Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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十三話

無人機襲来事件―――少なくともそれを知る人間はそう呼んでいる―――より、二週間ほどが経過した六月頭の日曜日。

 

IS学園からモノレールを乗り継いで数分、駅前と呼ばれ親しまれている繁華街。日曜と言うこともあって人通りも多く、がやがやとした喧騒が耳を打つ。

 

しかし、それもメインストリートに目を向けたときのこと。脇道に逸れれば人の数も一気に減り、華やかな店や派手な装飾は消え、代わりに怪しげな店や隠れた名店といったものがちらほら窺える。

 

そんな、雑踏から切り離された路地裏を一方通行は一人歩いていた。

 

いつもの何の改装も施していないIS学園男子用制服ではなく、黒のズボンに同色の長袖シャツ、灰色の薄いフード付きパーカーという随分とラフな格好だった。

 

世間的に有名なIS学園、そこの制服を着ていれば一目で注目の的になってしまうし、二人しかいない男性操縦者、加えて白髪赤目のアルビノとくれば間違いなく視線の嵐に晒されてしまうだろう。

 

そもそも、一方通行は基本外出を好まない。

 

目立ちたくないのも山々だがそれ以前の問題として、食事ならば寮の食堂でとればいいし生活用品も学園の購買で大抵揃う。ショッピングやレジャーなどといった娯楽には一切興味など無いので、言ってしまえばIS学園から出る必要がないのだ。

 

―――では何故、そんな一方通行が態々人通りの多い場所まで出張ってきたのか。

 

薄暗い裏路地を幾度か曲がり、更に奥まった場所にひっそりと佇む一件の店。その前で立ち止まった一方通行が見上げた先、やけに味のある看板の文字は『ダイシー・カフェ』と読める。

 

カランというドアベルの音に続いて、チョコレート色の肌をした巨漢の店主がいらっしゃい、と穏やかなバリトンで迎えた。

 

店内には他の客も数人いるが、大体は高校生らしい。裏通りのこの店まで来るということは中々いい店ということなのだろうが、生憎と今日はコーヒーを味わいに来たわけではないのだ。ゲームの話で盛り上がっている側を通り抜け、店の隅、ひっそりと置かれた丸テーブルに座る少女の元へと向かう。

 

こっ、と床板を踏む靴音に気付いたのか、こちらに目を向ける少女。しかし、その目は閉ざされたまま開かない。だというのに、しっかりと一方通行の存在を認識しているようだった。

 

「……よォ」

 

他人に興味を示さない篠ノ之束が、唯一『娘』とまで呼ぶ銀髪の少女。

 

「―――お久しぶりです、透夜さま」

 

 

 

 

 

 

 

 

クロエ・クロニクルは、そう言って小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

注文したブラックコーヒーとココアが席に運ばれ、二人がそれぞれ口にして一息ついたところで一方通行が話を切り出した。

 

「……で? 機体を通じたプログラムデータのやり取りじゃなく、態々こンな所まで呼び出した理由は? 直接オマエが伝えなきゃなンねェほど重要なコトなのかよ?」

 

基本的に、一方通行と束との会話や連絡はISの個人秘匿回線で行われている。それを使えば声に出してしゃべる必要はないし、特殊な回線を使用しているので割り込みやハッキングはまず有り得ない。しかし、今回は違う。

 

束が全幅の信頼を寄せるこの少女が、束の命を受けてここまでやって来たのだ。それ相応のヤマがあると見ていいだろう。

 

問いを受けたクロエは口に運んでいたココアをじっくりと味わって飲み、ソーサーにかちゃりと置く。すっ、と姿勢を正し、

 

「理由は特にないそうです」

 

しれっと言い切った。

 

「…………、は?」

 

「強いて言えば、束さまが日本の観光でもしてきたらいいと仰ったので、合わせて透夜さまの機体稼働データを持ってきた次第です。本当はいつものIS間でのやり取りで問題はなかったのですが」

 

つまりは、通常通り学園に居たまま出来ることを、クロエの観光の為に態々街中まで引きずり出してきたということである。一方通行が外出しないことを知っていながら、だ。

 

「『どうせあっくん学園から出てないだろうし、これ以上モヤシにならないようにしてあげないと☆』と、束さまが仰っておられましたので」

 

(―――テメェに言われたかねェっつンだよボケが!)

 

余計なお世話である。さらに言うなら、ラボに閉じ籠ったまま四六時中研究漬けの人間に健康状態云々をとやかく言われる筋合いはない。どちらかと言えば体を動かしているだけ一方通行の方が健康だ。

 

声を大にして叫びたい衝動に駈られたが、流石に店内でそんなことはできない。とはいえ、銀髪と白髪の二人組という時点で大分―――否、相当目立ってはいるのだが。

 

一方通行は舌打ちをひとつして椅子にもたれ掛かると、諦めたように大きなため息をついた。今更束の行動に文句をつけたところで何も変わらないと、経験で知っていたからだ。腹は立てども、その怒りをぶつけようとするだけ時間と労力の無駄である。

 

若干冷めてきたコーヒーを一息に飲み干し、がたりと立ち上がる。財布から代金を抜き出すと、半ば叩き付けるように机に置いた。

 

「どうなさいました?」

 

「帰ンだよ。これ以上ここにいたって時間の無駄だろォが」

 

「でしたら、これを」

 

そう言ってクロエが差し出したのは一つのUSBメモリ。市販のものとは微妙に形が違い、待機状態のチョーカーに直接接続してデータを落とすことのできる特別製だ。勿論、制作者は束である。

 

それをパーカーのポケットに適当にねじ込むと、さっさと学園へ帰るべく踵を返す。しかし、その直前で再びクロエから声をかけられる。

 

「透夜さま」

 

「あァ? まだなンかあンのかよ?」

 

「はい、折角街中まで出てきたことですし、束さまに何かお土産を差し上げたいと思うのです。それで……その、この辺りに詳しい透夜さんに、ご意見を頂こうかと思いまして」

 

それを聞いた一方通行の口角が、僅かに嗜虐を帯びてつり上がる。扉に向かいかけた足を止めて、クロエの耳元で楽しそうに呟いた。

 

「いい土産なら、そォだなァ―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園へと戻って少し遅めの昼食を取った一方通行は、その足でIS整備室へと向かっていた。無論、貰ったデータを元に機体を調整するためである。

 

ISは最強であっても完璧ではない。

 

メンテナンスをしなければ十分なパフォーマンスは出来ないし、機体整備に不備があれば事故も起きる。更に、機体の反応値や武装構成、エネルギー分配など、操縦者自身が設定しなければならないところも多分にある。

 

整備の際には整備士数名と操縦者、それと開発元会社のスタッフといったメンバーで行うのが一般的だが、一方通行の場合は破損部位補修とエネルギー補給以外全て自らの手で行っている。

 

理由をあげるとすれば、機体のソフトウェアが一般人に弄れるような代物ではないからだ。下手にそこらの人間に弄られでもすれば、機体をメンテナンスするどころか逆にメンテ箇所を増やす羽目になる。それ故、彼の専用機は彼にしか扱えない。

 

逆に言えば、どんな些細なことでも自分で行わなければならないという凄まじい手間にもなるわけだが。

 

扉を抜けて見回した整備室の中は休日の午後だからだろうか、やはりいつもと比べて人の数が少ない。とはいえ数人程度というわけでもなく、整備科や勉強熱心な生徒たちが行ったり来たりしている。

 

「おおっ、透夜くんじゃない! 久々だねぇ! 折角だから取材していい!?」

 

一瞬『誰だオマエ』と言いかけたところで、取材魂あふれる台詞を聞いて記憶の片隅から顔と名前を引きずり出した。新聞部副部長にして整備科のエース、黛薫子。確かに整備科ならばここにいても何らおかしくはないが、いたらいたで騒がしいので一方通行の表情は渋い。

 

「射命丸先輩がネタを欲しがっててね、透夜くんなら記事のネタに事欠かないじゃない。というわけで、取材していいかな? って、小首を傾げて可愛らしくお願いしてみるんだけど」

 

「他ァ当たれ」

 

いえーい即答速攻大否定、という叫びを背にし、ラック上に置かれていたケーブルを一本手に取り整備室の奥へと向かう。あまり人が来ないその場所は、作業をするのにうってつけであり彼が好んで使用する場所だ。

 

さっさと調整を終わらせるべく角を曲がったところで―――見覚えのある水色が目に入った。

 

(……妹の方か)

 

女性にしては珍しい名前だったような気もするが、あまり関心もなかったので覚えてはいない。

 

機体を前に、フルカスタムを施した球状ホロキーボードを左右で二つ展開して操っている。余程集中しているのか、一方通行が通りすぎようと近付いても全く反応を示さない。

 

ふと、彼女の眼前に鎮座するISに視線を向ける。白を基調とし、黄色とダークブルーのアクセントが入った涼やかなカラーリング。専用機なのだろうが、腕部装甲や脚部装甲の意匠には所々見覚えのあるものが多い。恐らくは『打鉄』の改良型、第三世代版といったところだろう。

 

そのまま、少女が操っている空中投影形ディスプレイに視線を移したところで、一方通行は眉をひそめた。

 

彼女が行っているのは、操縦者同調機能による命令伝達系統のシステムプログラム。脊髄神経系とのリンクを確立することにより、巨大なISの手足やスラスターを違和感なく動かすためのものなのだが―――

 

(いくら何でも駆動部反応値が低すぎる。ンでもってラファールの稼働データ。打鉄を全距離対応に組み換えようとしてンだろォが……蓄積稼働データの処理もしてねェからコア適性も20%前後。ンだこりゃ、マトモに動くのか?)

 

表示されている情報から分かるのはその程度。しかし『その程度』ですら他人にとっては異常なほどの洞察力と言える。複雑極まりない莫大な量の演算式をものの一瞬で完成させる一方通行からすれば、ISのシステム調整やプログラミングなどは余裕の一言に尽きるだろう。

 

そのまま機体を眺めていると、彼の視線がとある場所で止まった。その先には『KURAMOCHI』、日本のIS開発会社倉持技研の名前が記されている。そして、一夏の白式も倉持技研開発―――

 

(……織斑の機体に人員を割かれ完成が遅延、未完成の機体を一人で弄ってるってトコか)

 

見たところ進行はあまり早くないようだ。このままのペースで続けていつも、いつ完成するかわかったものではない。とはいえ一方通行が関わる必要もないのでその場から離れようとしたときだった。

 

彼がこの場に来てから絶えることなく響いていたタイピングの音がピタリと止む。少女が此方を振り返り、ずっとディスプレイに向いていた赤い瞳が一方通行を捉えている。

 

「……何か、用」

 

「……別に。何でもねェよ」

 

「……ねえ」

 

「あン?」

 

「あなたは……その機体、一人で完成させたの……?」

 

そう言う少女の目は、彼の首もとにあるチョーカーに向いている。思い返せば、一度武装プログラムを組んでいる場面を見られているのでそう思われても仕方ないが、一方通行が行ったのは内面の整備。

 

束がハードを組んで、一方通行がソフトを仕上げたと言えば分かりやすいだろう。だから、彼はそれをそのまま言葉にして伝えることにした。

 

「……俺ァ半分出来てたのを弄っただけだ」

 

「っ、…………そう。……時間を取らせて、ごめんなさい」

 

それだけ告げると、少女は再びディスプレイに向き直ってキーを叩き始める。一方通行もこれ以上ここにいても無駄だと判断し、そのままスタスタと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

―――少女の瞳に浮かんだ、僅かな羨望に気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は六時過ぎ。

 

自分のベッドに寝転がる俺は、なんとなく隣のベッドに視線を向ける。しかし、先週までそこにいたルームメイトの箒の姿はなく、二人部屋を一人で使っているという状態だった。

 

「うーん……」

 

なぜ俺がこうして一人部屋を手にいれることができたのか。

 

時は、少し遡る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無人機襲来事件より、数時間が経過したその日の夜。保健室での検査を終えて自室へと戻ってきた一夏に、箒が味のない炒飯を振る舞うというハプニングがあった直後のこと。ノックをして部屋に入ってきた真耶がその一言を告げた。

 

「どうかしたんですか、先生」

 

「あ、はい。お引っ越しです」

 

「はい?」

 

なんの脈略もない突然の発言に、疑問符を頭の上に浮かべる一夏。その後詳しく話を聞けば、部屋の調整がついたので箒が部屋を移ることになった―――ということだ。

 

「えっと、それじゃあ私もお手伝いしますから、すぐにやっちゃいましょう」

 

「ま、ま、待ってください。それは、今すぐでないといけませんか?」

 

箒の口からそんな言葉が出るとは思わなかったのか、一夏は少し意外だなぁ、と思う。基本、妥協や反抗はあまりしない箒のことなのですぐに準備を始めると思ったのだろう。言われた真耶も目をぱちくりさせている。

 

「それは、まあ、そうです。いつまでも年頃の男女が同室で生活するというのは問題がありますし、篠ノ之さんもくつろげないでしょう?」

 

「い、いや、私は―――」

 

なおも食い下がる箒は、ちらりと一夏に視線を送る。それだけで幼馴染みの間では何が言いたいのかわかったらしい。

 

「そんな気を遣わなくても、箒がいなくてもちゃんと起きるし歯も磨くから俺のことなら心配しなくてもいいぞ?」

 

「―――!!」

 

―――訂正。全く伝わっていなかったようだ。

 

「先生、今すぐ部屋を移動します!」

 

「は、はいっ! じゃあ始めましょうっ」

 

「俺も手伝おうか?」

 

「いらん!」

 

怒りの元凶である一夏をバッサリと切り捨て、ぶつぶつと文句を言いつつも小一時間で作業を終えてしまうあたりは流石というべきか。対し、急に静かになった部屋に残された一夏は一抹の寂しさを感じていた。

 

(うーん……やっぱり人がいないってのもそれはそれで寂しいなぁ。気を遣わなくてもいいってのは楽でいいんだけど)

 

そんなことを思いながらベッドに入る。だが、すぐにノックが響いた。既にベッドへと入ってしまった一夏は出るか出るまいか迷っていたが、先程よりも荒いノックに跳ね起きる。

 

ドアを開けてみれば、そこにいたのはつい先程別室へと移動したはずの箒だった。むすっとした顔で立っているので、ともすれば怒っているように見えなくもない。

 

「どうかしたのか? まあ、とりあえず部屋入れよ」

 

「いや、ここでいい」

 

「そうか」

 

「そうだ」

 

「…………」

 

「…………」

 

沈黙。

 

「……箒、用が無いなら俺は寝るぞ」

 

「よ、用ならある!」

 

一夏の言葉に、弾かれたように声を上げる箒。ちなみに現在時刻は九時過ぎであり、周囲の迷惑を考えなければならない時間帯である。

 

「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……」

 

六月末に行われる予定のそれは、その名の通り学年別で行う全員参加のトーナメント戦だ。しかし、誰もが専用機を持っているわけではないので専用機持ちが圧倒的に有利になるのがこの大会だ。

 

「わ、私が優勝したら―――」

 

頬を紅潮させ、びしっと指を突き付ける箒。続く言葉が恥ずかしいのか、目線はまともに一夏を捉えていない。

 

「つ、付き合ってもらう!」

 

それだけ言うと、ポニーテールを翻して脱兎のごとく去っていった。残されたのは、未だに状況を理解できていない一夏のみ。

 

「……はい?」

 

疑問符を大量に浮かべ、間の抜けた声を出すのが精一杯の一夏だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なんだったんだ、あれ?)

 

未だに箒が言った言葉の真意が分からない。なんか顔赤くしてたし……宣戦布告か? 俺に対する? いやでもなんで?うーん、わからん。

 

「……飯食うか」

 

とりあえずその疑問は一旦置いといて、夕食を取ることにした。弾みをつけて起き上がり、勢いそのままに立ち上がってドアへと向かう。ドアノブを捻ろうとしたところで、扉の向こうからノックが響いた。

 

「一夏、いる?」

 

「おう」

 

「い、いきなり開けないでよ! びっくりするでしょうが」

 

ドアを開けたところに立っていたのは鈴。ノックから半秒でドアが開いたことに驚いたのか、若干のけ反っている。

 

「今から飯行こうと思ってたんだけど……なんか用事か?」

 

「ふふん。まさにそうじゃないかと思って誘いに来てあげたのよ。雨の日に捨てられている犬をかわいそうと思うくらいの優しさは、持ち合わせがあったからね」

 

逆にそれくらいしか優しさがないのか疑問なんだが。

 

ともあれ、断る理由が無かったのでそのまま二人で廊下を歩き出した―――のは、いいのだが。両側から次々と出てくる他の女子達の格好が問題だった。

 

寮生の99%が女子なので、男子の目を気にするという概念が薄いためか肌の露出が多い。ショートパンツにタンクトップ、もしくはパーカー。それならまだいい方なんだが、長めのTシャツをミニスカート代わりにして着るという女子もいるのだ。俺だって健全な男子高校生なので、目線のやり場に非常に困るのである。

 

チラチラと見える肌色をなるべく視界に入れないよう努力しつつ食堂へとたどり着き、中へ入った瞬間に目につくものがあった。1つのテーブルを囲んで、女子たちがきゃあきゃあと騒いでいる。

 

さして珍しくもない光景なのだが、その人数が異常だった。大抵3,4人、多くても5,6人が座れる程度のテーブルだというのに、その三倍程の人数が集まっていてスクラムを組んでいるようにも見える。

 

「あら鈴さん、織斑さん。今から夕食ですか?」

 

と、そこへ英国淑女セシリア登場。同じく夕食に来たらしく、その手には料理の乗ったトレーがある。

 

「セシリアじゃない。ちょうどよかった、あれ何してんの? すっごい盛り上がってるみたいだけど」

 

「さあ……? わたくしも今来たばかりですので、何をしているのかはわかりませんが……。大方、恋占いや何かではありませんの?」

 

そう答えるセシリア。あ、セシリアで思い出したけど、最近俺への接し方が若干柔らかくなった気がする。例えば、少し前まで名字だけで呼ばれていたのだが、『さん』が付くようになった。

 

一度その理由を訊いてみたんだけど、

 

『前までのあなたには、敬意を払う必要はありませんでした。ですが、今のあなたは敬意を払うに値するだけの強さと意思があります。ですから、わたくしも敬意を持って接するのですわ。……でもまあ? 透夜さんには遠く及びませんので、勘違いしないでくださいな。あなたと透夜さんでは天と地ほどの力の差が(以下略)』

 

だそうだ。

 

何が変わったのかは俺自身よくわからないが、代表候補生を務めるセシリアが言うのならばおそらく何かしらの変化があったということなんだろう。いや知らんけど。

 

「そういえば、鈴科はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」

 

大体セシリアは鈴科と一緒に夕食をとっている。本人曰く『オルコットがくっついてくる』らしいんだが、一人の夕食なんて寂しいじゃないか。今度皆で夕食をとろう、そうしよう。

 

俺の質問に、セシリアは肩を落としてつまらなそうに口を尖らせた。

 

「透夜さんは二年生寮の食堂で召し上がるそうですわ。……もう、折角わたくしがお誘いして差し上げましたのに……」

 

「あー、透夜って部屋二年生寮だったっけ。部屋の先輩にでも誘われたんじゃないの?」

 

「くっ……イギリス代表候補生として、負けるわけにはいかないのですわ……!」

 

「ダメだ聞いてないわ」

 

鈴がやれやれと言った風に両掌を上に向けて肩をすくめる。そうこうしているうちに、俺たちの順番が回ってきた。食券を渡し、チキンの香草焼き定食を受けとる。スパイスの効いたチキンの香りが最高に食欲をそそる。

 

既に料理を受け取っているセシリアを含め、三人で適当にテーブルを確保して食べ始める。下らない話に花を咲かせつつも、楽しく食事を進めていたときだった。

 

「あーーーっ! 織斑くんだ!」

 

「えっ、うそ!? どこ!?」

 

「ねえねえ、あの噂ってほんと―――もがっ!」

 

先程の一団の中で、俺の存在に気付いた女子がなだれ込んでくる。ん? 今噂がどうとかって言ったか? そんでもってその噂とやらは口にしちゃいけないものなのか? ヴォ〇デモー〇か何かか?

 

「い、いや、なんでもないの。なんでもないのよ。あはははは……」

 

「―――バカ! 秘密って言ったでしょうが!」

 

「だ、だって本人だし……」

 

「噂って?」

 

「う、うん!? なんのことかな!?」

 

「ひ、人の噂も三六五日って言うよね!」

 

どんだけ長続きだよ。てかそんな噂するなら直接訊けよ。

 

「な、何言ってるのよミヨは! 四十九日だってば!」

 

いやそれも違うだろ。っていうより―――

 

「何か隠してない?」

 

「そんなことっ」

 

「あるわけっ」

 

「ないよっ!?」

 

見事な連携プレーを決めると、即時撤退していく女子三人。うん、切り替えが早いのは良いこと―――いや違う、そうじゃない。

 

「……なんだったんですの?」

 

「なに? あんたまたなんかやらかしたわけ?」

 

失敬な。

 

「何でも俺のせいにするのはよくないと思うんだが―――あ」

 

「あ」

 

「あってなによ、あって。―――あ」

 

「揃ってなんですの? ―――あ」

 

なんだこれ。コントやってんじゃないんだけどな、俺ら。ちなみに俺、箒、鈴、セシリアの順だ。うん、どうでもいいね。

 

「…………」

 

そう、箒。箒なのだ。おそらく夕食をとりにきたのだろう箒とばったり出くわした。俺と鉢合わせないように遅く来たようだが……そこまでのんびりしていたのか俺。箒は気まずそうに俺から視線を外す。

 

「よ、よお、箒」

 

「な、なんだ一夏か」

 

「…………」

 

「…………」

 

やばい、会話が全く続かん。

 

これが普段通りでたまたま鉢合わせただけならばなんの問題もないのだが、先月の一件以来箒がやたらと俺を避けており話しかけても生返事ばかりなので若干精神的にダメージなのだ。

 

「何、あんたたち何かあったわけ?」

 

「「いや! 別になにも!」」

 

「……狙ってやってますの?」

 

呆れたようなセシリアの突っ込みだが、わざとやったわけじゃないぞ。多分。きっと。メイビー。

 

心の中でそんな下らないことを考えていたのが悪かったのか、箒はぷいっと顔をそらすとそのままカウンターの方へと歩いていってしまった。

 

「あー……」

 

翻ったポニーテールに、なんともいえない気持ちになる。話し合いたいけどなんか気まずい、そんな感じだ。

 

「ではわたくしはそろそろお暇させて頂きますわ」

 

「じゃ、あたしも部屋に帰るから」

 

「ん? おう。誘ってくれてありがとな」

 

「……たまにはアンタから誘いなさいよ、まったく……」

 

「……難易度の高いお話ですわね」

 

「……うっさい」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

「なんでもないわよ。じゃあね」

 

「では織斑さん、ごきげんよう」

 

そう言って、二人は寮の方へと歩いていく。……うーん、いつまでも箒とあのままじゃダメだよなぁ、やっぱり。でも一体なんて言えばいいのか。

 

「……まあ、なんとかなるだろ。多分」

 

俺は一人納得して席を立ち、広くなった自室へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、山葵と辛子がたっぷりと入ったシュークリームにかぶり付き悶絶する兎と、それを見て慌てふためくその娘という奇妙な光景が展開されたのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付は変わり月曜日の朝。

 

大抵朝は賑やかなのが一組の日常風景なのだが、今日はいつにも増して騒がしかった。女子たちが手に手にカタログを持っていたので、恐らくは今日から始まる実践訓練、その為のISスーツの参考といったところだろう。

 

現在も、担任である千冬が壇上で話をしているところだった。

 

「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」

 

最後に何やらとんでもないことを言ったが、別に一方通行にとってはどうでもいいことだ。

 

(実戦訓練、ねェ)

 

実戦。

 

その意味を本当に理解してこの学園に在籍している人間が、果たしてどれ程いるだろうか。

 

ISは人を殺せる。それも、とても簡単に。弾丸一発受ければ致命傷になってしまう脆い人間の体に、ISを装備してデコピンでもすれば首から上が肉のジャムになる。

 

兵器としての危険性よりも、スポーツとしての万能性が認知されている今日では、ISをファッションや何かと勘違いしている女性や『格好いい』『美しい』という感覚だけを持ち『危険だ』という感覚を持たない女性も多い。

 

―――とはいえ。

 

そもそも、束が宇宙へと進出するために作り出したISを兵器やスポーツ用具として見ている時点で、既に誤った認識をしているのだが。

 

「では山田先生、ホームルームを」

 

「は、はいっ」

 

眼鏡を拭いていた真耶が慌てて千冬と入れ替わり、壇上へと移る。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

 

「え……」

 

『ええええええええっ!?』

 

先月に続いての転校生にクラス中が大きくざわめく。一方通行も、周囲の音を遮断しつつ内心思考を巡らせていた。

 

(中国代表候補生の凰は二組に転入した。一組にはイギリス候補生のオルコットが居る。それ以降の転校生は他のクラスに分散させンのが普通だ。それでも態々ここのクラスに集中させてきたって事ァ……まァ、十中八九狙いは俺か織斑か。目的が機体にせよ暗殺にせよ、警戒はしとくか)

 

騒がしい教室の中で一人冷静になる一方通行を他所に、扉が開く。

 

「失礼します」

 

「……………………」

 

入ってきた二人の転校生を見て、教室の中もしんと静まり返り、一方通行は目元を鋭く細めた。生徒たちは興が覚めたのではなく、単純に言葉を失っている。そして一方通行は、単純な警戒と疑問。

 

何故ならば。

 

 

 

 

 

転校生二人の内一人が、男子だったのだから―――

 

 

 

 

 

 




一夏の話になるとギャグシーンしか出てこない不思議。
誤字脱字、ご指摘等ありましたらお願いいたします。

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