Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る 作:パラベラム弾
「おおおおおおおっ!!」
気合いと共に降り下ろされる雪片を軽く避け、スラスターを制御して空中で舞うように距離を取る。白式には雪片弐型以外の武装は登載されていないため、中遠距離戦闘に持ち込めば後は一方的に攻撃を加えることができる。
だが、一夏もそうはさせまいと後背部にある一対の大型ウィングスラスターを噴かす。外見に反しない加速力で一方通行との距離を潰しにかかるものの、攻撃の悉くが回避されるかいなされるかのどちらか。完全に一夏が一方通行に弄ばれていた。
「くそっ!」
「……バカの一つ覚えみてェに振り回しても当たるワケねェだろォが!」
全く学習しない一夏に、今度は一方通行が痺れを切らした。
右手に提げていたFAMAS ISMを収納、次いでエネルギーライフル『エクレール』を展開。実体化と同時に引き金を絞った。
放たれた無数の光線が白式を墜とさんと殺到する。必死で回避に専念しようとするも、一方通行の予測射撃は的確に回避先を狙って放たれる。そうして焦りがさらに被弾を増やし、録な攻撃もできないままに白式はそのシールドエネルギーをゼロへと落とした。
「ま、またかよ……」
白式のシールドエネルギーはゼロであるのに対し、一方通行の駆るラファールは攻撃に使用した分を除けばMAX。文字通り完勝だ。
地面に降り立ちガックリとくずおれる一夏。これで本日通算6回目の敗北だった。そこへ、呆れた顔を隠そうともしない一方通行が降りてくる。―――こめかみをぴくぴくとひくつかせながら。
「…………」
「す、すまん! いやマジで本気でやってる! でも何が原因で負けてるのかわからないんだって!」
「本気で言ってンのかオマエ……」
彼は頭に手をやって盛大に溜め息を吐いた。あれだけやって未だに自分の欠点が見つからないとは一体何を考えて戦闘を行っているのか。
「こら一夏! 一体いつまで負けっぱなしでいるつもりだ! 一度ぐらい攻撃を当てて―――」
「はいはい、箒さんはあちらでわたくしと訓練しましょうか。さ、行きますわよ」
「なに!? わ、私は別に訓練などっ―――こ、こら! セシリア! ええい離せ!」
操縦者本人の技量の差は言わずもがなではあるが、それを抜きにしても一夏は弱い。白式本体の仕様がピーキーすぎるというのも原因の一つではあるものの、使いこなせば戦力になるのは間違いないのだからもっと本気で取り組んでもらいたいものだ。
「……問題は山積みだが、特にスラスターの出力制御、零落白夜使用のタイミングとその用途。その二つをまずはなンとかしろ。そォしねェと何もかもが話になンねェ」
かなりの機動力を誇る白式のウィングスラスターだが、なにも常時大出力で噴かす必要はない。寧ろ、そんなことをすればあっという間にエネルギーが食い潰されてしまう。無論、決めるときには全開でもいいのだが、その決めるときにエネルギー切れ、なんてことがあっては洒落にならない。
人間は長い時間何かを見ていると、自然とそれに対して慣れてきてしまう。最初は速いと感じた野球のボールも、何度も見れば目が慣れて捉えることができるといった風に。
物体が巨大になっても原理は同じ。一夏がずっと10のスピードで動いていればやがて相手はその速さに慣れてしまい、終いには撃墜されてしまうだろう。だからこそ、その『10』は最後までとっておかなければならないのだ。
「後は零落白夜だが……オマエ、なンで俺が態々銃を変更したかわかってンのか?」
「なんでって……」
「……オマエのその剣の特性は『シールドバリアーを無効化して直接ダメージを与えることにより絶対防御を発動させ、エネルギーを大幅に減らす』ことだろォが。エネルギーの集合体であるシールドバリアーを無効化できるって事ァ、エネルギーライフルとかも例外じゃねェ。攻撃をソレで無効化することだって出来るハズだ」
「マジかよ……!?」
雪片弐型の特殊能力、バリアー無効化攻撃『零落白夜』。それは自身のシールドエネルギーを攻撃用に転換して発動する諸刃の剣であると同時に、当てさえすれば相手に甚大なダメージを与える必殺の剣でもある。
エネルギーを無効化させるその特性を上手く使えば、一方通行が述べたようなことも確かに可能ではあるのだ。
「操縦技術云々以前にオマエはその機体のコトを全然わかっちゃいねェ。そンなンじゃ何万回繰り返そォが、オマエの負けっつゥ結果は変わンねェよ」
「う……」
辛辣な言葉だが、一夏自身それが事実であると認識しているために言い返すことは出来なかった。
黙りこんだ一夏と、他になにも言うことはない一方通行。二人の間に気まずい沈黙が流れ始めたそのとき、訓練の終了を告げる小さな電子音が響いた。
「……時間だな。後は一人でなンとかしろ」
「お、おう。ありがとな!」
エクレールを収納し、踵を返してさっさとピットへと戻っていく一方通行。その後ろ姿に、一夏は深く頭を下げるのだった。
◆
訓練も終わり、手早く制服に着替えた一方通行は学園の廊下を歩いていた。向かう先はIS整備室。学園の訓練機を全てここでメンテナンスするため、整備室へ入室できる人間は限られている。入室が許可されているのは教師陣、整備科の生徒、そして―――専用機を持つ生徒。
一方通行の専用機は、その武装の特異性により未だに調整段階にある。ある程度までは束と共に進めることが出来たものの、完成が入学には間に合わなかったのだ。残りのプログラムを一方通行本人が仕上げるということになったものの、何しろ量が多い。
凄まじい演算処理能力を持つ彼といえど、脳内処理は一瞬でできてもそれを文字として出力するのには時間がかかる。よって、整備室に足を運ぶのももう慣れはじめていた。
(……、)
歩きながら、先程の一夏との訓練を思い出してみる。
我ながらよく喋ったものだとも思うが、言わなければ言わないで一夏はずっと気付かないままだったろう。そんなことで貴重な時間を無駄にされるのも癪なので仕方なしにアドバイスをしたわけだが、果たしてどうか。
素質は悪くないだろう。強くなろうという気持ちもあるし、一方通行に教えを乞いに来たのも向上心からくるものだと考えていい。だが、如何せん頭が少しばかり弱い。思考しながら戦闘をするということ、すなわち並列思考が苦手なのだ。
人は、ひとつの物事を素早く進める高速思考タイプと様々な物事を同時に進行させる並列思考タイプの二種類に分かれている。
両方の思考タイプを持つ一方通行は例外としても、IS戦闘において並列思考が出来ないというのは致命的な弱点となる。相手の動きを常に観察しつつ、自身の機体制御にも注意を払い、周囲の状況を把握する。三つのうちどれか一つでも怠れば、勝利は遠退いていくのだ。
その点、一夏は目の前の相手しか見ていない。よく言えば集中しているとも言うが、悪く言えば視野が狭く、周囲に気を配る余裕がない。そういった人間は、例に漏れず搦め手や罠、奇策に弱い。一夏も恐らく不測の事態には対応出来ないだろう。
とはいえ、そればかりは結局一夏自身の問題だ。いくら一方通行が鍛えたところですぐに変われるわけはない。その前に、彼にはそこまで面倒を見る気も更々無いのだが。
そんなことを考えながら、整備室に入っていく一方通行。利用者の名簿に名前を書き込み、プログラム用のケーブルを一本だけ手にとって椅子に腰掛ける。
首のチョーカーにプラグを挿し込み、ホロキーボードと二つのディスプレイを展開。一つは機体の武装データ。そしてもう一つには、膨大な量の数字と文字の羅列。それをざっと流し読みすると、キーボードに指を躍らせる。まるでビデオの早送りのように、凄まじい速度でプログラムが構築されていく。
―――そうしてキーを叩き続け、半刻ほどが経過した。
ある程度纏まりがついたところで、ようやくディスプレイから目を離し一息つく。時計を見れば、そろそろ利用時間も終わろうとしていた。帰るか、と首をパキポキと回した彼の視界に―――
その少女は、いた。
内側に巻いた、透き通るような水色の髪。気の弱そうな赤い瞳と、その印象をさらに深くしている眼鏡。
一方通行から少し離れた場所に立ち、小さく口を開けて彼を見つめていた。表情から察するに、何かに驚いているのだろうか。
彼と彼女の赤い瞳が交錯する。恐らくは初対面だろうが、一方通行にはどうも初対面だとは思えなかった。だというのも、
(……このツラ、どっかで……)
その少女の顔立ちがどことなく見覚えのあるものだったからだ。ハッキリとは思い出せないが、とにかくどこかで見たはずだ。
記憶の海を探る一方通行。しかし、その答えが出てくる前に青髪の少女はハッとしたように肩を跳ねさせると、慌てて整備室から走り出ていった。
その後ろ姿を目で追うが、やはり誰と似ているのかが思い出せない。ともあれ、利用時間も差し迫っている。一方通行はディスプレイとキーボードを消すと、ケーブルを戻して整備室を後にした。
◆
「なァ、生徒会長っつーのは、学園の全生徒の名前とか覚えてンのか?」
自室に戻った一方通行は、隣のベットで寛ぐIS学園生徒会長に質問を投げ掛けてみた。突然の質問に一瞬きょとんとする楯無だったが、すぐに首肯する。
「もちろんよ。一年生から三年生まで、全部ね。でも、どうしてそんなこと聞くの? 人探しでもしてる?」
「……まァ、そンなトコだ」
「ふーん……へぇ……。ね、ね、そのコの特徴とかわかる? 身長とか、髪色とか」
にやにや、という擬音がぴったりな笑みを浮かべながら、備え付けの清涼飲料水をくぴっ、と口に含む楯無。その目は『面白い玩具を見つけた子供』そのものだ。
それを半眼で捉えつつも、整備室で見た少女の特徴を楯無に伝えていく。
「身長は155くらいか。眼鏡で、内気そうなヤツだったな」
「ふむふむ」
ペットボトルを口につけたまま、斜め上に視線を向ける。恐らくは特徴が該当する人物を探しているのだろう。
「瞳は赤、髪色は水色。髪型は内側に巻いたセミロングだ」
「―――ブファッ!?」
突如、楯無が口に含んでいた飲み物を盛大に噴き出した。およそ女性が出してはいけないような奇声と共に。
空中を舞う水飛沫はどこか幻想的で、神秘的だった。蛍光灯の光を乱反射しキラキラと輝く数多の水滴は、あるいは霧となって、あるいは水滴のままで―――
―――向かいにいた一方通行に降り注いだ。
「―――なァに景気よく人に飲みもンぶち撒けてンだテメェェェエ!! ベッタベタじゃねェかこれどォすンだオイ!? 」
「ッゲホ、けほっ、えほ!? ちょっ、待って……変なとこ入った……!」
「クッソ……これもォ着替えるしかねェじゃねェか……!」
不意の出来事に、全く反応できないまま清涼飲料水(楯無の唾液入り)をモロに被ってしまった一方通行。楯無もかなりの美少女なので、その手の人間にはご褒美となり得るのだろうが生憎彼にとっては不幸な出来事だった。
未だにげほげほと咳き込む楯無を軽く睨んでから、びしょ濡れとなった服を洗濯カゴに放り込む。シャワーのノズルを捻り、熱めのお湯を頭から被った。
ふと、そこで彼は気が付いた。少女を見たときに感じた既視感の正体。どうりで見覚えがあるはずだった。
顔立ちがそっくりというわけではないし、雰囲気もあまり似ていない。というよりも、そもそも髪色や瞳の色で気付くべきだったのだが、あまりにも姉妹で雰囲気が違いすぎたので二人を結びつけられなかったのだ。
(そォだ、アイツか)
シャツを着替え部屋に戻ると、いつも通りの楯無―――ただし目元に涙が滲んで赤くなっていた―――が、彼と一緒に被害を被ったシーツを変え終わったところだった。
「ご、ごめんね透夜くん。おねーさん、ちょーっと不意討ちすぎて……あは、あははは」
「……、まァいい。で、オマエがなンで噴き出したのかは知らねェが―――オマエの妹だろ? ソイツ」
「……ええ、そうよ」
そう答えた楯無の瞳は、どこか憂いを孕んでいた。彼女と彼女の妹との間に何かがあったのは確実だろう。姉妹喧嘩か、もしくは御家の事情か。
どちらにしても、彼はそんなことを追及しない。する必要もないし、聞いたところで彼とは何ら関係もないのだから。
「何も訊かないの?」
「訊いて欲しいのかよ?」
「……ありがと、透夜くん」
困ったような笑顔を浮かべて、楯無はそう言った。
◆
数日が経ち、クラス対抗戦を来週に控えたある日の昼休み。今日も今日とて屋上で昼を済ませようと階段を上っていく一方通行だが、階段に響く足音は二つ。
「なンでついて来てンだ」
「あたしの行き先がたまたまアンタと一緒だってだけ。別にいいでしょ?」
「……どの口が言うンだっつの」
彼の隣にはツインテールの小柄な少女、鈴音の姿があった。
一方通行が食堂から出ようとしたときに丁度鉢合わせ、そのまま彼に鈴音がついてきたという構図だ。いつも食堂で昼食を摂っている鈴音にしては珍しく、おにぎりやパン等の軽食をビニールにぶら下げている。
一方通行としては煩くなければ別に何人いようと構わないのだが、鈴音という少女がそういった大人しいタイプではないことは十分知っている。だが、そんな理由だけで追い払えるはずはないし、そもそも追い払っても追い払えなさそうである。
あっという間の昼食を終え、缶コーヒーを傾ける一方通行と牛乳を三本ほど飲み干した鈴音。
「アンタさ。『あの日』、屋上に居たでしょ」
不意に、彼女がそう切り出した。
彼も、なんとなく聞かれるだろうとは思っていたので然程驚きも動揺もしなかった。
「……だったらなンだ?」
「……はぁ。やっぱり聞かれてたわけね……うっわぁ恥ずかしー……。透夜、アンタ絶対に言いふらしたりするんじゃないわよ? もしもそんなことしたら、ボッコボコにするからね!?」
「別にオマエの恋愛事情なンざ話すつもりも広める気も興味もねェっつの。そもそも俺が居ンのに気付かなかったオマエが悪ィだろ」
「う、うるさいわね! あの時は、そう、ちょっとだけ混乱してたからよ! 大体なんでアンタもあんな時間に屋上に居たワケ!?」
鈴音の尤もな質問だった。
彼女が一夏と一悶着起こしたあの日、彼が屋上に居合わせたのは全くの偶然だった。
昼休みに楯無から肉体言語での会話を終えて、午後の授業をサボり、そのまま春の陽気に当てられて熟睡してしまった一方通行。ふと気が付けば周囲は真っ暗、時刻を見れば午後八時。流石に戻るかと腰を上げた時、扉がバタンと勢いよく開き、涙を流した鈴音が飛び出してきたのだ。
この時、一方通行は屋上に出るための扉の逆側、間に踊り場を挟んだ位置で寝ていた。つまり、鈴音からは彼の姿が全く見えていなかった。
流石にこの時間帯ならば誰もいないはずだと高を括っていた鈴音は、そのまま泣きはらした。一方通行は鈴音の泣き声を聞き、見つかればまた厄介なことになるだろうと思いそのまま待機。しばらくして泣き止んだ鈴音が戻っていき、その後にようやく部屋に戻った、というのが一連の流れだ。
「呆れた。っていうかアンタ、授業サボって大丈夫なワケ?」
「あンなヌルい内容の授業なンざ受けなくても問題ねェよ。基礎中の基礎も良いところだぜ実際」
「へぇ、言うじゃない」
すっ、と鈴音の目が細くなる。
一方通行の物言いが嘘ではないことを感じると同時に、彼の実力がどれ程のものなのかを見極めるような視線だった。彼女にも代表候補生として譲れない部分があるのだろう。
「ま、アンタとはいつか戦うとして。……アンタ、あのバカの訓練してるんでしょ? だったらアイツに言っときなさい。『遺書でも書いとけ』ってね」
そう言って立ち上がると、鈴音は早足で扉から出ていく。
残されたのは、眉根を寄せて渋い顔をする一方通行。彼のその表情の理由は、怒り状態の鈴音に対抗できるようにどう一夏を鍛えるか悩んでいる―――ことではなく。
(面倒臭ェ……)
ただ単純に、鈴音と戦う未来がどうあっても避けられないということへの諦めと脱力感だった。
更新が遅れてしまい申し訳ございません。
オリジナル回は書くのが難しい、ハッキリわかんだね。
ようやく次回から戦闘です。
感想・評価を下さった方々、誠にありがとうございました。