Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る 作:パラベラム弾
「しっかし、すげぇなこりゃ……」
六月は最終週。
トーナメント初日、更衣室のモニターから観客席を眺めていた一夏はそう呟いた。
広大な面積を誇るIS学園のアリーナは、余程のイベントがなければ満員になることは少ない。
それが今現在は各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、スカウトマン、その他諸々の顔ぶれがこれでもかと言うほどに詰め込まれており、今回のトーナメントが如何に大きなイベントであるかを物語っている。
「三年生はスカウト、二年生には一年間の成果の確認。一年生にも優秀な人材がいるかのチェックが入るからね。それに、今年は一夏と鈴科くんの二人がいるし、そっちを確認する意味合いも大きいと思うよ」
返事を期待したわけではなかったが、すぐ近くから彼のペアであるシャルルの解説が飛んできた。
「ふーん、ご苦労なこった」
モニターを眺めながら生返事を返す一夏に、シャルルは苦笑しながら彼の隣に腰を下ろす。
「やっぱり、ボーデヴィッヒさんとの対戦が気になる?」
「そりゃ……まぁな」
鈴音とセシリアがラウラと戦って負傷したことは知っている。病室に訪れて安否を確認したときは軽傷だと聞かされたものの、それでも一夏はラウラに対して強い憤りを感じていた。
自分一人だけに突っ掛かってくるならまだよかった。しかし、その敵意が周囲の人間に飛び火したとあっては流石に見過ごすことはできない。原因が自分にあるとするならば、自分が彼女を打ち倒すしかなかろう。
無意識に固く握り締めていた拳を、シャルルの細い指先がそっと解す。
「感情的にならないでね、一夏。彼女には代表候補生の凰さんとオルコットさんを同時に下すだけの実力がある。おそらく、一年の中では現時点での最強だと思う」
「いや、違う」
「えっ?」
少しだけ引き締められた顔でそう告げたシャルルの言葉を、しかし一夏は首を振って否定した。
「一年最強は、鈴科だ。あいつは、代表候補生四人がかりで挑んでも勝てるかどうかわからない。それくらいの相手なんだ。もしラウラと戦う前にあいつと当たったら―――」
「ストップ、一夏」
一夏がその先を口にする前に、シャルルが人差し指を彼の口に当てて言葉を封じた。
「戦う前からそんな弱気じゃダメ。勝てる試合も勝てなくなっちゃうよ? 可能性の話をしたってしょうがないんだから、今は一試合目を突破することだけを考えて」
「……そうだな、悪い。ありがとな、シャルル」
「いいって。これもペアの仕事だからね」
そう言って、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべた。それにつられて、一夏も口許を僅かに綻ばせる。
熱血思考で直情的な一夏にとって、冷静な思考を持って物事を俯瞰できるシャルルは正に最高のパートナーと言えた。
それはIS戦闘においても言えることであり、近距離で戦う一夏を中遠距離からシャルルが援護し、逆にシャルルが間合いを詰められそうになれば一夏がカバーに入る。
互いが互いの利点を殺さずに立ち回ることで、結果として非常にバランスのとれた戦闘局面の展開が行えるのだ。
「さて、こっちは準備できたぞ」
「僕も大丈夫。いつでもいけるよ」
どちらもコンディションチェックは済んでおり、後は対戦表が発表されるのを待つばかりとなった。
一夏たちの試合はAブロック一回戦の一組目、つまり全試合の一番最初に行われる。初戦で順当に勝つことができれば、今後の試合のためのモチベーション向上に繋げることができる。
とはいえ、一番最初に戦うということは即ち自らの手札を晒すことにも繋がるので、一概にメリットばかりであるとは言いがたいことも確かではあったが。
まだ見ぬ対戦相手とどんな戦いをすることができるのか。そんなことをつらつらと思考していた一夏だが、モニターの画面が切り替わったことでそちらに意識を向けた。
(俺たちは一回戦だから一番左上……あった。で、対戦相手は―――)
そこに表示されていた文字を見た一夏は、数秒固まった後に目を擦り、自らの視界が正常であることを確認した上でもう一度画面を食い入るように見つめた。
しかし、何秒見つめても何度目をしばたかせてもその文字が変わることはない。
『鈴科透夜&ラウラ・ボーデヴィッヒ』
一夏の頬を、一筋の冷や汗が流れ落ちた。
◆
時は少し遡る―――
「鈴科透夜」
「……、」
背後からかけられたその声に、一方通行は足を止めると僅かに顔をしかめながら首だけ振り向いた。
腰まで伸ばした銀髪にルビーのような赤い瞳、150cmにも満たないであろう矮躯と白い肌、そして左目を覆う無骨な黒眼帯。見間違うはずもない、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒの姿がそこにあった。
「聞くところによれば、貴様はまだトーナメントのペア申請を出していないそうだな」
「……、だったらなンだ?」
「簡単な話だ。私とペアを組め」
「あァ?」
ラウラの口から放たれた言葉が予想外だったのか、思わずといった風に彼の口から間の抜けた声が上がった。次いで、その言葉の真意を確かめるように訝しげな視線をラウラに向ける。
「忌々しいが、トーナメントにはペアでの参加が必須らしいからな。……認めたくはないが、貴様の戦闘能力はこの私とシュヴァルツェア・レーゲンの力を持ってしても苦戦は免れないだろう。貴様が敵に回る可能性を潰せるのならそれでいい」
ラウラの目的は一夏を叩きのめすことであり、トーナメントという大義名分を背負って戦える今回のイベントは最高の舞台である。
しかし、一度負けてしまったらその時点で脱落のトーナメントだ。彼のことを『厄介な相手』だと判断し、一夏と当たる前に一方通行との試合は避けたいと考えたのだろう。
一方通行としては試合など勝とうが負けようがどっちでもいいというのが正直なところだが、いい加減この少女が一夏に向ける敵意があちこちに飛び火し始めている。一夏と二人でドンパチやるのならば一向に構わないが、それで自分の周囲に被害が及ぶというのならば―――話は別だ。
「―――必要な書類はオマエが揃えとけよ」
「―――ふん。では交渉成立だな」
◆
(一回戦で織斑のペアか……運がいいンだか悪ィンだか)
一方通行は、更衣室ではなく控え室のモニターで組み合わせを確認していた。既に着替えは済んでいるため、あとはペアであるラウラを待っているだけの状態だ。することもなくぼんやりと虚空を眺めたまま、戦力として不満はないがペアを組むには不満な少女を待つこと数分。
控え室の扉が開き、グレーのISスーツに身を包んだラウラが姿を見せた。
流石は現役軍人というべきか、しっかりと鍛えられた身体に余分な肉は無く、しなやかな筋肉で形作られたラインはどこか小柄な獣を連想させる。
「組み合わせは」
彼女の問いに、一方通行は目線と首の動きでモニターを示す。その視線の行く先を追ったラウラは食い入るようにモニターを見つめていたが、やがて不気味に口許を歪ませるとピットへ続く扉へと歩き出した。
が、すぐに一方通行の声がその歩みを止める。
「……よォ、この際だから一つ確認させてくれや」
「……何だ」
「―――オマエが織斑を狙う理由はなンだ?」
一夏の名を口にした瞬間、ラウラの纏う雰囲気が一変する。ゆっくりと振り向いた彼女の隻眼の奥には、憎悪という名の暗い炎が確かに灯っていた。
「あの男は教官に汚点を残させた。あの人に汚点などあってはならない。ならば、その原因である織斑一夏を排除するのは当然であり、それが私の役目だ」
彼女が吐き出す言葉を黙って聞いていた一方通行だが、やがて大きく息を吐き出すと、
「―――
「……、何?」
「仮にオマエが織斑を殺したとして、そンで織斑千冬の汚点が消えるワケじゃァねェだろォが。それともなンだ? オマエのISには事象改変の能力でも備わってンのか?」
過去を変えることは出来ない。いくら悔やみ、何度足掻き、何をしようとも起きてしまったことは受け入れるしかないのだ。
「だとしたら何だ。私は織斑一夏を排除し、これ以上教官の汚点が増えることを防ぐまでだ」
「ほーォ、ンじゃ次に織斑千冬の汚点になるのはオマエだな」
「なんだと……?」
「仮にオマエが織斑を殺したとして、織斑千冬がオマエに感謝の言葉でもかけてくれるとでも思ってンのか」
「っ……、」
千冬がラウラにそんなことを頼んでなどいないのは火を見るよりも明らかだ。学園での様子を見ていれば、考えるまでもなくわかることだろう。
しかしこの少女はその現実から目を逸らし、一夏を排除することを自らの役目だとすることで使命感に浸り、尊敬する師の気持ちを考えないようにしていたのだ。そんなもの、ただの勝手なエゴイズムでしかない。
間違いに気付かずに、取り返しのつかないところまで進んでしまえばもう、首を締め付ける後悔という名の縄は決して緩むことはない。
この少女はまだ、引き返せる。
今ならばまだ、自らの首にかけた縄を解き、別の道を模索することだって出来るはずだ。
手遅れになった、かつての自分とは違って。
(……何やってンだろォな、俺ァ)
彼とて、それこそ勝手なエゴでしかないことは理解している。自分と同じ失敗をこの少女にさせないことで、自分もやり直せたつもりになりたいだけなのだと。
なにせ、似ているのだ。どうしようもなく、自分とこの少女は似通っているのだ。
同族嫌悪にも似たものだろうか。彼自身が、かつて選択を間違えた自分を責めている以上その自分と同じ道を辿ろうとしているラウラを忌み嫌うのは当然だ。自分の失敗をまざまざと見せつけられているようで無性に苛立ちを覚える。
うつむいている彼女の表情は、前髪に隠れてしまい伺い知ることは出来ない。
暫しの沈黙の後、絞り出すような声が小さく呟いた。
「……貴様に、何が解る?」
「あ?」
彼がそう返した瞬間。
まるで決壊したダムのように、少女の思いが一気に溢れだした。
「貴様ごときに私の何が理解出来るというのだ!? 私にはあの人しか居ない! あの人は私を救ってくれた! あの人は私に力を与えてくれた! あの人は私の全てだ! それを、貴様に、貴様が―――!」
普段の彼女からは想像も出来ない程に声を荒げ、噛みつくように彼の顔を睨み付けながら、叫ぶ。が、途中で冷静さを取り戻したのか、すぐに言葉は途切れた。
「…………いや……、貴様には関係のない話だ。……必要以上、私に構うな」
ぼそりとそう告げると再び顔を俯け、足早に扉へ向かうと今度こそその姿を消した。その扉をしばらく眺めていた一方通行だが、大きなため息を一つ吐き乱暴に頭を掻いた。
そもそも、自分とて他人のことをとやかく指摘する資格なぞ持ってはいないというのに、今さらどの口が高説を垂れようなどと宣うのか。
嗚呼、くだらない。実にくだらない。
自分勝手な使命感に囚われている彼女も、他人を矯正することに自らの救いを求めた自分も。自らの失敗をやり直そうとしている時点で、過去に囚われているのは自分の方ではないのか。
―――本ッ当に、くだらねェ。
言い様のない胸の苛立ちを吐き捨てるように、眉をしかめて小さく呟いた。
◆◇◆
『さぁいよいよ始まります、最も注目されているといっても過言ではない対戦カード! 織斑一夏&シャルル・デュノア! 対するは鈴科透夜&ラウラ・ボーデヴィッヒ!』
実況席の少女がやたらとテンションの高い解説をする度、アリーナ全体を揺るがさんばかりの歓声が上がる。
爆音と呼んでも差し支えないその喧騒に包まれながら、一夏は静かに集中力を高めていた。
眼前には漆黒のISが二機。両機ともにカラーリングは全く一緒だが、放つ雰囲気は全くの別物だった。
ラウラはピリピリと肌を刺すような冷たい敵意を放っている。対する一方通行は敵意も何も感じられない自然体そのものだが、逆にそれが不気味に感じられる。
どちらに対しても、数瞬たりとも油断など出来ない。
右手に提げた雪片弐型を握り直し、正眼に構える。
重心を下げ、いつでも動き出せるような姿勢へ。
―――小さく息を吐く。
集中力を極限まで高める。
周囲の喧騒が嘘のように消える。
―――5。
―――4。
―――3。
―――2。
―――1。
―――試合、開始。
純白の機体が、音速を超えて飛び出した。
筆が乗らない……大分表現が稚拙になってますね……