Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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十一話

そして、その日がやってきた。

 

クラス対抗戦、第二アリーナ第一試合、織斑一夏VS凰鈴音。

 

どちらも専用機持ちの新入生であり、しかも一人は世界初の男性IS操縦者。アリーナの観客席は文字通り人で溢れかえっており、椅子に座れない者は立ってまで見ている有り様だった。それでも学園の全生徒を収容するには足りず、残った生徒は別室にてリアルタイムモニターでの観賞となっている。

 

そんな状態にもかかわらず、『生徒会長権限』で手に入れた一等級の席に腰掛ける二人の男女。

 

「いよいよね。透夜くんはどっちが勝つと思う?」

 

口元を扇子で隠しつつも、楽しそうに目元を細めながら宙に浮かぶ二機のISを見つめる楯無。それを横目でちらりと一瞥してから、彼女と同様にアリーナへと視線を向けた。

 

ハイパーセンサーだけを起動し、視線を鈴音が操る赤黒のISにフォーカスする。すぐに解析が行われ、機体のスペックが詳細に表示された。

 

―――甲龍(シェンロン)

 

名前から違うなにかを想像してしまわなくもない、中国の第三世代機である。そして、その機体の何よりの特徴は、

 

(衝撃砲……。また面倒臭ェモン積ンでやがるなアイツも)

 

衝撃砲。中国が開発した、重力操作装置を応用した空間圧作用兵器の名称である。大気に圧力をかけ砲身を生成、圧縮された砲身内部のエネルギーそのものを砲弾として撃ち出す第三世代兵装だ。

 

この武装の厄介な点は、撃ち出された砲弾は元より生成された砲身すらも透明であることから、弾道や弾角が非常に予測し辛いこと。よって、撃ち出された弾丸をハイパーセンサーが捉えるのを確認してからでは回避が間に合わないのだ。

 

「……戦術的優位性(タクティカルアドバンテージ)なら凰の方が上だな。雪片と衝撃砲じゃ相性最悪だ。零落白夜があるっつっても、当てられるとも限らねェし当たらないとも限らねェ。案外、勝負つかねェかもなァ」

 

「ほほう、どっちも勝たないってこと? じゃ、おねーさんもそれに一票入れちゃおうかな♪」

 

楽しそうに笑う楯無の言葉が終わると同時に、アリーナ上空で戦いの火蓋が切って落とされた―――

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

鳴り響く鈍い金属音。

 

試合開始の合図と同時に飛び出した俺と鈴は、其々の得物を手に真っ正面から鍔競り合った。鈴の鋭い眼光がすぐ近くで俺を捉えているのが見える。

 

「ふうん。初撃を防ぐなんてやるじゃない。けど―――」

 

鈴が振り回す異形の青竜刀から放たれるのは、縦横斜めと変幻自在に角度を変える斬撃の嵐。しかもそれをバトンのように回転させながら斬り込んでくるために、遠心力もプラスされて一撃一撃が重い。

 

(このままじゃマズい、一度距離を取らないと―――)

 

「甘いッ!」

 

瞬間、鈴の肩部分にある非固定浮遊部位の装甲ががぱっと開いた。内部が光り輝くのを見たのと同時に、そこから衝撃の弾丸が射出されるのをセンサーが捉えていた。

 

 

 

―――だが、俺には当たっていない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「危ねぇ……!」

 

もはや条件反射と化した回避行動を取ったお陰で、鈴の一撃は俺の装甲を捉えることなくアリーナの地面を抉った。ちらりと見てみれば、驚愕に目を見開いている鈴の姿が見える。

 

うん、いや、俺もまさか避けられるとは思ってなかったけど。訓練の成果ってやつだろう。……訓練、鈴科、銃弾、うっ、頭が……。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……よくあんな至近距離で回避できたわね。私でもちょっと無理なレベルよあれ。透夜くん一体どんな訓練したの?」

 

「あン?」

 

気だるそうに頭の後ろで手を組んでいた一方通行が、楯無の言葉に反応して顔をそちらに向けた。楯無は『神業』の扇子を広げて戦闘を注視しているが、その視線は真剣そのものだ。

 

それに倣って一方通行もアリーナ内に目を向ける。そこには、鈴音が放つ衝撃砲を避け続けている一夏の姿があった。そんな一夏の姿を見て、フンと鼻を鳴らす。

 

「……誰が訓練してやったと思ってンだ」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「これが訓練なのか?」

 

「そォだ。オマエはその演算式をひたすら解いてろ。その間に俺が適当に撃つ。それを避けろ」

 

「……それ、めちゃくちゃ難しくないか?」

 

「つべこべ言ってンじゃねェよぶっ飛ばすぞコラ。因みにだが、攻撃を避けられなくても問題を時間内に解けなくてもペナルティだ。―――やれねェなンざ言わせねェぞ織斑ァ」

 

(あ、これ死んだわ)

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

……思い出すだけで震えが止まらないぜ。もうマジで死ぬかと思ったもん。いや、おかげで反応速度が超上がったけどね!

 

「くっ、このっ! ちょこまかちょこまか……! いい加減当たんなさいよ一夏ぁ!!」

 

「悪いけどその頼みは聞けないね!」

 

鈴が衝撃砲を乱射するも、未だに一発も被弾していない。……すげえ、マジで当たらないんだな。やっぱり訓練頼んでおいてよかった。

 

聞くところによると、あの訓練は並列思考能力と危機察知能力の向上に効果のあるものらしい。なんのこっちゃ。

 

でも、効果が表れてるのがハッキリとわかる。今も鈴がどんな動きをして、何をしようとしているのかがわかる。それでいて、機体の制御も損なわれていない。けどそれだけじゃダメだ。

 

鈴が撃って俺が避ける、とどのつまりは千日手。均衡を崩す一手を打たなければ、王将()を取ることは出来ない。

 

今は逃げに徹しているから無事なものの、これでは勝てないだろう。実力では完全にあちらが上なのだから、こちらから攻めに転じなければ。

 

「鈴」

 

「なによ?」

 

「本気でいくからな」

 

雪片を正眼に構え直し、真剣に見つめる。俺の気概に押されたのか、鈴はなんだか曖昧な表情を浮かべた。

 

「な、なによ……そんなこと、当たり前じゃない……。とっ、とにかくっ、格の違いってのを見せてあげるわよ!」

 

鈴が両刃青竜刀を一回転させて構え直す。そして、両肩の衝撃砲が火を噴く―――

 

(ここだ!)

 

衝撃砲が発射される瞬間、スラスターを軽く噴かして射線から外れる。次弾が発射される前に最大出力で瞬時加速を敢行、一瞬で距離を潰しにかかる。

 

俺のすぐ真横を衝撃の弾丸が通過するが、意に介さずに肉薄する。そして、振りかぶった雪片が零落白夜を発動させ―――

 

 

 

 

ズドォォォォオオオンッ!!!

 

 

 

 

刃が鈴のシールドバリアーを切り裂く直前、強烈な衝撃がアリーナを揺さぶった。鈴の衝撃砲が地面を叩いたわけではない。威力が違いすぎる。

 

アリーナ中央で土煙を巻き上げている『それ』に視線を向ける。どうやら、さっきの衝撃は『それ』が落下してきたときのものらしい。

 

「な、なんだ? 何が起こって……」

 

『一夏、試合は中止よ! すぐにピットに戻って!』

 

真剣な鈴の声が飛んでくる。何を、と反論する前に白式のハイパーセンサーがアラートを飛ばした。

 

―――ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

 

「なっ―――」

 

アリーナの遮断シールドはISのシールドバリアーと同じ素材で作られている。つまり、乱入してきた機体はISのシールドを貫通するレベルの攻撃力を持っているということだ。そして、その機体は俺をロックオンしている。

 

『一夏、早く!』

 

「お前はどうするんだよ!?」

 

「あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げなさいよ!」

 

「逃げるって……女を置いてそんなことできるか!」

 

「アンタはただのIS操縦者! 軍属のあたしとは違ってこういうときには避難が最優先なのよ! ……それに、あたしも最後までやり合うつもりはないわよ。こんな非常事態、すぐに先生たちが出撃―――」

 

「あぶねぇっ!」

 

ギリギリのタイミングで、鈴の体を抱きかかえて回避することに成功。直後、光線が一瞬前まで俺たちがいた場所を薙ぎ払った。

 

「ビーム兵器かよ……。しかもセシリアのISよりも出力が上だ」

 

軽く解析した結果を見て戦慄する。あんなものまともに食らえばただではすまないだろう。

 

「ちょっ、ちょっと、馬鹿! 離しなさいよ!」

 

「お、おい、暴れるな。―――つか殴るな!」

 

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 

助けた相手にそれはないだろ!? あとシールドエネルギーが地味に減ってんだよマジで止めろバカ!

 

「だ、大体、どこ触って―――」

 

「! 来るぞ!」

 

もうもうと立ち込める土煙を切り裂くように、何本もの光線が放たれる。回避したその攻撃が観客席を覆うシールドに当たったのを見てドキリとしたが、幸い貫通はしていなかったようだ。やはりもっと高出力の別の武装があるのだろう。

 

そして、煙の中からゆっくりと姿を現したその機体を見た俺は思わず呻いた。

 

「……なんなんだ、あいつは……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、あれ……?」

 

楯無がそうぽつりと呟く。

 

その視線の先には、全身をくまなく分厚い装甲で覆った異形のISが浮かんでいた。あれが乱入者の正体であり、アリーナの遮断シールドを破壊した機体だ。

 

本来スマートな形状をしている一般的なISとは異なり、腕は太く長く、頭と胴体が繋がっている。さらに、顔までも装甲で覆われており、本来目がある場所にはセンサーレンズが不規則に並んでいるだけだった。

 

「とにかく、生徒たちの避難を誘導しましょう。透夜くんも手伝ってちょうだい!」

 

「チッ……」

 

いつもの飄々とした態度は全く消え失せ、凛とした立ち振舞いで生徒を誘導していく楯無。その姿は正に生徒会長に相応しいものを感じさせていた。

 

だが―――

 

「ちょっと……なんで!? なんで開かないの!?」

 

「開けて! ここから出してよ!」

 

「嘘でしょ……逃げられないの!?」

 

人だかりの所々で悲鳴が上がる。

 

後方で指示を出していた楯無と一方通行からは何が起こっているのかを確認することはできないが、何かしらの理由で扉が開かないようだ。原因を確認しにいこうとした楯無のプライベート・チャネルに通信が入った。

 

『更識、聞こえるか?』

 

『織斑先生。状況の報告をお願いします』

 

『恐らくはあのISの仕業だろうが、遮断シールドのレベルが4に設定されている。更に、アリーナから外部へと通じる連絡用通路の扉全てがハッキングを受けて閉鎖状態だ。そちらは?』

 

『一応、生徒の避難誘導を現場に居合わせた鈴科透夜くんと共に行っていますが……このままではパニックになるのも時間の問題でしょう』

 

『やはりな……。今、三年の精鋭たちがシステムクラックを実行中だ。シールドを解除でき次第すぐに部隊を突入させるがそれもいつになるかわからん。おまえたちはそのまま生徒たちの混乱を鎮静させろ』

 

『了解しました』

 

通信を終え、アリーナ内に視線を向ける楯無。そこには乱入者と戦闘を繰り広げる一夏と鈴音の姿があった。

 

ぎり、と歯噛みする。

 

本当ならば今すぐにでも飛び出していきたいところだが、遮断シールドがある以上こちらから手出しは出来ない。学園の生徒会長として、こういった緊急事態に何も出来ないことが歯痒かった。

 

だが、今はそんな個人の感情を優先するときではない。深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。心を平らに均し、感情を心の奥にしまい込んだ。有事の際に感情を昂らせても良いことはないのだから。

 

「嫌! 早く出して!」

 

「痛っ……ちょっと、押さないでよ!」

 

「もっと奥まで詰めれるでしょ!? 邪魔なの!」

 

しかし、冷静になった楯無とは反対に生徒たちの恐怖と焦りはどんどんと高まっていく。行き場を無くしたその感情は膨らみ続け―――やがて、集団パニックという形で爆発しするだろう。

 

(マズいわね……)

 

内心で舌を打つも、良い打開策が見つからない。何か、全員の注意を引き付ける方法があれば。そう、考えていた時だった。一人の一年生がふらふらとこちらに歩いてくる。焦りと不安に染まった視線は一方通行に向いており、一目で平静ではないと見てとれる。生徒は一方通行の側まで来ると、服をつかんで言い寄った。

 

「ね、ねえ、あなた、学年首席なんでしょ? な、なら、なんとかしてよ。どうにかしてあの扉開けてよ!!」

 

大多数の生徒たちに注意を向けていた楯無は、その生徒の行動に気付くのが遅れてしまった。そして、それが切欠となり―――

 

「そ、そうよ! 男なんだから、私たちの為に働きなさいよ!」

 

「専用機持ちなんでしょ!?」

 

「ど、どうせ今戦ってる男だってすぐに負けるわ! 早く私たちを逃がしなさい!」

 

一ヶ所で上がった感情の破裂は、あっという間に周囲に広がっていった。そして、『男だから』という理由によって、何の責任もない一方通行に詰め寄る生徒も複数見受けられる。女尊男卑の風潮に中てられている女性主義者の生徒たちだろう。

 

混乱が混乱を呼び、最早手のつけられない状況になろうかというとき―――

 

 

 

 

「―――いい加減にしなさい!!」

 

 

 

 

ぴしゃりと言い放たれたその一言で、恐慌状態に陥っていた生徒たちが水を打ったように静かになる。凛とした一喝を飛ばした楯無は、厳しい視線でぐるりと周囲を見渡した。

 

「女性が男性よりも偉い? だから助けなさい? 今はそんなくだらないことを言っている場合じゃないでしょう。非常事態が起きたからと言ってすぐにパニックになって、あまつさえ透夜くんに責任を押し付けようとするなんて、偉い偉くない以前に人間として間違っているわ」

 

正論だった。正論すぎて、返す言葉も出てこなかった。今さらに自分のやったことを思い出し顔を俯けるもの、気まずそうに顔を背けるもの、憎らしそうな視線で一方通行を睨むものと様々だったが、楯無はさらに続ける。

 

「それにね。今もこうして、私たちの為に戦ってくれている人がいるのよ? しかも一人は男性。それでもまだ、さっきと同じ言葉を叫べるのかしら」

 

閃光と爆音が轟くアリーナをちらりと見て、そう言った。

 

最早、誰も反論するものはいなかった。否、出来なかった。楯無の言葉には一分の隙も無い。完全に完璧に絶対的に、正しいのは彼女だった。

 

あれだけ騒がしかった観客席が、まるでお通夜のように静まりかえる。気まずい沈黙が流れるなか、その静寂を最初に破ったのは、意外な人物だった。

 

「……ったくよォ」

 

ガシガシと頭を乱暴に掻き、スタスタと歩き出した一方通行。彼の通る道を開けるように、人混みが二つに割れる。

 

「透夜くん? 何を……」

 

楯無の問いかけに、ぴたりと立ち止まる。そして、首だけ振り返ると心底面倒臭そうな表情を浮かべてこう言った。

 

「―――サービスだよ、クソったれ」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

肉薄した状態で雪片を振るうが、その斬撃は虚しく宙を切った。これで四回目のチャンスを逃したことになる。

 

「一夏っ、馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ!」

 

「やってるっつーの!」

 

ISはハイパーセンサーがあるので死角という死角は存在しないが、やはり後ろからの攻撃には反応しづらいものだ。だというのに、このISはまるで後ろに目があるかの如く攻撃を回避していく。

 

だが―――何か、おかしい。

 

俺の攻撃を避けたその後の行動が、必ず同じなのだ。高速回転しながら突っ込んできて、両腕からビームを乱射する。今までの三回も全てそうだ。

 

四回目のその反撃をかわしながら、そんなことを考える。戦闘中だというのにこんなことを考えられるのもひとえに鈴科との訓練の賜物だろう。

 

「まったく……なんで回避スキルだけそんなに熟達してるわけアンタ?」

 

「いやぁ、なんで……なんでだ?」

 

「あたしに聞くな!」

 

呆れたような鈴の言葉に、自分でも首を傾げたくなる。今までの戦闘で未だに被弾回数どころか掠めもしておらず、シールドエネルギー減少はゼロ。とはいえ、零落白夜の使用によってそれもかなりの数値まで減ってしまっている。

 

「……鈴、あとエネルギーはどのくらい残ってる?」

 

「180ってところね。アンタは?」

 

「230くらいかな」

 

「お、多いわね。なんであたしより高いのよ」

 

訓練の賜物だろう。

 

「ところで鈴。さっきから思ってることなんだが……あのIS、行動パターンが固定されてないか?」

 

「……そう言われてみれば、そうね。一夏の攻撃を避けたら必ず回転攻撃、あたしが砲撃すればビームの乱射で反撃。しかもあたしたちが会話してるときは攻撃してこない……」

 

固定された動き。機械じみた動作。そして人間ではできない動き。考えられる可能性は―――

 

「……無人機体……?」

 

鈴がぽつりと呟く。

 

「やっぱ、そう思うか?」

 

「うん……でも、無人機なんてあり得ないわ。ISは人が乗らなきゃ起動しないもの」

 

「確かにそう知られてる。でも、そう決められているわけじゃない。仮に、もし仮に無人機なら、勝てる可能性はある」

 

俺がそう言うと、鈴がまじまじと俺の顔を見つめてくる。なんだ? なにかついてるのか?

 

自分の顔をISのデカイ手で器用にまさぐる俺に、鈴は何かを懐かしむような表情で口を開いた。

 

「……アンタ、なんていうか変わんないわね、ホント。昔っから無茶な事でも『大丈夫!』だとか言って。―――で、本当に成功させちゃうんだからさ。なら、今回も必ず成功させなさいよ」

 

「……おう! 任せとけ!」

 

「で? あたしは何をすればいいワケ?」

 

そう言って、鈴は獰猛な笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「すごい……」

 

生徒の誰かがそう呟いた。

 

それは私も、そして今ここにいる生徒全員もきっと同じ気持ちだろう。目の前で起こっている光景が、まるで映画のように思えてくる。

 

システムクラック用に、学園のセキュリティシステムにアクセスしてあるホロキーボードを叩く透夜くん。ただし、そのスピードがあまりにも異常だった。つい先程までそのキーボードを叩いていた整備科のエース、薫子ちゃんも目を丸くして驚いている。

 

「た、たっちゃん。鈴科くんて、何者……?」

 

「……私にもわからないわよ」

 

思わず『不明』の扇子を広げて苦々しげに返す。IS操縦技術が高いことは入試の成績を見て知ってる。でも、プログラミングにまで精通しているなんて聞いてないわ……。

 

薫子ちゃんよりも何倍も早く何倍も的確な操作でシステムの奥底へと入り込み、何重にもかけられたカウンタープロテクトを易々と突破していく。

 

多数の生徒が固唾を飲んで見守る中、躍っていた指が不意にピタリと止まった。彼が息を吐いた音が聞こえる。

 

 

 

「―――終わったぜ」

 

 

 

バシュンと、今の今まで固く閉ざされていた扉がその向こう側の景色をさらけ出した。

 

―――早い。彼が作業に取りかかってから一分も経っていない。薫子ちゃんたちが数人がかりで挑んでも解除できなかったあの厳重なプロテクトをたった一人で……。

 

呆気にとられている私たちを置いて、本校舎へ避難していく生徒たちを冷めた目で眺める透夜くん。その姿には余裕すらも感じられる。

 

「あの……あ、あのっ! ……ありがとう」

 

「助かったわ! ありがとね!」

 

「ありがと。お、お礼はちゃんと言えるし!」

 

Спасибо(スパスィーバ)

 

去り際に感謝の言葉を述べていく生徒たちもいたが、彼は億劫そうに手を振ってそれを制した。ともあれ、彼のお陰で生徒たちの安全は確保できたわけだ。

 

「ありがとう、透夜くん」

 

「いらねェよ。っつーか―――」

 

そろそろ終わンぞ、と。

 

アリーナを眺めてそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「じゃあ、いくぞ鈴」

 

「了解。いつでもいいわよ」

 

短くアイコンタクトをして、頷き合う。

 

突撃姿勢に移行してスラスターを開こうとした瞬間、アリーナのスピーカーから大声が響いた。

 

「一夏ぁっ!」

 

キーン……と尾を引くハウリング。聞き慣れたその声は、ピットにいるはずだった箒のものだ。でもそれが館内放送のスピーカーから聞こえてくるということは……

 

「……うわぁ……」

 

中継室にハイパーセンサーをフォーカスした俺は思わず呻いていた。本来そこで実況を行うはずだった審判とナレーターが床に倒れており、箒がマイクを奪っているようだ。

 

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

再びの大声。だが、センサーを通じて聞こえるその声は、不安と怒りと焦りをない交ぜにしたような不思議なものだった。

 

「…………」

 

―――まずい!

 

今の館内放送で、敵ISが新たな熱源反応―――つまり、箒を認識してしまった。センサーレンズをそちらに向けて、じっと観察している。オートフォーカスらしき、キュイキュイという機械音が妙に大きく感じられる。

 

言って間に合うわけはない。そもそも箒が素直に言うことを聞いてくれるとは思えないし……。考えている時間なんてない!

 

「鈴! やれ!」

 

「了解!」

 

両腕を下げ、肩を押し出すようにして衝撃砲を構える鈴。反動で機体が吹き飛ばないようにするための力場展開翼が後部に広がった。そして俺は、その射線上に身を躍らせる。

 

「ちょっ!? なにしてんのよアンタ! 」

 

「いいからやれ!」

 

「でも、アンタ―――ああもう! どうなっても……知らないわよッ!!」

 

爆音と共に、鈴が最大出力の衝撃砲をぶっ放した。衝撃の弾丸が俺の背中を叩く直前に『瞬時加速』を発動させる。

 

瞬時加速の原理は、スラスターからエネルギーを放出しそれを一度取り込んで圧縮。そのエネルギーを再びスラスターから吐き出し、その際に得られる慣性エネルギーを利用して加速力を得る。

 

ということは、取り込むエネルギーは別に自機のものだけでなくてもいいのだ。そして、使用するエネルギーが多ければ多いほど瞬時加速の出力は上がる!

 

莫大なエネルギーの塊が背中に直撃し、息が詰まる。体が悲鳴を上げるのを無視して―――俺は、音速の壁をぶち破った。

 

「うぉぉぉぉッ!」

 

雪片弐型から溢れだす、青白く輝くエネルギーの燐光。刀が冠する『雪片』の名の如く、美しい輝きを湛える一振りの光刃と化す。

 

コンマの世界で肉薄した俺は、すれ違い様に一閃。敵ISの右腕を肩口から斬り飛ばした。そこから覗くのは骨や筋繊維の詰まった赤黒い人間の腕―――ではなく、何本も束ねられたケーブル。やはり、無人機だ。

 

ガリガリガリガリッ!! と地面を削り取りながら強制的に機体を反転させる。相手を視界に収めた時には、こちらを向いた敵ISが残った左腕を最大出力形態に移行させてビームを放っているところだった。

 

 

 

―――あれが当たったら、間違いなく、終わりだ。

 

 

 

ゆっくりになっていく視界の中、鈴の悲鳴じみた声が回線を通じて聞こえてくる。そんな時に思い出したのは、幼馴染みの顔ではなく、唯一の肉親である千冬姉の顔―――でもなく。

 

訓練の時、鈴科に言われた言葉だった。

 

 

 

 

 

『―――エネルギーの集合体であるシールドバリアーを無効化できるって事ァ、エネルギーライフルとかも例外じゃねェ。攻撃をソレで無効化することだって出来るハズだ』

 

 

 

 

 

 

 

「―――おおおおおおおおああァァァァァァああああッ!!」

 

思考する暇すらもなく、反射的に零落白夜を発動。迫り来る極大の光線を逆袈裟に薙ぎ払った。

 

青白く発光する刀身に触れた瞬間、嘘のように霧散していく光線。粒子となって舞い踊る光の残滓のその向こうに、倒すべく敵の姿だけが大きく広がった。

 

残り僅かとなったエネルギーを振り絞って、三度音速の世界へと飛び込む。

 

「ぁぁぁぁあああぁぁあああッ!!」

 

最早咆哮なのか絶叫なのかわからない声を張り上げて、雪片弐型を振り切った。硬い装甲を切り裂く感触を感じると同時に、速度を制御しきれずに外壁に直撃する。

 

揺れる視界の中、上半身と下半身に分断された敵のISがハッキリと見えた。

 

「……、はは……」

 

力なく笑いが漏れた。

 

今さらに、自分がどれだけ無茶なことを仕出かしたのかを思い出して膝が笑っている。瓦礫の山に沈んでいる状態の俺と白式だが、シールドエネルギーはもう展開状態を維持できるギリギリの数値しか残っていない。まさに、危機一髪というやつだ。

 

「一夏っ! 無事!?」

 

「おう、なんとか」

 

「―――っ、この馬鹿っ! 一人であんな無茶なことして……!」

 

急いで近づいてきた鈴に怒られた。けど、その表情は泣きそうなのを堪えて無理矢理怒っているような、そんな感じだった。あぁ、心配してくれてありがとよ。

 

「……まぁ、いいか。とにかくお前らが無事で良かっ―――」

 

 

 

 

 

 

 

ズドォォォォォオオオオンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

地面が、揺れる。

 

巻き起こる土煙。

 

そして、視界に表示されたその通告。

 

 

 

 

 

 

 

―――ステージ中央に熱源四。所属不明のISと断定。ロックされています。

 

 

 

 

 

「嘘、だろ……」

 

 

 

 

 

 

 


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