Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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執筆途中のものを投稿してしまったので再投稿です。
申し訳ありません。


二十二話

麗らかな春も終わりを告げ、じわりじわりと夏の暑さが這い寄ってくる六月の終わりのある日。一人、また一人と起き出してきた生徒たちが朝食を摂るために集まる寮の食堂。

 

その片隅のテーブルに腰かける人影が三つ。

 

「……………………、」

 

「……と、透夜さん? 眠いのはわかりますが、朝食を抜いてしまっては昼食まで身が保ちませんわよ? 実践演習もありますし」

 

「そうだぞ師匠、栄養補給を怠ってはいけない。何時なんどき食料が入手不可能な状況に放り出されるかわからないからな」

 

一方通行、セシリア、ラウラと三人でテーブルを囲んでの朝食。セシリアはトーストとベーコンエッグにサラダのセット、ラウラはパンとコーンスープ、ソーセージとチキンサラダをそれぞれ食べている。そして一方通行はミックスサンドとコンソメスープ―――に、手をつけずテーブルに突っ伏していた。

 

正直、朝食を摂っている暇があったら寝ていたい程だ。しかし、さして体が強いわけでもない彼が朝食を抜けばまず間違いなく午前の授業でぶっ倒れるだろう。流石にそんな無様な真似は晒したくない。

 

「仕方ない……ほら師匠、口を開けてくれ」

 

襲いかかる眠気に半ば流されそうになっていると、ふと隣でラウラが動く気配がした。眼を開けて顔をそちらに向けてみれば、ラウラがミックスサンドを手に取って差し出してくるところだった。―――所謂『はい、あーん』というやつだ。

 

「ラウラさん!? 何をしていますの!?」

 

「何とは……見ればわかるだろう? 師匠にサンドイッチを食べさせてやろうとしているだけだが」

 

「ええ見ればわかりますとも! そういうことを聞いているのではありませんわ!」

 

両隣で繰り広げられる口論を聞き流しながら、一方通行はぼんやりと思考する。

 

今でこそこうして顔を突き合わせて騒いでいるセシリアとラウラだが、自分を徹底的に痛めつけた相手と自分が徹底的に痛めつけた相手だ。

 

加えてトーナメントの一件もある。セシリアがラウラを警戒するのは当然だと思っていたのだが、当のセシリアからはそのことを気にしている様子が全く見受けられない。本人いわく、二人で話し合い蟠りを解いたと言ってはいたが。

 

それでも一方通行はラウラを警戒し、数日間様子を見ていたのだが別人かと思うほどの変わりようだった。一度、一方通行も問い質してみたことはある。もう一夏のことは狙っていないのか、と訊ねれば、

 

『興味がなくなった。今となってはどうでもいい』

 

と言う。

 

長い間、他人からの悪意と敵意に晒され続けてきた一方通行は、人が持つ負の感情に敏感だ。そんな彼から見ても、彼女が嘘をついているようには見えなかった。いつまでも警戒し続けるのも無駄骨だと踏んだ彼は、ひとまずラウラの言を信じてみることにした。

 

そこで『信じる』という選択をする辺り、以前と比べて甘くなったものだと思う。が、そこにあまり嫌悪感がないこともまたひとつの事実であった。

 

慣れというのは恐ろしいものだと思いつつ、残されたサンドイッチを取り上げて口に放り込む。瑞々しい野菜の食感とジューシーなハムの旨み、薄らと塗られたマスタードが絶妙なバランスで舌を楽しませてくれる。

 

早々に食べ終え、食後のコーヒーをゆっくりと飲みながら女子二人の口論を眺める。そこにはどうしようもないくらいの『日常』があり、いつの間にかその光景を日常だと感じている自分がいる。

 

(……俺も随分と腑抜けたモンだ)

 

そう自嘲するものの、嫌悪感をほとんど感じていないこともまた事実だ。どこか安心感すら覚える空気の中、小さく呟いた『悪くねェな』の言葉と共に、コーヒーをごくりと飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――校外特別実習?」

 

「そ。確か来週からでしょ? いーなー、私も行きたいー!」

 

その日の授業も終わり、一方通行の自室で寛いでいるときだった。彼のベッドでぼふんぼふんと跳ねる楯無から告げられたその言葉に、一方通行は首を傾げた。

 

校外特別実習。名前から想像するに、学園外でのIS運用に関する訓練のようなものだろうか。それが来週から行われるらしいのだが、正直彼には聞き覚えがない。

 

「ただの実習だろ? そこにオマエが行きてェっつー程の魅力があるとは到底思えねェが」

 

「なに言ってるのよ透夜くん! 初日の自由時間でどれだけ楽しめるか分かってないわね。青い空、白い雲、輝く海。眼前にそれがあって尚楽しまないなんて嘘よ!」

 

「……実習って書いてンのに自由時間があンのか?」

 

「今朝のSHRで織斑先生がおっしゃっていましたでしょう? 有り体に言えば臨海学校ですから、三日間も訓練漬けでは生徒が暴動を起こしかねませんわ」

 

花の女子高生ですもの、と付け加えながら、紅茶とスコーンをトレーに載せたセシリアがキッチンから姿を現す。差し出された紅茶を受け取りつつ、一方通行は今朝のことを思い出してみるがさっぱり記憶に無い。眠気に負けて爆睡していたのだから当然と言えば当然なのだが。

 

(……まァ、どォでもイイか)

 

自由時間と言われても特にしたいことはないので、宿泊施設で惰眠を貪っていても許されるのだろう。そう考えれば案外悪くない。長時間の睡眠は中々に貴重なので、こういった時間を有効活用すべきだ。

 

と、思っていたのだが。

 

「ところで透夜くん、水着は持ってるの?」

 

「あァ? 持ってねェしそもそも必要ねェだろ」

 

瞬間、楯無の目がキュピンと光る。すすす、とセシリアの隣に移動した楯無が何やら耳打ちをすると、セシリアの顔が驚きに染まった。不審に思って見ていると、やがて意を決したような表情を浮かべたセシリアがこちらに向き直る。

 

「あ、あの、透夜さん!」

 

「……、なンだ?」

 

「よっ、よよ、よろしければ今週の日曜日、い、一緒に買い物に行きませんか? 透夜さんは水着をお持ちでないようですし、その……!」

 

「つってもなァ。別に泳ぐつもりはねェし、使わねェモンを態々買いに行くこともねェだろ」

 

「あ…………。……そう、ですよね。すみません……」

 

何の気なしにそう断ると、まるで散歩に連れていってもらえなかった子犬のようにしゅんとするセシリア。全身から悲哀のオーラが滲み出ている。さしもの一方通行もこれには少しだけ気まずくなる。

 

そんな空気の中で、

 

「まったくもう、セシリアちゃんが勇気を出して誘ってくれたっていうのにそれを断るの? あーあ、セシリアちゃんも可哀想にねぇ。よしよし、楯無おねーさんが慰めてあげるわ」

 

これ見よがしに非難の言葉と眼差しを向けてくる楯無と、すがり付くような視線でセシリアに見つめられてしまっては、彼に残された選択肢は一つしかない。

 

「…………、わァったよ。行きゃ良いンだろ」

 

「―――っ! ほ、本当ですかっ? ありがとうございます!」

 

花がほころぶような笑顔、とはこの事だろうか。先程の悲しそうな表情から一転、満面の笑みを浮かべたセシリアが心の底から嬉しそうに言う。自分と買い物に行くことの何処に喜ぶ要素があるのだろうか?

 

「そ、それでは日曜日の朝九時に、正門前に待ち合わせでよろしいですか?」

 

「……構わねェが」

 

ぐっ、とガッツポーズをとるセシリア。その姿は最早どこからどう見ても小動物にしか見えない。千切れんばかりに振り回される尻尾が幻視できそうだ。

 

にしても、買い物。まぁ自分にとって不利益になることもないだろう。利益になることもないだろうが。などと考えながら紅茶を一口。上品な味だが、やはりコーヒーと比べると甘い。

 

街に行くのならば、以前クロエと会った時に入った店にもう一度行ってみるのもいいかもしれない。前回は余裕を持って味わうことは出来なかったが、次はじっくりと吟味してみるとしようか。

 

「ところで透夜くん」

 

「あン?」

 

「私の水着、見・た・い?」

 

「死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったよ……」

 

「? どうした。まるでサンタクロースに願ったプレゼントが間違って届けられた子供のような顔だぞ」

 

「例えがわかりづらいよ……はぁ」

 

自室でナイフを研いでいたラウラは、戻ってきたルームメイトの沈んだ表情を見て首を傾げた。そして彼女のルームメイトことシャルロットは、重い足取りでベッドにダイブすると枕に顔を埋めて沈黙した。がしかし、ラウラは特に気にすることもなかろうと再びナイフの研磨に戻る。

 

シュリ……シュリ……。

 

静かな室内に、砥石と金属の擦れ合う音が響く。

 

(ふむ。まあ、こんなものか)

 

自分の爪で切れ味を確認し、鞘にパチリと戻す。ホルスターに収め砥石をしまい込んだところで、

 

「……あのさ、ラウラ。ルームメイトが落ち込んでるんだから話くらい聞いてあげようとか思わないの……?」

 

落胆した、というよりかは少し呆れたような声に視線を移せば、半眼でこちらを見つめるシャルロットの姿があった。そんな彼女の視線を受け流すようにラウラは小さく肩をすくめてみせる。

 

「そう言われてもな。私に戦闘以外のことを期待されても困る」

 

「女の子なんだからもうちょっと思いやりがあっても損はしないと思うなぁ。鈴科くんの弟子だーっていうなら尚更だよ? 」

 

「そうか?」

 

「そうなの」

 

「そうなのか。では私はどうすべきだ?」

 

「まずは僕の話を聞いてほしいな」

 

「ふむ。では話してみるがいい」

 

素直にシャルロットの言うことに従い、ベッドに腰掛けて彼女の話を聞く。

 

「今日、織斑先生に言われて一夏と教室掃除してたじゃない?」

 

「していたな。規則違反に対する罰則がその程度など随分生温いものだと思うが。せめてスクワット100回を数セットは……」

 

「はい脱線しない。ドイツ軍のスパルタ話はまたの機会にしようね。それで、掃除してた途中にね? 一夏がその、つ、『付き合ってくれ』って言ったんだよ!」

 

「ほう。……買い物か何かか?」

 

そう予測を立てたラウラ。それを聞いたシャルロットの顔から表情が消える。能面のような無表情でこちらを向いた彼女の口から平坦な声が漏れた。

 

「……ラウラ。それ、深読みしてからの発言? それとも普通に考えた結果?」

 

「深読みも何も、買い物以外の何に付き合うというのだ? ……ああ、訓練か。休日を返上して訓練に励むとは殊勝な事だ」

 

「…………まさかここにもいるなんて……」

 

訓練は大事だ、と頷くラウラを見て、シャルロットは深く深くため息を吐いた。あ、でも鈴科くんも多分同じこと言いそうだなぁ……。と半ば現実から目を背ける。

 

「違うよラウラ! 男子と女子の間で『付き合って』って言葉が出たら、まずはほら、あれだよ! わからない!?」

 

「…………、むぅ。わからないな。では教えてくれシャルロット。男女間での『付き合う』とは一体何を指しているのだ?」

 

「ふぁっ!?」

 

思わぬ反撃に、シャルロットの口から変な声があがった。しかし、問いを投げたラウラの表情は至極真剣だ。純粋な知識欲に溢れた隻眼が真っ直ぐにシャルロットを射抜いている。

 

常日頃から思い描くことはあれど、男女の関係を訥々と語って聞かせるのには流石に抵抗がある。というよりも眼前の少女に話したところで、鼻で笑った挙句に見下してきそうだ。

 

「え、えと……それは、その……」

 

「勿体ぶらなくてもいい。どんな事実であれ私は知識を得ることに恐れはない。さあ、話してくれ」

 

(墓穴掘っちゃったよ……助けて一夏ぁ……)

 

結局、ラウラの無垢な追求はシャルロットが説明の全てを一方通行に丸投げするまで続いたという。

 

 

 


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