Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

17 / 58
十五話

部屋に入り、電気を点ける。

 

柔らかな蛍光灯の光の下に照らし出されたのは、昨日まで使っていた部屋よりも一回り小さくなった居住スペース。入って右手にキッチン、左にシャワー、奥にベッドと机。単純に二人部屋からベッド一つ分のスペースが減っただけの、『一方通行専用部屋』だ。

 

一人部屋だった一夏の部屋にシャルルが割り振られたので、一方通行も様々な理由と理屈を並べ立て申請書を真耶に提出。晴れて一人部屋を手に入れることができた。

 

楯無が何も言ってこなかったことには少しばかりの疑問を抱いたものの、言うことがないなら好都合とばかりにその日の内に移住を完了。監視カメラや盗聴機も見当たらなかったので、安心して過ごすことができる。一方通行は真新しいベッドに横たわると、個人秘匿回線を開いて目的の人物へとコールを送った。

 

相手はすぐに応じた。

 

『キミから通信飛ばしてくるなんて珍しいねぇ。明日は槍でも降るのかなかな?』

 

『聞きてェコトがある』

 

『うわぁいスルーされた! 束さん泣きそう!』

 

相も変わらず一方通行とは正反対のテンションの高さで、篠ノ之束はちっともそんなことを思っていなさそうな声でそう叫んだ。

 

『転入してきたフランス代表候補生についてだ。オマエも知ってンだろ』

 

『……束さんの今までの会話を無かったことにしてるよねあっくん。ま、いいけどね! そんじゃデータ送るよっと』

 

一方通行とふざけたやり取りを交わしながらも、フランス政府のシステムに侵入して戸籍データでも覗き見ていたのだろう。一方通行は送られてきた情報に目を走らせると、予想通りだと言わんばかりに息を吐いた。

 

『いやーしかし国家ぐるみでの隠蔽工作(・・・・・・・・・・・)かぁ。よっぽど切羽詰まってるんだねーフランス。束さんそういうの見てると、この情報を全世界にばら蒔いて完全に再起不能にしたくなっちゃうなぁ♪』

 

楽しそうな声音でさらりととんでもないことを抜かす束。この兎ならば本当にやってしまいかねない、というよりやろうと思えば今すぐにでも出来るだろう。理由は『単純に面白そうだから』の一つだけで。

 

『で? どうするの?』

 

『どォもこォもねェだろ。害がありゃ始末、無きゃ放置。狙いが俺か織斑なのは確実だがな』

 

そう伝えてから、ふと思案する。

 

転入生が来たということは生徒会長である楯無も知っているはず。ならば、男でISを動かせるというシャルルについてもある程度の情報は掴んでいるはずだ。更識家の情報収集能力ならば、隠蔽された情報を拾い上げることくらい容易いだろう。その上で、シャルル・デュノアをこの学園に受け入れたのだとしたら―――

 

(……何か目的があってのコトか、それとも―――)

 

眉をひそめて黙りこんだ一方通行に、今度は束が口を開いた。

 

『もしもーし? 用事はそれで終りかな? なら切るよ?束さんはこう見えても忙しいんだから、主に箒ちゃんの監視とかちーちゃんの監視とかいっくんの監視とかあっくんの監視とかで』

 

『……、』

 

世間一般ではそれをストーカーと呼ぶ。

 

ともあれ、必要な情報を入手することはできたので、これ以上回線を繋いだままにしておく意味はない。万が一にも割り込みやハッキングなどは起きないが、それでも用心に越したことはないだろう。

 

『あ! でも寂しくなったらいつでも連絡していいからね! いつもニコニコ、あなたの隣に這い寄る天災篠ノ之束……どぅぇすっ!』

 

『うぜェ。……あァ、それと、一つ言い忘れてたわ』

 

切ると言っておきながらも訳のわからない台詞を並べぎゃあぎゃあと騒ぐ束を他所に、一方通行は記憶の海を探るように、のんびりと宙に視線をさ迷わせ。まるで、間違えた問題の答えを友人に教えるかのように―――

 

 

 

 

無人機のプログラム、(・・・・・・・・・・)組み直した方が良いぜ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

そう、告げた。

 

クラス対抗戦で突如乱入し、結果として一夏、一方通行、楯無に破壊された合計五機の無人機体。それを一目見た時から、一方通行はその開発者を束だと決めて疑わなかった。

 

早計だと思うだろうか?

 

しかして、どの国も持ち得ない技術、国籍不明の無人機体、あるはずのないコア。それら全てを『篠ノ之束』と関連付ければ自ずと答えは見えてくるだろう。

 

仮に束が無人機体の開発に成功していなかったとして、束以外の人間が『無人でISを起動させ』『ISコアを造り出す』事ができるだろうか? 答えは断じて否である。

 

束は何も答えないが、回線越しにうっすらと笑みを浮かべている様子が想像出来る。

 

『束さんにはあっくんが何を言ってるのかわからないけど(・・・・・・・・・・・・・・・)、何かの忠告として心に留めておくことにしようかな♪』

 

それを最後に、通信は沈黙した。

 

一方通行は面白くなさそうに舌を打つと、ISを待機状態に戻し、ぼんやりと天井を眺めた。

 

 

 

―――束が無人機を開発したことは確実だが、何故IS学園へ送り込んできたのだろうか?

 

 

 

ここには束が親友と謳う織斑千冬の弟である一夏、それに最愛の妹である箒も在籍している。彼らを襲わせるような真似をして一体何の得があるのか? 事実、箒が放送席に乗り込んだ際には無人機のターゲットにされていた。

 

とはいえ考えてみれば『篠ノ之箒だけは狙わない無人機体』が乱入してきたら、束との関係をまずは疑われるだろうが、それを防ぐためだとしても、やはり束の意図は分からない。

 

(……まァ、どォでもイイか)

 

色々と面倒臭くなってきた一方通行は、考えるのをやめて目を閉じた。そのまま数分寝転んでいたが、不意に空腹を覚えて壁に掛けられた時計に目を向けた。時刻は七時過ぎ。丁度食堂が開いたところだった。

 

むくりと起き上がると、扉に向かう。今日は金曜なので、確か日替わりのメニューはカツカレー定食だったはず―――

 

「……………………………………………………、」

 

ぴたりと一方通行の動きが静止した。次いで、表情が怒りとも呆れともとれない、微妙なものへと変化していく。そのまま十秒ほど同じ姿勢で固まっていたが、やがて諦めたように盛大なため息を吐き、扉を開けた。

 

 

 

―――無意識に好物が出る曜日を覚えてしまっていた自分に心底呆れ果てながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土曜日・午後 第三アリーナ

 

「えっとね、一夏がオルコットさんや凰さん、鈴科くんに勝てないのは、射撃武器の特性を理解していないからなんだ」

 

「射撃武器の特性って……速くて、遠距離まで攻撃できる、じゃダメなのか?」

 

『くっ! このっ!』

 

「うーん、その通りって言えばその通りなんだけど……知っていることと理解できていることは違うんだ。実際、僕と戦ったときもほとんど間合いを詰められてなかったでしょ?」

 

「うっ、確かに……瞬時加速も読まれてたしなぁ……」

 

『いい加減当たんなさいっての!』

 

「一夏のISは近接オンリーだから、中遠距離を得意とする相手とは相性最悪って言ってもいい。だからこそ、射撃武器の特性をより深く理解しないといけないんだ。一夏の瞬時加速は直線的だし、反応できなくても牽制はできるからね」

 

「直線的、かぁ。うーん……」

 

『あああああもぉぉぉおおっ!!』

 

「あ、でも瞬時加速中は無理に軌道を変えたりしないほうがいいよ。最悪の場合骨折したり、それじゃ済まないこともあるから」

 

「……なるほど」

 

『えっ!? ちょっ、何それ―――きゃああああああっ!!』

 

ズドォォォオオオンッ!!!

 

シャルルと話し込んでいた一夏は、悲鳴と共に落下してきた物体に目を向けた。轟音と共にアリーナの地面に出来たクレーター、その中心に倒れ伏すのは赤黒の機体『甲龍』と、操縦者である鈴音。上空を仰げば、一方通行の駆る漆黒の機体がゆっくりと旋回していた。

 

「ったたた……」

 

「おーい、大丈夫か?」

 

顔をしかめながら立ち上がる鈴音。絶対防御に守られているとはいえ、殺しきれなかった衝撃が響いたようだ。しかし、それも束の間のこと。即座に復活すると、様子を見ようと近付いた一夏に驚愕の表情で詰め寄った。

 

「い、一夏! なんなのよあいつ!? 衝撃砲跳ね返すとか常識外れも良いとこじゃない! 攻撃一発も当たらないしどうなってんのよ!?」

 

「ちょっ、落ち着け鈴! 近い近い、近いって!」

 

シャルルが一夏に懇切丁寧な解説をしている間、その上空で模擬戦闘を行っていた鈴音と一方通行。しかし、一方通行は放たれる攻撃を全て回避。焦れた鈴音が最大威力かつ広範囲の衝撃砲をぶっ放したところでそれを跳ね返し、呆気にとられた彼女は直撃を食らい撃墜―――

 

「攻撃の反射なんて聞いてないしそもそも勝負になんないじゃないのよぉぉぉおおお!」

 

「でも、さっき鈴科は瞬時加速中だったけど方向転換してたぞ?」

 

天に向かって吼える鈴音を他所に、一夏は素朴な疑問を投げかけてみた。先ほどのシャルルの話では、瞬時加速を使用している際には直線にしか動けないというが、一夏の目が正しければ確かに一方通行は鋭角的に転身していた。

 

それを聞いたシャルルの目が丸くなる。

 

「ええっ!? い、一夏、それ、ほんと?」

 

「あ、ああ。こう、カクカクッと」

 

「……個別連続瞬時加速……? いや、でもその軌道だと……多分『ライトニング・ダンス』かな」

 

「ライトニング・ダンス?」

 

聞き慣れない単語に首を傾げる一夏。シャルルは頷くと、右手をジグザグに動かしてみせる。

 

「ほら、こうやって稲妻みたいな軌道を描くでしょ? だから、稲妻の舞踏(ライトニング・ダンス)。……でも、今までに成功させたのは織斑先生だけだって聞いてたんだけど……」

 

「え? それって、鈴科が千冬姉と同じくらいIS動かすのが上手いってことか!?」

 

「そう……だね。僕は実際に見たことがないからなんとも言えないけど、操縦技術は国家代表レベルなんじゃないかな」

 

「……マジかよ……」

 

驚愕する一夏。

 

それを横目で捉えながら、シャルルは静かにISの解析機能をオンにした。そのまま視線を上空へと移す。視線の先には、悠然と浮遊する一方通行の姿。

 

(……ごめんね、鈴科くん)

 

心の中で小さく謝罪し、その機体の全てが視界に収まるように調整し―――

 

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 

此方を見下ろす一方通行の赤い瞳と視線が交錯した瞬間、氷の手で心臓を鷲掴みにされたような感覚がシャルルを襲った。

 

敵意は感じられない。

 

が、まるで自分のすべてを見透かされているような、形容し難いプレッシャーがシャルルの全身を圧し潰さんばかりに向けられていた。無意識に、アサルトライフル『ヴェント』を握る右手に力が入る。

 

(まさか―――)

 

「―――! ―――ル!」

 

(気付かれてる(・・・・・・)―――!?)

 

「―――シャルル!」

 

「ふぇっ!? あ、な、何かなっ!? 」

 

突然、視界に一夏の顔が入り込んで思わず変な声を上げてしまうシャルル。そのお陰か、全身を押さえつけていた圧迫感が消えていく。一夏は不思議そうな表情で首を傾げた。

 

「どうしたんだ? 呼び掛けても反応しないし。鈴科がどうかしたのか?」

 

「い、いや、なんでもないよ? それで、どこまで話したっけ?」

 

「えーと確か、俺の瞬時加速が直線的だとかなんとか」

 

「ああ、それはね―――」

 

話しながらハイパーセンサーで後ろを『視る』が、一方通行は既にピットへと消えていくところだった。小さく胸を撫で下ろしたシャルルは、頭を切り替えて一夏に改めて説明を始めた。

 

通常、全てのISには拡張領域(バススロット)といって後付武装(イコライザ)量子変換(インストール)するための空スペースがある。そこへ予め武器や弾薬を収納しておき、戦闘時に展開することで武器の携行を必要としないという便利なものだ。

 

勿論機体によって拡張領域の容量は違うが、白式には拡張領域の空きがない。唯一の武装である雪片弐型以外はナイフ一本どころか弾丸一発すら量子変換できないのである。

 

白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)『零落白夜』。通常は第二形態から発現するそれを第一形態から使える代償として、拡張領域全てを単一仕様能力の方へと回しているのだ。

 

逆に、シャルルの専用機『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は基本装備をいくつか外し、その分拡張領域を倍に広げている。様々な武装を自在に呼び出す様はまさに『空飛ぶ武器庫』。

 

元から近接武器しか量子変換しておらず、他の武装は使用不可。ならば、その為の機構は全て取り払ったとて何ら障害はない。つまり何が言いたいかというと―――

 

「……まさか、センサー・リンクまで無くなってるとは」

 

「あ、あはは……」

 

射撃用アシストプログラム、センサー・リンクが見当たらないのだ。目標までの距離や風圧、残弾数などを表示してくれるのだが、それすら無いとなると完全マニュアルでの射撃になってしまう。

 

不安しかない一夏。シャルルからヴェントを渡されるが、軍事訓練を受けるどころかエアガンを握った程度の射撃経験しかない一夏にとって、『銃』という人殺しの為の道具は妙な重さを感じた。

 

そのままシャルルにレクチャーを受けながら、二発三発と仮想標的に向かって引き金を引く。センサー・リンクがあることを前提にして作られているので、ヴェントにはスコープがついていない。

 

視界が阻害されるアイアンサイトに四苦八苦しつつ、最後の一発の空薬莢が地面を跳ねたところで、妙にアリーナ内がざわつき始めた。サイトから顔を離し、周囲を見渡して注目の的を探す。

 

「……………………」

 

はたして、そこには漆黒の機体を纏った小柄な少女、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒが無表情に一夏たちを見下ろしていた。

 

初対面が初対面だっただけに、一夏の顔は僅かに苦々しい。シャルルも、見下すような視線を向けてくるラウラに対して警戒しているのか目元が少し細くなっている。

 

「おい」

 

「……なんだよ」

 

短い呼び掛けの後ラウラはふわりと飛翔し、赤い瞳で鋭く睨め付けながら一夏たちから20m程の所へ降り立った。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。なら話が早い。私と戦え」

 

「嫌だね。理由がねぇよ」

 

「貴様はな。しかし私にはある」

 

ラウラが一夏に対し好戦的なのには理由があり、一夏もまたその理由にはなんとなくだが心当たりがあった。

 

第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』。その決勝戦当日、一夏は正体不明のテロリストたちに誘拐、監禁された。決勝戦に出場する予定だった千冬はその報せを聞くや、大会を放り出して一夏を救いだしたのだ。

 

当然、千冬の不戦敗という形で決勝戦は幕を閉じた。その後、千冬は一夏の居場所を掴んだ『借り』を返すという名目でドイツ軍の教官を勤めた。そして、その時の部下の一人が―――ラウラ。そして、

 

「貴様がいなければ教官が大会二連覇を成し遂げただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を、貴様の存在を認めない」

 

というのが、ラウラの言い分だ。しかし、ラウラと一夏が戦ったとしても一夏には何の得もない。時間の無駄であり、かといって素直に叩きのめされる義理もないのだ。

 

「また今度な」

 

「ふん。ならば―――戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

言うが早いか、漆黒のISを戦闘状態へシフトさせたラウラは右肩のリボルバーカノンを一夏に向ける。撃鉄が雷管を叩き、炸薬に点火。薬莢内部の液体火薬が撃発し、バレル内のレールガンプロセスが弾頭を超速で射出した。

 

「!」

 

ゴガギャンッ!

 

だが、その弾頭が白式の装甲を抉ることはなかった。

 

「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて……。ドイツの人は随分と沸点が低いんだね。それともドイツ軍では我慢のなんたるかについて教わらないのかな?」

 

「貴様……」

 

横合いから割り込んだシャルルがシールドで砲弾を弾き飛ばし、瞬時に展開したアサルトカノン『ガルム』を油断無くラウラに突き付けていた。しかし、銃口を眼前にしてもラウラの余裕の態度は変わらない。

 

「はっ、フランスの第二世代(アンティーク)ごときで私の前に立ち塞がるとはな」

 

「未だに量産化の目処が立たないドイツの第三世代(ルーキー)よりは動けると思うけどね」

 

涼しい顔をして睨み合う両者。しかし、それも長くは続かなかった。騒ぎを聞き付けてやってきた担当教師の怒声がスピーカーから響き、それを聞いたラウラの方が先に戦闘態勢を解いたのだ。

 

「……ふん。今日は引こう」

 

そう言って一瞥をくれるとアリーナゲートへと去っていくラウラ。その後ろ姿を見据えながら、シャルルはガルムを収納して構えを解く。

 

「一夏、大丈夫だった?」

 

「あ、ああ。助かったよ、ありがとな」

 

「どういたしまして……っと、今日はもうあがろっか。このままやっても身が入らないだろうし、どのみちアリーナも閉館時間だしね」

 

「そうだな。あ、銃サンキュー。色々と参考になった」

 

「それなら良かった」

 

にっこりと微笑むシャルルに、一夏は妙に落ち着かない気分になるが、ぶんぶんと頭を振って余計な思考を締め出した。目を閉じ、息を一つ吸って吐く。再び開いた一夏の瞳は、これから起こるであろう出来事に備えて真剣な光を放っていた。

 

「えっと……じゃあ、一夏は先に着替えて戻ってて?」

 

「だが断る」

 

これである。

 

どういうわけか、シャルルは実習後の着替えを一夏としたことがないのだ。鈴科とどうなのかは知らないが、何故か自分と着替えをしたがらないシャルル。そんな彼を、男同士の貴重な付き合いを増やしたい一夏がおいそれと見逃すはずもなく―――

 

「ほら、たまには一緒に着替えようぜ?」

 

「や、やだよ」

 

「そんなつれないこと言うなって」

 

「つれないっていうか、どうして一夏はそんなに僕と着替えたがるの?」

 

「というかどうしてシャルルは俺と着替えたがらないんだ?」

 

質問を質問で返すという鬼の所業をやってのける一夏だが、こうでもしなければシャルルが答えてくれないのはここ数日の経験からよくわかっていた。変なところで要領のいい一夏である。

 

「どうしてって……その、は、恥ずかしいから……」

 

「恥ずかしいって……ちょっと細身なだけだろ? それだったら鈴科の方がよっぽど細い―――ん? なんだろう、悪寒が」

 

確かにシャルルは細身の部類に入るが、すべやかな肌の下にはしなやかな筋肉が内包されているのが一目でもわかる。ちなみに一夏は平均的な男子高校生より少し逞しく、一方通行は大分細い。

 

「とにかく、慣れれば大丈夫だって。鈴科も一緒だろうから、三人で着替えようぜ」

 

「いや、えっと、えーっと……」

 

視線を宙にさ迷わせるシャルル。それを見た一夏の瞳がキラリと光った。最後の一押しをするべく、体ごと乗り出して説得にかかる。

 

「なあ、シャル―――そげぶっ!?」

 

が、伸びてきた二本の手によって後ろに引き戻されてしまった。しかも引っ張られたISスーツがご丁寧に頸動脈を圧迫し、呼吸を妨げるというギミック付きだ。

 

「はいはい、アンタはさっさと着替えに行きなさい。引き際を知らないやつは友達なくすわよ」

 

「そうだぞ一夏。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らんのか、まったく」

 

「ちょ、ぅっ! 首、締まっ……! ッ! ッ!」

 

呼吸どころか、気道を締め付けられ言葉も発せられない一夏。酸欠で視界がブラックアウトしつつ、日中幼馴染みコンビに引きずられていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、デュノアさん? 後片付け、お手伝いしますわ」

 

「え、あ、うん。ありがとう」

 

―――英仏コンビは、平和なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー、終わった終わった」

 

意識を手放す直前で箒と鈴の拘束が緩み、なんとか一命をとりとめ、念願の大浴場が解禁されるという話を聞き、それを伝えに来た山田先生の手をとって大喜びし、シャルルにそれを目撃されるというハプニング(?)があり、白式の正式な登録に関する書類を書かされるという壮大かつ波瀾万丈な―――ごめん嘘、壮大とか波瀾万丈は嘘。

 

「ただいまー。って、あれ? 」

 

自室に入って部屋を見渡すが、先に戻っていたはずのシャルルの姿が見当たらない。……と、思ったのも束の間、すぐにシャワールームから響く水音に気づく。

 

(そういえば、確か昨日ボディーソープが切れたとか言ってたっけ。シャルルのことだから、体を濡らしたまま探しに来るなんてことはしないだろうけど)

 

クローゼットから予備のボディーソープを取り出し、洗面所へ向かう。シャワールームは洗面所兼脱衣所とドアで区切られているので、そこから声をかければいいだろ。

 

そう思って、洗面所に入る。何気無く洗濯カゴに目をやると、いつもシャルルが寝間着に使っているスポーティーなジャージが綺麗に畳まれていた―――のだが。

 

(なんだろうあれ……ハンカチか?)

 

ジャージとジャージの間から、薄いピンク色の布が僅かに覗いている。別にシャルルが何色のハンカチを使っていても何ら問題はないんだけど、何でシャワー上がりにハンカチ?

 

疑問に思い首を捻っていると、向かいからドアの開く音が聞こえてきた。ああ、やっぱボディーソープ探しに来たのか。そりゃ無きゃ困るもんな。

 

「ああ、調度良かった。ほら、替えのボディー……ソー、プ……」

 

ごとん、と。

 

俺の手から、ボディーソープのボトルが滑り落ちた。

 

当然だ。だって、だって―――

 

 

 

 

「い、い、いち……か…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――シャワールームから出てきたのは、見たことのない『女子』だったのだから―――

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます(遅)

更新が遅れてしまい大変申し訳ありません。
頑張ってはいるのですが、なにぶんやりたいことが多すぎまして。あ、それと私もツイッター始めま―――はい、申し訳ありません黙ります。

まだまだ未熟ですが、引き続き本作品をよろしくお願いいたします。





今年一年、皆様のご多幸を心よりお祈りしております

パラベラム弾

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。