Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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十二話

「あ……っ、新たな熱源反応を感知! 総数四! 場所は―――アリーナ中央ですッ!」

 

「なんだと……!?」

 

アリーナのコントロールルームに、真耶の切羽詰まった声が響いた。そして、普段は絶対に慌てることのない冷静沈着な千冬の、苛立ちを含んだ焦りの声。

 

「織斑くんが撃墜したものと同型のISです! 遮断シールドのレベルは未だ4、加えて連絡用通路へ続く扉が再びハッキングを受けロックされました!」

 

一夏と鈴が全霊を以てようやく倒しきれた無人機。文字通り満身創痍となって打倒したそれが、更に四機も追加された。一夏のエネルギーはもう一桁、鈴も残っているエネルギーは戦闘など到底無理な数値だ。

 

こんな状態で先程のビームを斉射でもされれば、間違いなく二人は物言わぬ屍と成り果てるだろう。エネルギーがなければISは動かない。絶対防御も発動しない。助けに入ろうにも、遮断シールドのクラッキングは未だ終わる様相を見せない。

 

現状、コントロールルームにいる千冬たちから手出しすることは不可能だ。―――ならば、手出しの出来る人間を動かせばいい。瞬時に判断を下した千冬は、再びプライベート・チャネルを開く。

 

『更識、緊急事態だ。そちらから遮断シールドをどうにかして破れないか?』

 

『……、無理でしょう。私のISの火力では、とっておきを使ったとしてもレベル4まで引き上げられたシールドを破壊することは……』

 

楯無が一瞬考える気配を見せて、やがて諦めたようにそう告げた。千冬の表情が凍る。視線が向く先はモニターに写し出されている、今なお瓦礫の山に沈んでいる最愛の弟。シールドエネルギーがほぼ尽きている状態では、実体装甲が少ないISはただの金属塊だ。

 

(一夏……!)

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

(これは……本格的にマズいわね)

 

普段はその性格で他人をからかっている楯無の顔から、余裕という二文字が完璧に消え去った。当然だろう、自分の目の前で人が死ぬかもしれないというときに顔色ひとつ変えない人間がいたら、そいつは人間として大切なナニカが欠けてしまっている。

 

楯無も専用機を持っているものの、彼女の機体は攻撃特化のパワータイプではない。高火力の兵装もあるにはあるが、どちらかといえばテクニックタイプに分類されるものだ。仮に遮断シールドを突破するほどの威力を出せたとしても、恐らくガス欠で戦闘はできない。

 

学園の専用機持ちを緊急出撃(スクランブル)させるか?

 

―――連絡用通路が使えない状態では扉を破壊してこちらに来るしかない。だがそれでは本校舎の生徒たちに被害が及ぶ可能性がある。そもそも、彼女たちでもレベル4の遮断シールドを突破するほどの火力があるかどうか。

 

(……諦めるもんですか。何か、何か手は―――)

 

躍起になって解決の糸口を探す楯無。そうこうしている内にも敵ISが一夏たちを捕捉して攻撃に移ってしまうだろう。楯無を含む、この光景を見ている人間が焦りと絶望を表情に滲ませる中。

 

一人だけ、変わらず冷めた目線でアリーナを眺める人間がいた。

 

一方通行だ。

 

先程、気まぐれで扉のロックを解除したが、一夏や鈴音が危険にさらされても助けにいこうとは思わなかった。錆び付いて動かなくなった彼の心は、知り合って一月程度の人間が死のうが特に思うことはなかった。

 

彼からした一夏の認識は、『男でISを動かすことができる、織斑千冬の弟』程度のもの。それだけで彼が一夏を救いに行く理由にはならないからだ。

 

基本、一方通行は自ら他人と関わろうとはしない。今までもそうであったし、束や千冬、楯無と出会って多少改善されようとも、そう簡単に変われるものではない。人との繋がりが深ければ深くなるほど、失った時のショックは大きくなるのだ。それを知っているからこそ、彼は深くまで人を知ろうとはしなかった。

 

模擬戦の相手になったセシリアも、訓練に付き合った一夏にしても、妙な所で出会う鈴音にしても、一方通行に『友情』『愛情』といった感情は生まれていない。その程度の浅い関係だから、一夏が無惨に殺されようと鈴音が息の根を止められようと知ったことではない。

 

 

 

 

 

 

 

―――そのはず、だった。

 

 

 

 

 

 

 

『一夏たちが死んでも関係はない』と、頭の中で考える。瞬間、胸の辺りがチクリと痛む。何か攻撃を受けたわけではない。病を患っているわけでもない。

 

(……だったらなンだってンだ、この胸の痛みは?)

 

何か見えない糸で心臓を縛られているような感覚。決して激しいわけではないのに、言い様のない苦しさがあった。もう一度、アリーナを眺める。チクリと痛む胸。

 

彼自身、その痛みの名前はわからない。が、痛みの理由はなんとなくだが理解することはできた。

 

―――例え浅い関係だとしても、出会って一月程度の関係だとしても。

 

 

 

『一方通行』という人間を、『学園都市最強の超能力者』ではなく、『一方通行』という一個人として見てくれている、そんな彼等を失いたくはないからだと。そう、心のどこかで思っているからだと。

 

 

 

だから、一方通行は胸を痛める。

 

自らを化物と呼んで蔑もうと、心を閉ざして周囲を拒絶しようとも。例えそうしたところで、絶対不変のその事実は覆ることはない。

 

 

 

 

彼は、どうしようもなく『人間』なのだから。

 

 

 

 

「くっだらねェ……」

 

自嘲気味にそう呟く。

 

一度人と関わることを諦めておきながら、今更人との繋がりを失いたくありませんなどと、自分勝手にもほどがある。だが、その自分勝手を咎める者などここにはいない。彼は、彼の思うがままに考え決めて動けばいいのだ。

 

一方通行は、初めて出来た小さな繋がりを消したくはない。ならばどうする? 目の前でそれが消えようとしているのならば、自分はどうすべきだ? 何をすればいい? 何が出来る?

 

答えなど、わかりきっていることだろう。

 

小さく舌打ちをする。そして、その赤い瞳を再びアリーナに向ける。刹那―――光が、彼の体を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

乱入した無人機たちを呆然と見つめる一夏。一機を墜とすだけでもボロボロになったというのに、それが更に四機も追加されたのだ、悪い夢としか思えなかった。

 

其々の機体が、腕部分に搭載された砲口計八基十六門全てをこちらに向ける。もう、それらを避けきることができるエネルギーなど残ってはいない。恐らく自らを覆っている瓦礫から脱するだけで、白式はその機能を停止させるだろう。

 

詰み、というやつだ。

 

死の淵に立ち、一夏の時間の流れが急速に落ちていく。無人機の一挙手一投足がはっきりと見える。ああ、俺死ぬのか、などと何処か他人事のように思考が浮かんでは消えていく。

 

すぐそばにいる鈴音が急いで引っ張り出してくれようとしているのがわかる。が、一夏が引きずり出されるよりも無人機のほうが早いだろう。

 

そんな一夏の心情など知るよしもない無人機たちは、無情に無慈悲に攻撃を開始し―――

 

 

 

 

 

ドガッシャァァァァァァァァアアアアッ!!

 

 

 

 

 

 

轟音が炸裂した。

 

無人機の光線が一夏たちをバラバラに破壊した音―――ではない。

 

今まさに放たれようとしていた光線は、突然の衝撃と轟音によって無人機の注意が逸れ辛うじて止まっている。しかし、死にそうな状況なのは依然変わらない。

 

「一夏! 無事っ!?」

 

無人機の攻撃が止まった隙を突いて、鈴音が一夏を瓦礫から助け出した。その瞬間、白式が量子へと還る。まさに間一髪だった。

 

「な、なんとか。一体何が起きたんだ?」

 

「わかんない。でも……」

 

そこで言葉を切り、巻き上がった土煙の中心に視線を送る鈴音。恐らくハイパーセンサーで状況を把握しようとしているのだろうが、ISを纏っていない一夏は土煙のせいで情報が得られない。しかし―――

 

ビュオッ! と突如風が吹き荒れ、土煙が吹き飛ばされた。視界を遮るものがなくなり、一夏の目にも『それ』が映る。

 

 

 

 

 

 

「―――俺が潰す。オマエはアイツらを連れて下がってろ」

 

陽光を反射し妖しく煌めく、濡羽色の漆黒のIS。

 

 

 

 

 

 

 

「―――悪いわね。生徒会長として譲れないものもあるのよ」

 

幻想的で神秘的な輝きを放つ、水流を纏う水色のIS。

 

 

 

 

 

それを纏うは、赤き瞳を其々の感情で染め上げた学園都市最強(一方通行)IS学園最強(更識楯無)

 

 

 

 

 

乱入した四機の無人機は、僅か三分で全滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――はい、終わったわよ」

 

その声に、俺は横たえていた体を起こした。

 

現在俺が着ているのは学園の制服ではなく、ISスーツでもなく、病院患者が着るような薄緑色のアレ。それを着た状態で、CTスキャンのような機械を通ったところだった。

 

「目立った外傷はなし。体内に異常もないわ。無茶な動きをした反動で体が参っているでしょうけど、一日休めば治るからしっかり休むこと。いいわね?」

 

赤と青のコントラストが目を引く奇抜な服を着たIS学園保険医、八意永琳先生はカルテらしき紙に目を落としながらそう言った。なんでも、八意先生に治せない病や傷はないらしい。たとえ死にかけでも、明日にはケロッとしているんだとかなんとか。

 

……いや、それもう魔術かなんかだろ。死にかけて学園の保健室に運び込まれるなんていう事態にならないことを切に願うばかりだ。

 

俺がここで検査を受けているのは、無人機との戦いでISが強制解除され生身の体を晒したからだ。ISがあれば操縦者が傷つくことはないが、零落白夜と瞬時加速を連発で使用した上に無茶な切り返し、おまけにアリーナ内壁にまで突っ込んだのだ。

 

そんなことをすればエネルギー切れになるのは当然で、鈴が瓦礫から引っ張り出してくれた直後に白式が待機状態に戻ってしまったのだ。彼女が助けてくれなかったらと思うと背筋が凍る。

 

「ありがとうございました。じゃあ、俺はこれで」

 

「ええ、お大事にね」

 

制服に着替え、圧縮空気の抜ける音を背にして保健室を後にする。すると、扉のすぐそばに誰かが立っているのに気が付いた……、って。

 

「鈴?」

 

「あ、一夏……」

 

ほっとしたような表情を浮かべる鈴。なんだろう、心配してくれたんだろうか。それなら嬉しいけど、『元気そうだしまだ勝負ついてないから今から戦いなさい』とか言われたら流石に逃げるぞ俺。

 

しかし、そんな思考とは逆に彼女が放った言葉は俺の身を案ずるものだった。

 

「体、大丈夫? 怪我とかないよね?」

 

「ああ。疲労が溜まってるだけだから、一日休めばオッケーだってさ」

 

「そう、なんだ。よかった」

 

そう言って笑顔を浮かべる鈴。……失礼な事を考えた数秒前の俺を全力で殴ってやりたい。割と本気で。

 

他の生徒は寮に戻って部屋から出ないように学園から言い渡されているので、廊下には俺と鈴の二人だけ。人気のない廊下を、既に沈みかけている夕陽がオレンジ色に染め上げている。

 

暫し無言で歩いていたが、ふと思い出して立ち止まる。そして、彼女の翡翠色の瞳をしっかりと見詰めて口を開いた。

 

「鈴、その……なんだ。悪かった。色々と。すまん」

 

自分が悪いことをしたという自覚はあるので、どうしても謝らなくては気がすまない。それに、些細なことで今までの関係をぶち壊しにしたくはない。

 

俺の謝罪を受けて一瞬面食らったような顔をしたが、それもすぐに消えて代わりに苦笑が浮かんだ。

 

「それはもういいわよ。それに……三年も前のことなんてそうそう覚えてられないだろうしね」

 

「すまん……記憶力に自信はあるんだが―――あ。今思い出した。正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だったか。で、どうよ? 上達したのか?」

 

「え、あ、う……」

 

なぜかしどろもどろになりうつむく鈴。その頬が赤く見えるのは夕陽に照らされているせいだろうか。

 

「……なあ、ふと思ったんだけどさ。その約束ってもしかして違う意味なのか? 俺はてっきりタダメシを食わせてくれるとばっかり―――」

 

「ち、違わない! 違わないわよ!? ほら、誰かに食べてもらうと料理が上達するって言うじゃない!? だから、そう、だから!」

 

「お、おう。そうか」

 

「そうよ!」

 

何故か必死になっている鈴は、何かをごまかそうとしているように見えなくもない。でもまあ、本人が避けようとしている話題を態々掘り返すこともなかろう。

 

……そうだ、気になっていることがあったんだ。

 

「こっちに戻ってきたってことは、またお店やるんだろ? 鈴の親父さんの料理、うまいもんな。また食べたいぜ」

 

「あ……。その、お店は……しないんだ」

 

「え? なんでだ?」

 

「……あたしの両親、離婚しちゃったから……さ」

 

目を伏せて小さく呟いた鈴を見て、俺は激しく後悔した。くそ、こんなこと軽々しく訊くんじゃなかった。

 

「あたしが国に帰ることになったのも、そのせいなんだよね」

 

「……そう、だったのか」

 

思えば、国に帰ると俺たちに伝えた頃の鈴はかなり不安定だった。何かを隠すように明るく振る舞うことが多く、俺と五反田でその理由について話し合ったこともあった。

 

考えが浅すぎたんだ……いつも元気な鈴があんなになっていたんだから、精神的にかなり大きなショックを受けたことなんて想像できるだろう。けど、当時の俺は『俺たちや友達と別れるのが辛い』ぐらいにしか思い至らなかった。

 

「一応、母さんの方の親権なのよ。ほら、今ってどこでも女の方が立場が上だし、待遇もいいしね。だから―――」

 

明るく振る舞おうとしている鈴の言葉が終わる前に、俺は彼女の頭にそっと手を置いた。そのまま優しく撫でてやる。さらりとした髪の毛が指の間を流れ、ほんのりと体温が伝わってくる。

 

「一夏……?」

 

「鈴、おまえまた我慢してんだろ? 国家代表候補生っつー役職柄、弱いところとかは見せらんないんだろうけどさ、俺の前まで強がらなくたっていいだろ。なんせ俺たちは―――」

 

「あ、あたしたちはっ?」

 

「―――幼馴染みなんだから」

 

「…………、」

 

こいつは昔からそうだが、自分が困っていても他人をあまり頼ろうとしない。そのくせ周囲にはいつもと変わらないように振る舞って、自分一人で解決しようとする。だから、その負担を少しでも担ってやれれば……。

 

俺の言葉に、鈴は一瞬期待するような表情になり、一転むっすーっとした表情になった。あれ? なんで?

 

「……ふん。……一夏のくせに、生意気なのよ」

 

そう言った直後、ぼす、と胸に軽い衝撃。俺の胸に頭を預けた状態のまま、鈴は小さく呟いた。

 

「……少しだけ。少しだけでいいから、このままでいさせて」

 

「……おう」

 

夕陽は既に沈み、静かな夜が学園を包もうとしていた―――

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

学園の地下五十メートル。レベル4権限を持つ人間しか立ち入ることのできない隠されたその空間に、千冬はいた。

 

「…………」

 

無表情で彼女が眺めるディスプレイには、先程の戦闘記録映像が映し出されている。乱入した無人機たちと戦う楯無と一方通行、そこの部分を何度も何度も見返していた。

 

一夏が最初の無人機を破壊し、そこから四機が乱入。一夏に攻撃を加えようとしたところで、更に一方通行と楯無が遮断シールドをぶち破って乱入(・・・・・・・・・・・・・・)。一夏と鈴音をかばう形で戦闘を開始した。レベル4の遮断シールドを突破したことも相当の驚きだが、本当に驚愕すべきはここからなのだ。

 

動きを見せた一方通行たちに無人機の光線が襲い掛かる。楯無は素早く避けたが、一方通行はそこに悠然と佇んだまま。迫り来る無数の光線が直撃するという寸前で―――光線が跳ね返った(・・・・・・・・)

 

まるで見えない壁があるかのように、一方通行の眼前で逆方向へと跳ね返される無人機の攻撃。何本かはあらぬ方向へと逸れたが、大部分はそのまま軌道をなぞるようにして射手である無人機たちに牙を剥いた。

 

その後スラスターを噴かして突っ込んでいき、まるで弄ぶように無人機を破壊している。楯無と一方通行が破壊した機体は全て原型を留めておらず、一夏が倒した機体が辛うじて解析可能というレベルだ。

 

そこで映像を停止させ、巻き戻して再び最初から。そのサイクルを千冬はかれこれ二時間続けている。彼女の冷たい瞳が見ているのは無人機なのか、それとも一方通行なのか―――

 

「織斑先生?」

 

割り込みでディスプレイに開いたウィンドウ。そこにはブック型端末を持った真耶が映っていた。千冬が一言応じると閉ざされていたドアが開き、いつもより四割ほどきびきびとした動作で入室する。

 

「あのISの解析結果が出ましたよ」

 

「ああ。どうだった?」

 

「はい、あれは―――無人機です。織斑くんが撃墜したものからの生体反応は全くのゼロ。同じく残りの四機からも反応はなかったので無人機と断定してよさそうです」

 

遠隔操作(リモート・コントロール)独立稼働(スタンド・アローン)。搭載した機体など世界中を探しても見つからないし、そもそも机上の空論レベルであるはずのそれが、乱入したIS全てに使われている。学園関係者全員に箝口令が敷かれたことからも、それがどれ程の事態なのかは察することができるだろう。

 

「織斑くんの最後の攻撃で機能中枢が焼き切れていたため、駆動方法は解析できませんでした。修復の見込みもゼロとのことです」

 

「コアはどうだった?」

 

「……それが、登録されていないコアでした」

 

「そうか」

 

やはりな、と続けた千冬に、真耶は怪訝そうな顔をする。467個あるコアの、あるはずのない468個目以降。それがあのISに使われていたと、千冬は予想していたのか?

 

「何か心当たりがあるんですか?」

 

「……ない、と言えば嘘になる。だが、そうと言い切れる根拠もない……か」

 

「それは、どういう……?」

 

「なに、いずれ分かるさ」

 

そう言って千冬は視線をディスプレイに戻す。

 

白髪の少年が無人機を蹂躙する映像を見て、すうっと瞳を細める。その貌はかつての世界最強、その威光を確かに宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

同じような扉を幾つも通りすぎ、見慣れた数字の部屋の前で立ち止まる。鍵をあけて中に入り、後ろ手にそっとドアを閉めた。一方通行の息遣いだけが響く静かな室内は、同居人の少女がいないせいか広く感じられる。

 

電気は点けず、窓際に据えられたベッドにどさりと寝転ぶ。ぼんやりとした西陽の残光が窓から差し込み、微かに部屋を照らしていた。それを横目に眺めながら、一方通行はつらつらと思考する。

 

考えるのは、今日の出来事。

 

明確な意思を持って他人のために動いたのは、これが初めてだった。

 

今まで壊すことしか知らなかった自分が他人を救ったという事実は酷く現実味のないものだったし、普段の価値観からして最も遠い行動だと自分でも思う。

 

仮に今の一方通行を、彼の人となりを知っている学園都市の研究者たちが見れば、幻覚を見たとか、この一方通行は偽物だとか騒ぐかもしれない。それほどまでに、彼が取った行動は彼らしくないものだった。

 

しかし、一方通行は『自分を自分として見てくれる存在』を失いたくなかっただけであって、それが『織斑一夏』である必要はない。他人を助ける動機としてはあまりにも歪んでいる。

 

 

 

―――自分のために他人を救う。

 

 

 

それは、突き詰めればどこまでも利己的な、損得勘定の上に成り立つ偽りの正義。

 

しかし、そこにほんの一欠片でも正義が存在しているというのならば。

 

今まで一度も手にすることのなかったその二文字を、一方通行が手に入れたというのなら―――彼が変わり始めているという証拠に他ならない。

 

漸く手に入れることができた小さな小さな変化だが、一方通行にとっては大きな大きな変化。他人からの情が彼を変えたというのなら、いつか自分が情を持ったとき、果たしてどれ程の変化が訪れるというのだろうか?

 

目を閉じ、ゆっくりと息を吐き出す。

 

(……悪くねェな)

 

ISを装備して暴れ回ったからだろうか、疲労の溜まった体から力を抜く。程なくして訪れた優しい微睡みの中、胸に生まれた小さな暖かさを感じながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(人の為に動くっつーのも―――まァ、悪くはねェ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思う。

 

 

 




大変お待たせいたしました。
一月もの間待ち続けて下さった読者の皆様、誠に申し訳ありませんでした!
スランプ気味の中書き上げたので、おかしな点や文章の違和感など、ご指摘やご意見がありましたら遠慮せずに言ってください。
重ね重ねご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした。今後とも本作品をよろしくお願いいたします。

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