Infinite Stratos 学園都市最強は蒼空を翔る   作:パラベラム弾

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リアルが忙しすぎて時間がとれない今日この頃。


二十五話

日の長い夏場といえど、八時を回れば流石に辺りは暗くなる。不要な外出はするなと予め言われてはいるが、この時間帯に外に出てもすることはない。大広間での夕食を終え、既に入浴まで済ませてしまった者もちらほらと見受けられた。

 

無論、一方通行もその一人である。

 

(あァー……。クッソ、身体中がだりィ……)

 

首を左右に傾けるとパキパキと小気味良い音が響いた。ラウラの一言に乗せられたとは思いたくないが、無駄に体力を消費してしまったことに変わりはない。高々ビーチバレー程度に何をムキになってンだか、と自分のことながら呆れつつ自室に繋がる廊下を歩く。

 

自室の襖を開くと、中には既に布団が二つ敷かれていた。恐らく真耶がやってくれたものだと思うが、態々生徒の分まで教師がやらなくてもいいのではないだろうか。敷いてくれた当の真耶は恐らく風呂だろう。時間帯からすると、あと三十分程は戻ってこなさそうだ。

 

備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、一気に三分の一程を飲み干した。風呂上がりで火照った体に、よく冷えた飲料が心地よい。

 

時計を見れば、就寝時間までにはまだまだ余裕があった。

 

しかし、真耶と同室である以上、この後で何か起こるということもなかろう。明日からは実習に入るのだし、今日のところはさっさと寝てしまおうか。

 

そう思って振り向いた一方通行は、一瞬本気でISを展開しかけた。

 

「やっほ、あっくん」

 

旅館の浴衣に身を包んだ束が、我が物顔で布団の上に座っているではないか。先程まで入浴していたのだろうか、不健康に白い肌がほんのりと赤く上気していた。

 

何時の間に、と心中で舌打ちをする。

 

少なくとも部屋に入った時に気配はなかった。そこから後ろを向いて水分を摂っていた僅かな時間で侵入してきたというのか。

 

「束さんも一本貰えるかな? お風呂上がりで喉が渇いちゃってさ」

 

そんな一方通行の様子などお構い無しに、束が飲料を催促する。一方通行は無言で冷蔵庫からもう一本スポーツドリンクを取り出し、半ば投げつけるようにして束に放った。

 

「ありがとー。ん……、っぷはーっ! いやー風呂上がりの冷たい飲み物は最高ですなぁ!」

 

「……何のつもりだ」

 

「何って?」

 

「惚けてンじゃねェよ。昼間オマエは、今回の件は俺とは関係ねェっつったな。なら何で俺に接触してくる」

 

一方通行の赤い瞳が細められる。

 

束の言うことが真実だとは思っていない。だが、全て戯れ言だと切り捨てるには些かリスクが大きい。束の目的が何にせよ、一方通行が束を無視することはできなかった。

 

束が何の目的もなく行動することは滅多にない。それは彼女と生活を共にした短い期間の中で学んでいる。故に、彼女が自ら腰を上げる時には必ず大きな目的が伴う。

 

そして、その目的を達成するためならば文字通り手段を選ばない。少なくとも、自ら日本に向けて放った弾道ミサイル2341発を、自らが作り上げたISによって迎撃させるという最狂最悪の『自作自演』を行う程度には、躊躇うということを知らなかった。

 

「個人的に会いたかった、っていう答えじゃ不満かい? これでも私は結構キミを気に入っているんだけど」

 

「気に入ってる相手に無人機差し向けるのがオマエの好意ってヤツか? 冗談にしちゃ笑えねェな」

 

「そこを突かれると痛いなぁ」

 

しかし、眼前でカラカラと笑う束からは敵意も悪意も感じられない。

 

本当に、ただ自分に会いに来ただけなのだろうか。

 

未だ心の機微というものに疎い一方通行は、その『自分に会いにくる』ということ自体が彼女の目的だという可能性は思い付かなかった。そもそも自分と会ったところで何の益にもならないだろう、という考えしか出てこなかった。

 

「でも、今回はちーちゃんにも話を通してあるからね」

 

「何?」

 

束が放った台詞に、一方通行は少しだけ驚いた。それはつまり、束がここへ来ることを千冬が認めるに足る程の大きな理由があるということの証明に他ならないからだ。

 

だが、その言葉を素直に鵜呑みにできる程一方通行は丸くなってはいなかった。

 

元より常識の範疇を超えた行動を取る束のことだ。目的のためならば親友だろうが何だろうが平気で裏切るのでないか、という疑念が心中で鎌首をもたげる。

 

そんな一方通行の様子を見て、束は一つため息を吐くと苦笑を浮かべた。

 

「信じないなら、まぁそれでも構わないよん。そんなことはいいから束さんとお話ししようぜ!」

 

「……オマエは」

 

「うん?」

 

一方通行には解らなかった。

 

「何だってオマエはそォ、俺に……いや、俺と、絡みたがる? 他人にゃ一切興味ねェ、知ったこっちゃねェっつーのがオマエのスタンスじゃなかったのかよ。俺にかかずらってる暇があンなら妹の方に行くのが普通じゃねェのか?」

 

束自らが大切だと豪語している肉親と、出会ってから一年も経っていない自分。優先順位がまるで逆だ。なぜ束はそうまでして自分に固執するのか、一方通行には理解できなかった。

 

交友という点でならば、それこそ隣には千冬がいる。一夏とも面識はあるだろうし、少なくとも自分と話すよりも有意義な時間になるのではないだろうか。

 

何の疑問も抱かずに一方通行はそう思った。

 

元より自分には、他人に与えてやれるものなど何もない。対価を求められても、それに応えるだけのものを持っていないのだ。唯一束が興味を持ったこの能力も、気の済むまで研究させてやった。これ以上自分に何を求めるというのか。

 

「……やっぱり、あっくんはあっくんだね」

 

「…………」

 

だから。

 

己を映す束の眼に悲哀が宿ったとしても、言葉の一つもかけてやることはできない。

 

そうして、室内に流れ始めた静寂を破ったのは束だった。何事もなかったかのようにいつもの雰囲気を漂わせた彼女は勢いをつけて立ち上がった。

 

「それじゃ、束さんはここらで退散するよ。はい、プレゼント。キャップとラベルはちゃんと分別するんだよ? 束さんとの約束だ! そんじゃ、ばいびー!」

 

無言のままの一方通行の手に空のペットボトルを握らせると、窓を開け放ってその身を夜闇へと消した。

 

開いた窓から入り込んだ蒸し暑い空気がぬるりと頬を撫でる。ゆっくりと窓に歩み寄って外を眺めてみるが、そこにはただただ暗闇が広がっているだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合宿二日目。

 

一方通行たちは、旅館から数キロ離れた砂浜に訪れていた。

 

今回の実習は『ISの非限定空間における稼働試験』を目的としているため、日頃から大きな実証実験が行えない企業がここぞとばかりに追加武装や新装備を送り込んでくる。コンテナを山ほど積みこんだ無人揚陸挺が何隻も停泊している光景は中々にシュールだった。

 

ネームタグを見れば、バレット・ファイヤーアームズ、H&K、アキュラシー・インターナショナル、イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ、コルト・ファイヤーアームズ、S&W等世界的に有名な銃器会社をはじめ、クラウス、コアレッセンス、デュノア、クドリャフカ、スターク・インダストリーズ等といった大手IS装備開発会社の名前も見受けられた。

 

日本の企業の名前が少ないのは、やはりハードや武装ではなくソフトに力を注ぎ込んでいるためだろう。攻撃力ではなく防御力と回避力を取る辺り国柄が出ている。とはいえ、安心と信頼の代名詞とも言えるMADE IN JAPANは今日においても変わることはなく、日本製銃器の愛用者はそれなりに多い。

 

「よし、それでは各班毎に振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。くれぐれも稼働データを取り忘れるなどという愚行は犯してくれるなよ」

 

千冬の言葉に生徒たちが動き始めるが、一方通行はその場から動かずに軽く思案する。

 

ドイツの代表候補生であるラウラの元には、本国から送られてきた換装装備(パッケージ)や新型武装が山と積まれている。セシリア、シャルロット、鈴音も同様だ。

 

しかし、一方通行と一夏にはそれがない。

 

専用機持ちとはいえど代表候補生ではない二人には、お抱えの企業もなくその逆もまた然り。更に、両名共に拡張領域に空きが無いため装備テストも満足に行えない状況なのだ。

 

より正確に言うならば、一方通行の機体には拡張領域が必要ない(・・・・・・・・・)ため、VROSの演算領域として使用されているのだが。

 

「篠ノ之。お前はこっちに来い」

 

「はい」

 

ふと、打鉄の装備を運んでいた箒が、千冬に呼ばれてそちらへと向かう。千冬が何事かを口にしかけた時、それを遮る大声が砂浜に響き渡った。

 

「ちーちゃーーーーーーん!!!」

 

「……束」

 

遥か遠方から、すさまじい速度で疾走してくる人影が一つ。といより、束である。砂煙を巻き上げながら、あっという間に千冬の元へたどり着いた束は勢いそのままに千冬へ飛びかかり、

 

「会いたかったよちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 私とちーちゃんの愛を確かめ―――おぶっ」

 

「うるさいぞ、束」

 

アイアンクローで迎撃された。

 

千冬の細い指が容赦なく顔面に食い込み、ミシミシという怪音を立てて骨が軋む。素手で人骨を破壊するほどの握力で顔面を握り潰されているにも関わらず、その拘束を振りほどいた束は何事もなかったかのように箒へと向き直った。

 

「やあやあ箒ちゃん! 久しぶりだね!」

 

「……どうも」

 

喜色満面といった束だが、対する箒の態度は苦々しいというか素っ気ないものだった。しかし束は気にせずに続ける。

 

「こうして直接会うのは何年ぶりかなぁ。見ない間におっきくなったね。特におっぱいが」

 

鈍い音が響いた。

 

「殴りますよ」

 

「な、殴ってから言った! しかも日本刀の鞘で! ひどい! 箒ちゃんひどい! 」

 

頭を抑え、涙目で訴える束。暫くそうしていたが、今度は一方通行に狙いを定めたらしい。にんまりと笑顔を浮かべると千冬にしたように一方通行へと飛びかかり、

 

「あっくん! あっくんなら束さんの愛を受け止め―――ぎゃん!」

 

「黙れ」

 

洒落にならない音が響き、束の体が砂浜に沈んだ。

 

瞬間的に部分展開した腕部装甲で手刀を放ったわけだが、学園内ではないのだし相手が束なら千冬も黙認してくれるだろう。

 

「ぐぉぉう……ま、まさかISでチョップするなんて……流石の束さんも大ダメージだぜ……」

 

ふらふらと起き上がるが、ものの数秒で回復したらしく再び千冬にじゃれつき始めた。本当に人間なのかどうか疑わしくなるような頑強さである。

 

「透夜さん、まさかあの女性は……」

 

騒ぎを聞き付けて歩み寄ってきたセシリアがそう呟く。恐らく彼女もある程度の予想は出来ているのだろうが、話に聞く束の像と実際の束とが結び付かないのだろう。

 

無理もねェかと思いつつ、盛大な溜め息を吐いた。

 

「……まァ、オマエが考えてる通りじゃねェか」

 

「っ! で、では本当に篠ノ之博士なのですか!?」

 

一方通行の言葉にセシリアの瞳が輝いた。

 

大方自分のISを見てもらうチャンスとでも考えているのだろうが、人付き合いという文字を自分の辞書から消し去ったような人間が束だ。何の面識もないセシリアが話しかけようとしたところで、容赦なく切って捨てられるのが関の山だろう。

 

「言っとくが、アイツと関わろうなンて思うンじゃねェぞ。確実に無視される上に、万一興味持たれでもしたら実験動物コース待ったナシだ」

 

「は、はぁ……。透夜さんは、博士とお知り合いなのですか?」

 

「……まァ、色々あってな」

 

「……そうですか」

 

暗に答えたくないのだと言うと、セシリアはそれ以上の追及をやめて素直に引き下がってくれた。良くも悪くも一方通行のことを第一に考えてくれるのでこういう時は助かるが。

 

「それで、頼んでおいたものは……?」

 

「だいじょーぶ、ちゃんと用意してあるよ! それでは皆様、大空をご覧あれってね!」

 

遠慮がちに箒がそう訊ねると、束は大仰な仕草で空を振り仰ぐ。その場に居た全員がつられて空を見上げた瞬間、盛大な砂塵を巻き上げて銀色の何かが砂浜に突き立った。巨大な菱形をしたそれは、束が指を弾くと同時に形を変えてその内部をさらけ出した。

 

そこに鎮座していたのは、一機のIS。

 

流麗な曲線を描く、煌びやかな赤色の装甲。四肢を金の蒔絵に飾られ、目に見える範囲での武装は両腰に帯びている日本刀型のISブレード。そして背後にはスラスターや推進器ではなく、一対の大型バインダーが付属している。

 

「ぱんぱかぱーん! これが箒ちゃんの専用IS『紅椿』! 全スペックが現行機を上回る、束さんお手製の最新鋭機だよ~!」

 

にわかに辺りが騒がしくなるが、一方通行の視線は厳しい。少し離れた場所では千冬も同様に眉根を寄せて顔を顰めていた。

 

彼の『夜叉』も、束が作り上げたカスタムメイドだ。故に現存するどの機体よりも高性能だったが、それを更に上回る最新鋭機となれば、束の言葉通り想像を絶する性能だろう。

 

しかし、箒のIS操縦技術は周囲の生徒と比べて突出しているとは言えなかったはずだ。そこにいきなり最高性能機を与えたとしても、果たしてどうか。

 

アームによって引き出された紅椿に箒が乗り込む。

 

「それじゃ、フィッティングとパーソナライズだけ済ませちゃおうか。箒ちゃんのデータはある程度先行して入れておいたし、最新のデータに更新するだけだからすぐ終わるよ」

 

「……お願いします」

 

「んもぅ、なんでそんなに他人行儀なのさ~。もっとこう『お姉ちゃん♡』みたいな―――」

 

「早く、始めましょう」

 

頑なに馴れ合おうとしない箒を見て何を思ったか。あっさりと引き下がった束は2枚のホロキーボードを展開すると、鼻歌交じりにキーを叩き始めた。

 

「むげーんだーいなーゆーめのーあとのー♪ ……うん、後はプログラムが自動でやってくれるから、しばらく待っててね。あ、いっくん、白式見せてちょ」

 

「あ、はい」

 

一夏が展開した白式にプラグを挿入すると、表示されていた紅椿のデータが白式のものに切り替わった。

 

ISはパーソナライズによって操縦者の情報を読み取り、適応し、より動かしやすくなっていくように自己進化機能が設定されている。その過程で、どういった進化をしていったのかを記録したフラグメントマップと呼ばれるものを構築する。束が呼び出したのはそれだ。

 

白式のフラグメントマップを眺めた束は、興味深そうに目を細めた。

 

「ふむむ、今までにないパターンだね。男女の違いがフラグメントマップの形成に影響してるのは間違いないのかな?」

 

「あの、束さん。何で俺がISを動かせるのかとか、その辺のことってわかります?」

 

「ん? んー……それが束さんにもわからないんだよね。織斑家のDNAだけIS適合率超高いとか有り得そうな話だけど。あ、それならいっくんをISとオーバーシンクロさせれば人と機械が融合したりとかするのかな?」

 

「するわけないでしょ……大体それならなんで鈴科も動かせるんですか」

 

何の気なしに放ったのだろう一夏の問い。

 

一方通行が何か思うよりも早く、束が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「あっくん? あっくんにはちゃんと理由があるから(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

ひゅう、と。

 

一方通行の喉から、細く息が漏れた。

 

真夏の太陽に照りつけられているのにも関わらず、冷たい汗が全身から吹き出した。

 

ざわっ……! と足元からナニカが這い上がり、身体中の血管を絞り上げられるような感覚を得た。

 

そもそも。

 

一方通行の素性を明かしても束には微塵のリスクも不利益もない。素性を明かされることを恐れている一方通行を自由に扱うことが出来る良い材料にしかならない。束ならば、自らが楽しむ為に情報を開示するという可能性もある。

 

しかし、彼にとってそれは何がなんでも隠し通さなければならないものなのだ。転移させられた直後の一回以来、他人の前では大っぴらに能力を解放したことがないために知っているのは束一人。

 

故に。

 

束が情報をばら蒔けば、それで彼は終わる(・・・)

 

誰かを護るだとかこの世界でやり直すだとか能力を得た意味とか立場とか人間関係とか。彼に付随するもの全てを一瞬で無に還すことになる。

 

可能かどうかの話ならば、彼が束を肉塊に変えることなど容易い。だがそれを、今この状況でできるかといえば絶対に不可能だ。周囲の『目』を恐れるが故に、彼は行動を起こせない。

 

今の一方通行は、例えるならば軍事大国から核兵器の矛先を向けられた小さな島国に等しい。発射ボタンを押し込むだけで放たれるそれを防ぐ手立てなどどこにも無い。ただ恐怖に震えながら大国の気が変わるのを待つしかないのだ。

 

(な、にを、考えてやがる)

 

読めない。

 

束の思考が、まったく読めない。

 

疑問と恐怖とが頭を巡り、思考をぐちゃぐちゃに掻き回していく。

 

何故このタイミングで、それを持ち出してきたのか。

 

「理由? 理由ってなんですか?」

 

「んー? 知りたい? でもこれは私とあっくんとの秘密だからねぇ。そう簡単には教えられないな☆」

 

「あー……、んんっ。こちらはまだ終わらないのですか?」

 

束が一夏の問いをはぐらかしたところで、箒が話に割り入った。それで話が逸れたのか、紅椿の試運転へと話題が変わる。

 

だからといって一方通行の緊張が解けるわけではなかった。早鐘のように鼓動を刻む己の心臓を無理矢理押さえつけ、表面上では平静を装おうとするが上手くいっているという確証は持てなかった。

 

「それじゃ、試しに飛んでみてよ。箒ちゃんの思い通りに動くはずだよ」

 

「ええ。やってみます」

 

言うや否や、紅椿は凄まじい勢いで飛翔していきあっという間に高度300メートル近くにまで上昇した。最高性能というだけあり、夜叉をも上回る速度だった。

 

「うんうん、いい感じだね。じゃあ次、武装いってみようか。右が『雨月(あまづき)』で左が『空裂(からわれ)』。束さんの懇切丁寧な解説付きでお届けするじぇい」

 

雨月は打突に合わせてエネルギー弾の斉射を見舞う対単一仕様の射撃性近接ブレード。空裂は帯状のエネルギー刃を振った範囲に自動展開する対集団仕様のブレード。どちらも射程は長くないものの、紅椿の機動力はそれを補って余りある。

 

これは憶測だが、『展開装甲』も組み込まれていると見て間違いはない。何度も送っていた夜叉の稼働データから、改良版展開装甲でも開発していたのだろう。

 

「ん……? あれって、もしかして鈴科の……?」

 

「お、気づいたかい?」

 

何かに思い至ったような一夏を見て、束はふふんと自慢げに鼻を鳴らした。

 

「いっくんの予想通り、あれは幻月の特性を応用して作ったものさ。幻月が思考に反応して作動する武装プログラムなら、あの二刀は動作に反応して作動する武装プログラム。考える必要すらなくなったから、戦闘中の余分な思考は更に削ぎ落とされて一石二鳥だね!」

 

「あれ? じゃあVROSは搭載されてないんですか? めちゃくちゃ強力ですよね、あれ」

 

「あぁ、あれは―――」

 

「お、織斑先生っ! たっ、た、大変です!」

 

束が何かを口にしかけた瞬間、真耶の切羽詰まった声がそれを遮った。声に含まれたあまりの焦りに、周囲にいた生徒達が一斉にそちらを振り返る。

 

しかし、当の真耶は余程慌てているのかそれに気付いた様子もなく、手に持っていた小型端末を急いで千冬に手渡す。それを見た千冬の瞳がすっと細められた。

 

「……了解した。山田先生は他の先生方に連絡を」

 

「わ、わかりましたっ」

 

「頼んだぞ。―――全員、注目!」

 

凛と響いた声に、今度こそ浜辺にいた全員が千冬の方に視線を向けた。その視線の大部分は、どうせ大したことではないだろうというものだったが、それは次の言葉で塗り替えられることとなった。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る! 本日の実験は全て中止、直ちに片付けを開始しろ! その後各員は連絡があるまで自室内待機! 以上だ!」

 

ざわざわと周囲が騒がしくなるが、再びの一喝によって弾かれたように動き出す生徒達。セシリアや鈴音達代表候補生は、互いにアイコンタクトを取り合って指示を待っていた。

 

ふと、束の姿が目に入る。

 

あの、いつもの人を食ったような笑み。

 

まるで全てを知っているかのような様子で、楽しそうに楽しそうに笑っていた。

 

(何を企ンでやがる……オマエの目的は、何だ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――波乱の幕が開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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