Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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十六話

―――オーケー、まずは落ち着こう。

 

状況を整理するんだ。焦ったってなにも良いことはないからな。鈴科みたいに冷静に行こう。まずは周囲の確認からだな。

 

まず俺。扉の開いたシャワールームに顔を向け、そちらに伸ばした手からボトルが滑り落ちたおかげで半開きな手になっているが、別段問題はないだろう。

 

そして、シャワールームから出てきた見知らぬ女子。緩やかなウェーブがかかった美しい金髪。驚きに見開かれた紫の瞳。目尻は僅かに垂れており、普段通りなら人懐っこそうな笑顔を浮かべているのだろう。

 

しなやかな首。芸術的なラインを描き肩へと繋がっており、細い鎖骨に雫が流れ落ちるのは宛ら芸術作品のワンシーン。美しい丸みを帯びた双丘は、恐らくCカップぐらいだろう。直接触れたわけでもないのに、一目で柔らかいと感じさせる張りがってうおわぁぁぁぁぁ!!!!

 

「きゃあっ!?」

 

ガチャンッ!

 

俺が慌てて後ろを向くのと、我に返った女子がシャワールームに逃げ込むのはほとんど同時だった。……何で女子の裸を見て詳細に解説してるんだろうか、俺は。

 

(待て待て落ち着け、落ち着くんだ。目下一番の問題は、今の女子が一体誰かってことだ。洗濯カゴに置いてあったジャージ、閉まっていた部屋のカギ、金髪に紫の瞳。以上の証拠から考えて、可能性として一番高いのはシャルルだよな……。でもなんで?)

 

疑問符が頭を飛び回る中、不意に脱衣所のドアがゆっくりと開かれる。思考に没頭していた俺は、その音にビクリと肩を跳ねさせた。

 

「あ、上がったよ……」

 

「お、おう」

 

背後から聞こえてくる声は紛れもないシャルルのもの。俺は小さく息を吸うと、覚悟を決めて振り向いた。

 

「―――」

 

女子が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

部屋が沈黙を支配し、かれこれ一時間が経とうとしていた。話しやすくなるだろうと思い一夏が淹れたお茶も、今やすっかり冷めてしまっている。シャルルも一夏もお互いがあちらこちらに視線をさ迷わせており、話が進む気配がない。

 

手に持つ湯飲みに注がれた日本茶、その水面に映る自分の顔を数瞬見つめていた一夏だが、やがてそれを一息に飲み干すと意を決して問いを投げた。

 

「その、なんで男のフリなんてしてたんだ?」

 

簡潔かつ、全ての疑問を解消できる的確な一夏の問い。それを聞いたシャルルは口を開きかけるが、一瞬躊躇った後に再び俯いてしまう。

 

見かねた一夏は身を乗り出すと、シャルルの両肩に手を置いた。突然のことに、シャルルが驚いて顔を上げる。そのアメジストの瞳を真っ直ぐに見据えながら、一夏はなるべく穏やかな声で言葉を紡いだ。

 

「なぁ、シャルル。俺は別に話を聞いたからってシャルルをどうこうするつもりはない。俺が手出しできないようなことだったとしても、一緒に考えることはできる。まぁ、俺が出来ることなんてたかが知れてるけど、それでも俺は―――『友達』が困ってるのを見過ごせない」

 

嘘偽りのない、一夏の言葉。それを聞いたシャルルの目が僅かに見開かれた。そのまま先程のように顔を俯けてしまうが、やがてぽつりぽつりと話し始めたそれは、一夏を驚愕させるには十分すぎる内容だった。

 

曰く、自身は妾の娘であると。

 

曰く、父親の命で学園に送り込まれたと。

 

「引き取られたのが二年前。ちょうど僕のお母さんが亡くなった時に、父の部下がやってきてIS適性の検査をしたんだ。そしたらなんの偶然か、僕のIS適性が高いってわかってね。非公式だったけど、デュノア社のテストパイロットをすることになったんだ」

 

得てして、愛人の子供というのは本妻やその子供からも良い扱いは受けない。例に漏れず、シャルルもまたその内の一人だった。本妻からは泥棒猫の娘と罵られ、その娘からはIS適性が高かったことによる妬みや僻みで様々な嫌がらせを受けていた。

 

デュノア社が経営危機に陥ったのは、そんな中だった。

 

世界三位のISシェアと言えど、ラファール・リヴァイヴは所詮第二世代。如何に高性能であろうともそれは第二世代の中での話だ。第三世代が現行している中、何時までも第二世代ばかりを売りにしていても意味はない。

 

EU統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているフランスは、国防の為にも第三世代ISの開発は何よりも優先すべき事なのだが、ISの開発には莫大な経費が必要になる。元々他国に資本力で劣るフランスが悪戯に金を消費し続ける事は悪手なのだ。

 

よって、次回の主力機体の選定トライアルに参加できなかった場合は、国からの援助を全面カットした上でIS開発許可まで剥奪される。事実上の死刑宣告だった。

 

「……だから、シャルルを男として学園に送り込むことで会社の知名度を上げて、金を得ようと思ったってわけか?」

 

「……そうだね。しかも、同じ男子なら日本で登場したイレギュラーとも接触しやすい。可能であればその機体と本人のデータを取ってこい……ともね」

 

「それって―――」

 

「多分考えてるとおりだよ。一夏の白式と、鈴科くんの機体のデータを盗んで第三世代開発の足掛かりにするためさ」

 

まぁ、鈴科くんには勘付かれてたかもだけど、とシャルルは苦笑した。

 

つまるところ、シャルルが学園にやって来たのは全て会社の思惑で、そこに彼女の意思が介入する余地など無かったのだ。例え、彼女がどんな目に逢おうとも。

 

「―――それだけなら、まだ良かったんだけどね」

 

しかし、事態は大きくなりすぎていた。何故なら、シャルルを男として送り込むという馬鹿げた策に、フランス政府までもが協力すると言い出したのだ。戸籍を偽造し、偽の経歴や画像をばら蒔き、徹底的にシャルルが女であることを隠匿した。

 

祖国の為、と言えば確かにそうなのだろう。だが、その方法が余りにも歪みすぎていた。自らが過ごしていた国がここまで腐っていたのかと思うと、シャルルは愕然とした。

 

そうしてIS学園にやって来て、一夏と出会い、女であることが露見した―――というのが全てだった。

 

「とまあ、そんなところかな。でも一夏にバレちゃったし、僕は本国に呼び戻されると思うよ。デュノア社は……まあ、良くて吸収悪くて倒産かな。僕にとってはもうどうでもいいことだけどね」

 

「…………」

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう、一夏。それと、今まで騙しててゴメンね」

 

深々と腰を折って謝罪するシャルルを見て、一夏の心を謎の感情が支配する。その感情がなんだかわからないまま、気がつけばシャルルの肩を掴んで顔を上げさせていた。

 

「いいのかよ、それで」

 

「え……?」

 

「それでいいのか? いいはずないだろ。親が何だっていうんだ? 親だからって、子供の意思まで縛り上げて、自分の言うことを聞かせる操り人形にする権利なんかあるわけないだろ!」

 

「い、一夏?」

 

戸惑いと怯えを混ぜたような表情をするシャルルだが、一夏の胸から溢れ出す感情は言葉となって爆発する。

 

「確かに、親がいなけりゃ子供は生まれない。だからってな、生んだ子供を好き勝手していいはずはないんだ。例え親がどれ程偉くても、どんな理由を並べても! それでシャルルの人生が邪魔されて良いことには、ならないだろうが!」

 

吼えて、一夏は気付いた。これは、シャルルのことを言っているのではない。恐らくは、親に捨てられた自分のこと、そして自分を育ててくれた千冬を思うが故の言葉なのだと。

 

「ど、どうしたの? 一夏、変だよ?」

 

「あ、ああ……悪い。その、つい、な」

 

「いいけど……何かあったの?」

 

「俺は―――俺と千冬姉は、両親に捨てられたからさ」

 

既に知っていたことらしく、ハッとした後にシャルルは申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……その、ゴメン」

 

「別にいいよ。俺の家族は千冬姉だけって割りきってるから会いたいとも思わないし、俺たちを捨てた親の顔なんて今更見たくもないさ。それより、シャルルはこれからどうするんだ? 国まで手伝った偽造工作なんてバレたらとんでもないことになるだろ」

 

「うん……でも、どっちにせよ何時かはバレるだろうし、下手すればフランスは欧州連合からも外される可能性がある。賠償金とかで事が済めばいいけど、そうしたら完全にIS開発は不可能になるし僕もここにいる理由がなくなるから、国連の監視下に置かれて事情を聞かれた後は牢屋……とかかな」

 

「それでいいのか?」

 

「良いも何も僕には選ぶ権利が無いんだし、仕方ないよ」

 

そう言うシャルルの微笑みは、全てを諦めたような痛々しいものだった。そんな顔を見せられた一夏は益々苛立ちを募らせる。が、ふと何かに気付いて顔を上げた。

 

「……IS学園特記事項第二十一、本学園における生徒は在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする―――!」

 

それは正に一筋の光明だった。かつて楯無が一方通行の素性を探ろうとした時、日本政府が一方通行に手を出せなかった理由であるIS学園特記事項。それが、今こうしてシャルルを守る盾となったのだ。

 

「つまり、この学園にいれば向こう三年は大丈夫ってことだろ? それだけあればなんとかする方法も見つかるはずだ。別に急ぐ必要はないんだからさ」

 

「一夏」

 

「ん?」

 

「よく覚えられたね。特記事項って五十五個もあるのに」

 

「……勤勉だからな、俺は」

 

「ふふっ……そうだね」

 

シャルルは小さく肩を揺らし、ようやく本心からの笑顔を見せる。が、一夏はその笑顔の中に僅かな悲しみがあるのを見逃さなかった。確かに安全は確保された。しかしそれは『シャルル・デュノア』個人に限っての話だ。

 

「……何とかしたいよな。お母さんがいた国だもんな」

 

「っ、……うん」

 

シャルルは目を伏せて、躊躇いがちに頷いた。いくら自分を使って儲けを得ようとしたとはいえ、十六年もの月日を母と過ごした祖国をあっさりと切り捨てられるほどシャルルの心は強くはない。

 

一夏は暫し何かを考え込んでいたが、やがてシャルルの腕をとって立ち上がった。

 

「い、一夏?」

 

「俺らでどうにか出来ないなら、他人の知恵を借りる」

 

「他人の……って、誰の!?」

 

慌てふためくシャルル。しかし、一夏は安心させるように笑って、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――鈴科のだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他ァ当たれ」

 

バタン。

 

「(おおい鈴科ぁっ!? 頼むよ開けてくれ! お前以外に頼れそうな奴はいないんだって! 先生方には知られちゃまずいし、本当に緊急事態なんだよ!)」

 

無慈悲に閉ざされた扉に、一夏は小声で叫ぶという高等技術を披露しつつ扉を叩いた。まさか、用件を言う前に門前払いを食らうとは思っていなかったので一夏の慌てぶりは凄まじかった。

 

後ろで不安そうにしているシャルルには男装用のコルセットを着けてもらっているし、一方通行の部屋は一年寮の端にあるがそれでも他人にバレはしないかと冷や汗ものだ。

 

「い、一夏……本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「……何だろう、すごい不安になってきたよ……」

 

ぼそっと後ろでシャルルが呟いたが、それどころではない一夏の耳には届いていなかった。なおも必死の懇願を続ける一夏だが、一方通行は聞く耳を持たない。

 

「……まずいな、鈴科が頼れないとなると他にアテが無い」

 

「あら、どうして?」

 

「鈴科以外に、今の状況を理解できて冷静に対策を練れそうな人が居ないからな。逆に、そんな奴は鈴科しか俺は知らない」

 

「ふぅん。なら私じゃダメかしら?」

 

「いや、シャルルは元々―――え?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

順に、一夏、シャルル―――そして、聞き覚えの無い女性の声。いつの間にか、一夏たちの横に見知らぬ女性が立っていた。一拍遅れて、一夏が突然現れた女性に対して誰何する。

 

「誰……ですか?」

 

「うん? 私の名前は更識楯無。君たちの長たる、IS学園生徒会長だよ」

 

そう言って、楯無は妖しい笑みを浮かべながら『神出鬼没』の扇子をぱっと広げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「どうしたの皆、黙りこんじゃって」

 

貴女のせいです、と一夏は心の中で楯無に突っ込む。

 

一応、楯無のおかげで部屋に入ることは出来た。しかし、一人で過ごす分には十分な広さでもやはり四人ともなると手狭になってしまう。よって、ベッドには一夏とシャルルが腰掛け、デスクの椅子には楯無が座り、部屋の主たる一方通行が壁に凭れているのだが。

 

シャルルは借りてきた猫のように身を縮め、一方通行を頼ってやって来た一夏でさえも戦々恐々としていた。理由は簡単だ。

 

 

 

 

 

 

『透夜くーん? ちょっと開けてちょうだーい』

 

『……何でオマエまで来てるのかは知らねェが、面倒事持ってくンじゃ『おっ邪魔っしまーす!』―――ごッ』

 

楯無が扉を蹴り開け、すぐ近くに立っていたらしい一方通行を弾き飛ばした。数秒後、無言で起き上がった彼はその右腕に漆黒の装甲を展開し―――

 

『うおおおお待て待て待て落ち着け鈴科ッ! 気持ちは分かるがそれはヤバい! っていうか更識先輩も何してるんですか!? そりゃ誰だって怒りますよ!』

 

『一夏くん、私の事は名前で呼んでいいのよ?』

 

『怒りますよ!?』

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

(帰りてぇぇぇええええ!! 超恐ぇぇぇええええ!!!)

 

結果、視線だけで人を殺せそうな程不機嫌な一方通行とそれに怯える一夏とシャルル、それを見てニヤニヤする楯無という構図が出来上がったのだった。

 

そのまま沈黙が続くかと思われたが、果たしてこの状況を作り出した自覚があるのか無いのか楯無が口火を切った。

 

「さて、一夏くんにシャルルくん―――いや、シャルルちゃんのほうがいいのかな? お二人は透夜くんに一体なんのご用事?」

 

彼女が何気無しに放った言葉に、一夏の体がぎしりと強張った。当然だ。シャルルが女子だということが既にバレているなどと思いもしなかったのだから。

 

そんな一夏の様子に気付いたのか、楯無は苦笑する。

 

「あのね一夏くん。さっきも言ったけど、私はこの学園の生徒会長。生徒のことは大体なんでも知ってるわ。……それに、透夜くんだってシャルルちゃんが女の子だってことは知ってたみたいよ?」

 

「えっ!?」

 

そうなのか? と視線で問い掛ける一夏。一方通行は心底うんざりと言った様子で楯無を睨んでから、無言の肯定を示す。そして、視線を一夏に移すと口を開いた。

 

「……話せ。オマエらを叩き出すかはそれから決める」

 

一方通行にそう言われ口を開きかけるが、その直前で一夏は楯無に目線を向ける。視線に気付いた楯無は、不敵に笑って扇子を広げた。そこには『心配無用』の四文字。

 

「一夏くんが考えてること当ててあげましょうか? 『この人は生徒会長だから、学園に害を及ぼし得る可能性のあったシャルルをただでは済まさないんじゃないか?』でしょ?」

 

「……はい」

 

妙に良く似た一夏の物真似で、彼の心情を言い当てる。殆ど完璧に見透かされていた一夏は頷くしかない。すると楯無は扇子を閉じ、今度は安心させるように笑った。

 

「確かに学園の安全は大事よ。でもそれが―――『生徒一人の安全』を捨てていい理由にはならない。生徒を助けるためなら、私は力を惜しまないわ。だから、遠慮せずに話してみなさいな」

 

要は、楯無がシャルルの味方になってくれるのだ。思わぬところで協力者を得ることが出来た一夏は、シャルルに目線で確認を取る。彼女が小さく頷くと、先程の話を二人に伝えた。

 

シャルルの父親のこと、父親によって学園に送り込まれたこと、フランス政府の策略、それによって本国に出る被害を何とかしたいこと。

 

二人は黙って話を聞いていたが、各々の赤い瞳には違った色が見てとれた。洗いざらい話終えた一夏は大きく息を吐き、反応を待つ。

 

「っつーかよォ」

 

意外にも、最初に口を開いたのは一方通行だった。だが―――

 

「何でオマエは俺の所に来やがった。教師か、それこそオマエの姉にでも頼ればいいだろォが」

 

「……先生方には言えない。千冬姉は―――」

 

「―――迷惑をかけたくねェから頼れませン、ってか? じゃあオマエは、オマエが俺に助けを求めることで俺が迷惑するって可能性は考えなかったワケだ」

 

「それは……」

 

言い淀む一夏。一方通行の口撃は止まらない。

 

「事実だろォが。……デュノアにしても、フランス政府がオマエを女だとバレる可能性を考慮してねェとでも思ってンのか。バレたら即刻切り捨てて、デュノア社の独断行動だとか何とかで知らぬ存ぜぬを突き通すに決まってンだろォが。それを助けたい? はっ、フランス貴族様はよっぽどのお人好しらしィな」

 

「……っ」

 

彼の言葉は正しい。正しいからこそ、言い返せない。

 

「俺がオマエらにしてやる事なンざ何一つねェし、してやれる事もねェ。頼るンならそっちを頼れ。―――俺は知らねェ(・・・・・・)

 

楯無を視線で示してそう言うと、扉を開けて部屋から出ていった。残されたのは、顔を俯ける一夏とシャルル、そして、一方通行が出ていった扉を眺める楯無。

 

沈黙が続くかと思われたが、椅子から立ちあがった楯無は扇子を鳴らすと小さく笑った。

 

「何とかしてって言われたら、何とかするのが私の仕事。―――さてさて、二人は一体どうしたいのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――透夜くん好きよね、屋上(ここ)

 

後ろから聞こえてきたその声の主を、肩越しに見やる。コツコツと床を鳴らしながら隣に並び立った彼女は、彼と同様に柵に体を預けた。

 

「……話は終わったのか」

 

「ええ。これでシャルルちゃんの身の安全は確保されたし、フランス政府の腐敗の芽も摘めて一石二鳥よ」

 

「そォかよ」

 

少しの静寂。それを破ったのはまたしても彼女。

 

「……透夜くんなら解決策を見つけるのも簡単だと思うんだけど、どうして助けてあげなかったの?」

 

「逆に訊くが、俺が助けを求められて喜ンで手ェ貸すよォな人間に見えンのかよ」

 

「見えるわね。少なくとも私には」

 

「ならオマエの目は節穴だな。生憎俺には慈悲や慈善なンてモンは備わってねェンだわ」

 

そう言って、歩き出す。

 

 

 

 

 

 

「―――そんなに怖い? 他人の好意に応えるのが」

 

 

 

 

 

 

足が止まった。

 

「……言い方を変えるわ。向けられた好意に応えることで、他人と親しくなるのが怖いの?」

 

「……」

 

「透夜くんならなんとかしてくれる、そう思ったからこそ一夏くんはあなたの所に来た。ある意味では、先生方よりも頼れると思って」

 

「勝手な責任転嫁だ。自分じゃどォにもできねェから他人に押し付けただけだろォが」

 

「そうね、そうとも言えるわ。でも、そうなったのは透夜くんが普段から『そう』なるように過ごしていたからよ。透夜くんなら大丈夫、透夜くんなら知ってる、透夜くんなら―――って」

 

「……、」

 

「向けられた好意全てを拒んだところで、後に残るのは孤独と静寂。あなたはわざわざそれを選ぶの?」

 

「……いつから生徒会長ってなァ生徒の心に踏み込む役職になりやがった? 俺がオマエにとやかく言われる筋合いなンざどこにもねェだろ」

 

「じゃあ質問を変えましょうか。―――好意を拒まれた方の気持ちって、考えたことあるかな」

 

「―――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――こっちに来るな、化物!

 

―――お前なんか友達じゃない! あっち行けよ!

 

 

 

 

 

 

信じていた者に裏切られた。

 

頼っていた者に見放された。

 

仲良くしていた者は近寄らなくなった。

 

向けた好意が、敵意となって返ってくる。

 

それは、その辛さと苦しみは、彼自身が痛いほどに知っている。もう二度と、思い出したくないほどに。

 

「……お節介かもしれない。余計なお世話かもしれない。虚言だとあしらってくれても構わない。それでも透夜くんのために、言わせてもらうわ。―――好意っていうのは、拒んだ方も拒まれた方も、お互いに傷付くの。かといって向けなければ、待っているのは苦しみだけよ」

 

「……、それで、オマエは俺にどォして欲しいンだよ」

 

僅かに力を失った声で、彼は問う。

 

「何も求めはしないわ。あなたを変えられるのはあなたであって、私じゃないもの」

 

彼女は小さく笑うと、おやすみなさい、と言い残して去っていく。

 

扉の向こうに消えた彼女の背中に視線を向けて、彼は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

―――オマエのそれも、『好意』に入るのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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