだ。鈴音は間違いなく美少女の部類に入り、普通にしているだけでも十分に可愛いと言える。しかし、鈴音曰く『唐変木・オブ・唐変木』、箒曰く『キングオブ朴念仁』な一夏にアピールをするには全くの不十分である。

 

最早、自分の体型に対して悟を開けそうなレベルで悩んでいる彼女はそれを逆手に取り、小柄だからこそできる、男にとって必殺の上目遣いを敢行してみせた。

 

そして、それは鈍感の代名詞である一夏といえど意識してしまうほどの破壊力を持っており、鈴音の予想通りとまではいかなくとも確かに反応を示していた。それを目敏く確認した彼女の口元が自然と緩む。

 

「一夏さぁ、やっぱあたしがいないと寂しかった?」

 

「まあ、遊び相手が減るのは大なり小なり寂しいだろ」

 

「そうじゃなくってさぁ」

 

先程の上目遣いが効いたことが嬉しいのか、にこにこという擬音がぴったりな笑顔で話を続ける鈴音。だが一夏はその笑顔を見て何を勘違いしたのか、過去の出来事を思い出して、

 

「鈴」

 

「ん? なになに?」

 

「何も買わないぞ」

 

思わずかくっと姿勢を崩した。

 

「アンタねぇ……久しぶりに会った幼馴染みなんだから、色々と言うことがあるでしょうが」

 

しかし一夏は首を捻るだけ。いい加減に見かねた鈴音が、仕方なく自分から話題を引き出す。

 

「例えばさぁ―――」

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

突然、とんでもなくわざとらしい咳払いが彼女の言葉を遮った。箒だ。一夏が視線を箒に向ければ、いかにも『私は興味がないですよ』という風な態度で話し始める。

 

「一夏、私は先に帰る。それと―――『今日は先にシャワーを使ってもいいぞ』」

 

「本当か! そりゃありがたい」

 

「では、また後でな。一夏」

 

そして、箒は鈴音に視線を向け、フッとドヤ顔をしてからピットを出ていった。残されたのは、いつになく優しい幼馴染みに首をかしげる一夏と、不機嫌な顔をひきつった笑みで隠した鈴音。

 

「……一夏、今のどういうこと?」

 

先程の上機嫌から一転し、トーンを落とした声で鈴音が訊ねる。

 

「ん? いや、いつもはシャワーは箒が先なんだが、今日はなんか先に使わせてくれ―――」

 

「しゃ、しゃ、シャワー!? 『いつも』!? い、一夏、アンタあの子とどういう関係なのよ!?」

 

「どうって……前に言っただろ。幼馴染みだよ」

 

「お、お、幼馴染みとシャワーの順番と何の関係があんのよ!?」

 

「あ、そういや言ってなかったっけか。俺、今箒と同じ部屋なんだよ」

 

「……は?」

 

さらりと告げられたとんでもない事実に、鈴音の口から呆けた声が出る。

 

「いや、俺の入学ってかなり特殊なことだったから、別の部屋を用意できなかったんだと。鈴科も同じで二人部屋―――」

 

「普通男子同士で部屋一緒にするでしょ!? なに考えてんのよこの学園の責任者は! いやそうじゃなくて、アンタ、あの子と寝食を共にしてるってこと!?」

 

「まあ、そうなるか。でもまあ、箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら緊張して寝不足になっちまうからな」

 

「……ったら、いいわけね……」

 

顔をうつむかせた鈴音がぼそりと小さく呟くが、一夏の耳には届かない。よく聞き取ろうと彼が鈴音に耳を近づけようとしたそのとき。

 

「だから! 幼馴染みならいいわけね!?」

 

「うおっ!?」

 

突然顔を上げた鈴音に驚き身を引く一夏。あわや強烈な頭突きを食らうところだった一夏は内心冷や汗を流す。顎にあんな衝撃を受ければ脳震盪では済まないかもしれない。

 

そんな一夏をよそに、鈴音は一人で納得して何度も何度も頷いている。

 

「一夏っ!」

 

「お、おう」

 

「幼馴染みは二人いるってこと、覚えておきなさいよ」

 

「別に言われなくても忘れてないが……」

 

「じゃあ、後でね!」

 

そう言うなりピットを飛び出していく。残された一夏は、幼馴染みの考えることはわからないとばかりに首を捻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけだから、部屋替わって」

 

「ふ、ふざけるなっ! なぜ私がそのようなことをしなくてはならない!?」

 

場所は変わって一夏の部屋、時計の針は八を回っている。普段なら静かなはずのこの部屋では箒と鈴音、二人ぶんの声が響き渡っていた。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんてイヤでしょ? 気を遣うし、のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから替わってあげようかなって思ってさ」

 

「べ、別にイヤとは言っていない……。それにだ!

これは私と一夏の問題だ! 部外者に首を突っ込んでほしくはない!」

 

「大丈夫。あたしも幼馴染みだから」

 

「だから、それが何の理由になるというのだ!」

 

箒の言う通り、鈴音の『幼馴染み』の定義がどうなっているのか非常に気になるところではあるものの、今の話の内容はそれではない。先程から彼女たちの会話を聞いていた一夏は、どうしてこうなったのかを思い出す。

 

夕食も終わり、いつものように寛いでいたところに突然鈴音が部屋に訪れ、箒に部屋を替わるように要求してきたのだ。それから二人で言い合いになり、今に至る。

 

しかし鈴音はどこまでもゴーイングマイウェイであり、箒は人一倍頑固。話が全く進まないのは当然と言えば当然だろう。半ば現実から逃避しかけている一夏は、鈴音の足元にあるボストンバッグに目を向けた。

 

(本当にあいつって私物とか少ないよな……昔からそうだったけど、女子ってもっと小物とかあるもんなんじゃないのか?)

 

以前彼女に家出する用意かと訊いたら本気で怒ったので、それ以来そのことについては触れていないがやはりかなり少ない。このフットワークの軽さも、鈴音という少女の特徴なのだろう。

 

ぼんやりとそんなことを思考していた一夏だが、目の前の光景を見てはっと我に返った。激昂した箒が、ベッドの横に立て掛けてあった竹刀へと手を伸ばしていたからだ。

 

「おい待て―――!」

 

一夏の制止の声も聞かず、冷静さを欠いた箒は振り向き様に竹刀を振り上げ大上段の構え。鋭い踏み込みと共に、無手の鈴音へと勢いよく降り下ろした。

 

竹刀といえど、決してその威力は侮れない。木刀には劣るものの、軽く打たれただけでも相当の痛みが走る。しかも箒は剣道有段者。その剣筋は微塵の鈍りもなく、鈴音の面を狙っての一撃は必中。

 

バシィンッ!

 

すさまじい音が部屋中に響き渡る。

 

「鈴!」

 

「なーにを情けない声出してんのよ。あたしは代表候補生なんだよ? このくらい対処できなきゃ」

 

けろっとした顔でそういう鈴音。見れば、彼女の右腕は赤色の装甲に覆われており、箒の打ち込みを難なく受け止めていた。

 

ISの部分展開。それは、彼女の技術が卓越していることを示す何よりの証拠であり、箒の竹刀を受け止めた彼女自身の反射速度もかなりのものだということ。代表候補生の名は伊達ではないということだろう。

 

「ていうか、今の生身の人間なら本気で危ないよ?」

 

「う……」

 

鈴音の指摘に、バツが悪そうに顔を逸らす箒。しかし鈴音は既に気にしていないといった風にISの装甲を粒子に戻した。部屋を気まずい沈黙が満たす。

 

(―――ん? そういえば約束がどうとか言ってたな)

 

先程、鈴音は一夏に約束を覚えているか、という旨の投げ掛けをしていた。その直後に箒が竹刀を振るったのでうやむやになりかけていたが。

 

「鈴、約束っていうのは」

 

「う、うん。覚えてる……よね?」

 

「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を―――」

 

「そ、そうっ。それ!」

 

一夏が、自分との約束を覚えていることに歓喜する鈴音。その約束の内容も彼女にとっては非常に大切なものだったために、喜びも大きかった。

 

「―――おごってくれるってやつか?」

 

だが―――現実は無情だった。

 

「…………はい?」

 

「だから、鈴が料理出来るようになったら、俺にメシをごちそうしてくれるって約束だろ?」

 

一夏は、見事に約束の内容を履き違えていた。鈴音は『毎日味噌汁を―――』といった意味を込めて約束をした。しかし一夏は、単純に鈴音が自分にタダ飯を食わせてくれると思い込んでいた。

 

そのことに気が付いた鈴音は暫しの間茫然とする。だが次の瞬間には、言葉に言い表せない激情が胸の奥底から沸き上がってきた。目頭が熱くなる。視界が白くなる。

 

「いやしかし、俺は自分の記憶力に感心―――」

 

聞こえてきた呑気な一夏の声に、考えるよりも先に体が動いていた。

 

乾いた音が部屋に響く。

 

自分の置かれている状況が理解できていないのか、瞬きをする一夏。それは見ていた箒も同じことで、鈴音がなぜ一夏を叩いたのか把握できていなかった。理由を知るのは、鈴音本人だけ。

 

「あ、あの、だな、鈴……」

 

恐る恐る口を開く一夏。その声を聞くだけで、堪えた涙が一気に溢れだしそうになる。それを抑えたくて、一夏への怒りもあって、約束を覚えていてくれなかったことが、悲しくて。感情の整理もつかぬままに、鈴音は心の声を大音量で吐き出した。

 

「最っっっ低!! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ! 犬に噛まれて死ねッ!」

 

噛み付くようにそう言い放ち、足元のボストンバッグをひったくるが早いかドアから飛び出していった。

 

残された一夏は、じんじんと熱を持つ頬を押さえ、閉まった扉を見詰めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なによ……なによ……ッ! 一夏のバカッ! 信じらんない! 覚えてくれてると思ったのに……!)

 

人気のなくなった廊下を駆ける鈴音。部屋を飛び出してから走る足は止めない。とにかく一人になりたかった。胸に渦巻く気持ちの整理をつけたかった。ルームメイトに泣き顔を見られたくない―――というよりも、他人にこんな姿を見せたくなかった。

 

向かう先は屋上。

 

夕食後のこの時間なら恐らく誰もいないはず。階段を二段飛ばしで駆け上がり、思い切りドアを開けて夜空の下へと走り出た。

 

そのままフェンスに背を預け、ボストンバッグを床に置く。足の力が抜け、ずるずると座り込む鈴音。そこでようやく、我慢していた嗚咽が口から漏れだした。

 

「っ、ぅぐ……っ! ひぐ……! 」

 

どうしようもない感情の奔流は、涙となって溢れ続け彼女の頬を流れ落ちていく。

 

いくら代表候補生といえ、鈴音も未だに十五才の少女なのだ。ずっと想い続けてきた人に、大事な約束を違えられて泣くなというほうが酷だろう。

 

「なによ……ッ! い、一夏のっ、ばかっ、ばかぁぁ……! あんなっ、やつ、クラス対抗戦でっ、ぼこぼこに、してっ、やるんだからっ……!」

 

両膝に顔を埋め、精一杯の強がりを口にする。だが、次から次へと溢れる涙は一向に止まる気配はない。なまじ心が強かっただけに、一度決壊したものはそう簡単には止められないのだろう。

 

 

 

 

屋上に響く悲しみの鈴音(すずおと)は、しばらくの間止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新が遅れてしまい申し訳ありません。
アクセラさんの専用機を考えていたらいつのまにか時間が過ぎていました(言い訳)
早くお披露目したいです。

感想・評価を下さった方々、誠にありがとうございます。

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