Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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二十三話

日曜日。

 

見上げる空はからりと晴れ、燦々と照り輝く太陽は激しく自らの存在を主張している。初夏の気候を存分に感じられる朝のIS学園正門前で、セシリアは少年の到着を今か今かと待ちわびていた。

 

服装は淡青色のワンピースに薄手の白いカーディガンとシンプルだが、それを着こなすセシリア自身の素材の良さと相まって、清楚で品のある雰囲気を十二分に醸し出している。由緒正しきイギリス貴族オルコット家の生まれである彼女には『深窓の令嬢』という言葉が相応しいだろう。

 

高級感溢れるレディースウォッチに何度も目を落としつつ、今日のプランを頭の中で組み立てていく。

 

(まさか二人きりで出掛けられるなんて……。そうですわね、まずは透夜さんの水着を選んで、わたくしの水着も少し見ていただいて……昼食もあちらで済ませましょうか―――)

 

「オルコット」

 

「きゃっ!?」

 

考え事に没頭していたせいか、唐突にかけられた声にびくりと肩が跳ねる。慌ててそちらを振り返ると、そこにはいつの間にか一方通行がしれっと立っていた。黒いズボンに同色の長袖シャツ、そして薄手の白いパーカー。なんというか、全体的に見事なまでに白黒だった。

 

セシリアは咳払いをひとつして喉の調子を整えると、太陽にも負けない程の眩い笑顔を浮かべた。

 

「おはようございます、透夜さん。今日は良いお天気になりましたわね。……それと、女性と待ち合わせる時は最低でも定刻の十分前には集合場所にいた方がよろしいですわよ?」

 

「……? その後十分待つことになンだろ? なら時間キッカリでいいじゃねェか」

 

「それだと女性は不安になってしまうものなのです。最低限のマナーとして覚えておかれたほうが、後々役に立つと思いますわ」

 

そう言われても、一方通行にはいまいち理解できない。だったら集合時刻を十分早めればいいだけなのではないかとも考えたが、この手の話は門外漢だ。片手をヒラヒラと振り、彼女の忠告を大人しく受け取ることにした。

 

「……、分ァったよ。頭の片隅にでも留めといてやるからさっさと行くぞ」

 

「はいっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅前の大型ショッピングモール『レゾナンス』。

 

食事、衣類、雑貨、レジャー、本屋、ありとあらゆるジャンルの一流ブランドから格安のチェーン店まで網羅しており、『ここに無ければ市内の何処にも無い』とまで言わしめる程の圧倒的品揃えを誇る。

 

モール中央を貫く広大な通路をセシリアと共に歩く一方通行は表情こそ変わらないものの、視線は先程から左右を行ったり来たりしていた。その視線の先には色とりどりの商品が所狭しと陳列されている様々なテナント。

 

学園都市にもこれに負けず劣らずの巨大なショッピングモールはあっただろうが、こうして実際に内部に入るのは初めての体験だった。何せ『学園都市最強の超能力者』という肩書きが常について回っていたため、人通りの多い所に行けば要らぬ騒ぎが起こる。

 

とはいえ、現在もセシリアの美貌と彼の容姿とでそれなりに目立ってはいるのだが、あちらと比べれば可愛いものだった。故に、人で溢れかえったショッピングモールというありふれた光景が、彼にはとても新鮮に感じられた。

 

「透夜さんはあまりこういった場所へは来られないのですか?」

 

そんな一方通行の様子に気付いたのか、セシリアが小さく微笑みながらそう問いを投げた。心情を言い当てられた一方通行は面白くなさそうに顔をしかめたが、やがて諦めたように息を吐く。

 

「……、まァな。人混みはあンま好きじゃねェし、騒がしいのも出来りゃ避けてェ。そもそも学園の購買で揃うのを態々こンなトコまで買いに来る必要がねェしな」

 

「ふふ、透夜さんらしいと言えばらしいですわね……さ、ここですわ」

 

セシリアに連れてこられた店を見上げれば、来るべき夏に備えて内装を一新したらしい派手な色彩が目に痛い。入り口からでは内部の構造はよく見えないものの、彼にとって迷宮の如き様相を呈しているのは想像に難くなかった。

 

「男性用の水着コーナーは入って右手の方にありますが……わたくしもご一緒したほうがよろしいですか?」

 

渋い顔をする一方通行を見て、微笑を苦笑に入れ替えながらセシリアがそう言う。純粋な善意で進言してくれているのはわかるが、流石にそこまで面倒を見られるのは彼のプライドが良しとしなかった。

 

三十分後に入り口で落ち合うことにして、一歩踏み入ったそこは正に未知の領域であった。

 

前後左右、何処を見渡しても水着。スタンダードなものや奇抜なデザインのもの、機能性に優れたもの、ファッション性を重視したもの、どう見ても水着の役割を果たしていないものと様々だ。

 

その中から、膝下丈でトランクスタイプのシンプルなものを手に取る。素材のことについてはよく分からないが、黒一色で統一された布地の肌触りは非常に心地よい。

 

まァ着られりゃ何でも変わンねェだろ、と適当に籠に放り込んだ。更に直射日光を防ぐために、耐水性の高い白いパーカーを追加で購入。これで一方通行の持つ私服は全て白黒で統一されたことになるが、服に無頓着な一方通行はさして気にすることもない。

 

手早く会計を済ませ入口へと戻った一方通行だが、そこには既にセシリアの姿があった。そしてその隣には、何故か一夏とシャルロットがいる。二人とも私服なので、彼らも水着を買いにでも来たのだろう。

 

「よ、鈴科。奇遇だな」

 

「こんにちは、鈴科くん」

 

談笑している三人に声を掛けるべきか否か考えていると、先にこちらに気付いた一夏が手をあげて挨拶をしてきた。シャルロットもにこやかに微笑んでそれに続く。

 

適当に手を上げてそれに応えると、セシリアに左腕をとられて引き寄せられる。何事かと思い彼女の顔を見ると、頬が少しだけ赤らんでいた。

 

「ではお二人共、ごゆっくり。織斑さん、シャルロットさんをしっかりエスコートしてあげて下さいな」

 

「せ、セシリアっ!」

 

セシリアの言葉に、シャルロットも顔を赤くして何事かを叫びかけたが、そのまま俯いてしまう。そんな二人を尻目に、セシリアに腕を引かれるがまま歩いていくが、その先はどう見ても女性用の水着コーナーだ。

 

「買い終わったからあそこに居たンじゃねェのか?」

 

「女性の買い物は短時間では終わらないのですわ。それに、と、透夜さんにも水着を見ていただきたいと思いまして……」

 

「あン?」

 

最後の方はごにょごにょと呟くような小声になってしまっていたため、うまく聞き取れなかった。がしかし、セシリアは追及を拒むように声をあげる。

 

「と、とにかく! 透夜さんはここで待っていてください! すぐに戻りますから!」

 

引き止める間もなく水着の壁の向こうへと消えるセシリア。追いかけようかとも考えたが、女性用の水着売場を一人で彷徨くのは流石に不味いだろうと思い止る。仕方なく据え付けられていたベンチに腰を下ろすと、セシリアの帰りを大人しく待つことにした。

 

すると、一分も経たない内にこちらに近づく足音が聞こえてきた。時間がかかると言っていた割には随分早いな、と思いながら視線をそちらに向けるが、そこに立っていたのはセシリアではなく見知らぬ女だった。

 

「あなた、暇なんでしょう? これ、片付けておいて」

 

女は手に持っていた数着の水着をこちらに突き出すと、さも当然といった風にそう言い放つ。

 

女尊男卑が浸透している現在では、昔に比べ男の立場はかなり弱いものとなっている。男は女の道具。そう本気で考える女性も決して少なくない。こうして礼節も弁えず傲岸不遜な態度をとる女が良い例だ。

 

とはいえ、一方通行がその風潮に流されるかどうかというのはまた別の話だった。

 

無言で女を眺めていたが、やがて視線を外して無視を決め込む。それを見た女は嘆息すると、見下すような調子で口を開いた。

 

「あなた、自分の立場が分かっていないようね。女性はISを動かせるのよ? 男は黙って女性の言うことを聞いていればいいの、痛い目をみたくなければね」

 

今度は一方通行が嘆息する番だった。

 

確かにISは女性ならば誰でも動かすことができる。だがそれはISそのものがあればの話であり、今この場においては何の交渉材料にもなりはしないのだ。三流の悪役宛らの台詞を吐くこの女が専用機持ちなどありえないだろうし、特別な訓練を受けたわけでもなかろう。

 

相手をするのも馬鹿らしい。

 

心底面倒くさそうな表情を浮かべた一方通行は、自らのズボンのポケットを漁り、それをベラベラと喋り続ける女の眼前にゆっくりと突き付けた。

 

視界を遮られた女の視線が自然とそれに吸い寄せられる。―――IS学園に在籍することを示す、彼の学生証に。

 

それが何であるかを理解した瞬間女の顔から血の気が引いた。先程までの高圧的な態度は何処へと消え失せ、焦りに塗り替えられた表情で学生証と彼の顔とで視線をさ迷わせている。学生証を仕舞い、簡潔に一言。

 

「失せろ」

 

弾かれたようにこの場を離れていく女。

 

『IS学園に所属している』というだけで、あらゆる機関からの干渉を防ぐことができる。それは例え警察や法的機関であっても同じことだ。しかしそれでは生徒がやりたい放題になってしまうため、学園側から措置がとられる。無論それは生徒が罪を犯した場合の話であり、今回のケースは不可抗力だ。

 

だがそれでも『楯突いたら何をされるかわからない』という事実は恐怖を駆り立てる。それを利用し、半ば脅すような形でお引き取り願ったというわけだ。それでも、騒ぎを起こすよりかは十分マシだ。

 

とはいえ、だ。

 

あまり、気持ちの良いものではなかった。

 

―――先刻のように、おぞましいものを見るような目で見られるのは。

 

(…………。今更、か)

 

毎日のように悪意と敵意をぶつけられてきたのだ。以前ならあの程度、気にすることもなかっただろう。知らず知らずの内に心が弱くなっていたということか。

 

複雑な心境だった。

 

彼女たちと過ごしていれば、自分の心が溶かされていく。だが心が溶ければ、以前のように心を凍らせることはもう無理だということも薄々理解できていた。

 

そして、彼女たちからも突き放されるようなことがあれば、最早『人間』に戻ることは絶対にできないということも。

 

―――もし、そうなったら。

 

「…………、どォなっちまうンだろォな、俺ァ」

 

「何がどうなるのだ?」

 

はっとして顔を上げると、ルビーのように輝く赤い瞳と視線が合った。思考に耽っていた時の突然の事態に思考が追い付かない。

 

腰まで流れる銀髪に、軍服のように改装された制服に包まれたしなやかな矮躯。そして、左目を覆う黒眼帯。そこまで確認して漸く現状を理解する。

 

「……ボーデヴィッヒか」

 

「うむ、私だ」

 

ベンチに座り込む一方通行の眼前に立っていたのはセシリアではなくラウラだった。よくもまあ、この短時間の間に悉くセシリア以外がやってくるものだ。

 

ゆるく頭を振って沈鬱しかけた思考を振り払う。

 

「オマエも買い物か?」

 

一方通行の尤もな質問に、ラウラはしかし首を横に振った。水着売り場に来るのに、水着を買いに来る以外の理由があるのか? と首を捻る一方通行。

 

「朝方、偶然師匠とセシリアを見つけてな。二人で何処かに出掛ける風だったので、暇だったからついてきたのだ」

 

流石は現役軍人というべきか、全く勘づかせない尾行は大したものだがつけられる方はたまったものではない。今の今まで一方通行が気付かなかったのだから、セシリアもおそらく気付いてはいないだろう。

 

「すみません透夜さん、お待たせしまし、た……?」

 

と、漸くセシリアが手に数着の水着を持って戻ってきた。彼女はまず一方通行に視線を向け、隣にいるラウラに気付いたところで動きを止めた。

 

「ラウラ、さん? 何故ここに……?」

 

「うん? 何故とはおかしなことを訊く。弟子である私が師匠の側にいるのに理由が必要か?」

 

「わけのわからないことを言わないでくださいな!?」

 

早速口論に発展していく二人。お互い本気で嫌っているわけではないのだが、何せ遠慮深いセシリアと無遠慮なラウラだ。喧嘩するほど仲が良い、とまでは言い切れないが。

 

「失礼な。そもそも私が何処にいようと―――」

 

「あら? オルコットさんに、ボーデヴィッヒさん? 鈴科くんまで」

 

反論しかけたラウラの言葉は、第三者の発言によって遮られた。三人が揃ってそちらへ視線を向ける。そこには私服姿の真耶が立っていた。その後ろにはシャルロット、そして何故か箒に鈴音の姿もある。

 

間違いなく騒がしくなることを感じ取った一方通行と、最早二人で買い物云々の話ではなくなってしまったことに落胆するセシリアのため息が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいラウラ、次はこっちね」

 

「その次はこちらを。あ、それと先程のワンピースとも合わせてみてくださいな」

 

「お、いいじゃん! んじゃああたしはアクセサリーとか見てくるわね。箒、行くわよ!」

 

「私はあまり詳しくないのだが……まぁ、いいだろう」

 

「ボーデヴィッヒさんも女の子なんですから、ちゃんとおしゃれしないとダメですよ? ほら、逃げないでください」

 

「へー、やっぱり服が違うと印象も変わるなぁ。俺も服買おうかな、新しいやつ」

 

「し、師匠っ! 助けてくれ、私では歯が立たん!」

 

結局。

 

一方通行、セシリア、シャルロット、一夏、ラウラ、箒、鈴音、真耶、千冬という、生徒教師入り交じった凄まじい面子になってしまった。現在は、私服を持っていないことが発覚したラウラを女子陣が着せ替え人形にしているところだった。

 

それを少し離れたところから眺めているのは千冬と一方通行。女子特有のああいった空気が苦手な二人は、傍観に徹することで被害から逃れていた。

 

「呼ばれているぞ、鈴科?」

 

「……、勘弁してくれませンかねェ」

 

まあ、千冬から弄られるという予想外の被害はあったが。

 

慣れない敬語で話す一方通行からは、敬語で話さねば制裁を受けるので仕方なく、といった雰囲気がこれでもかと出ている。そんな一方通行を見て千冬は喉の奥で低く笑った。

 

「鈴科。……今の生活は、楽しいか?」

 

視線を向けることなく投げられた千冬の問い。

 

一方通行はすぐには答えない。

 

彼の視線の先には、楽しそうに笑い合う一夏たちの姿がある。それを、何か眩しいものを見るようにして目を細めた。やがて、ぽつりと小さく呟く。

 

「…………、まァ。悪くは、ねェ」

 

「……そうか」

 

暫しの沈黙。

 

それを破ったのはまたしても千冬。

 

「では私は帰るとしよう。山田くんにそう伝えておいてくれ。……あぁ、それと。オルコットに付き合ってもらったのだろう? なら礼の一つでも買ってやるといい。それで今の敬語の件は不問にしておいてやる」

 

ニヤリと笑ってそう言うと、店の出口へと歩いていった。

 

少しの間後ろ姿を眺めていたが、その背中はすぐに人混みに紛れて消えてしまう。何か意図があっての質問なのか、それともただの気まぐれか。

 

どォでも良いか、と切り捨てた一方通行は騒ぐ女子達に視線を戻す。私服の次は水着を選び始めたようで、変わらず着せ替え人形なラウラは半分涙目になりかけていた。

 

まだまだ時間はかかりそうだ。

 

ふと、通路を挟んで向こう側にある店に視線が止まる。見ると、女性用のアクセサリーや小物類等を取り揃えてあるショップらしい。

 

「…………、」

 

一方通行は少しだけ思案すると、やがて店の出口へと向かっていった。

 

 

 

 

 


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