Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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二十一話

「―――うああああァァァァァァああああああっ!!!」

 

突如、ラウラの口から凄まじい絶叫が迸った。次いで、シュヴァルツェア・レーゲンから放たれた電撃が接近していたシャルルを弾き飛ばす。

 

刹那、彼女が纏うシュヴァルツェア・レーゲンにも変化が訪れた。

 

まるで一度完成させた銅像を再び鋳溶かすかのように、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲全てがその形を崩したのだ。宛ら黒い水銀のように、どろりどろりと流動しながら質感さえも変化させていく。

 

あまりの光景に呆然とする一夏たちの眼前で、シュヴァルツェア・レーゲンだったもの(・・・・・)はゾルリ、とラウラを飲み込んでいった。

 

繭のようにラウラを包み込んだソレは、生きているかのように規則正しく胎動を繰り返しながらゆっくりと地面に降りていく。

 

そして、地面に辿り着いた瞬間ソレは再び形を変えた。粘土細工を作り上げる工程を早回しするかのように、急速に形を作っていき―――やがて、黒い全身装甲のISに似た『何か』が完成する。

 

ソレはラウラの姿をしているものの、そこに彼女の意思があるとは到底思えない。四肢に最低限の装甲と、右手に提げた一振りの刀。そしてその刀の銘は、

 

「『雪片』……!」

 

かつての世界最強が振るった、雪片弐型の先代とも言える武装。それを何故あのISが所持しているのか。一夏の頭の中を疑問が支配する。無意識に雪片弐型を握りしめ、中段に構え直した瞬間、黒いISが動きを見せた。

 

右手で握った雪片を左腰まで持っていき、左手を添え腰を落とした居合いの型。教本のような美しい姿勢からそのまま地を這うように肉薄し、抜刀。

 

―――曰く、居合いの達人が振るう剣先を肉眼で捉えるのは不可能とも云われる。

 

「ぐッ!」

 

ギャリィィン!!という金属が擦れる耳障りな音を立て、一夏の手から雪片弐型が弾かれた。抜刀の威力を受け止めきれなかったのか、その体勢も大きく傾いている。

 

そして黒いISが流れるような動きで次の型へと移行した瞬間、一夏の疑問は驚愕へと変化した。居合抜き水平斬り、そして大上段からの一閃。

 

それは、紛れもなく千冬の太刀筋だったからだ。

 

黒いISの顔を覆う装甲から覗く、無機質な光を放つ赤いラインアイ・センサーが一夏を捉えた。

 

回避する間もなく雪片が降り下ろされ―――凄まじい衝撃と共に白式が後方へと吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな一連の流れを観察していた一方通行は、静かに思考を巡らせていた。誰の理解も追い付いていないこの状況で、しかし彼はいつもと何ら変わらず冷静なままであった。

 

(見たことねェ変化だが……二次移行じゃねェな。あのチビが乗ってるISの能力ってワケでも無さそォだが)

 

考えられる可能性を脳内でざっとリストアップするが、彼の知る限りISの形を基本骨子から変形させるほどの能力や形態変化は無い。数秒程記憶を漁っていたが、該当するものが無かったために検索を諦める。

 

束の元でISに関する情報を粗方吸い上げている彼が知らないとなれば、それは近頃開発されたものか、若しくは近頃完成したものかのどちらかに絞られる。

 

周囲を見渡せば、シャルルが呼び出して投げ捨てたままになっている武装がそこかしこに転がっている。本来、他人の武装は所有者の許可が無ければ使用することができないようにロックがかかっているが、さして問題はない。

 

その中で残弾ありのものを適当に手に取り、能力で強引にロックを解除すると黒いISに向けた。その瞬間、一方通行目掛けて飛び出していく黒いIS。

 

向けられた武装や攻撃に対して作動する自動迎撃プログラムのようなものだろうとアタリをつけた一方通行は、適当に残弾を撃ち込むと銃を捨てた。

 

反射、もといベクトル操作を行うとエネルギーを多く消費する。出力を上げれば尚更であり、強力な攻撃―――例を挙げればシャルルのパイルバンカー等を連続で反射すれば、相手への大ダメージと引き換えにこちらもガス欠になりかねない。

 

故に、近距離でのカウンターが確実に決められるのは初撃の、しかも相手がこちらの手を知らない場合に限る。

 

(せいぜい全力で攻撃してくれよチビ―――ッ!?)

 

突如、彼の赤い瞳が見開かれた。

 

一方通行へと向かってくるISに対し、横から割り込む形で一夏が突っ込んできていたのだ。当然、無手で構えている一方通行よりも雪片弐型を構えた一夏の方が脅威と判断され、黒いISがぎゅるりとその向きを変え迎撃の姿勢に移った。加えて白式のシールドエネルギーの残りはもう僅かだ。エネルギーが底をつけば命の保証はない。

 

「ンのボケが……ッ!」

 

苛立ちも露わに毒づくと、瞬時加速を発動。今まさに激突しようとしていた両者の間に高速で割り入った。

 

「鈴科!?」

 

一夏が驚愕の声を上げるが構わず、乱雑に腕を振り抜いた。ゴバッ!! という破砕音と共に黒いISが地面とほとんど水平に吹き飛び、一切勢いを衰えさせぬままアリーナ内壁に激突した。シールド一枚を隔てて、観客席で避難を続けていた生徒達が悲鳴を上げてへたり込む。

 

一夏の顔は激情に彩られていたが、一方通行は躊躇無くその胸ぐらを掴み上げた。静かな怒気を孕んだ声が、冷えきったナイフの様に一夏の熱を一瞬で削ぎ落としていく。

 

「……何しに出てきやがった?」

 

「離せよ鈴科。これは、こればっかりはいくらお前でも譲れない……!」

 

「エネルギーはほぼゼロ。接近戦じゃオマエが下だ。かといって遠距離武装なンざ積ンじゃいねェ。そンな状況でオマエに出来るコトがあるとでも思ってンのか」

 

「っ、無い……けど、俺は―――」

 

「そォかよ。ンじゃ話は終わりだ」

 

なんの前触れもなく、一夏の眼前に青白く発光する球状のエネルギー体が出現する。ソフトボール大のそれを見た一夏が怪訝そうに眉をひそめた刹那、エネルギー球が炸裂した。至近距離で放たれたそれは、僅かに残されていた白式のシールドエネルギーを残らず消し飛ばす。

 

「な……っ!?」

 

驚愕に目を見開く一夏、そして彼が纏う白式がその力を失い量子に還った。生身の一夏を右手に掴んだまま、ようやく体勢を立て直したシャルルの元へ飛翔した一方通行は適当に一夏を地面に下ろすと、

 

「デュノア、コイツを見とけ。間違っても戦線復帰させようなンざ考えるンじゃねェぞ」

 

「待てよ鈴科! 俺はまだ―――!」

 

まだ一夏が何かを叫ぼうとしていたが、意図的に声を意識から遮断して黒いISへと向き直る。

 

一夏が戦線に立ったところで出来ることなど何も無いどころか、足手纏いにしかならない。シールドエネルギーは枯渇寸前、決め手の零落白夜を発動する余力すらない状態で一体何ができるというのか。

 

気合いだけでは、感情だけではどうにもならないものがある。それだけで全ての苦難を乗り越えられていけるのならば、人間誰も苦労などしない。

 

自分と一夏、どちらが戦った方が勝率が高いか。それを冷静に判断し、合理的な選択をした。

 

それだけだ。

 

「―――、」

 

息を一つ吐いて、余分な思考を削ぎ落とす。

 

彼の専用機、夜叉に搭載されている武装は三つ。

 

一つは彼の能力『一方通行』を基にした空間圧作用兵器『VROS』、正式名Vector_Reversible_Offensive_Shield(ベクトル反転性攻性障壁)

 

彼の演算パターンをISの演算領域に転写、イメージ・インタフェースとPICを応用することで『ISの武装として』能力を使用できるようにした武装だ。

 

勿論、その気になれば街一つ分の大気の流れすら演算して予測・読み取りを行える程の処理能力を持つ彼の演算能力をそのままコピーすることはできないため、スペックは著しく落ちている。

 

それでも簡単な『反射』や『統一』は行えるため、『かなり強力な武装』の範疇で収まっている。そのおかげで能力の隠蔽に苦労はしていないので、彼としてはさして気にする問題でもないが。

 

もう一つは、四肢の装甲に組み込まれた『展開装甲』と呼ばれるアクティブ・エネルギー・ブラスター。状況に合わせて、機動・攻撃・防御と使い分けることができる万能武装だ。以前ラウラと小競り合いを起こしたときに使用した腕部ブレードがこれにあたる。

 

(さて)

 

そして、三つ目の武装。

 

彼の周囲に、先程のエネルギー球が再び出現した。

 

数は十。

 

それら全てが一瞬圧縮されたように縮まり、

 

 

 

 

 

「潰される準備は出来たかクソチビ」

 

 

 

 

 

斉射された。

 

キュバッ!! というエネルギー兵器独特の空気を灼く音と共に、無数の光線に変化したそれは黒いISへと豪雨のように降り注いだ。地が砕け、砂塵が爆発する。

 

これこそが、VROSと並ぶもう一つの特殊武装。思考感応型射撃システム(・・・・・・・・・・・)『幻月』。

 

言葉通り、照準から射撃までの全てを思考によって操作する武装だ。使い勝手はセシリアのビットと似ているが、彼女のそれとは違い一度の射撃弾数に制限がなく、やろうと思えば百発同時射撃すら可能だ。

 

更に、目視で照準を定める必要がないため対象の存在を感知してさえいればそれでいい。実弾ではないので有効射程は存在せず、ハイパーセンサーの知覚範囲内全てが幻月の射程範囲となる。エネルギーの消費は跳ね上がるが、VROSとの同時展開で擬似偏向射撃(フレキシブル)まで可能なのだ。

 

加えて、一方通行の情報処理能力は並のスーパーコンピューターを軽く凌駕する。

 

死角など存在するわけがなかった。

 

彼はその場から一歩も動かず、それでいて黒いISは歩を進めることすら儘ならない。

 

最早それは戦いではなく、圧倒的火力と暴力的手数に物を言わせた蹂躙であった。

 

やがて、黒いISから紫電が漏れ出る。それは更なる変化を告げるものではなく、IS強制解除の兆候であった。弱っている、と判断した一方通行は幻月の射撃を停止し、弾丸の如き速さで黒いISの懐へと突っ込んだ。

 

最後の抵抗とばかりに雪片が振るわれるが、それも呆気なく反射の壁に阻まれて弾き返される。それを視界の端に捉えながら右手の五指を開き、黒いISへと勢いよく叩きつけた。

 

瞬時加速によって生まれた莫大な運動エネルギー、そのベクトルを統括制御し右手一点に集約させたその一撃は、触れるもの全てを薙ぎ払う悪魔の一撃へと変貌する。

 

ダパンッ!! という、水風船を破裂させる音を何十倍にも大きくしたような爆音が鳴り響いた。黒いISを形作っていたシュヴァルツェア・レーゲンの成れの果てが弾け飛んだ音だった。

 

内部に取り込まれているラウラにダメージが行かない絶妙なベクトル操作で、こびりついていた汚れを落とすように、彼女が纏う黒いISだけを的確に弾き飛ばしていた。

 

「……ぁ、が…………」

 

そうして、黒い繭から白い少女が力なく吐き出され。

 

余りにも呆気なく、異変はその幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見覚えの無い景色だった。

 

等間隔で並ぶ風力発電のプロペラと、聳え立つ無数の高層ビル。本来なら別々の場所にあって然るべきものが一緒になって建ち並んでおり、しかしそれは風景に妙に馴染んでいた。

 

それらを認識してから、ふと自分の状況を確認してみる。

 

まず触覚がない。味覚も嗅覚も感じられない。あるのは視覚と聴覚だけ。そんな非現実的な状況だというのに、起き抜けのように霞がかった思考は違和感を覚えなかった。

 

ただ、私の眼前で展開されているその光景をぼんやりと眺めていることしか出来なかった。

 

ビルとビルの間にある、小さな公園。

 

複数人で固まっている少年たちと、そこから少し離れた位置に立つ白髪の少年。

 

白髪の少年が両手に持つボールを受け取ろうとしたのだろう、グループの中から少し大柄な少年が歩み寄って、手を伸ばした。

 

が、その手が彼に届くことはなく、突然大柄な少年が後方へと吹き飛ばされて蹲った。―――ぶらりと垂れ下がった自らの右手首を押さえながら。

 

白髪の少年は驚いたように駆け寄ろうとするが、その歩みはすぐに止まってしまう。

 

 

 

 

大柄な少年が、化物か何かを見るような視線で彼を見ていたからだ。

 

 

 

 

 

彼だけではない。

 

その隣の少年も、さらに隣の少年も、皆一様に怯えた表情で白髪の少年を見ていた。その瞳に、恐怖以外の感情は映っていなかった。

 

そこで、唐突に場面が切り替わる。

 

街中に佇む白髪の少年。自然体で立つ彼に向けて、黒服の男たちが拳銃を向けていた。彼らの瞳もまた、嫌悪や恐怖、怯えで塗りつぶされている。

 

更に場面が変わる。

 

歩道橋の上に立つ少年。

 

周囲は、まるでテロリストを相手にするかのような様相だった。バリスティックシールドを構えて隊列を組んだ特殊部隊らしき者たちも居れば、アサルトライフルを構えた者や負傷した隊員を治療する者、果ては攻撃ヘリや無人ドローンまでもが彼一人を取り囲んでいた。

 

向けられる敵意。敵意。敵意。

 

それを眺めていた白い少年が何事かを呟くと同時、再び場面が変わる。

 

狭苦しい部屋だった。

 

ポツリと置かれた机と椅子。そこにあの少年が腰掛けていた。

 

前髪に隠れた表情は伺えない。

 

彼は何も言わない。

 

私も何も言えない。

 

ただ、痛々しい程に感じられる孤独と悲しみだけが、実態の無いはずの私の胸を締め上げていた。

 

……これが、お前の犯した過ち……なのか?

 

『……そォだ』

 

……辛くは、なかったのか。

 

『……そりゃな』

 

……では、何故お前はその力を捨てない?

 

『……、さァな。やりてェコトをやれねェまま終わンのは後味悪ィからじゃねェのか』

 

……やりたい、こと?

 

『………………、俺ァ、俺一人の身しか守れねェ。俺の側に居る「他人」は誰だろォと必ず傷付いた。守ろォとして手を伸ばしたって、その手で相手を傷付けちまうンだからよォ』

 

…………。

 

『どォ足掻いたって無駄だと思ってた。普通に過ごすのは無理だと思ってた。けどよォ―――手を、取ってくれたンだ。誰からも拒まれ続けて、他人を拒み続けた俺みてェなクソッタレの手をだ。だから俺は、俺が持つ全てを使って、俺を受け入れてくれたもの全てを守り抜く。そいつらが守りたいモノまで含めてだ。このチカラを、俺じゃなく他人の為に使うことができて初めて、俺がチカラを手に入れた意味が生まれる。その意味を手にするまで諦めるつもりはねェよ』

 

……では、お前はなぜそんなにも強い? 強さとは、強くあるとはどういうことなのだ……?

 

『知るかよ』

 

即答だった。

 

つまらなそうに嘆息しながら、視線をこちらに向けていた。私と同じ、赤い瞳。

 

『そンなモン、オマエ自身で考えろ。他人に自分の解答を求めてンじゃねェよ』

 

……私自身で、考える……。

 

―――強さとは、何なのか。

 

………………あぁ、なんだ。

 

答えは、すぐそこに在ったのか。

 

 

 

 

 

 

―――鈴科透夜。

 

 

 

 

 

誰かを守り、他人を救う為に戦う。それはまるで、あの人のようで。それでいて、そこには揺らぐことの無い強靭な意思がある。

 

私に欠けているものは、きっとそれだ。

 

誰の為に何のために何を求め戦い、その果てに何を得たいのか。そこに私の意思がないから、些末な事で揺らいでしまう偽りの強さしか手に入らないのだ。

 

だが、私に目的などはない。

 

 

 

―――オマエ自身で考えろ。

 

 

 

……そうだな。それなら、ちょうどいい。

 

 

 

 

 

―――私の戦う意味が見つかるまで、お前の側で学ばせてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅ、あ……?」

 

ぼんやりとした光の中で意識を取り戻したラウラは、自分が部屋のベッドに横たわっているのだと気付くまでに数秒の時間を要した。

 

何か、長い夢を見ていたような気がする。最後のやり取りは朧気ながらも覚えているが、その前がさっぱり思い出せない。朦朧とする記憶を総動員して思い出そうとするが、やがて諦めた。と同時、カーテンが開かれる。

 

「目が覚めたか」

 

「教、官……私は、一体……?」

 

「全身に多大な負荷がかかったことで筋肉疲労と軽い打撲がある。動くと痛むだろう、無理はするな」

 

流石に怪我人の頭を叩く程鬼ではないのか、ラウラの呼び方については言及しなかった。しかし、ラウラの言及は終わってはいなかったようだ。

 

「何が……起きたのですか?」

 

全身に走る痛みに顔を歪めながらも、上体を起こしたラウラの眼は千冬の眼を真っ直ぐに見据えていた。やがて千冬はため息を一つ吐くと、他言無用であることを前置きした上で口を開いた。

 

VTシステム。

 

過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするものだが、IS条約でその一切の開発と使用は禁止されている。それが、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたという。

 

VTシステムを起動させるための条件は三つ。

 

操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ―――そして、操縦者の願望。

 

それらが揃うと発動するように設定されており、そしてラウラはそれを発動させてしまった。

 

他でもない、千冬になることを望んだが故に。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!」

 

突然名前を呼ばれ、弾かれたように顔を上げるラウラ。そんな彼女に、千冬は静かに問いを投げる。

 

「お前は誰だ?」

 

「私は……、私……は、…………」

 

だが、少女は答えることが出来なかった。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒであることを否定し、かといって織斑千冬にもなりきれなかった無様な自分は、ならば一体なんだというのだ。

 

「誰でもないのなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。なに、時間は山のようにある。何せこれから三年間は、この学園に在籍することになるのだからな。自分の在り方は自分で考えろよ」

 

そう言って席を立つと、ベッドから離れていく千冬。どうやら仕事に戻るようだった。あれだけのことがあったのだ、やることも山積みだろう。

 

扉に向かう千冬の背中をぼんやりと眺めていると、ドアに手をかけたところで彼女の動きが止まった。何事かと思い疑問符を浮かべていると、

 

「言っておくが」

 

「……?」

 

「お前は私にはなれないぞ。姉としての苦労を知らないお前では、な」

 

ニヤリと笑って、そう言った。

 

そうして今度こそ千冬は部屋を去っていき、残されたラウラはしばらくの間じっとしていたが、やがてその唇から笑いが漏れた。

 

「……ふ、ははっ。何を聞いても『自分で考えろ』か……」

 

やはり似ているな、と思う。

 

強さを持つものは皆そんなものなのだろうか。誰かに頼らず、一人で強くなっていったのだろうか。

 

……まあ、考えることは色々とあるが。

 

 

 

 

 

 

 

少なくとも、明日から退屈はしないな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。

 

長時間にわたる事情聴取で睡眠時間が削られたことを表すように、盛大な欠伸をしながら教室についた一方通行は、席に座ると夜叉のスペックデータを呼び出す。

 

そこには『SE残量58%』の文字が表示されていた。

 

(……やっぱ燃費の悪さがネックか)

 

VROS・幻月共に、エネルギーの消費量がバカにならない。かといって、拡張領域にその他の武装を積む余裕もない。エネルギー消費のない刀剣や槍などの近接武器ならば話は別だろうが、装備したところでまともに扱える自信はない。

 

ならば銃ならどうかというと、実弾装備はマガジンを携行出来ないので一瞬で弾切れを起こしてしまう。エネルギーライフルはその構造上どうしても銃身が巨大になってしまう。巨大な武器は機動力や小回りを殺すことにも繋がるので、彼の好みではない。

 

ため息を一つ吐くとウィンドウを消し、朝のSHRまで仮眠をとろうとした矢先、

 

「鈴科」

 

「……、」

 

かけられた声がそれを中断させた。視線だけ動かしてそちらを見れば、複雑な表情を浮かべた一夏が立っている。

 

十中八九、昨日の事件の際に一夏を半ば強制的に戦線離脱させたことに関してだろう。何やらあの黒いISに対して思うところがあったのだろうが、一方通行はそれを無理矢理退場させたのだ。文句の一つも言いたくなるというものだろう。

 

(……まァ、予想通りってトコか。さっさと納得させて寝るとする―――)

 

「悪かった」

 

「………………、は?」

 

思わず呆けた声を上げ、一夏を見る。

 

ふざけたり、茶化したりしている様子は一切ない。至極真面目な声音だった。それでいて、申し訳ないような悲しそうな表情を浮かべているのだ。

 

わからない。

 

何故この場面で謝罪の言葉が出てくるのか。

 

文句を言いに来ることは予想していた。罵倒されることも考えていた。だが、一夏が自分を恨みこそすれ謝罪してくる理由がまったくわからなかった。

 

軽い混乱状態に陥っている一方通行を差し置いて、一夏は言葉を紡ぐ。

 

「あの時は感情的になっちまったけど、俺も色々思うところがあってさ。お前に迷惑かけちまったよな、すまん」

 

「……、あァ……」

 

「お前が頑なに俺を戦わせなかったのは、俺を守るためだったんだよな。鈴科は自分のことあんまり話さないだろ? だからって言うつもりは無いけど、知らなかったんだ。お前がそんな事考えてくれてたこととか―――実はすごい心配性だってこととか」

 

「あァ……―――あァ?」

 

惰性で生返事を返してから、聞き捨てならない言葉に対して疑問の声を上げた。何か凄まじい誤解をされている気がする。

 

「他人の事が心配だけど、真っ正面から言うのは憚られるからそうやって冷たい態度を取ってるんだって。それ聞いて俺―――」

 

「待て。なンだその聞いてるだけで鳥肌モンのおぞましい捏造設定は」

 

「え? いや、だって、違うのか?」

 

「違ェよ! ちったァ疑えよありえねェだろ気持ち悪ィ! っつか誰だそンなフザけた情報流しやがった奴は」

 

「楯無先輩だけど」

 

「……オーケー。よっぽど殺されてェらしい」

 

「と、とにかく、今回のことは悪かった。俺ももっと強くなって、お前に守られる必要がないくらいになってみせるからさ」

 

「……そォかよ」

 

それだけ言うと、一夏は自分の席へと戻っていった。

 

(……チッ、更識のヤツ、貸しでも作ったつもりか)

 

脳裏に浮かぶのは、口元を扇子で隠しニマニマと笑うIS学園生徒会長の姿。

 

きっと、アリーナでのやり取りを一部始終見ていて、一夏が自分に文句を言うことを予想したのだろう。そこで、一夏にこんな下らない情報を教え、険悪な空気を取り除こうとしたというところか。

 

テメェは俺の保護者か、と忌々しそうに舌打ちをする。

 

結局、楯無への苛立ちそのままに迎えたSHR。どこか疲れたような顔をした真耶が教室に入ってくるなり、転校生の紹介が始まった。といっても、シャルル改めシャルロットが女子であることを明かしただけだったが。

 

「え? デュノアくんって女……?」

 

「ってことは織斑くん、女子だってこと知ってたの?」

 

「ちょ、ちょっと待った! 確か昨日、男子が大浴場使ったよね!?」

 

ザワザワとした喧騒が一瞬で教室中に伝播したところで、それを遮るように教室の扉が文字通り蹴破られる。そこから勢いよく飛び込んできたのはあまりの怒りにツインテールを揺らめかせる鈴音だった。

 

「消し飛べ一夏ァァああッ!!!」

 

ISアーマーの構築と同時に衝撃砲を展開、最大出力での砲撃。白式を緊急展開した一夏がそれを避け、標的を失った暴風の塊が窓ガラスを木っ端微塵に吹き飛ばした。それでも窓枠が壊れていないのは最新の対衝撃強化素材でも使用しているからだろう。

 

一方通行が少しズレたことを考えていると、ふと横合いから声がかかる。今度は誰だと思いそちらを向けば、そこにはラウラの姿があった。

 

「鈴科透夜」

 

「……なンだ」

 

「今までの非礼を詫びよう。すまなかった」

 

一方通行が何かを言う暇もなく、腰を深く折って謝罪の姿勢をとるラウラ。その動きに合わせて銀髪がしゅるりとしなだれ落ちた。

 

一夏といいラウラといい、今日は訳のわからない謝罪ばかりしてくる。一体どんな心境の変化があったというのだろうか。色々と面倒臭くなってきた一方通行は適当に謝罪を受けると、ラウラに自分の席へと戻るよう促す。

 

顔を上げたラウラはこくりと頷き、

 

 

 

 

 

「解った。それと、これからは貴方の事を師匠と呼ばせてもらう」

 

 

 

 

 

また訳のわからない事を口にした。

 

「……………………、は?」

 

「この国では、師事を仰いだり自らが尊敬する人物のことを、敬意と羨望を込めて師匠と呼ぶのだろう? ならば私に道を示し、導いてくれた貴方は私の師匠足り得る」

 

「……、待て。誰だそンなフザけた知識を教え込ンだ奴は」

 

「? 私が所属する隊の副隊長だが」

 

(…………、別口のバカか…………)

 

頭が痛い。

 

なんだ。なんなのだ。自分の周囲には癖のある人間しか集まらないのか。何故あれだけ一夏に殺意を抱いていたラウラが自分に敬意を抱いているのだ。そんな風になるようなことをした覚えはない。

 

ここまで来るともう、学園都市(あちら)の常識を基本にしながら生活している自分の方がおかしいのではないかと錯覚してしまいそうだ。

 

「「一夏あああああッ!!」」

 

「ぎゃあああああああああああああ!!!!!」

 

怒号と轟音と爆音と衝撃と一夏の絶叫を背に、額に手を当て天井を仰ぐ。

 

―――今日もまた、騒がしい一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IS学園、屋上。

 

そこに一人の生徒が立っていた。

 

すらりと伸びた長身に、風に靡く黒髪のポニーテール。

 

篠ノ之箒。

 

彼女は自らが手に持つ携帯電話に視線を落としていた。正確には、そこに表示されている携帯番号に。

 

「―――、」

 

厳しい視線で暫くそれを眺めていたが、やがて意を決したようにコールボタンを押して耳に当てた。電話はワンコールで繋がった。

 

『やあやあやあやあ!! 久しぶりだねぇ! 私はずっとずぅーっと待っていたよ!』

 

「……、姉さん」

 

篠ノ之箒の姉、篠ノ之束。嬉しそうな声音の束とは正反対に、箒の声は苦い。しかしそんなことはお構いなしに、束は話を進めていく。

 

『うんうん、言わなくても箒ちゃんが言いたいことはわかっているよ。―――欲しいんだよね? 君だけの専用機が。勿論用意してあるよ、ずっと前からね。最高性能の特別仕様。白と並び黒と競るその機体の名は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅椿(あかつばき)

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく二巻終了……!
文句と評価と感想はいくらでも受け付けますので……。
次回に機体データや人物データを挟んでから三巻突入です。……完結まであと何年かかるんだこれ……

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